【休載中】TS吸血鬼な勇者は、全てを失っても世界を救いたい。   作:青木葵

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中二病成分マシマシの戦闘回です!
手前味噌ですが大分いい出来になったので楽しんでもらえれば幸いです。


第2話 『鬼』の覚醒

 剣と拳。刃と打撃。鉱物と肉。

 本来ならぶつかり合う事のない物が幾度も衝突し合う。

 斬るという、肉体に確実な損傷を与える攻撃をしているはずなのに、こちらの攻撃はいなされる。

 

「カカカ! どうした、口ほどにもないのう!」

「へっ、ほざいてろ」

 

 斬るという動作も刃を肉にぶつけて初めて成立する攻撃だ。

 刃さえ当たらなければ斬る事はできない。

 

 だからといって、剣の腹を殴って刃をいなす猛者(バカ)がいるとは思わなかった。

 少しでも逸らす角度を間違えば、それだけで手首をもっていかれない行為だ。

 

 だがその攻撃は有効に働いている。

 片手で剣をいなし、残った腕で(ぬき)()などの攻撃を繰り出す。

 此方(こちら)は一手に対し、彼方(あちら)は二手。

 攻手1つに対して、応手と攻手を同時に放てるギーグの方が優勢なのは明白だった。

 

 此方(こちら)は攻手に対して回避で対応するのでどうしても隙が生じる。

 攻手1回避1に対して、応手1攻手1。

 その戦況が、回避1応手1に対して、攻手2に転ずるのに時間はかからなかった。

 

「ならッ、こっちの手数を増やすだけだ」

 

 何も無いはずの自身の背面。

 そこに魔力を練り、炎の槍を6本、円陣状に装填する。

 ――――炎魔法《烈火乃槍・陣(フレアランス・ドライブ)》。

 愛用している攻撃魔法の構えを取る。

 

 これで此方(こちら)の手数は回避1応手1攻手6。

 対抗呪文がなければ、此方(こちら)の圧倒的優勢になる。

 

「カカカッ! 魔術戦か、儂好みじゃ」

 

 対するギーグもまた、雷剣を創造する。

 その手数、4本。

 応手としては1足りないが、回避を(もっ)て補えば凌ぐのには無理のない数だ。

 

 焔刃(えんじん)雷刃(らいじん)が衝突――刹那に爆発する。

 

「――ッシ!」

 

 攻手の数でリードを奪う事ができた。

 続けて剣撃(けんげき)と炎槍の連続で攻勢を維持する。

 例え凌がれようと、残り火による火傷でギーグにダメージを蓄積させる。

 

 だが敵もさる者。

 此方(こちら)の攻撃を、全て徒手と雷光で打ち消す。

 それどころか雷魔法の手数を変え、不意の一撃を此方(こちら)に負わせる。

 

 幾度の衝突を終え、お互いの体にできた傷跡は、多数のかすり傷だった。

 此方(こちら)は手数に押された結果できた傷。

 彼方(あちら)は攻撃力に押された結果負った傷。

 出力と戦力。互いに突出した強みが、オレたちを痛み分けにしている。

 

「カカカカッ。やはりこの緊張感――戦場(いくさば)は堪らないの」

「そうかよ、だがここでフィナーレだ」

 

 攻守を繰り返した結果の、痛み分けで終わらせるつもりはない。

 ここはギーグの言う通り戦場(せんじょう)なのだ。

 敵を(たお)す。

 その目的を果たすまで、お互いに終われない。

 

 オレは(つい)の剣戟を描くため、今ここに切り札を抜剣(ばっけん)する。

 剣を握る聖剣、その刃が白色の一閃を宿す。

 

「――『星憶の晶剣(ストレシヴァーレ)』、起動(ブートオン)

 

 その刹那、脳裏に記憶の濁流が溢れかえる。

 彼が産声(うぶごえ)をあげ、戦場に(たお)れ伏すまでの走馬燈――それを秒にも満たない時間で体験する。

 

 ()の理性が。意思が。信念が。オレの中に溶けていく。

 ()がオレの中に。オレが()の中に。(オレ)が俺の中に。

 ――そしてオレは、『剣聖』になった。

 

「さあ、ここからは俺《オレ》の手番(ターン)だ」

 

 そして、(オレ)は鬼に向かい剣を振るう。

 その一閃に、鬼は応手を打てず回避するしかなかった。

 此方が幾ばくか剣戟を浴びせても、ギーグは今までのような拳でいなす事はしない。

 

「カカッ、なんと面妖な――ッ!」

 

 仮にギーグが拳で剣を受ければ、手首を1つ奪う。

 そうなるよう、(オレ)の攻撃が正確無比に放たれているのだ。

 今まで以上に精緻(せいみつ)に、緻密(ちみつ)に。

 

 記憶の星晶から造られたというストレシヴァーレ。

 その水晶には、この星が誕生してからの記憶が全て詰まっているという。

 その記憶から英霊の御霊(みたま)を己の中に憑依させ、戦闘経験を模倣(コピー)する。

 それが『星憶の晶剣(ストレシヴァーレ)』が持つ能力であった。

 

「なるほど、これが剣聖(きさま)の力という訳か!」

 

 今オレに憑依している英霊は、剣聖『エリアス・ブッシュロード』。

 神代にいたという騎士の魂だ。

 

 オレは1年前、聖剣を手にした時から彼の魂と共に戦ってきた。

 戦闘経験皆無だったオレが一流の剣を振るえるのは、ひとえにこの憑依経験のお陰だ。

 今では憑依がなくとも十二分な剣を振るえるが、全盛の剣を抜くには未だに憑依が必要だ。

 全く、1年たっても剣聖に追いつけないとは、オレは情けない勇者だ。

 

「貰うぞ、腕一本――ッ!」

 

 一閃。

 確実に右腕を捉えた一撃。

 だがそれも、右肩を(えぐ)るだけに終わった。

 

 縮地の術。

 ギーグは右足一歩分下がるはずの距離を、調息(ちょうそく)によって二歩下がる距離にして見せたのだ。

 

「とんだ食わせ物じゃねぇか、アンタ」

「貴様こそ、もはや人とは思えぬ腕じゃ。このままじゃ儂の負けじゃのう、カカ」

「冗談言うなよ」

 

 本当に、『敗北を確信した』などという言葉は冗談でしかない。

 首筋を生温い液体が伝う。それは汗ではなく、血。

 皮一枚分の、薄い傷。

 結果だけみれば微々たるものだが、頸動脈という弱点を的確に狙う技量には背筋が凍る。

 

 ギーグが縮地の術を使ったのは右足だけではない。

 回避の際、左足の一歩で二歩分の距離を前に踏み込んで見せた。

 だからこそオレの首に一撃を加える事ができた。

 

 確かにギーグの言う通り、戦闘が続けばオレが勝つのはほぼ確実だろう。

 基礎の攻撃力が違うのだから。

 だがギーグはあれだけ苦戦しながら、飄々(ひょうひょう)と必殺の一撃を放ってくる。

 油断ならない相手だ。

 

「コイツ相手には確実な一撃が必要だ……」

 

 ほぼ確実に勝てる。それは確率にして九分九厘ほど。

 だが残りの()()。その敗北の可能性を埋めるには、剣聖の力といえど足りえない。

 常人相手であれば無視していいほどのの隙。

 しかし、ギーグという英霊にも匹敵しうる敵であれば別だ。

 

 その力を、どこからか捻出する?

 

 そんな物を、簡単に入手できるものか。

 

 人の領域外にある力。

 眼前の鬼を確実に(たお)すために、最低限必要な力。

 

 ああ、そういえば。

 今からオレは、人じゃなくなるんだったな。

 

「なら、別にいいか」

 

 遅かれ早かれ人でなくなるというなら。

 今この場で、この体を捨ててしまっても構わないかもしれない。

 

 思考がそちらに傾いた瞬間、体内の(けつ)()が、オレの身を喰らった。

 全身が、侵喰する血液に()まれる感触。

 骨髄に、脳髄に、細胞液に、血が満ちていく。

 

「……リリシア、これでいいのか?」

 

 オレが吸血鬼に堕ちる事になった少女。

 彼女が何を想って、オレをこの体に作り替えたのかは分からない。

 

 漠然と、答えが見つかるまでは吸血鬼になってはいけないと思っていた。

 だけどたった今、リリシアの声が聞こえた気がしたんだ。

 『ユーキなら、すぐに分かるよ』と。

 

「矮小な体躯になったのう、坊主よ。いや、もはや坊主という呼び名が正しいかも分からんな。カカカ」

「随分と余裕そうじゃねえか、その首かっ切ってやるから待ってろよ」

「カカ、余裕などありはせん」

 

 ギーグの(げん)の通り、今のオレは大分小さくなった。

 オレとアイツでは、明らかにこちらと倍の差はあるだろう。

 

 だが、オレの全身から(ほとばし)るこの魔力。

 核に匹敵する火炎を発してなお尽きないだろう。

 体格が小さくなった影響で弱くなったと思える筋力も、その細腕に反して増している。

 

 ああ、これなら。

 

「勝ったな」

 

 確信と共に、ストレシヴァーレを振るう。

 切っ先から膨大な魔力の奔流(ほんりゅう)が炸裂する。

 巨大な光の刃となった魔力の塊が、周囲の木々ごとギーグを薙ぎ払う。

 

 それを受けて尚、ギーグは無事だった。

 全身に裂傷を帯びた状態を、無事と呼べるなら。

 

 それでも彼の戦意が消える事はなかった。

 その証拠に、彼はオレとの距離を詰めるべく疾走する。

 でたらめな魔力塊(まりょくかい)をぶつける事のできるオレと相対するなら、当然の行動だった。

 もはやオレにとっては、射程外(アウトレンジ)も、長距離(ロングレンジ)も、中距離(ミッドレンジ)も、近距離(クロスレンジ)同然なのだから。

 

「これで終わりだ」

 

 聖剣を幾度も振り、魔力塊(まりょくかい)を振り撒く。

 それらの魔力に、最も単純な炎魔法《発火(ファイア)》を火種として注ぐ。

 ギーグの周囲は火炎に包まれた。

 高く、高く立ち昇る炎を前に、ギーグは一切の身動きを取れない。

 

 (しま)いの魔法として、切り札の魔法を打つ。

 脳内ネットワークで、魔術式が構築と分解を繰り返す。

 

 ――大気中の魔力濃度を測定、調製(アジャスト)完了。

 ――目標(ターゲット)の存在座標を確認、完了。

 ――設定威力を『対城火力』から『致命傷:個人』に変更、設定完了。

 

「《爆紅蓮花(フローラルイグニッション)》」

 

 ――戦場に、一輪の花が咲いた。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 爆発によってできた、深い深いクレーター。空虚となった空間の中心。

 そこに、オレとギーグはいた。

 勝者の吸血鬼は二本の足で大地に立ち、敗者の食人鬼は地に倒れ伏す。

 

「何故トドメを刺さない」

 

 彼から投げかけられた言葉は、純粋な疑問。

 それには敗北の屈辱も、生への諦観もない。

 だからオレの口からは、正直な本音が漏れた。

 

「分かんないや」

 

 魔族(同族)をこの手で殺せば、答えが見えると思っていた。

 自分の死を、他者の死を(もっ)て乗り越えれば、解が得られると信じていた。

 

 期待に反して、得られたのは虚構。

 (つるぎ)に力を託しても、血に(からだ)を飲まれても、何も、何も、何も……。

 

「なあ、魔族を滅ぼすって正義なのか? 人を殺すのは、正しいのか?」

「お主……」

「何もかもが分からなくなったんだ。勇者なのに。ただひたすらに、魔族を殺すための存在なのに」

 

 元の世界に戻るために。この世界の人間たちのために。ただただ殺し続けた。

 だけど、あの時。

 リリシアに聖剣を突き立てた時。

 魔族と人が、どうしようもなく、同じ存在としか思えなくなった。

 

「カカカ、お主が正しいかどうかは儂には分からんさ」

「そうか」

「それに儂は敗者だからな、儂の言葉には何の意味も存在せんさ」

 

 ギーグのその言葉から、彼がオレの欲しい解を与えてくれないと分かった。

 全力の《御身復元(リザレクション)》をギーグにかけ、その場を立ち去る。

 

「殺さんのか?」

「意味や理由もないのに殺しはしないよ」

「そうかそうか、では儂は引き続き生を楽しむとするかのう。カーカッカカカカ!」

 

 一体、正義とはどこにあるのだろう。

 人間の場合は、人類の存在が不変の正義。

 魔族の場合は、勝者の信念が絶対の正義。

 

 ならば、勝者が何の信念も持たない、人とも魔族とも分からない曖昧な存在なら、正義とは何の価値もないのではないだろうか。

 一体、正義とはどこにあるのだろう。

 

 (敗者)の高らかな笑いと、(勝者)の無声の慟哭だけが、闇夜に響いている。

 




to be continued...

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