パンドラ「いいですな」
アルベド「そして殺しましょう」
パンドラ「えっ」
広大な空間を埋め尽くす膨大な量の宝の数々。
或いは整理され、或いは乱雑に積み上げられ、秩序と無秩序が渾然一体となる中であってもその全てが己の価値を損なう事無く、恒久の輝きを放っている。
だがそれは別に珍しくも無いし特別な事でも無い。
この宝を蒐集し、この場を構築し、この様に整頓されたのが至高の御方々であるのだから。
「おおお……素晴らしい……!」
パンドラズ・アクターは己に任された領域に在って、幾度目か知れない驚嘆の息を吐いた。
大仰な所作を含めていつもの事だ。
ナザリック地下大墳墓がユグドラシルから別の世界へと転移してから後、パンドラは宝物殿に納められているアイテムがそれぞれ正常に機能するかどうかを確認する作業に追われていた。
何しろ作業の対象が多量且つ多岐に渡る以上、至高の41人それぞれに変身可能なパンドラ以外にこれを遺漏なく完遂する事は不可能だからだ。
とは言え、幾らなんでもパンドラ一人に任せるのは無茶である。他の者達と分担すべき所は分担すべきなのだが、パンドラの創造主であるアインズ・ウール・ゴウンは何故かパンドラを単独でこの作業に従事させていた。
常であれば一人に激務を負わせるなどアインズらしからぬ事。何せアルベドやデミウルゴスという実務能力においても優秀な二人をして、任された領分に他NPCやシモベの補助が全く無い訳ではないのである。
しかしこの件についてパンドラに同情的な者はナザリックに存在しない。
むしろ嫉妬と羨望を滲ませる者が殆どだ。
自らを創造した至高の御方に直接命じられ、本来なら多数で当たるべき所を単独で作業させられると言う事はそれだけ信頼されいる事であり、他の者達はその信頼に達していない事になる。
しかも元々その領域を任されていたとはいえ、至高の御方々が蒐集した至宝の数々を直接取り扱う作業とあっては、余計に他NPC達の心をざわめき立たせるのは当然だ。
「さて……次はどう致しましょうか……」
大きく深呼吸をしつつ、名を与えられないままの大太刀を恭しく元の場所に飾り直したパンドラは、その姿を赤備えに身を包んだ異形から黄色の軍服に身を包んだ普段の姿に戻す。
「ほうぅ……ッ」
そうしてキレのある回れ右をし、新たな宝物の数々を前になにやら身を震わせながら窮屈そうなポーズをとった。
心ときめく目の回る様な忙しさの中、パンドラが頻繁に感極まるのも無理は無い。
ナザリックの他のどのNPCであってもふと手を止めてしまうのは避けられないだろう。
とはいえ彼のそれは明らかに過剰なのだが。
しかしそれを他NPCが悪し様に言う事はありえない。
何故ならパンドラを創造したアインズによって、パンドラは宝物殿に納められたアイテム全てを偏執的なまでに愛しているのだ。
おかげで作業効率に著しい悪影響を及ぼしているが、そうあれと創られたのならば誰がそれを責められよう。ましてアインズ自身が何も言っていないのに。
「……よし」
改めて大きく深呼吸をしたパンドラは、彼の御方の次はやはりあの御方であろうとその姿を変化させ始め―――
「おや」
その変化を途中で停止、その過程をそっくり戻して普段の姿に戻る。
「お客様ですか、それもアインズ様ではないとは珍しい」
何者かが宝物殿に転移してきた気配を感知し、パンドラは楽しげに長い指で卵顔の顎を撫でた。
「しかし何用でしょう? わざわざお出でになる程の事となると……」
二度目となるその気配の持ち主が、それも単独で来た事にパンドラは思考を巡らせる。
自分の不手際故に彼女が手伝いに寄越された可能性が頭を過ぎったが、それをするならばとっくにされているし、するならするでただでさえ多忙な彼女だけと言うのは解せない。
であれば全く未知の件か、と言う訳で若干安堵しつつ、ただそれがなんなのかと考え様とするが流石に判断材料に欠ける。
それに多忙と言う件がある以上彼女が宝物殿のアイテム回収を任されているとも思い難い。
第一、それ程重要なアイテムであれば以前の様に至高の御方が御自らお出ましになるだろうし。
いよいよもって何故の肥大化が止まらない。
「ふむぅ」
元より宝物殿からそうそう出る事のない身だ、分かる方がおかしいと言えばおかしいか。
分からないのであればこれ以上考える事も無い。
パンドラは大仰に手を打ち、無駄にキビキビした動きで帽子の角度を修正すると、己の所定の位置へと歩き出した。
誰かが訪れたなら取り敢えずそこで待機し、そこまで来たならば出迎えねばならない。
そうせよと定められているが故に。
◆
「久しぶりね、パンドラズ・アクター」
かくて、ナザリック地下大墳墓の最上位NPC、守護者統括アルベドがその美貌を現す。
「こちらこそご無沙汰しております、守護者統括殿」
パンドラは深々と頭を下げて出迎えた。
己の創造主に与えられた応接用ソファに座るようアルベドに示しつつ、パンドラは自分の裁量で持ち出せる最高級の茶葉で淹れた紅茶を彼女の前に出す。
湯気立つそれを一瞥し、目線で礼を述べた後アルベドはパンドラが対面に座るのを待ってから口を開いた。
「早速だけど、この度、至高の御方々を捜索する為に私直属の部隊を編成する事が決定したわ」
「おお!」
アルベドの静かな口調に対しパンドラの返答は過剰に感情が込められており、同時に席から腰を浮かせてもいる。
ある種いつも通りのパンドラをアルベドがノーリアクションで乗り切ったのは、経験から色々とシミュレーション済みであったからに他ならない。
「それは素晴らしい! 何処とも知れぬ世界に転移したのがアインズ様に限らないであろう事はこのパンドラも常々考えておりました。それをいよいよ能動的な手段で―――」
「勿論隊長はこの私」
そしてパンドラが踊るような動きを加えた長台詞を冷静にカットしさえもした。
「……無論でありましょうな」
これには流石にパンドラも腰を落ち着かせる。
それでも大仰に襟を正し帽子を被り直している辺り興奮は覚めやらぬ様だが。
「そして、副官をあなたに任せたいのだけれど」
「なんと!?」
パンドラが再び勢い良く立ち上がりかけた所を今度手で制しつつ、アルベドは勿体ぶるような間を紅茶を軽く飲む事で演出した。味は悪くない。
「……良いかしら? 当然アインズ様の御許可は頂いているわ」
「そういう事でしたらこの私に何の否やがありましょう! 全身全霊粉骨砕身東奔西走大車輪の活躍を御覧に入れ―――たくはあるのですが」
「普段は宝物殿の管理、必要な時が来たら私の部隊で副官を務めて貰う事になるわね。アインズ様もその様に仰っていたわ」
アルベドは急にテンションを落としたパンドラに微笑みかけ、当然優先されるべき事を優先する事に何の問題も無い事を伝えると、パンドラはゆっくりと五回も頷いた。
「おお、おお……成程成程……出来ればこの身を二つに分かってでも双方を完璧にこなしたくありましたが……それは叶わぬ身、しかし出番とあれば直ちに統括殿のお役に立って見せましょう!」
「期待しているわ、パンドラズ・アクター」
「その期待以上の活躍を必ずや。……して部隊の構成はどのように?」
パンドラは副官に任じられた以上当然の質問を投げかけた。まさか二人だけ等という筈もあるまいし、構成を知る必要は大いにある。
「まずレベル80台のシモベ15体をアインズ様に創って頂く事になっているわ」
「ほう……」
答えを得、パンドラは少し考える。
「新たに直属のシモベを作られると……ふむ。確かに他の守護者の方々から借り受けるにしても説明をしない訳にもいきませんし、そうなると守護者御自身が乗り出されようとする事は容易に想像できますね……と言う事は、この部隊の存在は我等とアインズ様以外今の所御存じではないと?」
「ええ」
考えた末にパンドラが導き出した答えにアルベドは心身共に頷いた。
やはり自分やデミウルゴスに並ぶ智者である事の確信と、そうでなくては困るという深い安堵と共に。
「そういう事よ。重要性と秘匿性が並び立つ案件だもの」
「アインズ様に創造された私が要職に任じられるのも分かります。……しかし統括殿御自身が乗り出すと言うのも何やら職権乱用の香りがいたしますが?」
「あら、どういう意味かしら」
アルベドは軽く首を傾げる。自分でなければ誰がこの部隊を指揮し得るのだろう。
「統括殿とて己を御創り給うた至高の御方が実際に現れたなら、その冷静沈着な心を乱されずにはいられますまいに」
そしてパンドラの尤もな問いの内容にアルベドは苦笑した。
ほぼ同じ事をアインズより問われているが、それより突っ込んだ内容なのは単に信頼度の違いだろう。とはいえ、創造主と創造された者はこうも似通うものか。
「その点は大丈夫よ」
「ほう?」
「私は他の皆と違って、誰かのお陰で一度その御姿を見ているもの。あの時は驚いたけれど、今にして思えば感謝しても良いくらいね」
事実、あれで心構えが出来たのは大きかった。
そうでなければ、事に及ぶ際に詰めを誤り台無しになってしまう事だって考えられたのだ。
「ああ……いや、そう仰って頂けるのであれば安堵致しますが……」
一方のパンドラは思わぬ反攻に少し居心地悪そうにし、咳払いを一つ。
「しかし至高の御方々の捜索と未知の世界の探索が並行する以上、15体では駒が足りない気が致しますが……?」
「これまで得た情報から、どうやらこの世界には先に転移したと思われるユグドラシルのプレイヤーがそれなりに居るらしいの。百年毎に何らかの痕跡が残っていると言う事は、プレイヤーとはこの世界では大変に際立った存在。まして、至高の御方々は皆異形種で在られるから尚更と言う事になるわ」
「そこに至高の御方々が居られるならば噂になるには十分、となればまずは情報の収集こそが重要ですか」
パンドラの言葉にアルベドは静かに頷いた。
「そうよ。そして―――」
それから何かを言いかけて、ふとアルベドはパンドラの顔を正面からじっと見つめた。
彼女の美貌はナザリックNPCの中でも特に念入りに作られており、その彼女から真摯な眼差しを送られては例え同じナザリックNPCであっても全く臆さずに居られる者は少ない。
「……どう致しました? 統括殿」
そしてパンドラはその少ない側の者であった様だ。
「いえ」
パンドラの対応に少しだけ相好を崩したアルベドは、改めて紅茶を口に含むと再び間を開ける。
自分が主導である事を示す為に。
これから告げる言葉の重要性を知らせる為に。
そして、
「誤解があるでしょうから予め言っておくけれど」
「なんでしょう」
「もしユグドラシルのプレイヤーが発見された場合、それが至高の御方であろうとなかろうと、抹殺するわ」
「……はあ!?」
全く変わらない口調のまま告げられた言葉にパンドラは全力で耳を疑った。
よもやまさかあんな事がナザリック最上位NPCであるアルベドの口から紡ぎ出されるなどと誰が予想出来ようか。
「簡単な話でしょう」
きっと何かの間違いであればと願うパンドラに対し、アルベドは彼の様子など気にした風もなく更に言葉を繋げていく。
「アインズ様の御心も知らず、そして私達を見捨てた者達が今更帰還しようなどおこがましい。至高の御方々でなくともアインズ様の御心を騒がせる事は疑いないのだし―――」
「な、お、お待ちください統括殿!」
今度はパンドラがアルベドの言葉を遮った。
「貴女は、貴女は今御自分が何を口走っているか承知していますか!?」
「ええ、十全理解しているわ」
アルベドのいっそ憎らしい程に涼やかな顔、声、態度。
それが当然と彼女の中で確定している事項であり、隠しようも無い動揺に平静でいられないパンドラからすれば、アルベドの態度は最早得体の知れないおぞましい何かですらあった。
「な……! ッ、ら、乱心では済まされますまい、この様な……!?」
「別に乱心した覚えも無いけれど……」
「堂々と不敬どころか大逆を犯そうとは……統括殿、事がアインズ様の御耳に入る前にどうか翻意なされませ、今なら私以外聞いた者は居ないのだから私さえ黙っていればアインズ様とて」
「モモンガ様は」
「ッ!?」
その名を再び耳にする事があろうとは。
既に不意打ちを受けていたパンドラは更なる不意打ちに完全に言葉を詰まらせ、思考すら止まりかかった。
「良い? パンドラズ・アクター。モモンガ様は、副官としてのあなただけでなく、私にルベドの指揮権を預けられたわ」
そこへアルベドは楔を打ち込み始める。
最後の至高の御方、それも己を創った御方、その御方の決定を無視出来る筈が無い。
「な……あの、たっち・みー様をすら一対一で倒したナザリック最強の個、あなたの妹の……?」
「そうよ」
「一体、何故……どの様な経緯でそんな……」
「別に特別な事を言った覚えは無いわ。ただ一度は拒絶なされたけれど、理由を質され、それに答えたら笑って預けられた……それだけの事よ」
事実である。
であればこそアルベドは何の呵責も無いし、それを読み取ったパンドラは深い困惑の中でアルベドに誘導される様に思考の方向性を定めていく。
「な、ん……そんな、それでは……アインズ様は」
「モモンガ様」
誤りを正す様な強い言葉。
モモンガがアインズ・ウール・ゴウンを名乗ったのは、個人名では無くギルド名の方がユグドラシルでの通りが良い為。そしてその名を広められれば、他のプレイヤーから接触しにくる可能性が高いと考えての事だ。
それをアルベドは否定している訳で、今の彼女がその様な発言をするという事は、即ちアインズは本当にアルベドの言う通りに他のプレイヤーを抹殺せんと考えている事になる。
「……う……く、アインズ様、が、本当に……他の至高の御方々の……その、ま、抹殺……を、望んでおられる……と?」
「そう考える以外に何があるのかしら」
尚も抵抗するパンドラにアルベドは若干の呆れすら込めて答えた。
「……ありえない、ありえる筈が……。確かに至高の御方々は皆それぞれ何処かへ旅立たれ、最後に残られたアインズ様は他の至高の御方々の帰還を日々待っておられました。だのにあの慈悲深き御方が何故その様な非道を指示なさりましょうか」
「これはその場に居合わせた私とセバスにプレアデス達しか知らない事だけれど」
そう前置きをし、アルベドは紅茶で軽く喉を潤す。無論口が渇いたからではない。
「モモンガ様に私達の声が届く様になる直前、久方振りに玉座に在られたあの御方は静かに、過去の遺物かとお嘆きになられたわ。そして他の至高の御方々の名を述べられた後、楽しかったんだと往時を懐かしむ万感の呟きをされた。この時点で、モモンガ様が過去との決別を決意したのだと理解するのは容易ではなくて?」
返答の前にパンドラには似つかわしくない長い沈黙があった。
「それは……ですが、過去との決別としても他の御方々を弑するのは……」
「加えて、順序が狂ってしまったけれど……モモンガ様はお嘆きになられる前に私に己を愛する様私の在り方を書き換えられたわ。これは玉座の間で与えられた役目を全うする日々の報いにしては大き過ぎる。まして私だけがその栄誉に預かるにも大き過ぎるわ。その理由をずっと考えていたのだけれど、NPCである私に己を愛するよう在り方から変えられたというのは、他の至高の御方々を捨てて我等と共に歩まんとする意思の表れ―――ではなくて?」
「……それは、そうであるならば、NPCとして誇らしくありますが。……だからと言って……せめて発見後アインズ様の御判断を仰ぐ程度の事は……」
一語一語絞り出す様に喋るパンドラにアルベドは尚も言う。
「良い事? パンドラ。繰り返しになるけれど、私は最重要指令を行う秘密特別部隊を率いる事をモモンガ様に許され、新たにシモベを創って頂き、ルベドの指揮権も与えられ、あなたを副官として迎えているのよ? これ程の駒を揃えて頂いておきながら、その期に及んであの御方を煩わせる様な真似なんて出来ると思って?」
それこそ、聞き分けのない子供にゆっくりと噛んで含めるように。
「ぐ、む……」
そしてパンドラはいよいよ言葉に窮した。
元よりアルベドが謀反を大胆に言い出した時点で自分を言い包める自信があったのだろう、いや、これは正しくない。彼女は自分を言い包めに来たのではなく、恐らくは聞き分けのない事を言うであろう自分を説得に来たのだ。
だが自身の創造主がその様な事を考える筈が無いという確信と同時に、アルベドの言った通りあの御方が絶望から非情な決断をしたと言うのも理解出来るのだ。
本来なら諸手を上げてアルベドの意に従い、もし他の至高の御方々を発見したならば直ちに抹殺し、その事のみを報告申し上げれば良いだけの事。
そう、それだけなのだ。
現状で自分を創造した至高の御方が残っている唯一のNPCとして、至高の御方の意に背く事などあり得無いし、その御方を愛するように御方から在り方を変えられた最高位NPCの言を疑う余地も無い。
無いのだが。
いや、無いのか。
しかしだ―――
「それで、パンドラズ・アクター」
パンドラの懊悩に一区切りつけるべく、アルベドは声をかける。
「……はい」
「一応確認しておくけれど、私直属の部隊へ編入される事に不満は無いわね?」
「……ありません」
「そう。とはいっても、モモンガ様に御創り頂いたシモベ達が手掛かりを見つけてくるまで空白が続く事になるけれど……構わないわね?」
「……ええ」
不気味な程に静かなやり取り。
違和感すら生じかねない所だが、その違和感を覚える者はこの場に居ない。
「パンドラズ・アクター」
「……なんでしょう、統括殿」
「もっと嬉しそうな顔をしたらどう? モモンガ様のお役に立つ機会を与えられたのよ?」
「それは……ええ、そうですな、そうですとも」
最早腹を括るしかないだろう。パンドラは静かに頷き、嫣然と微笑むアルベドを真っ直ぐ見た。
「ではパンドラズ・アクター、個人的に貴方に見せておきたいものあるわ」
「……と申しますと」
「これよ」
静かにに言うとアルベドは自らのインベントリーから恭しく“それ”を取り出す。
現れ、そして雄々しく翻った“それ”にパンドラは腰を上げかけ、だが直ちにソファの横へ飛び退いた後跪く。
「それは、この目で見るのは初めてですが、まさか……!」
アルベドが持つのは巨大な旗。それが何であるかパンドラは本能的に理解しつつ、だが確認するのを止められなかった。
「そう、これこそがモモンガ様の御旗印。この紋章こそがモモンガ様を示す唯一のもの」
そしてこれはあの時、モモンガがアインズ・ウール・ゴウンと名乗る際に破壊した筈だった。
どうしてそれをアルベドが持っているのかとか、その旗印が本物なのかとか、そういった疑問がパンドラの脳裏に浮かぶが自らそれを打ち消していた。即ち、愛する様変えられた程なら密かに持たされても不思議は無く、NPCが至高の御方に関わるアイテムを偽造する筈も無い。
「やはり……そうでしたか」
「ええ、そして私達の部隊の最終的な目標は、この御旗を再びモモンガ様が掲げられる事。即ちモモンガ様が再び自らモモンガ様と名乗られる事と知りなさい」
この言葉にパンドラは己が身を稲妻が貫いたかの如き凄まじい衝撃を受けた。
アインズが自ら己を愛せと在り方を変えられたアルベドがモモンガの旗印を持っており、そのアルベドはアインズから他の至高の御方の抹殺を命じられていて、そして今、更にこれからは。
腹を括るとか括らないとかではなく、もう、パンドラが取るべき選択はアルベドが現れた時点で一つしかなかったのだ。アルベドとて簡単にパンドラを納得させられまいと考えていたからこそモモンガの旗印まで持ち出し、話が円滑に進む様尽力したのだろう。
嗚呼、そうか、そうであるのならば、もう。
「は、このパンドラズ・アクター、モモンガ様が御為に、時至らば統括殿の手足となって働きましょう……!」
パンドラはアルベドを疑う事を止め、己を創造した御方の為、その全能を尽くす事を心から宣言した。
―――或いはこの時、満足げに頷くアルベドの瞳の微かな揺らぎに気付く事が出来れば、彼女の言葉を鵜呑みにせず直ちにアインズへメッセージで確認する事も厭わなかったろう。だがパンドラはそうしなかったし、そうする機会を自ら望んで永遠に逸したのだ。
◆
鼻歌混じりの上機嫌でアルベドはアインズの下へと歩いて行く。
万端の準備をしていたとはいえ、ああも容易く話が進むとは思わなかった。
智者を相手に我が意を通すのは簡単な事では無いが、用意のある者が用意の無い者を奇襲するのは思っていた以上に効果的と言う事か。
いやそれ以上に相手がパンドラであったのが大きいだろう。これがもしデミウルゴス相手であれば会話の途中で直接問い質しに行こうとする彼を掣肘し切れなかったかも知れ無い。
これは別にパンドラの忠誠心が足りないとかそういう訳では無く、ただ、常日頃の仕事の内容がパンドラの思考の幅を狭めてしまっているからだろう。彼が宝物庫以外の場でその実力を発揮する機会に恵まれていたら、やはりすんなりと事は運ばなかったに違いない。
「…………くふっ」
嗚呼それにしても、こちらに気付くや脇へ退いて頭を下げるメイドに一々労いの言葉をかけてしまいたい。
ただいくらなんでも不自然だ、避けなければ。
今はとにかく、大きな懸念事項の一つが消えた事を悦び、油断無く次に繋いでいく事が肝要だ。
「……待っていて下さい、いずれ必ずや、この私が」
呟き、そして扉を前に心身を引き締めた。
扉を開けば愛する御方がいらっしゃるのだ、委細失礼があってはならない。
一つ深呼吸をし、ノック。
「アルベド、戻りました」
「うむ」
愛する御方の応え一つで身震いを押さえるのに苦労しつつ、アルベドは扉を開ける。
室内には唯一人、偉大なる死の支配者アインズ・ウール・ゴウンがアルベドをその視界に納めていた。
「雑事との事だったが……その様子だと無事解決した様だな?」
「はい。ふふ、アインズ様に隠し事は出来ませんね」
「お前が分かり易過ぎるだけの様にも思うが」
寄り添う様に隣に立つアルベドにアインズはついつい零す。
その瞬間アルベドは震え上がった。ダメな方に。
「それはもう、愛する御方を前にどうして隠し事など出来ましょうか!」
「……あーうん」
この瞬間、アインズがいつも通り呆れる事も無く、本当に隠し事など無いだろうなと疑いの言葉を一つかければアルベドは即座に全てを白状し自らの命を絶っただろうが、アインズがその言葉を例え冗談でも言う筈が無く、アルベドの企みは静かに、そして確実に進行していくのである。
―――そしてその瞬間が訪れてしまった時、何が起こるのかは誰にもわからない。
いやー実際の所どうなんでしょうねこの辺