テイルズオブベルセリア~True Fighter~   作:ジャスサンド

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前回から約一ヶ月ぶりの更新となりました。大変申し訳ございません!
リアルで色々ごたついてしまい更新が遅くなりました




第13話 地脈に住まいし龍

音もなく眼前に姿を現した九つ首の龍にガイアとロクロウそれにマギルゥは一瞬言葉を失う。

 

「あれは…」

 

「九つもの首を生やしたドラゴンとはこりゃたまげたの~」

 

「でかい龍だな…斬り甲斐がありそうなやつだ」

 

『アアアア』

 

 

ロクロウが実にらしい率直な感想を告げると龍は鎌首をもたげ、一声澄みきった叫びをあげる。

すると青と白が混ざったような輝かしい光が三人を包み、彼らの傷を瞬時に癒す。

ロクロウがメルキオルから受けた傷も、ガイアがテレサに錫杖で殴打され額から流れたままであった出血も、全て治されていた。

 

 

「おお、体が楽になったぞ」

 

 

三人が見ている前で九つ首の龍はもう一度、咆哮を唸ると彼らの前に青白い空間の歪みが生じる。

歪みを生み出した九つ首の龍は半透明になり、何処かへと消えていく。

 

 

「オレ達がここに来たのと同じやつか?これは、この中に入れということか?」

 

「わざわざ儂らの目の前で作り出したということはそういうことじゃろう」

 

「どこに出るんだろうな?」

 

 

ロクロウの疑問はもっともだ。

万が一歪みの出口が危険な場所であるなら現状の戦力でどうにかなるかどうか危うい。アイゼンやベルベット達と合流が叶うまでは、選択は慎重に選らばなければならない。

 

 

「まともな場所であることを祈るが少なくとも敵はいないだろう。とにかく実際に通ってみないことには何もわからない」

 

 

前に一度同じ経験をしたガイアは安全面だけは保証できるだろうと判断してから、そう言った。

 

 

「だよな。よし試しにこの中に入ってみようぜ、なあマギルゥ!」

 

「ちょっと待てい!何故儂なんじゃ!?」

 

「魔女なら何かあっても大抵どうにかなるだろう」

 

「儂で保険をかけるつもりかいな!?」

 

「師匠なら大丈夫だろう。さあお早く」

 

「都合の良い時だけ弟子ぶるんでないわい!」

 

「だったら多数決で決めるか?それなら平等だし問題ないだろ」

 

「問題おおありじゃ!どのみち儂が負けるのが目に見えてるではないか!」

 

 

ロクロウとガイアに揃って生け贄扱いされるマギルゥ。

彼女は真っ向から反論するも徒党を組んだロクロウとガイアには勝てず、やがて腹を括ったマギルゥは神妙な面持ちで歪みの前に立つ。

 

 

「はぁ…あの中に入って確かめればいいんじゃろ。魔女狩りのような真似をしおってからに、これでもしも何かあったら主らの血族を末代まで呪ってやるわい…」

 

 

愚痴を溢したマギルゥはビエンフーを呼び出すと彼の頭をがっしり掴み上げ

 

 

「ではお望み通り確かめてやるわい。ビエンフーがの~♪」

 

「ビエエーン!姐さんそれはないでフよ~!ソーバァ~ッド~!」

 

マギルゥに片手で歪みに投げ込まれたビエンフーはそんな哀れな叫びをあげて、三人の視界から姿を消す。

閉口したまま時が過ぎ、沈黙した空気の中マギルゥが呟く。

 

 

「…ふむ、どうやら平気みたいじゃのう」

 

「そうか、なら行こうぜ」

 

 

ビエンフーに対する罪悪感はにべもなくマギルゥとロクロウは淡々と言葉を並べる。

一方でガイアはビエンフーに同情の気持ちはあれど謝罪の気持ちはなく、マギルゥの行為を責め立てることはしなかった。

ロクロウとマギルゥが躊躇いなく歪みの中に飛び込むとガイアは九つ首の龍がいた場所に目線を留め、立ち止まる。

 

 

 

 

既にいなくなってしまった存在に思うところがあるガイアであったが、暫し止めていた足を動かそうとする。

すると狙いすましたかのようにガイアの足元より光球が浮き出て、彼の視界を包み込んだ。

戸惑っている一瞬の間に目にしていた景色と色彩が一変し、周囲は白と青の二色に映え変わる。

穏やかな波風を立てる海とあらゆる形をした貝殻が落ちる砂浜にガイアはいた。

 

 

「砂浜と…海?…今度は何を見せるつもりなんだ」

 

光の球が実際に遠く離れた場所の事象を映し出すことは身をもって経験済みだ。

九つ首の龍はまた自分に関連する何かを見せるのだろう。

ガイアが警戒し身構えていると、足元を巨大な影が覆い尽くしているのに気付く。

 

「あれは…!」

 

『オオィ!』

 

『キャアアアアア!』

 

 

ガイアは目を見張った。

彼の視線の先には砂浜とは正反対の密林で戦う二つの存在がいる。

三日月状の二本角と長き尾を持つ黄色の怪獣と青を基調とした体躯をした巨人。

それらが大地を震撼させて相手の身を削り合っていた。

 

 

「青い、巨人…」

 

 

驚きのあまりガイアがそう呟く最中も二者の戦いは続行中だ。

怪獣エレキングが剥き出しにした歯より、角と同じ三日月状の放電を発射するが青い巨人は右手を翳してそれを易々と受け止める。

右手から僅かに煙が立つも巨人はまるで痒くもないと言うように、それどころかもっと撃ってこいと言わんばかりに、その右手を振って挑発した。

その煽りを真に受けたのかそれとも別に勘に触る何かしらがあったのかエレキングは尻尾を伸ばし、巨人の体の自由を奪おうとする。

 

 

『デェヤアアア!』

 

 

腕に巻き付き電流を流されても微動だにせず巨人は尻尾を掴み上げ、エレキングを海岸の方角へと投げ飛ばす。

 

 

「-ッ!?」

 

 

自分へと飛来する巨影にガイアは動じることもできず、無駄だとわかっていながら、両腕で己の頭を庇うように差し出した。

だがエレキングの巨体はガイアのちっぽけな体をすり抜けて、遥か後方の海面に落ちた。

 

 

「すり抜けた?やっぱりアイゼンが言ってた通り…これは過去の記憶、僕が今見ているのは過去の出来事を具現化したものなんだ」

 

 

物体に触れなかった自分の体に瞳を丸くしながらもガイアはアイゼンの言葉を思い出し、一人納得した。

 

 

『ハアア…』

 

 

その間にも巨人は額の前で両の拳を交差する。

尖った額より生じた青い光の筋と右腕を天空に伸ばし、必殺の一撃に備える。

水飛沫を巻き上げてエレキングはダメージを負った肉体を引き摺りながらも起き上がった。

だがもう遅い。

 

 

『デェア!』

 

 

左腕は真っ直ぐに右腕は腰の位置で曲げて前屈みになった巨人の頭の先端部より青き光条がエレキングに届き、刃のごとくその全身を切り刻む。

絶命間際に断末魔の叫びが澄みきった青空の下に響くことはなく、エレキングは爆発した。

 

 

「すごい、なんて強さなんだ…」

 

 

青い巨人の戦いぶりを目撃したガイアが思わずこぼした感想がそれだった。

無駄のない洗練された立ち回り、余力を残しつつも敵の攻撃にも動じぬ強さ。

どれをとっても自分とは比べ物にならないぐらいに別格だ。

 

 

「-ッ」

 

 

エレキングを打ち倒した巨人は戦闘終了を確かめると体と同じ色の輝きを放ち、青い閃光は収束していく。

光の集中点に青い巨人の変身者がいるはずと考えたガイアは即刻砂を蹴ってその地点を目指した。

木々を合間を縫って走るガイアの視線の奥に人影が映り込む。

 

 

「あれがあの巨人に変身した人なのか。僕と同じ光を与えられた」

 

 

ガイアが明確にその風貌を拝むことはなかった。

声をかける寸前、森の木々に歪が生じる。

風が止み、羽を翻した鳥の動きが静止し、世界が色をなくしていく。

 

 

「これは、一体…!?」

 

 

理解の範疇を越えた現象に狼狽するガイア。

彼の戸惑いを無視して色をなくした世界は脆いガラスのように派手な音を立てて砕け散った。

 

 

 

 

--------

 

 

 

「…ッ!?」

 

 

意識が覚醒した時ガイアの目前は苔の生い茂った石壁が縦横に広がっていた。

どこに目を走らせても海辺も森もあの人影もいない。

代わりにいるのはロクロウとマギルゥといった見知った顔だけ。

 

(あれがアイゼンが言ってた大地の記憶。アイゼンは地上で起きた出来事を映し絵のように映し出すって言ってた…なら僕が見ていたのは世界のどこかにいる青い巨人の戦いの記憶?)

 

 

ガイアが脳内で考えを巡らせる傍らでロクロウはマギルゥに訊ねた。

 

 

「どうやら無事に戻れたようだな。あの龍は一体なんだったんだ?」

 

 

「あの風体からするとおそらく聖主ミズノエノリュウじゃろ」

 

マギルゥが発したその言葉にガイアは現実に引き戻され二人の会話に加わる。

 

「聖主ってアルトリウスが言ってたカノヌシみたいな奴か」

 

「ああ。だが聖主は地水火風の四つのはずだが」

 

「その通り。お主らの常識では聖主は四つとされておる。じゃが世界を構築する聖主は実は五つなのじゃよ。火を司るムスヒ、風を司るハヤヒノ、地を司るウマシア、水を司るアメノチ、そして光を司るミズノエノリュウ。まあ最もミズノエノリュウはその存在を記した文献が残されていないこともあり、いるのかどうかもわからぬひじょ~に曖昧な存在じゃがの」

 

 

マギルゥは己が知る莫大な知識の中から適切に二人の問いかけに対する答えを選び取り、語りかける。

 

 

「いやはやよもやこの目で見る日が来ようとは、本当にお主らとおると退屈せんですむわい」

 

「四聖主が実は五聖主だったということか。いやカノヌシも含めたら数は六、聖主が六つもいたとは…」

 

 

衝撃的な事実にガイアがフードに隠された唇で驚きの言葉を吐く。

著名な学者の書物にすら記されていない世界の真実に好奇心が沸き立つ一方で別に疑念を抱いてもいた。

 

あの龍が聖主だとするならば尚更何故自分にあの光を授けたのか

自然を司る四聖主と同等な存在が何故人間の自分に強大な力を秘めた光を与えたのか。

知れば知る程謎が深まるばかりだ。

 

しかし考えてばかりもいられないとガイアは考え事を一時中断し、何の偶然かマギルゥが示し会わせたかのように話題を切り替える。

 

 

「しかしベルベットの復讐見物もこれまでじゃな。つまらんオチじゃったわ。ま、どーでもいいがの」

 

「まだ死んだとは限らん」

 

「生きておっても終いじゃよ。あれだけの力量差を見せられて折れんはずがない…10ガルド賭けてもいいぞ?」

 

「その賭け、乗った」

 

 

ロクロウがニヒルな笑みを浮かべてそう宣言すると次にガイアに声をかけた。

 

 

「ガイアも賭けるか?オレは当然ベルベットが折れない方に10ガルドだが」

 

「そうだな。じゃあ俺もそっちに10ガルド」

 

「待て待て待てーい!またこの二、一の構図になるんかい!」

 

 

数刻前にも見たようなデジャヴにマギルゥが猛烈に抗議の異を唱える。

 

 

「賭けなんだから好きな方に賭けるのは当然だろう。なあ?」

 

「そりゃあそうだ。負けて損したがる奴がいるか?」

 

「お主はこっち側じゃろうに~儂の一番弟子を名乗るのなら損得なぞ考えず黙って儂の味方をせんか!」

 

「魔女の弟子にはなっても魔女の操り人形になるのは御免だ」

 

「なんと可愛げのない、生意気な弟子を持って儂は瞼から滝のような涙が吹き出る思いじゃ~」

 

 

大袈裟に落胆の心情をアピールするマギルゥ。

そのわざとらしい仕草もあってか不思議と場の空気が少しばかり和んだような気がする。

 

 

そんな中突如として宙に光が出現し、目を覆わんばかりに強烈な閃光が炸裂した。

視界が回復した時ガイアとマギルゥの目に飛び込んできたのは、ベルベットとアイゼンの姿だった。

 

 

「ライフィセット!?あの女対魔士は!?」

 

 

ベルベットはライフィセットの姿を求めて彼の名前を叫ぶも、期待していた姿はなかった。

付近にはいないのだとわかり落ち着きを取り戻したベルベットがふと足元の感触に違和感を覚え、見下ろす。

ベルベットの真下には背中を踏みつけられ、不満そうに彼女を見上げるロクロウがいた。

それでようやく自分がどういう状態にあるのか理解した。

 

「何があった?アイゼン」

 

「ああ」

 

 

アイゼンは自分の目で見、耳で聞いたことを感じたことそのままに口にした。

 

ベルベットとアイゼンも聖主の御座から地脈に飛ばされており、同じく地脈にいたライフィセットが力を使い果たしたせいで業魔化の危機に苦しんでいたこと。

彼を救うために対魔士であるエレノアがライフィセットの器になり事なきを得たこと。

 

 

「そうか例の女対魔士がライフィセットの器になぁ。それでそいつはどこへ行ったんだ?」

 

「ロクロウ達がここにいたということはあの女対魔士も近くにいるはずだ」

 

「すぐに探そう」

 

 

アイゼンの言葉を聞くなりガイアが間髪入れずにそう言う。

身を案じているのは確かだろうがそれがライフィセットに向けられたものなのか別の誰かに向けられたものなのか、あるいはその両方なのか。

少々気になったマギルゥであったがどうでもいいと頭の片隅に放り投げて、興味の対象をベルベットに定める。

 

 

「もうどうでもよかろう」

 

「助けるって決めたのよ。それに-あの子の力は戦力になる」

 

 

ベルベットは諦めてはいなかった。

圧倒的な力の差を見せつけられたという彼女はまだ戦う気でいるのだ。

 

 

「オレ達の勝ちだな」

 

「そういうことだ。さっきの賭け忘れるなよ」

 

「へなぷしゅ~儂の20ガルド~」

 

「さ、いくわよ」

 

 

ロクロウとガイアの嫌味を受けて落ち込むマギルゥを無視してベルベットは我先に苔の生えた石造りの階段を上がり、皆もその背中を追う形で場を後にする。

 

 

 

階段を昇り外へと向かう道中、壁や柱の特徴を調べたアイゼンによってここは地の聖主ウマシアを祀るイボルグ遺跡であると発覚した。

 

ひとまずは自分達のいる場所がどこか判明しただけでも安心材料となり、一行は遺跡に迷い込んだとされる野生の業魔を片付けつつエレノアとライフィセットを捜索。

外に出ると星空の下、草原の上に佇むエレノアを発見する。

 

 

「こんなところにいたのね。てっきり逃げたかと思った」

 

「姿を消したことは謝罪します覚えずして思わぬところに出てしまいました」

 

「ライフィセットは?」

 

「私の中に、容態は落ち着いたようです」

 

 

臆せずベルベットと向き合うエレノア。

彼女も中にいるライフィセットも心身共に傷ついてはいないようでガイアはひとまず安堵した

しかし

 

 

「エレノア…だっけ?あたしが勝ったら器として死ぬまで従ってもらうわよ」

 

「承知しました。代わりにあなたが負けた時は命をもらいます」

 

「待て、そんなことしてる場合じゃ-」

 

 

戦り合う気満々の会話にガイアは止めに入ろうとするも彼の肩をアイゼンが掴む。

肩に手を置かれそちらを振り向くとアイゼンは首を横に振って、仏頂面のままガイアを見据える。

その視線が手を出すなということと心配するなということ。

両面の意味が込められたものだと判断したガイアはやむ無しと頷き、それに納得したアイゼンは手を納める。

 

 

「いつでもきなさい」

 

「では参ります」

 

 

先に仕掛けたのはエレノア。

長槍の穂先をベルベットに定め刺突を繰り出す。

直線的な槍をベルベットは他愛なくかわし手甲から抜いたブレードで反撃を行う。

しかし初撃を外したところに反撃が来ると端から予測していたエレノアは降り下ろされた刀身に槍の体部分を当てて、身を守る。

そして両端にある槍を支えている腕を使ってベルベットのブレードを自身の右半身の側へと反らす。

バランスが崩れ脇ががら空きになったのを逃さずエレノアは身を翻して追撃に出た。

 

 

だがベルベットはあえて流れに逆らわず草原へ前のめりに倒れ込む。

横一文字に振るわれた槍に多少黒髪が犠牲になったものの、相手の思惑道りの結末にならなかったことに落ち着く間もなくベルベットは体勢を起こして二の次に移る。

 

 

跳躍して右脚を重力に任せて打ち下ろしエレノアの槍にヒットする。

槍の体を伝わって起きた痺れにエレノアが顔をしかめたところをベルベットはまた強襲に出る。

 

 

「水蛇葬!」

 

 

スライディングしながら水を纏いし右脚がエレノアの足元を凪ぐ。

上方から次いで下方からの攻撃だがエレノアは瞬時に対応し、後方に跳んで避ける。

蹴りが失敗に終わってもベルベットはすぐさま次の手に打って出た。

エレノアが反撃の姿勢に移るより前に間合いを詰め、彼女に槍を叩き落とすと同時に剣先を突きつけた。

 

 

「勝負ありよ」

 

 

体勢を崩したエレノアには冷ややかに告げる。

-勝負あった

言葉通り一騎打ちを見物していたギャラリーもそう思っていた。

その矢先状況は変化した。

 

「勝利を確信しても油断するな!」

 

 

エレノアはその言葉と共にベルベットの刃を払いのけ、彼女の喉笛に槍の穂先を伸ばす。

数秒も持たずして形勢は塗り替えられたのだ。

思いも寄らぬ反撃をくらったベルベットは虚を突かれつつ、トドメを刺さないエレノアに問う。

 

 

「何故とめる?」

 

「あなたは器の私を殺せない。同じ条件で戦ったまでです」

 

「勝ったら殺すんでしょう?」

 

「それはそれ、勝負は勝負です」

 

「面倒ね…」

 

呆れた溜め息がベルベットの口からこぼれる。

脱力感を露にするように肩の力を抜き、ブレードを下ろす。

その次の瞬間、素早く槍の柄を掴み引っ張ると同じ一動作でベルベットは自らの身を反らす。

予想していなかった動きにエレノアは反応できず、体ごと誘導され足を引っかけられ草花の上に倒れこむ。

 

 

「剣を抜いたら油断するな。非情の戦いは非情をもって制すべし、でしょ」

 

 

尻餅を着いたエレノアの喉元にブレードの切っ先を突き付けベルベットが勝利宣言をする。

 

 

「アルトリウス様の戦訓…」

 

 

敗北したエレノアは苦汁を飲まされたような顔をし戦う気をなくした。尻餅を付き刃を向けられたとなれば先のように不意を突く真似もできない。

ベルベットは刃先を収めエレノアの返事を待つ。

 

 

「約束は…守ります。あなたの命令に従う…」

 

 

「私が死ぬまで!」

 

「よせ!」

 

 

エレノアは自ら槍を首筋に添え不吉な予感が的中しガイアは焦燥を露にし、止めに入ろうと駆け出す。

 

 

『駄目!』

 

 

刹那、エレノアの中で眠りについていたライフィセットが目覚め反射的に彼女の行為を諌める。

自害を謀ろうとしたエレノアの肉体の自由をライフィセットが奪い、彼女を強い干渉力が束縛した。

指先すらも微動だにせず、ありとあらゆる動きを強制的に封じられたエレノアは気を失う。

 

 

「聖隷が器に干渉するなん…て……」

 

 

彼女が草木に倒れ込むのと同じくしてライフィセットがエレノアの中から出て、ベルベットの前に姿を現した。

 

 

「ライフィセット!もう大丈夫なの?」

 

「うん」

 

ライフィセットの頷きにほっと一息ついたベルベット。

一方ガイアは彼女の横を通りすぎて横たわるエレノアの首元に触れ、脈を確かめる。

 

 

「眠ってるだけか」

 

「器になった反動が出たようだな」

 

「儂も覚えがある。高熱を出してしばらくは目を覚まさんじゃろうて」

 

 

アイゼンとマギルゥがエレノアの身に起きた症状を推察し、それぞれの見解を告げる。

 

 

「足手まといをどこだかわからん土地を進むのは危険しぎるな」

 

「こいつが回復するまで休もうぜ。道連れなんだろうライフィセットの器なんだから」

 

 

そうね、とロクロウの言葉にベルベットは何秒か間を置いて返す。

 

 

「エレノア大丈夫だよね」

 

「ちょっと疲れて眠っただけだ。心配ないさ」

 

エレノアが自分を助けるために器になったことに負い目を感じるライフィセットを、安心させるようにガイアはそう言うとガイアはエレノアをおぶさる。

彼女の横顔に目を向けたガイアはフードの奥で笑みを綻ばせた。

 

 

「懐かしいな」

 

「え?」

 

 

不意にガイアが漏らした呟きにライフィセットが反応する。

いつもとは感じの違うその言葉が気になったライフィセットが尋ねる間もなく、ガイアはエレノアを担いで遺跡に入っていった

 

 

 

 

--------

 

 

-温かくて懐かしい。

 

小さい頃よく触れた感触に似ている。

ちょっとのんびり屋で間の抜けたところがあるけれど、温かくて優しくて心地よさを与えてくれる彼の背中。

お互いにまだ幼い子どもと言える年頃だった頃は怪我をして歩けなくなったりすると、よくその背中におぶさっていた。

たいして腕力があるわけではないのに、無理して自分を背負ってくれる彼に不安よりも安心感を覚えていた。

 

 

でもそれは忘れられない思い出の一部。もう二度と温もりに触れることはない。

幼い時からずっと隣にいた彼はもうどこにもいない。

 

 

 

 

--------

 

 

 

深い眠りから目を覚ましたエレノア。

倦怠感が思考を鈍らせるも状況確認に勤めるべく周囲の光景に目を配る。

ベルベットもライフィセットもロクロウもマギルゥもアイゼンも皆眠りについていた。

彼らの姿を確認したエレノアは、眠りに落ちる前に何があったのかを鮮明に思い出す。

 

「…私は彼らに負けたのでしたね」

 

 

-なんて未熟な!

業魔に敗れその上看病までされた事実に、エレノアは忸怩たる思いにならざるを得なかった。

 

 

 

(この罪を償うにはもう…)

 

 

エレノアは槍に力を込め腕に顔を沈めるベルベットを見下ろす。

眠っている今なら手にかけることは容易い。

だがそれでいいのだろうか。

器のことがあったとはいえ自分は命を奪われずに介抱までされた。

にも関わらず戦いの舞台に立ってすらいない相手を始末するのは、例え業魔でも自らの義に反する行いだ。

なら他に残された道は

 

 

-自死

 

 

今度は邪魔をする者はいない。

エレノアは槍の矛先を切り替えピタリと己の細い柔肌に密着させる。

 

 

(ごめんなさい)

 

 

心中で誰かに謝罪し持ち手に力を込める。

冷えきった槍の先端がエレノアの首を掻き切るより前に、彼女の視界の端に白い光を放つ球体が映り込む。

 

 

「あれは…」

 

 

その正体に心当たりのあるエレノアは槍を下ろし、遺跡の通路を浮遊する発光体を追いかける。

 

この時彼女は気付いていなかった。

眠っていたと思われていたベルベットとアイゼンが彼女の動きを見守っていたことに

 

 

 

夜風が体に沁みる。

草花の上に座りこけるガイアは右手に掴んだエスプレンダーの鏡面に憂鬱を帯びた視線を落とす。

 

 

「…僕達は明日にはまたアルトリウスの命を奪うために旅に出る。エレノアも一緒に…」

 

 

ライフィセットの器になった以上ベルベットはエレノアを手元に置こうとするだろう。

そうなれば聖寮を敵に回す旅路に対魔士である彼女を引き摺り混むということも当然ある。

 

 

「…今更何考えてるんだ……もう対魔士でもグランでもないのに」

 

 

彼女の幼なじみグランなら全力で味方しただろうが彼はもういない。二年半以上も前に死んだ人間だ。

今ここにいるのはアイフリード海賊団の一員ガイアであって、彼女の幼なじみで対魔士だったグランとは無縁の存在だ。

身を危険を犯してでも彼女を助ける理由はない。

だがどうしてもグランの感情がちらつく。

揺れに揺れる彼の心情を知ってか知らずかエスプレンダーの内部が赤と黄に輝き、鏡面越しにガイアの顔を照らす。

 

ただ無為に時が過ぎていく。

空虚なそよ風が微かに音を立てて横切る夜空の下、暗闇に蠢く光があった。

次いでその光に導かれるようにして現れたエレノアを発見したガイアは、姿を悟られぬよう岩陰に身を隠す。

 

 

『メルキオルに地脈を辿らせてみれば妙なことになっているようだな』

 

 

光体から発せられた声にガイアは僅かに体が反応するのを感じた。

聞き間違えるはずがない。この声は

 

 

「アルトリウス様!この失態は-」

 

『顔を上げなさいエレノア。お前に導師の特命を授ける』

 

「導師の、特命」

 

 

アルトリウス直々に下される命令と聞いてエレノアは期待と緊張を同時に抱く。

 

 

『ライフィセットと名乗る聖隷とフードの男を保護しローグレス聖寮本部へ回収せよ』

 

(ライフィセットも?)

 

 

アルトリウスの言った内容にガイアは聞き耳を立てながら困惑する。

偶然の合致と言うべきかエレノアも彼と同様に戸惑いを表しつつ、アルトリウスの指示に耳を傾けていた。

 

 

『なおこの特命は特等対魔士以上の機密事項とする』

 

「あの聖隷とフードの男を守って王都に連れ帰れと?」

 

『しかも内密にだ。巧まず器になれたのは好都合だな』

 

「ですがあの聖隷は器である私の行動に干渉できるのです」

 

『聖隷が意思を持つのならそれを操れば済むことだ。導師アルトリウスの名において特命完遂に必要な如何なる行動も許可する』

 

 

如何なる行動も許可する。エレノアは自らに与えられた命令の重大性を思い知る。

必ず果たさなければならない。

しかしその責任感とは別にエレノアには気になることがあった。

 

 

「業魔に従うことも含めてですか?そこまでするとはあの聖隷と男は一体…」

 

『できないか?』

 

 

エレノアは返答に言葉が詰まる。

業魔は憎むべき存在だ。大切なものを奪った平和な世に不要な存在。

そんな存在の手足となることにエレノアは嫌悪感を持っていた。

だが個人的な感情を持つことこそ理に反する。

 

 

「屈辱は所詮一時の感情。理と意志こそが災厄を切り祓う剣この命はアルトリウス様の教えに従って使います」

 

『まもなく地脈が閉じる以後は独自の判断で任務を果たせ』

 

 

それを最後にアルトリウスからの交信が途絶え、光球も何処かへと消えてしまう。

話す相手がいなくなっても尚、その場を動こうとしないエレノアの後ろ姿にガイアはもやもやとした払拭し難い感情を覚えていた。

 

 

 

 

 

 




レイズのアイゼンとエドナのイベントが最高すぎてむっちゃ嬉しかったです。でも魔鏡はアイゼンとミクリオしか出ませんでした…お兄ちゃんの妹を渡すまいという意思の強さを感じた…

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