【休載中】TS吸血鬼な勇者は、全てを失っても世界を救いたい。   作:青木葵

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遅刻投稿に慣れ過ぎてそろそろ罪悪感が薄くなってきたのは不味いですね。
あらすじに書いた通り7時前後には間に合っているので勘弁してほしくはありますが……。


第16話 始まりの思い出

 荷馬車が揺れる度に走る痛みが煩わしい。

 どうせ逃げる意思も力もないのだから、縄か何かで適当に縛ってくれればよかったのに。

 見せしめにするにしても、今から十字架に杭を打ち付けて拘束する必要はないのではないか。

 

 ああ、でももうすぐ死ねるなら、そんな事はどうでもいいか。

 オレにはもう、何もない。

 友達も、仲間も、想い人も、聖剣(相棒)も、生きる理由も。

 

 そういえば、あの日もオレはこんな喪失感を抱いていた気がする。

 オレがこの世界に来たばかりの、あの頃にも――。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 この世界に来てから1週間が経った。

 その間、オレはほぼ何もしていない。

 僅かな義務感から、模造剣に何度か触れて素振りをしてみた程度。

 

 転移してすぐさま、戦いに身を投じろと命じられた。

 経験や覚悟の不足は、聖剣を握れば全て解決する。

 だから、何も気にせずに戦え。

 これが彼らの言い分だ。

 

 だけどオレは、初めの一歩である剣を手にする勇気が持てなかった。

 命を危険に晒すのが怖かったのだ。

 

 そんな意気地なしのオレでも、聖国の人達は救世主として受け入れてくれた。

 少なくとも、最初は。

 

『何で勇者様はまだ立ち上がらないの?』

『憎い魔族の連中を滅ぼしてくれるんじゃないのか?』

『彼自身も元の世界に戻る為には戦うしかないのに、その現実を直視できてないとはな』

 

 何もせずに3日ほど過ごしてから、そんな言葉を聞く様になった。

 永い永い戦争にようやく終止符が打たれるという期待を裏切られた為、失望する人達の声。

 何故彼は責任を果たそうとしないのか。

 

 言われなくても分かってる。

 それしか選択肢がない以上、戦場に出立するほかない事ぐらい。

 

 でも、怖いものは仕方ないじゃないか。

 責任だって、聖国の人が無理矢理押し付けた物だ。

 本当なら従ってやる義理はない。

 

 だから部屋に閉じこもって、現実を直視しないぐらい許してくれたっていいだろ。

 悪いのはオレばかりじゃないんだから。

 

「はーい、ちょっとお邪魔しますよー」

 

 陰鬱な空気が漂う部屋とは正反対の、晴れやかな声がドアから聞こえた。

 そこに立っていたのは、月明りを思わせる銀髪を棚引かせた少女だった。

 

「私、リリシアっていいます。この度は貴方の部隊に所属する事になりました。

 よろしくお願いします!」

 

 初対面のこちらの緊張を(ほぐ)すためか、彼女は明るい挨拶をしてくる。

 彼女とあまり交流を取り合う気のないオレは憮然とした表情のまま、しかし何も反応を返さないのは気まずいので取り合えず頷いておいた。

 きっと彼女も、オレが適当にあしらえば事務的な会話すら嫌になるだろう。

 オレと彼女は、違う世界の住人なのだから。

 

「ねぇ、早速聞きたい事があるんだけどさ。貴方の事、色々聞かせてほしいの」

「オレの事なら召喚した魔術師たちに話した。聞くならそっちに行ってくれ」

「あー、そういう事じゃなくてねー」

 

 オレの不愛想な返事に、彼女は呆れたような笑みを浮かべて。

 

「貴方自身の事を、本人の言葉で聞きたいんだ」

 

 ごく普通の、優しさに溢れた言葉を告げた。

 不信感に満ちていたオレは、一瞬それを正常に理解できなかった。

 何でだ、お前もオレを英雄(ゆうしゃ)としての駒としか見ていなんじゃないのか。

 

「ほら。ああいう場での自己紹介ってさ、ただお互いの情報をとりあえず知るだけでしょ。

 名前とか分からないと話すのも困難だし。

 そういう事じゃなくて、貴方本人がどんな人か知りたいんだ。

 これから長い旅になる訳だし、仲良くしたいからね」

 

 初めてだった。

 この世界に来てからのオレは、勇者としての役目だけを嘱望されていた。

 誰も彼もオレ自身の事はどうでもいいと思っていたのに、彼女はオレと仲良くしたいと言ってくれた。

 

「あれ? 何か地雷踏んじゃった!?

 ごめん、まさか泣くほど人と話すの苦手な人だったの!?」

 

 違う、違うんだ。

 嬉しかったんだ。

 友達も家族もいない、孤独の中で彷徨っていた所を見つけてもらえて。

 オレを、一人の人間として見てくれて。

 

 それからオレが話した内容は相当支離滅裂だったと思う。

 自分でもハッキリ覚えていない。

 というより、思い出したら恥ずかしさで憤死するだろう。

 それでも彼女の腕の中は、今まで感じた何よりも温かかったと覚えている。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 それからリリシアに連れられて、ディートリヒとシェリアを紹介された。

 彼らもリリシアと同様に、オレを一人の仲間として受け入れてくれた。

 

 そうだ。

 あの時はリリシアが手を差し伸べてくれたから立ち直れたんだ。

 オレの事を召喚された勇者じゃなく、ただ一人の人間として見てくれたから。

 

 今思えばリリシアはきっと、オレを助けるために吸血鬼にしたのだろう。

 身体(からだ)精神(こころ)の両方を侵喰する英雄の魂。

 それを鬼の血肉によって上書きすれば、肉体はともかくオレの人格は守られるはずだから。

 

 半ば乗っ取られていたとはいえ、そんな事にも気づかずに剣を突き立ててしまった。

 いや、あの場から逃げてしまった。

 せめて逃げずにいれば、彼女に助けを求める事もできたのに。

 こんな絶望を味わわずに、済んだのに。

 

 きっと、助けてくれたのはリリシアだけじゃない。

 ディートリヒもシェリアも、オレには見えない場所で何かしらの助力をしてくれたのかもしれない。

 アイツらはそういう、優しい人達だから。

 

 それに長い間一緒にいた訳じゃないけど、彼もそうだと確信できる。

 彼は動揺したオレを抱きしめてくれた。

 でもオレは彼を突き放してしまったどころか、酷い事を言ってしまった。

 あの時に彼の腕に甘えていれば、違った道を歩めたかもしれないのに。

 

「助けて」

 

 手を払った自分に、そんな資格がないのは分かっている。

 

「誰か、助けて」

 

 今まで誰かを傷つけてばかりだった自分が、許されてはいけないとも思っている。

 

「助けてよぉ……リリシア、みんなぁ……」

 

 あの日のように助けてほしかった。

 そうすれば、たった一言だけ謝る機会を得られるかもしれない。

 

 たった一度。一度だけでいい。

 オレに、ごめんなさいを言わせてほしい。

 

 だけど、あの日と違って助けが来るはずがない。

 オレは大罪人として処刑される運命だ。

 英雄としての覇道を望まれている時とは違う。

 オレに手を差し伸べるのを、世界が許してくれない。

 

 それでも、心からの気持ちを口にしなければ、たった今気づいた罪悪感を誤魔化せなかった。

 もう嗚咽を止める事ができない。

 

 誰もここに来られない事は分かっていても。

 誰かに、この謝罪を聞き入れてほしかった。

 

 そう思った直後、荷馬車の揺れが急激に増大した。

 かと思えば、車は急停止する。

 

 同時に、破砕音と共に男たちの悲鳴が聞こえる。

 まさか、まさか。

 

 本当ならしてはいけない期待に、心音が高鳴る。

 それが最高潮に達した時、垂れ幕が剥がされた。

 

「――ユウ! 大丈夫!?」

 

 そこにいたのは、ハーフエルフの少年。

 今まで目深(めぶか)に被っていたフードは取り払われている。

 オレはこの時、初めてアレクの素顔を見た。

 




to be continued...

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