テイルズオブベルセリア~True Fighter~   作:ジャスサンド

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丁度いいところで区切ろうとしてできなかった結果過去最長の文字数となった今回…

今回ウルトラマンオーブのように登場人物のセリフに歴代ウルトラシリーズのサブタイトルと地の文にウルトラ主題歌の歌詞を仕込んでいます。




第24話 瞬く星の下で

「あなたはどうして対魔士になったの?」

 

 

対魔士になってまだ日が浅いある日の昼時に私は彼にそんなことを聞いてみた。

私のやや手前を歩いていた彼は視線だけを向けて、何故そんなことを聞くのかと不思議そうな顔をしていた。

 

 

「どうしたの急に」

 

「だからグランはどうして対魔士になったのかって聞いてるの」

 

「それはわかってるんだけどさ。今更って感じがさ、今までノアそういうこと聞いてこなかったじゃん。なんで今になって聞いてきたの?」

 

「だってあなた昔から争いごと嫌いだったじゃない。前に自分でもそう言ってたぐらい。なのにどうして父さんや母さんの反対を押しきってまで対魔士になったの?」

 

 

彼が人に暴力を振るったところを私は一度だって見たことがなかった。

義父さんと喧嘩になった時も一緒に遊ぶ友達と揉め事が起こった時も

 

 

「それ前に話さなかったっけ?」

 

「聞いてません」

 

「そう…だっけ?」

 

「と ぼ け な い で」

 

「…バレたか」

 

 

視線を泳がせる彼は頑なに理由を語ろうとしない。

昔からこうだ。

彼は自分にとって言いたくないことや都合の悪いことがあると、すぐ誤魔化そうとする

けれどその癖顔に出やすいから分かりやすい。

 

 

「はぁ、いつもそうやって誤魔化そうとするのね。その癖そろそろ治さないとダメだって言ってるじゃない…」

 

「ごめんごめん。つい」

 

「まあ私にやる分には慣れてるからいいけど…それよりさっきの質問に対する答えまだ聞いてませんからね」

 

「…やっぱ言わなきゃダメ?」

 

「そんなに言うのが嫌なの?」

 

 

「わかった。話す、話すよ。けど絶対笑わないでよ 」

 

 

ついに折れた彼はそう前置きすると、一呼吸整えてから話してくれた。

 

 

「そりゃあ争い事は好きじゃないよ。業魔が相手でも殴ったり剣を向けるのは良い気持ちはしない。だけど」

 

 

そこで彼は噴水の前のベンチで和む母親と少女の親子に目を移す。

 

 

「それでもあんな風に家族が笑いあえる日常を守れるならやってみようと思ったんだ。霊応力に目覚めて対魔士として人を守れる力があるのにそれを使わずにいるのはなんか違う。ちっぽけな力だとしても僕が戦うことでああやって笑いあえる家族が一つでもいるのなら僕の中の霊応力が目覚めた意味もあるんじゃないかって…急に聖隷が見えるようになってからずっと考えてた」

 

「それが対魔士になった理由?」

 

「そうだよ。悪い?」

 

「全然そんなことない。すごく素晴らしい理由だと思う。むしろなんで今まで頑なに言わなかったのかその理由の方がわからないくらい」

 

 

素晴らしいと褒めたその言葉に嘘はなかったと今までも言える。

だからこそ何故その動機を言わずにいたのかその時も疑問に思っていた。

 

 

「…恥ずかしいじゃん。こういうの他人に言うの…。子どもの時からずっと一緒にいる君なら特に、さ」

 

「…ふふふ」

 

 

耐えきれずに私は笑ってしまった。

 

 

「ほらやっぱり笑った!笑わないって言ったじゃん!」

 

「ふふ、ごめんなさい。けど、だって…ふふふ!」

 

 

彼に悪いとわかっていてもどうしても私は笑いを抑えることができなかった。

 

 

「ごめんなさい。でも恥ずかしいなんてことないわよ。正直あなたがそこまで考えてるなんて思わなかった」

 

「やっぱり馬鹿にしてるよね」

 

「ううん、尊敬してる。尊敬してるけどちょっと寂しいかな」

 

「寂しい?寂しいってなんで?」

 

「それは…秘密にしとく」

 

「え?教えないって、なに?いいじゃん、教えてくれたって」

 

 

追及してくる彼の反応を楽しみながら私は彼にそう返す。

でもやっぱり納得がいかなかったのか根気強く何度も聞いてくる。

それが予想してた通りの反応で気を良くした私はちょっと意地悪をしてみたくなった。

 

 

「さ、そろそろ戻りましょ。この話しはまた今度ね。そのうち気が向いたら話すわ」

 

「ええぇ…それずるくない?こっちはちゃんと話したじゃん」

 

 

ずっと育ってきたのに私の知らない内にいつの間にか大きくなってた。体だけでなく心も

その成長が羨ましくもあったし、その変化をちょっと残念に思った。

 

 

だけどそんなあなたが私は-

 

 

 

--------

 

 

「カアアアア!」

 

より不気味で醜い容貌となって奇声を上げるサイコメザード。

フォトンエッジの直撃を食らっても平然としているサイコメザードにロクロウは驚愕する。

 

 

「まだ生きてたのか!」

 

「耳障りなのよ。あんたの声!」

 

 

高笑いのようにも聞こえるその声にベルベットは嫌悪感を露にした。

 

 

「業火刃!」

 

 

高く跳躍して業火を灯した刃を胴体に斬り込む。

肉に食い込んだ感触はあった。

だがサイコメザードは口元を綻ばせニヤリと笑った。

 

その笑みに身の毛のよだつ悪寒が走ったベルベットは直感に身を任せて、その場から飛び退いた。

直後そこをサイコメザードの稲妻が穿ち、小規模ながらも爆炎が上がる。

 

 

「おおおおおお!」

 

 

ロクロウが岩壁を足場にサイコメザードの頭上をとる。

それに気付いた触手を差し向けるが、ロクロウの小太刀はそれらを一つ残らず斬り落とす。

 

 

「これならばどうだ!食らえ、零の型破空!」

 

 

全てを斬り払ったロクロウは遮る物のないサイコメザードの体を斜め一文字に両断する。

仕留めた、そう確信したロクロウは振り返るなり目を見開く。

ロクロウの小太刀に切り裂かれた箇所から白い光をサイコメザード

 

 

「バカな、何故だ!確実に肉を裂いたはずなのに何故まだ動ける!」

 

「デヤァ!」

 

 

サイコメザードの注意がロクロウに向けられた隙にガイアは間合いを詰め、左手で殴りかかる。

この一撃もサイコメザードに命中していた。

けれどもサイコメザードにとっては虫に刺された程度だとでも言うのか、平然としておりガイアの足元を両手の触手で掬い上げると、両手と腹部の人面から眩い光を灯らせる。

 

 

「オアアアア!!」

 

 

両手から電撃が、腹部から熱線が一斉に放たれた。

後ろから体を思い切り糸で引っ張られたかのようにガイアは土砂を巻き込んで吹き飛ばされる。

岩壁に強く打ち付けられ、その衝撃で岩肌が剥がれたせいで彼の体に雪崩のように岩石が覆い被さる。

 

 

「ジュ…ァァ…」

 

あまりの威力にガイアの胸の結晶体ライフゲージが赤く明滅を始めた。変身前に右肩を貫かれたのも点滅を早めた要因となっているのだろう。

 

 

「巨人の胸のランプがピコピコ鳴り出したぞ!なんかヤバそうだぞ」

 

 

ロクロウの言葉につられてガイアは仰向けに倒れながら自らの胸に目をやって危機感を覚えた。

ライフゲージの光と音が途絶えることは巨人として活動の限界を意味する。

活動時間の限界を越えた時巨人の姿を保てなくなり、ガイアは人間の姿に逆戻りになってしまう。

 

そうなればエレノアに巨人の正体がバレ、そこから聖寮に露見する恐れがある。

いやそれより以前にこの状況を切り抜けるのも危ぶまれる。

 

 

「手伝いな副長!同時に仕掛けんぞ!」

 

「チィ、状況が状況だ。仕方ねぇ、しくじるんじゃねぇぞ!」

 

 

勝ち誇ったような声を轟かせるサイコメザードにザビーダとアイゼンが踊り出る。

左右から挟み込む陣形を取り、ウィンドランスをサイコメザードに放つアイゼン。

風の槍は命中したがダメージは皆無であるようだ。

しかし注意を惹き付けることはできたようで、サイコメザードはアイゼンに向けて電撃を放出する。

それらを機敏に回避するアイゼンを尻目にザビーダはペンデュラムでサイコメザードの体を絡めとる。

 

「食らいな!ビート上げるぜ?ルードネスウィップ!」

 

「ウェイストレス・メイヘム!」

 

 

ペンデュラムが体全体に尽き刺さり、高威力を誇る拳がサイコメザードに炸裂。

先のガイアと同じように岩壁に吹き飛んだサイコメザード。

その巨体はもくもくと立ち込める土煙に隠れ、ザビーダとアイゼンは手応えを感じながら目を凝らして晴れるのを待つ。

 

 

「アアアアアア!」

 

「おいおいマジか…どう考えてもしぶとすぎんぞ」

 

「これだけの猛攻を受けても平然としているとは…面倒な相手だ」

 

 

土煙が薄れた時、彼らの視界に飛び込んだのは傷一つとして刻み込まれていないサイコメザード。

その姿を目の当たりにしたザビーダとアイゼンは揃いも揃って、サイコメザードのしぶとさに小言を並べた。

 

 

「いくら攻撃しても殺せないどころかさっきより強くなってる…こんなのどうやって倒せっていうのよ!」

 

「方法ならあるぞ」

 

 

手の内様のない特性を持つ相手に弱音を上げるベルベットにそう告げたのはマギルゥ。

 

 

「あやつを消す方法ならばある。それもこの上なく単純な方法がの」

 

「ほんと?マギルゥ!」

 

 

期待の眼差しを向けてくるライフィセットの視線にマギルゥは何時になく真剣な面持ちで答える。

 

 

「あやつにはある意思が働きかけておる。あやつの死を望まぬ者の思いがあの怪物を蘇生させ、死ぬ程の一撃を食らう度に力を高めさせておるのじゃ。つまりはその思いの源を断てばよい」

 

「死を望まない思い…」

 

「その源って…?」

 

「すぐそこにおるじゃろ。自らの大切な幼なじみとやらを思うものがの」

 

 

マギルゥが言う人物。

それが誰を指しているのか彼女の説明を聞いたベルベットとライフィセットにはすぐ判明した。

 

 

「もしかしてエレノア?」

「ズバリその通り。自我を失い暴れるだけの異形と成り果てたかつての幼なじみを受け入られず、かつその死を望まぬ心がある限りあやつは何度でも蘇るぞ」

 

 

そんなまさかと、ベルベットもライフィセットも半信半疑だった。

あれが業魔にしても怪獣にしても、人の意思が生死に影響を与える存在がいるとはとても信じられなかった。

 

 

「にわかには信じられぬと言いたげじゃのう…では、よーく見ておれ」

 

 

言うなりマギルゥは詠唱を始め、水弾をサイコメザードに打つ。

ダメージは入っていないものの邪魔をされて癪に触ったのか、サイコメザードはマギルゥに電撃をお返しする。

その間マギルゥはエレノアの背後に逃げ隠れ、彼女を盾代わりに利用する。

 

 

「馬鹿!マギルゥ、何考えて-!」

 

(ノア!)

 

 

ベルベットだけでなくガイアもマギルゥの突拍子もない行動に驚く。

今のエレノアに雷撃を避ける余裕などあるはずもない。

雷がエレノアに当たるのを阻止するべく二人は体をそちらに走らせようとするが、距離が開きすぎている上にガイアは全身を襲う痛みに立ち上がることすらかなわない。

 

 

「きゃ!」

 

 

エレノアが雷電に身を焼かれる。

…かに思われたが雷はエレノアに当たる寸前で横に反れ、近くの地表に激突した。

あまりに不自然な軌道に、それを見た者達は誰もがマギルゥの語った言葉が真実だと悟った。

 

 

「これでわかったじゃろう。あやつはエレノアに危害は加えられん。あやつを仕留めるにはエレノアが完全に思いを断つ必要がある。エレノアを直接始末するのも一つの手ではあるが…これはなるべく避けたいところじゃ。エレノアを殺せばライフィセットの器がなくなってしまうからのう。じゃが、こやつがいつまでもあの怪物への未練に拘っている以上儂らには待つのは破滅のみ…さて、どうしたものやら」

 

 

表情こそ深刻だが口振りにいまいち緊迫感のないマギルゥに腹を立てたくなるベルベット。

だがいちいち突っかかっていられる場合でもなく、ベルベットはともかく危機的状況を脱することだけを考える。

 

 

「エレノアが思いを断ち切ればアレは消えるのね?」

 

「うむ。さっきも言ったようにアレは生きて欲しいという思いを糧にしぶとく生きておる。エレノアが死を望めば間違いなくあやつは消える」

 

 

死を望めば消える。

それだけ聞けばごくごく簡単で単純なように思えるが、この場合においてはその限りではない。

 

 

「それってエレノアに幼なじみを殺させるのと同じことでしょ、ダメだよそんなの!エレノアにそんなことさせちゃ絶対に!」

 

「しかしのう坊よ、エレノアがやらなければ儂らはここで終わってしまうぞ。可哀想、などと言ってられんのじゃよ。」

 

 

エレノアの気持ちを汲んでのライフィセットの言葉にマギルゥはこの上ない正論で返す。

 

 

「私が…グランを…そんなの…」

 

 

そしてこれまでの会話は当然エレノアの耳にも届いていた。

愕然とした目でサイコメザードとアイゼン達の戦いを見ていたエレノアは唇を震わせていた。

 

 

「このままだと全員死ぬわよ!あんたも私もライフィセットも全員!あんたはそれでいいわけ!」

 

「でも…私には…グランを殺すなんて…」

 

「目を覚ましなさい!あれが人間に見える?あんたの幼なじみはもういないの!」

 

 

-できない

その言葉が答えとして返ってくるのは想像に難くなかったが、実際に言われるとやはりくるものがある。

 

 

「あんた対魔士でしょ!個のために全を犠牲にするんでしょ!情に流されてる場合!」

 

「それは…」

 

 

我ながらこれを持ち出すのは卑怯だと思うし最低とも思った。

この世で最も忌み嫌う男の謳い文句を口にするのは許せなかったが、状況が状況だ。

背に腹は代えられない。

 

 

「できないなんて言わせないわよ。これまでだって業魔を倒してきたでしょ!それとも顔見知りが業魔になったら殺せないとでも言うつもり!」

 

「わかってます!でも!」

 

ベルベットに肩を掴まれるエレノア。彼女は今身も心も揺さぶられていた。

 

 

「うっ…!」

 

 

ライフィセットの胸に激痛が走った。

刃物で刺されたような、聖隷術で撃ち抜かれたような、上手く言葉で言い表せない痛みがライフィセットの中で渦巻いていた。

 

 

(胸の奥がすごくズキズキする…。痛いだけじゃなくてなんだか気持ち悪い)

 

 

体感したことのない痛みに苦しむライフィセットとベルベットに揺さぶられるエレノアを見下ろしたガイア。

 

 

(ノア!…くっ、こういう時のマギルゥはいい加減なことは言わない。だがノアに倒させるわけには!)

 

 

「ジャ!…」

 

 

ライフゲージの点滅音を鳴らしながら両腕にエネルギーを溜め、ガイアはクァンタムストリームの発射体勢に入る。

サイコメザードも対抗すべく人面に青紫と白の入り交じった輝きを集わせていく。

 

 

「ジャア!」

 

「アアアアアア!」

 

 

同時に打ち出されたクァンタムストリームと寒色系の熱線がガイアとサイコメザード、両者のほぼ中間で衝突する。

ぶつかり合う両者のエネルギー。最初こそ互角の勢いだったが、やがてクァンタムストリームの方が力負けし徐々に押され始めた。

 

 

「ジュ…アアア!」

 

 

残された僅かなエネルギーを絞るようにガイアは光線の出力を上げてみせる。

だがその努力は空振りし、次第に上半身が後方へ反りサイコメザードの熱線の光がガイアに近づいていった。

そして

 

 

「オワアアア!!」

 

 

押し負けたガイアの体に熱線が直撃し、胸部から火花を散らす。

 

「ァァ…」

 

火花が消えるとガイアは力なく前のめりに倒れ伏す。

クァンタムストリームの発射とダメージの蓄積のせいでライフゲージの点滅は速まり、一秒の間を置かずして音が鳴り響く。

もう牽制用の光線を発射するエネルギーも残されていないだろう。

 

 

「カアアアアア」

 

「グゥ、アアァァ!」

 

 

だがサイコメザードにはそんなものどうでもいい。

触手をガイアの腹と首筋に巻き付け容赦なく持ち上げると、ケタケタと薄気味悪く笑う。

 

 

「トドメを刺すつもりか!」

 

「まずいぞ!いくらあの巨人でもまたアレをくらったら…」

 

「させるかよ!」

 

 

サイコメザードの人面に再び満ちる光を見たザビーダ、ロクロウ・アイゼンはその発射を中断させるため、全力で駆け出す。

そんな彼らの接近に気付いたサイコメザードは瞳を青白く発光させる。

すると三人共何かに体を押さえつけられたように身動きがとれなくなってしまった。念力のようなものだ。

 

 

「体が…動かねぇ!ちくちょう、次から次に奇妙な手を使いやがって!」

 

 

なんとか念力を破ろうとする三人の無駄な抵抗をサイコメザードは嘲笑い、自らが捕らえた相手に目を戻す。

 

 

「霊子解放、仇なす者に秩序をもたらせ!バインド・オーダー!!」

 

「アアアア!」

 

 

全力でライフィセットが放った白銀の閃光がサイコメザードの触手を切断した。

ガイアの体は地に落ち、腹部の人面に収束していた光は形をなくす。

サイコメザードは横やりを入れたライフィセットに熱線の矛先を変える。

 

 

「あっ…」

 

「ライフィセット!くっ!」

「まさかロクロウらを抑えたまま儂らにまで念力をかけるとは。あのクソジジイ共め、あやつのあざ笑う眼が実に気に食わぬ」

 

 

ライフィセットのみならずベルベットとマギルゥも念力の影響下に捕らわれてしまい、唯一念力をかけられていないガイアももうライフィセットの盾になることもできない程に体が動かない。

 

サイコメザードの攻撃を阻む者はいなくなった。

自らの邪魔をした愚か者にサイコメザードは熱線の裁きを下す。

 

ライフィセットの小さな体が熱線にかき消える。

そうベルベット達は数秒後に訪れる光景を恐れ、彼らの視界を青紫の光が埋めつくした。彼らは声を上げられもしなかった。

しかしその時

 

-ザシュ!!

 

そんな音と共にサイコメザードの挙動がピタリと止まった。まるでサイコメザードの時間だけが止まったかのように

奇妙に感じたベルベット達がサイコメザードの体を上から下まで視線を動かしていくと、その胴体の真ん中に風穴が空いていた。

穴から覗くサイコメザードの後方には高く飛び上がり、槍を握り締めたエレノアがいた。

 

 

「…ごめんなさい…」

 

 

喉につかえていた言葉を絞り出すように呟くエレノア。

彼女の目から溢れた透明な宝石が風に乗ってサイコメザードの体に触れて弾けた。

それと時を同じくしてサイコメザードは爆発四散し、今度こそ完全に消滅した。

 

 

「エレノア!」

 

「ジュア!」

 

 

爆発によって生じた強烈な風にさらわれたエレノア。高さからみて受け身を取れたとしても確実に命はない。

ライフィセットの叫びを耳にしたガイアは最後の力を振り絞って飛行し、宙を舞うエレノアの体を卵を乗せるように優しく掌に包み込む。

受け止めたガイアは大地に降り立ち、エレノアをそっと下ろす。

だが彼女は腰を落として項垂れたまま反応はない。

かける言葉が見つからず、またかける時間の猶予もないガイアは夕暮れの紅い空に飛び立った。

 

 

「エレノア!大丈夫!」

 

 

そこにライフィセット達もやって来た。

ライフィセットの心配の声に返事一つまともに返さないエレノアの姿にベルベットもザビーダも、遅れて合流したガイアも口をつぐんだまま見ていた。

 

 

 

--------

 

 

 

レニードの宿に戻った頃には既に夕日は落ち、空には暗闇とそこに浮かぶ星達が浮かび上がっていた。

 

 

「んじゃ、俺はもうおいとまさせてもらうわ」

 

「もう行っちゃうの?」

 

「成り行き上ここまで付き合ったがもうお前らと馴れ合う理由もないしな。また機会があればそのうち会えるだろうさ」

 

「待て、まだ肝心なことを聞いてない。何故ジークフリートをお前が持ってる」

 

 

とっとと去ろうとするザビーダをアイゼンが問いを投げかけて引き留めた。

てっきりまたはぐらかされるだろうと予想していた彼だが、その予想に反してザビーダは振り返って彼の要求に応じだした。

 

 

「渡されたんだよ。頼むって、対魔士に使役された頃あいつの捕獲作戦に駆り出されてやり合った時にな」

 

「ザビーダも使役聖隷だったの?」

 

「ああ。カノヌシの領域で無理矢理自我を封じられてな。だがアイフリードが撃ったこいつの一撃で目が覚めた。そっからのあいつとのケンカは最高だった。人間のクセにやたら強くてよ、魂の芯まで震えたのが肌で感じた」

 

 

そう言ってザビーダは腰元から引き抜いたジークフリートをアイゼン達に見せて、その時のことを思い出したのか興奮が声に込もっているのが伝わる。

アイフリードとのケンカと聞いてアイゼンも昔似たような出来事があったようで、同調するようにフッと軽く笑う。

 

 

「なのにジジイが幻術で割り込んでアイフリードをさらっていきやがった。気に入らねぇんだよ…人の意思に小細工しやがって!」

 

「メルキオルはジークフリートが目的だったようだが何故その時ジークフリートではなくアイフリードを連れ去ったんだ?」

 

「探してるお宝がこれらだと知らなかったんだろうよ。狙いに気付いたアイフリードはジジイに連れ去られる寸前、奴の目を盗んで俺に寄越したんだ…これが俺の知ってる全部だ。信じようが信じまいがお前さんの勝手だがな」

 

「アイフリードは信じた相手にしか頼むとは言わん」

 

「そうかよ」

 

 

ロクロウの質問にも丁寧に当時の状況を説明したザビーダはこれで話は終わりと、口を閉ざした。

 

 

「そんじゃな、お前らがアイフリードの行方を探してんからまたどっかで会うだろうぜ」

 

「あの口振り、あいつもアイフリードを探してるのね」

 

「奴もまたアイフリードに拘っているんだろう」

 

 

宿を出ていくザビーダ。いなくなった彼にベルベットとアイゼンは思い思いの言葉を呟いた。

 

 

「くぅ~!!儂はもう疲れたわい。今日一日樹林やら塔やら遺跡やらあちらこちら行ったり来たりで足がガクガク悲鳴をあげておるわ…そんなわけで今日のところはもう寝るぞい!」

 

 

どたばたと大急ぎでマギルゥは自らの寝室に乗り込み、その早業にロクロウが舌を巻く

 

 

「疲れてる割にかなり体力有り余ってるよな」

 

「ははは」

 

 

最もな指摘にライフィセットの口から自然と乾いた笑いが出る。

たぶん自分達の中で一番元気だろうな…そんなことをライフィセットは考えた。

するとロクロウが一人の人間がいないのに気付く。

 

 

「エレノアの奴はどうした?」

 

「エレノアならさっき風に当たってくるって外に出て行ったけど…すごく落ち込んでると思う」

 

「そうか、あまり追いつめすぎてないといいんだが。まあ、あいつなら大丈夫だろう。きっとすぐに立ち直るさ」

 

 

心配こそすれどあんまり気にしていないのか、はたまたエレノアを信頼してなのかロクロウも自らに当てられた寝室に入る。

マギルゥとロクロウが場を離れ、夜の宿に静けさが戻った。

 

 

「ガイアも部屋にいくの?」

 

「外に出てくる。今の気分のままじゃ寝られそうにない」

 

 

居間のソファーから腰を上げたガイアはライフィセットに目を向けずに宿を出た。

バタリと後ろ手にドアを閉めたのを確かめると夜の肌寒い街中をゆっくり歩く。

冷たい夜風がまだ癒えていない傷口に突き刺さる。

それでも構わずにガイアはエレノアの姿を求めて歩き続けた。

建物の死角、大きな木の下、一通り落ち着ける場所を探したが見つからない。

 

(いないな…どこにいるんだ。…もしかするとあの辺りに)

 

 

子どもの頃の記憶を頼りにガイアは彼女の行きそうな場所へと足を運んだ。

-いた

海を跨いで船着き場とレニードの町を繋ぐ大橋。そこに腰掛けるエレノアを見つけた。

一人遠くを眺めている彼女に声をかけようとするが、彼は自分より先にエレノアに近付く者の存在を視認した。

 

 

「ライフィセット…」

 

 

気配に振り向いたエレノアが名前を呼ぶ。

ライフィセットを見つめる視界がぼやけているのに気付いた彼女は、そこでようやく泣いているのに気付いた。

 

 

「ごめんなさい。こんな情けないところを見せてしまって」

 

「情けなくなんかないよ。隣座っていい?」

 

 

目元に浮かび出る涙を拭うエレノアの真横にライフィセットは座る。

海の水面に映る満月を見て彼はこう言葉を漏らした。

 

 

「静かで綺麗だね。いつもバンエルティア号で見てるけど僕こんな風に夜の海を見るの初めてだから。いつもと違う新鮮な感じがする」

 

「同じ海でも時間や場所によって違って見えますからね。それに普段見ている何気ない景色でも毎日ずっと同じ景色を見ているわけではないんですよ」

 

「どういうこと?」

 

「上を見てください。ライフィセット」

 

 

言われるがままライフィセットが見上げると夜空には幾千もの星が瞬いていた。

 

 

「うわぁ…」

 

「綺麗でしょう。海に浮かぶ貝みたいに」

 

「すごく綺麗だし、本当に海に浮かぶ貝みたいに見えるよ」

 

 

夜空を海とするならば、そこに光る星々は貝。

星は今までにも見たことはあるがそれを聞くと全く違った印象を持つ。

その例えはライフィセットに新しい刺激をもたらしてくれた。

 

 

「こうやって夜に星を見るのもやろうと思えばいつだってできますけど同じ景色はその日限り、二度見ることはないんです。昨日は輝いてなかった星が見えたり、昨日強く光った星が今日は昨日より弱く光ってたりして…海にも同じで波の立ち具合や音だけじゃなくて海の下にいる生き物達がずっと同じとは限らない。日によって違うからこそそういう風景を見る時は目だけじゃなく耳で音を聞いて、目ではわからないところを自分で頭の中に想像してみる。それが飽きずにより風景を楽しめる方法なんですよ」

 

 

なんとなくわかる気がする。

実際にライフィセットが波の音に意識を向け、大人しい海の下にどんな生物がいるのかを想像してみると確かに全然違う。

自然の雄大さを、生命の存在を、前より身近に感じられる。

 

 

「なんて得意気に言ってますけど本当は他人の受け売りなんですけどね」

「その人って…」

 

「…グランです。彼も今のライフィセットみたいにこうしてよく星を見てたんです。星を見てると気分が落ち着くからって」

 

 

暗い空に穏やかで明るい幼なじみの思い出を映すエレノア。

どうでもいいことで笑いあって、つまらないことで揉めて…遠い過去の記憶が鮮明に蘇る。

 

けれどもうその記憶を共有する相手はいない。自分がこの手で消してしまった

 

 

「薄々自分でもわかってたんです。あのグランは別人なんじゃないかって…片腕をなくしたはずなのに両腕があったり、二人きりの時にしか言わないって決めた名前を人前ではっきり言ったり、今思えば私の知ってる彼にしては不自然なところが多すぎて違和感のようなものを感じていました。でも私はそれに見て見ぬふりをして誤魔化したんです。対魔士失格ですよね。感情よりも理性を優先して人々に尽くすのが対魔士なのに」

 

「エレノア…」

 

 

彼女の心情をライフィセットは痛い程理解ができるし、責められるはずもなかった。

大切な人に無事でいてほしいというのは人として当たり前の思いだ。

 

 

「エレノアは間違ってないよ。そうやって人のために悩めるエレノアだから僕は好きなんだ。だからもう自分を責めないで」

 

「ライフィセット…」

 

 

柔らかい声色で自分の手に手を重ねるライフィセットの姿がグランと重なった。

無論、ライフィセットはグランではない。

だがライフィセットの言葉でグランから許された気がした。

 

 

「…うう…ああっ……!!」

 

 

とめどなく涙が溢れ出る。

ライフィセットはそんなエレノアに何も声をかけず、彼女が泣き止むまでそっと手を重ねた。

 

 

「ライフィセット、こんなにしてもらったのに申し訳ありませんが失礼を承知で最後に一つだけお願いを聞いてもらっていいですか?」

 

 

しばらくして涙を拭いたエレノアはまだ肩を震わせながら、ライフィセットにある頼み事を要求した。

 

 

「今から私が言う言葉を聞いてほしいんです。生きていたらいつか彼に言うはずだった言葉があるんです」

 

「うん。いいよ、僕でいいなら喜んで」

 

「ありがとうございます」

 

 

ライフィセットの快諾を得てエレノアは落ち着いて呼吸を整えると、言葉を紡ぎだす。

 

 

「ねえ、覚えてる?前に対魔士になった理由を聞いた時のこと。あの時私が寂しいって言った理由まだ話してなかったでしょ?その理由はね、あなたが凄く成長してたからなの。子どもの頃からずっと一緒にいたのに私が気づかない間にあなたは立派になってた。それに気付いた時羨ましいって気持ちもあったけど寂しいとも思った。子どもだった時のあなたはもう遠くになってしまったような気がして。だけどね」

 

 

そこでエレノアは一旦言葉を切る。

次の言葉をライフィセットと壁に隠れて様子を見守っていたガイアは待つ。

 

 

「だけど今でも私はあなたを好きって気持ちは変わらない。今も昔も、子どもから大人になっても……だからありがとう。今まで私の側にいてくれて」

 

エレノアの言葉が終わると同時に冷たい横風が吹く。

 

 

「ありがとうございます。ライフィセット。もう私は大丈夫です」

 

 

礼を告げられたライフィセットは「どういたしまして」と首を縦に振ると、視界のはしっこにキラリと光るものを捉えた。

 

 

「見てエレノア」

 

 

彼の指差した先には夜空の中に浮かぶ一際大きく光輝く一番星。

 

 

「僕前に本で読んだことがあるんだ。死んだ人は星になるんだって。きっとグランも空からエレノアを見守ってくれるよ。これからずっと」

 

「…ならもう恥ずかしい姿は見せられませんね。彼に見られても恥じないようにしっかりしないとまたからかわれてしまいます」

 

 

空を見上げてエレノアはライフィセットとグランにそう誓った。

 

 

ライフィセットとエレノアの会話を一部始終見聞きしたガイアは宿に踵を返す。

その時前にある人物がいたことに驚いた。

 

 

「行かなくていいの?」

 

 

ベルベットが腕を組みながらそう声をかけた。

一体いつからそこにいたのか、そう心でガイアはぼやいた。

 

 

「ライフィセットがいれば大丈夫だ。もう俺は必要ない」

 

 

歩みを止めずベルベットの横を通りすぎたガイアはそう言って宿へと戻って行った。

 

 

-これでいい

エレノアの悲しみはライフィセットが受け止めてくれた。

もうグランの役目は終わった

今日この日を境に自分もガイアとして完全に生まれ変わる。

 

 

(もう二度と君に悲しい涙は流させない。グランとしてでなくガイアとして君を守っていく)

 

 

満天の星空へ思いを馳せる二人の少年少女はお互いに誓いを立てた。

 

 

 


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