【休載中】TS吸血鬼な勇者は、全てを失っても世界を救いたい。   作:青木葵

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サブタイトルでは弱体化を分かりやすいレベル1って表現したけど、今のユーキの戦闘力は普通にレベル10ぐらいあると思います。
そりゃショボいMP量とはいえ、1年の実戦経験と知識、基礎の剣術があればオーガやコボルト単体なら無双できますよ、流石に。


第7話 レベル1からのリスタート

 アレクの家に泊まった翌朝、オレはアレクの家の裏で剣を振っていた。

 

「フッ! フンッ! フン!」

 

 袈裟切(けさぎ)り、()ぎ、唐竹など、様々な振りを試す。

 どれも勇者としては十分な力で、少女としては異常な力で振っている。

 

 素振りの最中に、突然痺れを感じた。

 痺れを感じると同時に、剣を地面に置いた。

 

「実戦での限界は、1分ってところか……」

 

 剣の刃が特殊な水晶で出来ているストレシヴァーレは、通常の長剣に比べると重い。

 大剣ほどの重量ではないが、 《身体強化(エア・マッスル)》を使わなければ今のオレには振れない。

 《身体強化(エア・マッスル)》は随時必要な個所の筋力を補強する魔術だ。

 常時魔力を喰らうその魔術は、魔力効率のいい魔法ではない。

 それに剣を振るという作業も加わるので、必要な魔力はより大きいものになる。

 

 その結果が、戦闘時間1分。

 光の巨人よりもずっと短い。

 

「参ったな、これじゃあ聖国に来た時のオレより弱いじゃないか」

 

 剣で戦闘をするなら、必然的に魔力は全て《身体強化(エア・マッスル)》に消費される。

 魔法主体の戦闘をする手もあるが、それでも経戦時間は15分程度しかないだろう。

 それにオレの戦闘スタイルは、元々長剣による近接戦が基本で、魔法はあくまで隙を補うために使っていた。

 

 圧倒的な弱体化。

 オレの手にはもう、勇者と呼ばれた頃の実力はない。

 RPGで言えばレベル1からの初期化(リスタート)だ。

 

 まだストレシヴァーレという切り札もあるにはあるのだが……。

 

「一応試してみるか。起動(ブートオン)

 

 刀身には何の変化もない。

 聖剣ストレシヴァーレは、人類守護の切り札として開発された武器だ。

 魔族になったオレに反応を示さないのは、何かしら防衛機構が組み込まれているためだろう。

 剣に触れる事のなかった常人であっても、僅か1年で剣聖に成長させる兵器なのだ。

 当然の措置だろう。

 

「はあ……。相棒にまで見捨てられるってのは、結構精神に来るものがあるな」

 

 剣を抱えながら、暁のまどろみに身を預ける。

 以前はこうしていれば、何処からか声がした。

 剣の内から響くような、言葉にもなっていないか細い声が。

 その残滓すらも聞こえないという事は、剣に見放された事は間違いないだろう。

 

「本格的に勇者業は廃業か……」

 

 仲間を裏切ったオレには当然の末路かもしれない。

 ならば心機一転して、新しい武器を新調するべきだろう。

 全てを捨てれば、過去へのしがらみを取り払えるはずだから。

 

「嫌だな、やっぱり捨てたくないよ」

 

 聖剣の刀身を見つめるほど、その透き通る輝きに引き込まれる。

 あまりの透明度から、金属の刃とは違いオレの表情など欠片も映さない。

 いや、何も映らない、この刀身こそが今のオレの心情そのものなのかもしれない。

 ただただ空虚で、蒙昧な心そのものーー。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 アレクが起床すると、家にユウの姿は見られなかった。

 荷物はほとんど置いてあるままなので、黙って出立したという事ではないだろう。

 

「剣がないって事は、トレーニングをしているのかな」

 

 旅人の鍛錬がどのような物か気になったアレクは、その様子を見に行こうと身支度を整える。

 いつも通りフード付きの服装に着替え、『自身の耳が隠れるように』それを目深(めぶか)に被る。

 着替え終えたアレクは、ユウを探すべく外に出た。

 

「あ、ユウ。そこにいたんだ……って寝てるし」

 

 ジャガイモ畑に接した家の裏を覗くと、壁に寄りかかって座るユウの姿があった。

 無色に輝く剣を抱えながら、すぅすぅと小さな寝息を立ている。

 

「こうして見ると、女の子なんだって感じるなぁ」

 

 本人曰く、霊薬の作用で女性になってしまっただけで元々は男だったらしい。

 何度か言葉を交わしたアレクとしても、言葉遣い、態度、粗雑さな行動から、ユウを女性として意識した事はほとんどなかった。

 けれども、朝日に煌めく銀髪と剣を持つ彼女の姿は本当に幻想的で、彼女が確かに少女なのだと感じさせた。

 

「ディートリヒ……。リリシアぁ……。シェリア……」

 

 寝言でかつての仲間たちの名前を呟くユウ。

 夢に出てくるぐらいユウにとって彼らが大切なんだと分かった。

 旅の話を聞いた時、本当にユウは楽しそうだった。

 冒険者として活動する彼らが羨ましくなるほどに、快活で、饒舌な話し方だったから。

 

「ごめん、なさい」

 

 だからこそ、ユウのその寝言にアレクは頭を殴られたような衝撃を受けた。

 

「ごめん、リリシア……。ごめん……、ごめん……」

 

 喧嘩こそよくしても、仲間割れなど無縁なパーティ。

 それがユウの冒険譚から受けた、ユウたちの印象だった。

 ユウの言葉に一切の険がなかったから、ユウと彼らの友情に不信など少しも感じなかった。

 だからユウがこうして一人旅をしているのは、穏やかな別れがあってこその物だと思っていた。

 

 けれど、ユウはうなされるように仲間に許しをこいている。

 彼らの別れにあったのは、強い後悔と禍根だったのだ。

 ユウの言葉とともに、彼女の目から一粒の雫が垂れた。

 

 出会ってから笑顔が絶えない、太陽のような人。

 仏頂面ばかり浮かべている自分に対しても、楽しげに話を広げる人。

 そんな人が抱える強い悩みを、どうにかして解消できないかと、アレクは思った。

 

(でも、半端者の僕に何ができるって言うんだ……)

 

 自身のどうしようもないコンプレックス。

 それがユウを助けたいというアレクの心をせき止める。

 

「ごめん……、ごめん……」

 

 けれど、痛ましく泣き続けるユウの姿を見て、自分の悩みなんて些事だと思わされた。

 

(そうだよ、ユウを助けたい気持ちと、僕が半端者なんて立ち位置はなんの関係もないじゃないか)

 

 だからこそ、彼は1つの決心をした。

 それは、今からするようなほんの小さな事だけれど。

 

 ユウの頬を伝う朝露を、アレクは取り出したハンカチで拭った。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 鍛錬を終えてまどろんでいたら、そのまま寝てしまったらしい。

 体力が落ちたせいか、疲れがたまっていたようだ。

 

 アレクの家に戻ると、彼は朝食の準備をしていた。

 一晩明けたせいか、昨晩のギスギスした空気はなくなっていた。

 お互いに挨拶を交わした後、アレクが用意した朝食を食べる事になった。

 

「このスープ、凄く美味しいな。調味料もなくここまで旨味を出せるなんて」

「ソークっていう薬草を使っているんだ。安い薬草だし調味料にもなるからよく使われるんだ」

「いやいや、ソークってあの酸っぱい雑草だろ? こんなとろみのある甘いスープにできるかっての」

「3日間天日干しにしたり、下処理が手間だからね。ソークの美味しさを知らない人は結構いるよ」

 

 美味しい物が食卓に出ていれば、会話は自然に弾むものだ。。

 キリのいい所で、お互いの予定を確認する。

 

「明日にはここを出立するつもりだから、今日は物資補給する予定だ」

「僕は今日はジャガイモ畑に肥料を撒きに行くよ。その後は、ソークやイゴモウとか、薬草類の下処理をするんだ」

「昨日は草履(ぞうり)作ったり、警備しに行ったり仕事が多いんだな」

「まあね、結構苦労するよ」

 

 本当なら、ここでアレクに村の案内をお願いするつもりだった。

 けれど、昨日アーガス村に立ち寄った際に感じた、アレクと村人たちには確執があった。

 事情は分からないけど、アレクを連れまわすとそれだけで迷惑をかけてしまいそうだ。

 

「……ねぇ、ユウ」

「何だ? 頼み事ならついでだしいくらでも引き受けるぞ」

 

 アレクの顔は目深(めぶか)なフードに覆われているけど、それでも緊張した面持ちが隠れていない。

 何か重大な事を言おうとしているのが分かる。

 村人との関係改善の手伝いをしてほしい、などだろうか。

 

「君がよければ、僕の友達になってくれないかな?」

「え?」

「実を言うと村の子供達とはあまり遊ぶ機会がなくて、こんなに話せたのはユウが初めてなんだ。だから、旅に出る前にどうしても言いたかったんだ」

 

 ダメかな? と続ける彼の表情はとても照れくさそうだった。

 人付き合いの苦手そうな彼が出した小さな勇気が感じられる一言。

 

(いや、でも、今のオレは魔族な訳で……)

 

 一瞬、アレクの言葉を受け入れるのに躊躇を覚える。

 けれど、彼の不安そうな声は、表情は本当に健気で。

 それを無碍にする気力は、オレには毛頭なかった。

 

「いいに決まってるだろ。機会があったら真っ先にお前の家に寄ってやるよ!」

「……ありがとう、ユウ」

 

 そういって笑うアレクの顔は、彼にしては珍しく向日葵(ひまわり)のように満開だった。

 




初めてのお友達っていいよね。お約束だよね。

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