ハイスクールD×D ~優しいドラゴンと最高の赤龍帝~   作:マッハでゴーだ!

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第5話 真の親父と襲来です!!

 俺こと兵藤一誠、及びグレモリー眷属の数名は今、冥界に来ていた。

 理由はとても単純明快で―――オファーだ。

 オファーっていう言葉にはたくさんの意味があるだろうけど、この場合だと「依頼」ってことになる。

 そして何の依頼かと言えば……おのずと答えは一つ。

 簡単に言えば冥界中で絶賛放送中である『兄龍帝・お兄ちゃんドラゴン』のイベントに参加しているんだ。

 俺を主人公にした特撮ドラマである『兄龍帝・お兄ちゃんドラゴン』は既に冥界中で超人気番組と化しているらしく、グッズは発売されたら即売り切れ。

 つい最近発売された映像コンテンツは過去稀に見るほどの売り上げを記録しているらしく、この売り上げの一部の利益は俺の懐にも入っている。

 ……とてもじゃないが、本来学生である俺が稼げる金額じゃないけど。

 っとまあそんな風に今や社会現象を引き起こしているお兄ちゃんドラゴンなわけだけど、当然俺からしたら相当に恥ずかしい面もある。

 当然見知らぬ悪魔の子供からとびっきりの笑顔を向けられることは当たり前、町も簡単には歩けないっていう芸能人気分を味わっているんだ。

 ―――話は逸れたけど、今はお兄ちゃんドラゴン関連のイベント中だ。

 俺以外にもグレモリー眷属は番組に登場しており、祐斗は主人公の敵役及び憎めないライバルキャラ、「ファングナイト」として登場しており、小猫ちゃんはその可憐な見た目から俺の妹的キャラで登場しており、既に凄まじい人気を博している。

 俺の主様であるリアス部長や朱乃さんは俺のお姉さんキャラで登場しており、ギャスパーやゼノヴィアもまた主人公とは違う組織という役割で登場している。

 ちなみに現在のラスボスキャラはアザゼルであり、これがまた凄まじい悪役を演じているので逆に視聴者から違う意味で人気を博しているらしい。

 

『げへへへへへへ!!餓鬼どもは俺が、食ってやるぜぇぇぇぇええ!!!』

 

 ―――今、俺はステージ脇で登場するまで待機している。

 今はステージでのヒーローショーであり、俺や小猫ちゃん、祐斗の役目はこのショーを盛り上げることだ。

 元々小猫ちゃんと祐斗は登場することが予定されていたけど、俺はサプライズってことらしい。

 何ていうか、認めたくないけど俺の登場を予告すれば入場チケットがすぐに完売する勢いがあるそうだ。

 っていう大人の事情?もあって俺の登場はサプライズ。

 元々は幻術で他の役者を俺っぽく見せるはずだったらしい。

 

『……ダメッ!そんなこと……させない……ッ!!』

 

 マイクを通した小猫ちゃんの可憐な名演技が炸裂する。

 それにより会場からは主に男性の叫び声が響いた……流石小猫ちゃんの愛くるしさ!

 

『はははは!!どうせこの場には憎き兄龍帝は来ない!誰も救われないのだ!!』

『そんなこと、ないです!……お兄ちゃんドラゴンは、子供のピンチに現れます……ッ!!』

『それならば呼べば良い!!来れるものなら来てみるが良い!!兄龍帝!!!』

 

 鬼気迫る役を見せる怪人役の悪魔。

 そして小猫ちゃんの演技も感極まり、会場からは凄まじい子供の声が響いた。

 

『お兄ちゃんドラゴン!!!あんな奴、やっつけちゃえぇぇぇ!!!』

『助けて、お兄ちゃんドラゴン!!!』

 

 ……やばい、緊張が半端ない。

 これ、俺が行くしかないから逃げようがないが―――台本通りに行けるか?

 

『ふふ……主様。主様には台本なんてものは必要ありません―――いつもの主様を前面に出せばいいのです』

 

 と、フェルからのアドバイス。

 ちなみに今日に関してはドライグは別件で俺の中にはいなく、アザゼルの技術を使って違う場所に魂はあるんだけど……まあそれは今は良い。

 ―――よし、行くぜ!

 俺は耳元から口元にかけてあるマイクに音を通し、そして……

 

『―――そんなことは俺がさせない!!』

 

 その場所から駆けだした。

 その瞬間、俺の目の前に白煙が立ち込め、更に小さな爆発音が響く。

 俺はそのまま走る動作でステージの真ん中に走り、そしてステージ上でポーズを決めた。

 

『子供を泣かせる奴は俺が許さない―――覚悟しろ。俺がいる限り、誰も泣かせはしない!』

『ま、まさか!!兄龍帝!?』

 

 怪人役がその名を言った瞬間、俺の背後から炎が爆発するように生まれ、その演出と共に俺は手に籠手を出現させる。

 ……手が込んでるな、演出。

 

『……お兄ちゃん、来てくれたんだ…………』

『当たり前だ―――白、君はこの場から逃げろ』

 

 俺は背中越しに立つ小猫ちゃん―――番組的には主人公の妹的存在『白』に向かってそう言った。

 それにしても小猫ちゃんからも「お兄ちゃん」は色々と俺を刺激するな!

 可愛過ぎる!!

 ―――なお、今後の展開ではアーシアも俺の妹キャラとして物語に登場するらしい。

 

『でも、お兄ちゃんを置いて行けません……ッ!!』

『……心配するな―――子供の笑顔を守るのが俺の役目。俺は何もかもを守る。ここにいる小さな子供も、その親も、全ての人を守る!!それは白……君もだよ』

『えぇい!やかましい!!ならばここでこの会場全てを吹き飛ばしてやる!!』

 

 すると怪人役は魅せるための魔力を大げさに噴出させ、さも全てを破壊する攻撃を演出する。

 当然演出だからあの魔力には力は皆無だけど……悪魔って便利だな。

 特に機材とか必要なしでこんな大掛かりなステージを作ることが出来るんだからな!

 ……さて、じゃあそろそろ盛り上げますか!

 

『そんなことはさせない!俺はお前を倒し、子供たちを笑顔にしてみせる―――それが、俺の夢だ!!!』

 

 俺は籠手が装着している左腕を右手で押さえ、そしてそれを天に掲げる。

 そして腹に力を入れ、叫ぶように―――宣言する!

 

『―――禁手化(バランス・ブレイク)!!』

 

 ……それと共に俺は籠手を禁手化させ、赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)を身に纏った。

 その瞬間、会場からは凄まじい子供の熱狂な声援が響くのだった。

 ―・・・

「いやぁ~、良いね!!流石はイッセー様です!過去稀に見る大盛況でしたよ!!」

 

 俺と小猫ちゃん、祐斗はステージを終えて今は用意された楽屋で一息ついていた。

 ステージイベントは大成功を収め、そして今はプロデューサーの悪魔さんに労いの言葉を頂いている。

 主演である俺の登場は子供たちからしたら相当にサプライズだったらしく、あらゆる角度から声援を貰ったりしたんだ。

 まあそれで舞い上がって、中盤で出てきた敵キャラの祐斗と激しい戦闘を繰り広げ、更に子供だけじゃなくて大人にまでうけた。

 そんな感じで凄まじい熱狂を受けてイベントは大成功。

 少しの休憩の後でファンサービスとして俺と祐斗は握手会が開かれるそうだ。

 祐斗は番組内のイケメン枠として女性人気が凄まじく、その手のファンを伸ばしていると聞いてはいる。

 今日も若い悪魔の女の子が祐斗目当てで来るほどだからな。

 小猫ちゃんに関しては今回は握手会的なものは保留らしく、代わりにサイン会が開かれるらしい。

 

「兄龍帝とナイトファングの戦闘シーンも素晴らしい!あれほどの白熱するバトルはゲームでも中々見れませんからね!」

「「あ、あはは……」」

「……先輩たちは本気で戦いすぎです」

 

 うぅ!?小猫ちゃんが痛いところにツッコんでくるッ!!

 ……そう、俺と祐斗は久しぶりの戦闘ということでイベントそっちのけで本気で戦っていたんだ。

 祐斗がナイトファング専用の武器である双剣をわざわざエールカリバーにしていたのも原因で、しかも祐斗がまた強くなっていたという事で俺も本気で戦った。

 その結果が白熱したリアルなバトルシーンだ。

 リアル以前に本気で戦ったから当たり前だとも言えるが……

 

「まあ終わり良ければ全て良しというやつですよ!おかげさまでイベントは大成功!感謝感激以外の何物でもありません!ささ、こちらでお菓子やお弁当を用意いたしましたので、どうぞごくつろぎください!」

 

 するとプロデューサーさんは魔法陣からすごい量のお菓子や、高級そうなお弁当を出現させる。

 そのお菓子の山に目を光らせる小猫ちゃんに内心ほっこりしながら、俺はプロデューサーさんに頭を下げた。

 そしてプロデューサーさんはそのまま楽屋から出て行き、そして俺たちはリラックスするように肩の力を抜いた。

 

「ふぅ~……楽しかったけど、流石に疲れたな」

「……私は戦闘はしてないので、特に疲れてないです……イッセー先輩、膝枕です」

 

 すると小猫ちゃんは楽屋のソファーに座って、そしてポンポンと自分の小さな太ももを撫でる。

 ……これは、膝枕してあげるということなのだろうか?

 ―――喜んで受け入れよう。

 

「ははは、小猫ちゃんは大胆だね。でも僕も負けていられないよ!」

「……素直に諦めてください、このホモ祐斗先輩」

 

 ……祐斗、俺のホッコリタイムを邪魔しないでくれ!

 俺はそんなことを想いつつ、素直に小猫ちゃんに膝枕されるのだった。

 

「ひどいね、小猫ちゃん。僕はホモなんかじゃない―――ただイッセー君が好き。それだけさ」

「……もう末期症状です。他の皆と同盟を結んでもイッセー先輩に近づけません」

 

 ―――なぜ、祐斗と小猫ちゃんの間で火花が飛び散るんだろう。

 それが俺には不思議でならなかった。

 ……先日、オーディンの爺さんとロスヴァイセさんが日本に来日してから色々あった。

 まずオーディンの爺さんが日本の見物をすると言って聞かないので、俺たちグレモリー眷属は交代で爺さんの観光に付き合い、そしてそれ以外の時はこんな風に悪魔の仕事やオファーを受けたりしている。

 今日は爺さんには部長と朱乃さん、更にオーディンの爺さんのセクハラ防止策としてゼノヴィアとロスヴァイセさんをつけているけど、何となく不安だな。

 ちなみにオーディンの爺さんの護衛にはガブリエルさんにも頼んでいて、まあ滅多な敵でない限りは大丈夫だろう。

 俺もガブリエルさんと手合せさせて貰ったけど、あの人は恐ろしく強かったからな!

 女性天使最強の二つ名は伊達じゃないってところだ。

 そして残りのメンバー……すなわちアーシア、ギャスパー、黒歌は朱璃さんのところに行っている。

 黒歌は仙術により朱璃さんの治療、アーシアは新たに手に入れた禁手が朱璃さんの呪いに通用するかを確かめるため、そしてギャスパーは呪いを停止させられるかどうかを確かめるために彼女の所に行っているんだ。

 アザゼルの意見曰く、アーシアとギャスパーに関しては絶望的に可能性はないらしいけど。

 そもそも神器に治せるものではないらしく、黒歌曰く「系統がそもそも違う」とのこと。

 一応確認には行って貰っているがほとんど黒歌の付き添いの側面が強い。

 まあアーシアはその存在自体が癒しな上に聞き上手だから、朱璃さんの愚痴にだって応える能力は持っている。

 きっと今頃はアーシアらしく、朱璃さんを癒していることだろう。

 

「……む。イッセー先輩、その顔は気に食わないです」

 

 するとムニッと俺の頬を引っ張る小猫ちゃん。

 頬をプクッと膨らませる仕草に内心ドキッとしながらも、俺は小猫ちゃんの言葉に苦笑いを浮かべるしかなかった。

 相変わらずの小猫ちゃんの可愛さを確認出来たし―――そろそろ本題を考えないとな。

 

「……アザゼルの奴、上手くやってるかな?」

「そういえばアザゼル先生に例の件を任せたんだよね。イッセー君の普段を考えたら、自分ですると思ったんだけど……」

「まあ、今回は色々と込み合っているからな。どちらかと言えばバラキエルさんのことを知らない俺よりもアザゼル……更にバラキエルさんと同じ立場に立てる人が良いんだよ。子供の俺に説教されても説得力がないし、それに……」

「……それに、何ですか?」

 

 小猫ちゃんは濁した言葉に対して首を可愛く傾げる。

 

「―――たぶん、俺が言っても父さんは止まらないと思うからさ」

 

 ―――俺は先日の一連の事を思い出しながら、そう呟くと小猫ちゃんは納得するような顔をするのだった。

 ―・・・

『Side:アザゼル』

 俺、アザゼルは兵藤家の大きな庭にいる。

 厳密に言えば俺だけではなく、俺の近くにはバラキエルもいるし、そして何よりも……イッセーの親父、兵藤謙一の姿があった。

 俺やバラキエルよりも背が高く筋肉が隆起しており、まさに歴戦の覇者というあだ名をつけても可笑しくない雰囲気を醸し出す男。

 これが兵藤まどかの夫というのが信じられないところだ。

 ……事の発端は先日。

 俺たちはオーディンと共に兵藤家の最上階、VIPルームにいる時に突如この男が室内に乱入して来た。

 何故か知らんがかなり激怒した雰囲気で、そしてその矛先はバラキエルに向かった。

 それをイッセーと俺で何とか沈め、そして後日対面して会話しようということで今はこの場に三人でいる。

 イッセーは仕事のオファーが来ており、リアスはオーディンの付き添い。

 グレモリー眷属は三つに分かれて行動しており、それぞれオファー組、護衛組、お見舞い組ってところだな。

 んで、俺はこの大人組ってわけだ。

 

「「…………………………」」

 

 ……のは良いんだが、先ほどからバラキエルと兵藤謙一は睨みあっているのみで、特に行動を起こさないんだ。

 バラキエルは居心地が悪そうな顔をしているし、兵藤謙一はかなり怒り心頭だ。

 ―――イッセーにはある程度の事情は聞いている。

 兵藤謙一の人物像、行動理念。

 そしてイッセーの予想もある程度聞いており、そしてその予想が正しければ間違いなくひと悶着あるのは確実らしい。

 そしてそんな男がバラキエルに憤怒しているっていうのは、おそらくは朱乃とバラキエルの事情をどこからか知ったんだろう。

 悪魔や堕天使の事情までは知らないとは思うが……さて、どうするべきか。

 イッセーは最悪の自体での抑止力を頼むとは言われたが、流石に今の状況は邪険すぎる。

 ったく、イッセーの野郎。面倒事を押し付けやがって……だけどあいつが珍しく俺を頼って来たんだ。

 ここは応えてやるのが同志の役目だ。

 文句は後でたっぷり言ってやるにして、今はこの状況をどうにかしないとな。

 ―――っと、その時だった。

 

「……バラキエルさん、と言ったな。俺はイッセーの父の兵藤謙一だ」

「そうか……あなたが彼の」

 

 兵藤謙一は声音を抑えるように静かにそう話し始め、そして名乗る。

 

「まず最初に断って置きたい。今の俺は怒っている―――あなたの親としての不甲斐なさをまどかから聞いてな!」

「っ!!」

 

 すると兵藤謙一はバラキエルの胸倉をバッと掴み、そしてその巨躯な肉体でバラキエルを庭の煉瓦の壁に叩きつけた。

 その目にははっきりとした怒りの色があり、そしてその色で俺は理解する。

 ―――この男はイッセーの父親だ。

 見た目とか性格とか、その他云々を全て振り切って考えてもこの行動で理解できる。

 感情的に誰かのために動くことが出来、そして誰かのために怒れる。

 自分の立場とかそんなもの関係なしにただ誰かを助けたいがために怒れる。

 ……兵藤謙一は朱乃のために怒っている。

 当然、全てを知る俺にとってバラキエルが全て悪いとは言えない。

 朱乃にも悪い点はあったと思うし、叱るべき部分もあったことは否定できない。

 だけど俺は口をはさむことは出来ない。

 

「貴様は、親じゃないのか?大体のことはまどかから、イッセーから聞いた―――何故、身を挺して娘を止めなかった?」

 

 ……恐らく朱乃の家出のことを言っているんだろう。

 イッセーのことだから肝心の悪魔や堕天使の部分は伏せて話したとは思うが。

 

「私は……ただ、朱乃が幸せであればそれで……」

「―――馬鹿者!!!」

 

 バラキエルの力なき宣言に、兵藤謙一は―――勢いの良いヘッドバッドと怒号で返した。

 その行動に俺はつい目を見開く―――堕天使の幹部にヘッドバッドする人間っていうのもシュールなものだ。

 こうなれば俺は傍観者しか出来ない。

 違うな―――見ていたい、この男の成すことを。言う言葉を。

 イッセーが一番尊敬する人物と言わせるこの男を。

 

「娘の幸せを願うことは結構だ!素晴らしいことだ!子供を愛することは親にとっては生きがいだ!だが!!―――何よりも大切なのは、いつでも帰ってこれる場所に親がいることであろう!!」

「――――――」

 

 兵藤謙一の言葉にバラキエルは表情から色を失う。

 

「一筋縄では行かないこともある……それは理解している。だが!!親は例え嫌われても、汚れ役でも子供とぶつかってでも止めなければならん!!叩いてでも止めなければならない!!」

「だが!朱乃の幸せには私は要らないのだ!!」

「それがどうした―――そんなものは方便だ」

 

 バラキエルの言葉をバッサリと切る兵藤謙一。

 ……あの男の目にはバラキエルとはどう映っているんだろうな。

 不甲斐ない親?それとも子を愛する親か?

 ―――たぶん、全部だ。

 バラキエルは朱乃のことを大切に想っている。朱璃のことを愛している。

 だが不器用に柔らかい発想が出来ないから、だから……すれ違う。

 

「親を真に嫌う子は、そもそも親に愛されていない―――だが貴様は違うだろう!?貴様は娘を愛している!嫁も愛している!!ならば心の奥で貴様は必要とされている!」

「なら……どうすれば良い!?私はどうすれば良いのだ!?どうしても衝突するのだ!だから私は……自分から身を引いた!」

「―――家族とは、衝突して理解し合うものだ」

 

 ―――その言葉で俺は不意に体の芯に震えを感じた。

 その言葉の重みに武者震いをした。

 ああ、そうか……イッセーがこの男を尊敬する意味が分かった。

 ―――兵藤謙一もまた、不器用な男なんだ。

 だが不器用を通して、自分が正しいと思う事を貫く自己中心性がある。

 例えばイッセーと意見が食い違っても、この男は自分を曲げることはしない。

 イッセーと同じように……いや、イッセーがそうであるが故に、この男は自分を曲げずに他者を尊重する。

 そう……バラキエルとの違いはそこなんだろう。

 

「例え家族でも、自分を分かってもらえないことはある。だからこそ、親は子供と例え喧嘩しても、衝突しても……傷つけても止めるときは止める。愛しているなら自分の身など考えない!それが―――不器用こそが、親だ。愛しているなら傷つくのを恐れるな!」

「……ならば私は……」

 

 バラキエルはそのまま膝を地面に伏して、そして震える。

 ……バラキエルは片時も朱璃や朱乃を想わなかったことはなかった。

 こいつが朱乃の手を離してしまったのも、朱乃のことを想っていたからこそだ。

 その想いに間違いはない。

 だが、バラキエルは今、そのことを後悔している。

 ―――その時、兵藤謙一は膝を落とすバラキエルに近づき、そして…………手を差し伸べた。

 

「―――俺は昔、一度だけ後悔したことがある」

 

 手を差し伸べながら、そして話し始めた。

 

「イッセーは一度、誰とも話そうとしない時期があった。深く傷ついて、深く悲しんで……友達も作らなかった。だがその時、俺は愛する息子の傍にいてやれなかった―――不甲斐なかった。息子のために何も出来なかったんだ。叱ってやることも、慰めることも……何も出来なかった。だから俺は決めた―――イッセーを、まどかを想っているからこそ、自分を通すと!素直になると!家族を守ると!!―――愛し、尊ぶと!…………だから大丈夫だ!」

「大丈夫、だと?」

「当たり前だ―――家族なんだぞ?ならば大丈夫だ!!分かり合える、絆を深めることが出来る!!―――どうだ?俺の大丈夫はどこか説得力があるだろう?」

 

 ……ははは!!

 そうか、そうだよな―――イッセーの親父だもんな。

 そりゃあ論理もくそもないのに、何故か無駄な説得力があるわけだ!

 バラキエルは兵藤謙一の手を掴み、そして手を引かれながらも立ち上がる。

 

「立ち上がれ、若輩者!貴様もまた父、俺と同じ子を愛し、嫁を愛する者だ!ならば貴様……あなたは分かり合える。傷つくことを恐れず、嫌われることを恐れない―――それが俺なりの親の役割……違うな、俺にとっての親父だ」

「……そうか。私は……―――」

「はははは!!分かったようだな!!流石は良き父親になりたいと思う男だ!イッセーの言う通りの男だ!!」

 

 兵藤謙一の高笑いは異様なほどに似合っているもので、しかしイッセーのそれとは大きく違うもの。

 イッセーはこの男から性質を受け継いで、外面的なものを兵藤まどかから受け継いだって言うわけだ。

 親の良い所を存分に受け継ぎ、愛に包まれて育った―――そりゃ誰もが惹かれる男なはずだ。

 ……兵藤謙一の言葉は俺の胸にも突き刺さるものがあった。

 ―――ヴァーリ。

 親に捨てられたあいつを俺は引き取り、本当の子供のように育ててきたつもりだ。

 あいつが俺を裏切ってテロ組織に入った時だって内心では悲しかった。

 ……俺もあの時、殴ってでも良いから止めるべきだったのかもしれない。

 方便ばかりを言って、あいつは戦闘狂だから仕方ないと思い込んだ―――俺も、バラキエルに物申す立場ではない。

 ……不思議な男だぜ。

 だが何故だかこの男がイッセーの父親と言われても納得できる。

 子が子なら、親も親だ……ってやつか?

 当然この意味は良い意味でだけどな。

 ……今度ヴァーリに会ったら、腹を割って話してみようか。

 あいつが嫌がっても、無理やりにでも話そう。

 俺はそう思っていた。

 

「私は……あなたの言う通り、朱乃と向き合う。例え心の底から嫌われたとしても……朱乃に謝って、そして叱る。それが親の役目―――親父、というものか」

「その通りだ!俺も殴って悪かった!!俺も殴ってくれて構わん!!」

「いや、あなたにはむしろ感謝する。これでようやく前に進める―――今度、酒でも奢らせてくれ!そしてまた腹を割って話してくれないか?」

「ほほぅ?それは素晴らしく魅力的な提案だな!!当然受け入れよう!いや、むしろ今から……」

 

 すると兵藤謙一はバラキエルと肩を組み、そして俺の肩まで組んできやがった!

 

「アザゼル先生、だったか?あなたにも是非にイッセーの学校生活というものを聞きたい!一緒に飲みに行くぞ!!」

「―――はは!良いぜ、しかし俺は酒には強いが……あんたは俺について来れるか?」

 

 俺はつい悪ノリでそう言うが、すると兵藤謙一は不敵に笑った。

 

「上等!ならば今日は飲み明かすぞ!!」

「いえ、私は朱乃の所に向かいたいのだが……」

「うるせぇぞ、バラキエル!!飲みに行くもんは飲みに行くぞ!!お前はそんなんだから頭が固いんだ!!」

 

 このノリで真面目なことをぼやくバラキエルの野郎の頭を叩き、そして俺たちはそのまま家を出ようと―――

 

「お昼からお酒飲みに行くなんて許しません!!」

 

 ……俺たちの背後からそんな戒めの言葉が届く。

 それを聞いた瞬間に兵藤謙一の体が硬直し、そして壊れた人形のようにギリッ、ギリッと首を後方に向けた。

 そこには―――

 

「ま、まどか!?ち、違うんだ!俺はただつい意気投合して!?」

「うるさい!お昼から私を放って飲みに行くケッチーなんて知らない!!」

 

 ……兵藤まどかの姿があった。

 とても若々しい服装で仁王立ちしており、そして少しだけ顔が紅い。

 っていうか完全に怒っているわけだが、それ以上に先ほどまで威風堂々としていた兵藤謙一の弱弱しさが何とも言えないところだ。

 ……バラキエルはその姿を見て少々自分と重ねているようだが。

 

「これだからイッセーちゃん以外の男の子はダメなんだよ!もう勝手にどっか行っちゃえ!!」

「ま、待ってくれぇぇぇ!!!まどかぁぁぁぁ!!!俺は親同士の交流をしたいがためにぃぃぃぃ!!」

「うるさい!!近所迷惑だから!!」

 

 兵藤まどかはそのまま家の中へと入っていき、そして扉をバタンと締める―――扉からガチャン、という閉錠音が響いた。

 それを聞いた兵藤謙一は絶望した表情となる。

 

「これが……現実、なのか……?」

「ああ、紛れもなく現実だぜ?っていうか飲みに行くなら妻も誘っておけば良いものを……」

 

 こいつはあれだ―――女の扱いが最悪クラスで残念過ぎる。

 ……ちなみに兵藤謙一に朱乃のことを教えたのは兵藤まどかだってことは後日、彼女の口から知らされることになった事実だった―――そもそも何で知っているのかが不思議だが。

 

「……アザゼル先生。どうか俺に女の扱いについてご教授願いたい!!俺はまどかに角砂糖レベルに甘えられたい!!」

「それは私も是非に聞かせてくれ、アザゼル!!お前は過去にいくつもハーレムを築いた男だろう!!」

「―――しゃーねぇな!!ならついて来い、このヘタレ共!!」

 

 俺は二人の肩を無理やり組んでそのまま家を飛び出す―――何故かシリアスがどこかに行ってしまったが、まあこんなもんだろう。

 その時はそう思っていた。

 だが俺はこの後まさかの事実を知ることとなるのだが、この時はそんなことを思っているはずもなく、ただここから飲みに行くことを楽しみにしていたのだった。

『Side out:アザゼル』

 ―・・・

「お兄ちゃん!私はお兄ちゃんドラゴンのファンです!!私のお兄ちゃんになってください!!」

「そっか。ありがとうな。これからも応援してくれよ?」

 

 俺は小さな女の子と握手をして、そして記念撮影する。

 ステージイベントの後、俺たちはしばしの休憩を挟んで次のイベントに移行している。

 立案では既に次回のこういうイベントを予定しているらしく、その時は番組の進行具合では役者を揃え、更に盛大にやるそうだけど。

 ……ともあれ、今は俺と祐斗は握手会と俺の提案で撮影会をしている。

 祐斗は番組で使用されている専用の甲冑を身に纏っており、そして俺は番組内で着ている赤いコートを着ており、要望があれば鎧を身に纏うことになっていたりする。

 やはり主役の方が人気なのか、俺の方の列は数時間待ちの行列が出来ていたりする。

 祐斗の方も行列は出来ているものの、やはり流石のイケメンでも敵役の方に子供は行かないか。

 代わりに冥界の若い女の子が集まっているが……

 

「き、木場きゅん!ナイトファングを見てからずっとファンです!!頑張ってください!」

「応援してくれありがとうございます。僕はこれからもイッセー君の敵役を務めるから、応援をよろしくお願いするね?」

 

 そして祐斗の爽やかスマイルが炸裂し、その場にいる若い女の子から嬌声が上がる!!

 あいつ、あの笑顔を常に女の子にだけ向けやがれ!!

 ……などというわけのわからないキレ方をしながら、俺はスマイルを浮かべて応答する。

 

「ねえ!バランス・ブレイクして下さい!」

「はは、仕方ないな―――行くぜ?バランス・ブレイク!」

 

 俺は番の回ってきた子供の要望に応え、目の前で鎧を身に纏うと、会場から「ぉぉぉぉおおお!!」という声が響いた。

 子供からしたらこういう分かり易い変身はワクワクするんだろうな……俺も昔はこういう特撮物に嵌った時代があったし、共感できる!

 っていうかそれは父さんの影響なんだけど―――父さんといえば、今頃上手くやってくれているだろうか?

 ある程度の事は上手く伝えたつもりだけど。

 

「すごく赤い!カッコいい!!ぼくもお兄ちゃんドラゴンみたいになりたい!!」

「ああ、なれるよ。その気持ちがあれば、ヒトはなんでもなれるから」

 

 俺は小さな子供の頭を撫でると、その男の子は二カっと笑って微笑みかけて来る。

 ……こういうのも、良いな。

 こんなイベントなら俺はいくらでも参加したい気持ちになる。

 

「イッセー様……そろそろ次の順番ですわ」

「そっか。サンキュー、レイヴェル」

 

 ―――ちなみに今のイベントにはレイヴェルが応援に駆け付けてくれている。

 レイヴェルは基本的に列の整理や俺のサポートをしてくれているんだ。

 何でも自分から志願してくれたっていうのが非常に有難い!

 こういうのは気の知れた相手の方がやりやすいし、レイヴェルは非常に優秀だから列の乱れとかもない。

 ああ、良い子だ……なんて考えていると、何故か小猫ちゃんから鋭い視線を頂戴するのは内緒だ。

 ちなみに小猫ちゃんの方のサイン会は既に終わっており、その理由は小猫ちゃんのサインを書く速度が異常だったことに由来したりする。

 ……何故か知らないがサイン慣れしてたんだよな、小猫ちゃん。

 ともかく!

 

「イッセーお兄ちゃん!けっこんしてください!!」

「それは大きくなってからしっかりと考えることだよ?」

 

 偶にませている子供の相手に戸惑いながらも俺はイベントをこなして行くのだった。

 ―――……そして数時間後。

 

「また来てくれよ!ありがとうな!!」

「うん!!またね、お兄ちゃんドラゴン!!」

 

 ……最後の子供と握手&撮影を終えた俺は、子供に手を振りながら笑顔を振りまく。

 

「す、すごいね……イッセー君。あれだけの子供の相手をして疲労感が顔に出ないなんて……」

「そ、そうですわ……私なんてもうクタクタですのに……」

「……流石はイッセー先輩です」

 

 三者三様、祐斗にレイヴェル、小猫ちゃんは俺の姿を見ながらそう驚きつつ発言した。

 

「疲れる疲れない以前に、そもそも疲れるようなことじゃないだろ?子供とちょっと話して、握手して、一緒に写真を撮る。小さな子供と話すことは楽しいし、それに向こうは笑顔で居てくれるんだからさ?」

「……そうだよね。イッセー君はそんなヒトだから、お兄ちゃんドラゴンなんだもんね」

「イッセー様……やっぱり素敵です!!」

「……そうだね。それには共感します」

 

 ……んん?

 何故か三人からすごい尊敬の眼差しと感嘆が漏れるけど……そんなにすごい事なのかな?

 俺としては子供の笑顔……っていうか笑顔で接することは苦じゃないし。

 

『そう思える人は案外少ないんですよ、主様。そう言えるのは主様の美徳であり、そして魅力なのです』

「そっか……じゃあ今後も俺はこれでいるよ」

 

 フェルの言葉に俺は言うと、フェルからは「流石です」と返ってくる。

 にしてもドライグは残念だな。

 ドライグの鎧を使っているんだし、本当ならこの感動はドライグとも一緒に味わいたかったんだけど……野暮用なら仕方ない。

 さてと、後片付けに取り掛かるか。

 

「にいちゃぁぁぁん!!!フィーはおこったぞぉぉぉぉ!!!」

「―――え?」

 

 俺が後片付けに取り掛かろうとした最中、突如後方から聞こえた馴染み深い声を聞いて、そして情けない声音を漏らす。

 そっちの方向に顔を向けると、するとそこには―――

 

「りゅーほーじん!!せいりゅうのじん!!」

 

 ―――緋色の龍法陣を潜り抜け、体が緋色に染まっているチビドラゴンズの一角、フィーの姿があった。

 そしてその後方には同じように藍色の龍法陣を通り、藍色に染まるメルの姿。

 更に黄色の龍法陣を通り過ぎ、体が黄色に輝くヒカリまでもがいた。

 そしてすごい速さで俺のところまで来て、そして―――幼女から少女の姿となり、俺の胸へと勢いよく飛び込んできた!?

 

「ぐふっ!?ふ、フィーにメルにヒカリ!?ど、どうしてここに!!」

「どうしたもこうしたもないぞ、兄ちゃん!!」

「そうだよ!!兄さんはメル達だけの兄さんなのに!!」

「……にぃにはヒカリたちだけのお兄ちゃんなのに……うぅ……っ」

 

 ―――俺の心を抉るチビドラゴンズの涙ッ!!

 まさか三人はジェラシーを抱いていたのか!?

 フィー、メル、ヒカリは少女の姿のまま大粒の涙を流して俺にしがみついている!

 

「あ、あれはな?仕事なんだよ!俺の妹は三人だけだ!!」

「……ホントなのか?兄ちゃん」

「ああ!そりゃあ冥界の子供も大切だけど、三人を天秤に乗せることは出来ない!」

「―――兄さんッ!!」

 

 俺の言葉にメルはいち早く反応し、そして俺を抱きしめてくるので、俺はメルの頭を撫でる。

 ちなみにこの状況に他の小猫ちゃんやレイヴェル、祐斗は呆然としていた。

 

「むっ……にぃに?ヒカリも撫でて?」

「なに!?兄ちゃん、フィーも撫でるの!!」

 

 メルに対抗するようにヒカリとフィーも頭を撫でるように要求する―――っていうか、そもそも俺が「お兄ちゃんドラゴン」になったのはこの三人が原因であったりするんだが。

 まあ三人にそんなことを言っても仕方ない。

 だけどどうしてこの三人がそもそもここにいるんだろう?

 見た感じティアは居ないようだし、それにしたって三人だけで俺のところまで来れるとは―――

 

「お久しぶりです、兵藤一誠」

「―――あ、あなたは……エリファさん!?」

 

 俺はその声音と姿を見てまたもや驚いた。

 チビドラゴンズが走ってきた方向からゆっくりと歩いてきたのは、生前のミリーシェと生き写しのように似ている、現ベルフェゴール家当主のエリファ・ベルフェゴールさん。

 どうやら俺のファンらしく、たまにファンレターなるものを送ってくるお茶目な一面があったりする上級悪魔だ。

 丁寧な物腰でお淑やかにお辞儀をするエリファさん。

 既に割り切っているから心情的には大丈夫だけど、やっぱりミリーシェとそっくりだな。

 ま、性格というかお淑やかさでは断然に彼女の方が凄まじいが。

 

「どうしてこんなところにいるのですか?」

 

 すると祐斗は俺に代わってそう尋ねると、エリファさんは微笑んで応える。

 

「私は兄龍帝・お兄ちゃんドラゴンの大ファンなのです。これでもグッズは全て集めているのです!そんな熱狂的ファンである私がこの場に来ないわけないでしょう?」

「……そんな決め顔で言われても反応に困りますよ!」

 

 周りにキラキラとした星が見えるほどの決め顔でそう宣言するエリファさんにそうツッコむと、エリファさんは可笑しそうに微笑んだ。

 

「本来の兵藤一誠はそんな感じなのですね。前回は随分と乱していたようなので、今回はそれなりに反応に覚悟していたのですが……考え過ぎだったようです」

「そ、それは……」

 

 ……やはりミリーシェと同じ姿をしているから、妙な親近感が湧くんだろう。

 案外話せば普通に話せるっていうのもあるとは思うけど。

 後、意外とお茶目なところとかも。

 

「私はむしろそちらの方が嬉しいです。当主という役職は光栄ですが、やはりまだ小童の私には重すぎる看板なので……だから今回の機会は私にとって、初めて自由気ままに生きれる時間なのです。若手悪魔の中で競い、互いに高め合うこの機会は……だから友好的に接して欲しいです」

 

 ……ベルフェゴール家という、悪魔では影響力のある三大名家の看板を一人の女の子が背負っているんだ。

 そりゃあ不安になるのは当たり前だよな。

 そんな中で他の若手悪魔と交流することの出来る機会を得たんだ。

 

「まあそれは良いとして……どうしてチビドラゴンズと一緒にここに?」

「ああ、それは―――私、可愛い存在が大好きなんです」

 

 ……うん、とっても分かり易い理由だ!

 そりゃフィーにメル、ヒカリは可愛いの一言というべき生物だもんな!

 考えればチビドラゴンズは冥界中に放映されているゲーム中にその愛くるしさと勇敢さを見せつけてたもんな。

 エリファさんがチビドラゴンズを知っていて当然か。

 つまりチビドラゴンズは俺を探しに冥界に来るも迷子となり、そしてたまたまチビ共と遭遇したエリファさんがその可愛さからここまで案内をした。

 その考えが大体正しいと思われる。

 よし、現状の要約は完了―――で、ここからだ。

 

「お、おほん!」

「……イッセー先輩、鼻の下伸ばし過ぎです」

 

 ―――さあ、この二人をどう説得しよう。

 小猫ちゃんはなんとなくこんな反応をするだろうと予想はしていたものの、レイヴェルは何故か顔を赤くして眉間にしわを寄せているんだ。

 

「ふむ……なるほど、ですね。ご安心を―――今日は(・ ・ ・)純粋にファンとして来たのです。握手と撮影、時間は過ぎていますがお願いできますか?兵藤一誠?」

「ええ、大丈夫です―――普通の姿と鎧、どっちの恰好が良いですか?」

 

 などなど、事務的な会話を幾つか交わした後に握手と撮影を済ませる。

 その間の二人の視線が中々に厳しかったというのは内緒だ。

 ……っていうか今日はってなんだよ、今日はって。

 何故だか悪寒と嫌な予感を肌で感じながら、俺は若き当主で俺たちのライバルであるエリファさんの微笑みに対し、微笑み返すのだった。

 

「この写真は私の宝物にします。それではあなた方の主にどうかよろしくお伝えください。それではまた会える日を楽しみにしています―――霞、行きますよ」

「―――はっ、お嬢」

 

 ……ッ!?

 エリファさんが誰かの名前を呟いた瞬間、その隣に背の低い少女が風のように現れるッ!

 魔法陣とかの気配はなかったし、いったいこれは……

 

「そう言えば紹介していませんでしたね。この子は現状、私の二人の眷属の一人。私の可愛い『騎士』―――霞、挨拶しなさい」

「心得ました、お嬢―――お初にお目にかかります、グレモリー眷属の皆様。拙者の名は霞。お嬢様に仕える下僕にして下忍でございます」

 

 ……下忍、っていうか漫画とかで出てくるようなクノイチの恰好をしている時点で、忍者っていうことは分かるけど!

 っていうかさっきのはもしかして忍術とかそんな感じの力なのか?

 

「……ふむ。この方がお嬢の言っていた―――なるほど、お嬢に相応しい力を感じます」

「「―――ッ!?」」

 

 エリファさんの『騎士』の霞ちゃん?が何かをボソッと呟くのに対し、こちらの祐斗、小猫ちゃんは何か身構えるような顔をした。

 俺は何を言ったのか良く分からなかったけど……なんなんだろう。

 更に輪をかけて嫌な予感がする。

 

「こら、霞。相手方が困惑しています―――いずれ、私の『女王』も紹介します。また近いうちにこちらからご挨拶に向かいますので、では……」

 

 エリファさんはそう呟くと、途端に霞ちゃんの周りに木の葉に包まれる風が招来する。

 その風の中にエリファさんと霞ちゃんは包まれ、そして次の瞬間にその場にはもう二人の姿はなかった。

 ……まさに風のように現れ、風のように消えていったな。

 

「……兄ちゃん、あの人は兄ちゃんの敵?」

「えっと……ライバルではあると思うけど、敵ではないかな?どっちにしろ、中々掴めない不思議さを感じるけど」

「そうだね。でもあれが恐らく女性の若手悪魔最強って謳われる意味が分かったかもしれないよ」

 

 ……なんとなく、俺はエリファさんがちょっとだけ苦手なタイプかもしれない。

 そんな風に思ったのだった。

 

「……とりあえず帰りましょう。色々先輩には問い詰めることがありますので―――お姉様にも報告しないと」

「……お願いだからそれだけは止めてくれ、小猫ちゃん!!」

 

 俺は小猫ちゃんに縋るようにそう言うのだが、小猫ちゃんは聞く耳を持ってくれなかったのだった。

 

 ―・・・

 レイヴェルとは冥界で別れて、俺と祐斗、小猫ちゃんに加えチビドラゴンズは俺の部屋に帰還していた。

 家には母さんがいて、昔から母さんと面識のあったイリナ、そしてロスヴァイセさんがいる。

 ロスヴァイセさんはオーディンの爺さんの護衛任務に当たるはずなのだが、当のオーディンの爺さんがそれを拒否して家に置いて行ったんだ。

 ってわけで臨時有休を貰ったロスヴァイセさんは、実は顔見知りだった母さんと色々話し込んでいるわけってこと。

 さっき母さんに父さんの事を聞いたら、どうやら父さんはまた何かをやらかしたらしく、今は締め出しを喰らって家にはいないらしい。

 ……まあアザゼルとバラキエルさんも一緒らしいから、父さんの説教は功を期したのだろう。

 人任せみたいな感じであれなんだけど、どう考えても俺よりも父さんの方がバラキエルさんの気持ちを理解できると思ったからな。

 やはり親という立場から物事を見れない俺では今回の件はどうしようもなかった。

 これを機に、バラキエルさんと朱乃さんがもう一度向き合えたら良いと思うが、ここから先は二人がどうにかする事柄だ。

 きっかけはもう作った―――父さんの言葉を借りるなら、家族ならば分かり合える……って感じかな?

 ………………って、そろそろ現実をどうにかしようか。

 

「にゃあ♪先輩の体は……温かい、です……」

「だ、ダメだぞ!小猫ちゃん!!テレビで兄ちゃんの妹キャラになってるからって、それはズルいぞ!!」

「そ、そうだよ!そこはメル達だけの場所なの!!離れて!!」

「……ふふ。この隙に、にぃにを籠絡……」

 

 ―――こんな混沌とした状況下でどうして俺はあんなシリアスなことを考えれたんだろうな。

 家へと帰還するまでずっとこんな感じで、小猫ちゃんとチビドラゴンズのやり取りが続いている。

 取り合い、と言えば男冥利に尽きるが……どうしよう!

 このまま放置しておけばいずれ他の皆も帰宅して、更に面倒になることは必至だ!

 そもそもイリナとロスヴァイセさんがたまたま家の手伝いで居なかっただけ、運が良かったほどだだかな……だけど今の俺に解決策なんかあるわけが―――いや、一つだけある。

 あるにはあるが―――あれは出来れば使いたくない!

 

『主様……まさかあれを使うのですか!?』

 

 フェルが俺の想いに応えるかの如く驚く!

 ああ、フェルの気持ちはとても良く分かる!!

 あれを使ったら最後、正直今の数倍面倒な事態になる可能性が高い!

 だから出来れば使いたくないんだ……ッ!

 

『……主様にそれほどの御覚悟があるのならば、わたくしは……止めませんッ!!主様の行く末に黙って付いていきます!!』

 

 フェル……ッ!!

 そうか、ならば―――って、なんだこのノリは!!

 まあ良い、こうなりゃ自棄だ!!

 俺は覚悟を決め、そして―――

 

「―――甘やかして欲しいなら、可愛がってやる」

 

 低めでクールっぽい声音で、俺は小猫ちゃんの耳元でそう呟いた。

 その瞬間、小猫ちゃんの猫耳はぶるっと震える!

 ……そう、これはつまり―――向こうが限界を迎えるまで甘やかして、甘やかして、甘やかし尽くすという一種の技。

 昔、俺にすり寄ってきた動物たちを返すため、逆に相手を満足させるまで可愛がるという逆転の発想で出来た俺の禁断の甘やかし!

 

「……ほら、小猫ちゃん―――」

「にゃん!?だ、ダメ……そんなに優しく撫でられたら、私は……―――にゃぁぁぁぁぁぁぁ……♪」

 

 …………小猫ちゃんが言語を発さなくなった瞬間だった。

 俺がしているのは至極簡単で、普段の頭ナデナデの強化版。

 いつも以上に優しく、しかも異様なまでに密着するという下手したらセクハラの域のスキンシップだ。

 当然距離の近い存在にしか出来なく、なおかつ俺も精神的にキツイところがある!

 

「にゃん……せん、ぱいのナデナデ……やさしくて……きもちいいにゃん♪もっとかわいがって?」

「「「ふしゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」

 

 わお、チビドラゴンズがついに威嚇を始めたよ!驚きだね!!

 ……現実逃避は止そう。

 何せ俺は同じことを後三回もしないといけないから。

 

「フィーたちも後でたっぷり甘やかしてやるから―――さ、小猫ちゃん。俺に全てを委ねて、な?」

 

 ―――自分でもびっくりするほど気持ち悪い言動を演じつつ、俺は約一時間かけてこの4人をとろけるほど甘やかすのだった。

 ………………一時間後。

 

「すぅ……すぅ……イッセー……せんぱい…………しゅき……」

「フィーは……とってもしあわせだぞぉぉぉ……」

「もう、およめにいけないよぉぉ……ふふふ」

「……既成事実は大切……ヒカリの大勝利、ブイ」

 

 …………勘違いされては困るが、俺がしたことは頭を撫でる、耳かき、膝枕、添い寝、マッサージ位だ。

 そこはしっかりと分かっていてほしい―――今の状況を簡単に説明すると、四人は俺の思惑通り可愛がられ過ぎて幸せな表情で眠っている。

 そりゃもうとろけるくらいの表情だ。

 ……やり過ぎた。

 幾らなんでも甘やかし過ぎた気がしてならないのは気のせいだろうか?

 ってかあのモードの俺の口調ってなんかホストっぽくなるから、少し自己嫌悪に至っていたりする。

 

『……数年前よりも更に腕に磨きが掛かっています。ですがあの甘やかしモードは異様なほどの中毒性があります―――自重することをお勧めしますよ?』

「そんなことを冷静に分析しないでくれよ、フェルさん!!」

 

 俺はフェルの鋭い指摘にハラハラするも、4人に毛布を掛けてあげる。

 とりあえず皆が帰ってくる前にどうにかなって良かった。

 これの良い所は余りに幸せすぎて疲れて眠ってしまい、それまであったことを全て夢と思ってしまうところにある。

 これは今まで甘やかしてきた動物たちに共通したことである。

 ……さて、皆が帰ってくるまでどうしようか。

 

「っていうか祐斗は帰ったのか?それにイリナも珍しくここに来ないし―――ああ、なるほど。つまり……」

 

 俺は祐斗とイリナのいないことを大体理解する。

 恐らくだけど、祐斗は修行の一環で、天使であるイリナを相手に地下のトレーニングルームで修行しているんだろう。

 ロスヴァイセさんがどうかは知らないけど……そう言えばある程度仲良くはなったけど、そんな深くロスヴァイセさんと話してないんだよな。

 ロスヴァイセさんは小さい頃の俺を見たことがあるって言ってたけど。

 そこのところを今度ゆっくり聞いてみようか。

 って、ドライグはまだ帰ってこないのか?

 

『ドライグは確か、今はティアマットとオーフィスの所に意識のみを送られているはずですが……確かアザゼルの技術を以て、ということですね』

「アザゼルの科学技術でドライグの意識のみを違う場所における物を創ったっていうのが正しいな。確か仮初の神器に一時的に魂を転送したって言ってたけど」

 

 アザゼルの神器の理解力は俺の知る限りではトップクラスだ。

 そんなことが出来ても不思議じゃない。

 

「ティアとオーフィスの野暮用っていう奴も聞いてないから、ドライグにはそれを確認しに行って貰っているんだ―――断片だけ聞いた限りじゃ、結構大事らしいけど」

 

 俺も詳しいことは知らないが、ティアとオーフィスはかなりの大きな目的のために動いているらしい。

 その詳しいことは今はドライグが聞きに言ってくれているが……さて、どうなんだろう。

 ―――っと、その時だった。

 

『―――帰ったぞ、相棒』

「お、噂をすればドライグってか?」

 

 今しがた噂をしていたドライグが俺の中に帰ったきたのだった。

 

『ふむ……今のはかなりパパのようでなかったか?相棒!!』

「……うん。ドライグは平常運転で安心したよ」

『ええ、とっっっっっっても、馬鹿のようです』

『な……ッ!!あ、相棒に……馬鹿と……息子に馬鹿と言われた……ッ!?』

 

 とても愉快なドライグなのでした。めでたし、めでたし…………うん、真面目に聞こうか。

 

「で、ドライグ。ティアとオーフィスからは話は聞けたのか?」

『……お、おう。しっかり聞いてきたぞ、相棒!だがな?反抗期はダメだぞ?』

『ドライグ、あなたは……まあ良いでしょう。それでオーフィスとティアマットから聞いた話を聞かせてください』

 

 フェルはドライグにそう問い詰めると、するとドライグは咳払いを一つした。

 

『ああ―――オーフィスとティアマットはどうやら、邪龍を追っているらしい』

「『邪龍?』」

 

 俺とフェルの声が重なる―――邪龍。

 この世の害悪にしかならないとされる凶暴で粗暴のドラゴンであり、過去で多くの邪龍は討伐されてきた。

 当の俺も兵藤一誠になる前に一度、邪龍と遭遇したことがあり、その時はミリーシェとの共闘で何とか倒せたが……そんな存在を追っているオーフィスとティアに驚く。

 

『ああ。どうやら最近、邪なドラゴンの気配を感じるとオーフィスが感じたらしい。相棒は赤龍帝。赤龍帝はドラゴンに惹きつけられる傾向があり、相棒はその中でも特にドラゴンを惹きつけるからな―――最悪の事態、邪龍が相棒を襲わぬように二人が動いたというわけだ』

「つまり二人は邪龍狩りに?」

『いや、オーフィスがその力を以て脅しに言ったという見解が正しい―――流石の邪龍も龍神に滅されたくないものが多数だからな。だがオーフィスとティアマットの真の目的は……終焉の龍』

『なっ……ッ!?』

 

 フェルから珍しく驚いた声が漏れる。

 ……終焉の龍といえば、フェルと対になるドラゴンだ。

 神焉の終龍・アルアディアとその神器の所有者。

 最近、俺たちの戦場にたびたび出現する存在で、未だなお謎とされる存在だ。

 規格外の力を持つとアザゼルに予測させるほどの実力者、神器を持つことから恐らくは人間っていうことしか分からない謎の存在。

 それを二人が調べているのか?

 

『オーフィス曰く、終焉の龍の気配は既に覚えたそうだ。だから世界を回り、終焉の龍を見つけ出すと言っていた―――相棒に害になる存在を許さないと言っていたな』

『……アルアディア。わたくしと対となる終焉を司るドラゴン。そしてわたくしと同じように神器に魂を封じられている存在です―――こうして考えてみると、一番の謎はわたくしですね』

「……フェル」

 

 フェルは自虐的にそう発言する……確かにフェルの存在は終焉の者と同じで謎だ。

 何故封印されたのか、そもそも誰が封印したのか……そもそも俺は死んで、そして転生したのか。

 分からないことはたくさんある―――だけどフェルは俺の大切な家族だ。

 

「フェルは俺にとってかけがえのない存在だよ―――例え全てが謎に包まれていたとしても、俺はフェルを信じる…………その、家族ってそういうものだろ?」

『主様……わたくしは、あなたを主と出来て良かった―――今、心からそう思います』

『もう腐れ縁のような関係だが、俺もお前を信じよう……相棒を想う気持ちは理解できるからな』

 

 ドライグ、お前……やっぱりパパドラゴンで、マザードラゴンだよ、二人は。

 俺の第二の両親って言っても良い。

 ―――ずっと俺と一緒に居てくれ。

 

『『当然!!』』

 

 ……俺たちはそうして絆を深めていく。

 ―――終焉の龍がどんな存在かは分からない。

 だけどもし俺の大切な存在を傷つけるというなら…………俺はお前と戦う。

 でももしただ俺たちと仲良くしたい、仲間になりたいって思っているなら俺は受け入れる。

 ―――それぐらいが、丁度良い。

 

「とにかくオーフィスとティアは当分帰ってこない。んで、チビドラゴンズはおそらくティアがおいて行ったから俺のところに来た。たぶんこんなところだろうな」

 

 俺は大体の予想を立てて、そして傍で眠る四人に視線を向けた。

 ……にしても帰りが遅いな。

 いくらオーディンの爺さんの付き添いだからって、流石に遅すぎる気が―――ッッッッ!!!?!?

 

「な、なんだ……今、いきなり強大な力を感じたような―――しかもどこかオーディンの爺さんに似ている?」

『……相棒。この気配、間違いない―――神だ』

 

 ……神だと!?

 しかも気配はかなり近いぞ!!

 いや、近いというレベルじゃない!!

 これは最早―――真上だ!!

 俺は即座に部屋のベランダに出て、そして籠手を出現させる。

 悪魔の翼を展開させ、そして即座に上空へと高速で移動する。

 禍々しい強大な力を更に肌で感じるようになり、そして―――そこにはいた。

 遥か上空に浮かぶように仁王立ちしている男とそれに寄り添っている女。

 男の方は多少目つきが悪いが容姿は整っており、黒がメインのローブを羽織っている。

 女の方はそんな男の腕にくっ付いていて、そちらは露出度の高い黒いドレスのようなものを着ている。

 髪は紫色か?そこは男と同じ。

 だけどその二人からはとてつもないオーラを感じるッ!!

 

「おや?よもや我の気配を察知されるとは思わなかったぞ!もしや貴殿は―――噂に名高き、赤龍帝か?」

「……他人を名乗らせる前に先に自分が名乗るものだぜ、神様」

「ははははははっ!!よかろう、よかろう!!神と知っていてその狼藉、気に入った!!―――我の名はロキ。北欧の悪神と謳われる狡猾の神だ!」

 

 ―――現れたのは神。

 そう、オーディンの爺さんのやり方に反発していると言っていた、北欧のトリックスター。

 過去至上、最悪の敵のお出ましだった。


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