ハイスクールD×D ~優しいドラゴンと最高の赤龍帝~   作:マッハでゴーだ!

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第14話 諦めない心

 二振りのレーヴァテイン、二匹のフェンリルの子供、二人の子供……俺はロキをつくづく最悪の敵と悟っていた。

 最悪の切り札を今まで隠していて、それを最悪のタイミングで披露する狡猾さ、凄まじいまでの頭脳……俺は目の前の最悪の敵を前にして、歯ぎしりをした。

 ロキに対し、絶対で確実の攻撃をしたつもりだった。

 今出せる俺の全力を全て振り絞り、確実にロキを殺せる一撃を放った……ロキはそれすらも切り札を出すことで防いだ。

 切り札―――複製された二匹の小さなフェンリル。

 獰猛な目つきで今すぐにでも俺を殺しに動こうとする最凶の狼。

 

「よもやこのフェンリルを使うことになるとは……驚かせてくれるな、赤龍帝。予定ならばフェンリルを温存して貴殿たちを消し、我の全てを用いてオーディンを殺す予定であったが……うん!予定とは狂うのが当然か!」

 

 ロキはそう高らかに笑いながら空を仰ぐが、途端に俺の方を真剣な表情で睨みつける。

 それだけで空気がビリッと痺れるほどの威圧感に襲われた。

 

「遊びも慢心もこれにて終わりだ、赤龍帝。これより先は悪神ロキ―――狡猾と謳われし神による黄昏の終末(ラグナロク)の時だ」

 

 その瞬間、ロキの持つ二振りのレーヴァテインの一本が激しい炎を撒き散らした…………炎の神剣。

 おそらくあれが本物のレーヴァテインであり、今まで使っていたものは偽物……か。

 

「……ったく、嫌になるよな―――だけどそんなもの、関係ないんだよ」

 

 ……絶望しかけたのは肯定する。

 確かに前方のロキという神は戦況を一変するほどの切り札を放ってきた……それは認める。

 

「諦めるわけにはいかないんだよ―――約束したんだ。必ず帰るって…………だから神剣をいくら出そうが、フェンリルが何匹いたって関係ないっ!!!!」

「……ッ!?ここに来て、更にオーラが強まっただと?」

 

 俺は不思議と体の奥から力が湧いていた。

 ロキの表情には余裕と呼ぶべき慢心はなく、怪訝な表情と何かを考え込むような顔をしていた。

 

「面倒だ―――スコル、ハティ」

 

 ロキは自身の周りにいる二匹の狼に命令を下し、その瞬間二匹は消える。

 ……でも俺の体は先に動いていた。

 目標は封じられたフェンリルの傍で、俺自身の加速力を利用し瞬間的にフェンリルの付近に到着した。

 それとほぼ同時に現れたフェンリルに向け、無限倍増により強化した全力の拳を二度放つ!

 

「……思い通りにはさせない。ロキ」

「我の思考を先読みしたかッ!!戦いの中で貴殿は強くなっていると感じるが……いや、我を攻略していると言うべきか」

 

 ロキはそう淡々と言いながらも自ら俺へと出向き、二振りのレーヴァテインで襲い掛かってくる!

 それに対し、俺はアスカロンと無刀による二刀流で対抗する―――フェンリルの子供はおそらく、鎖で拘束されているフェンリルを解放しようと鎖を破壊するはずだ。

 今、このフェンリルを解放させるわけにはいかない!

 

「助太刀いたす、イッセー殿!!」

「っ、夜刀さん!」

 

 するとその時、夜刀さんがロキと俺の間に高速で通り抜け、その通り抜ける最中に的確にロキへと斬撃を放った。

 夜刀さんは二本の刀……薙刀のような大きい刀と、短刀を構えてそのまま複製されたフェンリルへと切りかかった。

 それとほぼ同じくタンニーンの爺ちゃんが俺の上空を羽ばたき、そしてもう一匹の複製フェンリルへと業火を放った。

 二人の攻撃はフェンリルは易々と躱すものの、膠着状態が出来上がる。

 

「狼如きが、我らドラゴンを相手にすることを後悔するが良い……ッ!!」

「我が家族を傷つけるものは……拙者が斬る」

 

 タンニーンの爺さんは目に見えるほどの、炎のようなオーラを湧き出しながらフェンリルを睨みつける。

 夜刀さんは自身の周りの空間に幾重にも刀を生み出し、臨戦態勢を整えていた……でも目に見えて二人とも消耗している。

 特に夜刀さんはそれが顕著だ。

 ―――夜刀さんと俺は、この戦いの前に話した。

 

『そういえば夜刀さん、どうしてヴィーヴルさんをこの戦いから遠ざけたんですか?ヴィーヴルさんほどの回復力は、実際には戦力になるはずなのに……』

 

 実はヴィーヴルさんは夜刀さんが半強制的に不参加にさせた。

 

『そうでござるね……まあイッセー殿になら話しても問題はない……でござるね』

『……理由があるんですか?』

『仰る通りでござる―――ヴィーヴル殿の体が小さいのは如何様と、そう考えたことはないでござるか?』

 

 ……確かに、見た目を魔力や力でコントロールできるはずなのに、ヴィーヴルさんが好きであの姿をするとは考えにくいと思った。

 

『……彼女は、正義感が強いでござる。しかし、ヴィーヴル殿の回復の力は大きな欠点があるでござる………………それは、自身の生命力を触媒にして力を行使するというもの』

『命を……糧に?』

『そう―――もちろん、小さな力ならすぐに生命力は回復するでござる。しかし彼女は回復に時間が掛かってしまうほどの力を使うような出来事があったでござる…………故に、ヴィーヴル殿は前線から立ち退いた』

 

 その時の夜刀さんは悲しそうな顔をしていた……たぶん、その『出来事』がその表情を曇らせていたんだろう。

 

『拙者はたった一人の親友を救うことが出来なかったでござる……ディン殿。三善龍の最後の一角、今は亡き拙者達の戦友……だからこそ、彼にヴィーヴル殿を守ると誓った』

『夜刀さん……』

『……そんな顔はイッセー殿には似合わないでござる!…………守るものは、また増えてしまった―――ならば!守るしかないでござる!!』

 

 ―――……俺はハッとして、現状に目を向けた。

 夜刀さんは視線を俺へと向け、少し口元を緩ませた。

 

「……そういえば、夜刀さんにお願いしたもんな……守ってくださいって」

 

 俺はそのことを思い出し、少し笑う。

 あの時の俺って、やっぱり結構弱っていたんだろうな。

 普段だったら絶対に言わない本音も、ぶつけてしまっていたのか。

 

「なあ、ロキ」

「んん?どうした、赤龍帝。戦闘の最中、敵である我に話しかける余裕はあるのか?」

「そんな余裕はないけどさ……ふと考えたんだよ。どうして俺が、お前と相対してここまで冷静で、戦い抜いているのか」

 

 トラウマによる精神攻撃を受け、少なからずこいつに恐怖があるはずなのに俺は戦えている。

 その答えがなんとなく分かった気がする。

 

「……ふむ、それは確かに興味深い。ならば言ってみるが良い!」

「きっと―――自分を曝け出したからだと思う」

 

 きっかけは最悪だったかもしれない。

 だけどロキと相対しなければ俺はずっと……自分のことを隠して皆と接していたのかもしれない。

 そう考えると、こいつは敵だが俺の第一歩を踏むことになった原因とも言える。

 

「お前の禁術はそれはもう最悪のものだった。人のトラウマを抉りまくって、精神崩壊起こす勢いってもんだ……だけどそれを乗り換えて、俺は仲間に自分を知ってもらうことが出来た」

「…………つまり貴殿は我に礼でも言うつもりか?」

「そんなつもりさらさらない。ってか恨んでるレベルだ」

 

 俺は鼻で笑い、そして両手の剣を強く握った。

 

「―――自分晒して、ようやく前に進めるんだ。こんなところで停滞するわけにはいかないだろ?」

「しかし貴殿は止まることになる…………さぁ、もう良いだろう?」

 

 ロキは不敵に笑みを浮かべた。

 ……気に入らないな、あいつの手口も力も。

 

「龍法陣展開」

 

 俺は手元に龍法陣を描き、更にそこに魔力で火花を灯す。

 その火花は龍法陣による劫火に変わり、それは更に刃無き無刀に吸収された。

 

「無刀・劫火の龍刀」

 

 刀身なき刀からは炎の刃が生まれ、アスカロンは光を放つ。

 神帝の鎧からは無限倍増が止まらなず、別機関で動く白銀の籠手は『Boost!!』の音声を一定間隔で鳴らしていた。

 

「赤い鎧に赤い刀、白銀の籠手に白銀のブローチ、挙句聖剣か―――さしずめ完全武装、というものか?」

 

 ロキはそう呟きながら視界から消える……ッ!

 ロキのいた場所には魔法陣が展開されておりロキは―――ッ!?

 

「よく反応したものだ!!だがその程度では我は止められん!!」

 

 俺は上空から現れるロキの一斬目をアスカロンで受け止めるも、ロキはもう一方の炎のレーヴァテインを振るった!

 

「これぞ真のレーヴァテイン!神焔剣・レーヴァテイン!!なまくらの刀などに負けるものではない!!」

「無刀を舐めんじゃねぇ!!お前の似非神剣に負ける代物じゃないんだよ!!」

『Transfar!!!!』

 

 俺は無刀に大量の倍増のエネルギーを注ぎ込む!!

 夜刀さんが俺のために創ってくれた最高の刀が、神剣なんて名前だけの剣に負けてたまるかよ!

 無刀と炎のレーヴァテインが激しい炎を交差させる。

 その最中、俺は視線をロキの後ろの方に向けた。

 

「うぉぉぉぉおおお!!」

『Infinite Accel Boost!!!!!!!!!』

 

 鎧より無限倍増の最大限の火力を発動する音声が鳴り、俺は無刀を全力で振りかぶった。

 ロキはその威力に押されるように一歩後退し、そして俺は―――

 

「行けぇぇぇぇえええ!!ヴァーリ!!!」

 

 ……ロキの後方より、光速で近づき蹴りを放っているヴァーリへと叫ぶようにそう言った。

 ヴァーリの蹴りは一直線にロキの腹部へと放たれており、ロキは俺の攻撃により完全に反応が遅れている。

 

『DivideDivideDivideDivideDivideDivideDivideDivide!!!!!!!!!!』

 

 ヴァーリの白龍皇の半減の力が発動し、ロキの力を少し削る。

 ロキは少し唇を噛むように苦い顔をし、そして―――レーヴァテインを盾にしてヴァーリの蹴りを受け止めた。

 それは炎のレーヴァテインではなく、光を放っていたレーヴァテイン。

 しかしレーヴァテインはヴァーリの蹴りを受け止めることが出来なく、金属が軋む音が俺の方にも聞こえていた。

 ……やるしかない。

 

「行くぞ、ロキ」

 

 手元に全力の魔力を集中させ、ただ純粋に破壊力だけを求めた魔力弾を生成。

 照準をロキの心臓に向け、そして……放った。

 

「く―――」

 

 ロキは俺の攻撃に気付くように視線を俺に向けるも、既に時は遅い。

 赤い紅蓮の魔力弾はロキを包み、ヴァーリは俺に合わせるように魔力弾を回避する。

 ドォォォォォォォォン…………そんな効果音を響かせて、ロキの周りに粉塵が広がった。

 ……手ごたえはあった。

 今までの攻防の中で、最大限のダメージを与えた感触だ。

 確実に、少なくとも戦闘に支障を来たすレベルの傷を負わせた。

 

「今の一撃、凄まじいな。見るに赤龍帝の倍増と君の魔力をフルで活用した最大の魔力弾と見た」

 

 ヴァーリは空中で俺の隣に降り立ち、そう感心するように呟いた。

 ……っといっても、まだ安心できる場面ではない。

 まだ子フェンリルが二体残っている上に、ヘルが召喚した魔物、そしてヘル自身が残っている。

 親フェンリル自体はまだ鎖で封じているから大丈夫だけど……そう思い、俺は後方で封じられているフェンリルを―――

 

「―――ふ、フェンリルが……いな、い?」

 

 そこにはフェンリルの姿はなかった。

 それとほぼ同時で、俺は凄まじいほどの殺気と寒気に襲われた。

 シュッ…………そんな時、空を切る音が俺の隣から聞こえた。

 隣、つまりヴァーリの方を俺は見るが、しかしヴァーリはそこには居なかった。

 ただ一つだけ残っていたものがある―――宙を舞う、赤い鮮血。

 

「ヴァ―――ヴァーリィィィィィ!!!!!」

 

 ―――そこには、親フェンリルにより噛み砕かれ、鎧の所々が砕かれたヴァーリの姿があった。

 ヴァーリはフェンリルに体ごと噛みつかれていた。

 

「なッッッ!!?くっ……何故、フェンリルが……自由になっているん、だ……」

 

 ヴァーリは額の兜が割れ、素顔が晒される。

 フェンリルはグレイプニルで封じられていたはずだ!

 子フェンリルだってタンニーンの爺ちゃんと夜刀さんが止めている!

 

「ヴァーリ、今助ける!!」

 

 俺は背中の噴射口から倍増のエネルギーを放射し、速度を上げてフェンリルに近づく。

 今はとにかくヴァーリを救うことが最優先だ!

 あの牙に傷つけられ続けたら、いくらヴァーリでも死は免れない!!

 

『主様!白銀の籠手の禁手は可能です!』

 

 ……タイミングが良いのか悪いのか―――だけど好都合なことには他ならない!

 今、俺が望む力は瞬間的に得ることの出来る最大火力。

 それは出来る限りノーリスクに近い形で、最高の一撃を放てる力……プロセスは完成だ。

 

「『禁手化(バランス・ブレイク)……ッ!!!』」

 

 俺とフェルの言葉が重なり、俺の左右の鎧に包まれた腕は白銀色に包まれる。

 しかし俺は光が晴れる前に動き出す。

 一秒でも無駄にしたら取り返しのつかない!

 鎧とヴァーリの強大な魔力があろうと、それは変わりないからな!

 ―――白銀龍帝の籠手(ブーステッド・シルヴァーギア)の禁手、白銀龍帝の双龍腕(シルヴァルド・ツイン・ブーストアームド)

 左右合計24個の宝玉を一つ砕くことで、現時点で俺が得ることの出来る最大限の倍増の力をタイムラグなしで得ることの出来る使い勝手の良い神器だ。

 

『Full Boost Impact!!!!!』

 

 俺は宝玉を一つ砕き、極限に近い倍増の力を身に宿す。

 更に体の負担を無視して神帝の鎧の無限倍増も続けて行い、速度、力、魔力……全てを何段階も強化してフェンリルの顎の下に到達し、即座にアッパーのように拳を振り上げた!

 赤いオーラと白銀のオーラが遺伝子の螺旋のように交差し、俺の腕に纏わりつく。

 そのオーラを含んだ拳は親フェンリルに直撃し、その反動でヴァーリは解放された。

 それを確認して俺は空中に浮遊するヴァーリを確保し、そのまま一時距離をと……る……?

 

「がは……ッ!」

 

 な、なんだ……これは……ッ!

 俺の腹部にはいつの間にか、身を滅ぼすほどの鋭利な何かで抉られた痕があり、口から膨大な血を吐く……ッ!

 良く見ればフェンリルの前足の爪には血のような痕があり……あの一瞬で攻撃を加えたのか……ッ!!

 

「はぁ、はぁ……ヴァーリ、しっかりしやがれ!!」

 

 俺はぐったりと肩の力が抜けているヴァーリに活を入れるように声を上げ、懐にある瓶を取り出す。

 ……不死鳥の涙。

 今回の作戦を決行するにあたって提供されたアイテム。

 どんな傷でも一瞬の内に煙のように治すものだ。

 俺はそれをヴァーリに惜しみなく使った。

 

「あの時の借りは返したぞ、ヴァーリ……!」

「……黒歌の時のことかい?そんなことはどうでも良いが……これは些か、困った事態だね」

 

 ヴァーリは少し肩で息をしながら、俺から離れる。

 ……フェンリルは完全に封じていた。

 子フェンリルは抑えていて、魔物に関しても皆が必至で殲滅している。

 ロキは俺が―――違う、俺だけだ。

 ロキに関しては倒したという確証はない。

 俺は先ほどまでフェンリルを封じていた場所を見る。

 そこには切断されたグレイプニルがあり、そして…………

 

「……剣の、破片?」

「その通りだ」

 

 ……ッ!!

 

「クソが……まだ生きてやがったのか、ロキ!」

「当然だな―――っと言いたいところだが、流石の我も肝を冷やした。レプリカとはいえ、神剣を失った上に、かなりの傷を負ったのだからな!」

 

 俺の視線を送る先にはフェンリルがおり、そしてその頭の上には……全身の数か所から血を流しているロキがいた。

 無傷とは言い難いけど、でも明らかに五体満足。

 正直、最悪の自体と言っても過言ではない。

 

「何故だ……いつグレイプニルを切り裂いた!そもそもダークエルフによって強化された物を、どうしてお前は!」

 

 ……実際には理由は分かっている。

 だからこれは時間稼ぎだ。

 自体は最悪、故にすぐさま新たな手を考えないといけない。

 でなけりゃ全滅だ。

 俺は腹部の切り傷を抑えながら、声を荒げる。

 

「ふむ……分かり易い時間稼ぎだが、まあ乗ってやろう―――そもそも術に長けた我が、術で強化された鎖を切り裂くなど造作もないであろう?神剣の代償は大きいが……まあ戦局が変わるのであらば、問題はあるまい」

「……あの攻防の中で、お前はそれをただ狙っていたのか?」

 

 先程の攻防戦、完全に追い詰めたと思っていた。

 でもこいつはそれすらも逆手に取り、逆転の手を下した。

 ……絶望的なほどの重いものが圧し掛かる。

 

「良く言うであろう?肉を斬らせて骨を断つ、と……さあ、考えは纏まったか?」

 

 ロキは指先を天に向け、指を鳴らす。

 それと同時に夜刀さんとタンニーンの爺ちゃんと戦っていた子フェンリル、そしてヘルはロキの周りに集まった。

 無数の魔物もヘルに付き従うようにロキ達の後ろに構える。

 俺とヴァーリは静かに下降してゆき、俺たちをじっと見ていた仲間の元に降りる。

 

「……最悪の状況ですね」

「やっぱりガブリエルさんもそう思いますよね」

 

 降り立った場所にいたガブリエルさんは、額より一筋の汗を流している。

 周りも大体そんな表情だ。

 唯一、ヴァーリチームの一部は割と平気そうな顔をしているが……ッ!!

 傷が流石に深いか……そう思った瞬間、俺は温かい光に包まれる。

 碧色の温かい光……アーシアの回復オーラだ。

 

「酷い傷です……ッ!こ、こんな傷でずっと戦っていたなんて……っ!!」

「……悪いアーシア。でも大分マシになったよ」

 

 俺は兜を収納し、アーシアを安心させるために笑って見せる。

 でもアーシアの不安そうな表情は消えず、俺は周りを見た。

 ……子フェンリルと戦っていた二人は、ひどい傷だ。

 恐らくフェニックスの涙を使ってこの傷なんだろう。

 ……たった一瞬近づいただけで気付かない間に深い傷を負わせるフェンリル。

 無傷で済むはずがない。

 

「ははは!これぞ総力戦と言えようか?いや、違うな悪魔よ、天使よ、堕天使よ!!我は未だ底を見せぬ狡猾の神!!そんな我をここまで苦渋な決断をさせる貴殿らに我は敬意を払おう!!」

 

 ロキはそう言うと、手を振り上げる。

 すると俺たちの前方に巨大な魔法陣が現れ、その陣より現れる無数の黒い影……いや、厳密に言えば形ははっきりしている。

 そしてそれを俺は見たことがある。

 体長(サイズ)は知っているものよりは大きく下回るが、見た目はそのままだ。

 

「―――ミドガルズオルムを複製したのか、ロキっ!!」

「ほう、あやつを知っているということは、やはりあの馬鹿者の入れ知恵であったか―――まあ良い。さて」

 

 ……ミドガルズオルムは一匹どころの話ではない。

 下手をすればヘルによって呼び寄せらた魔物と同数ほどの数が存在しているッ!

 量産型ミドガルズオルム……っ!!

 こいつ、どれだけ奥の手を隠しているんだ!

 

「我の終末だ―――心して受けるがよい。そしてこの場で死ねることを甘受せよ」

 

 ロキはそういうと、手を振り下ろした。

 

 ―・・・

 

『Side:木場祐斗』

 僕、木場祐斗は聖魔剣を幾重にも創り出し、両手に常にエールカリバーを握って戦っていた。

 イッセー君とヴァーリ・ルシファーがロキを相手している間に、現状の最大目標であるフェンリルを沈黙させ、ロキを打倒する。

 それが僕たちの建てた単純な作戦だった。

 これの実行に至れたのは単純な戦力が揃ったから。

 今回のチームの組み合わせを思考したのはアザゼルで、作戦の立案は部長。

 術に長けたメンバーがフェンリルの捕獲係を務め、戦闘に秀でた聖剣使いや僕、ドラゴンがフェンリルを削る役目だ。

 残るヘルはこの中の女性で最も強く、全体的に見てもトップクラスの戦闘力を誇るガブリエルさんを中心に、天使側と猫又組が相手をする。

 そして二天龍がロキを打倒する……どこにも問題はなかった。

 だけどその作戦は既に打開している。

 先ほどまで僕たちの手にあった優位性……数の上での優位は既に消え去っている。

 ロキの出した手札はいずれも僕らの予想を遥かに上回っていた。

 複製された二匹のフェンリル、ヘルによって呼び出された無数の魔物、魔蟲……そしてミドガルズオルムの量産型。

 そして―――フェンリルの圧倒的な力。

 あのイッセー君ですら反応ができないレベルの力。

 僕たちは目の前の絶望を前にして、身構える他ない。

 ……いざとなれば、僕は命を賭けることに躊躇はしないとこの戦いの前に決めていた。

 そのために奥の手も用意した。

 僕はポケットに手を入れ、その奥の手(・ ・ ・)に触れる。

 冷たい感触で、多少の金属質な質感。

 そして覚悟を決めたとき、声をかけられた。

 

「祐斗、そいつを渡したのは最悪の事態に陥ってからでは遅いからだ」

 

 ―――イッセー君は僕のほうには視線を向けずにそう言った。

 ……これは瓶。

 イッセー君が複製している赤龍帝の倍増の力が篭められている、一時的なパワーアップアイテムではなく―――フェルウェルさんの力である、神器を神滅具並みのものに一時的に強化する、神器の「強化」の力が篭められているものだ。

 僕は戦いの前にイッセー君にこれを要求した。

 ……僕の力はこの戦いでは、火力としては不足している。

 魔剣創造は所詮、テクニックタイプの神器。

 どうしても火力が足りないのは目に見えていた……だからこそ、僕はイッセー君にこれを求めた。

 足りない火力は例え命を削ってでも手に入れる……イッセー君が覇龍を発動したとき、僕はその光景を見てそう思った。

 それは……決して間違いではないと思った。

 本当に守りたいものは命を賭けて守る……例え命を落としても、それで守れる命があれば僕はそれで良い。

 でもイッセー君は僕を止める。

 

「お前はまだ、その力の精神的ダメージにも物理的ダメージにも耐えきれない」

「でもイッセー君!ここで使わなければ、僕は後悔する!!それだけは……嫌なんだッ!!」

 

 僕は心の底からイッセー君に懇願する!

 三体のフェンリル、量産されたミドガルズオルム、ヘル、ヘルによって呼び出された無数の魔物……そしてロキ本人。

 僕の命を賭けて、いずれかを一つでも落とせたら戦局は確実に好転するんだ!

 この絶望的状況をどうにかしたいこの気持ちを、イッセー君がわからないわけがない!

 イッセー君は誰よりも仲間を大切にする……自分が傷ついても、必ず仲間は守る。

 どんな精神状態でも、どんなに脆くても……それだけはいつだって変らなかった。

 

「……お前が何を考えてるのかはなんとなく分かるよ。俺とお前は似ているから、どうせ同じこと(・ ・ ・ ・)を考えてるんだろ?―――負けない。俺はどんなどん底からも、絶対に負けない」

 

 ―――イッセー君はこの状況下で、全く諦めていない。

 こんな最悪な敵を前にして、なお彼はいつものように仲間を守ろうとしている。

 あれだけの傷を負ってなお、誰よりも前に進もうとしている―――それだけで、僕たちの失われかけていた士気に灯火が灯った。

 

「はは!……そうだな、兵藤一誠君。何を腑抜けていたことか―――ようやくダメな私を払拭できる機会を得て、今さら死ねるわけがない!」

「……そうですね。私もまた、腑抜けた咎人なのでしょう。高が絶望を前にして、近くにある希望に目を向けないなど、熾天使失格というもの…………ならば、熾天使の証を立てましょう」

「拙者は誓った……例えこの身に邪気を纏ったとしても、イッセー殿を守ると!」

 

 バラキエルさんは激しい雷光を全身から迸させ、雷鳴を鳴り響かせた。

 ガブリエルさんは薄く笑って神槍・ブリューナクの刃先を地面に刺し、自らを戒めるように髪を一纏めにする。

 そして夜刀さんは禍々しいオーラで包まれる、刃から柄まで全て黒い漆黒の刀を握って鬼気迫る表情をしていた。

 

「……とりあえず、君は一度回復に集中すると良い」

 

 するとヴァーリはイッセー君の肩を掴み、アーシアさんの方へと押す。

 イッセー君はアーシアさんの傍でよろめき、アーシアさんはイッセーくんを抱きとめた。

 

『Infinite Reset』

 

 それと共にイッセー君の鎧から白銀色のオーラが消え、イッセー君は一度脱力する。

 ……イッセー君は激しい戦闘で、深すぎる傷を全身に受けている。

 それを神器が理解し、またはフェルウェルさんと赤龍帝・ドライグが止めたのかもしれない。

 

「君の力はまだ必要だ。さっさとアーシア・アルジェントに回復してもらい、戦線に復帰したまえ」

「ヴァーリ……」

「俺がわからないとでも思ったかい?君は俺を庇うためにフェンリルの一撃を受け、更に自分の持っていた涙を倍増の力を利用して使った―――限界に近いのだろう?」

 

 ヴァーリの言葉にイッセー君は押し黙る。

 その沈黙は暗にヴァーリの言っていることの正当性を示していた。

 

「ならばここは前線から離れるが良いさ。残念なことに、俺一人では覇龍を使わなければ奴らをどうにかすることが出来ない上に、現状で覇龍はなぜか不調なんだ。あまり使いたくないものでね」

「不調?それはどういう―――」

 

 イッセー君が何かを言う前に、アーシアさんはイッセー君を後方に連れて行く。

 鎧を一時的に解除し、残るイッセー君の武装は両手に装着している巨大な白銀の龍の腕。

 鎧が解けて気付いたけど、イッセー君の体の傷はよく戦闘できていたと思わせるほどのものだ。

 

「さて……美候、アーサー、スィーリス。お前たちは子フェンリルをどうにかしておいてくれ。俺はフェンリルをやる」

「おいおい、一人で相手にするつもりかぃ?あんな化け物、覇龍なしではヴァーリでも無理だろい」

「はは、そうかもな―――まあ無理をしてみるのも一興だ」

 

 美候はヴァーリの無茶な発言に少し苦笑いでそう言うが、しかしヴァーリは不敵さを消さなかった。

 

「ロキの相手は私とバラキエルでします……あまり良い相性ではないのですが、ね」

「……そういえばお前と共に戦うのは久方ぶりか―――アザゼルでなくて、残念か?」

「……まあ慣れで言えばアザゼルとの方が手の内を知っているが故に、戦いやすいですが」

 

 バラキエルさんは少し口元をゆるめてそういうと、ガブリエルさんは微笑みを浮かべてそう言った。

 

「残るフェンリルの相手は拙者が致す―――グレモリー眷属よ、どうかイッセー殿を守ってくだされ」

「夜刀よ、傷をかんがみて一人は不利だ……俺も手を貸すぞ」

 

 夜刀さんの隣にいるタンニーンさんは、共に傷だらけながらも不敵に笑って見せた。

 ……やるしかないんだ。

 

「…………魔剣創造(ソード・バース)

 

 僕は防御重視の魔剣をイッセー君とアーシアさんを包み込むように展開し、それをいつかのシェルター式に展開する。

 更にそれに上乗せをするように朱乃さんが防御魔法陣を展開した。

 ……ロキからしてもイッセー君という存在は驚異のはずだ。

 今までは何とか奇策でイッセー君を退けていたはずだけど、イッセー君は戦いの中で敵を攻略する力を持っている。

 だからこそイッセー君をまず第一に殺しに掛かるはずだ。

 ……させない。

 僕たちは夜刀さんに託されたんだ。

 

「……リアスちん、戦力的にここは私がヘルの相手をするわ」

「そうね……悔しいけど、この場の残りの戦力であれを相手に出来るのはあなたくらいね。だけど火力だけで言えば、私の一撃は奴にも届くはずよ」

 

 部長は手元に滅びの魔力を浮かばせる。

 黒歌さんはそれを見て、一瞬驚いた顔をするけど、でも納得したような表情をしていた。

 

「……フラれて、開き直って強くなってことにゃん」

「………………痛いところを突かないでもらえるかしら?」

 

 部長は黒歌さんの発言に眉間にしわを寄せ、青筋を立てた。

 ……すごい新事実だけど、今はそれを言及している場合ではないかな?

 っと、そこに足並みを揃えるロスヴァイセさんの姿が映る。

 

「いくらなんでも神格相手に二人は無謀です。ここは半神である私が参加した方が生存率が上がると思いますが……どうでしょうか?」

 

 ……これで決まった。

 残りの魔物とミドガルズオルムの相手は残りの僕たちがする。

 僕は二振りのエールカリバーを構え、小猫ちゃんは耳と尻尾を出して気力を放出する。

 ゼノヴィアはデュランダルを担ぎ、イリナさんは手元に光の剣を握って戦々恐々だ。

 あのギャスパー君も覚悟を決めたのか、目を不気味に光らせて臨戦態勢だった。

 

「……待つのは性に合わないな」

 

 僕の隣でそんな声が響いたと思いきや、次の瞬間、極大の斬撃波がロキの右後ろ側に放たれる!

 放ったのはゼノヴィアであり、デュランダルによる強大な斬撃波はヘルの生み出した魔物を屠った。

 ロキの右後ろ側にいた魔物を全て消し炭にし、それとほぼ時を同じくして動き出す僕たち。

 僕はまずミドガルズオルムの方に魔剣を空中に創り出し、それを放った。

 無数と言えど、ミドガルズオルムは量産な上に本物よりもかなり小さいと聞く。

 僕は剣の矛先を全てミドガルズオルムの頭部に定め、連続で投射する!

 

「朱乃さん!止めをお願いします!!」

「了解ですわ!」

 

 朱乃さんはあれほどまでに嫌がっていた雷光を使い、それを弓のような形に変質させる。

 あれは以前、禍の団の英雄派の戦いの時に使用した雷光による弓の具現化。

 しかし以前の着弾してから永遠と雷撃を放ち続けるものとは違い、その質量は放つ前から桁違いに大きい。

 僕は目線の先にミドガルズオルムに対し、同じように剣を頭部に放ち、動きを止める。

 朱乃さんは少し力を溜めて、そして弓を空へと向けた。

 

「射抜きますわ……雷光よ!!」

 

 そして放つ。

 雷光による極大な矢は空に舞い上がり、そしてそこから状態を変質させた。

 巨大な一つの矢が、空中にて複数に変わる。

 それは地上のミドガルズオルムに対し直撃した。

 ……ドラゴンといっても、量産型の上に魔物だ。

 朱乃さんの雷光は堕天使の光の力を含んでいるため、魔物には絶大な力を誇っている。

 多くのミドガルズオルムはその場で沈黙しており、そして極めつけとして僕は走り出す。

 動けないミドガルズオルムに対し、二振りのエールカリバーの機能を発動させる!

 

真・双破壊(エール・ツイン・ディストラクション)!!!」

 

 エールカリバーの破壊の力を双剣両方に使い、そしてミドガルズオルムの首を連続で斬り落としていった。

 更に地面から魔剣を生やしてミドガルズオルムを突き刺し拘束し、そこから朱乃さんが見計らって矢を射ぬき、僕が首を斬って息の根を止める。

 数は着実に減っていった。

 

「ゼノヴィア、このミドガルズオルムは存外に脆い!周りを気にせず、デュランダルを振るうんだ!」

「なるほど―――ッ!?」

 

 するとゼノヴィアはミドガルズオルムに尻尾で払われる!

 それに対し、デュランダルで咄嗟に防御を取るも苦しい表情をしていた。

 ……っと小猫ちゃんがゼノヴィアのフォローをするようにミドガルズオルムに掌底を放ち、巨体を難なく殴り飛ばした。

 

「……脆くても、ドラゴンの量産です。力だけで言えば相当のものです」

「そうだな、今しがた身を以て実感したところだ……ならば」

 

 ゼノヴィアは呟くと、デュランダルを地面に刺す。

 視線は小猫ちゃんが殴り飛ばしたミドガルズオルムの方を向いており、地面に聖なるオーラを注入していく。

 更にデュランダルはそれに呼応するように地面だけには怠らず、ゼノヴィアの空中にまで聖なるオーラを放っていた。

 ……まさかゼノヴィアはあの大技を二つ同時にしようとしているのか!?

 

「一気に屠ろう。イッセーを守るためにも、雑魚は一気に片づけた方が良いだろう?……ならば、私は無理をする!」

 

 ……地中からの莫大な聖なる斬撃波、アンダー・デュランダルと空中からの聖なるオーラの聖力砲、聖斬剣の天照(デュランダル・シャインダウン)

 一つでも難しい操作法の上に、かなりの体力の力を持って行くとゼノヴィアは言っていたけど、それを同時なんて―――あの脳筋のゼノヴィアがそんな小難しいことをするなんて、驚きだ!

 

「す、すごいわゼノヴィア!あなたにテクニックの『テ』の字もあったなんて驚きだわ!日々の成長が凄いわ!」

「やかましいぞ、イリナ!これをするのは今後、これが最後だ!!想像してた以上にこれは辛いんだぞ!!」

 

 ……僕の気持ちを弁明するようなイリナさんだけど、彼女も彼女で凄まじい。

 あんなふざけた口調で軽口を叩いているが、光の剣と光の弾丸、光の槍……武具と思われるもの一式を即座に創り出し、それを行使して魔物に対して無双をしていた。

 正にテクニックの手本のような戦い方。

 身軽な動きと翼による立体的な戦闘方法……タイプ別だけど、少しばかりイッセー君に似た戦い方だ。

 ……僕はゼノヴィアに近づくミドガルズオルムにエールカリバーを投剣する。

 力は先ほどと同じ破壊の力……勿体ないけど、今はゼノヴィアを援護するのが一番だ。

 

「聖と魔、二つの聖魔によって形を成す」

 

 僕はエールカリバーを生み出す上での言霊を発し、新たにエールカリバーを生み出す……ッ!!

 僕も無茶を仕切ると決めた!

 僕は先ほどとは違う胸ポケットから、更にもう一つ、瓶を取り出す。

 ……赤龍帝の倍増の力が詰まった一時的なパワーアップアイテムだ。

 イッセー君の体の負担も考慮し、今回は僕を含めたグレモリー眷属に一つずつ渡されたもの。

 ……使わせてもらうよ、イッセー君!

 僕は瓶をエールカリバーで切り裂き、更にそれを剣に纏わせる。

 肉体に対して使えばそれだけ僕の負担が増えるから、あえて剣に使った。

 エールカリバーのオーラはそれで段違いに上がり、僕は更に言霊を続ける。

 

真・双天閃(エール・ツイン・ラピッドリィ)!!!」

 

 ……ッ!!

 自分でも驚くほどの速度強化!!

 肉体に対し、今までに見ないほどの負荷が掛かるが、それを引いても余りあるほどの速度で僕は疾走する!

 魔物を切り裂き、ミドガルズオルムの皮膚を切り裂く!

 それと時を同じくしてゼノヴィアが地面からデュランダルを抜き、更に剣先を空に向けた。

 

「ギャスパー!!あの巨体を止めろ!!」

「は、はいですぅぅぅぅ!!!!」

 

 ゼノヴィアの叫びにギャスパー君は頷き、彼は目の前にいる最大限の巨体を次々に停止させていく。

 ……皆、過剰な速度で力を使っている。

 それほどに敵は強く、力を緩めればそれで死ぬような戦場だ。

 僕は空中を舞うように飛びながら、魔剣を無数に創ってそれを周りの魔物すべてに放つ。

 悪魔の翼を展開し、飛翔して魔剣を突き刺した魔物を二振りのエールカリバーで切り裂いて消滅させていった。

 そして―――

 

「二度と、こんな面倒なことして溜まるか…………ッ!!喰らえ、一世一代の大技だぁぁぁぁぁ!!」

 

 ゼノヴィアは訳の分からない叫び声と共に、力を行使する。

 ―――その瞬間、地中と空中から激しい斬撃波と衝撃波が多数のミドガルズオルムに放たれた。

 二つの大技はミドガルズオルムを包み、そして光が収まる頃には…………ミドガルズオルムの半数を切っていた。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 ゼノヴィアは今の一撃で神経を使いすぎたのか、肩で息をしていた。

 ……でも今のでかなり相手の戦力を削ぎ落とせた。

 僕が使った倍増の力も時間切れでなくなるも、魔物もかなりの数を倒した。

 そこで僕は視線を部長の方に向けると、そこには―――

 

「……全く、面倒な女ね……ッ!この私の対策をここまでしているなんて……ッ!!」

「あら、お褒めに預かり光栄だわ」

 

 ……そこには傷だらけのヘルと、同じほどの傷を負っている部長たちの姿があった。

 

「盲点だったにゃん。でも考えてみれば死んで蘇るなら、死ぬ寸前をキープしておけば良いってこと……そしたらあの面倒な液状化も防げる」

「まさにヘル様に対する正攻法にして最善な手ですね」

 

 黒歌さんは一分の隙もなく、現状も鋭い目つきでヘルを睨んでいた。

 

「逆に言えば、少しでも気を抜いて殺してしまえば、今の形勢は言葉の意味で逆転するわ」

 

 部長の言葉を体現するように、ヘルの付近に現れる一匹の鋭い刃を全身に纏う魔物。

 その刃はヘルの心臓に向けられており、僕は即座に聖魔剣を一本創って魔物の頭部に向けて投げ放った。

 

「ッ!……祐斗!」

「部長、ミドガルズオルムは大多数を殲滅しました……他はどうですか?」

「良くやってくれたわ……でも、状況はあまり芳しくはないわ」

 

 部長は視線をヘルから外し、子フェンリルと戦うヴァーリチームとドラゴンたちを見た。

 そこには…………

 

「善戦はしてるけど、やっぱりフェンリルという事で攻め切れないようだわ。神殺しの牙は一撃を受けただけで致命傷だもの」

 

 部長の言う通り、そこには苦戦を強いられているタンニーンさん、夜刀さんがいた。

 ヴァーリチームは巧みな連係でフェンリルの巧みな攻撃をいなし、確実にダメージを与えているようだけど……明らかに個体差があり過ぎる。

 ドラゴンチームが対決している子フェンリルの方が、危険な雰囲気を醸し出している!

 

「おらおらおらおら!伸びろ、如意棒!!」

「ルフェイ、防御魔法をお願いします」

「は、はい!!」

 

 美候は激しい棒術により連続で子フェンリルに殴打を与えてゆき、アーサーはルフェイさんに防御魔法による魔法陣を展開してもらいながら、コールブランドによる斬撃を繰り返していた。

 でも相手は複製とはいえ、フェンリル。

 比較的攻めてはいるけど、致命傷になり得る傷を負わせてはいなかった。

 

「ぐぅぅぅぅぅぅぅッ!!?」

「ッ!!タンニーン殿!一度下がって回復するでござる!!」」

 

 するとタンニーンさんはフェンリルの鋭い巨大な爪で切り裂かれ、大きな傷が生まれた。

 夜刀さんはすぐに大量の刀を子フェンリルに向け放つも、子フェンリルは幾つかの刀を直撃しただけで、びくともせず誇り高く直立している。

 僕は騎士の速度で傷ついたタンニーンさんの元に近づき、懐にあるフェニックスの涙を振りかけた。

 

「くぅッ……済まぬな、リアス嬢の騎士よ」

「……どうですか、あのフェンリルは」

「……正直に言えば、親フェンリルに近しい力を持っているはずだ。でなければ龍王クラス二匹を相手に爆ぜないはずがない」

 

 タンニーンさんは巨体を起こし、再び立ち上がる。

 そして目にも留まらぬ速さで夜刀さんの援護に向かった。

 

「……ソード・バース」

 

 僕は周りにいる魔獣を地面から魔剣を生やして屠る。

 ヘルを封じていることからかなり魔物の数は減ってきているけど、それでもキリがない。

 ……っと、その時、空中にて眩い光が地を照らした。

 

「ッ!あれは……ガブリエルさん!!」

 

 そこにいたのは純白の天使の翼を12枚展開しているガブリエルさんと、10枚の黒い翼を展開しているバラキエルだった。

 バラキエルさんは雷光を駆使ししてロキの行く手を阻んでおり、ガブリエルさんは前線で神槍・ブリューナクによる槍術でロキの神剣・レーヴァテインと戦っていた。

 

「ほう、レプリカとはいえ神槍!高が天使が我について来るとは面白い!今日は面白いことが多いな!!」

「……そうですか?ですが―――あなたの動きが格段に悪くなっているとお見受けしますが、どうでしょうねッ!!」

 

 ガブリエルさんは凄まじいほどの緩急ある動きで槍を二段構えで放ち、避けられたと判断すると翼でロキを薙ぎ払う。

 そこを狙い撃つようなバラキエルさんの雷光による弾丸がロキに向けられるも、ロキはそれを防御魔法陣を展開して防御した。

 

「あなたは兵藤君との戦闘で予想以上に消耗しています。驚きましたか?彼の適応力と底なしの根性。彼はいつも考える遥か上の方法で状況を打破するのです」

「……確かに我は消耗していよう。それは認めてやる。だがしかし!!それで負ける神ではない!!」

「いや、負かせてみせよう。いつまでも若い者に戦場を居させるのは些か苦痛を感じるものでな」

 

 バラキエルさんは凄まじい殺気と雷光を纏い、ロキに特攻を仕掛ける。

 手には光の……あれは、ガントレット?

 イッセー君の左手にある籠手のように光が拳を包んでいて、更に筋肉の隆起した腕がロキへと放たれる!

 

「我を相手に素手とは面白い―――と、言いたいところだが……フェンリル、いつまで白龍皇と遊んでいる!!」

 

 ロキはヴァーリと激戦を繰り広げているフェンリルに向け、そう叱咤のような声をあげた。

 当のヴァーリは魔術や魔力、白龍皇の力を駆使してあのフェンリルと戦っている。

 でも鎧の所々は欠けており、体の随所からは痛々しい切り傷があるほど。

 ……やはり白龍皇を以てしても、あの覇龍を使わなければダメなほど強いのか。

 だけどそんなもの、イッセー君に使わせるわけにはいかない。

 あれを次、使えばイッセー君は確実に死ぬ。

 命を糧にして発動するあれを、二度とイッセー君に発動させるわけにはいかない。

 

「くッ!!やはり今の俺の絶対値ではまだ足りないか」

 

 ヴァーリはそんな弱音を吐きながらも力を行使する。

 

『Capacity Divide!!!!!』

 

 ―――あれは対象者の『容量』を半減する力。

 イッセー君の話では神にすらも通用する技で、恐らくフェンリルにも通用しゆる力とは聞いている。

 容量半減の力の速度はかなり遅くなり、僕でも視界に捉えるほどの速度になった。

 それを見計らいヴァーリはフェンリルに白銀の閃光のように近づき、そのまま拳による打突を放った後に魔術を行使した砲撃を放つ。

 フェンリルはその勢いに負けて後方に飛ばされるも、すぐに体勢を整えてヴァーリを睨んだ。

 位置としては…………ロキの付近。

 ロキはそれに気付くとフェンリルの傍に舞い降り、そしてその頭をそっと撫でた。

 

「……正に予想外とはこのこと。フェンリルを抑えられ、ヘルを封じられ、ミドガルズオルムまでも屠られる。この状況を創ったのは―――他ならぬ士気を鼓舞した赤龍帝であるか」

 

 ロキは自嘲するように嗤い、手元に魔法陣を展開した。

 

「よもや高が赤龍帝にそれほどの影響力があるとは。出来ることなら温存しておきたかった力だが、そうは言う余力もない。さて……」

 

 ロキはフェンリルから離れ―――その刹那だった。

 シュン……そんな風を切る音が聞こえた瞬間、フェンリルは視界から姿を消した。

 

「くっ………………ッ!!」

 

 ……苦しげな、白い鎧の呻き声が僕の目に映った。

 腹部の鎧がバターを切ったように綺麗にくり抜かれていて、その空白からは見るに堪えがたいほどの切り傷……むしろ刺されたと言って良いほどの傷が生まれていた。

 それだけじゃない。

 更に違う方向からも苦しがる声が聞こえ、あらゆる方向からそんな声が聞こえた。

 ―――あらゆる方向で戦っていた、仲間が差はあれど大きな傷を負っていたんだ。

 そして僕の視界に灰色の狼が映る。

 

「―――まさか、今の一瞬で……ッ!」

 

 僕は急いで周りを見渡した。

 そこには…………ヴァーリと同じように切り裂かれたタンニーンさんや夜刀さん、バラキエルさんやガブリエルさんの姿があった。

 フェンリルはあの一瞬の間にこれほどの猛者を屠ろうとしたのかッ!?

 

「フェンリルのリミッターを解除した。これを使えばフェンリルは当分の間、使い物にならないが……ここで降されるよりはマシというものだ」

 

 ロキは苦渋の決断のように苦虫を噛んだような顔をするが、今はそんな時じゃない!!

 同時にこれだけの主戦力が傷を負った!

 現状の均衡が崩れてしまった!

 アーシアさんは今、イッセー君の治療でいない。

 

「回復の隙を与えると思わぬ方が良い。フェンリル、やれ」

 

 ロキは手を振り上げ、そのまま下ろしてこの場を制圧しようと動いた。

 ―――そう思った。

 

『Full Boost Impact Count 2,3,4,5,6,7!!!!!!!!!!』

 

 ……美しい、透き通るような音声が響いた。

 その瞬間、放たれる白銀の流星のような魔力砲。

 それにより僕たちを襲おうとしていたフェンリルの動きは直撃による不意打ちで止まり、更に初めて重症と確認できるほどの傷を負う。

 ……こんなことを出来るのは、彼しかいない。

 いつだってそうだ。

 彼は絶対に守る。

 それが例え失う恐れからであっても、正しさを突き通す。

 

「…………良くもやってくれたな、ロキ。ここからは、こっちのターンだ」

 

 ―――それが僕たちの最強の『兵士』、兵藤一誠だ。


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