テイルズオブベルセリア~True Fighter~   作:ジャスサンド

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せっかくのクロスオーバーなのに両作品とクロスしてる意味がないと思われている方もいると思われますが、もう少し後の話でそういった要素を出すつもりです。
それまでどうか温かい目で読んでください


第12話 仇敵との邂逅

「アルトリウス!」

 

 

神殿の最深部にてベルベットがアルトリウスの後ろ姿を視界に捉えて叫んだ第一声がそれだった。

 

「業魔に聖隷、ずいぶん風変わりな仲間を集めたものだな」

 

 

眉間に皺を刻んだ貫禄ある容姿にベルベット達は一層の警戒心を抱き、それぞれ戦闘体勢に入る。

ガイアもまた銃の引き金に指先を添えながら視線をアルトリウスの頭先から靴元の全身に至るまで、上下に動かしていた。

 

 

(導師、アルトリウス…)

 

 

直接この彼の姿を目の当たりにしたのは二年前のブルナーク台地の遺跡調査、その勅命を受けた時。

それ以外でアルトリウスの姿を見たのは二度。

二年前の密談の時と数日前の演説の時だ。最も二年前は直に見たわけではなく、九つ首の龍が見せたものにすぎないのだが…

 

いずれにしても彼の実力をガイアはよく知っている。

余計な思考が芽生えた瞬間それは致命的な隙を生み、自分にとって最悪の結末を招く。

 

-必ず生き延びる。ここにいる全員と共に

 

ガイアは瞳に闘志をたぎらせこの一戦に挑む。

 

 

 

「今度は前のようにはいかない!あんたを殺してライフィセットの仇を討つ!」

 

 

ベルベットもまたアルトリウスに対して瞳にある感情を宿していた。

アルトリウスは姉セリカ・クラウの夫だった。

開門の日にセリカを業魔に殺されて以来ベルベットとライフィセットの世話をしてくれた。

左腕に深い傷を負ってしまった体で血の繋がりのない義理の妹と弟の面倒を見てくれていた。

そんな彼にベルベットは恩義を感じていたし、仄かな恋慕のような感情を寄せてもいた。

 

だがアルトリウスはベルベットを裏切った。

ベルベットの目の前でライフィセットを殺し、彼女を監獄島タイタニアに三年もの長い年月そこに幽閉した。

許せるはずもない。

 

-必ず殺す。例え何を犠牲にしようとも

 

ベルベットは暗闇の中で膨れ上がらせてきた思いを込めてアルトリウスに刃を向けた。

 

 

 

「業火刃!」

 

「緋閃!」

 

 

刀身に炎を走らせベルベットとロクロウはアルトリウスを両側から挟み込むように攻める。

一秒も違わず迫る二種の刃をアルトリウスは眉をピクリともせず、彼は真後ろに跳んだかと思いきや床に足を付けるより前に長剣を振るう。

横凪ぎの軌道を描いて振るわれたそれは接近していたベルベットとロクロウを一度に切りつけ、二人は攻撃を受けた拍子に転倒してしまう。

 

 

「ベルベット!」

 

「援護するぞライフィセット!」

 

 

無防備になった二人に追撃を加えまいと、ライフィセットとアイゼンが光と風の属性による聖隷術をアルトリウスに放つ。

アルトリウスはそれすらも剣ではたき落としてみせ、聖隷術による攻撃も失敗に終わる。

 

 

「これで終わりじゃない!」

 

「同時に撃てマギルゥ!」

 

「ええい仕方ない。しっかり儂に合わせい!」

 

 

ベルベットは立ち上がり再びアルトリウスに突進する。

その後方からガイアの威力強化の光弾とマギルゥの水弾が発射され、今度はやや異なる方向からの三つの攻撃がアルトリウスを襲う。

 

 

「無駄なことを」

 

 

そう呟いたアルトリウスはまずベルベットの突撃を長剣で受け止めると、動きが止まった一瞬の隙を付いて彼女の腕を掴み投げ飛ばす。

 

 

「な!?うああ!!」

 

 

ベルベットを飛ばした方向にはガイアの光弾が向かって来ており彼女は背中にそれを受けてしまう。

そして残りの水弾を弾くとアルトリウスは一行の内の一人に目を留める。

 

 

(あのフードの男、あの男からはほんの微かだが高い霊力を感じる…だが聖隷ではない…)

 

 

奇抜な身なりの者が多い中で一際目立って映えるフードを被った者。

体格と声からしておそらく男だろうが、顔はフードに隠されていてわからない。

 

 

(あの者が宿しているというのか…)

 

「どこを見ている!」

 

 

自分ではない誰かに目を向けているアルトリウスにライフィセットの治癒を受けたベルベットは、剣を突き出す。

 

 

「まだ来るか…そろそろ終わりにする」

 

 

-来る!

直感が働いたベルベットは咄嗟に攻撃を中断し、守りを固める。

無駄に足掻くベルベットにうんざりした様子もなくアルトリウスは刀身に冷徹な輝きを映し、剣を振りかざす。

 

 

「一太刀とは言わん。全身に死の慟哭を刻め。漸光狼影陣!」

 

「ああああっ!」

 

 

人間離れした速度でベルベットは全身を四方八方から切り刻まれ、地べたを転がり回る。

元よりボロボロだった服に赤い血が染み付き、アルトリウスの力量の高さが伺えた。

 

 

「ベルベット!」

 

「まだよ…まだ…回復…しなさい」

 

 

慌てて駆け寄り回復術をかけるライフィセットにベルベットは返答にならない言葉を寄越し、尚も立ち上がろうとする。

ロクロウとガイアはそんな彼女の前に踏み出て、アルトリウスの攻撃を届けまいと立ち塞がった。

 

 

「もうよせ、無意味な行為だ」

 

「黙れ!」

 

「おいベルベット!」

 

「馬鹿、よせ!」

 

 

ガイアとロクロウを押し退けてベルベットはアルトリウスに肉迫する。

声を荒げて留まらせようとするガイアの叫びもむなしく、ベルベットはアルトリウスの間合いに踏み込んでしまう。

 

 

「ああああああああああ!!」

 

 

猛獣にも似た雄叫びをあげるベルベット。

しかしベルベットが剣を突き刺すよりも早くアルトリウスの冷たい長剣は彼女の体を貫いていた。

 

 

「があ、あっ…」

 

脇腹を貫く長剣から血が滴り落ちるのを見てライフィセットとガイアは頭に絶望的な予想が浮かんだ。

どうにもならないと諦めかけた思考に陥ってしまいながらもライフィセットは、ベルベットの命令通り彼女に治癒術をかける。

 

 

「戦訓その四-」

 

「-ッ!?」

 

 

だがベルベットはそんな二人の予想を裏切り、長剣が腹に刺さったままブレードを振りかざす。

 

 

「勝利を確信しても油断するな!」

 

 

まさに自らの身を削っての攻撃。

決まれば確実にアルトリウスに重傷を負わせられる。

 

 

「ぐぅ…!」

 

 

そして確かにベルベットのブレードはアルトリウスの体に食い込み、彼の体から血飛沫が舞い上がった。

手応えを感じたベルベットは全身に残る痛みに顔を歪ませつつ、片膝を付くアルトリウスを見下す。

 

 

「これで終わりよ」

 

「勝利を確信しても油断するな…か。私の教えたことをよく守ったようだな……だが、お前達を取りこぼすわけにはいかない。戦訓どおり全力で相対そう」

 

 

アルトリウスが身体をふらつかせて立ち上がると、それを待っていたかのように彼の背後にある祭壇の紋様が白き輝きを放つ。

清らかな輝きは瞬く間にアルトリウスを包み、傷を即座に癒す。

 

 

「一瞬で回復しやがった!」

 

「この力…まさか本物!」

 

 

ロクロウとアイゼンが驚きの言葉を口にし、ガイアも音にせずとも彼らに同意する。

 

 

「ッ、まずい!」

 

 

紋様から溢れでる強力な力を前に、これから起こる最悪の事態を直感的に予期したガイアは躊躇なく懐に潜めたエスプレンダーに手を伸ばす。

 

 

「聖主カノヌシと共に」

 

 

アルトリウスの言葉に反応して紋様から生じた衝撃破がベルベット達全員を襲い、彼らは紙くずのように軽々とまとめて飛ばされる。

 

 

「そりゃ反則じゃろ…」

 

「まだ…まだよ」

 

 

マギルゥが悪態をつく傍らでベルベットは傷付いた身体に鞭を打って起き上がらんと尽力する。

その様子を見かねたライフィセットは彼女に思い切って自分の意見をぶつけた。

 

 

「もう無理だよ!逃げないと皆死んじゃう!ベルベットも!」

 

 

 

 

「逃がしませんよ今度は」

 

(この声、まさか!)

 

 

ライフィセットの言葉を否定する声にガイアは覚えがあった。

声の出所とされる入り口を振り返ると彼にとって馴染みのある顔触れが退路を塞ぐように並んでいる。

 

一等対魔士テレサ・リナレス、その彼女の義弟オスカー・ドラゴニア、エレノア・ヒューム。

そして長き髭を蓄えた老人の特等対魔士メルキオル。

 

 

「聖寮のトップクラスの戦力が集結か…!」

 

「熱烈な歓迎じゃの~ちっとも嬉しくないが」

 

 

しかめ面をするガイアに同調するようにマギルゥが呑気にぼやく。

一等対魔士が三人、特等対魔士が二人

たかだか業魔二匹と聖隷二体、人間二人の集まりを刈るのにこれだけの戦力を投入するとは聖寮も見る目がない。

そう思ったガイアだがそれを言葉にする度胸も余裕もなかった。

彼らの厄介さをよく熟知しているが故に

 

 

「申し訳ありません。アルトリウス様シグレ様が警護していると思い油断しました」

 

「シグレなら修行に出た。そもそも私を一番切りたがっているのはあいつだ」

 

「シグレだと!」

 

「まったく勝手な奴だ。アイフリードの時と同じだな」

 

「アイフリード…!やはりこのジジイが」

 

アルトリウスに送られた言葉に含まれた人名にロクロウとアイゼンが似たり寄ったりの反応を露にする。

ガイアもメルキオルの発した名前に気を引かれている内の一人だが、彼の頭はあくまでも現状を打開するための策を考案していた。

 

 

(アイフリードの行方も気になるがまずはこの状況を切り抜けなければならない……逃げるしか手はないがそれもできるかどうか)

 

戦力差が圧倒的にある以上ガイア達は撤退するしかない。

特等と一等、加えて聖主の力が相手ではどうなるか馬鹿でもわかる。

 

 

「ロクロウ…ベルベットを頼めるか。こうなっては勝ち目はない。逃げるぞ」

 

「それには同感だが、逃げ切れるのか?」

 

「前門の導師に後門の対魔士…完全に囲まれておる。まさにベルベット(野獣)包囲網じゃ。これでは逃げるのも危ういぞ」

 

 

ロクロウとマギルゥは自分達を取り巻く状況を言葉にする。

 

 

「メルキオルさえどうにかしてくれれば残りの三人は俺一人でもどうにかなる…かもしれない」

 

「かも、とはまたアテにしてよいのか困る回答じゃな。簡単に言ってくれるがメルキオルは特等対魔士、どうにかするのさえ至難の業というもの…」

 

 

マギルゥの言葉は正論だ。

しかしそんな正論をすんなり聞き入れるなどできはしない。

何もせず殺されるのを待つか、指先が動かなくなるその時まで抵抗し一筋の光明を見出だすか。

自分達に待ち受ける未来は二つしかない。

 

 

「戸惑うのはわかる。だがもう時間も手段もない」

 

「わかった。メルキオルはオレが引き受ける、ベルベットはアイゼンとライフィセットに任せよう」

 

「悪い…貧乏クジ引かせるようなこと頼んで。後でベンウィックに言ってバンエルティアに積んでる上質の心水をくれてやる」

 

「応、なら尚更生き延びないとな。それにベルベットに恩を返せないままここで死なせるわけにはいかないしな」

 

 

ロクロウの快諾をもらったガイアはちらりとアイゼンを向き、彼の反応を伺う。

常日頃から変わらぬ強面の顔をしたままアイゼンは無言で頷き、了承の意を伝えた。

続けてマギルゥに目で訴えると彼女もガイアの策戦に乗っかった。

 

 

「ジーッとしててもドーにもならんか…えーい!こうなればなるたけどうにかなってしまえい!望み通り猫の手ならぬ魔女の手も存分に使えい!その代わり成功した暁には儂にも褒美を寄越してもらうぞ」

 

「褒美?どんな?」

 

「儂の大好物のキャベツの炒めものをたんまり用意して貰おう。そうでもせねばば割に合わん」

 

「魔女ならそのくらい自分でしろ」

 

「なんと無償で協力しろとは、魔女使いの荒い奴め。これは後でみぃ~っちり魔女の常識を教え込まねばならぬのう」

 

「お互い生きてたらな」

 

 

軽口を叩いたガイアは青の弾丸を頭上に放つ。

舞い上がった光は多方向にバラけアルトリウス達に落ちて行く。

急速に接近するそれらをアルトリウスは一太刀の元に振り払い、メルキオルも術による防壁でダメージを免れる。

 

 

「おおおっ!」

 

 

そこにロクロウがメルキオルに勝負を仕掛け小太刀を突き立てる。

二刀が防御壁に食い込むもメルキオルの皮膚に達するには至らず、当然ダメージは通らない。

 

 

「業魔風情が…聖寮に牙を向くなどと。愚かな」

 

「愚かで構わん。それもひっくるめてオレなんでな」

 

 

 

 

テレサやオスカーも回避行動を取り難なくかわし、初見ではないエレノアが真っ先に体勢を持ち直し、直行してくるガイアへと反撃に転じた。

 

 

「そう何度も同じ手が通用すると思いますか!」

 

 

槍の先端を向け繰り出されたエレノアの刺突をガイアは速度を保ったまま身を翻し、すれすれのところでやり過ごす。

エレノアの真横をすり抜けたガイアは彼女に攻撃を加えることはなく、紫の弾を装填しながらその後ろにいたテレサに狙いを定める。

自らに迫る敵にテレサは聖隷一号を呼び、聖隷術の発動を命じた。

 

 

「対魔士に普通の人間が戦いを挑もうなど身の程を知りなさい」

 

「っぐ!」

 

 

一号の放った火炎が目前に到達しガイアはそれを左腕を差し出して、顔面への直撃を避ける。

左腕の皮膚が焼け焦げ苦痛に顔を歪ませるガイアであるが、唇を噛み締めながら構わずテレサに接近した。

そして照準を合わせた紫の弾を一号に撃つ。鞭のように形状を変化させた光が一号の腕を絡めとる。

手応えを感じたガイアは銃ごと右手を真横に振り、強引に一号をテレサから引き剥がす。

 

錫杖を手にテレサは照射されたガイアの光弾を応対し、彼の攻撃を無に帰す。

 

 

「聖隷を剥がせば勝てるとでも?生憎聖隷(どうぐ)がなくとも貴方を倒すことなど造作もないことです」

 

「勝つつもりは毛頭ない」

 

そう言い返すガイアにテレサは何の感情を抱かず、杖を振りかざす。

垂直に下ろされたそれをガイアは横にステップを踏んで回避し、拳が届く間合いにテレサを捉える。

 

「姉上!」

 

 

そこにオスカーが割って入りテレサを援護するべく剣を頭上にかざし、ガイアに迫る。

しかし彼の参入を予想していたガイアは振り向き際に威力強化の赤い光弾をオスカーに撃ち込み、彼の体は元来た側へと押し返されてしまう。

 

 

「ぐああ!」

 

「オスカー!この、よくもオスカーを!」

 

 

義弟を傷つけられ激昂したテレサの攻撃をガイアは一切の反撃を停止し、受け止める。

冷静さを欠いたせいで攻撃は単調となりよく相手の動きを見れば無傷で済ますのはガイアには容易いことだった。

 

 

「テレサ!」

 

 

その様を見かねたエレノアは加勢に入ろうとする。

だが

 

 

「おっと、あやつのところには行かせんぞ」

 

 

駆けつけようと踏み出したエレノアの足元で水が弾け、彼女の足止めをした。

水弾を唱えた張本人のマギルゥは不敵な笑みを浮かべエレノアに告げる。

 

 

「余計な邪魔を!何故そこまで業魔に肩入れするのです!」

 

「なあに単なる暇潰しじゃよ」

 

「ふざけるな!」

 

 

暇潰しというマギルゥのいい加減な言葉にエレノアはこれまで蓄積した鬱憤を爆発させ語気をあらげる。

マギルゥの魔術に一騎討ちを仕掛けるエレノアの目線の先では、ガイアがテレサの錫杖を銃身で防いでいた。

 

 

「うっとおしい…対魔士でもないのに!」

 

 

羽虫のようにテレサの周囲を付かず離れずの間隔で動き回り、ひたすら回避に専念するガイア。

対魔士ではないのに、何度攻撃を加えようとも回避や銃身で直撃を避け、何度も接近する彼にテレサは苛立ちを覚えていた。

しかしそれがかえって相手に攻撃を読まれやすくしてしまうのにテレサは気付かない。

 

 

(思った通り平静さを欠いたな)

 

 

目の前でオスカーを傷付けたことで平常心を欠いたテレサの術をガイアは半身になってかわす。

 

テレサは霊応力にも判断力にも優れた対魔士。まともにぶつかれば単騎では勝機は薄い。ましてやオスカーも加勢に入るとなれば確実にガイアは数分と持たず破れ去る。

 

高度な連携を可能とする固く結ばれた姉弟の絆は厄介だが、それこそがガイアが生き延びかつ時間を稼ぐポイントだった。

テレサはオスカーを溺愛している。その彼が傷つけられたとなれば彼女はかなりの確率でガイアを目の敵にし、手をガイアに集中させる。

 

それはオスカーも同様だ。公私共に慕う姉が苦戦しているとなれば、そう簡単にマギルゥやロクロウの方に行くわけにもいかないだろう。

その読みはうまい具合に的中しオスカーの目はガイアに釘付けにとなり、一号に関しては命令がない上に無闇に術を放って主君に当ててはまずいと手が出せずにいた。

 

 

(メルキオルはロクロウが、ノアはマギルゥが抑えてくれてる。 このまま時間を稼げれば-)

 

 

そんな考えが過ったまさにその時背後から忍び寄る存在にガイアは気付かなかった。

 

 

 

 

一方、ベルベットは言うことを聞かない体を強引に叩き起こし、アルトリウスの命を己の剣で絶とうとする。

捨て身の特攻のおかげでライフィセットの回復術による治癒も追い付かず、ベルベットの全身には途方もない激痛が残っているはずだ。

 

 

「うっ…くううっ…」

 

「撤退するぞ」

 

「離せ、ライフィセットの仇を討つ!」

 

 

腕を掴むアイゼンの手を振りほどいてベルベットはアルトリウスを睨み付ける。

アルトリウス以外の者など眼中にないような彼女にアイゼンは憤ることなく、冷ややかに己の意思を貫き通す。

 

 

「共倒れには付き合わん」

 

「あんたの協力なんか頼んでない!」

 

 

「ぐわあああああ!」

 

 

あわや仲間同士で対立しかねない一触即発の雰囲気の中、誰かの苦し気な叫び声がベルベットとアイゼンの耳にこだました。

 

 

「ガイア!ちぃ!」

 

 

そちらに首を動かすとテレサとオスカーを抑えていたガイアが、後ろから伸びる赤紫の光に体の自由を奪われている。

両の掌を不気味な赤紫に輝かせ暗がりから姿を現したのは眼鏡をかけ、知性的な雰囲気を漂わせる白髪の男。彼はガイアを拘束したまま戦いを静観するアルトリウスに言葉をかけた。

 

 

「聖主への祈りを捧げる場所にしてはずいぶん騒がしいなアルトリウス…おまけに業魔まで入り込んでいるとは」

 

「ガッツ…丁度いいところに来た。そのままそれを拘束していろ。絶対に殺すな」

 

「新手か!」

 

「導師を呼び捨てにする程の実力の持ち主か…最悪にも程があるぞ」

 

 

対魔士の装いをした者の登場にロクロウはメルキオルの魔術を小太刀で防ぎ、焦燥感を露にする。

マギルゥもまた口調こそおちゃらけてはいるがやや表情がひきつっている。

そんな二人を見向きもせずテレサはガッツに身動きを封じられたガイアへ一歩足取りを進めた。

 

 

「離せ、がっ!」

 

 

憎しみを込めた眼差しを注ぎ、テレサは錫杖を振り上げもがくガイアの頭を殴り付ける。

行動を制限された彼に身を守る勢いを殺せずに頭部に強い振動と鈍痛が走り、フードに隠れた額から血がぽたぽたと白染めの床に落ちた。

 

 

「すぐにでもとどめを刺したいところですがお前は後回しです。先にオスカーの右目を奪ったあの女業魔を始末します」

 

 

そう面と向かってガイアに告げたテレサは彼に背を向けてベルベットとの距離を詰める。

 

 

「やらせるか!」

 

 

アイゼンが腰を落とし身構えるが

 

 

「うおわ!」

 

「ぐぅぅ!」

 

「アイゼン!ロクロウ!」

 

 

そこにメルキオルの光球により飛ばされたロクロウが飛んで来て、アイゼンは彼もろとも壁に叩き付けられてしまう。

ベルベットを看取っていたライフィセットが不安そうな声色で彼らの名を呼ぶ。

そんなライフィセットを見下ろしたテレサは無慈悲な目付きを送り、命令を下す。

 

 

「業魔と馴れ合うとは二号。お前には罰を与えましょう。命令です、その業魔を殺してお前も命を絶ちなさい」

 

「…嫌だ」

 

 

与えられた命令にライフィセットは拒絶の意を示し抗うも、未だに残された契約がそれを許さない。

 

 

「契約を忘れたか!これはお前の主の命令です!」

 

「ああああああ!!」

 

 

テレサの放ったその言葉がライフィセットの意思を縛り付ける力を更に強める。

頭の中を直接かき混ぜられているような言葉にし難い衝撃に苦しみながらも、ライフィセットはまだ抵抗を続けた。

 

 

「やめろぉ!があああああ!」

 

「貴様は黙って見ているがいい。貴様がしでかした事の愚かさを」

 

 

悲鳴を上げるライフィセットを見かねてガイアは叫ぶが、ガッツに自らを戒める力を強められ制止の要求はたちまち絶叫へと変わる。

 

 

「命令なんて、嫌だ…僕は…ベルベットが死ぬなんて嫌だ!」

 

 

ガイアの叫びすらも耳に入らぬ程に苦しむライフィセットであったが、テレサの命令に抵抗する内に彼の矮小な体が光を帯び始めた。

 

 

「きゃあああああ!」

 

「姉上!」

輝きと共にライフィセットより生じた風圧がテレサを弾き飛ばす。

 

 

「あれに飛び込め!ガイア!ロクロウ!」

 

「おおっ!?」

 

 

そしてその風圧が止むと空間に裂け目が発生し、それを見たアイゼンがガイアを拘束するガッツに風の槍を飛ばし、全員に叫ぶ。

 

 

「応!」

 

「こら、儂を忘れるな~!」

 

 

ベルベットを脇に背負ったアイゼンとライフィセットを担いだロクロウに続いて、マギルゥとガイアも空間の亀裂に走り込む。

 

 

「逃がしはしません!」

 

 

エレノアは逃亡を謀るベルベット達が裂け目に完全に入る前に叩くため、槍を片手に走り出す。

だが裂け目は徐々に閉じていき縮小すると、近づいたエレノアを吸い込む。

 

 

「き、きゃあああああ!」

 

 

エレノアを呑み込んだ裂け目はそれを機に消失し、聖主の御座には静けさが戻った。

 

 

「カノヌシの力と地脈の反応とはな。珍しいものを見た」

 

 

エレノアが裂け目に吸い込まれた後、そこに黒き球体を送り込んだメルキオルは己の髭を触ってそう呟く。

その発言を聞いたアルトリウスは一人、納得したように聖主の紋章を見上げていた。

 

 

「そういうことか」

 

 

 

 

 

--------

 

 

 

 

「……っ……」

 

 

闇の中に眠っていた意識が覚醒しガイアは目を開ける。

 

「ここは…あの時の」

 

 

怠さを感じつつ体を起こし、周囲へ視線を動かすと彼の視界には青と緑が一面に広がっていた。

 

 

「おう無事だったか」

 

「やっと見つかったぞ」

 

 

ガイアが眼前の光景に目を奪われていると、ロクロウとマギルゥがそれぞれ真逆の方角から歩いて来た。

 

 

「ロクロウとマギルゥか。アイゼンやベルベットは?一緒じゃないのか?」

 

「わからん。お主らに会う前にここをさ迷っていたが誰にも遭遇せんかった」

 

「オレもだ。どこだかわからん場所を延々と歩き回ってる。ここはどこなんだ?」

 

「ここは-」

 

「おそらくここは地脈じゃ」

 

 

ガイアの声を遮ってマギルゥがロクロウの質問に答えた。

 

 

「地脈?」

 

 

マギルゥが発した言葉にロクロウは首を傾げ聞き返し、彼女は右の人差し指を立てて教鞭を振るう先生のように語る。

 

 

「大地の中を走る自然エネルギーが流れる空間のことじゃよ。地脈は世界中に広がっておるのじゃが普通は見ることも触れることもできん。ましてや入ることなど持っての他」

 

「入ることができない空間?なら何故オレ達はその地脈にいるんだ?」

 

「さ~ぱっりわからん。ここが地脈であることは間違いないが地上に戻る方法は儂も知らん 」

 

「入り方がわからなければ出方もわからない、か」

 

 

-絶望的な状況は変わらないな

ガイアはそうぼやくと、努めて思考を冷静に働かせロクロウとマギルゥを見やる。

 

 

「立ち往生してもしょうがない。ひとまず出口を探そう」

 

「だな。入ってこれたなら出口もあるはずだ」

 

「あればよいがの~」

 

 

 

出口を探すべく三人が足並みを揃えて歩き出してかなりの時間が経った。

どれだけ歩を進めようとも代わり映えのしない風景にほとほと嫌気が差していると

 

 

『アアアア』

 

「この声は…」

 

何かの鳴き声が聞こえ三人は一斉に後ろへと体を反転させる。

すると先程まで何もいなかったはずの場所には、九つの首を持ちし龍がいた。

その龍をガイアは知っていた。忘れもしない。

ガイアを取り巻く全てが変わったあの日彼に光を授けたあの龍だ。

 

 

 




次回からはようやくエレノアもベルベット一行と本格的に絡められそうです。


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