【休載中】TS吸血鬼な勇者は、全てを失っても世界を救いたい。   作:青木葵

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次回投下は11/13(月)となります。


第11話 凡才の意地

 初撃は風弾だった。

 そのまま受ければ、肺腑(はいふ)に満ちる空気を吐き出す羽目になるだろう。

 胸部を狙う見えない弾丸は、物理的に対処不能な速度でシェリアに迫る。

 

「霊気よ、あるべき素へと帰れ。《基底回帰(バニッシュフェノメナ)》」

 

 対するシェリアはギーグの攻撃を難なく無力化する。

 大気圧を狂わす魔力はその詠唱だけで基底(ゼロ)へと戻る。

 魔法の無効という、魔術師にとって基礎の防御手段で一撃を止めた。

 

 その初撃を引き金に、戦闘は熾烈な物へと変貌した。

 

「カカカッ!」

 

 ギーグの哄笑と同時に迅雷が飛ぶ。

 網膜を焼く閃光は視認と同時にシェリアの肉体を貫くはずだった。

 

 その魔法が放たれるよりも早く、彼女は懐から魔道具を取り出していた。

 それぞれの指の間に1つずつ、合計8つの球体が挟まれている。

 球から鋼糸(ワイヤー)が射出され、即席の鉄条網が誕生した。

 放たれた電流は金網の蜘蛛の巣へと吸収される。

 

「なら、これはどうじゃ」

 

 続き放たれる風雷の交錯。

 それも魔法と鋼糸(ワイヤー)による抗戦で防がれる。

 電撃は網へと霧散し、烈風の尖刃は同等の魔力に相殺された。

 

「――ッ!」

 

 だがこの均衡はいずれ崩れる。

 それはシェリアの頬を伝う液体が証明している。

 汗などとは比較できないほどの粘性と臭気を放つ物――それは血液だ。

 相殺の間に合わない鎌鼬(かまいたち)は、確実なダメージとなって彼女に蓄積していく。

 

「ふん、意気込みだけは立派じゃのう」

 

 失望の声がギーグから漏れる。

 自身の正体を知ってなお挑戦する豪胆さから強敵を予想したギーグにとって、並みの魔術師程度の戦いしかできないシェリアは期待外れだった。

 

 冷める熱意とは裏腹に、戦況の苛烈さは増していく。

 ギーグの瞳が冷ややかに薄くなる毎に、鎌鼬(かまいたち)の剣は薄刃の刀身となって襲い掛かる。

 飽きを覚えた以上、彼にこの戦いに執着する理由などない。

 決着の刻限への針を進めるべく、鬼は風を織り成す。

 

 対するシェリアは自身の敗北のみを回避し続ける。

 致命の一撃が二撃三撃と続き、その(ことごと)くの太刀筋を見極めてゆく。

 だが死神の鎌は避けられど、身を切り刻む烈閃が幾重にも重なる。

 手負いの身体を酷使する心臓は酸素を求めてより高鳴り、その余波が傷口から溢れ出る。

 王手が連打される必至の状況がいずれ詰みへと転換するのは時間の問題だった。

 

「逆巻け、一陣の刃。《旋刃風(ブラストウィンド)》……ッ」

 

 攻撃を放つも、それは致命傷を重傷に抑える為の受けの一手。

 防ぎ切れない怒濤の刃は骨にまで達し、少女の身体を切り刻む。

 荒波となった風を、即席で出した防壁の風で防げるはずもなかったのだ。

 受け手の風は3秒で決壊し、余波は断頭台(ギロチン)となって彼女の首へと襲い掛かる。

 

「ッ!!! ――――ァァアアアアッ!」

 

 死が刻まれる1秒前。

 彼女が刻んだのは血の魔法陣。

 そこから出でる鉄槌、《風槌撃(エアロブラスト)》は大地を穿ちシェリアの足場を崩す。

 

 緊急回避として足場を砕くのは、戦場ではさして珍しい行為ではない。

 だが風刃の波動を避けれはしても、その代償として瓦礫の驟雨(しゅうう)がシェリアの身を貫く。

 敵からの裁断ではなく自らによる殴打が刻まれる。

 体表面に留まってた傷は体内にまで広がり、喉頭(こうとう)から血反吐が溢れ出た。

 

 土石流に晒された肉体はそのまま倒れ伏し、そのまま赤い泉へと沈んでいく。

 立ち上がる為に四肢に力を込める度に泉の水位は上昇し、それに反して身体(からだ)の力は抜けていく。

 

「ぐっ……」

 

 歯を食いしばって出した呻き声すら、立ち上がる発破としては不十分。

 裂傷が比較的浅い右腕の力で何とか四つん這いの体裁を保つも、もはや戦えないどころか立ち上がる事もできないのは明白だった。

 足は骨折したかと錯覚するほどの鈍痛が走り、戦う意思を嘲笑うかのように震える。

 

「守る……絶対に……ッ」

 

 それでもなお、届かない発破を己にかけ続ける。

 立ち上がる事を諦めない。

 それはかつて立ち上がり続けた己を無駄にしない為に。

 

「あの日初めて取り零した。

 (さら)えなかった命を無駄としない為にッ、私は復讐を誓った――」

 

 家族も友も、彼女にとっては過ぎ去った後悔だ。

 だけどそれを無価値としない為に、彼らの無念を解消するためにあの日のシェリアは立ち上がった。

 

「そうして身に着けた力を()ってしても、仲間をまた取り零した。

 リリシアは――遠くへ行ってしまった」

 

 研鑽(けんさん)の傍らに得た新たな絆すらも浚えなかった。

 その度に心は傷つき、立ち上がる為の足は麻痺していった。

 

「それでもッ! それでもまだ救えるッ!

 ユーキはここにいるッ! 彼をッ、いや、彼女を今なら引き留められるッ!」

 

 友に、ユーキに離別を告げられた時、その心は折れてしまいそうだった。

 リリシア、ディートリヒとの不可抗力な別れを経験した彼女にとって、最後の仲間の喪失は心の支柱に致命の一撃を加えうるものだった。

 事実、聖都のとある寝室にあるシェリアの枕は今でも多量の雫で濡れそぼったままだ。

 

 だが折れた大腿(だいたい)でも立てない道理はない。

 今までも後悔を雪ぐため、それだけを目的として戦い続けた。

 であればこれからの人生を、失う事で後悔しない為に戦うことなどッ、容易――ッ!

 

「だからッ――立ち上がらなきゃならないッ。守る為にはッ!

 ――――《継接復活(パッチワークリジェネレート)》ッ!」

 

 彼女の体表の傷が次々に癒えてゆく。

 凡庸な魔術師である彼女が行使できないはずの、詠唱のほとんどを破棄しての治癒魔法。

 明らかな異様――だが万能の技ではない。

 再生した組織は薄膜程度でしかなく、身体を(よじ)るだけで再び出血しうるほど頼りない。

 

 この程度、絶体絶命の状況を打破するものとしては不十分。

 だが、立ち上がる発破としては十二分――ッ!

 

 同時に先ほどの魔法陣を流用、大地に《風槌撃(エアロブラスト)》を放つ。

 空砲は第2ラウンド開始を告げるゴングとなり、辺りに灰塵(かいじん)を巻き上げる。

 あからさまな目潰しなどギーグ相手には意味を為さない。

 遠慮など微塵もない刃の濁流がシェリアへと襲い掛かる。

 砂の煙幕を引き裂き、視覚不能の刃が迫り来る。

 

「一陣の風よッ、《旋刃風(ブラストウィンド)》」

 

 風の刃を潰すため、風の刃を打ち据える。

 その一合は刹那の鍔迫り合いを終えた後、衝撃波となってシェリアの横腹を()ぐ。

 空中へと軽々しく投げられる少女の体躯。

 足場のないそこは一切の回避の許されない、ディスアドバンテージへと落ちる虚空。

 

 鬼は止めの風刃を呼び出し、投擲。

 その一閃は心臓を裂き、確かな決着をもたらす詰みの一手。

 落下するシェリアに向かい、無質量の刃は重力に引かれるように迫る。

 

 ――それを彼女は、跳躍を以って(かわ)す。

 

 跳ねた彼女が過ぎ去った虚空を空振りの風が裂く。

 今まで視覚されないように潜まされていたその足場は、風に揺らされ一筋の煌めきをもたらす。

 それは鋼糸(ワイヤー)

 ギーグの電撃を無力化して以来、無用の長物として放置されていた魔道具。

 貼られていた布石がここに、起死回生の足掛かりとなって結実する。

 

「風よ舞えッ! 《操風(フォローウィンド)》!」

 

 ギーグの背後に着地。

 即座に風で灰塵(かいじん)を宙に舞わせ、土気色の煙幕を張る。

 それで稼げる時間など秒にも満たない。

 刹那のコンマカウントが終わる時。

 それが最期の時。

 

 完成した、という確信。

 その僅かな時間を以って、呼吸を整える。

 撒いた布石は今ここに。

 石は四丁のごとく連鎖し、シェリアを導く勝利への道筋となる。

 

 調息で得た酸素を循環させ、その全てを解放する。

 体温とは異なる(まりょく)を感じる。

 クールタイムを終わりだ。

 凡百の魔術師はここに、最強の魔導士と()る。

 ――全ての魔法(じしょう)は彼女の掌中に。

 ――総ての戦況(じしょう)は彼女の術中に。

 ただ個人で一軍に並ぶ戦力(ちから)を率いる、最強の軍神へと己が技量を昇華する――!

 

「萌え爆ぜよ獄蓮(ごくれん)――」

 

 守勢に回っていた彼女の、初めての攻勢。

 今までの急場を凌ぐ一撃ではなく、明確な攻撃の意思を持った攻撃の用意だ。

 ギーグはそのシェリアの行動を不可解に感じる。

 

 『獄蓮』という単語から判断して、追撃は炎魔法で対城火力を誇る《爆紅蓮花(フローラルイグニッション)》だろう。

 対城火力呪文を完成させるために要求される一般的な詠唱の数は――都合32節。

 

 彼女の魔法の腕前は、あまりにも凡庸。

 ローブに《爆紅蓮花(フローラルイグニッション)》用の魔法陣が仕込まれていたとしても、20節はかかるだろう。

 それ以前に《爆紅蓮花(フローラルイグニッション)》の消費魔力は膨大で、そもそも彼女に発動できるものではない。

 この狭い地下道で過剰火力の一撃を放つ判断も、倒壊により自身を巻き込むリスクを考慮していない。

 明らかな愚手。

 それがギーグの理性が導いた結論だ。

 

(まが)つ災禍の中心にて、一輪の烈火と()(ほこ)れ!」

 

 彼女が唱え終えたのは僅か3節。

 このまま貫手を放てば、それで決着。

 だからこそ、ギーグは『そのまま後ろへと身を引いた』。

 

「《爆紅蓮花(フローラルイグニッション)》!」

 

 視界を埋めるは、絢爛(けんらん)に咲く大火。

 落城の篝火(かがりび)が、個人を(ちり)と返す(ほむら)となる。

 凝縮された魔力の内に入れば、どんな対抗手段を以てしても身を焼き尽くされただろう。

 

 ギーグがこの大火を回避できたのは、あくまで本能的に危機を察知できたからだ。

 あの場面で長い詠唱を要求する魔法を発動するなど、本来なら歯牙にもかけず攻撃するべき盤面である。

 シェリアの瞳に燃える闘志と、先ほどの不可解な復活がなければここで決着していただろう。

 

「――予想外。次は『()き尽くす』」

 

 ギーグの生存を確認した彼女は、何気ない発言と共に炎槍を創造した。

 同時にそのまま射出。

 連撃を予期していなかったギーグは、それを雷刃で受け止める。

 

「燃えよ、(たけ)よ、烈火」

 

 (ささや)くように、(うた)うように彼女は言葉を紡ぐ。

 呟きでしかない彼女の言葉は本来明瞭な意思など付与されておらず、詠唱などと呼べるものではない。

 だというのに、彼女の下には炎槍現れては射出される。

 《烈火乃槍・陣(フレアランス・ドライブ)》――彼女が使用しているのは、紛れもなく上位攻撃魔法だった。

 

「カカカッ、獅子が猫を被っておったかッ!」

 

「ううん。私は最初から、『全力全開』ッ」

 

 呟きと共に、彼女の手足の先端から光が迸る。

 それは攻撃の意図こそ込められていないが、彼女の異常な魔法行使の原因を如実に物語っていた。

 

 光の疾駆は石畳の継ぎ目を線路(レール)とし、瞬時に幾何学模様を創造する。

 視界を埋め尽くすほど膨大な量の魔法陣がその場に出現した。

 

「爆音を言霊とし、戦場を陣とし、それら全てを織り重ねて1つの術と為す。――これが凡人(わたし)の至った極致――汎用型実戦魔式構築術(ジャック・イン・ザ・ボックス)ッ!」

 

 光陣の包囲網から一斉掃射される雷撃。

 回避を一切許さない弾幕がギーグを覆う。

 

 人並みの魔力量しか持たないはずの彼女が放つ集大成の一撃。

 それはシェリアが仇敵(まぞく)を滅する為に辛酸を舐めながら会得した、執念の境地だった。

 


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