ハイスクールD×D ~優しいドラゴンと最高の赤龍帝~   作:マッハでゴーだ!

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第12話 大切なものを守るために

 ……それはとある朝の出来事だった。

 

「なるほど……北欧の魔術って結構癖があるんですね。となると、特徴を掴んで次にどんな魔術を出すかを予測することも不可能ではないか」

「そうですね。私もイッセー君が悪神ロキに禁術を放たれた時、即座にそれがどんなものか予測できたほどですから」

 

 ……オーディンの爺さんと日本神話の神々の会合がある前日、俺とロスヴァイセさんは資料を片手に北欧魔術について話し合っていた。

 つい数日前までロスヴァイセさんはオーディンの爺さんの護衛と、ミョルニルと鎖をダークエルフから借りる取引をアザゼルと共に行っていたそうだ。

 アザゼルはそのミョルニルをオーディンの爺さんと共に調整しており、その間に俺は今できる事をしている。

 北欧魔術に精通しているロスヴァイセさんにある程度の情報を貰い、先日まで俺が独学で調べていた北欧の魔術と情報を照らし合わせているってところだ。

 

「ですが悪神ロキはそれすらも利用してこちらを崩すでしょうし、下手に対策を立て過ぎたら危険性も上がります……安全の為にする対策が危険になり得るなんて、正に紙一重です」

「……でもそれくらいのリスクを冒さないと、あいつには勝てないと思います。それほどの敵なんですから」

「…………そうですね。ごめんなさい、イッセー君。ちょっとだけ弱気になっていました」

 

 ロスヴァイセさんは苦笑いに近いながらも愛嬌のある微笑みを浮かべた。

 同胞である北欧の神の一角を倒すための算段……ロスヴァイセさんにとっても複雑なんだろうな。

 

「……考えてみると、イッセー君と二人きりでゆっくり話すのは初めてかもしれませんね」

「そういえばそうですね……実は小さい頃から俺のことを知っていたとは思いませんでしたけど」

 

 ロスヴァイセさんはお婆ちゃんであるリヴァイセさんに育てられていた。

 そして俺は小さい頃に聖剣計画の事件でリヴァイセさんを頼り、リヴァイセさんと面識があった。

 ……変な繋がりだよな。

 しっかりと会って話したのは本当につい最近なのに。

 

「実は私、お婆ちゃんからイッセー君のことをたくさん教えて貰っていたんですよ。もちろんセファちゃんやジークくん、エルーちゃん達からも」

「ははは……ホント、何話していたんですか?」

 

 俺は聖剣計画の生き残りの三人とリヴァイセさんの姿を思い浮かべて苦笑いをした。

 特にセファたちは俺のことを脚色して話すからな。

 北欧旅行に行った時、同行したアーシアと祐斗にも大げさに俺のことを語っていた位だし。

 

「それはもう、たくさんのことを聞きました!ほとんど年の変わらない自分たちをいつも引っ張ってくれて、本当に兄貴はカッケー!!……とかイッセーお兄ちゃんはいつも一緒に居たいくらい好き!!……とかです。本当に眩しいくらいの笑顔であの子たちは嬉しそうにイッセー君のことを語るんですよ」

「ははは。エルーとジークとは向こうに行った時、いつも後ろについてきたくらい懐いてましたからね」

 

 まあ俺からしたら可愛い妹分と弟分だからな。

 出来ることなら俺もいつも一緒に居てあげたいけど……でもあいつらはそこまで体が強くない。

 空気の綺麗な北欧にいるのが一番良いんだ。

 ……聖剣計画の影響は今もなお、名残としてあいつらの体に残り続けている。

 特にセファに関しては激しい運動は控えないといけないほどに消耗している。

 定期的にリヴァイセさんの北欧魔術による治療で幾らかは好転しているとは聞いているけど……

 

「……やはり、お婆ちゃんやセファちゃんの言った通りです。イッセー君は」

「―――え?」

 

 するとロスヴァイセさんは俺の顔を覗き込むように、優しそうに微笑みながら俺を見ていた。

 

「なんていうか、今のイッセー君は凄く優しそうな顔をしていたんです。それでセファちゃんとお婆ちゃんは……イッセー君がそういう顔をしている時は、大抵誰かの心配をしていたり、何かを守ることを考えている。そう、言っていたんです」

「……やっぱ、あいつらには敵いませんね」

 

 リヴァイセさんには俺のことなんてお見通しなんだ。

 昔からいつもあの人には頭が上がらない―――それくらい、すごい人なんだ。

 そんなリヴァイセさんの傍にいて影響を受け続けているセファも敵わない。

 ……だからこそ。

 俺の弱さも心の闇も知っている二人だからこそ。

 俺はあの二人に心からの笑顔を見せたい。

 全部、自分の嫌な部分を払拭して会いに行きたい。

 

「―――あいつに負けられない理由が一つ、増えてしまいました。ロスヴァイセさんのせいですよ?」

「え、えぇぇ!?ご、ごめんなさい!!わ、私、何か余計なことを……!!」

 

 するとロスヴァイセさんは動揺したのか、すぐさまに顔を真っ赤にして謝り始める。

 俺はそれを見て不意に噴き出した。

 

「くくく……はははは!」

「なっ…………ひ、ひどいです!年上のお姉さんをからかうなんて!教育的指導ですよ!?」

「だ、だって……ロスヴァイセさん、普段はクールでカッコ良いのに、焦ったらすごく可愛い反応するから……ははは」

「ご、誤魔化してもダメです!」

 

 ロスヴァイセさんは茹蛸みたいに顔を紅潮させて、そんな風に憤慨する。

 ……楽しいな。

 こんな些細な会話が楽しい。

 今の日常を壊させないためにも、そんな日常を続けていくためにも―――皆と一緒にあいつを超える。

 たぶん今までなら俺は一人であいつを超えようなんて考えていたんだろうな。

 だけどその考えは捨てた。

 一人ですることは間違ってはいない……だけど周りがそれを望んでいないのに、一人で突っ走るのは単なる横暴だ。

 今までの俺が間違っていた……たぶん、それは違う。

 っていうか仲間の前でそんなことを言ったら、また怒られるんだろうな。

 ……何かを守るために自分の命を賭けるのは決して間違いではない。

 仲間を守って、そして最後に自分も絶対に生き残る。それが俺が母さんや父さん……皆から教えられた本当の答え。

 答えを得たからにはもう間違えるわけにはいかない。

 それが今の俺の出来る最大限のことのはずだから。

 

「と、とりあえずもうそろそろミョルニルの調整が終わるはずです!それまでにイッセー君にはミョルニルについてのことをレクチャーしておきます!」

「ミョルニルのこと、ですか」

 

 ロスヴァイセさんは何かを誤魔化すように分かり易く咳払いをして、そしてそう切り出した。

 ―――ミョルニルの小槌。

 今回のロキ戦において重要となる武器の一つで、今回のものはレプリカだけどそれなりの威力はあるそうだ。

 本物に限りなく近い威力のもので、その神の雷は同じ神を亡ぼすには十分の力らしい。

 だけど使える者は限りなく少なく、使える可能性を持っていることすら難しいということは既に知っている。

 

「ミョルニルはご存知の通り、神々の武具です。本来ならば悪魔や天使、人間などと言った存在は触れることすら出来ません。もし適応者でなければ触れた瞬間に神の雷で身を焦がすことになります―――それを今、アザゼル様とオーディン様は調整し、相応の実力があれば悪魔であろうと使えるようにしているんです」

「そしてそれを使う白羽の矢が立ったのが俺、ってことですか?」

 

 ロスヴァイセさんは俺の言葉に頷いた。

 

「この小槌は実力的にトップの者に与えます……ですが実質的なトップクラスの片方はテロ組織の一角。ならば熾天使の一人であるガブリエル様に渡せば良いのですが……瞬間火力だけで言えば、イッセー君は今回の中で群を抜いているというのが今回における総意です」

「―――ま、そういうことだ。イッセー」

 

 ……するとその時、室内にアザゼルの声が届いた。

 そこには少しばかりスーツのシャツを着崩したアザゼルがいて、更に手元で小槌のようなものが浮いていた。

 それからはチリチリと肌を刺激するようなオーラが放たれており、それだけでそいつの正体に気付く。

 ……あれがミョルニルの小槌。

 

「ちょうど調整が終わった。お前もロスヴァイセからレクチャーを受けていたようだな……丁度良い」

 

 するとアザゼルは小槌を俺の方へと浮遊させる……アザゼルですら、小槌を直接持つことが出来ないのか?

 俺はそう考えていると、アザゼルは察するように答えた。

 

「俺は残念ながら天使から堕天使に堕ちた身なんでな。小槌の制限に真っ向から引っかかっちまった。だから俺は純粋に持つことが出来ない」

「小槌の制限?」

「おう―――こいつは穢れた心の者には持てない、純粋な上に正しい心の持ち主にしか心を開かねぇんだ」

 

 そして小槌は俺の前にフラフラと浮遊する。

 ……なるほど、だから堕天使には無理なのか。

 

「そういう意味でも今回、こいつを持てる可能性があるのは天使サイドのイリナかガブリエル―――そしてお前だけだってことだ」

「………………はぁ。上手くいくかは保証はないだろ、それ」

「まあな。だがやってみる価値はある」

 

 アザゼルは不敵にそう笑むが……個人的に言えば、たぶん俺はこいつを使うことが出来ないはずだ。

 俺は半分諦める形で嘆息し、何故か確信してしまった予想を払いのけて小槌を握った。

 ―――ッ……!?

 握った瞬間、俺は小槌の余りもの重量にそれを落としそうになる。

 が、それを何とか踏ん張って小槌を片手で持った。

 ……だけどこれが答えなんだろう。

 

「…………そうか、無理だったのか」

「ああ。残念だけど俺じゃあ小槌を十全に使えないそうだ―――そうなんだろう?オーディンの爺さん」

 

 俺は悟るようにその光景を部屋の扉から見ていたオーディンの爺さんに問いかけた。

 そこにはどこか難しい顔をしているオーディンの爺さんがいて、じっとこっちを見ていた。

 

「……はて、なんのことじゃ?」

「とぼけるなよ?小槌からは悪魔じゃなきゃ支えられないほどの重量……つまりミョルニルは俺を拒否しているってことだろ?」

「ならばそもそも雷でお主の身を焦がしておる―――が、確かに真の適応者なら小槌は羽のような軽さじゃ。となると……問題は小槌ではなく、お主という事じゃな」

 

 爺さんは俺の方に近づいてきて、そして小槌を撫でるように触れた。

 途端に小槌からはバリ!!という雷の音が響き渡った。

 

「むろん、わしは煩悩の塊のような神じゃからのう……触れただけで拒否される。もちろん神の力を使えばそれもどうにかなるのじゃが。ともかく、お主は拒否されているわけではない」

「じゃあ小槌が重いのは、俺がこいつを拒否しているとでも言うのか?」

「あるいは……という可能性の話じゃ。だがまあ神器なしで持てる以上、ある程度の戦力にはなるじゃろう」

 

 オーディンの爺さんは中途半端に割り切ったようにそう言う。

 ……確かに俺が触れている時は小槌からは拒否するような雷は出ていない。

 真の適応者なら羽のような軽さである小槌が重く感じる俺……何となく、俺がこいつに選ばれない理由が分かる気がする。

 それはきっとあの存在なんだろう。

 何度か俺に問いかけてきた、籠手の中に残る俺自身の怨念。

 その問題が解決しない限りは、俺がこの小槌を使いこなすには至らないはずだ。

 

「そういうことなら使わせて貰うよ。これがあいつを倒せる手段だっていうなら」

「そうじゃな。あやつは確実に来る。恐らく真正面から、しかし裏を掻いて狡猾にじゃ」

「……そっか」

 

 そう話すオーディンの爺さんは少しだけ寂しそうだったけど、俺はそれを言わずに頷く。

 同じ神話体系に属するが故に、思うところはあるんだろう。

 だけどオーディンの爺さんはそれを言うことはない。

 それが北欧の神々を統べる主神の役目。

 

「わしはもう休ませてもらう―――どうせならロスヴァイセと、しっぽり既成事実の一つでも作ってみてはどうじゃ?」

「な、なななななななななっっ!!!?おおおおおおお、オーディン様!な、何を下品なことを!!!」

「………………丁重にお断りさせていただきます」

 

 ―――そう言うと、何故かロスヴァイセさんは肩をがっくりと落とすのであった。

 ……ちなみにこの話の後で俺はアザゼルに気になることがあったので、聞いてみた。

 

「そういえばアザゼル、この前のミドガルズオルムとの邂逅の後から、匙の姿を見かけないんだけど……確か俺の話を聞いて号泣して、そのまま『俺は何があってもイッセーの味方だからなぁぁぁぁ!!』って叫びながら帰って、連絡がつかないんだ」

「ああ、そりゃあグリゴリの施設に拉致っ…………とある研究とロキ対策に必要なものを身につけさせるために協力(・ ・)してもらってるんだぜ?」

 

 ……俺は目の前のマッドサイエンティストのにやけ笑いを見て、本気で匙を心配したのだった。

 ―・・・

 

「にゃふぅ♪イッセー、もっと頭撫でて~~~」

「……姉さまばかりずるいです。先輩、私ももっと…………にゃん♪」

 

 ……兵藤家の縁側で凄まじい勢いで甘えてくる黒歌と小猫ちゃん。

 しっかりと猫耳としっぽを生やし、猫なで声で心地よさそうにいるが、そもそもこのような状態になったのには理由がある。

 それはいえば……ロスヴァイセさんと一度別れ、リビングの方に出ると、縁側で小猫ちゃんと黒歌が眠っているのに気づいたんだ。

 姉妹で日向ぼっこしている最中に寝てしまったんだろうけど、俺はその光景が懐かしく感じてしまい……結果、昔のように二人を優しく撫でた。

 その結果がこれだ。

 まあ俺も懐かしくていつもの三倍くらい撫でていたから、そりゃあ起きるってもんだ。

 それで黒歌がお得意の悪戯モードを発動し、可愛がれなど言っていると小猫ちゃんまで便乗して……っという流れで可愛がっている。

 

「イッセー、頭だけじゃなくて、お尻とかも撫でてにゃん♪」

「……発情すんな、エロ猫」

 

 俺は蕩けそうな顔をしている黒歌の額に、強烈なデコピンを放つ。

 途端に黒歌は突かれた額を抑えて涙目で懇願してやがる!

 

「愛の鞭にしては痛いにゃ~~~……それに女の子は実はエッチなんだよ?ね、白音♪」

「……そんなこと、な……ないですっ!」

「…………小猫ちゃん、君は黒歌の色に染まらずに綺麗なままで居てくれ!!頼むから!!」

 

 黒歌によりダメな道に進みそうになる小猫ちゃんを俺は必死に説得する!

 だって俺の周りでの癒しが消えるとか、死活問題だから!

 純粋で可愛い小猫ちゃんは俺が絶対に守る!

 エロ姉でエロ猫の黒歌から!!

 

「…………なんか、猛烈に貶さてる気がするにゃん」

「たぶん気のせいじゃない……です」

「うにゃぁぁぁぁぁん!!イッセーと白音が虐めるよぉぉぉ!!!」

 

 俺と小猫ちゃんから白い目で見られる黒歌はベタな嘘泣きをしながら、チラチラこっちを見て来る。

 ……嘘泣きをするならもっと分かりにくくやれよ。

 俺はあざとい黒歌に溜息を吐きつつ、まだ俺の膝で丸くなる小猫ちゃんの頭や頬を撫でた。

 

「ふにゃぁ…………先輩、撫で方が甘いです」

「そっか?」

「……はい。もっと、く……唇とか、耳とかも……撫でてください」

 

 小猫ちゃんは顔を真っ赤にしながらそうおねだりをしてきて―――あれれ?

 なんだろう、この裏切られた感は。

 何故か小猫ちゃんの上気した艶やかな表情が、横でブーブー言ってるエロ猫と近づいてきているような……

 

「あ、白音が発情しかけてるにゃん」

「なるほど。つまり黒歌はいつも発情している……っておい!それは本当か!!」

「ち、ちょっと!?流石の黒歌ちゃんも女の子なんだにゃん!人権の見直しを要求するにゃん!!」

 

 黒歌の戯言はどうでも良い!

 小猫ちゃんは猫又……猫又は発情期と呼ばれる時期に入ると、自分とは違う種族の雄に愛着行動をするってのは聞いたことがある。

 けどそれはまだまだ先の話で……俺はキッと黒歌を睨んだ。

 

「おい、黒歌。お前、もしかして小猫ちゃんに何か吹き込んだな?」

「………………………………………………し、知らないにゃん☆」

 

 俺はそそくさとその場から逃げようとする黒歌の顔をガシっと掴み、真顔で顔を近づける。

 ―――逃がさねぇぜ、黒歌。

 

「は、はにゃ!?み、耳はダメにゃん!?そこ、弱いのぉ……ッ」

「おいおい、俺の話は終わってないぞ?黒歌、小猫ちゃんに何をした?」

 

 黒歌は耳が弱い。

 故に耳元でささやくようにしゃべるとか、息を吹きかけると黒歌は途端に普段の余裕がなくなるんだ。

 後、不意打ちで褒めるとか頭を撫でるとかも弱い。

 これが俺の黒歌対策だ。

 

「ほら、早く吐かないともっとするぞ?」

「い、言うからもうやめてぇ……耳は、弱いのぉ…………!!」

 

 黒歌がぐったりし始めたところで俺は耳元から離れる。

 ……よし、すっきりした。

 普段悪戯ばかりの馬鹿猫にはしっかりとお仕置きが出来たことだし。

 

「にゃぁ……にゃぁ……イッセーって実はドSにゃん」

「ンン?何か言ったかな?」

「…………………………ッ!!!」

 

 黒歌は俺の問いに無言で首を横に振って否定する。

 

「……その、姉妹トークでね?良く白音にえっちな話とか、猫又の習性とかを教えてあげてて……白音がちょっとずつその類に興味を持ち始めてね?」

「うんうん、つまり黒歌が悪いと?」

「………………テヘ?」

 

 ―――俺が黒歌の顔を掴んで、力強く握り潰そうとしたのは言うまでもない。

 その過程で黒歌が絶叫を上げて苦しんでいたのも言うまでもないな、ははは!

 ……ともかく仕方ない。

 

「出来ればこんなことに神器を使いたくないけど……フェル、頼む」

『……まさか性欲を抑える神器なんて創ることになるとは思いもしませんでした』

 

 フェルの落胆する言葉に俺は大いに同意するが、でもこうなっては仕方ない。

 俺は即座にフェルの力を使って性欲抑制の神器を創り、小猫ちゃんへと行使した。

 途端に小猫ちゃんの蕩けた表情は少しずつ収まっていき…………次第に頬を真っ赤にして恥ずかしそうに顔を手で覆い隠した。

 

「……あ、あんなはしたない所をイッセー先輩に見られるなんて……っ。もう恥ずかしくて死にそうです……!」

「大丈夫、小猫ちゃん。全部黒歌が悪いんだからさ?」

「………………とりあえず、もうちょっとだけ撫でてください」

 

 小猫ちゃんは指と指の間からチラッと目を覗かせ、甘える声音でそう言う。

 俺は特に拒否なくそれに応え、小猫ちゃんの反応に癒される……ああ、癒しだ。

 最近は癒しが少なくて困っていたからな!

 

「うぅぅ……姉と妹でここまで扱いに差があるなんて、横暴にゃ~ん」

「黒歌ちゃん?今は俺の癒しタイムだから少し黙ろうか?」

「むむ……ならこっちにも考えがあるにゃん!」

 

 すると黒歌は頬をプクッと膨らませ、珍しくちょっとだけ怒っていた。

 ……俺も虐めすぎたか?

 そんな風に思っていると、黒歌は突然俺の背後に回り込んできた。

 

「んん?黒歌、お前一体何を……」

「うんにゃ?色仕掛けだけど?」

 

 黒歌がそう言った瞬間、後ろからパサッ……っという布の擦れる音が聞こえた。

 それと共に俺の後頭部に何か柔らかいものが―――

 

「く、く、く、黒歌ぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

「にゃはははは!!イッセーが色仕掛けに弱いのは知ってるにゃん♪ほれほれ、お姉さんのおっぱいは気持ちいい~~~?」

 

 ふにょふにょとすごい感触が後頭部越しで感じるが、これは真剣にヤバい!

 俺の膝元で小猫ちゃんが膝枕されてんだぞ!?

 こいつ、それを分かってワザとやっているのか!

 

「ん?先輩、手が止まっ……て…………」

 

 ……小猫ちゃんは恥ずかしさが無くなったのか、手で顔を覆うのを止めて俺を見て、表情が無くなる。

 そりゃそうだ。

 俺の後ろから黒歌が胸で俺の後頭部を挟んでいるだから(たぶんだけど)。

 むしろ俺が今、冷静でいられる理性を褒めて欲しい!

 

「……………………先輩は、小さな胸は嫌いですか?」

「ちょっと待て待て待て待て!!!反応が違うだろ!?小猫ちゃん、そこは俺を殴るとかそんなタイミングだよ!?」

 

 小猫ちゃんは変なところで黒歌に対して対抗意識を燃やすように、恥ずかしそうにそう尋ねる!

 むしろこのタイミングで殴ってくれた方が黒歌の思惑を壊せたのに!!

 ってかこれはループなのか!?

 小猫ちゃんの頬がさっきと同じように真っ赤になって、表情が蕩け始めてる!!

 

「ふふふ、白音?男は皆、胸にロマンを求めているにゃん。愚問だよぅ?」

「……手で収まるくらいが丁度良いです」

 

 え?なんでこのタイミングで姉妹で火花を散らしているの?

 黒歌に至っては半裸だよ?

 しかもここは家の縁側だぜ?

 

「へぇ……女の魅力としては私の方が強いと思うにゃ~」

「……先輩に相手にされていないのに、良く言います」

「…………………………」

 

 何故か二人の会話が険悪になる。

 あの普段凄まじく仲の良い二人が、まさかこんなことで不仲になるなんて予想外だ。

 

「し、白音は猫を可愛がるみたいに愛玩動物扱いよ?」

「……姉さまはそれすらしてもらってないのでは?」

 

 ……これは小猫ちゃんの方が一歩上手だ。

 姉妹間の口喧嘩という攻防戦、一体どっちが我慢の限界を迎えるか―――って、俺は何を解説してるんだ、馬鹿か?

 っていうか現実逃避にもほどがあるだろ。

 

「……それに小さくても、柔らかいです。それに姉さまの服装とか、だらしないです、自重してください」

「こ、これは着こんだら胸が苦しいからにゃん!!」

「……巨乳、死すべし」

 

 小猫ちゃんの99パーセント、私怨を含む言葉がボソッと聞こえた。

 これはあれだ―――シスコン大魔神の黒歌には致死レベルのダメージの言葉だ。

 ってかそれを言えばグレモリー眷属の大半の女子は………………いや、言わないでおこう。

 

「小猫ちゃん、流石にそれは言い過ぎじゃ……」

「……じゃあ先輩は、私の胸は好きですか?」

「い、いやぁ……さ、触ったことないし、好きとか言われてもなぁ~」

 

 俺は軽くあしらうように適当なことを言ってこの場を乗り切ろうとした―――が、その時、自分の発言が失敗だったことを瞬時に理解する。

 

「……なら、触って……ください」

 

 ……小猫ちゃんの今の恰好は、暑いからか布地の薄い長そでシャツだ。

 小猫ちゃんは服を捲り上げ、そして俺の手を自分の胸の方に誘う。

 俺の手の平には小さいながらもとても暖かく、柔らかい感触が広がって…………って何を冷静に感想を考えてんだよ!俺の馬鹿野郎!!

 後ろの黒歌の方に視線を向けるも、黒歌は先ほどの死すべし発言で頭がショートしている!

 

「んん……先輩、どうです……か?」

「ど、どうですって聞かれても……そ、その……」

 

 正直に柔らかいとか言ったら変態になるし、小さいとか言ったら小猫ちゃんを落ち込ませるし―――あれ、これどう足掻いても切り抜けられない?

 

「にゃぁ~……なんか、すごく変な気分です……頭がポカポカします……先輩、もっと触ってくだ―――」

 

 …………しかし小猫ちゃんが最後まで言葉を紡ぐことはなかった。

 それは俺の後ろから伸ばされた手によるものだ。

 

「ふぅ……人がショートしている間に色々と面倒なことになってるにゃん♪全く、普段クールなのに何でこういうエッチな系統には弱いの?イッセーは」

「…………申し開きもない」

 

 それは既に着物を着こんだ黒歌からの声で、言葉が途中で途切れた小猫ちゃんは俺の膝元で眠っていた。

 小猫ちゃんの頭を手で押さえたのは、たぶん黒歌の仙術によるものなんだろう。

 

「言い忘れてたけど、性欲と発情期はまた違うにゃん。性欲撒き散らしても発情期は消えないし、消えても一瞬だからね」

「……そもそも黒歌が最初からそれをやれば良かったものを!……まあありがとう。助かったよ」

「にゃははは!崇めるが良いにゃん!」

 

 黒歌は軽く笑みを上げる……けどすぐに真剣な表情になった。

 

「……でも白音がこうなったのはイッセーの責任でもあるんだよ」

「どういうことだ?」

「恍けないで。見ていれば分かる―――イッセー、本気でアーシアちゃんのことが好きなんでしょ?」

 

 ……今の黒歌には嘘を言うことは出来ない。

 

「……ああ。俺はアーシアのことが好きだ」

「うん……それこそが、白音が発情期を迎えた原因」

 

 黒歌は説明した。

 そもそも猫又の発情期っていうのはもっと体が成熟した段階で起こることらしい。

 だけど小猫ちゃんはまだ体が成熟を迎えていない。

 その状態で仮に子を宿すと母子共に危険を伴う……黒歌はそう説明した。

 

「白音って思っている以上にイッセーのことを愛してるにゃん。そんなイッセーには本命が別にいて、でも諦めきれるわけがない―――分かるよね?一人の女として、少なくとも私はイッセーのことが好き。だから例えイッセーがアーシアちゃんのことが好きでも傍にいる」

「……つまり小猫ちゃんがこうなったのは……その想いによるもの?」

「そ。イッセーに対する想いが強すぎて、それが発情期を迎える鍵になった―――イッセーは、どうするの?」

 

 黒歌は明確な言葉を使わず、わざとらしく曖昧にそう尋ねた。

 でも俺にはこの言葉の意味が分かった。

 

「……アーシアに対する想いと、ミリーシェに対する想い。それのことだろ?」

「なんだ、分かってるんだ。そう、詳しく言えばアーシアちゃんとどう向き合うつもりにゃん?」

 

 ……アーシアとどう向き合うか。

 確かに俺は未だにミリーシェに対する未練が残っている。

 にも関わらず俺はアーシアのことを本気の意味で好きになって、アーシアの気持ちにも受け入れてしまった。

 

「……正直、一番悩んでるのがそれなんだ。自分の気持ちに素直になるなら、俺はアーシアと恋人になりたい……だけど、それじゃあまるで、俺はミリーシェへの想いを失くしてしまう。そんな錯覚に囚われるんだ」

「……でも答えは出しているんだよね?」

「ああ。そうだな―――もう、迷わないって決めたから。だから答えを出した」

 

 悲しいことだ。

 だけど俺が生きているのは過去じゃない……今なんだ。

 たぶんミリーシェへの想いは一生消えない―――それと同じで、アーシアへの想いも消えない。

 辛いことだ……だけど俺は今、アーシアを大切にしたい。

 

「今の俺とアーシアは、家族のような関係で、恋人のようなもので……本当に曖昧な状態だ。その曖昧さが何故か心地良くて、それに浸ってた。だけど、それが小猫ちゃんや皆に迷惑をかけた」

 

 とっくにみんなの好意には気付いていた。

 そして……自分の好意にも気付いて、俺は部長の告白を断った。

 

「アーシアと俺はたぶん死ぬまで一緒にいると思う。アーシアを守る……もし仮に誰かとアーシア、どちらか片方しか救えない状況になれば俺は……絶対にアーシアを救う。そう決めたんだ」

「……前までだったら、絶対にどちらも救うって言ってたにゃん」

「そうだな。救えるなら救う。だけどそれが叶わない事態になった時の場合だよ」

 

 それが俺の本心だ。

 

「……でも教えてあげる―――イッセーは絶対、両方とも救ってしまうにゃん。それで最終的にイッセーは皆のことすらも包み込んで、幸せにするって」

 

 黒歌はどこか確信めいた表情で、そう断言する。

 

「根拠も何もないだろ、それ」

「うん♪でも私の勘は当たるにゃん!野生の勘ってやつ?」

「……でもそもそも黒歌は飼い猫だろ?」

「あ!揚げ足を取るのは紳士じゃないにゃん!」

 

 ……黒歌の勘が当たるなんて、そんな希望観測は信じることはない。

 だけど理想はそれだよな。

 無謀かもしれないけど―――俺を大切に想ってくれる存在全てを幸せにする。

 ……それが俺の今の夢かもしれない。

 そう胸に誓った昼頃の縁側だった。

 ―・・・

 

「~~~~~~~~~~~~♪♪♪」

 

 夕食を食べ終え、夜の時間帯。

 俺を含むグレモリー眷属の神器持ち組はいつものように、地下の強化シェルターにて鍛錬をしていた。

 メンバーとしては俺、アーシア、祐斗、ギャスパー。

 更にイリナとゼノヴィアも戦闘訓練と称してこの場に居合わせている。

 本当ならヴァーリにも一声かけたかったが、残念なことに祐斗とかゼノヴィアは未だにヴァーリに対して警戒しているから、今回は参加していない。

 現状、祐斗はイリナ、ゼノヴィアと1対2での剣戟戦、そして俺とアーシア、ギャスパーは共に精神を使う系統の神器故に近くで鍛錬していた。

 やることと言えばアーシアは長時間、聖母の微笑み(トワイライト・ヒーリング)の禁手である微笑む女神の癒歌(トワイライトヒーリング・グレースヴォイス)を持続させる鍛錬をしている。

 ギャスパーは不完全な停止による遅滞……以前のディオドラ戦で見せた精神力への負担を減らす技だ。

 遅滞させているモノは俺の魔力弾で、当の俺はギャスパーの修行に付き合いながら的確にフェルの神器の創造力を溜めて行使したりしている。

 この鍛錬は俺にとって、二つの行動を同時に出来ることに意味がある。

 理想は戦いながらフェルの神器により創造できる白銀龍帝の籠手(ブーステッド・シヴァーギア)を、禁手である白銀龍帝の双龍腕(シルヴァルド・ツイン・ブーストアームド)へと禁手化させるための時間を短縮させることだ。

 現状では禁手化させることにだけ集中すると10分の時間が掛かる。

 戦いながらなら30分が現状の限界だ。

 更にその前に籠手を創るための40段階の創造力が必要となるなど、まだまだ制限の多い禁手なものの、発動できれば絶大な力を誇るからな。

 

「ギャスパー、次は変則的な拡散の魔力弾だ!」

「は、はいぃぃ!!」

 

 ……ちなみにアーシアがこの空間内で歌を歌い続けることで、例え怪我をしても瞬時に治すことの出来るいわば最高の修行場であったりする。

 当然アーシアは頑張り過ぎるところがあるから、時を見計らって修行を中断させるけど。

 っと俺はアーシアに視線を向けつつ、ギャスパーに拡散の龍砲(スプレッド・ドラゴンキャノン)を放つ。

 魔力弾は最初は単体だが、ある地点で弾丸は拡散してギャスパーに向かう。

 ギャスパーが対応できないようなら魔力弾を操作し、被弾させないようにするけど、どうだろうな。

 

「か、拡散した!?か、数が多いですぅぅぅぅ!!!」

「―――うん、なんとなく予想はしてたよ」

 

 魔力に性質を持たせた瞬間、ギャスパーは分かり易く狼狽える。

 ……だけど狼狽えている割には最低限の魔力弾を遅滞させていた。

 っていうか停止させるべき弾丸を判断して止めているっていう言い方が正しいか。

 そういう意味では最低限ではなく、最適という言葉の方が合うか。

 ……よし。

 

「ギャスパー、次はこの状態の俺の最大出力の魔力弾を放つ!それを完全に(・ ・ ・)停止させろ!」

「えぇぇぇええ!?そ、それは流石に無理ですぅぅぅ!!イッセー先輩の本気を止めるなんて!!」

 

 あいつ、謙遜でもしてんのか?

 俺の神器なしの魔力弾くらい、今のあいつなら簡単に停止させることが出来るはずだ。

 それほどギャスパーの力は上がっているし、努力は少しずつ実り始めている。

 ……あいつには少しくらい自信をつけさせてやりたい。

 これまで俺たちの戦ってきた相手はあり得ないほどの強者ばっかで、自分の実力に疑問を持つのも理解できる。

 だからこそ自分を卑下に扱う。

 特にギャスパーは自分に自信がないのも原因なんだろう。

 

「お前なら出来る。そう信じてるぜ…………爆撃の龍砲(エクスプロウド・ドラゴンキャノン)!」

 

 俺は破壊力を極めた性質を含む爆撃の魔力弾を放った。

 先程の拡散の龍砲と同じである地点までは普通の魔力弾であるこれは、爆発の性質を持たせて相手を撃墜する弾丸。

 上級悪魔にも通用する技ではあるけど、今のあいつなら止められる。

 

「や、やってみます……!!」

 

 ギャスパーは目を見開き、俺の魔力弾に的を絞って停止を始める。

 ……神器ってものは、やはり精神の状態によってその力の大きさが変わる。

 例えば、物事に対して絶対に無理、っていった否定的な感情があれば当然神器の力は半減するし、諦めていたら以ての外だ。

 つまり神器を使うことに関して一番必要なのは、諦めない事。

 ギャスパーに一番足りないものは自信。

 自分は戦える、誰かを守ることが出来るっていうより強い思想や目的意識。

 それすら備わればギャスパーは化ける……そんな気がするんだ。

 ……目的意識、ね。

 物は試しか。

 

「ギャスパー!俺が満足する結果なら、お前の頼みをなんでも聞いてやるぞ!!」

 

 いわば飴と鞭の飴を放ってみる。

 まああいつの自信のなさを考えてみれば、あまりうまくいくとは思えな―――

 

「ほ、ホントですか!?よ、よぉぉぉし!!僕、頑張りますぅぅぅぅぅ!!!!」

 

 ……俺の言葉を聞いたギャスパーの目つきは唐突に輝く。

 途端に俺の魔弾は完全に停止し、ピタリと動かなくなった。

 ―――俺、色々と考えていたのにたったあれだけのことで乗り越えるって……なんか、報われない!!

 俺はそう心で叫びながら魔力弾を消失させ、ギャスパーの方に近づいた。

 

「過程はあれだけど良くやったな。今のを簡単に停止させれたんなら、あいつとの戦いで戦えるはずだ」

「ほ、ホントですか!?ありがとうございます、イッセー先輩!!!」

 

 ギャスパーは大げさにピョンピョンと飛びながら喜んでいた。

 

「扱いの難しい邪眼の力を御し始めているよ、ギャスパーは。当然、まだまだ至らない部分もあるけど、それでもこの短期間で良くここまで力を扱えるようになったな!流石俺の後輩だ!」

 

 俺はギャスパーの髪をくしゃくしゃと乱暴に撫でると、ギャスパーは照れているのか頬を赤く染めて微笑んでいた。

 

「ギャスパーは端っこで飲み物でも飲んで休んでろ。俺は……っと、アーシア!」

 

 俺はギャスパーにスポーツドリンクを渡してから、ずっと歌い続けるアーシアの元に駆け寄った。

 かれこれ癒歌を二時間掛けて歌い続けている。

 ……まあ普通に歌うんじゃなく、神器の力を使って歌っているから喉が枯れるとかそういうのはないんだけどな。

 アーシアは俺の方に駆け寄っているのに気付き、次第に心地よい歌声を止めて俺を出迎えた。

 

「どうしたのですか、イッセーさん。私はまだまだ大丈夫ですよ?」

「口ではそう言っても、精神的には結構な負担が掛かっていることに俺が気付かないとでも思ったか?」

 

 俺はアーシアの肩にそっと手を置くと、それだけでアーシアは少しだけその場でふらついた。

 アーシアはすぐにバツの悪そうな表情になって、上目遣いでこっちを見てきた。

 

「はぅ……イッセーさんは私のことは何でもお見通しなんですね」

「アーシア、残念がっているのか喜んでいるのかどっちだよ……顔、にやけてるぞ?」

「えっと……どっちもです!」

 

 ……何この天使、可愛過ぎるぞこの野郎!

 やばい、凄まじくアーシアが愛しい!

 黒歌とあんな話をしたからか、いつもの倍増しでアーシアのことが可愛く見えてしまう!

 

「イッセーさん?お顔が赤いですよ?」

「ひ、ひゃあ!?」

 

 ………………アーシアに頬を触られて、情けない声を上げる俺。

 ってか「ひゃあ」ってなんだよ、「ひゃあ」って!

 女の子みたいな悲鳴あげるって、アーシアも引くだろ!

 

「………………イッセーさん、今のすっごく胸に来るものがありました!驚きです!!」

「いやいやいやいやいやいや!!!!今のはないだろ!?男の悲鳴ってどこに需要があるんだよ!?」

 

 俺はどこか興奮気味なアーシアを宥めるようにそうツッコむ……と同時に、こちらに近づく足音を複数感じた。

 

「い、イッセー!今のとてつもなくギャップを感じる、どこか胸を打つ可愛らしい男の悲鳴はなんだ!!」

「そ、そうよ!!せっかく真剣に修行しているのに、そんなもの聞かされたらイッセーくんの頭を撫でたくなるじゃない!!ってか撫でさせて!!!」

「ふふ……僕も普段のイッセー君からは考えられない悲鳴に、どこか感動に近いものを感じる―――僕がイッセー君を守るよ」

「お、おいお前ら!!お前らはさっさと修行に戻りやがれ!!暑苦しんだよ、近づくな!!特に祐斗、お前のせいで最近学校で変な噂が立っているんだからな!!!」

 

 俺はそそくさと四人から距離を取るも、俺が一歩後退りすると四人は二歩前進する。

 …………逃げるか、うん。

 俺は瞬時に足元に力を入れようとした瞬間―――

 

「停止、停止♪」

「こ、こ、こんなとこで修行の成果を見せんじゃねぇぇぇぇぇ!!!!!」

 

 俺の足元をピンポイントでギャスパーが停止させ、動けないのであった。

 

「ぼ、僕も可愛らしいイッセー先輩を見るのは、や、吝かではないというか……」

「こんの裏切り者がぁ!!それでも俺の後輩かっ!!」

「ひ、ひぃぃぃ!!お、怒らないでくださいぃぃぃ!!!」

 

 そう思うなら停止を止め―――すると俺は肩をそっと掴まれる。

 

「あ、これ詰んだな、はははははは―――ひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 …………俺は脇腹やら頬やらをくすぐられ、情けない悲鳴を上げ続けるのであった。

 ―・・・

 

「うぅぅ……どして、こうなったんだよぅ……」

「は、はうぅ……涙目のイッセーさんが可愛いのと、やり過ぎた罪悪感でどうにかなりそうです……ッ!!」

 

 それから十数分後、あらかた弄られ終えた俺は可笑しくなった五人から解放された。

 そして実行犯である罪人は今は俺の前で正座をしている。

 

「ぼ、僕は何をしていたんだろう……まさかイッセーくんが泣くまで虐めてしまうなんて……」

「気持ちは分かるぞ、木場―――あのイッセーには途方もない魅惑を感じた」

「そうよ!私も危うく堕天するくらいの可憐さだったもの!!」

「……お前ら、絶対反省してないだろ…………」

 

 俺は涙声でそう言うと、祐斗とゼノヴィアとイリナは凄まじく顔を青くする。

 ……今度元気出たらやり返ししてやるもん。

 

『は、はうぅぅぅ!!!ど、どうしましょう、ドライグ!!主様が可愛過ぎます!!』

『落ち着け、フェルウェル!!お前の口調が若干アーシア・アルジェントと同様になっているぞ!!』

『これが落ち着いていられますか!!”もん”ですよ!?その口調は、わたくしの主様から聞きたかった言葉トップ10に入るレベルなのです!!』

 

 もうやだ、この人たち!

 っていうかむしろドライグが普通に見えて来るのが異常だ!!

 

『……相棒、これからはもっと優しくするから、俺の評価をもっと上げてくれないか?パパ、鬱で死にそうになる』

 

 ……まあもう過ぎたことだから良いか。

 報復は今度、しかるべき形でするとして。

 

「とりあえず体を動かした組はシャワーでも浴びにいけよ」

「え、でも……」

「―――行けよ、な?」

 

 俺は祐斗が何か言いたげだったが、有無を言わさずシャワールームに足を運ばせる。

 それをバツの悪そうな表情でついていくイリナとゼノヴィア、そしてギャスパー。

 ……まあギャスパーに関しては許してやろう、停止はしやがったが直接俺に振れたわけではないからな。

 

「イッセーさん、その……ごめんなさい!!」

「もういいよ。そんなに怒っているわけでもないしさ。ただ……うん、今後は自重してくれると有難いというか」

「も、もう絶対しません!!神に誓って!!」

 

 大げさなアーシアの言葉に苦笑いを浮かべつつ、俺はふと考える。

 考えてみれば俺って最近、アーシアのことを考えることはたくさんあったけど、ゆっくりとアーシアと会話してなかったよな。

 ……決戦前で俺は落ち着きでも欲しいのかもしれない。

 

「アーシア……ちょっとだけ、俺に付き合ってくれないか?」

「構いませんが……どこに行くんですか?イッセーさん」

「そうだな……星が綺麗に見えるところ、かな?」

 

 ―・・・

 

「わぁ……綺麗です」

「そうだろ?身近にこんな名所があるんだぜ?」

 

 アーシアを連れて訪れた場所は6階建ての兵藤家の屋上だった。

 現在は家庭菜園の場所の他に、ベンチなどの娯楽スペースもあるなど、俺自身も結構な頻度で来ている。

 そして俺とアーシアはベンチに座りながら、空の満天の星を見上げていた。

 

「……星ってさ、普通都会では見えないんだよ」

「そうなのですか?」

「ああ。都会だとさ、どうしても星の光を遮るほどの光が四六時中町を照らし続けているだろ?だから星はその光に負けて、見えないんだ。後は大気が塵とかの有害物質で汚れているとかの理由もあるんだ」

 

 この家から見える星は、ほとんど悪魔の技術でどうにかなったものだ。

 でなけりゃこんなはっきりと星は見えないけど……そんなムードを破壊するようなことは言わないでおくか。

 

「……俺の故郷はさ、いつも満天の星空が見えていたんだ。小さい頃から俺はそれを眺めるのが好きで、いっつも家の屋根の上に上って星を見ていたんだ」

「…………ミリーシェさんと一緒に、ですよね」

「……ああ」

 

 俺はアーシアの質問に、少し間を置いて頷く。

 アーシアは俺に対し純粋な好意を向けてくれる大切な人だ。

 そんなアーシアだからこそ、やっぱり気になるんだろう。

 俺はまだアーシアにミリーシェのことを多く伝えていない。

 

「……俺、欲張りなんだ。ミリーシェのことを忘れられない癖に、アーシアのことが大好きときたもんだ」

「でも、それはどうしようもないことです!だってミリーシェさんはもう……」

「分かってるよ。……………………俺さ、色々考えたんだ。どうしたら皆が幸せになれるだろう、って」

 

 俺は一方的に話し続けた。

 自分の本音を、アーシアに対して。

 

「皆が俺に向ける好意には気付いている。俺はこれまでその好意に気付いていても、それに応えるのが怖くてずっと逃げてきた。でも逃げてたらさ……誰も、その人も自分も幸せにはなれないんだってことに気付かされた」

 

 部長と向き合って、たくさんのことを考えて……でも

 

「でも答えは出なかった。俺の大切な人達を絶対に幸せにする方法なんてものは、実際にはないかもしれない」

 

 それでも黒歌は俺は全てを包み込んで、幸せに出来ると言ってくれた。

 ……確かに幸せにする方法、それは分からない。

 だけど一つだけ確信できることがある。

 

「でも一つだけ、分かる…………いや、気付かされたことがあるんだ」

「……気付かされた、ですか?」

「ああ―――俺が死んだら、皆は幸せでいられるんだろうかって」

 

 ……自惚れかもしれない、だけど俺はそれくらいの価値はあると思いたい。

 

「俺は今まで自分のことはどうでも良くて、何よりも大切な人達の命を優先して戦ってきた。ある意味で自暴自棄って言っても良かった……それで守れてきたものは確かにある」

 

 でもそれは運がよかっただけだ……俺はアーシアにそう言った。

 例えばガルブルト・マモンから黒歌と小猫ちゃんを守るとき、俺は自分の命を二の次にした。

 あの時、ヴァーリが俺たちを助けてくれなかったら俺は確実に死んでいた。

 全部、ただ偶然だ。

 命を賭けて、その結果様々な事柄が重なって俺は生き延びた。

 

「……たぶん、俺の根本的な部分はこれから変わることはないと思う。仲間を守るために自分を犠牲にすると思う―――だけど約束する。絶対に、自分から命を投げ出さない。やるなら全部守る」

「そう、ですね……私の知っているイッセーさんは、そんな優しいイッセーさんですから」

 

 アーシアはそう言うと、そっと俺の手を自分の手と重ねるように握った。

 ……胸が、苦しい。

 ただ手を握っている、それだけなのに胸が痛いほどドクンドクンと音を響かせていた。

 

「……アーシア、俺は絶対に死なない。絶対に君を守って見せる、だから―――」

 

 俺の言葉は、アーシアにより遮られる。

 アーシアは俺の唇に人差し指を柔らかく突きつけ、少し微笑んでいた。

 

「言わなくても、大丈夫です…………ずっと、ずっと!私はイッセーさんのことを信じていますから」

「アーシア……」

 

 アーシアはニコッと笑いながらそう言うと、俺の頬を両手で包む。

 そして―――俺の額にそっとキスをした。

 

「本当なら唇にキスしたいですけど……今日は我慢します。私はどれだけイッセーさんが傷ついても、絶対に癒します。何があろうと、この身に変えてもイッセーさんを救ってみせます」

「……アーシア、それって俺の真似か?」

 

 俺は笑い混じりにそう言うと、アーシアは悪戯な表情で下をペロッと出し、苦笑した。

 

「イッセーさんは私の憧れですから!…………好きです、イッセーさん」

「ああ……俺も、大好きだ」

 

 俺はアーシアと指を絡ませながら手を繋ぐ。

 キスまでしてる癖に、今更こんなことでドキドキするなんて……可笑しいな。

 その時だった。

 

「あ……!イッセーさん!流れ星です!!」

 

 満点の星の中を、一筋の流れ星が颯爽と駆け抜ける。

 それは瞬く間に消え去って、アーシアは俺の手を離して両手の指を絡めて祈るように目を瞑る。

 その瞬間、もう一筋の流れ星が流れた。

 そして数秒たち、アーシアは目を開けた。

 

「アーシアは女の子だな……何をお願いしたんだ?」

 

 俺は軽くそう尋ねると、するとアーシアは一瞬ポカンとした表情となり、そして―――

 

「イッセーさんが幸せになれますように……そうお願いしました!」

 

 一点の曇りもない、満面の笑顔でそう言った。

 

 ―・・・

 

 決戦前になった。

 まだ辺りは暗く、そして俺は一人リビングにいた。

 ……おそらく、この数時間後に命を賭けた戦いが始まる。

 皆は既に地下のシェルターから神々の会合のある場所に移動しており、俺はと言えば―――父さんと母さんと対面していた。

 

「……行くのか、イッセー」

「イッセーちゃん……」

「……ああ」

 

 俺は小さく一言でその言葉に頷く。

 

「……やっぱりイッセーちゃん!私は!!」

「…………まどか」

 

 母さんは俺に何かを言おうとするが、父さんは身を乗り出す母さんの肩を掴んで止める。

 ……ありがとう、父さん。

 

「―――何、辛気臭い顔してんだよ、二人とも」

 

 ……俺は笑みを見せ、二人を抱きしめた。

 

「……言っただろ?俺は絶対に帰ってくる……母さんと父さん、俺の掛け替えのない居場所に」

「イッセーちゃん……ッ!!」

 

 母さんは俺の言葉で涙を溜め、父さんは俺から顔をそむけた。

 肩は震えていた。

 

「……本当なら、二人にもっとありがとうって言いたい。でもさ……それは帰ってからでも遅くない―――二人残して、死ねるかっての」

 

 ……俺はゆっくりと二人から離れる。

 

「そうか……イッセー、お前がそう言うなら、それが正しいのだろう」

「……信じてるから。私は、大切な……大好きな子供のことを……イッセーちゃんを!!」

 

 ……ありがとう、二人とも。

 ああ、俺は行くよ。

 だからこそ、この言葉を最後に言いたい。

 これを言えば、絶対に俺はここに帰って来ないといけない―――そんな言葉を。

 

「――――――いってきます」

 

 俺は父さんと母さんに背を向け、そう言った。

 言ったからには、俺は帰ってくる。

 俺は歩みを進め、そして地下シェルターに向かおうとした時だった。

 

「いってらっしゃい、イッセーちゃん!」

「待ってるぞ、イッセー!!」

 

 ……ああ、ありがとう。

 俺はこの日常を守る……絶対に。

 だから―――………………

 

「お前にはここで退場してもらうぞ―――悪神ロキ」

 

 神々の会合が行われる高級タワーの屋上。

 既に会合は行われており、そして俺たちの目前にいるのは結界を完全に壊し、巨大な狼と不気味な女を連れて対峙する宿敵。

 悪神ロキ。

 

「よもや赤龍帝。貴様が復帰しているとは―――いや、我はそれを望んでいたか」

「御託はいい………………覚悟しろ、ロキ」

 

 ああ、言葉なんてもう必要ない。

 

「そうであるな―――さぁ、前哨戦だ!!たっぷりと頼ましてくれよう、我が宿敵よ!!」

 

 ロキはそう高らかに笑い、オーラを集中させる。

 そしてそれを魔力砲のように、様子見と言うがごとく、俺へと放った。

 

『―――Welsh Dragon』

 

 弾丸が俺へと直撃する直前、静かに籠手から音声が鳴る。

 ……ああ、行こう。

 

『―――Balance Breaker!!!!!!』

 

 ―――あいつを、消し去るために。

 その想いに呼応するように俺は体全身に赤い鎧を纏わせた。


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