テイルズオブベルセリア~True Fighter~   作:ジャスサンド

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今回以上にサブタイトル名に悩んだ回はない


第三章 君は一人じゃない
第36話 情けは人のためより自分のために


冷えきった空気が体にまとわりつく。

家屋が立ち並び、黒い海に浮かぶ星々の明かりに照らされた人通りのない道をベルベットたちは歩いていた。

 

「ローグレスか、ここに来るのも久々だなぁ」

 

「思い出すのぉ。力なき人々を導かんとする善良な導師様を民衆の目前で始末しようとした悪魔がいたのを。あの時は本当にヒヤヒヤしたわい」

 

ローグレスの街並みを見てマギルゥはロクロウと一緒に前回の出来事を振り返る。

聖寮に追われている身の上の彼らがわざわざ敵の本丸が構える都市にいる理由、それは

 

「血刺喋から連絡を受けたそうだが…何の用件だ?」

 

行く当てもなくさ迷う航海の最中かつて聖主の御座を襲撃する際に手を貸してくれた血刺蝶からシルフモドキで手紙が来た。

『ローグレスに来てほしい』そう手紙には記されていた。

 

「さぁ、でもちょうどいいわ。血刺蝶なら喰魔を匿うのに適した場所を知ってるかもしれないし」

 

「確かに、彼らならそういう情報を持っていても不思議はないな」

 

血刺蝶が目下の問題を解決するための助言を授けてくれるかもしれない。ベルベットはそう望みをかけていた。

人目を気にしながら歩き続ける内に彼らの経営する酒場の扉の前に辿り着く。

早速中に入ろうとする一行

しかしエレノアには一つ気がかりがあった。

 

「彼らがこちらの話を聞いてくれるでしょうか?」

 

血刺蝶の黒い噂は対魔士であるエレノアも耳にしたことがある。

聖寮の情報網を持ってすら得体の知れない相手との交渉が上手くいくのかと先の見えない不安があった。

 

「案ずるでないぞエレノアや、対魔士なら無理じゃろうが儂らならなーんも問題ない。聖寮の嫌われ者という意味においてはあっちもこっちも同じじゃからな」

 

「そういうこと。ここはあたしたちに任せてあんたは外で待ってなさい。対魔士がいたんじゃまとまる話もまとまらなくなる」

 

ベルベットはそう言うと扉に手をかけてからエレノアへ首を向けて忠告を付け加える。

だがそこへガイアが口を挟んだ。

 

「一緒に入るべきじゃないか?」

 

「エレノアは対魔士よ」

 

「ああ、それはわかっている。だが今のエレノアは聖寮から敵視されている身。こんな敵の本拠ど真ん中に置き去りにしたら俺たちより聖寮の連中に見つかってしまう確率が高い…そしてそうなればエレノアの存在が俺たちがここにいるとしらしめてしまう」

 

「……」

 

ガイアの考えにベルベットは判断に迷う。

絶対に起きない事態とは言えない。

悩む彼女を手をアイゼンは掴んで皆の輪から引き離す。

 

「何?」

 

「あいつの言う通りにするべきだ。エレノアはライフィセットの器でもある。エレノアが傷付けばライフィセットにも危害が及ぶぞ」

 

「前にも言ってたわねそんなこと。それも穢れがらみってわけ?」

 

「そうだ。だが今は話せない。落ち着いたところで話す」

 

問われたアイゼンは口を閉ざし、その瞳はベルベットを映したまま微動だにしない。

 

「必ずきっちり説明してもらうわよ」

 

秘密主義の仲間にベルベットはそう言ってエレノアの元へ踵を返す。

 

「入ってもいいけどその代わり大人しくしてなさいよ。向こうの機嫌を損ねないようにね」

 

「気を付けます」

 

エレノアに釘を刺してベルベットは扉を開ける。

酒場特有の騒ぎ声をないものと扱いながら歩いていくと、カウンターの奥の血刺蝶の長タバサが彼女に気付く。

 

「いらっしゃい。今日はどうしたのかしら」

 

「そっちが呼びつけておいてどうしたもないでしょう。用件は何?」

 

「ちょっとしたジョークよ、つれないわねぇ。あれからずいぶん色々あったみたいね」

 

「耳が早いわね。だったら話が早い、こっちもあんたたちに聞きたいことがあるの。聞いてくれるわね」

 

「ええもちろん。でも話に入る前にちょっと頼み事があるんだけど…手伝ってもらえるかしらこの仕事を」

 

「は?」

 

タバサの言葉の意図がわからずベルベットは一瞬固まる。ベルベットだけでなく、ライフィセットもガイアもエレノアもだ。

アイゼンやマギルゥでさえ眉をピクリと吊り上げるくらいの反応はしたのにてんで動じていないのはロクロウくらいのものだった。

 

「それは私たちが貴方たちのお店の仕事を手伝うということですか?」

 

「そう、今日急にコックと配膳係が揃って流行り病にかかって休んでね。幸い軽い症状で済んでるみたいだけど人手が足らなくなっちゃってね。だから貴方たちの手を貸してもらいたいの」

 

「そんなのそっちの都合でしょ。そっちの都合にあたしたちを巻き込まないで」

 

「そうね、貴方の言い分は最も。だけど人払いができないと貴方たちの欲しい情報を話せないけどいいのかしら」

 

面倒ごとはごめんだと突っぱねるベルベットにタバサも負けじと応戦する。

両者共に視線を交わしたままの膠着状態が続いた結果、ベルベットの方が折れた。

 

「わかったわよ。やればいいんでしょ、その代わり必ずこっちの注文に応えてもらうわよ」

 

投げやりな態度でベルベットはやむ無くタバサの要求を飲んだ。

 

 

かくしてベルベットたちは協力して酒場の仕事を手伝うことになったのだが

 

「こんなことしてる場合じゃないってのに」

 

「言いたくなる気持ちはわかるがしょうがないだろ。こうなっちゃったんだから、文句言ってもどうにもならん」

 

愚痴るベルベットにガイアはそう口で返しながら、慣れた手つきでじゃがいもの皮を剥く。

すぐ近くではエレノアが鍋の面倒を見ている。

 

話し合いによる役割分担の末、この彼ら三人はそれなりに上手い料理が作れるため厨房を任されることになった。他はそれ以外の業務に回された。

 

「コーンスープ出来ました。ライフィセット、お願いします」

 

「ありがとう」

 

エレノアから皿を受け取ってライフィセットは溢さぬよう注意を払って客のテーブルへ料理を運ぶ。

 

「ほれほれ、ペースが落ちておるぞ。しゃきっとせんか」

 

せっせと皆が働く輪の外から厳しい声が飛ぶ。

声の主はカウンターにどっしり座るマギルゥだ。

彼女は面倒くさいからという理由で唯一店の業務に参加していない。

 

「お前はいいな。楽そうで」

 

「苦労をするとわかって選択をしたのはお主ら自身じゃろう?羨ましいなら羨ましいと言ってもよいぞ。なんならこっちに来るか?今からでも間に合うぞ」

 

「ありがたいお誘いですが遠慮しときます。羨ましいとは思っても、自堕落な人間にもなりたくないんで。貴方みたいな」

 

「勿体ないのう。せっかく滅多にない善意から出た儂の言葉をこうも簡単に無下にするとは」

 

手を動かしながらガイアはマギルゥと口で格闘する。

そうしていると、ライフィセットがガイアに寄ってきた。

 

「ガイア、今ちょっといいかな?」

 

「どうした?」

 

「お客さんの注文が上手くできなくて一緒に聞いて欲しいんだ」

 

「さっきまで順調に出来てただろ?」

 

「そうなんだけど、ごめん、とりあえず来てくれる」

 

「あ、ああ。わかった。ロクロウ悪いが暫く代わってくれ。じゃがいも斬るだけでいいから」

 

「応、承知した」

 

ロクロウと立場を入れ替えて厨房を抜けたガイアはエプロンを椅子にかけて、ライフィセットと客の席へ向かう。

 

「お待たせしました」

 

「おっせーぞノロマが!何ちんたらやってんだ」

 

「乳臭せえガキの次は辛気臭せえフードかよ。どうなってんだよこの店」

 

そこにいたのは柄の悪い三人組。如何にも面倒事を持ちかけてくるのが好きそうな若い男たちだった。

 

(こういうことか)

 

彼らの風貌からして問題であることは決定的でライフィセットが苦心する理由も納得がいった。

 

「注文すっから聞いとけよ。マーボーカレー激辛風味三つ、茶碗蒸し五つ、夏野菜がナップル添え六つ、トロピカルフルーツジュースバナナ抜き一個、で、さっきのカレー二つピリ辛な」

 

「ちょっ、えっと、夏野菜のナップル添えとトロピカルフルーツジュース…マーボーカレー激辛風味がピリ辛風味に変わって」

 

「違ぇよアホ、トロピカルフルーツジュースバナナ抜きだ。しっかり聞いとけや。それとやっぱマーボーカレー激辛でチーズ付けてくれ。んで後ウリボアのステーキ四つ、ミディアムとウェルダンで一つとレア二つ、うまうまティー三つ」

 

「あの…申し訳ないんですができたらもう一度」

 

「注文は仕舞いだ。しっかり全部持ってこいよ」

 

(こいつら…!間違いない。明らかにこっちで遊んでる)

 

食べられない量のメニューを頼んで翻弄される店側の様子を嘲笑って楽しんでいる。

できることなら叩き出してやりたいがこんなでも客だ。手荒な真似はできない。

少々お待ちを、と断りを入れてガイアはライフィセットの待つ場所に引き返す。

 

「思ったより面倒なのがきたな」

 

「困ったね。どうしよう」

 

「あのタチの悪い奴らの相手に時間を裂くだけ無駄だ。大丈夫、こういう時は適材適所。さっさと解決してくれる助っ人に頼るに限る」

 

「助っ人?」

 

ライフィセットにそう言うとガイアは厨房に引き返す。

彼が助力を乞う相手とは

 

「ベルベット、手を借りたいんだが」

 

「今注文がかさばって手放せないの。あんたもサボってないでこっちに戻ってきなさい」

 

ベルベットは調理に手を焼いていててんで目線もくれない。

だがガイアには嫌が応でも意識を反らす魔法の言葉を備えていた。

 

「ライフィセットに難癖つけて遊んでる厄介な奴らがいるんだが」

 

-ピクッ

その言葉を突き付けた途端ベルベットの手が止まり、背中から感じる雰囲気が一気に変貌した。

 

「その連中どこの?」

 

「奥のテーブルのガラの悪い三人組。作業は引き継ぐから」

 

「ええ、任せたわ。すぐ戻る」

 

冷めきった声色で告げたベルベットはエプロンを身近なテーブルの上に捨て、問題の客の席へ歩いていく。

時間にして数分…彼女は何食わぬ顔で戻ってくると

 

「お冷や三つ運んでおいて」

 

ライフィセットに告げて再び作業を再開する。

問題の席を覗いて見ると男たちはさっきの喧しさはどこへやら大人しくじっと待っていた。

膝の上に行儀良く置いた手を震わせて

 

「ベルベットあの人たちの注文取れたんだね。すごいなぁ」

 

「たぶんあの人たちの要望は何一つとして通ってないだろうけどな」

 

「違うの?」

 

「…やっぱなんでもない」

 

純粋な少年が勘違いをしたままでいて欲しいと思ったのか、ガイアは見切りを付けてこの問題を忘れ去る。

とにかくこれで問題は収束したと安堵したガイアだが、そこにエレノアが困った顔でやって来る。

 

「ガイアどうしてじゃがいもをみじん切りになんてしたんですか。これじゃ煮込む時に溶けてしまいますよ」

 

「俺、そんなことしてないけど」

 

「え?さっきじゃがいもの皮剥いてましたよね?」

 

「やってたけど途中で呼び出されたからやったのは皮までで切るのはやってないぞ…第一料理初心者じゃないんだからそんなミスまずやらないし」

 

本当に覚えがなくガイアは目をぱちくりさせる。

 

「じゃあ一体誰が」

 

「あ…まさか」

 

そこまで口にした時ガイアは思い出す。調理場を離れる時誰に作業を引き継いだかを

 

嫌な予感がする。

足早に厨房へ向かうと、そこに待っていたのは

 

「はぁ!!」

 

じゃがいもが宙に舞い、次の瞬間音もなくその身を皮ごと細かく切り刻まれる。

ガイアの指示通りロクロウは今もじゃがいもを刻んでいた。鮮やかで美しい無駄のない手つきで、自慢の小太刀を使って

 

「お前…」

 

「ちょっと何してるんですかロクロウ!」

 

「何って言われた通り普通にじゃがいも斬ってるだけだぞ。間違ってたか?」

 

「間違ってるぞ、色々とな…切り方とかもだけど一番は手に持ってる道具だ。料理にそんな大それた刃物を使う奴があるか!包丁使え包丁!」

 

「そう言われても俺にとっては包丁よりこいつの方が手に馴染みがあるからなぁ。それに包丁も小太刀も刃物なんだから変わらないだろ。切れれば全部一緒だろ」

 

「違いますよ…どうしてそうなるんですか…」

 

「俺が悪いんだ。中途半端な指示で済ませた俺が悪かったんだ。ロクロウもういい、俺がやるから元の仕事に戻ってくれ」

 

あっけらんとしたロクロウにエレノアは何も言えなくなる。ガイアも説明不足に責任を感じているようで四つん這いになって項垂れている。

そこへ

ガシャン!と何かが勢い良く割れる音が響いた。

 

音の出所に目を向けると蛇口の前にアイゼンがおり、その手元には泡の立ったスポンジが、足元にはさっきまで皿だった物の欠片があった。宇宙に広がる星のように。

 

その風景一つでガイアは事の全てを見抜いた。

 

「アイゼンお前…皿洗いも満足に出来なかったのか」

 

「…すまん」

 

不器用とか注意力に欠けているとかそういうことが原因ではないのはわかっている。

呪いのせいだ。

本人の意に反した結果をもたらす死神の呪いのせいだ。

 

「し、しょうがないですよ。アイゼンのせいではありませんから。不可抗力ですよ」

 

「そうだ。お前が気にすることはない。こっちは俺たちで何とかするからお前は別のことをやってくれ」

 

「すまん」

 

悲しいかな

二人のフォローが尚更傷口に刺さりアイゼンは心を痛める。

口数がなくなりながらもせめてこれだけはと、出来上がったコーンスープを運ぶ。

 

その途中…厨房から指定の卓までのほんの短い間で悲劇は起きた。

運悪く床が濡れていたせいで足を取られ、コーンスープはアイゼンの手から抜け落ち、重力に従って落下。茶色の木目を黄色に染め上げる。

 

「うわぁ…すごい偶然」

 

「死神の呪いがここまで酷いものだったなんて」

 

「うっそだろお前…」

 

「うっひひひひ!こりゃ、こりゃ堪らんのう!出来すぎにも程があるわ!ひっひひひ!」

 

「……もう何もしなくていい。何もしなくていいから大人しくじっとしてろ。頼むからほんとに 」

 

冗談みたいな一連の流れを目撃した身内の反応は様々だった。

誰かが恐怖を感じ、誰かが哀れみの目を注ぎ、誰かが腹が捩れる程の大爆笑をし、誰かが途方もない失望と何故こうなる前に止められなかったのかと後悔に襲われた。

 

 

 


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