【休載中】TS吸血鬼な勇者は、全てを失っても世界を救いたい。   作:青木葵

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 今回がある意味本編スタートの回です。
 お楽しみいただければ幸いです。


第10話 悪意は密かに、そこにある。

 日も沈み、軒並みから炊事の香りが漂う時間になった。

 

 アレクの家では、鍋をかき回す音と上機嫌な鼻歌が合唱を奏でている。

 彼は5年ぶりに誰かに料理を振舞う楽しみを味わっていた。

 今朝の歓談の様子が思い出される。

 

「美味しいって言ってもらえた。母さんのスープを……」

 

 母に初めて教わった料理。

 彼女と同じ笑顔で、ユウに褒めてもらえた。

 

「友達、かぁ……」

 

 初めての友人関係。

 人と違うから自分にはできない、と諦めていた物。

 それを得たアレクの高揚感は体内に留まることなく、口からもれる。

 

 ユウは本当に美味しそうにご飯を食べてくれた。

 ソークの甘味が気に入ったのか、おかわりを要求するほどだ。

 

 だけど、少し不安に思う事もある。

 友情を結ぼうとして言葉を投げかけた時、一瞬変化したユウの顔。

 

「あの人と、同じ目をしていた」

 

 触れる事で、それを壊してしまう不安に怯えた目。

 彼とユウに共通しそうな所なんて一つもなさそうなのに、それを見出した時は本当に驚いた。

 

「母さん、最後まであの人の心配してたなぁ」

 

 アレクの父が病死した後、アレクの母は後を追うように同じ病気に()(かん)した。

 『あの人は強情なだけだから、許してあげて』

 アレクの母が、晩年にアレクへ伝えた言葉だ。

 

 アレクは元々彼を恨んでなどいない。

 苦しいながらも村での生活を送れているのは、彼の密かな助力があってこそだ。

 むしろ機会があれば、礼を言いたいとも思っている。 

 

 それでも、アレクはあの人に感謝の言葉を告げられていない。

 あの人にお礼を言ったら、彼は罪悪感で押しつぶされてしまうから。

 

 こちらから触れても、あちらから触れても崩れてしまいそうなガラスの心。

 面と向かって話す機会が少ないとはいえ、自身の手で『祖父』を潰したくはない。

 

「おかえり! ……ユウ?」

「……ただいま、アレク」

 

 戻ってきたユウの表情に驚きを隠せなかった。

 ユウの目は再び、あの人と同じく怯えの感情を宿した物になっていたのだから。

 

「もうすぐご飯できるから、ちょっと待っててね」

 

 だから、アレクには何気ない言葉をかけることしかできなかった。

 ユウの心はきっと、あの人と同じぐらい弱いものだから。

 自分の手で、初めての友達を潰したくはなかったから。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 昨夜や今朝とは違い、今晩はほぼ会話がなく食事が進んでいる。

 無理もない。アレクはオレに声をかけづらいのだろう。

 今のオレはきっと、酷い表情をしているから。

 

「……なあ。どうしても話さなきゃいけない事があるんだけど、いいかな?」

「うん、いいよ」

 

 こちらから言葉をかけられるのを待っていたかのように、アレクは嬉しそうに返事をする。

 まいったな。そんなに明るい態度を取られると話しづらくなるじゃないか。

 

「オレの旅に、着いてこないか?」

「え?」

 

 突然過ぎる提案に、驚きの声があがる。

 ここからが本題だ。

 

 何故アレクをこの村から連れ出したいか。

 理由を話せば、必然的にアレクの悩みに触れる事になる。

 それでも、オーキス村長との約束があるから。

 アレクの心に傷を負わせてしまっても、それは果たさなきゃいけない。

 

「実は、お前がどうしてアーガス村で差別されているかを、知っちゃったんだ」

「……そうなんだ」

「だからこの村にいるよりは、オレと一緒に旅をした方がいいのかなって思ってさ」

「でも、僕はハーフエルフだし、きっとユウに迷惑をかけちゃうよ」

 

 俯き気味の顔をしたまま、困惑したような声色で言葉を絞り出す。

 そんなアレクを慰めたかったから、オレは今まで隠していた秘密を打ち明ける事にした。

 きっとこれを言えば、人の暮らしに戻る事はできないけれど。

 

「大丈夫だ。オレも本当は、魔族だから」

「……え、ユウが?」

「ああ、吸血鬼なんだ。といっても、なったのは最近なんだけどな」

 

 霊薬で女になったというのは嘘で、本当は吸血鬼になった時に女性化してしまったというのを打ち明けた。

 

「でも、吸血鬼は300年前に絶滅したって……」

「らしいな。でも、オレは確かに吸血鬼としてここにいる」

 

 伝承では既に存在しないと伝えられている種族。

 何故彼女が吸血鬼として存在していたのか、何故彼女がオレを吸血鬼として作り替えたのか、今となっては分からない。

 それでも、オレが魔族として存在し、アレクの助けになれる事に変わりはなかった。

 

「だから、遠慮なく着いてきていいんだ。」

「うん、ありがとう……ユウ」

 

 心の芯から安心したようにアレクは脱力する。

 力の抜けた表情筋が、自然と笑顔の形になっていた。

 

 出発は3日後に延ばそう。

 行く宛はないけど、西へ西へ向かおう。

 魔族領での拠点は街を目標にしよう。

 炊事当番は交代制にしよう。

 

 アレクの同行が決定した後は、どのような冒険をするか言葉が交わされる。

 どこまでも、未来への展望が広がる。

 吸血鬼になってから、初めて穏やかな気持ちで先を考える事ができた。

 

「そういえば、ユウは吸血鬼って事はさ」

 

 何気なく疑問に思った事を、アレクはそのまま言葉にする。

 

「誰かの血を定期的に飲まないといけないんだよね?」

 

 その疑問は、オレの身を凍らせるものだった。

 

 オレが、人の血を飲まなきゃならない?

 刹那、口に広がったのはあの時と同じ味。

 粘り気を持った赤い液体が、渋い甘味を以て舌に絡みつく感触。

 

 やめろ、思い出すな。

 その味を拒否した脳が、それを口から洗い流すべく胃に命令を送る。

 強烈な酸味を持つ液体が、口から逆流した。

 

「うっ、おえええええええ」

 

 鼻孔を焼く、強烈な刺激臭が辺りに充満する。

 口には舌が痺れる酸味が広がった。

 だけど、消えない。消えてくれない。

 むしろその痺れさえ、脳は血の味だと錯覚している。

 

「あ……、ああ……」

 

 消えない。消えない。

 

 手に剣を握る重さが。

 それが肉を貫いた時の反動が。

 返り血が手を朱に染め上げる光景が。

 

 最後に、口に血の渋みが広がる味覚が。

 

「ああああああ……!」

「……ウ! ユウ!」

 

 延々と続くフラッシュバックが、オレの心を苛む。

 追憶と現在の判別がつかなくなっていく。

 アレクがオレの体を揺さぶっているのが、かろうじて知覚できる程度だった。

 

「大丈夫っ! ユウが魔族でも、僕は大丈夫だから……!」

 

 その言葉に、オレは理不尽な怒りを覚えた。

 さっきは自然と、魔族である事を受け入れられたのに。

 アレクと共に道を歩んでいこうと、胸を張って言えたのに。

 

 吸血行為をする必要がある事実を突きつけられると、どうしようもなくこの体を捨ててしまいたくなった。

 

「うるさいっ……。アレクが大丈夫でも、オレは大丈夫じゃない!

 あんな物を啜らないと生きていけないなんて、オレには無理だ……ッ!」

 

 オレの心にある、大きな後悔。

 血の味はその記憶を強烈に結びつける楔だ。

 今まで禁忌的行為をする必要性に、気づかないでいられたのに。

 いや、目を逸らし続けられていたのに。

 

「そんな事ならオレは、魔族になんか……ッ、吸血鬼になんかなりたくなかった……ッ」

 

 オレの言葉に含まれる魔族を拒絶する毒が、アレクの表情筋を痺れさせる。

 

 それと同時に、オレが魔族にどのような感情を抱いていたのか理解してしまった。

 オレは、魔族の存在を受け入れられていない。

 彼らにどこか同情している癖に、心の奥底では見下している。

 

 彼らが、人と同じ環に入れない存在だから。

 自分が魔族だと認めると、自分はそこに戻れなくなるから。

 

 オーキス村長と同じじゃないか。

 半端な優しさを持っておきながら、自分の保身のために魔族を突き放す。

 自分の事しか考えていないのに、誰かに優しくできるマトモな存在だと自認したいが為に同情する。

 だからオレは、彼の言葉に苛立ったんだ。

 

「ユウ……」

 

 やめろ、オレを心配そうな目で見ないでくれ。

 何で、何でオレの事を嫌ってくれないんだ。

 

 今までお前に同情していたのだって、自尊心を守りたいがためだったんだ。

 こんな、全部の感情が嘘に嘘で嘘を塗り固めたような奴なんだ。

 いっその事、オレと決別してもらえた方が楽なのにっ――。

 

「ユウ、待っ――」

 

 気づけばオレは、アレクの家から逃げ出していた。

 静止の言葉など聞かず、行く先も定まらないままに、ただ駆ける。

 

 手に残っていたのは、何も映さない聖剣がただ1つだけだった。

 




to be continued...

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