テイルズオブベルセリア~True Fighter~ 作:ジャスサンド
ブルナーク台地で一等対魔士二名と多くの二等対魔士が、業魔によって惨い死を遂げたとされる痛ましい出来事から四カ月が経とうとしていた。
以来世間は業魔をより恐れ、同時に聖寮やアルトリウスへの信頼を強く寄せるようにもなった。
だが世界がそんな状況であろうと海の上で生きる男達にはさほど関係はない。
世界がどんなに一変しようがその生きざまを、流儀を曲げさせることなど不可能なのだ。
ある海上を進む船の甲板に海賊帽を深々と被った男が大層満足そうに口角を吊り上げ、不敵な笑みを浮かべる。
「いい波が来てるじゃねえか。こりゃ予定より早く港に着けるかもな、なあアイゼン」
「この調子で行ければそうだろうがどうだかな。もしかするとこれから荒れるやも知れんぞ」
「ははは、冗談に聞こえないから手に終えねえ。まあそうなったらそん時はそん時で何とかすりゃいいさ。最も業魔程度どうってことはないがな」
海賊帽の男-バン・アイフリードはけたけたと笑い飛ばし鮮やかな金髪の男に語る。
アイフリードにアイゼンと呼ばれた金髪の男はその指摘に難色を示すことなく、つい先程アイフリードがしていたのと同種の笑みをもって返す。
「近頃業魔の他にも怪獣という謎の巨大生物も出現しているとも聞く、用心しておくにこしたことはない」
「巨大生物か、噂には聞いているがどんな姿形をしているのものやら。できれば一度お目にかかりたいもんだな」
「やめておけ、出くわして五体満足でいられた奴はいないらしいぞ。といっても遭遇できるのかもわからんが」
「その心配は無用だ。なにせ俺には死神がついている。いざとなったらアテにさせてもらうぜアイゼン」
アイゼンは地を司る聖隷だ。
聖隷はそれぞれ加護を持ち自らの支配圏である領域内に特有の恩恵をもたらすものなのだが、アイゼンのそれはとても加護と呼べる性質ではない。
彼の加護は周囲に不幸を与える『死神の呪い』とも言うべき、まさに呪われた力なのだ。
「お前と付き合いの長い俺の勘じゃそろそろ何かしら来てもいい頃合いなんだがなぁ」
「船長!前方に謎の漂流物が!」
「お、さっそく来たか?」
言葉に出してみれば何とやら
部下の海賊につられてバルエルティア号の船橋へ足早に行くと単眼鏡を覗いて、海面を見やる。
「…残念ながら生物じゃないな…ありゃあいかだだ」
「漂流したのか?救助信号旗は挙がってるか?」
アイゼンの問いかけに首を振って答えるアイフリード。
彼は視点をずらして海面に浮かぶいかだの上部を単眼鏡越しに覗き見ると、ほんの微かだが人影を捉えた。
「誰かいるな。取り舵一杯、船をあのいかだに寄せろ!」
「「へい!」」
「どうするつもりだ?」
「なに、特に大した理由はねえよ。この海域をあんなもんで航海するイカれた奴の顔が見てみたいだけさ」
間隔が縮まりいかだの様子がより鮮明に見えやすくなる。
いかだには袖も裾もボロボロの服装の男が横たわっていた。それ以外には何もない
バンエルティア号をいかだの真横につけると乗組員たちによって取り付けられたタラップを伝って、アイフリードとアイゼンはいかだに乗り込む。
「気を失っているだけのようだ。壊賊病というわけではなさそうだな」
「とりあえずバンエルティア号に運ぶとするか。水棲業魔に食われたんじゃ夢見が悪い」
倒れる男の容態を確かめたアイゼンにそう返したアイフリードは己も乗っているいかだに目を配った。
「食料も積んでねえ。アイゼンどうやらこいつ思った以上にイカれた奴のようだぜ。死神の呪いが思いがけない奴をバンエルティア号に呼び寄せちまったな」
「目当ての奴じゃなくて残念だったな」
二人は軽口を言い合うと男を回収しバンエルティア号に踵を返した。
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あれからどれだけの時が過ぎたのだろう。
あの時から自分を取り巻く状況は180度一変した。
『対魔士様私の息子が草原に行ったきり戻って来ないんです!』
『俺の娘もです!どうか捜索を出してもらえないでしょうか!』
「駄目だ。今アルディナ草原は凶暴な業魔が出没してとても捜索隊を出せる状況じゃない』
『そんな!お願いします!対魔士様!』
『悪いが諦めてくれ。たった二人の子どものために多くの対魔士を犠牲にするような危険を犯すことはできない』
個よりも全、それを優先するためなら例えどんな小さい命が犠牲になろうとも構わない。あてもなく世界を放浪する中で、そんな理のために犠牲になった人をたくさん見てきた。我ながら滑稽な話だと思う。
巡察官として見たかった世界の有り様をまさか対魔士でなくなってから知ることになろうとは。
理によって理想の世界を実現する。アルトリウスの言葉だ。
それが正しいのだと思っていた。どんなに心情的に辛い選択であろうと、それで世界がより良い方向に進むのなら間違っていないのだと。そう信じていた。
聖寮の、アルトリウスの言葉に従えば災厄の時代を乗り越えられると疑いもしなかった。
聖寮にいる内に感覚が麻痺していたのだ。
だが今は違う。彼に対して疑念を持ってすらいた。
九つ首の龍が見せた会話もだが聖隷にも意思がある事実を知っているはずなのに誤魔化して、対魔士に道具として使役させている。
何故事実を隠す必要がある。何故自分はあの遺跡に遣わされたのか。何故九つ首の龍は自分に光を託したのか。
その答えを一つも見つけられないまま自分は世界を放浪している。
聖寮の対魔士としての名前も地位も全て捨てて
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バンエルティア号の甲板にてアイフリードとアイゼンは保護した男についての意見を交わしていた。
「世捨て人みてえな格好してやがったな。アイゼンお前はあいつをどう見る?」
「あいつからは妙な力を感じる。俺達聖隷に近い何か強力な力をな」
「そいつはつまり、あいつもお前と同じ聖隷ってことか」
「いやそれはない。確かに聖隷に近い力を持っているようだがあいつ自体はお前と同じ人間の気配を感じる」
「わっかんねえなぁ…まあ目が覚めたら直接聞いてみっか」
-どうも小難しいのは性に合わない
後ろ髪をかきむしりながらアイフリードは呟くと、ふとアイゼンの掌に納まっているピンク色の指輪が目に入る。
「そいつは?」
「あの男が持っていた。相当大事なものなんだろう、服装がボロボロになっていてもこれが入っていたポケット周りだけは傷ひとつなかった」
目を細めていた彼の耳にキィィと音が響いた。
「お、お目覚めみたいだな。どうだ?気分の方は」
扉を開けて出てきた男にアイフリードは海賊らしからぬ気さくな様子で微笑みかけ、改めて全体像をチェックする。
ボロボロに破れたみすぼらしい衣服とそれに反した印象を与えるさらっとした鮮やかな赤髪。
それらの特徴を持った彼はアイフリードとアイゼンとバンエルティア号、ついでに海へと目を凝らすと質問を口にした。
「…誰だ?…それにここは…?…」
「俺はアイフリード。アイフリード海賊団の船長だ、んでこっちの目付きの悪いのは副長のアイゼンだ」
「海賊…この船は海賊船か…」
「ああ、バンエルティア号。異大陸まで航海できる俺の自慢の船だ」
彼の問いにアイフリードは気分を害した素振りもなくむしろ誇らしげな様子だ。
「こっちは名乗ったぜ、次はお前の番だ」
「……」
表情を曇らせ複雑そうな面持ちをする男。
まだ意識が戻ったばかりで思考がはっきりしていないというのもあるのだろうが、それ以外にも返答に詰まる理由がある。
そう分析したアイフリードはやはりただならぬ者ではないと察した。
その時アイゼンがアイフリードに警告をもたらした。
「…気を付けろ、何かくるぞ」
「何かってはっきりしね-うおっ!?」
「っ……!」
船体が傾き乗員全員が例外なく体勢を乱しつつも、咄嗟に近くの支柱に捕まる。
「おいおい…なんだありゃあ」
じょうろに酷似した形状の細長い鼻に赤い体表をした如何にも間抜けそうな面をした怪物が突如として海面に現れた。
体勢を持ち直したバンエルティア号の進路上に二足で立つ怪獣-ジャッパにアイフリードは何故か嬉しそうに呟く。
「あれ程の巨体、どうやらあれが巷で噂の怪獣のようだな」
「お前のおかげで今日も退屈せずにすみそうだ。よっしゃ、お前ら全砲門開け、狙いをあのデカブツに集中しろ!」
「「おう!!」」
バンエルティア号にアイフリードの指示が飛び交い乗組員たちは威勢よく答える。
せっせと船長の指示に従う彼らを男は目を細めて眺めていた。
「何をするつもりだ?」
「あんな面白い奴にはそう滅多に遭遇しねえからな。これを逃す手はないだろ」
「戦うのか…?海賊なんじゃないのか…」
「そんじょそこらの海賊とは違うんだよ。俺達アイフリード海賊団はな…撃てぇー!!」
男に顔だけを向けて白い歯を空気に晒すアイフリード。
彼の号令によりバンエルティア号の砲撃がジャッパに放たれる。
弾は一つ残らず巨体に衝突し火花を散らすも、ジャッパはけろっとしていた。
「効いてる…って様子じゃねえなあれは」
「ならこいつはどうだ。ウィンドランス!」
アイフリードの後方に控えていたアイゼンの風の刃は黄色い鱗を打ち、ジャッパの進行は一時止まる。
しかしあくまでも一時的でしかない。
「チッ!これもダメか…やりにくいな」
効き目が薄いのを見てとったアイゼンは舌打ちをする。
その横で男はバンエルティア号の手すりに自らの手を置き、海上へと身を乗り出す。
「おい!おま-」
見投げしたとしか思えない行為だ。
気でも狂ったのではとアイフリードとアイゼンが視線をそちらへ移すと、バンエルティア号を照らす赤い光が垂直に伸びた。
その光は輝きを失うとバンエルティア号の隣にはジャッパと同等の背丈をした巨人が立っていた。
「巨人に変身しただと…?」
「死神の呪いが思いもよらない奴を引き寄せたみたいだな」
アイゼンとアイフリードが言葉を交わす前で、巨人はジャッパに右ストレートを叩きつける。
しかしアイゼンのウィンドランス同様に鱗にダメージを殺され、むしろ巨人の方が鈍痛に見舞われた。
「ウァッ!」
『グバアア…!』
ジャッパのパンチを受けて巨人は後退を余儀なくされる。
胸に一発入れられた巨人はお返しだと言わんばかりに、左拳を柔らかそうな顔面に狙いを定めて振るう。
しかし触れるか否かのギリギリところでジャッパは細長い鼻から黄色い煙を噴出。
回避する暇もなく至近距離でそれを浴びた巨人は絶叫を上げて悶える。
「グゥ、ドワアアア!!」
「くっせえ!!んだぁ、この…!丸々一ヶ月放置したパレンジみてえな臭いは!」
「むぅ…!」
「ぎゃああ!?汗だくになった服を敷き詰めた部屋並みに嫌な臭いだああ!!」
「…母ちゃんごめんよ…こんな臭い服を洗ってくれてたんだな…俺今からでも変わるよ…週に二回は必ず風呂に入るよ…洗濯もちゃんとするよ…」
ジャッパの鼻より出たのは強力な悪臭だ。
物事に例えるのもおこがましいその臭いの被害は巨人はおろかバンエルティア号にまで及び、アイゼンを含めた全員が鼻を摘まみ、彼を除く全員が悲鳴を上げる。
中には過去に想いを馳せ懺悔する者まで現れた。
「ジュアアア……!」
とてつもない異臭に意識を手放しかけた巨人は首を左右に振ってどうにか正気を保つ。
不用意に近付いてはまずいと身をもって悟った距離を置こうとする巨人だがジャッパが先手を打っていた。
己の姿を背景に溶け込ませて身をくらませたのだ。
逃げたとは思えない。
「ファ!?」
ジャッパを見失った巨人は中腰に身構えて、いつどこからくるともしれない攻撃に警戒をする。
すると巨人の背後にジャッパは姿を現し、両手の吸盤と思われる穴を使って巨人を引き寄せた。
ガッチリと巨人の両腕を掴んだジャッパはもう一度黄色い異臭を吐き出し、巨人を悶えさせてしまう。
「ドワアアアアア!!」
抗うにもジャッパの鼻から出る強烈な臭気に精神を磨耗され、巨人は次第に抵抗力を削がれてしまう。
おまけにジャッパの体表からも同様の臭いが香りだし巨人は悶絶する。
「このままじゃまずいぜ。こいつを野放ししたらこの海はこいつの悪臭で汚染されちまうぞ!」
「そうなればこの辺り一帯は生物は死滅しあいつのテリトリーとなる。怪獣水域…いや、怪獣海域とでも言ったところか。どちらにしてもあいつの発する臭いを封じなければ手のうちどころがないぞ」
強力な悪臭により海が汚されるのをよしとしないアイフリードとアイゼンは打開策を考える。
「通じなくてもやるしかねぇ!砲撃用意!」
アイフリードは部下に砲撃を命じる。
その間にもジャッパは悪臭と太い尻尾で巨人を苦しませていた。
巨人の胸元の結晶が赤く明滅を始めジャッパはその音に気をよくしたのか、海面に四つん這いになる巨人の腹部を勢いよく蹴り上げる。
「ガァ、ジュアアア」
いいように遊ばれ、いたぶられるがままになっている巨人は体力を消耗していく。
その証拠に胸の結晶-ライフゲージの点滅が早くなりだしている。
「船長準備できました!」
「よし俺の合図で一斉に撃ち出せ、あいつの頭上にお見舞いしてやる」
部下の報告にアイフリードは矢継ぎ早に次の命令を下し、大砲の間近まで歩み寄る。
「いいか、巨人があの間抜け面と距離を空けた時を狙え…外すんじゃねえぞ」
「了解!」
そう指示を下してアイフリードは機を窺うが、ジャッパはなかなか巨人から離れようとしない。
このまま待っていてもチャンスは来ないと、判断したアイゼンは二度ウィンドランスを発動する。
『グルパァァァ』
「今だ!撃てぇ!」
風の刃は後頭部に命中しジャッパは仰け反る。
自らを戒めていた重みがなくなったのを感じた巨人は残る気力を振り絞って体を起こし、アイフリードの指示が飛んだ瞬間反射的にジャッパとは真逆の方向へ飛ぶ。
バンエルティア号の大砲から発射された弾丸がジャッパの頭部で爆発する。それも一発やそこらではない。
何発も脆い部位を攻められたジャッパは傷付き、か細い悲鳴を出す。
『ジュパァァァ』
「ジェアアア-」
巨人は縦に曲げた左腕の手首に伸ばした右腕の間接部を組んで己の頭上へと運ぶ。
その過程で収束させたエネルギーを両腕を胸の前で下ろしたと同時に解き放つ。
「ジャアアアア!」
L字に見えなくもない構えから解放されたエネルギーは橙色の光線となってジャッパに行き届く。
必殺技クァンタムストリームの一撃を受けたジャッパはその体を爆散させて、巨人とアイフリード海賊団の前に敗れ去った。
「よっしゃーー!!」
「ざまあみろってんだ!」
未知の敵を打ち倒した実感を得て歓喜に沸き立つアイフリード海賊団。
喜びのあまりお互いに抱き合う船員達を尻目に、アイフリードはアイゼンと共に巨人を見上げる。
「さて、邪魔がいなくなったところで聞かせてもらうぜ。色々とな」
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「ほー…つまりお前は聖寮の対魔士で九つ首の龍から光を与えられて巨人に変身する力を得た…そういうことか?」
「ああ」
変身を解いた赤髪の男はバンエルティア号の船長室でアイフリードとアイゼンを前に全てを話した。
元は対魔士であったこと、ブルナーク台地での業魔と怪獣との戦い、謎の空間で九つ首の龍から光を授かり巨人への変身能力を得たこと、アルトリウスとゼブブとの会話。
自身の名前以外の全てを打ち明けた。
「九つ首の龍…か」
「心当たりがあるのか?アイゼン」
「いや龍の方にはない。だが別の方にはある」
アイゼンはそう言い切ると男に視線を合わせて呟く。
「お前が九つ首に会った空間というのはおそらく地脈だろう」
「地脈?」
「地脈とは大地の中を巡る自然のエネルギーが流れる空間のことだ。そして地脈には地上で起きた出来事を映し絵のように記録されている大地の記憶というものがあるらしい。お前が見たのはそれだろう」
地上で起きた出来事を映し出す。
アイゼンの言葉が本当ならやはり、アルトリウスとゼブブのやり取りは実際にあったのだとということになる。
「聖寮も胡散臭いとは思ってはいたが…こいつの話を聞くかぎり何かヤバいことを企んでいそうだな…まあそいつは今はさておいて。んで、お前のことは大体はわかったが、これからどうするんだ?いくあてはあんのか?」
言葉に詰まる男。
どこに行きたいのか、何をしたいのかまるで考えていなかった。
ただ聖寮に対する不信感と自らに与えられた力を持ったまま、対魔士として復帰するわけでもなく放浪していただけだ。
「わからない…どこに行って何をすればいいのか、まるで…」
「目的も楽しみもなく生きてるんじゃ面白くねえぞ。人生ってのは長いようで俺らが思ってるよりも短いんだからな…」
アイフリードはそう返すと改めて男を眺める。
明るい色彩の赤髪と相反したサファイアの双眸。
世捨て人の身なりからは考えつかない整った顔立ちからはどこか温かな安心感を感じさせる。
本来ならばお目にかかることのない自分とは相容れることのない人種の男だ。
「ま、この船にいる間は好きにしろや。ここにいる奴らはお前みたいに世の中はあぶれたもんの集まりだ。礼儀だのなんだのと事細かいのは気にしなくていいからよ」
アイフリードはそう言い残して船長室を去る。
その自由気ままな生きざまが表された彼の背中を、口を閉ざして見つめる男は次に壁にもたれかかったアイゼンに話しかけた。
「…君は聖隷、なのか?」
自分を珍獣を見るような丸くした瞳で見る男にアイゼンは眼光を鋭くさせたまま、腕を組んで答えた。
「珍しくもないだろう…対魔士なら聖隷はたくさん身近にいただろう」
「…やっぱり、聖隷にも意思があったんだな…」
この場にはいない誰かを思っての言葉を呟いて俯く男。
酷く気力のない彼にアイゼンは既視感を抱いた。
「俺の加護は相当なひねくれ者でな。生まれついた頃からの体質のようなものでな…それがもたらす災いのせいで俺の周りにいる奴らは誰もが傷ついた。妹も何度か巻き込んだこともある」
男は顔を上げてアイゼンへ耳を傾ける。
「死神の呪いとも言うべきタチの悪い加護を解く方法を求めて俺は妹の元を離れて異大陸に渡った。だが未だにその方法は見つかっていない。呪いを解けずどうすべきか悩んでいた俺にある男は言った。『呪いの力を持って生まれたのなら呪いごとお前だろう』とな。その言葉で俺は妹と暮らすことを諦めてこの船であいつらと共に海を旅する決意をした」
妹は今でも大切に思っている。
妹のことももちろん大事だが呪いを持ったままの自分と一緒にいれば、彼女の身に何が起こるかわからない。
妹が傷つくのは兄としては是が非でも避けなければならない。
彼女の元を去り、呪いごと含めて自分を受け入れた人間達と生きる。
そういう生き方も悪くないと思った
「お前がこの先どうするのか…俺はその選択には干渉しない。自分の舵は自分で取る、それが俺達アイフリード海賊団の流儀だ」
「自分の舵は…自分の手で…」
アイゼンの言い放った流儀は男に重くのしかかった。
彼らに言わせれば自分は今目指す場所もなく霧の中でさ迷うばかりの船だ。
いずれは難破し沈没する運命にある。
このままじっと何もしなければ、そういう末路を迎えるだろう。
「もし俺達と共に来るなら拒みはしない。死神を受け入れるような奴らだ。巨人に変身する元対魔士を受け入れる度量ぐらいはある」
言いたいことを告げたアイゼンは彼を一人にする。
そうして部屋に取り残された男は閉口したまま熟考した。
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そして
長い月日が経ったバンエルティア号の一室では、男が金属を使って何かを製作していた。
「これでよしっと、名前はそうだな…エスプレンダー。これにしよう、語感もいいしな」
青いガラスのように透き通った表面を黄金色の金属が取り囲んだそれを掌に納めた男は満足気に微笑む。
達成感に満たされていたその時体に奇妙な感覚が走り、彼は目を細める。
「またか…」
「リーダー!」
活気のある声と共に扉が開かれ外から海賊帽を被った金髪の男が入ってくる。
「ベンウィック、どうした?」
「副長が呼んでる。用件は-」
「わかってる。いくぞ」
ベンウィックと呼ばれた青年の言葉を遮った男は椅子を立ち、彼と共に甲板に足を運ぶ。
白銀の大地を一望できる甲板に上がると船頭に立つアイゼンに男は声をかける。
「アイゼン、行ってくる」
「ああ、頼んだぞ。ガイア」
お互いに視線を交わすと男-ガイアはエスプレンダーを前に突き出し、赤い光に包まれる。
丸みを帯びた光は上昇し、雪の降る空を飛翔していく。
次回から原作に突入します。ベルベットやロクロウも出てきますよ!
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