【休載中】TS吸血鬼な勇者は、全てを失っても世界を救いたい。 作:青木葵
石畳に一画を刻む音が、果てなく広がる通路に響く。
これで準備は完了だ。
後もう一つの準備さえ終えればいつでも出撃できる。
「アレク……また頼む」
「うん、いいよ」
そう言って彼は背を向けると共に、服の襟をはだけさせる。
露出した肌に、オレは牙を突き立てた。
アレクが苦痛に身を捩らせると同時に、口の中に温かな液体が流れ込む。
鉄臭さの中に若干甘さを帯びた味に、思わず吐き気を催しかける。
だが、ここで止めてしまえば意味はない。
オレ自身が、戦う決意をしたのだ。
それを嘘にしない為にも、胃液と血を無理矢理
血管、筋組織、細胞が作り変わる痛みが走る。
痛みと共に、体全体に熱も伝わる。
魔力の循環が良くなっている証拠だ。
「ちゃんと飲み込めた?」
「ああ、相変わらず生臭いエグさがキツいけどな」
本当は鉄臭さはあるものの甘い果実のような味だったので美味しかったのだが、若干オドケて吸血への抵抗感を誤魔化す。
決意をしてから、アレクとギーグの2人からは2度ずつ血を吸わせてもらった。
血の味自体は舌の構造のおかげか美味しく感じるのだが、リリシアを傷つけた時に無理矢理飲まされたトラウマが抜けていない。
その吐き気を無理矢理押さえ込むせいで、吸血鬼への変化が上手く馴染んでくれないようだ。
「震えるぐらい厳しいなら、無理はしなくていいんだよ?」
「カカカ、子鹿の方がもう少しマシに立つぞ?」
「してねーって」
強がってはみせたが、どうやらアレクたちにはこちらの虚勢がバレているようだ。
だが、無理をした価値は十分にあった。
確かに吸血鬼としての肉体への置換は順調に進行している。
おかげで勇者だった頃の7割程度の魔力まで回復できた。
本当は万全の状態で出撃したい所だが、そうは行かない事情がある。
「流石にそろそろ潮時だろうからな。
聖都の連中に感づかれる前に特攻しないと」
今こそ人間側からの接触はないが、いつこちらの所在に気づいて攻撃を仕掛けられるか分からない。
オレとギーグが過剰戦力とはいえ、こちらはアレクという非戦闘要因を一人抱えた状態だ。
あちらの攻勢で乱戦に持ち込まれれば、まず優勢には立てないだろう。
また、ここがあちら側の拠点である事もまた不利に繋がる材料だ。
ある程度魔法陣を掌握したとはいえ、地の利、物資、人員、全ての面であちらに利がある。
長期戦になれば魔法陣を奪還される可能性も高くなり、戦況は即座に返されるだろう。
そうなれば、オレたちの選択肢は逃走のみになり、聖剣の奪還は困難になるだろう。
オレの目標へ辿り着くには、この手に聖剣を手にする必要がある。
廃棄ではなく、この手に握るために。
そうでなければ、人と魔族を繋ぐ標にはなり得ないから。
「それじゃ、留守番頼むぜ?
夜明け頃に堂々と凱旋するから、それまで待ってろ」
「ユーキよ、万全の状態になったら儂と決着をつけようではないか」
「決着ならついただろ、相変わらず好戦的だな」
ギーグのその言葉は、冗談なのか本気なのかよく分からない。
だがオレの帰還を望む気持ちだけは確かなので、それはありがたく受け取った。
「それじゃアレク、行ってくるぜ」
「うん、いってらっしゃい」
別れの挨拶を終え、オレは再び戦場へと戻る。
ここからには事の一切を仕損じる訳にはいかない、無謀な電撃作戦の始まりだ。
――――――――――
石畳を叩く音が歩調に合わせて反響する。
20分も歩けば地上に出られる。
そろそろ頃合いだと思い、細工をしていた魔法陣へと手を伸ばす。
音というのは空気上を瞬時に伝わる特性から、様々な技術に応用される。
この都市では音の反響を元に敵の位置を割り出す技術があり、それはこちらに掌握済みだ。
それに加え、オレは魔法式の改変によって新たな機能を追加した。
地球ではもはや常識的になっていた、遠距離通信だ。
魔法陣の中に限定されるが、任意の対象と声で通話する事ができる。
本来ならそんな広域魔法陣が存在しないので使い物にならない魔法だが、今回はここ聖都そのものが魔法陣だ。
1度切り、この聖都でしか使えないものの即興の一芸としては十分だろう。
これら2つの魔法を起動するため、手から流れる魔力と、大地から魔法陣へと供給される魔力を練り上げる。
同時にアレク側でも魔力を同様に練っているので、その通信回路が繋がる――そのはずだった。
魔力
行き場を無くした魔力は光となって霧散し、空気中へと消えていく。
ランタンの赤橙色と魔力の白光が混じり幻想的な光景を生み出すが、それに反してオレの心中には暗澹たる光景が浮かんだ。
魔法陣への細工を攻略された。
そうなれば、確実にオレたちが潜入済みである事はバレている。
悪い確信を得た途端、呼応する様に背後から殺気を感じた。
音も気配も極限まで消えている――だがその鎌首は、間違いなく
「くっ!?」
咄嗟に身を捩らせたのが幸いした。
首筋を正確に狙った一閃は掠る事もなく虚空を過ぎる。
その一閃は、見覚えのある暗器によるものだった。
体制を整えて襲撃者に視線を向ければ、そこには予想通りの人物がいた。
「お前はッ……!」
「よう、久しぶりだな。
軟弱勇者様よぉ」
ギーグからは、あの時に一人だけしとめ損ねたと聞いていた。
まさか出発直前にこんな奴に出鼻を挫かれるとは思わなかった。
獰猛な狩人の眼光を向けて舌なめずりをする男は、オレを処刑の為に捕らえようとしたシュンナムのリーダーだった。
――――――――――
「……ッ!? これは!?」
魔法訓練の再確認も兼ねて、アレクはギーグの補助を受けながら魔法陣へと魔力を流した。
だがそれは失敗に終わる。
光の粒子となって霧散した魔力が、その証明材料だった。
「ねぇ。この状況、ユウは大丈夫なの……?」
即座に暗雲が立ちこめたこの状況に不安を覚え、アレクは慣れしているギーグに問いかける。
だがその返答はギーグよりも早く、彼らの背後から返ってきた。
「心配ない。発動を妨害しただけ」
説明としては言葉足らずなその声に、アレクは聞き覚えがあった。
聖都フォートランデの街で出会った、かつてのユーキの仲間だ。
「アレク、久しぶり」
「シェリアさん……」
以前とは違いローブを身に纏い、シェリアは闇からその姿を現す。
ユーキの教えで、魔術師は魔法式を組み込んだ装備を持ち戦場に赴くと聞いたのをアレクは回想する。
おそらくあのローブがそうなのだと当たりをつける。
魔法陣の状況、彼女の服装から、シェリアの出現にどんな意味があるかを検討付け、その質問を投げつけた。
「この妨害は、貴方がやったんですか?」
「その通り。ユーキをもう戦わせないために」
ユーキが決意したのと同様、彼女もまた決意を新たにここへ参上したのだ。
自分が傷ついてでも、仲間に無茶をさせないために。
「ユウはもう、戦う決意をしてます。
この程度の障害じゃ止まりませんよ」
「ならふんじばってでも止める。
そのためにユーキを追いかける。
そうした所だけど……」
言葉は続かず、代わりに取り出されたのは2つの短剣だった。
その刃はアレクにこそ向けられていないが、もう一人の赤肌の男の首を掻っ切らんと構えられている。
「小娘よ。何を思って刃を向ける?」
「元魔帝四将軍が一柱。
ここで取り除く必要がある」
シェリアはその姿を認識しただけで、ギーグの正体を当ててみせた。
おそらく戦闘記録や噂などで彼の事を耳にしていたのだろう。
弱体化していたユーキをシュンナムから救う――それを実行しうる実力者でなおかつユーキに肩入れ可能な立場の人物。
そうなると判断材料が絞られるため、彼女も鬼神の正体を当てる事ができたのだ。
「待って! ギーグはユウの為に行動してきた、僕たちの仲間だ!
戦う必要性なんてないよ!」
当然ながら、戦意を納めない彼女に対してアレクは静止の言葉をかける。
だが、シェリアはそれに応じる気は一切ない。
静止に応じるには、ギーグという男の存在がどうしても障害だった。
「ある。
ユーキを戦場に喜々として送り出す存在。
その上、人間の不倶戴天の敵。
これ以上理由は必要ない」
「魔族だからって、敵対しなきゃいけない理由にはならないよ!」
「正論かもしれない。
憎しみは状況に応じて押さえ込むべき。
……認めたくはないけど、分かってる」
アレクに刃を向けず、ユーキの静止を選択した辺り、彼女も相当感情を押さえ込んでいる事が察せられる。
激情を潰すように握られた拳がその様子を物語っている。
だが、その覚悟を以てしても、彼女を押さえ込むには至らない。
ギーグという男の立場はあまりにも特異過ぎるのだ。
刹那的快楽を求めてさまよう鬼神。
ギーグは己の欲望のためなら何でも――それこそ魔帝のところに舞い戻る可能性もあり得る。
それがシェリアの推測で、またギーグはその通りの人物であるのも真実だ。
だから、人のためにもユーキの為にもここで禍根を絶たねばならない。
「だけどこの男は別。
元魔帝四将軍ならここで討つ」
「カカカッ! よい、よいぞ、その闘志!
久方ぶりの余興じゃ、精一杯儂を楽しませてくれたまえよ?」
「ああ、待ってよ!
ダメだ! 二人とも話を聞かない!」
好戦的なギーグの性格も相まって、戦いの火種はいつの間にか戦火へと変わっていた。
アレクが静止の声をかけるも、それは二人にとってゴング代わりでしかない。
鬼神から放たれる風弾、少女の打ち消しが交錯し、たちまちそこは戦場と化した。
「ユウ……無事でいてよ……」
意図せず、地下水道では2つの決戦が同時に発生した。
アレクは呆然と、目の前の戦闘を見守る事と、親友の心配しかできなかった。