ハイスクールD×D ~優しいドラゴンと最高の赤龍帝~ 作:マッハでゴーだ!
涙を止める術なんてなかった。
その温かさを感じて、その声を聴いて、その姿を見て……体裁なんてお構いなしで、俺は彼女を抱きしめて泣き続けた。
―――ミリーシェ・アルウェルト。
生前の俺の恋人で、赤龍帝と白龍皇の定めに翻弄された俺の一番大切だった人。
何かによって殺され、もう二度とその姿を見ることは出来ないと思っていた……俺の最愛の人だった。
……夢、なのかもしれない。
この光景、この感覚が全て夢で、本当は俺が死ぬ前の走馬灯なのかもしれない。
だけど―――心の底から、それに俺は甘えていた。
俺が今まで諦めたことは一つもなかった。
どんな時でも絶対に諦めることだけはしたくなかった。
……だけど一つだけ、何があろうと無理だと諦めていたことがあった。
それは
「もうッ!絶対に会えないって、思っててッ!!お前のことはずっと……諦めててッ!!ずっと、会いたかった……ッ!!」
もう会うことは出来ない。
触れることも、話すことも……全てを諦めていた。
ミリーシェとの触れ合いを全て…………諦めていたんだ。
だから俺はこの感情を留めることは出来ない。
「……うん。私も、ずっと君と話したかった。こんな風に抱きしめて―――ごめんね……ッ!勝手に死んで、君にこんな辛い思いをさせてしまって……ッ!!」
ミリーシェの俺を抱きしめる強さが強くなる。
……温かい。
俺はこれまで幸せだった。
大切な家族に愛されて、掛け替えのない親友に恵まれて、永遠の仲間に出会って。
でも……俺の心の中には空白があった。
空白と呼ぶには言葉が足りないくらいの……空虚な想い。
何があっても埋めることが出来なくて、何かが代わりになることも出来ないもの。
「……どうしてここにミリーシェがいるのか、これが夢なのかとか……今はそんなこと全部どうでも良い―――ただお前がいるだけで俺は……それだけでもう幸せなんだ」
……ミーと一緒に居れれば他に何も要らなかったのにな。
俺は昔、死ぬ間際にそう思っていた。
今でもその想いを否定することはない。
今、この温もりを感じて俺は確信した。
―――やっぱり俺は、ミリーシェのことがどうしようもなく大好きだと。
昔の想いをどうにか出来ることなんて……無理なんだと。
そんな風に考えると、不意に俺の頭にアーシアの顔が浮かび……自分が大嫌いになる。
「……今、私以外の女の子のこと考えたでしょ!もう!!もうもう!!」
……そんなことを考えていると、ミリーシェは先ほどの涙声とは裏腹に、腕に力を込める。
「い、痛い痛い!?み、ミリーシェ!頭抱きかかえられて力入れられるのは痛いってッ!!」
「うるさいうるさいッ!!人の知らないところで勝手に他の女の子にキスして!!されるならまだしも、自分からなんて許さないんだから……ッ!!」
ミリーシェが知るはずのない事を言う。
……どうして知っているんだろうという疑問もあるけど、懐かしいな。
ミリーシェがこんな風に怒る所なんて、本当に久しぶり過ぎて涙が出そうになる。
ってかもう出てる。
さっきから涙は一切止まらないんだ。
「……許したくない、けど。でも私と会っただけでそんなに泣いてくれるのなら―――やっぱり私は君の中で特別ってことなんだよね♪」
「ああ……特別だよ。絶対に、何があっても覆らないくらいに」
「でも私だけじゃないってのは悔しいし、嫉妬しちゃうなぁ~……」
……昔から、ミリーシェは俺の考えることはお見通しで、嘘なんてそもそも付けなかった。
だから俺は本心だけをミリーシェに伝える。
「……うん。だって君は私に嘘を付かないから、だから好きなんだもん」
ミリーシェははにかんだようにそう笑いながら、俺から一歩離れる。
……そう、嘘は付けないんだ。
どんなに俺が自分の弱さを見せたくなくても、ミリーシェに対してそれは通用しない。
「―――ここってさ……最後の最後まで、ミリーシェと一緒にいた場所だよな」
俺はそう、話し始めた。
―・・・
俺とミリーシェは草原の真ん中で無造作に座り込んで、手を握ってずっと話していた。
自分たちのこと、懐かしい昔のこと。
本当に大切なことは何も話さず、俺は現実を話そうとせず……この幸福に永遠に浸かるように話し続けていた。
現実から目を背けたかったんだ。
自分勝手で、最低なことをしているのは分かっていた。
だけど……どうせ死ぬなら、せめてこの幸福を今だけでも良い。
そう考えると自然とミリーシェの手を強く握ってしまう。
「……どうしたの?さっきから、握る力が強くなってるよ?あ!もしかしてここで昔出来なかったことをしたいとか?ほら、私達って結局えっちも出来なかったし!」
「……はは。そうかも、しれないな」
……でもなんでだろう。
どうしても、俺の口から発せられる言葉は歯切れが悪い。
幸福なはずなんだ。
ミリーシェと少しの間でも一緒に居られることは俺にとって何にも耐えがたい幸せだ。
何でこんな奇跡が起きているかは分からない。
……でもどうして、こんなにも心が苦しいんだ。
「……じゃあ、ここで私と繋がろ?ずっと、ずぅぅぅっっっと!―――ここで私と一緒にいよ?」
……ミリーシェは俺を押し倒し、そして俺の背中に手を回して抱きしめる。
俺の鼻孔をくすぐるミリーシェの甘い匂い、柔らかい体、そして目視できる紅潮した頬。
目はトロンとしていて、それだけで嫌でも体は反応する。
「それも良いかもしれないな。大好きなミリーシェとずっと一緒にいれるのなら、それは俺にとって素晴らしいことだから……」
「うん!ここが夢だとしたら、ずっと夢を見ていても良いんだよ!それがずっと辛い想いをしてきた私達へのご褒美なんだから♪」
……でも、心のどこかで引っかかる。
何かを……忘れている気がする。
「俺は……お前が」
好きだ―――そう言おうとした時、ミリーシェの冷たい手が俺の頬を覆った。
「―――嘘。やっぱり、君はずっと嘘をついてる」
「嘘なんてついていない。全部、俺の本心だ!俺はずっとお前と一緒に生きていたいッ!!」
「…………だから、だよ」
ミリーシェは俺の目元に指を持っていき、そして―――拭った。
ミリーシェの指先は何かの水滴のようなもので濡れていて、そして俺はすぐに気が付いた。
…………俺の、涙だった。
「……夢の中で生きることは、生きることって言わない。それにね?君はずっと死んでるよ―――自分にずっと嘘を付いている■■■■■は、ずっと死んでいたの」
「自分に嘘を……ついている?」
俺はミリーシェの言葉を反復するように、そう言った。
「そう。だって君は自分自身のことが大嫌いなんだもん。でも意地を張って、振り切った顔をして……やっぱり諦めようとしている。自分に嘘を付いているんだよ?―――
「……自分のことが大嫌い、か―――ははっ……お前には敵わないな、ホント……」
俺はミリーシェの言葉を受け止める。
……ああ、俺は自分が大嫌いだ。
ミリーシェのことを守れなかった自分が嫌いだ。
守りたいのに守れない自分が嫌いだ。
皆に良い顔をしている八方美人な自分が嫌いだ。
優柔不断で、皆の気持ちに応えようとしない自分が嫌いだ。
……こうして、一人で諦めている自分が―――嫌いだ。
「……私の意識は白龍皇の宝玉に、残留思念として残っていたの。そして君が私の宝玉を自分の神器の中に保存して、私は近くで君をずっと見ていた。だから分かるんだ―――どうして、君が自分の名前を思い出せないのかも、全部」
……ミリーシェはそう言って、俺の上で馬乗りになりながら話し続けた。
「……君は昔から他人を肯定していた。それが出来るのは君が優しいから。誰よりも他人に優しくあろうとして、守ろうとしていたから。だけど私は殺され、君は私を守れなかった自分が……嫌いになった」
「ああ、そうだよッ!そんな自分、好きになれるわけないじゃない!!」
「……嫌いになることは良い。でもね?―――自分を受け入れなきゃ、何も始まらないんだよ」
―――その言葉に、俺の頭は真っ白になった。
自分を受け入れる……その言葉は血の昇っていた俺の頭を確実にクリアにするほどのものがあった。
「私なんて良い例だよ。私は自分でいうのはあれだけど、凄く醜い性格なんだよ?誰よりも君のことが好きで、その想いは歪んでいて他の誰にも渡したくない。そんな自分が私はホントは嫌で、それで私は自ら君の前で命を絶とうとしたこともあった」
それは昔、少年だった時、初めて神器に目覚めた転機の出来事。
屋上でミリーシェが自ら命を絶とうとして、それを救った時のことだ。
「私が命を絶とうとしたのは、自分を受け入れたくなかったから。こんな汚い女、優しい君の傍にいてはいけない。でも…………君はずっと、私を受け入れてくれた」
……ミリーシェは笑顔で涙を流していた。
「それがどれだけ私を救ってくれたのか……オ■■■■は分かっていないよ」
どうしてだろう。
今、ノイズが少しだけ無くなった気がした。
「誰も友達がいなくて、ただずっと傍にいて私と言う存在を肯定し続けてくれた君……だから私は自分を受け入れて、自分を肯定することが出来たんだよ?」
「……だけど、俺にはそんな―――」
人がいない、とは言えなかった。
「―――君は分かっているんでしょ?自分の名前を思い出せないのは、無意識で自分を否定しているから」
……考えてみれば、あの時俺の頭に広がった前世の俺の怨念を、俺は自分とは別物と言っていた。
自分の怨念を、昔の自分を
「……私の好きな君は、自分を蔑ろになんてしないのになぁ~。自己犠牲はあっても、自分はどうなっても良いなんて考え方だけはしないはずなのにな~♪」
ミリーシェは悪戯な笑顔を浮かべる。
「……ね?さっき、言葉を濁したよね?俺にはそんな人―――って。つまり本当は分かっているんだよね」
「…………」
するとミリーシェは俺の額を人差し指で突く。
その指先からは白い光が浮かんでいて、それは俺の頭の中にすうっと入って行った。
―――その瞬間、俺の頭の中にある光景が浮かんだ。
『何があっても、イッセー君は傷つけさせない!』
その姿は凄まじい傷を負いながらも巨大な狼に立ち向かう騎士の姿だった。
『僕は!約束したんですぅ!!強くなって、イッセー先輩の御役に立つって!!』
その姿は、鼻血を出してなお懸命に俺に近づく魔物を停止させる後輩の姿だった。
『私は―――まだイッセーの本当の王様になっていないわ!私の大切な人を、殺させはしないッ!!』
その姿は前線に立ち、滅びの魔力を行使する王の姿だった。
『私はようやく前に進めますの……そこにイッセー君がいないなんて、そんなの―――ッ!!』
『彼のお蔭で私は前に進めるのだ!何があろうと殺させはしない!!』
その姿は黒光りする美しい黒い翼をつけた、二人の親子だった。
『幼馴染だもん!!私を救ってくれたもん!!だから今度はッ!!救うんだ!!!』
『神の名において、あなただけは断罪します』
その姿は純白の翼を展開し、聖なる力を行使する天使たちだった。
『泣いてしまうなんてキャラじゃないことは承知の上だ―――その上で、貴様を殺してやるッ!!!』
その姿は無謀にも、だけど頼もしいほどの背中を見せる破壊の騎士だった。
『……消えろ。貴様はもう、沈め』
その姿は恐ろしく声音が低く、誰かも分からないと言えるほど怒り狂う白い鎧だった。
『悪神ロキ……あなたはどれほど彼を傷つけると言うのですか。どうしてそこまで―――狡猾なのですか!?』
その姿はロキに怒りを隠さず、幾重なる魔力砲台を展開する半神の姿だった。
『朽ち果てろッ!!燃え尽きろッ!!!』
『―――死を以て、償えでござる……ッ!!!』
その姿は傷ついているとは思わせないほど、強力な一撃を放つドラゴンの姿だった。
『ご主人様……死ぬなんて、許さないにゃん。だってイッセーは―――私の王様なんでしょ?』
『……帰ってきたら絶対に怒ります。絶対に離してあげません……だから、帰って来てッ!!!』
その姿は、涙を流しながらも戦い続ける二人の猫の姿だった。
『……いつもみたいに、帰って来てくれるんでしょ?だから目を開けてくださいッ!!お願いです―――イッセーさんッ!!!』
―――その姿は、いつも俺を癒してくれる聖女だった。
……………………俺は、何をしてんだよ。
皆が俺を守ってくれているのに、何を諦めてんだよ。
何で逃げようとしてんだよッ!!
仲間が、大切な人が傷ついているのに!
「……君を守りたい人はたくさんいる。その数だけ、君を肯定する人もたくさんいるんだよ?」
「ミリーシェ……お前は最初から、それを理解させるために」
ミリーシェは言葉を紡ごうとする俺の唇を、人差し指でツンとして黙らせる。
「―――何より、私はずっとオル■■■のことを肯定して、それでいて大好きなんだよ?だからもう……自分を偽るのは止めよ?」
そして―――優しく、包み込むように俺を抱きしめた。
……ダメだ。
俺、絶対にこの想いを失くすことなんて出来ない。
アーシアに対する想いも絶対に失くすことなんて出来ない。
「……愛してる、ミリーシェ」
「私も―――」
最後まで、言葉は続かなかった。
俺はミリーシェの唇を自らの唇で塞いだ。
吐息が、ミリーシェの吐息が聞こえる。
長い時間のように感じる、ほんの一瞬のキス。
俺は思い出していた。
小さい頃にしていた、子供みたいなキス。
子供みたいにムキになって、遊びのようにキスをしていた光景を。
ちょっと大きくなって、愛を誓ったキスを。
……運命を切り開くため、決心を決めた時のキスを。
「んんっ…………優しいキス、だよね……だから今は許してあげる。他の子と、キスしたこと……これだけで」
次第に唇は離れ、ミリーシェは微笑んで俺の頬を触れるように叩いた。
痛みは一切ない。
ペチン……そんな力ない音が響くほどのものだ。
『―――お前は生きなければならない。復讐を果たすため』
……そんな時、空間は真っ白なものに変わった。
俺とミリーシェは二人白い空間に佇んでおり、そして俺に声をかけた宿主は俺の目の前にいた。
黒い、禍々しいオーラを身に纏う前世の俺の姿をした怨念。
「……そうだな。お前の言う通りだよ―――俺は、生きたい」
俺はミリーシェから離れ、俺自身と向き合う。
『違うッ!!それはお前の願望だ!!お前の定めは、復讐を果たすことだッ!!生きたいということがお前の定めではない!!!』
「……確かに、復讐心は俺の中には存在しているよ。ミリーシェを殺した存在には、今も恨んでいる」
『ならばッ!!』
怨念は、禍々しい黒いオーラの塊を俺へと放つ。
それは俺の顔の真横を掠り、そのまま後ろの白い壁に衝突して衝撃音を鳴り響かせた。
『遠回りをするなッ!!初めから覇を使えば、全ては終わっていたッ!!覇の理を受け入れろ!!』
「……嫌だ」
俺は否定する。
覇を受け入れることを……つまり怨念の言葉を。
『ふざけるなッ!!貴様がそんなのだから、覇龍が消えたんだ!!奴を殺すための力がッ!!』
「……そっか。あの時、覇龍が消えたのは……そういうことだったんだな」
……俺が覇龍を必要としなくなったから。
怨念が、俺自身のものしかなかったから……覇龍は発動しなかったんだな。
「俺は覇を受け入れない。だけど―――お前を、受け入れる」
……もう逃げない。
『なん、だと?俺を……受け入れるだと?』
「ああ……自分の否定していた醜い自分を、俺は受け入れる。俺は俺で、お前は俺ってことを俺は―――受け入れる」
俺は手を怨念へと差し伸べた。
「俺は前に進みたい。仲間を守って、復讐もどうにかしたい―――その第一歩を踏み出すきっかけは、自分だったんだ」
ずっと認めなかった自分自身の醜さ、怨念。
目を逸らしていた。
弱い自分を否定して、強い自分を肯定していた。
だけどそれは止めたんだ。
「俺はさ、なりたいんだ―――優しいドラゴン、最高の赤龍帝に。だけどこのままじゃあ絶対に無理だ。自分を好きになれない奴が、最高になれるはずがないからな!」
『だけど、俺は―――』
「……俺は兵藤一誠だ。何があろうと、もうそれが覆ることはないと思う。でもそれに加えて―――俺にはもう一つ、名前があるんだ」
俺は……怨念の手を掴んだ。
受け入れるように、強く。
「俺はそれを思い出せない。その名を聞くとノイズが走る……俺にとって、お前は―――俺は弱いから。だから思い出したくなかった。だけど」
息を吐く。
そして
「受け入れるって決めたから!もう……弱さを怖がらない!!」
『…………………………』
怨念は何も言わず、俺をじっと見た。
「……お前も一緒に、前に進もう。いつまでも覇龍なんて暴走に、それこそ俺たちが恨んでいたものに頼りたくないだろ?」
『それは……そうだが』
「だったら!!―――俺たちは前に進める。この手で何かを守れる、そんな赤龍帝になれる」
繋いだ手を怨念はじっと見る。
……禍々しいオーラは、少しずつ消えていた。
「お前は俺、俺はお前だ」
『…………ははは。考えてみれば、俺の考えは矛盾していたな』
それと共に目の前の怨念は消えていくのを俺は目視した。
それは煙となって消えてゆき、煙は俺の中へと入っていく。
『覇龍を嫌っていたのに、いつの間にか復讐に目を囚われすぎて覇を望んでいた―――もしかしたら、俺は俺の救いを……求めていたのかもしれないな』
「そうだったら、俺は俺を救って見せる。だって俺は全てを守る赤龍帝になりたいんだから」
俺の言葉を聞いて、怨念は完全に煙となって消えた。
そして今まで怨念のいたところには真っ赤な紅蓮の球体が浮いており、それは俺の手元に来る。
その時だった。
―――だったら、全部守ろう。仲間も、家族も……愛する人も。
……俺の心の奥から、そんな声が聞こえた。
ドクン……………………―――ああ、そっか。
やっとだ。
これで俺は、前に進める。
思い出した、自分の本当の名前を。
「……うん!私の大好きな君の表情だ!!」
……するとミリーシェは俺に向かってダイブしてきて、胸にギュッと抱き着いてくる。
俺はそれを受け止め、そっと抱きしめた。
「……ありがと、ミリーシェ。俺はやっと自分を見ることが出来る」
「うん、どういたしまして♪―――それで、行くんだよね?」
ミリーシェは心配そうな顔は一切せず、そう尋ねて来た。
「ああ。俺は行くよ。皆にも呼ばれてるし、それに―――約束したからな」
「……だったら、引き留めはしないよ」
ミリーシェは俺から一歩離れ、手を握る。
「そういえば言ってなかったね。私がどうしてこうして君と会えたのか」
「……愛の力、とか?」
「それもあるよ?でもね、君に声が届いた本当の引き金は―――それ」
ミリーシェは俺の手元に浮く赤い球体を指さした。
……確かこれはグレートレッドが俺に渡して、籠手の中に入って行った光だ。
「……赤龍神帝は全部分かって、これを渡したのかな?私はその力によって君に声を掛けることが出来た」
「……そういえば、グレートレッドはあの時に言ってたもんな―――自分を受け入れろって」
今なら、あの時グレートレッドが言った俺の強さの意味が分かるかもしれない。
強さの意味は人それぞれだ。
……俺の強さの意味は、結局は原点復帰だったんだ。
随分遠回りして、やっと答えが出た。
俺の強さの意味は―――そう、ずっと答えは出ていた。
何かを守る強さ…………それが俺の強さの意味だ。
「……そういえば、こいつは俺が真に迫るときに力を貸してくれるんだっけ?―――つくづく、俺は仲間に恵まれてるよ」
「……ここからは私の本音を言うね」
するとミリーシェは俺から視線を外す。
顔を隠すように後ろを振り向き、そして……
「ホントは……行って欲しくないの……もっと君と一緒にいたいッ!!お話して、もっと束縛して、束縛されたいっ!!私だけをずっと見て欲しいのッ!!」
……涙が落ちていた。
声は涙声で、肩は震えている。
「だから―――」
「……もう、良いよ」
俺は…………ミリーシェを背中越しで抱きしめた。
……自分のことばっかりで、ミリーシェのことを考えていなかったよな。
―――ミリーシェはずっと一人ぼっちだった。
俺みたいにドライグがいるわけでもなく、ただ白龍皇の宝玉としてずっと一人だった。
なのに俺を諭して、怒って……前に進ませてくれた。
こいつは昔から自分に溜めこむんだ。
感情を、想いを。
それが一人ぼっちで爆発して、暴走して……
「辛かったよな……俺だって辛かった。お前に二度と会えないって思うとさ」
「……一人ぼっちはもう嫌なの……一人に、しないでッ!!」
……俺が出来ることは優しく抱きしめることだけ。
後はせいぜい、安心させるために出来ることをするだけだ。
だから今は抱きしめて、抱きしめよう。
「大丈夫、俺はここにいる……名前、思い出したんだ」
「……ホントに?」
「ああ、だからもう離れない―――オルフェル・イグニールはここにいるから」
……ミリーシェはその名を聞いた瞬間、俺の方に体を向けて俺を抱きしめる。
「―――ありがとう、オルフェル……ッ!!ありがとう、ありがとう……ッ!!」
「…………お礼は俺の台詞なんだけどな」
苦笑するように、ミリーシェの背中をポンポンと撫でる。
……オルフェル・イグニール。
それは過去の名だ。
否定はしない―――だけど今の俺は兵藤一誠だ。
……さてと、そろそろ行かないとな!
「ミリーシェ、俺は行ってくる。頑張ってる皆を守るために、な?」
「……うん。分かってるよ。でもここからどう目覚めるとかは決めているの?」
ミリーシェは不思議そうにそう尋ねた。
……目覚める方法、ね。
―――そうだな、一つ、良いものがあるな。
「ああ、あるよ。っていうか絶対に一つしかない。目覚める方法は」
「……そっか。そうだよね……全部受け入れたオルフェルが、前へ進むのはあれしかないよね」
「ああ。まあ全て変わるけど……あんな禍々しい言葉じゃなくて、俺の目指す夢の言葉を紡ぐよ」
俺はミリーシェに背を向ける。
なんだろうな―――もう、何でも出来る気がする。
こんなにも心が軽くなったことなんてない。
それくらいに俺は……
「行ってくる、ミリーシェ」
「うん―――いってらっしゃい、オルフェル!!」
俺は歩み出す。
……さあ始めよう。
皆を守る、優しいドラゴンと最高の赤龍帝。
その言葉を―――
「―――我、目覚めるは」
紡ごう。
「―――優しき愛に包まれ、全てを守りし紅蓮の赤龍帝なり」
掲げよう……全てを守る赤龍帝の証明を。
―・・・
『Side:木場祐斗』
「はぁ、はぁ……がはッ……!!」
僕は口から血を吐く。
体の限界を無視してエールカリバーを使っていた後遺症が、今になって来たんだろうね。
……だけどここで手を止めるわけにはいかないんだ。
『ふはははははは!!全てが無駄無駄!!!何があろうと、我が勝利するのだぁぁぁぁぁ!!!!』
ロキはフェンリルとヘルの力を融合させているからか、魔物を生み出しながら神殺しの牙を振るう。
僕たちはもう限界だ。
肩で息をしている人がほとんどで、血だらけ。
だけど―――
「引くわけにはいかないんだ」
それが僕たち全員の一致する気持ち。
今度は僕たちが守る。
大切な仲間を、イッセー君を。
……そんな時、空中に何やら魔法陣のようなものが描かれた。
「あれは、なんだ?」
それは黒い魔法陣で、明らかにここにいる人物以外の第三者のもの。
当のロキもそれを見ており、次の瞬間それに向かって動き出した!
「不味い、あれを落とさせるな!!!」
するとバラキエルさんは突如、命を糧にしているのかと言うほどの雷光を鳴り響かせ、ロキへと放つ!
流石のあの威力はロキも直撃は避け、魔法陣からは離れる―――と同時に、魔法陣から何か黒い巨大なドラゴンが落ちて来た。
それは禍々しい黒いオーラを迸らせるドラゴンで、歪な動きをしている。
……あれは、一体?
『―――あなたは木場祐斗君ですか?』
……すると僕の耳に突然、男性の音声が響く。
それは耳につけている通信機から流れる声で、すかさずその声は話をつづけた。
『すみません、時間がないので簡潔に話します。私は堕天使の副総督、シェムハザというものです』
「……堕天使のトップクラスが、どうして僕に」
『それはあなたが最も兵藤一誠を理解し、そして冷静でいるからです―――単刀直入に言えば今そちらにいる黒いドラゴン、それは匙元士郎君です』
……あれが匙君だって?
いや、確か匙君は神器の調整がどうとかでグリゴリに送られたってイッセー君から聞いたけど、一体あれはどういうことだ?
バランスブレイクではないけど、それにしたって彼の神器の禁手とは考えられない。
『実は今回の件に辺り、匙君に対してヴリトラ系の神器を全て合成したのです。そもそもヴリトラは幾重にも切り刻まれ、その魂を分割して4つの神器に封じた存在。その4つを合わせたのです』
「で、ですがそんなことは可能なのですか?」
『本来は不可能です。ですが彼は赤龍帝・兵藤一誠と関わり内に秘めるヴリトラの意識を一瞬とはいえ起こさせた。それに我々はかけて、そして―――兵藤一誠君がロキに屠られた事実を知り、突如暴走してそちらに送ったのです』
……だけど今、彼は暴走状態。
ならここで戦力になることは考えにくい!
「……なるほど、ヴリトラの神器を身に宿すシトリー眷属の兵士か?」
するとヴァーリは僕の隣に立ち、僕にそう尋ねた。
僕は彼の言葉に頷くと、彼は白龍皇の翼を広げて彼の元に行く。
僕はそれに続くように移動すると、ヴァーリは匙君に何かを語り掛けていた。
「シトリーの兵士よ。もし君が兵藤一誠が原因で暴走しているのだとすれば、ならばそれの原因は奴だ。あの狼が兵藤一誠に近づかせないようにしろ」
『―――――――』
……やはり今の彼には声は届かないのか?
だけどそれは束の間、突如匙君はロキに向かって黒い炎を放った。
「……同格レベルのドラゴンを宿す者ならば通じると踏んでいたが、どうやら正解だったようだ。彼は意識はないが、兵藤一誠が殺されかけたことに対し怒り狂い、ロキに攻撃をするよう仕向けた。しかも運の良いことにヴリトラ系の神器の力は面倒なものが多い」
ヴァーリは周りの魔物に対し翼から青い弾丸を全方位に向け放つ。
「―――君は兵藤一誠の傍に行くが良いさ」
するとヴァーリは魔力弾や翼からの弾丸を駆使してイッセー君やアーシアさんがいるまでの道を作る。
「……どちらにせよ、君たちがこの状況で生き残るのは難しい……死ぬときは、仲間の元が良いだろう?」
「……余計な心配をありがとうと言っておく。だけど僕たちはまだ諦めていない」
彼が命を賭けて僕たちを守った。
なら僕たちもまた、命を賭けて彼を守らないといけない。
「さて……どうしたものか」
ヴァーリはそう呟くと共に飛び立つ。
僕はヴァーリの作った道を進んでいき、そしてアーシアさんとイッセー君の元までたどり着いた。
「アーシアさん!イッセー君は……」
「……傷は、塞がっています。でも血を流し過ぎて、いつ命を落としても不思議では……ッ!!」
……悲痛なアーシアさんの涙と嗚咽が見え、聞こえる。
アーシアさんの回復力を以てしても目を覚まさないイッセー君。
『ハハハッ!!!消えぬ炎如きが我を止められると思うなぁぁぁ!!!既に身を捨し我に、そんなちっぽけな炎など!!』
ロキは匙君の黒炎すらも避け、辺りに凄まじい風を起こしてた。
僕は巨大な聖魔剣を作って風圧から二人を守る。
―――その瞬間だった。
『はははははははは!!!!これで終わりだ、赤龍帝ぇぇぇぇぇ!!!!!』
―――巨大な剣が仇となり、ロキがこちらに向かって走っている姿を黙視するのが遅れた。
ロキの動きを止めようと、皆、奴に攻撃を仕掛けるが、奴は止まらない。
それどころか奴は魔物を生み出し、その攻撃すらもまともに当たらなかった。
……走馬灯のようにロキの動きがゆっくりに見えた。
風で巨大な剣は吹き飛び、もう奴が来るのには時間は掛からない。
僕は……守れないのか?
いつも皆を守る彼を、守れないのか?
「ダメにゃんッ!!」
「祐斗先輩!イッセー先輩!!アーシア先輩!!」
「逃げて、祐斗ッ!!」
黒歌さんや小猫ちゃん、部長の声が鳴り響く。
だけど逃げれるはずがないよね。
なら僕が出来ることは―――二人の壁になることくらい。
「木場ぁぁぁ!!!避けろ!!!」
ゼノヴィアがデュランダルによる斬撃を放つけど、それも魔物に当たって遮られる。
ギャスパー君も頑張って停止させてるけど、でも奴は止められない。
「……アーシアさん、彼を連れて……逃げて」
「ッ!!」
僕はアーシアさんとイッセー君を押して、自分は前に出る。
……少しでも奴の動きを止める。
「ちっぽけな貴様が!!我を止められるはずがなかろう!!!」
―――ロキの牙が僕へと振るわれる。
それだけじゃなく、僕に視線が向かっている皆の方の魔物も、その牙を剝こうとしていた。
……ダメだ。
僕たちは、ここで終わるんだ。
ならせめて彼だけは―――
『ぐぉぉぉぉぉ!!??!!?!?』
………………僕は目を瞑ってロキの攻撃を待つも、自分に傷がついた感触を感じなかった。
どういうことだ―――そう思って目を開けた瞬間だった。
―――グルゥゥゥァァァァァアアアアア!!!!!
……そんな雄叫びを上げながらロキの動きを止める、10メートルくらいの大きさのドラゴンが、僕の目の前にいた。
それだけじゃない。
僕たちの陣営の、戦闘中だった人たち付近に同じ赤いドラゴンが現れ、魔物の猛攻から皆を守っていた。
……それは誇り高い赤だった。
紅蓮といっても過言ないほどの赤。
でもそれは禍々しくなく、むしろとても鮮やかで熱い紅蓮の色。
頼りがいがあって、何もかもを包み込むような……そんな赤。
「―――我、目覚めるは」
―――突如、僕たちの耳にそんな静かで透き通った声が響いた。
その声は聞こえるはずがない声で、目を見開いてその声を方向を見る。
そこには……―
「―――優しき愛に包まれ、全てを守りし紅蓮の赤龍帝なり」
鮮やかな紅蓮のオーラに包まれ、そこに立ち尽くす
「イッセー……さん……?」
―――イッセー君の姿があった。