ハイスクールD×D ~優しいドラゴンと最高の赤龍帝~   作:マッハでゴーだ!

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第7話 約束

 ……結果だけ言えば、俺は負けた。

 動きが乱雑だったとはいえ、既に消耗に消耗を重ねていた俺では奴を相手取ることが出来るわけもなく。

 出来る限りの悪足掻きをした後、俺は負けた。

 そこから俺の意識はなく、今自分がどうなったかすら分からない。

 ただ俺は―――夢を、見ていた。

 それは俺がこの世界に飛ばされる前日の夜に見た夢と似ていて、とても悲しい夢だった。

 

『ははは……。笑っちまう、だろ? お前を戦わせないために、お前を欺いてまで特攻掛けてこの様だ……』

 

 その光景は肩で息をする黒い翼の生えた男で、そして……その男は傷だらけだった。

 体の至る所に抉れた傷跡が残っていて、片腕に片足、更に片目までもが抉れている状態。

 ……ほとんど死に掛けの状態で、その男はそれでも笑みを浮かべていた。

 ―――その黒い翼の男を支える、涙を流し続ける少年に向けて。

 

『…………で、だよッ』

『…………わるい、な。もう、耳もほとんど聞こえねぇ……』

『―――なんでだよ、先生!! なんであんたが、そんな姿に……なんないといけないんだよ! なんで一人であいつに向かいに行ったんだよ! なんで、なんで……ッ』

『…………、ほんと、なんでだろうな……。ただ、さ……俺は、お前に歪んでほしく、なかったんだ……。闇に囚われることでしか、方法をうしなったお前に。これ以上、自分を見失わないために……』

 

 黒い翼の男は瞳の光沢を失わせながら、懸命に喋る。

 声に力もなく、だけど伝えないといけないから。

 

『……お前は、さ。一人で、抱え込みすぎ、なんだよッ! お前の辛さは分かる―――だけど、そんなんじゃあ、あいつら(・ ・ ・ ・)だって浮かばれねぇだろッ!!』

『……わかってるよ、そんなのッ! だけど、俺は……皆の仇を、取らないといけないんだ! だからどんな間違ってても、俺は!!』

『―――はは、やっぱそうかよ。だから、俺は……お前に、あの力を使わせないために……あの野郎をぶっ倒そうと、した……』

 

 黒い翼の男は、震える手で涙を流し続ける男の頭をくしゃくしゃにするように撫でた

 

『お前は、本当に……手のかかる生徒だ……。だけど、俺にとって、お前は……子供、みたいだった。ほっとけねぇんだよ……だから―――例え死ぬことになっても、守りたかった』

『せ、んせい? め、目を瞑るなよ、先生!!』

『……泣くな―――イッセー』

 

 黒い翼の男―――アザゼルは、兵藤一誠を抱き寄せた。

 

『もう俺は十分、生きた……。こんな長生きして、生きがいだって生まれた……。幸せ、だったんだぜ? こんな楽しいの、久しぶりだった……お前、見てて飽きないからさ。いつも、真っ直ぐで、いつも仲間を想って……』

 

 そして、アザゼルは力を失くしたように兵藤一誠の手を離した。

 

『……俺は、お前の悲しみの一部になるんだろうな。だけど、これだけは、約束、してくれ』

『…………ッ』

 

 兵藤一誠は、アザゼルの言葉に何度も頷く。

 恥ずかしいくらいの涙を流し、嗚咽を何度も漏らして、震えている。

 

『―――お前の仲間が、お前に願ったことを……忘れないで、くれ……ッ!!』

 

 ……アザゼルは、そう言って消える。

 光の結晶になって、兵藤一誠の腕の中から消えていった。

 ……兵藤一誠は、アザゼルを支えていた手を呆然と見ながら―――開いていた手を力強く握り、歯ぎしりをする。

 肩は震え、涙を流し、そして……

 

『せん、せい……俺、絶対に……―――あいつを、殺すッ!!!」

 

 ……兵藤一誠の目は、悍ましいほど黒く染まっていた。

 にじみ出る闇色のオーラはより一層濃くなり、それは―――黒い赤龍帝と同じものになる。

 ……きっと、この夢は実際にあったことなんだろう。

 夢の光景は次第に消えていき、新たな光景が姿を現す。

 ―――グレートレッドの力は因子となって、俺に根付いている。

 その影響か、俺は他人の夢を見ているんだろう。

 それに何より、同一人物である『俺』自身であるから、結びつきが強くて余計に夢を見てしまっているのかもな。

 ……気付いたら、光景が変わっていた。

 

『……なあ。俺は、きっと間違っているんだろうな』

『……そんなこと、ないです』

 

 それは男女が寄り添う姿だった。

 それだけなら微笑ましい光景に見えるだろうけど、実際には光景は凄惨なものだった。

 ―――血。周りには血をドクドクと流して死んでいるヒトの死体が幾つも転がっていた。

 そしてその死体だらけの空間に立ち尽くす黒い布のようなものを纏っている二人。

 その二人が会話をしていた。

 

『……お前が、もし平穏を望むなら。俺の傍から、消えてくれて良い。俺を忘れてくれて良い、だから―――』

『……嫌です』

 

 ……女は、満面の笑みで男の言葉を拒否した。

 

『私はずっと、あなたの傍で生きていくと決めました。どれだけあなたが罪を重ねようと、世界中が敵だとしても―――それでも、あなたの傍にいます。ね? イッセーさん』

 

 ―――そう、か。

 そういうことか。

 分かったよ。

 何もかも、分かった。

 辻褄が合って、やっと全てが繋がった。

 詳しい原理とか、そんなことは全て取っ払って。

 

『……ああ。お前は俺が絶対に、守ってみせる。だってお前は、俺のたった一人の大切なヒトなんだから。なぁ、―――』

 

 ……最後、兵藤一誠の言葉を俺は聞けなかった。

 だけど分かっている。

 その言葉の意味を―――俺は夢から覚める。

 そして、目を覚ました。

 

 ―・・・

 

 ……目を覚ます。

 辺りを見渡すとここは廃墟であり、俺はそこにポツンと置かれているボロボロのソファーの上で横たわっていた。

 

「体の傷は……。いや、そもそもここにいるってことで気付くべきか―――なぁ、アイ」

「―――そうですね」

 

 ……俺は傍で寄り添うように佇むアイにそう尋ねた。

 体の傷はほとんど癒えていて、俺の制服の上着がソファーに掛かっている。

 

「……お前が俺を助けたのか?」

「ええ。命に別状はありませんでしたが、一応治療だけはしました。少し休めば体力も回復して、動けるでしょう」

「……なるほどな。じゃあ聞き方を変える―――なんで助けた?」

 

 ……俺はド直球でアイにそう尋ねた。

 ほとんどの察しはついているのに、俺はわざと尋ねた。

 ……先ほどの夢に出てきた、兵藤一誠に寄り添う女はアイだった。

 つまりアイはあの男の味方。

 

「……その質問をしてくるということは、察したのでしょう」

「ああ。お前の正体も、お前の想いも理解した。その上でどうして俺を助けたと聞いているんだ」

「……昔話を、しましょう」

 

 するとアイははぐらかすようにそう言ってきた。

 アイはその場から立ち上がり、そのまま廃墟の割れた窓辺に歩いて行く。

 

「……ある世界に、とてもとても優しい男の子がいました。その男の子はちょっとエッチですけど、いつも仲間のことを大事に想っていました。そんな男の子を仲間の皆は大好きで、毎日そんな日常を過ごせると思っていました」

 

 アイは懐かしむようにそう話す。

 ……俺も全てを知っているわけではない。

 夢のおかげである程度のことは理解したけど、それでもまだ足りない。

 

「だけど、そんな優しい男の子は力がありませんでした。でも努力家だった男の子はたくさんの努力を重ね、とても強くなっていきました。だけどそれでも勝てない存在はいて、そしてそれに負けた男の子は……―――大切な家族を、殺され、ましたッ!!」

「……ッ!?」

 

 ……アイはそのことを泣きそうな声で、語る。

 

「悲しみに暮れた男の子は、二度と大切な存在を失わないように必死に努力をしました……。自分のことは二の次で、失うことに恐怖するように自らを追い込んで。その姿の変容に仲間はとても心配しました」

 

 当たり前だ。

 大切な仲間が自分の身を顧みずいたら、そいつが大好きな奴が黙っているわけがない。

 

「それでも男の子はストイックを続けました。体が壊れてもすぐに治して努力して、でも……そこにはかつてあった優しさは無くなってしまいました」

 

 その声は寂しそうだった。

 アイは本当に寂しそうに語っているんだ。

 きっと、全てが真実なんだ。

 

「男の子は、仲間には確かに優しかった。でも―――敵に対して、一切の慈悲がありませんでした。一度敵と認識した存在は必ず殺し、何があろうと逃すことがありません。後悔しないために……。全ては自分の大切な存在を殺した存在を殺すために、男の子は復讐をするためだけに生きていたのです」

「でもそれは……」

「……男の子は、次第に笑顔を失くしていきました。仲間はそれをとても悲しみました。いつもその笑顔で、明るさで皆を温かくしてくれていた男の子はもうそこにはいなかったのです。でもそれでも―――仲間は、男の子のことが大好きでした」

 

 ……アイは、こちらを振り返った。

 ―――泣いていた。

 アイは顔が見えないけど、確かに涙を流していたんだ。

 

「だけど、悲劇はまた起きて、しまいました……。男の子は敵の一人に、大切な仲間を殺されたのです。その仲間は男の子にとって掛け替えのない親友―――自分を追い込んで努力していた時、いつも一緒に付き合ってくれた仲間。そんな仲間を、無残に……目の前で殺されたのです」

 

 ……こんな悲しい話をして、辛いに決まっているのに。

 それでもアイは話を止めなかった。

 

「男の子はその事実を前に、更に復讐に身を捧げました。仲間を殺した相手を殺すため、どんなに間違った力でも手に入れようとしました。彼は感傷に浸る前に行動に移していました。どんな時でも、涙を流しながら前に進んでいた。例えそれが間違っていても、彼は立ち止まることだけはしなかったのです」

「……そう、だな。優しいからこそ、想っていたからこそ。止まることなんて、できっこなかったんだ」

 

 痛いほどにその男の子の気持ちが分かった。

 分かったんだよ―――俺も、同じだったから。

 自分の無力さに嫌になって、もう失うのが嫌で、怖くて……そうして自分を追い込めて誰も頼らず自分を蔑ろにして何が何でも守ろうとしていた自分に。

 

「……でも現実は、恐ろしいまでに残酷でした。初めて死んでしまった仲間に対し、男の子を除く仲間は前に進めなかったのです。仲間はとても優しかった―――優しすぎたんです。だから男の子が泣きながら強くなろうとしている時、ずっとその仲間は泣いていました。そして……その時は起きてしまった」

 

 ……光が照らされる。

 廃墟に一筋の光が流れ込み、その逆光でアイの姿が光で包まれた。

 

「―――死にゆく、仲間たち。その中で一人涙を流し続ける男。そして……笑う、敵」

「ッッッ!?」

 

 ……俺の言葉にアイは驚き、その反動でローブが揺らめいて素顔を俺は見た。

 ―――やっぱり、そうなんだな。

 

「俺さ、さっきまで夢を見ていたんだ。たぶん、平行世界の兵藤一誠。つまり黒い赤龍帝の夢をさ……。その前にも見たんだ―――それが、今言った光景」

「……男の子は全てを失ってしまったのです。仲間も、家族も。そしてある化け物に魅入られて、闇のような力を手に入れてしまった―――イッセーさんは、そうして、黒い赤龍帝になったんですっ!」

 

 アイはフードを被りなおして、強い後悔が残る口調でそう言った。

 ……アイは、きっと後悔している。

 自分の大切な存在を救えなかった自分に、動けなかった自分(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)に。

 

「彼は、今も苦しんでいるんですッ! 自分の中に根付いた闇はもうどうすることも出来なくて、本当は傷つけたくないのに怨念のように憑りついた闇がそれを許さないッ! だから私達は……ッ!!」

「―――もう、良いよ」

 

 俺は涙を流してそう口調を荒くするアイの頭にそっと手を置いた。

 

「もう、何も話してくれなくていい。全部わかったんだ―――やっと、俺も腰を上げることが出来る」

 

 俺はぐっと足に力を入れて、立ち上がった。

 多少まだふらつくけど、それも思っていたよりはマシか。

 ……俺はアイの横を通り過ぎる。

 

「アイ、お前は俺と初めて会った時に助けを求めてきたよな? これから来る脅威を―――黒い赤龍帝を倒してくれって」

「……はい」

「……ずっとさ、俺はあいつを心の底から敵と思って、戦えなかったんだ。拳を握ることが出来なかったんだ―――だってあいつ、本当に悲しそうに苦しんでいたから。そして自分の間違いと戦っていたから、あいつは俺を殺さなかった」

 

 だから俺はこうして今、生きている。

 そう思うんだ。

 

「……今度こそ、約束する―――あいつを、倒す。倒して、助けてみせる。それが俺の掲げた赤龍帝の真理なんだ」

「全てを、護る?」

「ああ。絶対に……。なあ、アイ。察しはついているんだけどさ? ―――次に俺たちが邂逅するとき、お前はもう敵なんだよな?」

 

 ……俺はアイにそう尋ねると、アイは言葉を発さずにただ頷いた。

 

「そっか―――じゃあ俺は行くよ」

「はい。……私は何とか2日間は時間を稼ぎます。でもそれ以上は無理でしょう―――では、また会いましょう」

 

 俺とアイはそれぞれ別の道を歩む。

 俺が倒されてから既に時間は1日は過ぎているか?

 不味いな、あいつら絶対に今頃俺を探しているんだろうな。

 とりあえずは……

 

「ああ。戦場で会おう」

 

 俺は駒王学園へと向かった。

 

 ―・・・

 

 駒王学園に向かっている最中で思い出したんだけど、観莉は大丈夫かな?

 今、記憶喪失+幼児退行を起こしているしなぁ……ちょっと浅はかだったか?

 

『仕方あるまい。むしろ相棒がいないというショックで何か思い出しているかもしれんぞ?』

「いや、思い出されても困るんだよ。何分、こっちは完全な異世界みたいなもんだ。今更手遅れな気がするけど、それでも出来ることなら観莉には俺たち側に関わって欲しくないんだ」

 

 俺は赤龍帝で、強者を惹き寄せてしまうからな。

 

『……ところで主様。先ほどのことを彼らには話すのですか?』

 

 ……するとフェルは突如、そんなことを言ってきた。

 ……俺は今回における大体の根底にある部分を全て理解した。

 黒い赤龍帝が歪んだ理由、あの化け物の正体、そしてアイという存在の意味。

 俺がこの世界に飛ばされたのも、きっとそれらに関係がある。

 だけど―――

 

「話さない。悪いけど、このことをあいつらが受け止めれるとは思えない」

 

 黒い赤龍帝が体験してきた過去は、想像を絶するってレベルではない。

 あれほどのことを体験して、闇に囚われてなおあいつは自我を少しでも保っていた。

 だからこそ……あいつを止めるのは、俺だ。

 同じ兵藤一誠があいつを止めなければならない。

 そのためにも対策を考えないとな。

 アイが少なくとも二日間は時間を稼いでくれるとは思うが、どこまで当てにできるか分からないからな。

 

「―――さてと、さっさと合流したいところだけど……」

『ふむ、まあこれは随分と荒れているな。魔物の残党か……』

 

 駒王学園に向かい最中で、突如俺を囲む魔物。

 確かに朝方で人影は少ないものの、この時間帯でうじゃうじゃ出てこられても困るんだよな。

 とにかく―――

 

「アスカロン」

 

 俺は籠手からアスカロンを抜き去り、魔物を横目で数える。

 出来る限り力を抑えていたいと理由もあるし、何より生身でもこのレベルの魔物は屠れる。

 特に聖剣であるアスカロンならば問題ない。

 ……魔物は一斉に俺に襲い掛かってくるも、俺はそれをゼノヴィア直伝の聖なる斬撃波で半数を屠る!!

 更に斬撃波を避けた魔物の怯んだ様子を見計らい、アスカロンを片手で握りながら高速で移動し、そして一体一斬で確実に屠っていった。

 ……これで全部か。

 俺はアスカロンの刃に付着する魔物の血を魔力で消し飛ばし、剣を籠手の中に収納する。

 

「うっし、じゃあ行くか―――」

 

 俺はそのまま再び足を進める。

 ……その時だった。

 

「―――ほぅ。兵藤一誠の姿を確認したから、話しかけようと思ったが……まさかアスカロンをそこまで使いこなしているとはね」

「…………」

 

 ……顔が引きつる。

 それはもう、嫌になるほどの面倒な奴に俺は遭遇してしまった。

 ってかお前はそもそもテロ組織の一員だろ!?

 この世界でもさ!

 

「……ヴァーリかよ。ホント、面倒過ぎるだろ」

「ひどいな、それは。俺としてはライバルの成長に喜んでいるんだが……」

 

 ……ヴァーリは苦笑いをしながら、俺を見下ろすように立っていた電柱の先から飛び降りた。

 そして俺の目の前まで歩いてくる。

 ……こいつ、まさか気付いていないのか?

 

「……ん? どういうことだい? いくらなんでも、この隙の無さは異常だ」

「勘違いしているところ悪いんだけど―――」

 

 ……っと、そこで俺はヴァーリの本質について考えた。

 この戦闘マニアはとにかくバトルが大好きだ。

 そんなこいつが平行世界の、しかもこの世界の兵藤一誠よりも強い個体を前にして、果たして冷静でいるのか?

 ―――答えは、するわけない!!

 まずい、こんなところでこんな戦闘狂の相手をしているわけにはいかないんだよ!

 こっちは黒い赤龍帝との戦いを控えてんだ!

 ならここは……

 

「は、はぁ!? んなわけねぇだろ! お、俺だって全力で努力してんだからな!!」

 

 ……一誠に成りすましてやり過ごすしかない!

 幸いあいつの性質は理解しているし、容姿に若干の違いがあるとはいえ同一人物だ!

 なんとか紛らわす!

 

「ってかこっち寄ってくんじゃねぇよ! お前は禍の団だろ!? こんなところでやり始めるつもりかよ!」

「いや、今日は野暮用でここに来ただけだが―――いや、だがそれも良いか」

 

 するとヴァーリが白龍皇の翼を展開しやがるッ!

 マジかよ、この野郎!

 

『ふむ……これなら幾分こっちの世界のヴァーリ・ルシファーの方がマシではないか?』

『まあ彼は本当にテロ組織なのかと問いただしたくなるレベルで何もしていませんからね……』

 

 全くだよ、チクショー!

 ともかくここでヴァーリと戦うのは色々と面倒だ!

 俺の世界のヴァーリほどこいつからは強さを感じないけど、それでも赤龍帝と白龍皇がやり合うのは危険すぎる!

 

「さぁ、神器を展開したまえ。聞いた話では確か覇龍に変わる新たな力を手に入れたんだろ? それを見せてくれッ!!」

「んん~……困った、マジで困った」

 

 やる気満々のヴァーリを無視して一人腕を組んで考え込む。

 っていうかこんなところでこの世界のヴァーリと遭遇するのなんて予想外過ぎるし、そもそも自分の世界でも会いたくない奴なのに!

 幸いこいつは俺をこの世界の兵藤一誠って誤解してくれている。

 だけどいざ俺が力を見せたらそれが違うと理解するだろう。

 ……結論、八方塞がり。

 

「……ドライグ、あいつを瞬殺してすぐに逃げるのが一番早いかな?」

『瞬殺は流石に難しいのではないか? 神帝の鎧を使えばまあそれも可能だろうが……』

「何をしている? さぁ、早く―――」

「―――うんにゃ? 何やってんのよ、ヴァーリ~」

 

 ……すると、その場に新たな人物が現れた。

 ―――それは俺からしたら馴染み深い存在で、とても大切な存在。

 着崩してほとんど胸の見えている、黒い着物を着ている黒歌だった。

 

「あ、赤龍帝だ~。こりゃちっとからかって」

「―――こらぁぁぁぁぁああああ!!!!!」

 

 ―――俺の動きは非常に効率的であった。

 手元に小さな魔力の塊を造り、それを逆噴射して黒歌に近づく。

 更にフェルの力でハリセン型の神器を即座に創り上げ、そしてそれを駆使して黒歌の頭を思いっきり叩いた。

 

「い、痛にゃん!?」

「うるさい! おい黒歌、いつからだ!! お前はいつからそんなふしだらな猫になったんだ!! そんなほとんど衣服の機能を果たしていない服をいつも着ているのか!?」

「い、いやいやいやいやいや!! あんたにそんなことを言われる筋合いは―――」

「やっかましぃぃぃぃぃぃい!!!」

 

 再度ハリセンで頭を叩く!

 黒歌はその打撃が予想以上にきつかったのか、頭を抑えてその場に蹲った。

 

「ち、違うにゃん……。これ絶対に赤龍帝じゃないにゃん!」

「そんなことはどうでもいい! とにかく!!」

 

 俺は黒歌の背後に回り、首根っこを掴んで乱暴にそこの木陰に移動する。

 流石に白昼堂々着替えさせるのは問題だし、それにこれはチャンスだ。

 黒歌を利用してヴァーリから逃げる!

 

「さぁ、着物はしっかりと着飾るものだぜ?」

「や、止めるにゃぁぁん!! 私のアイデンティティーが~~~~!!!」

 

 ―――黒歌の絶叫を無視して、俺は黒歌の着崩している着物を正すのだった。

 数分後……。

 

「せ、仙術効かない……。色気効かない……」

 

 そこにはしっかりとした格好の黒髪美少女、黒歌がいた。

 うんうん、やっぱり女の子はこうでなくちゃいけないな。

 例え別人でも俺の大切な家族と同じ顔をしているんだ、恰好はしっかりしてもらわないと気が済まない。

 …………んん?

 なんか、大事なことを忘れているような……

 

「―――く、黒歌を手玉に取る? まさか君がそこまで成長しているとは……ッ!!」

「……お前、本物の馬鹿だろ」

 

 未だに気付く様子もないヴァーリに俺はつい溜息を漏らす。

 こうなっては仕方ないし、黒歌もどことなく俺の存在の異質さに気付いたようだからな。

 バレるのが時間の問題なら、先に仕掛けておくのが手っ取り早い。

 

「フェル、フォースギアを展開してくれ」

『なるほど。この世界の兵藤一誠との違いを見せればそれで済むというわけですか』

 

 フェルは俺の思惑に気付いてくれたのか、すぐにフォースギアを展開してくれた。

 そして創造力を一段階だけため、すぐに神器を創造した。

 

『Creation!!!』

 

 形はよりヴァーリたちの驚愕の顔にさせるために、白龍皇の翼と酷似させ、能力も半減の力にする。

 といっても一回の創造力で出来たもの故に顕現時間は短いか……

 俺はヴァーリの肩に手を置き、そして―――

 

『Divide!!』

「…………ッ!?」

 

 ヴァーリの力をその言葉通り、『半減』した。

 もちろん即席の神器だから半減は一度しか出来ないし、能力と創造力の回数が見合わないから半減された力はすぐに戻り、神器も壊れる。

 だけどヴァーリは明らかに表情を変えた。

 

「……これは驚いた。まさか俺の神器と同じ力をされるなんて―――何者だ、君は」

「理解してくれて助かるよ、この世界のヴァーリ。それと忠告その一……。ここで戦いを始めたらとりあえず黒歌貰っていくから」

「は、はい!? いやいや、あんた何言って―――」

 

 喚く黒歌に一瞬、殺気にも似た視線を送ると黒歌は黙りこくる。

 ……俺の世界の黒歌と同じで中々扱いやすいな。

 

「……まあ今黒歌がチームから離れた困るな。その忠告を飲もう。それで、だ。……君は何者だ?」

「端的に言えば―――平行世界の兵藤一誠」

 

 ……俺の言葉にヴァーリと黒歌は言葉を失う。

 恐らくは信じられない疑心と、たった今目の前で繰り広げられた出来事からの説得力が渦巻いているんだろう。

 とはいえ、俺がしたいのはこいつらを納得させるのではなく牽制。

 今の状況下では不安要素は一つでも失くして他ないからな。

 特にこの世界では中々行動の読めないヴァーリチームなら尚更だ。

 

「一旦その言葉を信じるとしてだ。君のその力、俺はとても興味があるッ!! あぁ、今すぐにでも戦いた―――」

「……ま、そう言うよな」

 

 ヴァーリは最後まで言葉を紡げない。

 何故なら……。ヴァーリが目視出来ない速度で展開された俺の無刀による魔力の刃が、ヴァーリの眼球スレスレで向けられているからだ。

 その事実にヴァーリはただ目を見開く。

 ……なるほど、俺の世界とはやはり差が生まれているのか。

 ヴァーリから感じるオーラは超一流の強者のものだけど、だけどこっちの世界のヴァーリは更に凄まじい。

 

「驚いたな。まさか何の反応も出来ないとは……」

「これで理解できただろ? この町で騒動を起こすなら、遠慮なしでその目を抉る。悪いが今はお前を相手している暇はないんだ」

 

 俺は無刀に供給する魔力を止め、懐に柄だけとなった無刀をしまう。

 

「……いや、まだその条件を飲むには魅力を感じないな」

「そうねぇ~。確かにあんたが凄いのは分かったけどぉ~、ちょっとそんな言い方だったらムカってくるにゃん♪」

 

 するとヴァーリと黒歌からそんな返しが来る。

 ……よし、ここは強硬策だ。

 ヴァーリに対する魅力的な条件は既に思いついているけど、黒歌はどうしたもんか。

 ―――って、ちょっと待てよ。

 この世界ではそれぞれの人物に差があれど、本質は一切違わない。

 リアスは眷属想いだったし、アーシアは天使だった。

 それ以外にも小猫ちゃんは相変わらず甘えん坊であったりする。

 なら―――こいつ、実はシスコンなんじゃないか?

 禍の団、そもそも小猫ちゃんと離れ離れになっているのも全て小猫ちゃんを想ってのことだとすれば……

 こいつはカマを掛ける価値があるな。

 

「ところで黒歌、小猫ちゃんがこの前、寝言で『お姉さま……寂しいです……』って呟いてたんだけ―――」

「―――に、にゃにぃぃぃ!? そ、それホント!? ねぇねぇねぇねぇ!!!」

 

 ……途端に興奮気に俺の肩をガタガタと揺らすシスコン猫又。

 ……黒歌はすぐにハッとして、俺の顔。……ニヤリと笑む俺の顔を見た。

 

「ははは、随分と面白いもの見させて貰ったぜ?」

「は、図ったにゃ~!?」

 

 黒歌は羞恥に包まれ、ポカポカと叩いてくる。

 おうおう、これは随分と可愛いことだ!

 俺の世界の黒歌に近づいて来たんじゃないか?

 ……さて、ここが決め所だな。

 

「ヴァーリ。もしこの要求を飲んでくれるなら―――全ての問題が片付いた後、お前と戦ってやる」

「……ッ。…………ふふ、良いだろう」

 

 もちろんデマカセ、ハッタリだ。

 だけど向こうに何もしないことにデメリットがない上に、戦える大義名分を得る可能性がある選択肢をちらつかせた。

 それに何より

 

「飲む! それ飲むにゃん!! だから白音にあのこと言わないでぇぇぇ!!!」

 

 ……この馬鹿猫の悪戯猫感が一切ないから、乗っかってくるに決まっている。

 

「よし、交渉成功。んじゃ、俺はそろそろ行かせてもらうよ―――っとその前に」

 

 俺はヴァーリたちから背を向け、学園に向かおうとした時に黒歌の方をチラッと見た。

 ……ちょっとくらい助言しても良いだろう。

 

「黒歌、お前はもうちょっと素直になれよ。たった二人の姉妹なんだからさ、手を取って笑顔で生きていった方が幸せだぜ?」

「……ッ。余計なお世話、にゃん。…………ねぇ、あんたの世界ではその―――私たちはやっぱり今みたいになってる?」

「……いや。今頃縁側で二人で昼寝でもしてると思うよ。俺の可愛い猫たちは微笑ましいくらいに仲良しだからさ」

 

 ……黒歌は少しだけ寂しそうな顔をして、それ以上は何も言わなかった。

 俺はそれを確認して、足を進めた。

 

 ―・・・

 

 俺が一誠たちと合流したのはあれからすぐのことだった。

 一誠たちは交代制で俺の捜索を続けていたらしく、駒王学園に向かう途中で祐斗と遭遇し、他の眷属と合流した。

 どうやらかなり心配していたそうで、イッセーに至っては顔を合わせて腰を抜かすほど安心していた。

 ……随分と懐かれたもんだな。

 不意にそう苦笑いをしてしまう。

 ともあれ俺は大体の事情を皆に話した。

 二日間の猶予が出来たこと、そして黒い赤龍帝が再びここに来ることを。

 ただしアイから聞かされた事実は話さず、これからの行動に関することだけをかいつまんで教えた。

 そして今―――

 

「はぁぁぁ!! ソード・バース!!」

「ッ!!」

 

 ―――俺たちは模擬戦をしていた。

 参加するのはイッセー、ゼノヴィア、イリナ、祐斗、ロスヴァイセさん、小猫ちゃん。

 基本的に前線で体を張って戦うメンツで、俺はその内の祐斗、イリナ、ゼノヴィアを同時に相手取っているんだ。

 使う武装は無刀、アスカロン、そして赤龍帝の籠手。

 兵藤家の地下にあるトレーニングルームなら派手に暴れても問題ないというアザゼルの意見に従ったわけだ。

 目的は二日後にある黒い赤龍帝との決戦のための準備。

 力ってものはやはり実戦で身に付く物で、一日二日でも効果は必ずあるんだ。

 

「い、イッセーくんと同じ顔してるくせにテクニックタイプって、生意気よ!!」

「全くだ! イッセーなら力押しだろうッ!?」

「うるせぇ! そんな軽口叩くなら少しはテクニック覚えろぉぉぉ!!」

 

 デュランダルと光の剣で同時に襲い掛かるゼノヴィアとイリナに対し、二つの刀でそれぞれの剣を止める。

 そしてそこから剣を薙ぎ払うように一回転して、そして怯んだところで二人の腹部に蹴りを放った。

 間一髪で直撃を避けるも、衝撃はあったのか蹴られた部分を抑える。

 

「―――今だ!」

 

 すると俺から少しばかり距離を取る祐斗が聖魔剣を一度消し、聖剣を創り出す。

 そして……次の瞬間、祐斗の周りから銀色の甲冑姿の騎士たちが生まれていく!!

 数にして三十はいるか? それは正に……騎士団。

 

禁手化(バランスブレイク)! ……聖覇の竜騎士団(グローリィ・ドラグ・トルーパー)!!」

「……なるほど、聖魔剣の『聖』の方の禁手かッ!!」

 

 詳しい原理は分からないけど、でも納得は出来る。

 祐斗は魔剣創造の神器の所有者だが、聖剣の因子を手に入れたことで聖魔剣という力に目覚めた。

 つまり魔剣創造という神器の他に、後天的な神器として聖剣を創る神器。

 聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)すらも保有しているってことだ。

 その聖剣創造側の禁手があの技なんだろう。

 ……見極めるか。

 

「さぁ、君にどこまで届くか試させてもらうよ! 龍騎士団よ!!」

 

 すると龍騎士団は祐斗と遜色のない速度で俺に襲い掛かって来た。

 ……速い。

 これは祐斗のコピーと言っても過言ではない速度だ。

 それの数が大体三十くらいで、しかも意志を以て攻撃してくるから厄介、か……。

 

「―――速くても、防御力はどうだ?」

『Boost!!』『Explosion!!!』

 

 俺はそこで溜めていた倍増の力を全て解放し、パワー、スピードを均等に上げる!

 無刀からは更に魔力のオーラが強くなり、俺は龍騎士団を逆に速度で翻弄する!

 騎士にプロモーションを果たし、二刀流で龍騎士団を切り刻んでいった。

 

「なッ!? なら―――」

「おっと、そうはいかないぜ」

 

 祐斗は自らも甲冑を着こんで翻弄の作戦に出るのを確認して、俺は無刀のオーラを逆噴射してその甲冑を弾け飛ばす。

 そして一度無刀とアスカロンを戻し、更に倍増の残ったオーラを全て魔力込みで手元に集める。

 そして……それを魔力弾として放った。

 

拡散の龍砲(スプレッド・ドラゴンキャノン)!!」

 

 威力は弱いものの魔力弾を拡散して広範囲でダメージを与えれる拡散型の魔力弾で龍騎士団の大半を屠り、そして即座に俺は籠手を禁手化する!

 赤龍帝の鎧を着こみ、そして鎧から倍増の音声を鳴り響かせた。

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!!!!』

 

 その幾重にも強化された力を用いて、背中の噴射口からオーラを噴射させて祐斗に一瞬で近づく。

 そして拳を振るい、

 

「ッッッ! ……参ったな。降参だよ」

 

 ……拳を祐斗の顔の前で止めた。

 祐斗がその場に尻餅をついて苦笑いを浮かべているのを確認して、俺は鎧を解除して後ろから襲い掛かるイリナとゼノヴィアに目を向ける。

 龍騎士団の残骸に紛れた完全なる不意打ちだけど、既に察知していた。

 俺は二人から放たれる上向きの斬撃に対し、紙一重で体を逸らして避け、そしてカウンターのように二人の手を掴んで地面に叩きつける。

 そして先ほどしまったアスカロンと無刀を瞬時に取り出し、その剣先を二人に向けた。

 

「……マジか」

「マジだよ」

「う、嘘でしょ?」

「ホントだよ」

 

 その結果に目を丸くして驚愕の顔をするゼノヴィアとイリナ。

 どうやら今の不意打ちで一矢報いようとしていたようだけど……甘い甘い。

 こんなんでやられてたら今頃ロキにやられてるっての。

 二人が戦闘不能になっているのを理解すると俺は全武装を解除し、二人に手を差し伸べた。

 

「うぅぅっ! これじゃあミカエル様のエースの風格が台無しよ! っていうか強すぎ!!」

「生身で私のデュランダルを受け止めるとは……。ははは、なんだ私はここまで弱いのか……」

「いやいや、ゼノヴィア!? そんな反応されたら罪悪感がやばいからやめて!?」

 

 見るからに沈んでいくゼノヴィアにそう取り繕う。

 ……いや、本気で戦っていたんだけどな。

 もちろん完全武装ではないから本気とは言い難いかもしれないけど、全ての武装を全部装備するとか愚の骨頂だからな。

 とにかくアスカロンと籠手、無刀に使用を絞って戦っていた上に、祐斗との勝負を決めるときについ禁手も使ったからな。

 予想外の連携に俺も驚いた。

 それに三人には黙っていたけど、最初から身体中に魔力を過剰供給し、身体能力を無理やり急上昇させるオーバーヒートモードも使っていた。

 なんの装備もなしでゼノヴィアの剣をまともに受けたら、それだけで終わりだ。

 それに祐斗なら禁手を最初から使っていた方が見極められそうだ。

 動きは確かに早くなるけど挙動が大ぶり過ぎる上に、オーラの噴出で動きを予測されそうだし。

 

「あんまり自分を卑下にするなよ? 俺だって必死で鍛えて今、こうなっているんだからさ」

「……確かに君の強さからは血の滲むような努力の匂いは漂うが」

「―――才能、なかったからなぁ」

 

 もちろんそれはオルフェル時代のことだ。

 兵藤一誠になってからはオルフェル時代に比べれば破格の魔力を手に入れれたし、仲間や周りに恵まれたおかげでアスカロンに無刀っていった武器も手に入れた。

 それに何より、フェルの力によるところが大きい。

 俺が自分で手に入れた力といえば、それこそ鍛え上げた体とオーバーヒートモードくらいだ。

 それと魔力弾の能力付加くらいか。

 俺の今の力っていうのは、周りが支えてくれたおかげで手に入れることが出来たって部分がかなり大きい。

 

「俺はそんな完璧超人じゃないからさ。ちょっと前までトラウマを拗らせて不安定だったし、俺の世界のアーシアを何度も泣かせてたし……あ、なんか無性に癒しが欲しくなってきた……」

「ははは……。なんていうか、あれほどのことがあったのに緊張感がないよね」

 

 すると祐斗は苦笑いをしながらそう言ってくる。

 まあ俺に至っては一日も行方不明だったんだから、当然の反応か。

 

「どんなに緊張しようが、固まっても時間の無駄だ。それくらいならこうして体を動かして、対策を練る方がマシだよ」

 

 それに何より、こんな辺境の世界で死ぬわけにはいかない。

 俺の帰りを待っている仲間がいるんだ。

 それに帰ったら、しないといけないことが山ほどある。

 文化祭の準備、修学旅行の予定決めに……眷属も集めないと。

 俺の中では既に決めていることがたくさんある。

 

「……それに何より、今は意気込みの方が緊張に勝ってる。だから前に進むしかないんだ」

「……そうだね。オルフェルさんが負けたって聞いて、少し不安になっていたのかもしれないよ」

 

 祐斗は嘆息して、そのまま俺から離れる。

 俺はそれを確認して、向こうで手合せをしている三人の方に行こうとし―――っとと。

 俺は不意にふらついた。

 

「……流石に病み上がりではこれ以上はダメか」

 

 アイによる治療が済んでいるとはいえ、やはりまだ体に無理があるみたいだな。

 一日休めばどうにかなると思うけど……今日は大人しくしておくのが良いか。

 俺は一誠たちに一声かけ、そしてそのままエレベーターに乗って貸し与えられてる自分の部屋に行くのであった。

 

 ―・・・

 

 ……自分の部屋につくと、そこにはベッドの上で眠っている観莉の姿があった。

 俺が行方不明の間、観莉は中々の不安定な状態だったらしい。

 俺っていう存在を心の安定剤にしていた故に、俺が消えた時は情緒が今以上に不安定になり、ずっと泣き叫んでいたそうだ。

 故にさっき部室で再会したときの落差は激しく、ずっと抱き着いていた。

 今は泣き疲れたのかこうして寝ているわけで、その間を狙って修行していたわけだ。

 

「……ごめんな。こんな事態に、巻き込んで」

 

 俺は天使のように眠る観莉の頭をそっと撫でる。

 すると途端にくぐもった心地の良さそうな吐息を漏らし、寝返りをした。

 

「……大丈夫。俺が絶対に元の世界に帰してみせる。そうだな、無事に記憶が戻って帰ったら、観莉の言う事はどんなことでも聞くよ」

「……んにゅ……。やくそ、く……だよ……」

「…………寝言かよ」

 

 一瞬、観莉の言葉にドキッとするけど、俺は嘆息して彼女に毛布を被せる。

 ……もし観莉の記憶が戻った時、このことを全て覚えていたとしたら。

 俺はもう観莉に全てを打ち明けるしかない。

 それはつまり観莉を異形の世界に引き摺りこむことに他ならない。

 ……記憶を操作する方法ももちろんある。

 だけど俺はそれをしたくない。

 ―――他人に、人生を変えられることだけは絶対にしたくない。

 

『……相棒。少し良いか?』

「ん? どした、ドライグ」

 

 すると突然、ドライグが若干困惑した声音で話し掛けて来た。

 

『いや、俺も訳が分からないのだが―――とにかく、神器に潜ってもらって良いか?』

「それは構わないけど……」

 

 昔、歴代赤龍帝の先輩たちを説得するために神器の核の部分に潜ったことは何度もあった。

 その要領で俺は神器に潜り、そこにいつも通りの白い空間が―――

 

「―――は?」

 

 ……白い空間なんてものはなかった。

 いや、むしろ白い空間があって欲しかった。

 ……俺の目の前の光景は異常とも取れるほど異質なものだった。

 

『……俺も、ついさっき気付いたのだ―――何故、相棒の顔写真や動画が永遠に流れているッ!?』

 

 ―――そこにあったのは俺の顔写真や、俺の今までの戦闘が動画として流れている光景だった。

 これは一度、元浜から借りた漫画でヒロインをしていたキャラがしていた行動に近い。

 ……好きな男の子の写真を部屋中に張りまくっているという異常行動。

 ちなみにミリーシェも似たようなことをして、俺が説教をしたことがある。

 だ、だけどこれは余りにも―――

 

『……待っていたわ、今代の赤龍帝・兵藤一誠』

 

 ……その時、俺に声をかけてくる存在がいた。

 それは凄まじいほどの美女だった。

 ミリーシェを彷彿させるようなウェーブのかかった金髪に整ったスレンダーなスタイル。

 スリットの入ったドレスを着る女性―――俺はその存在を知っている。

 何度かドライグに赤龍帝のことを聞いたことがあった。

 歴代で最強の赤龍帝は誰なのか? その問いにドライグはいつも二人の名を答えていた。

 その一人が彼女。

 確か名は―――

 

『最強の女赤龍帝、エルシャ……さん?』

『あら、私の存在を知っていたのね? お姉さん感激よ!』

 

 あらら、随分と親しげな先輩だな。

 っていうか今まで会ったことはないはずだ。

 オルフェル時代もまともに俺の声に反応してくれていた先輩はいなかったし。

 

『あ、その問いには応えるわ。そもそも赤龍帝の残留思念には怨念を含まない例外が二人いたの。まあ今となってはその怨念すら君が取っ払ってしまったんだけど……。―――ともかく、君がオルフェルだったときにも話し掛けたかったんだけど、あの結果になってしまって君が心を閉ざしていたから話しかけることが出来なかったのよ』

『……確かに、兵藤一誠になってからここに来たことはなかったな』

 

 今更ながらうじうじしていたよな。

 ホント、今考えても自分に嫌になるけど―――まあそれを受け入れたんだから、もう何とも思わないか。

 って、今の問題はそれじゃなくて!

 

『一体これは何なんですか!? なんか真っ白だったはずの空間が、歪なものになって』

『―――歪? あはは、何を言っているの。これは正に神聖な場だわ』

 

 ……………………は?

 俺の言葉に雰囲気ががらりと変わるエルシャさん。

 っと、その背後に新たな影が現れる。

 

『あらベルザード。あなたまで出てくるなんてね』

『……我らが彼に、挨拶は必要と思ってな』

 

 それは男性で、とても低い声だけど威厳ある風格の男だ。

 整えられた髭がその男性を若く見せていて、年齢は20前後に見える。

 

『……べ、ベルザード?』

『ドライグ、この方は……』

『―――歴代赤龍帝で最強の男だ』

 

 う、嘘だろ!?

 っていうかエルシャさんの口ぶりから、その例外の二人っていうのがこの御二方ってわけか!

 最強の女帝と最強の男。

 ……是非ともお話をしたいところだけど、今はそれどころじゃねぇ!

 

『エルシャさん! なんでこのタイミングで現れたんですか? 正直、さっきの言葉の意味もこの空間の意味も全く分からないんですけど……』

『そうね。唐突だったけど、私達(・ ・)はこの衝動をもう抑えられないのよ―――いえ、抑えられないのです!』

『何故敬語!?』

 

 俺のツッコミにエルシャさんは応えてくれない!?

 いや、ホントなんなんだよこれ!!

 エルシャさんは跪いてくるし、ベルザードさんもベルザードさんでエルシャさんに続くように跪いているし!

 っていうか最強のお二人にそんなことされるほど俺何かをしたか!?

 

『……私たちはあなたに奇跡という所業を何度も魅せられてきました。一度は壊されたあなたの目標を、あなたは優しい力によってやり遂げた―――そう、やり遂げたのです』

 

 ……すると二人の後ろに、綺麗に配列を整えながら他の歴代赤龍帝の皆様が並ぶッ!

 全員例にもれなく跪いている!?

 

『……我らは思った。そこまでの愚直な信念を続け、大切なものを護り続けて来た貴殿は何と掛け替えがないと。あぁ、我がどれほど愚かであったかと』

『力に溺れるしかなくて、この力に怖がっていた私はあなたの行動に救われました』

『才能がなくてもあきらめることなく自分を高め、諦めることをしなかった貴方様に、私は深く敬意を持ちます』

 

 ベルザードさんがそう言って、ベルザードの後ろに控える長い髪を一つに束ねた容姿の整っている北欧系の男性と、背が低くどこか小動物を窺わせる橙色の髪の女の子が、まるで神を見るようなキラキラとした目で俺を見てくる!

 

『……私たちはそんなあなたの行く末を見るだけじゃない。共に進みたい。故にこうして今までご無礼を承知の上、挨拶をしようと考えたのです』

 

 エルシャさんは代表でそう言って、顔を下げる。

 ……そっか、先輩たちはやっと俺を認めてくれたのか。

 なら、なら俺も先輩たちに色々と教えて―――

 

『故に私たちは敬意と惧れを胸に抱き、恐る恐るながら今代赤龍帝・兵藤一誠様のことをこう呼ばせていただきます!!』

『『『『『『『『『――――――――――お兄様と!!!』』』』』』』』』

 

 ……………………………………………………。

 ……………………………………。

 ………………。

 ―――は?

 

『『『『『『『『『――――――――――お兄様!!!』』』』』』』』』

『いやいや、聞こえてるからな!? 聞こえたうえで呆れてんだよ!!』

 

 俺はその場でそう言うと、するとエルシャさんとベルザードさんの後ろに控えていた、先ほどの橙色の髪の女の子が俺に一礼して、そして近づいて手を握ってきた。

 

『私の名前はルミエールといいます! 僭越ながら、この神域を創造させて頂きました―――お兄様信者、女性赤龍帝部門の第一信者です!』

『―――お前かぁぁぁぁああ!!!』

『きゃん♪ お兄様が叱ってくださる……ッ』

 

 俺が大声をあげると、途端に体を震えさせて喜ぶルミエールさん。

 ……は? いやいや、なんでだよ!

 

『ちなみにルミエールはあなたがオルフェル時代から既にそんな状態でした』

『そんな解説要らないからな、エルシャさん! っていうかルミエールさん!? なんでお尻を突きだしてんだよ!?』

『え? お、お兄様からのお仕置きなら、私……喜んでされます!』

『しないから! 何があろうとしないから!!』

『え…………。し、しないの?』

 

 俺がそうツッコむと、途端に泣きそうになるルミエールさん!

 だから―――

 

『なんでだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおお!!!!!!!』

 

 ………………俺の画像や映像が永遠のように流れる歪な空間で、俺の絶叫が響くのであった。

 それは確実な赤龍帝の力の変化のわけなんだけど―――当然、受け止められるはずがなかったのだった。

 

 ―・・・

 

「―――はッ!? ……な、ドライグ。夢、だよな?」

『……残念だが、全て真実だ。現にいま、歴代の赤龍帝の残留思念―――お兄様信者たちが相棒をこちらに連れて来いとうるさいんだ』

「…………」

 

 俺はドライグからの真実に、肩を落とす。

 なんていうかさ? 色々なことがあって認められたのは嬉しい!

 だけど……まさかこんなことになるとは思いもしてなかったんだよ!!

 

『なんていうか、仕方なかったんじゃないか? そもそも相棒はそれほどのことをしたのだから……』

「ごめん、受け止めるのにもうちょいかかりそうだから、今は触れないで……」

 

 俺はふらふらとした足取りで、そのまま立ち上がる。

 そしてとりあえず水を飲みにリビングに行くのであった。


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