【休載中】TS吸血鬼な勇者は、全てを失っても世界を救いたい。 作:青木葵
次回で1章はエピローグを迎えます!
長くて暗いプロローグになりましたが、楽しんでいただけたなら幸いです!
2章以降は設定や世界観も深く掘りこんでいきますので、お楽しみに!
ギーグの脇に抱えられた状態で、アレクはユーキの下へと案内をする。
視界の端を木々が疾駆していると錯覚するほどの速度だった。
掠めた
一方、ギーグもまたアレクの異常さに驚嘆していた。
アレクに自覚はないだろうが、彼は驚くほど頭の回転が速い。
ギーグがアレクに伝えたのは、ユーキが元勇者であった事――それだけだ。
既知の情報と照らし合わせ、彼はユーキが聖国の者に拉致されたと辺りをつけ、即座に追跡ルートを特定した。
その証拠に、ギーグの鋭利な視線の先には数台の荷馬車がある。
ギーグ自身の優れた視力の賜物でもあるが、追跡開始から僅か数十分で彼らに追いつけたのは間違いなくアレクの功績だ。
縮地の歩法であと数歩だけ進む。
それだけで彼らは荷馬車の前方を陣取ってみせた。
「さて、ここからは儂の本領発揮じゃな」
視界を閉じ、脳のシナプスを走らる。
複雑怪奇な式を要求する魔法式を、ギーグは僅か数秒で完成させた。
彼が目を見開いた瞬間、破砕の
風魔法の最大威力を誇る《
人喰い鬼のような大口が、先頭の馬車を一飲みする。
割れる大地の咆哮は、馬車の滑落音や悲鳴をも掻き消すほどだった。
災禍に巻き込まれた
それが命取りだった。
刹那、彼らの心臓は鋭利な
寸での所で心臓を貫かれなかった者も、肺を刺されたために即死――他の者より生の鼓動が3秒だけ長く続いただけだった。
「小僧はあの
儂はちと様子を見る」
「わ、分かりました! どうかご武運を!」
あまりの無双ぶりに多少怯えながらも、アレクは目的の為に駆ける。
ギーグは最新の地図にも記されていない谷間を覗きこむ。
そこには底の見えない暗い昏い闇が広がっている。
だが、ギーグには一つの光芒が見えた。
そして、その輝きは徐々に移動しつつある。
「あの奇襲を受けてなおまだ生きておるか……。
聖剣を回収するのは無理そうじゃの」
誰であろうと確実に無力化できる確信があった。
だがユーキを助ける事こそできたが、至上の
ギーグは密かにほくそ笑む。
今まではただただ退屈な旅だった。
それがユーキと絡んだだけで上手くいかない事の連続だ。
彼は何かを持っている。
自分の我欲を満たしてくれる、甘美な何かを。
その味を想像したギーグはもはや笑いを堪える事などできず、カカカという笑いが闇夜に響いた。
――――――――――
「よかった、ユウ。間に合ったんだね」
安堵したような様子でアレクはオレの元に駆けよってきた。
十字架に縛られた四肢の出血が悪化しないよう、注意しながら彼は杭を抜いた。
四肢の傷跡が即座に完治した事に驚愕したようだったが、オレの呆然とした表情を見た途端、破顔してこう言った。
「無事で、本当によかったっ」
言葉とともに全身が温かく、緩やかに包まれた感触がした。
オレはそれを、反射的に跳ね除けてしまった。
そこに浸る事が、ただただ怖かった。
「何で、何でオレを助けたんだよっ……!
さっきまで、オレの腕は杭で貫かれてた……。
その怪我ももう完治してしまってる!
オレは他の魔族と比べても、規格外の化け物なんだぞ!」
アレクにただただ離れてほしい。
その一心で、自分の異常さを必至に主張する。
言葉の棘が無自覚に、大切な物を貫いている事にも気づかず。
「それにオレは、星の
生まれた意味も、理由も何処にもない存在なんだよ。
人間ですら、ないんだよ……」
自分が何でここにいるかも分からない、曖昧な存在だ。
こんなあやふやで気持ち悪い奴に、彼らが関わっていい道理はない。
「仮に人間だったとしても、オレはアレクや皆に酷い事をしてしまった……。
もう、どうやって償ったらいいか分からない。
どうすれば皆に許してもらえるか分かんないよ……」
さっき助けてほしいと思ったのは一瞬の気の迷いだ。
ただ、自分が楽になりたいからそう思ってしまった。
「お願いだから、オレの事なんて放っておいてくれよぉ……」
違う、こういう事を言いたいかったんじゃない。
もっと、単純に、謝罪の言葉を告げたいはずなのに。
それでも、口からは拒絶の言葉しか出なかった。
オレの視線はただ下を向いている。
彼に、アレクに合わせる顔がなかった。
今更どんな表情をすればいいのかが分からない。
沈黙を破ったのは、温かな感触と言葉だった。
「ユウ、ごめんね」
「……アレク?」
突然の謝罪と抱擁は、オレの思考を止めるほどの衝撃だった。
何で、ここまで来て酷く拒絶してしまったのに、何故。
「僕は、ユウや吸血鬼の事をちゃんと理解してなかったから、ユウを傷つける事を言ってしまった。
それに一緒に旅立つって話し合った時も、どこかユウに甘える気持ちが強かった」
そんなの、謝るほどの事じゃない。
オレがしてしまった事に比べれば、些細なすれ違いの結果起きた事なんだから。
「でもね、ユウが僕に言った事も、僕は気にしてないよ。
だって、ユウは言った後で凄く後悔してるじゃないか。
僕に対してそこまで真剣に立ち向かってくれてる人の事を嫌いになる訳がないよ」
オレの雁字搦めの心を解すように、ユウは言葉を紡ぐ。
心の障壁はそれだけで崩れ落ちてしまいそうだった。
「何で、何でオレを許してくれるんだよ……。
そんな価値、オレにはないのに」
残された意地が、オレ自身を許してくれない。
今すぐにでも、こんなに醜いオレを嫌ってほしい。
そうすれば、また逃げに徹する事ができるから。
辛い現実から、逃げられるから。
「だって、僕らは友達じゃないか。
そこに価値なんて必要ないよ」
もう、全てを抑え込むなんて無理だった。
醜くてもいい。
逃げられなくてもいい。
ただただ、自分の本心を、彼に打ち明けたかった。
彼に、謝りたかった。
「ごめん、アレクっ! オレっ、本当は皆に嫌われるのが嫌でッ!
なのに、自分の事も許せなくなって……!
そのせいで、皆に嫌われたいなんて考えて、頭の中がゴチャゴチャになって、そのまま逃げてッ……!」
視界が水泡に包まれていく。
頬を伝うその一筋は、止めどなく流れていった。
「本当はアレクに、皆に謝りたかったッ!
でも、嫌われるかもしれないって思ったら逃げる事しかできなくて……!
それなのに、逃げれば逃げるほど、どんどん自分が許せなくてっ!
謝りたい気持ちだけが膨らんでいったのに、それを抱えるのも辛くてっ!」
ただただ獣のように叫んで、
でも、そこにあったのはオレの偽りない本心だった。
ようやく吐露できた、空っぽなはずの自分にも残っていた本当の自分だった。
「ユウ、いいんだよ。
きっと、今からでも皆は許してくれる。
リリシアさんも、ディートリヒさんも、シェリアさんも。
だって、彼らもユウの大切な、友達なんでしょ?」
その言葉を受け入れると、もう意味のある言葉を発する事すらできなくなっていた。
滂沱の涙と泣き声。
それが枯れ果てるまで叫び続けた。
友達の温もりを、感じながら。
to be continued...