テイルズオブベルセリア~True Fighter~   作:ジャスサンド

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第28話 変わらないもの

「あ、あれは一体…」

 

平穏な海の街を蹂躙する怪獣の前に青き輝きを纏って現れた巨人。

その登場と、怪獣と巨人との対決にイズルトにいた全ての者が目を奪われ、足を止めた。

民間人も、対魔士も全て。

 

「なんということだ…怪獣だけでも手一杯だというのにあんなものにまで攻めこまれたら我々はもう一巻の終わりだ」

 

「しかし我々が退けば市民達に危険が…!」

 

「狼狽えるな!攻撃を一時中断し様子を見る!」

 

ざわめく二等対魔士達の声はオスカーの一喝によりピタッと一斉に鎮められる。

 

「オスカー!無事ですか!」

 

「姉上?港を発たれたはずでは」

 

するとそこに港の方角からやって来たテレサの姿にオスカーは目を丸くする。もうイズルトにはいないはず姉が目の前にいることにオスカーの頭がいっぱいになるが、部下の手前すぐにその疑問を頭の片隅に追いやる。

 

「姉上、あれは味方と考えてよいのでしょうか?」

 

オスカーの言うあれ(・・)、今も戦いを続けパズズに左拳を命中させる青い巨人をテレサは目を細めて見上げる。

 

「怪獣と戦っているのを見るに怪獣を倒すという目的を持っているのは間違いないようですし、そういう見方をすれば敵ではないでしょう」

 

「つまり味方と見て問題ない、と」

 

「怪獣と戦っている内はですが…あれが未知の領域の存在であるのも事実。注意を払っておくにこしたことはありません」

 

怪獣と敵対していることと味方であることは同義ではない。

怪獣を倒した後巨人は次に自分達に標的を変える未来は充分にありうることだ。

 

(青い巨人、以前ヘラヴィーサに現れた赤い巨人とは別のようですが…聖隷でもなければ業魔でもないあれは一体なんだというのですか)

 

今目の前で怪獣と対峙する青い巨人は何なのか。

顔には出さぬよう精一杯努めながらも、テレサには確かに困惑という感情があった。

 

 

「何なんだあれ!いきなり現れて街をめちゃくちゃにして!」

 

ハールは憤りを覚えざるをいられなかった。

海の見える席でエレノアやアイゼンと紅茶を飲んで談笑していたところに、突然怪獣が出現し街を破壊しながら近付いてくる。

それだけでも驚きなのに今度はその怪獣と青い巨人が戦いを始めた。

立て続けに起こる事態にハールの理解は追い付けなかった。

 

『オォイ!』

振り下ろすパズズの爪を腕で軽く受け止めた巨人は、その腹に掌底を撃ち込む。

 

『ギュアアアアア!』

 

攻撃が失敗に終わっても、負けじとパズズは近接戦闘を仕掛ける。

しかし巨人はそれら全てを紙一重ながらも余裕の表れた動きでかわし、その度に一撃を入れていく。

戦い慣れた熟練者の動きだ。

 

「かっこいい…」

 

「あの巨人以前私達の前に現れた巨人とはまた別のようですね。見た目も戦い方も何から何までまるで違います」

 

セーニャがその戦いに魅了される一方でエレノアは今まで何度か見た巨人と目の前の巨人とを比べてそのようにぼやいた。

 

「今の内にベルベット達と合流するぞ。対魔士に発見されたら面倒は避けられない」

 

「そうですね」

 

民間人を避難させる目的で対魔士がこの場所に来る可能性は多いにある。

アイゼンだけならばともかく業魔に与した裏切り者のエレノアが一緒にいれば、友人達に更なる危害が加わる恐れがある。それは避けなければならない

 

「二人共ここは危ない。教会が避難場所になっているはずだからすぐに避難を」

 

「エレノアはどうするの?避難するなら一緒に 」

 

「私のことは心配しなくて平気。自分の身は自分で守れるから」

 

「わかった。無茶だけはしないでくれよ。いくぞセーニャ」

 

「気を付けてね」

 

そう言うとハールはセーニャの手を掴み共に教会を目指して走り出す。

お互いに離れないように手を握り合う友人達の後ろ姿。

それがエレノアの目にかつて同じように一緒に過ごした少年との日常が被って見えて、一瞬懐かしさと悲しみが彼女の心に込み上げた。

 

「いくぞ」

 

「…はい」

 

アイゼンに促されてエレノアは止めていた足を動かした。

今の自分がすべきことを成すために

 

『ギュュァァ!』

 

『デヤァ!』

 

青い巨人の蹴りを食らいパズズは大きく後退する。

腹の痛みに苦しんで濁った悲鳴を出すパズズ。

それに背を向けて巨人はイズルトの街並みを見下ろす。

安全な場所に逃げようとする戦う術のない住人、そんな住人達を誘導しパズズと自分の攻防を緊張感を張り巡らせて見つめる対魔士

巨人が眺めたのはそんな光景だった。

 

『ギュアアア!』

 

そこに隙あり、と身を捩って長い尻尾を振り回すパズズ。

完全な視角の外からの攻撃。本来ならば避けられようもない攻撃。

だが巨人は見向きもせずその動きを察知し、横凪ぎに振り回された尻尾が左の掌で受け止める。

かなりの衝撃が襲ったはずだが巨人が手を痛めた素振りは微塵も感じられない。

 

『ギュア!?』

 

唖然とするパズズ。

巨人は振り向き様に体を捻り同じ一動作で容赦なくパズズの顔面をつま先が襲い、水面にその巨体が倒れる。

 

『ギュアアア!』

 

近接戦ではいいようにやられると気付いたパズズは起き上がるなり、二本角から雷撃とだめ押しに口から火炎弾を放つ。

空気を切り裂きバチバチとなる雷鳴と大気を焼く炎の球に巨人は足を止めたまま、かわそうとしない。

 

『ンン、オオィ!』

 

両腕をクロスさせて雷と火の二重攻撃を受け止めた巨人は腕を体の外側に振る。

瞬間、雷撃は青い粉粒状に四散する。

 

『ギュア!?』

 

勝てるはずがない、仮にパズズが言葉を発せたとすればまさにそう言わずにはいられないだろう。

あらゆる攻撃が通用せず、ひたすら痛めつけられる。

どうやっても勝ち目など見えるはずがなかった。

 

そんなパズズの心情を見抜いてか巨人は右手をクイクイとパズズに向ける。

それで終わりか。そんなものが全力なのかと言わんばかりに

 

『オオオオン!』

 

挑発めいたその仕草にパズズは激昂の叫びを上げて、角の光を灯す。

だがそれが再び発射されることはなかった。

巨人の胸の結晶が緑色に光った瞬間一陣の風となった巨人はパズズの横を駆け抜け、二つの角が宙に舞う。

一瞬にして背後に回った巨人の腕からは青き剣が輝きを放っている。

 

『グオワアア!』

 

パズズは腰を落とし、体当たりの要領でがむしゃらに巨人に突っ込む。

決して弱くはないはずなのだが巨人がまるで微動だにしないせいで、じゃれあっている子供の図にしか見えない。

巨人は肘を首筋に打ち落としそこに膝蹴りも加える。

更におまけに蹲るパズズを両腕で持ち上げ、頭上から一気に後方へと投げおとす。

 

『オォォ-』

 

消耗して立つのもやっとなパズズからある程度間合いを置いた青い巨人は頭の前で両腕を組むと、左右の腕を上下に動かしていく。

頭頂部に添えられた右手には青い光が満ちていき、眩く大きな輝く。その一連の動作は光の巨人としてのガイアが使う技の中でも最強の威力を誇るフォトンエッジに似ていた。

故にトドメを刺すつもりなのだとガイアにはすぐわかった。

だが

「待ってくれ!そこで倒したら!」

 

陸側にいるパズズに対して巨人がいるのは正反対の沖側。この位置で倒しては非常によくない。

ガイアは制止の声を上げるが、巨人の動作が一瞬足りとも止まることはない。

 

「どうして、どうしてやめないんだ!」

 

声が届かぬと知りガイアはそう叫びながらエスプレンダーで赤い巨人へと変身する。

 

「ベルベット、あれ!」

 

「…なんで今頃になって」

 

ライフィセットとベルベットも仲間達の合流のために街中を駆けていた。

その途中、赤い巨人となって天を目指すガイアの姿を捉える。

 

(よし、この高さなら…間に合ってくれ!)

 

イズルトの街全体を一望できる高さまで飛翔したガイアはグッと身を丸めて力を溜める。

そして

 

『オアア、デャアアアアア!』

 

『ジュアアアアア!』

 

青い巨人の額から繰り出された光刃-フォトンクラッシャーがパズズを切り裂く。

ほどなくしてガイアは溜めた力を全身から照射し、その力は海辺から陸地まで、イズルトの隅々まで膜のように広がり包み込む。

間もなくパズズは粉々に砕け散り、その衝撃で大きな津波が引き起こされる。

 

「な、波がこっちに向かってくる!」

 

「みんなに、逃げろ!あんなでかい波飲み込まれたら一巻の終わりだ!!」

 

「対魔士達よ、地の聖隷に命じ壁を作りなさい!今すぐに!」

 

眼前に迫る津波の魔の手から必死に逃れようとする力無き人々。

そんな彼らを守るためテレサは二等対魔士に指示を出すが、それでは間に合わないし津波の規模に対し地の聖隷の量が圧倒的に不足している。

 

(やっぱり、ダメ、間に合わない!)

 

-自分達もろともイズルトの街は海に沈む

津波が目前にまで迫り、テレサは自らの表情は絶望一色に染まる。

しかし現実はテレサの予想していた結果とは異なった。

ガイアの張ったエネルギーの膜が防壁の役割を果たしたため、津波がイズルトの街を覆うことはなく波はそのまま膜の上を通過して収まる。

 

「た、助かったの…?対魔士達は?オスカーは?」

 

周りを見回すと聖隷も対魔士も見た限りでは津波の飲まれた者は一人もいないようだ。オスカーの姿も確認できた。

 

「よかった…っ、あの巨人達は!?」

 

自分よりもオスカーの無事に安堵の息を吐くテレサであったが、すぐにハッとして目線を切り替える。

怪獣の脅威は去ったがまだ二体の巨人が残っている。

気を抜いてはいけない。

 

『オァ…』

 

空から降りたガイアが重力に身を委ねて力なく海上に跪く。

胸のライフゲージは赤く明滅し、静寂に静まり返った海に山びこのようにその音が響く。

無理もない。イズルト全域を覆う程のエネルギーを開放したのだから、余力もほとんど残っていない。

乱れた呼吸を整えるように両肩を上下させるガイア。

力を消耗したせいで体に急激な負担が襲いかかるが、今の彼にはそれが些細に思える程の疑念があった。

 

(何故なんだ。何故あんな真似を)

 

あれだけの質量の物体を海岸で爆発させたらどうなるか、それが想像できないような人物ではないはずだ。

あれだけ上手な戦い方ができるなら尚更だ。

振り返って佇む青い巨人を見ながらそんな考えをガイアが巡らせていた。

すると青い巨人は踵を返して、歩き出す。

 

(待ってくれ!)

 

その場で手を伸ばして引き止めようとするガイアだがその思いは届かず、体から強い青い光を放った巨人は姿を消す。

虚しく伸ばした手を力なく引っ込めたガイアは思うところがあったのか、暫らくの間佇んでいた。

そうしているとライフゲージの点滅が速まり、活動の限界が近づいたガイアもまた赤い光となって、人目から姿を消した。

 

 

--------

 

 

「ロクロウ、マギルゥ!」

 

「おお、お前達無事だったみたいだな。…他の奴らはどうした?」

 

「すみません、遅くなりました!」

 

「-っと、どうやら心配なさそうだな」

 

巨人も怪獣もいなくなってイズルトに静けさが戻った頃、ベルベットとライフィセットは離れていた仲間達と合流を果たした。

ロクロウとマギルゥ、そしてエレノアとアイゼン。

皆傷もないようでライフィセットは安堵する。

 

「よかった…皆無事みたいだね」

 

「そうじゃのう。これで全員…いやまだ一人欠けておるか」

 

マギルゥの一言でライフィセットはまだここにいない者を思い出す。

 

「そうだ、ガイア!ガイアがまだ」

 

「一緒にいたんじゃなかったのか?グリモワール探しに行ってたんだろ?」

 

「一緒だったんだけど怪獣が出た時どこかに行っちゃったんだ」

 

「どこかってどこ行ったんだ?」

 

「わからない。でも…」

 

「でも、なんだ?」

 

「ううん、何でもない」

 

ロクロウの疑問に答えようとしたライフィセットははぐれる直前のガイアが口から溢した言葉を思い出して口ごもる。

なんとなくだが言ってはいけないような気がした。

 

「もしかして怪獣の攻撃に巻き込まれてしまったのでしょうか…もしそうだとしたら」

 

「それは大変じゃのう。ガイアがいなくなってしまったら大事な大事な古文書までパーということ。グリモ姐さんに会うどころじゃなくなってしまうのう。いやはやどうしたものやら」

 

エレノアと違ってガイアの身より彼の持つ古文書の方の無事を案じるマギルゥ。

約一人を除いてガイアの安否を心配するライフィセット達。

すぐに探しに行こうとするが、その必要はなくなった。

探そうとしていた人物が自分から来たのだ。

 

「ガイア!急にどこか行っちゃうから心配したんだよ!怪我とかしてない?」

 

「心配かけたな。この通り平気だ」

 

「なんじゃ生きておったか。つまらんの。まぁ死んだら死んだで迷惑じゃがの」

 

五体満足で帰ってきたのが面白くなかったのかマギルゥは軽々しく言い放つ。

 

「しかしなんだったのかのう。あの巨人共は。儂らの都合などお構い無しに好き放題やって去っていきおって…これも死神の呪いの仕業というやつか?」

 

「呪いのせいかどうかはともかくまさか巨人が二人いるとは思わなかったな。どんな関係なんだろうなあの二人、兄弟って感じじゃなかったよな。色も目付きも違うし」

 

「敵対しているようではなさそうでしたが仲間という風にも見えませんでしたね」

 

巨人に関して色んな意見が飛び交う。だが生憎長々と話しているだけの時間はない。

 

「その話をしてる時間はないわ。すぐにこの街から離れるわよ。この騒ぎのせいで対魔士の動きが慌ただしくなるはず、先を急ぐわよ」

 

「それには賛成だがこれからどうするんだ?結局グリモワールの居場所はわからないままだ」

 

「グリモワールの情報なら手に入れたわ」

 

「本当か?」

 

「マギルゥに聞かなきゃ確証は持てないけどたぶんアタリね」

情報の真偽を気にするロクロウにベルベットは淡々と告げた。

 

「どうやら話はまとまったようじゃな。そんじゃさっさと尻尾を巻いてトンズラするとしようぞ」

 

ロクロウとベルベットのやり取りをマギルゥがお気楽な調子で総括する。

彼女の態度には何ら勘に触ることはなかったが、一方でエレノアにはそれとは別に気がかりなことがあった。

 

「あの、ロクロウ、お母さんはその、無事ですか?」

 

「お袋さんならオレとマギルゥがお前達と合流する前に避難するように言っておいた。たぶん今は避難所になってるところにいるはずだ。心配することはないと思うが」

 

「そうですか…」

 

ロクロウの返事にエレノアは一気に抱えていた不安が解消された。

 

「出る前に会っていくか?」

 

「…裏切り者の私が姿を見せれば対魔士達は私を捕らえようとするはずです。私のためにお母さんも友達ももう誰も巻き込みたくありません」

 

「エレノア…」

 

「そうか」

 

数秒迷って首を横に振るエレノア。

その数秒の間に行われた葛藤を察してライフィセットは心配する。ロクロウも提案はしたものの、エレノアが言うならそれでいいと彼女の答えに異を唱えなかった。

 

「待って!」

 

イズルトを後にし、去ろうとするエレノア達に制止を求める者がいた。

それはセーニャだった。

かなりの距離を走ってきたのか前屈みになって息を整える。

 

「よかった…間に合った…やっぱり黙って行くつもりだったでしょ」

 

「セーニャ!?どうしてここに避難したんじゃなかったの?」

 

戸惑うエレノアの前にセーニャは肩を小刻みに揺らして歩み寄る。

 

「あれは?」

 

「エレノアの昔からの友人だそうだ」

 

「友人…そう」

 

アイゼンからセーニャの素性を聞いてベルベットはひとまず彼女に向けていた警戒を緩める。

そしてエレノアとセーニャの二人に、故郷の村アバルにいた頃の自分と友達だった少女ニコの面影を感じながら眺めていた。

 

「エレノアにどうしても言っておきたいことがあるの」

 

「言っておきたいこと?」

 

「私達エレノアのこと信じてるから」

 

そう温かな笑みと共に両手でエレノアの手をそっと包み込むセーニャ。

 

「私は知ってるから。エレノアがどんな人か。真面目で誠実で嘘をつくのが苦手な私の友達。だから対魔士の人達が何て言っても私は信じてる」

 

「…知ってたの?今の私のこと。私が今聖寮でどうなってるのか」

 

「うん…でも理由があるんでしょ?エレノアがそうしなきゃならない事情が。ならあまり詳しく聞かない…その方がいいでしょ?」

 

「どうして、そこまで信じてくれるの?」

 

「小さい時からずっと一緒にいる友達なんだから当たり前でしょ…それにさっきも言ったけど私は知ってるから。エレノアが理由もなく悪い事に加担したりするなんてしないって…私だけじゃない。ハールだってそう。それに何よりエレノアのお母さんとお父さんが一番エレノアのことを信じてる」

 

「お母さんとお父さんが?」

 

セーニャの口から出るとは思っていなかった人物の名前にエレノアは戸惑う。

エレノアの反復にセーニャははっきり首を縦に振って言葉を紡ぐ。

 

「エレノアが聖寮を裏切ったって噂が広まった時言ってたの。エレノアは不器用なところはあるけど曲がったことは嫌いで正義感の強い子だって。そんな子が間違った道に進むはずがない、例え間違っていたとしても最後までエレノアの味方でいるんだって」

 

「お父さんとお母さんがそんなことを…」

 

血の繋がりのない自分を家族として認めてくれている今の両親の言葉。直接言われていないのにその言葉にエレノアは励まされているような気がした。

けれども嬉しさと同時に罪悪感もあった。

 

「そうだ、もう行っちゃうんでしょ?二人に何か言いたいこととかない?もしあるなら私が代わりに伝えておくから」

 

「…ありがとうセーニャ。でも大丈夫」

 

続く言葉を吐き出すのに自分を守りたい気持ちが歯止めをかける。

が、エレノアはそれを押し切って言葉を絞り出す。

 

「お母さんとお父さんに言わなきゃいけない大事な話はあるけど、それは私の口から言わなきゃいけないことなの。今日は言えなかったけど…でも絶対に必ず話すから。お母さんとお父さんだけじゃない、セーニャとハールにも。だからその時が来るまで待ってて欲しいの」

 

「…わかった。だったらその時まで絶対に無事でいてよ。約束よ」

 

「うん、約束する。またねセーニャ」

 

固く繋ぎ合っていた手を名残惜しそうに放すとエレノアはゆっくりベルベットの方を振り向く。

 

「待たせてしまってすみません。」

 

「これでいいのね?」

 

「ええ、今はこれで」

 

「…そう」

 

「そんじゃ改めて行くとするか」

 

ベルベット達は今度こそイズルトを後にするためマクリル浜の方角へ歩き出す。

だがその時最後尾にいたガイアの背中にセーニャから声をかけられる。

「あの、エレノアのことお願いしてもいいですか?ああ見えて無茶するところあるから心配で」

 

「…何故俺にそれを頼む?エレノアの心配をしているのはわかるがわざわざ俺でなくてもいい話じゃないのか?」

 

まさか自分のことに気付いたのでは、とガイアは訝しげに訊ねる。

 

「雰囲気が似てるから…かな」

 

「似てる?」

 

「今はもういないけど私にとっては大切な友達でエレノアにとってはかけがえのない幼なじみ…なんでかわからないけどあなたを見てるとその人を見てるみたいな気がしてすごく懐かしい気持ちになったの。だからその人と似てるあなたに頼みたくなって」

 

その言葉にガイアはフードの奥で舌を巻く。

昔からの付き合いとはいえこれが数年ぶり、いやガイアとしては初めての出会いだというのにセーニャは自分の素性の核心をついてきたのだ。

おそらくは偶然であろうがガイアはセーニャの優れた直感に賞賛を送りたい心持ちになった。

 

「ごめんなさい、こんなこと言ってもわからないですよね」

 

「敵わないな…」

 

「何がです?」

 

「何でもない、こっちの話だ。エレノアに危うい面があるのは短い付き合いだが知っているし、あいつに万が一のことがあったら困るのはこっちも同じだ。できる限りエレノアの身は守るつもりだ…それでいいか?」

 

「ありがとう、よろしくございます」

 

パアッと満面の笑みを浮かべたセーニャは頭を下げて礼の言葉を述べる。

 

「エレノアは周りに恵まれてるな。身の安全を心配してくれる君のような友達や親がいる」

 

「あなたにはいないんですか?自分のことを思ってくれる人」

 

「…どうかな。ただ昔ならともかく今の俺には少なくともそんな友人はいないだろうな」

 

「もたもたしとると置き去りにしておくぞよ~!」

 

遠くから届いたマギルゥの声にガイアは仲間達との距離がかなり離れているのに気付く。

 

「もう話している時間はなさそうだ。とにかくエレノアのことは俺達に任せてくれないか?俺の言葉は信用できないかもしれないがエレノアに君達を悲しませるような真似はさせないし遭わせない。約束する」

 

「信じますよ、あなたの言葉…嘘をついているようには思えないし真剣さは伝わってるから。改めてエレノアのことよろしくお願いします」

 

ガイアは頷き「じゃあ」と別れを告げてベルベット達の後を追いかける。

 

(ほんと相変わらずだな…)

 

見た目は大人っぽくなって変わったが、友達思いな根っこのところはグランの知るセーニャそのまんまだった。

それが嬉しくてガイアはつい口元を綻ばせた。

 

 

 

 


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