ハイスクールD×D ~優しいドラゴンと最高の赤龍帝~   作:マッハでゴーだ!

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第3話 これっぽっちも消えてない

「イッセー。修学旅行はどうするんだ?」

「やはり京都というものは美しい京美人が多いのか……気になるところだな、イッセー氏」

 

 俺、兵藤一誠は学校のホームルームの時間、前の席に座る松田と元浜とそんな会話をしていた。

 今日のホームルームの時間は二人が言ったように間近に近づいている修学旅行についての話で、旅行先は京都らしい。

 基本的に男子と女子一組の班に分かれて、班人数は最大10人。

 個人行動は何かと危ないかもしれないということでそう言う処置を取っているらしい。

 何でも、数年前に女子だけで動いていて、他校の生徒からナンパまがいの行為を受けたらしいから、それが原因だと思うけど。

 

「……っていうか何で俺と松田、元浜が一緒の班って確定になってるんだ?」

「うぅぅ……聞かないでくれ……ッ!!俺と元浜はクラスの女子から白い目で見られているから、イッセーと組まない限り女子と一緒に回れないんだよぉぉ!!」

「くそ、何故欲望のままに生きていけないんだぁぁぁ!!!」

 

 ……まあ初めからこいつらと組む気だったから良いけど、そこまで懇願されるとねえ?

 それに松田と元浜の暴走を止める役は俺らしいし、まあ仕方ない。

 っていうか、欲望はある程度は隠匿するべき事柄だろう。

 今更言っても仕方ないか―――それはともかく、女子の班は大体決まっているけどな。

 

「イッセー、そちらは決まったかな?」

「ああ、こっちはもう決まったぞ、ゼノヴィア」

 

 すると俺たちの方に近づいてくる女子一団……アーシア、ゼノヴィア、イリナ、黒歌、桐生だ。

 本当は女子は4人の班だけど、女子人数は4で割ると一人余るから、ゼノヴィアたちの班は5人ということだ。

 

「イッセーさん!同じ班になれてとっても嬉しいです!!」

「ああ。俺も嬉しいよ」

 

 俺は満面の笑みのアーシアの頭を撫でる……これは最近の俺とアーシアの普通のスキンシップみたいなものだ。

 アーシアとのデートからこんな風に気付いたらちょっとした触れ合いをしたり、どちらともなく笑い合ったりしている。

 何ていうか……アーシアといると安心できるというか、リラックスできるというか。

 永遠に、ずっと一緒に居たいっていうか。

 言葉にはしにくいけど、俺にとっては掛け替えのない存在というのは間違いない。

 

「んん~……何か、最近は前よりも輪にかけて仲良くなったっていうか―――まるで一線を越えたカップルみたいな?」

「「な、なにぃぃぃぃぃぃぃいいいいいい!!!?」」

 

 ―――桐生の何気ない一言で松田と元浜は激情したように叫び声を上げた。

 あの野郎、あることないことホラを吹きやがってッ!!

 

「イッセーぇぇぇぇぇええ!!やはり例のデートの後、超えちゃったのか!?」

「許すまじ!!お前などアーシアちゃんの親衛隊に、親衛隊にぃぃぃぃぃ!!…………いや、それは無理か―――チクショー!!!!」

 

 松田と元浜は俺の肩をガタガタ揺らしてそんな風に怒り狂う。

 ……いや、確かにキスはしちゃたしさ。

 しかも俺から何度も―――ってそれは関係ない!

 俺はギロリと桐生を睨んだ。

 

「むふふ~……それでどうなの?アーシアとやっちゃった?ズコバコ?」

「―――お前。女の子なんだからその例えを使うのは止めろよ」

 

 俺は卑猥な表現を使う桐生の後頭部を軽くチョップして、そうツッコんだ。

 

「安心するにゃん、藍華♪夜にイッセーの部屋に侵入するけど、そういう声は聞こえてこないから♪」

「あらら、そうなの?残念♪」

「―――おい、今聞き捨てならない言葉を聞いたぞ。黒歌!!」

 

 俺は黒歌に手を伸ばすが、奴はさらりと俺の手から逃れる―――通りで夜中に突然物音がするはずだよ!

 しかも物音がした方向に誰もいないという摩訶不思議な、ちょっとした恐怖現象に驚いていたなんて口を避けても言えない……っ!!

 気配とかしないのは仙術を使っているんだろうけど……ああ、もう考えるのは疲れたな。

 とりあえず今度からはもっと気を付けよう―――黒歌は特に本気で夜這いしてくる要注意人物な上に、結構スキンシップが激しい上に俺も自制心がやばいときもあるくらいだ。

 鉄壁の理性を貫きたいものだ。

 

「まあともかく、こんな美少女五人組と一緒に修学旅行という青春を謳歌出来るんだから感謝しなさいよ?特に松田と元浜は変態言動で誰とも組んでもらえないんだからね♪」

「ふん!お前を抜いて美少女四人組だ!!」

「変態淑女が美少女に入るものかぁぁ!!」

 

 すると松田と元浜はからかわれたことに激情し、そんな言葉を言い散らかす。

 

「うっさい!!これでもちょくちょく告白とかされるんだから!!」

 

 おっと、意外と桐生が反応したな。

 俺的にはかなり冷めた目で二人を見る者だと思ったけど……これは意外な一面だ。

 でも確かに桐生はきっちり容姿は整っているし、性癖はあれだけど転校したてのアーシアにも分け隔てなく接していたからな。

 

「こら、松田に元浜。流石に女の子にそれはないぞ―――また鉄板の痛さを味わいたいか?」

「ひ、ひぃぃぃぃぃいいい!!!?」」

 

 俺は松田と元浜の耳元でそんなことを囁くと、二人は凄まじいほどの絶叫を上げ、俺からそそくさと距離を取る。

 ―――アーシアとのデートの一件でこいつらはアーシアに向かって変なことを聞こうとした一件で、休み明けの学校の日に松田と元浜は腹に鉄板を仕込んできた。

 俺が腹に鉄板を仕込んで来いと言ったから、それを素直に聞いて入れてきたんだな。

 そして俺は出会い頭に松田と元浜の腹部を全力で…………まあ後は想像できるだろうな。

 俺のパンチが鉄板に負けるわけもなく、鉄板越しに二人に衝撃が走ったというわけだ。

 それを思い出した二人はブルブルと生まれたての小鹿みたいに震えていた。

 

「あはは、二人とも?何をそんなに震えているのかな?」

「なななななな、何でもない!わっはははは!!俺とイッセーは親友じゃないか!なあ、元浜!」

「そ、そ、そ、そうとも!!共に拳で語り合ったのだ!!唯一無二の親友だぞ!!」

 

 松田と元浜は全力で冷や汗を掻きながら俺に親指を立てて決め顔でそう言う。

 ……脅しはこれくらいで良いか。

 

「まあそういう事で、桐生達と一緒の班で問題はないよ。あ、俺の悪友は放っておいて構わないから」

「へ、へぇ~…………時々兵藤は恐ろしく感じる時があるわ。これは下手に怒らせては……あ、でもからかうのは楽しいし……」

 

 桐生がぶつぶつと変なことを呟いているのを無視して、俺は手元にある計画表に目を通す。

 俺たちの修学旅行先とは日本の誇る古き都、京都。

 古くからの歴史ある建築物や美味しい食べ物も有名だ。

 それに三泊四日の旅で、しかも途中で大阪などにも寄るらしいから楽しみで仕方ない!

 こう見えても俺は日本の文化が大好きだからな!

 故に予定は綿密に、更には流れよく無理のない回り方にしないといけないな。

 清水寺も良いし、鹿苑寺なんかも天気が良ければ金色具合が相当なまでに綺麗に見えるっていうし……あ、カメラは母さんから一眼レフを借りるとして―――考えていたら多少興奮しすぎたな。

 

「とりあえず修学旅行は戦争だ―――心して企画を立てよう」

『戦争って何!?』

 

 俺の言葉に皆が同時にツッコむ―――あ、ツッコまれるのって新鮮だな。

 まあとにかく高校生活最大の青春である修学旅行を楽しみにしておこう。

 ―――っと、その時だった。

 

『えぇ~、二年の兵藤一誠。ってか早く生徒指導室に来るように~。以上、アザゼル先生でした~』

 

 突如、放送でアザゼルから呼び出しをされる……ってかやる気なさすぎ!!

 校内放送はもっと普通にしろよ、あの野郎!

 ……とにかく向かうか。

 

「先生。何かアザゼル……先生から呼び出しなので向かっても良いですか?」

「ああ、行って来い!」

 

 俺は一応担任の許可を取り、そのままアザゼルの待つ生活指導室まで向かうのだった。

 

 ―・・・

 俺は生徒指導室の前で何度かノックをした後に室内に入った。

 室内のカーテンは閉じきっており、更に豪華絢爛な椅子に座りながらワイングラスを片手に―――学校で何やってんだよ、あのバカは。

 

「アザゼル。学校は飲酒は厳禁だぞ」

「まあ固い事言うなよ。こちとら、面倒な教員職を全うしてんだからよ」

 

 アザゼルはけらけらと笑いながらワイングラスに口を付けた。

 でも俺はそれで理解した―――この場にはアザゼルの姿しかなく、更には外に声がもれないように魔法陣が描かれている。

 ってことは、恐らくアザゼルが俺を呼んだ理由は…………先日のことだ。

 

「まあお前も座れよ。話は大体一つくらいだ」

「何を言いたいかは大体わかったよ。昨日の事だろ?」

 

 俺はアザゼルに単刀直入にそう尋ねると、アザゼルはそれに頷いた。

 やっぱりそうか―――先日、英雄派の末端と俺たちグレモリー眷属は衝突した。

 敵自体はそんなに強くなかったし、俺たちは特にひどい怪我もなく戦いには勝利した―――戦いには、だけど。

 でも向こうの神器使いの内、二人が禁手に至ったという事実と、更にはその二人を回収するために現れた謎の少女。

 感情が一切ないような目をしている、メルティ・アバンセという少女。

 あの姿がどうしても頭にこべりついている。

 あの目と生気を感じさせない声―――どうしてか、放っておいたらいけないような気がするんだ。

 

「リアスには直接話したことなんだけどな。英雄派は基本、異能の力を手にした人間や勇者、英雄の末裔で構成された禍の団筆頭の実力を持つ者達だ。俺はそんな奴らがわざわざこの街―――更に言えばわざわざお前たちグレモリー眷属を襲っているのは偶然だとは思ってねぇ」

「……それはもしかして、昨日の禁手のことを言っているのか?」

 

 俺は昨日の影使いと人形使いを思い出してアザゼルにそう尋ねた。

 アザゼルは腕を組んで、少しばかり難しい顔をしながら俺の質問に頷く。

 

「グレモリー眷属は贔屓目なしで相当の実力を持っている眷属だ。赤龍帝のお前を筆頭に聖魔剣の木場、デュランダルのゼノヴィア、魔王の妹であり才能もあるリアス、堕天使と悪魔の力を身に宿す朱乃、イレギュラーな禁手に至ったアーシア、吸血鬼と人間のハーフで邪眼の力を持つギャスパー、そして元猫又で仙術を使える小猫―――これほどの人材がグレモリー眷属には集まっている」

「禁手はあらゆる経験、そして後押しする劇的な変化で至る……か」

「そうだ。つまり英雄派はこれを狙っていたようにも思える。だがそれなら相当の捨て身な方法だ。敵陣に少数で向かい、更には確証の無い方法で禁手に至ろうとする―――生半可な覚悟じゃねぇと行動すること自体無理な話だ」

 

 ……現に何人もの英雄派の末端を俺たちは確保している。

 そんな犠牲を出してまで、あいつらは禁手使い―――俺たちを滅ぼしたいのか。

 俺も少し前までずっと人間だった……だけど悪魔を全て根絶やしにするとか、そんなことは考えたことはなかった。

 俺は思う―――最も恐ろしいものは力を得た人間である、と。

 

「……人間は過去、魔王ともやり合った者すらいる。特に英雄派のリーダーと思われる者は恐らく、最強の神器を所持しているはずだ」

「―――まさか」

 

 俺はアザゼルの言葉に息を飲む―――考えればそうか。

 敵は……英雄派の奴らは最低でも神滅具の一つであり、俺の赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)すらも凌駕する上位神滅具、絶霧(ディメンション・ロスト)の宿す者がいる。

 絶霧は既に禁手化も済ましているほどだ。

 そしてアザゼルの言う言葉……つまり

 

「―――英雄派のトップは神滅具の代名詞。黄昏の聖槍(トュルー・ロンギヌス)を身に宿してるってことか」

「調査でそれは既に露見されている。面倒なことに、神すらも屠る最強の神滅具をテロ組織が誇っているわけだ」

 

 ……黄昏の聖槍。

 俺の赤龍帝の籠手よりも強い神器な上に、悪魔である俺には聖なる力は毒以外の何物でもない。

 ただ俺がやり合える可能性があるとしたら―――神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)しかない、か。

 後は宿主の力量くらいが考えられる対抗策だ。

 …………フォースギア、か。

 俺はそこであることを思い出した。

 

神焉終龍の虚空奇蹟(エンディッド・フォースコア)。俺が暴走している間に戦場にその使い手が現れたんだよな?」

「…………あの女の事か」

 

 アザゼルは俺の言葉を聞いてそう漏らした。

 アザゼルは俺がその事実を知る前に既にフォースコアを身に宿す少女と思われる人物と遭遇し、ある程度の関わりを持ったそうだ。

 そして知った―――その者の、圧倒的な力を。

 

「俺の鎧をいとも簡単に消失させるような人間だった。正直、俺もかなり覚悟を決めないと勝てるかも分からないほどだ―――それが奴で言うところの二割だ。規格外も良い所だ」

「……アザゼルを以てそこまで言わせる、か。俺も直接会ってはいないけど、やっぱり俺が向き合わないといけない存在だよな」

 

 俺が神創始龍の具現武跡(クリテッド・フォースギア)を。

 少女が神焉終龍の虚空奇蹟(エンディッド・フォースコア)を持っている。

 互いに対極の力を持つ者は、それこそ赤龍帝と白龍皇と同じように宿命づいたものがあるから、きっと俺は終焉の者をしっかりと向き合わないとな。

 

『……神焉の終龍(エンディング・ヴァニッシュ・ドラゴン)・アルアディア。わたくしとは相当の昔の因縁のような者です―――わたくしが全てを創るドラゴンならば、奴は全てを滅するドラゴン。フォースコアの持つ神器の能力は不明ですが、間違いなく神滅具と認定されるでしょうね』

 

 俺の胸から白銀の宝玉が出現し、アザゼルにも聞こえるようにそう答えた。

 アルアディア……それが謎の少女の身に宿るフェルと対極のドラゴン。

 終焉のドラゴン、か。

 少なくともアザゼルにここまで言わせるような相手だ―――警戒は必要だ。

 

「終焉の力を持つ人間……恐らくそいつとまともにぶつかれる相手はイッセー、お前だけだ。だからもしもの時はお前を頼ることになる……申し訳ない話だけどな」

「―――気にするな!それがフェルの力を身に宿した俺の役目だ。何も、終焉と必ずしも戦いになることはないんだろ?」

「……さあな。ただ奴はお前に関心を持っていた。挙句、お前を貰うとまで言っていた位だからな―――奴が禍の団に入る、そんなことだけは避けたいところだ」

 

 確かにアザゼルの言っていることは最もだ。

 そんな危険な奴は出来る限り相手になんてしたくないし、禍の団に入ることすら拒否したいところだな。

 ―――禍の団。

 今までロクなことをしていないのは間違いないが、それでも俺はあの組織でいくつか気になる存在や事柄がある。

 一つはヴァーリを含むヴァーリチーム。

 俺が知っている限りでのメンバーはリーダーとしてヴァーリ、猿の美候、人間とサキュバスのハーフのスィーリス、聖王剣のアーサー、そしてアーサーの妹らしいルフェイと呼ばれる少女。

 基本的に禍の団のテロ行為そっちのけで強者と戦ったりと中々身勝手な行動をしているという事らしいけど……

 それと禍の団の新しいトップ―――リリス。

 アザゼルの話ではあのリリスというドラゴンを創るために何万の人の命を代償にする魔術、悪魔の魂、幾数ものドラゴンの亡骸……様々な犠牲の上で生まれたドラゴン。

 絶対値はドライグやアルビオンなどの二天龍を超えるレベルらしい。

 現状でこっちにはオーフィスという存在がいるから、テロ組織も下手なことはしないとは思うけど……オーフィスの力も手軽には使えないからな。

 あのグレートレッドの本気のブレスに対抗していたほどの力……無限を司るドラゴンの力はこんな人間界で本気で行使してしまえば、辺りの風景は瓦礫に代わるかもしれない。

 下手すりゃ辺り一帯が消滅なんてこともあるからな。

 だからこっちは余りオーフィスは戦力として当てには出来ない―――強すぎるっていうのも考え物だな。

 だからこそ、ドライグやアルビオンは一部を除けば世界最強のドラゴンと呼ばれているんだろう。

 挙動だけで魔物や魔蟲を殺し、ブレスでその軍勢を一瞬で屠ったグレートレッド、それを蛇の力で皆を完全に守ったオーフィス。

 この二人は余りにも他と力が離れすぎている。

 下手に戦えない、だから二天龍は全勢力で最強と謳われていたんだろうな。

 実際にグレートレッドもオーフィスも全勢力には無関心だし、オーフィスは当初はグレートレッドを倒すことを目的にしていた位だから。

 

「リリスもまたお前に興味を持っていた―――つくづくお前はドラゴン関連と縁があるな。赤龍帝であるのも理由だろうが……そう考えればリリスは単なる敵とも思えないか」

 

 アザゼルが言っているのは俺が関わってきたドラゴンが全員、俺の味方でいてくれるという点だろう。

 グレートレッドに関しては微妙だけど、それでも完全に奴は敵!っという認識はないと思う。

 俺を激励した位だし。

 ……でも俺はリリスはオーフィスと同じじゃないかと思う。

 それと同じでリリスは俺とも似ていると思う。

 あの時のリリスの無感情な表情、生まれたばかりの何の悪意も分からない心―――まるで出会った当初のオーフィスとそっくりだった。

 それにリリスという存在が万を超える犠牲によって成り立っているんだとしたら、もしかしたらリリスの中には俺の覇龍のようなものが存在しているかもしれない。

 ……なんとなく、放っておけないんだよな。

 リリスは他人のように思えないからさ。

 そんな考え事をしていると、アザゼルは俺の顔をじっと見てきた。

 

「……おい、イッセー―――お前、俺に隠れて一体どれだけ修行をしている?」

「ッ……」

 

 俺はアザゼルの突然の発言に言葉を詰まらせた。

 まさか……バレてるのか?

 

「はっ。その表情、やはりそうか―――お前は普通でいるつもりかもしれないが、お前の顔色は明らかに良くない。あいつらが気付いていなくても、洞察力の優れる俺は誤魔化せねぇぞ」

「…………はぁ。お前は誤魔化せないか」

 

 俺は諦めたように溜息を吐いた。

 ……仕方ない、言うしかないだろう。

 

「……アーシアとのデートの後から…………今までの5倍だ」

「―――ッ!?…………通りでお前の覇龍の影響が中々消えねぇわけだ」

 

 アザゼルは最初は驚愕の表情を浮かべるも、次第に納得したような表情を浮かべた。

 …………以前の5倍の量の修行。

 当然、それはドライグやフェルには既に知られていて猛反対された。

 そもそも―――元々は10倍の量の修行をしようとしていたんだ。

 それぐらいしないと俺はもっと強くなれないから。

 二人との話し合いでその半分まで減らされたけどそれでも十分な量だ。

 おかげで俺は白銀龍帝の双龍腕(シルヴァルド・ツイン・ブーストアームド)の扱いにも慣れたし、アスカロンや無刀、オーバーヒートモードだって扱う修行も出来た。

 体に関しては黒歌に無理を言って仙術で健康だし、無理はしていない。

 今の所は疲れも何もないし、仮に生活に支障が出てきたら止めるというのもドライグとフェルとの約束でもある。

 

「幾らなんでも5倍はやり過ぎだ―――普段なら何の問題もねぇ。だけど今のお前の状態は優しく言ってもズタボロだ」

「それを理解した上で俺は自分に修行を課しているんだ。大丈夫だよ。本当に無理になったらしっかりと休むから」

「……何に焦ってんだ、イッセー」

 

 するとアザゼルは俺の顔を真剣に覗き込みながらそう尋ねた―――俺が、焦っている?

 

「焦ってなんかない。ただ強くなりたいんだ」

「いや、お前は焦っている。明らかに死に急いでいる馬鹿の顔をしてるぜ……やはり、アーシアを失いかけたことが原因か?」

「だから俺は―――」

 

 ―――バンッ!!

 ……その時、アザゼルは手で机を勢いよく叩いて俺の発言を遮る。

 

「良いから答えろ―――お前は覇龍を介して何の壁にぶち当たっているんだ。そう考えればお前のオーバーワークは説明がつく……だから答えろ、イッセー」

「………………………………」

 

 俺はアザゼルの物珍しい真剣な声音に驚きつつも、その言葉の真意を理解した。

 ……他人から見たら、俺は焦っているように見えていたってことなのか。

 ―――覇龍を介して俺の前に立ちふさがる壁、か。

 俺は重い口をゆっくり開いた。

 

「俺は……覇龍を二度と使いたくない―――俺があれを使えば、俺は死ぬから」

「それは分かっている」

「俺が死ねば、アーシアは、仲間は、家族は……大切な奴は全員悲しむ。だからあんな……自分を捨てる力を超えるくらい俺は強くなるんだ。それが俺の新しい、強くなりたい理由だ」

「……確かに次にお前が覇龍を使えば、お前は死ぬだろうがな。だけどな、イッセー。お前が何でも全て、戦う必要はないんだ。言っておくが俺は強い。そりゃあ堕天使最強だ。お前の周りのドラゴン共も化け物染みて強い。だから―――」

「―――だけど、もし!…………覇龍を超える力が必要になった時、そんな時にどうにか出来るのが俺だけだったらどうする……ッ!!」

 

 ……そんなことになったら、俺は間違いなく仲間を守るために覇龍を使ってしまう。

 例え皆がそれを望んでいなくても……俺は使ってしまうだろう。

 だからそんな最悪の事態を避けるために俺は今、強くなりたいんだ。

 俺は力を呼びこんでしまう赤龍帝。

 俺がいる限り皆を危険に巻き込んでしまうなら、皆を守るのは俺の役目だ。

 

「もう俺は何も失いたくない……失うのだけはもう嫌なんだ……っ!」

 

 目の前で俺はいくつもの大切を失ってきた。

 それはミリーシェに限っての話なんかじゃなく、兵藤一誠になってからも……その前からも。

 俺が兵藤一誠になる前の前代赤龍帝の時にも、俺を慕ってくれた奴を目の前で失ったこともあった。

 力が及ばず、死なせてしまうこともあった。

 

「……なあイッセー。お前は俺にとっては同志だ。俺と神器で語り合えたのはお前くらいだ―――だから俺はお前の力になりてぇんだ」

「だったら……俺の修行を大目に見てくれよ?何分、最近は趣味が修行って言われているくらいだからな」

 

 俺はそれだけ言うと席から立って扉を開いた。

 

「イッセー。俺はな、今まで見た中でお前は一番正義感が強くて、ある意味で正しい存在と思っている。だけど―――お前は俺が今まで見てきた中で一番歪んでいる」

 

 アザゼルはそう言うが、俺はそれを聞き流すように扉の外に出て、そして扉を閉めた。

 ……歪んでいる、か。

 そんなことを言われたのは初めてかもな。

 ―――アザゼルの奴、きっと俺のことをもう大体想像出来ているんじゃないかと思う。

 あれほど頭の回る男だから……今までの情報をまとめて、俺が前代赤龍帝の転生者っていうのに近い答えを出しているような気がする。

 アザゼルがお前の力になりたい、と言ったのはきっと……本当のことを教えてくれっていう意味なんだったと思う―――って、あれ?

 俺は―――あの場で言えば良かったんじゃないのか?

 あの場では誰も邪魔は入らなかった……アザゼルだけでも先に言えば良かったんじゃないのか?

 じゃあ何で、俺は言えなかったんだ?

 アザゼルの事は当然、信用しているし頼りになる存在だってことも理解はしている。

 なのに何で俺は―――話せない。

 俺は、俺は…………ッ!?

 頭が……痛い。

 ガンガンするような、ハンマーで頭を殴られたように頭が……痛いッ!!

 俺は痛みのあまり、そのまま地面に蹲った。

 

『あ、相棒!どうした、一体何が?』

『わ、分かりません……主様、まずは保健室で休みましょう。やはり修行の無理が今になって出てきたとしか』

 

 ……大丈夫だ。

 これくらいの痛み、ちょっとすれば良くなる。

 俺は何とか立ち上がり、辺りに誰も居ないことを確認してそのまま壁にもたれ掛かって目を瞑った。

 ―――その時、俺の頭の中が突然、真っ白な光景が映った。

 なんだ、これは……頭痛はマシにはなったけど、この白い空間は何なんだ?

 それにドライグとフェルの存在が感じられない―――そう思った時、俺の頭の中に何やら黒い人型の影が映る。

 ……その影は少しずつ俺の方に近づいて来て、そして―――

 

『―――俺のすべきことは……そんなことじゃない』

 

 その黒い影は俺の目の前でそんなことを言った。

 その声は呪詛を含んでいるようにどす黒い声で、そして何よりもどこか……悲しそうだった。

 その黒い影……人は顔を上げる。

 そしてそこには―――昔の俺……名前を忘れた前世の俺の姿があった。

 

『お前は、俺だ―――■■■■■だ。俺がすべきことは復讐―――』

 

 ―――やめろ、俺のすべきことは大切な存在を守ることだ!

 

『違う……俺は黒い影に復讐を―――ミリーシェを殺した者を殺す……こと…………そもそも、俺の大切は……ミリーシェ……だ』

 

 それはそうだけど……でも今、大切な仲間を、家族を俺は放ってなんて置けない!

 それはお前だってそうだろ!

 ……俺だって、黒い影は憎い……ッ!!

 だけど憎しみだけで動いて、周りを見失えば―――何もかもを不幸にしてしまうんだ!

 

『……そんな建前は要ら……ない。俺は逃げている……だけだ』

 

 ―――逃げて……いる?

 

『そう……自分から、逃げて……憎しみから、逃げている……だから、また失う……大切な存在を……失う』

 

 ―――失う?また俺は……失う、のか?

 

『覇の理を……受け入れろ。覇龍を御すれば俺は……復讐……出来る』

 

 ―――その言葉で俺はハッとした。

 また……同じ過ちを犯してたまるか!

 俺は決意した―――どんなことがあろうと、覇龍を使わないと!

 だから俺は………………俺の言葉を聞かない……ッ!!

 

『……いずれ、俺は……また使う……その時は……俺は……』

 

 …………次第に昔の俺の姿は消えていき、そして俺は目を空けた。

 俺の額からは冷や汗が浮かび、そして息も少し荒くなっていた。

 

「はぁ……はぁ……俺は……」

『相棒!?何があった!突然、意識が神器の最も深い所に飛んだと思えば、俺からの干渉は出来ないなど!』

『主様!』

 

 ……なんでも、ない。

 きっとあれはドライグやフェルの力でもどうにもならない―――俺でしかどうにもならないんだ。

 ―――俺の前世の怨念。

 それが肌で感じるほどの凄まじいほどだった。

 ……ミリーシェを目の前で失った俺の怨念は神器に残っていて、それが覇龍を使うトリガーになっていたのは理解していた。

 だけどあれほどのもの、か。

 ホント、我ながらどんだけミリーシェの事を愛していたんだか……自分でも関心するよ。

 

「今の顔を……皆に見せるわけにはいかない、よな」

 

 俺は重い腰を立たせて、そしてそのまま誰も居ない屋上に向かうのだった。

 ―・・・

 俺は屋上に着いて、そのまま適当なところで寝転ぶ。

 今はホームルームも終わって、皆は既に帰る支度や部活に言っている頃か。

 季節は夏が過ぎて少しずつ涼しくなり始めているから、屋上に吹く風は汗ばんだ俺には丁度いい涼しさだった。

 ……さっきのあの黒い怨念は俺そのもの。

 あいつは俺のをことをずっと『俺』って呼んでいたからな。

 だけど―――名前だけはずっと歪んで聞こえなかった。

 それはきっと俺が自分の名前を忘れているからだろうけど……奇妙だよな。

 俺自身、俺が何なのか分かっていない。

 リリスも俺は曖昧っていうくらいだからそれは確かだ。

 

「……空は青いな」

 

 俺は一点の曇りもない青空を見上げてそんなことを呟いた。

 

「今の俺はこれくらい青臭いのかな?」

「そんなことありませんわ」

 

 ―――その時、俺の耳に慣れ親しんだ優しそうな甘い声が聞こえる。

 俺は声がした方向を見てみると、そこにはいつものポニーテールではなく、髪を下した朱乃さんの姿があった。

 朱乃さんは少し微笑みながら俺の傍で座る。

 

「どうして、朱乃さんが……」

「私は少し考えたいことがあれば良くこの屋上に来るんですわ……それで放課後に来てみればイッセー君がいますもの……ちょっとした幸せですわね」

 

 朱乃さんは本当に嬉しそうににっこりと笑う。

 

「ですが地面で寝転ぶのは多少、衛生面で気にするべきですわ。あそこのベンチで少しお話をしない?」

「ええ、構いませんが……」

 

 俺も気を紛らわしたかったから丁度良い。

 そう思って俺は立ち上がり、屋上に設置されているベンチに座ろうとした時、朱乃さんは先にベンチの真ん中に座った。

 そして―――何故か太もものところをポンポンと手で叩いていた。

 

「どうせ寝るなら私の膝を枕にして良いですわ」

「そ、それは……」

「…………ダメ、なの?」

 

 ―――おっと、最近は皆、この手を乱用しすぎじゃないのかな?

 朱乃さんの上目遣いと、普段と違い子供っぽい口調に俺は少しグッと来る―――誰だ、俺が上目遣いに弱いと言い回っているのは!

 ……結局、俺は上目遣いに勝てずに素直に膝枕されることになるのだった。

 

「うふふ……これは新鮮ですわ。イッセー君が子供みたい」

「朱乃さん……その、頭を撫でるのは流石に子供にし過ぎですよ」

 

 俺はすごく優しい手つきで頭を撫でて来る朱乃さんにそう言うが、朱乃さんはニコニコフェイスを浮かべてなお頭を撫で続ける。

 ……少し心地よくて眠くなって来たな。

 

「イッセー君は後輩なのですから、もっと甘えて良いですの。私、こう見えても母性本能が中々強いのですわ」

「それは何となく分かりますけど……その、朱乃さんって将来、良いお母さんになりそうっていうか、良い奥さんになりそうって感じですけど」

「あらあら……嬉しいことを言ってくれますわ―――でも、旦那さんはイッセー君が良いですわ」

 

 朱乃さんは痺れるような手つきで俺の頬を撫でる―――撫で方が何か、いやらしいんですが!?

 すると朱乃さんは俺の顔に顔を近づいてきた。

 そしてすごくキスできそうな距離で呟く。

 

「小さい頃にあなたに救われてから……あなたに純潔を捧げると決めてきましたもの。あなたのために生きたいのですわ」

「…………そう、なんですか?」

 

 俺は朱乃さんから視線を外そうとするも、朱乃さんはそれをさせず俺の頬を両手で覆う。

 

「ええ。ですから、今すぐにでも襲っても良いのでしよ?むしろ本望ですもの…………キス、しても良いですか?」

 

 朱乃さんは、普段のお姉さまの顔ではなく、物凄く普通の女の子のように頬を染めて、そう呟いた。

 

「……すみません。その……キスは、止めてください。俺は」

「……そうですか」

 

 すると朱乃さんは少し寂しそうな表情でそう呟くと―――俺の頬にキスをした。

 

「今はこれで我慢しますわ。たぶん、アーシアちゃんのことを想っての行動でしょうから……羨ましいですわ、アーシアちゃんは」

 

 ……朱乃さんは普段の表情でそう言う。

 俺は言っちゃったからな、アーシアの事が好きだって。

 俺って結構最悪な男だと思う……アーシアが好きなのと同時に、他の女の子にも良い顔しているんだから。

 八方美人って言われたらそこまでだけど。

 

「……イッセー君はきっと、すごく一途なのよね。だから私も、リアスも……イッセー君と関わりのある女の子はイッセー君に好意を持っているのですわ」

「だけど、それって結局、優柔不断なんじゃ」

「優柔不断には”優しい”という文字が入ってますわ―――別に私は何番目とか、そんなことは気にしません。ただ……イッセー君の傍で愛してもらえれば良いですわ」

 

 朱乃さんは膝枕しながら俺の頭を撫で、そう言った。

 

「だけどそれは……きっと朱乃さんは幸せにはなれませんよ?」

「いいえ、幸せですわ―――女の子は色々、男の子とは考え方が違う生き物ですわ。もちろん一番になりたい気持ちはありますけど……それ以上に男の子に想われたいの」

「……想われたい」

 

 その部分は俺もなんとなく、共感できるところだった。

 想われたい……好きな相手に想われたいのは確かに当たり前のことだ。

 だけど男として、そんな半端な行動は出来ない。

 まるで二股みたいな行動は特に……っていうのが人間の価値観なんだろうけどさ。

 今の俺は悪魔で、そして悪魔は一夫多妻制が認められている。

 ライザーなんか良い例だ。

 あの焼き鳥野郎は自分以外の眷属全てをハーレムと言っていたからな(レイヴェルを除いて)。

 アザゼルも軽口でそんなことを言っていたし。

 ……そんな俺は器用な男じゃない。

 どこまで不器用で、特に自分の心が全然理解できないような馬鹿だからな。

 

「きっと、私たちはイッセー君の気持ちに応えますわ。でも覚えておいて―――女の子って、結構思い切った行動をするってことを」

「……ええ、肝に銘じて置きますよ」

 

 朱乃さんの含み笑顔に若干苦笑いをしつつ、俺はそう応えるのだった。

 ……そういえば、朱乃さんは考え事のためにここに来たって言っていたな。

 

「朱乃さんは何か悩み事ですか?」

「……意外ですわ。イッセー君がまさか聞いてくるとは思いませんでしたもの」

 

 朱乃さんは意外そうな表情をしながら、でもどこか嬉しそうにそう言った。

 ……そう言えば、俺は余り誰かの考え事とかに首を突っ込んだりするのはしなかったな。

 大抵は向こうから話してきてくれたし、それに相手の考え事をあまり自分から踏み込むのもデリカシーが無いかなって思って。

 

「す、すみません」

「あらあら……良いですわ。むしろ私に興味を持ってくれた方が嬉しいですもの―――少し、お母様のことを考えていたのですわ」

 

 ―――ッ。

 朱乃さんの言葉で俺は上体を上げて朱乃さんの顔を見た。

 これは俺も関係が無い話ではない。

 むしろ俺は完全に当事者―――何年も前に朱乃さんと朱乃さんのお母さんを助けようとした張本人だ。

 

「お母様はイッセー君も知っての通り、姫島家の者の妖刀により呪いを受け、今はそれを何とか抑えながら生活しています―――堕天使の経営する施設で」

「……今、お母さんのことを考えるってことは」

「ええ―――近いうちに私はお母様に会いに行きますわ」

 

 朱乃さんは特に表情を曇らせることなくそう言った。

 そう言えばアザゼルが前に言っていたもんな―――朱乃さんのお母さん、朱璃さんが朱乃さんと俺に会いたがっているって。

 

「お母様に近い内に会いに来なさいと言われたのです。それで」

「会いに行く、でも自分が悪魔になってから会ってないから少し不安……そんなところですか?」

「むぅ……イッセー君、生意気ですわ―――私の考えたことを全部言い当てるなんて」

 

 どうやら俺の答えは間違っていなかったみたいだ。

 

「お母様とはたまに電話や手紙でやり取りをしていて、和平成立を機に会えるようになりました……ですが、少しだけお母様と会うのが怖いのです」

 

 ……親からしたら子供が悪魔になったなんて信じられないことだもんな。

 朱璃さんが仮にどうとも思っていなくても、やはり子供からしたら不安なのは仕方のないことだ。

 怖いものは怖い。

 でも向き合わないといけないことは存在する―――それは俺が一番よく分かっている。

 俺もさっきの『俺』と向き合わないといけないからな。

 

「私は家出をして、そしてそのまま悪魔になったのですわ……お母様の制止も聞かないまま。だからそのことを考えていたら少しだけ会うのが憂鬱になっていたんです」

「……そうだったんですか」

 

 朱乃さんも色々な問題を抱えているから、結構考えることはあるんだろう。

 バラキエルさんの事や朱璃さんの事……そしてそのことには少なからず俺も関わらないといけないよな。

 そもそも朱乃さんとバラキエルさんの喧嘩の原因も俺だし。

 ―――あれ、俺って結構重要な立ち位置じゃないか?

 バラキエルさんとか、下手すれば俺にキレてきそうだし……よし、もしもの時は覚悟して戦おう。

 男ってもんは拳で分かり合えるものだしな!

 

「……イッセー君。もし宜しければ……一緒にお母様と会ってくださいませんか?」

「ええ。当然、朱乃さんの頼みなら喜んで!それに……朱乃さんのお母さんも俺に会いたがっているんなら、俺も会わないといけませんから」

「イッセー君……」

 

 朱乃さんは微笑むと、俺の手を握ってきた。

 

「……ありがとう。今だけで良いですわ……イッセーって呼んでも良い?」

「ええ。別に普段からそれでも良いですよ?」

「うふふ……それでは少し面白くないですもの。こういう、二人きりの時だけ特別な呼び方をする―――ロマンチックと思わない?」

 

 朱乃さんは普段の丁寧な話し方ではなく、普通の同い年の女の子のような口調でかわいらしくそう言った。

 考え込むのは朱乃さんにとってもあんまり良くはないよな。

 さてと―――ッ!?

 おいおい、またかよ……俺は突然の頭痛に冷や汗を掻きながらそう思った。

 この痛みはさっき、『俺』が頭の中に現れた時と同じもの……つまり、また『俺』が呪詛でも訴えに来たんだろう。

 ―――俺の怨念も凄まじいな。

 

『―――つけ、ろ―――かみ、は―――奴―――は―――きけ―――』

 

 ……?

 何が雑音が入るような声だ―――まるで何かに遮断されるように音は雑音によりかき消され、そしてしばらくすると俺に走っていた頭痛も消えた。

 ―――なんなんだ、今のは。

 つけろ、神は、奴は、聞け……俺が何とか聞き取れたワードを頭に浮かべるが、何を言っているかは一切分からなかぅた。

 ……気にすることはないのか?

 

「……?イッセー、どうしたの?」

「いえ……特に何かあったわけじゃないんですが―――」

 

 さっきの声に怨念のような声音がなかった。

 俺は何となくそう思ったのだった。

 

「ふふ……変なイッセー君ですわ」

「あれ?口調が元に戻ってますよ?」

「何となくリアスとキャラが被るのが癪なので、私は普段通りにしますわ―――さっきのはベッドの中だけにしますね♪」

 

 ……俺はとてつもないデジャブを感じながら、苦笑いをする。

 そしてそれから少しして、そのまま二人で部室へと向かうのだった。

 

 ―・・・

 俺と朱乃さんが部室に入ってから数時間経っていた。

 部室には部長席で資料に目を通している部長とその傍らにいる朱乃さん、更に何やらファッション誌を見ている教会トリオにお菓子を食べている小猫ちゃん、その傍で小猫ちゃんの姿を見て時たま甘やかしている黒歌、ダンボールでポチポチゲームをしているギャスパーに、俺と将棋をしている祐斗がいた。

 ちなみに将棋で優勢なのは俺だ。

 

「考えてみれば、将棋って奥が深いよね。取った駒を自軍として使えるなんて―――あ、飛車が詰んだ」

「そうだよな。まるで三国志に出て来る曹操みたいなものだからな。曹操は例え敵でも有能なら自軍に引き入れた英雄らしいから―――王手」

「その点、チェスは取った駒は二度と戻ってこないから戦術的には限られているんだけどね…………イッセー君、待ったは?」

「なしに決まってんだろー――はい、終わり」

 

 俺は祐斗の王の近くに先ほど祐斗から取った飛車を打って、そのまま将棋に勝利した。

 これでチェスも将棋も俺のポーカーも俺の勝利で勝ち越しだ。

 

「ふぅ……僕も結構これには自信があったんだけどね。イッセー君には敵わないか」

「流石に将棋は手間取ったぜ。祐斗の妙手には何度か嵌りかけたからな」

「……まあ練習していたからね。君に勝てるゲームを探して―――罰ゲームはジュースのおごりかな?」

 

 祐斗は嘆息して、ゲームをする前に約束していた言葉を口にした。

 

「ついでにアンパンを追加で!」

「了解。じゃあすぐに買って来るよ―――次はオセロで勝負だからね?」

 

 すると祐斗は風のような速度で室内から走り去った……なんでわざわざ『騎士』の速度で行くのか、俺には理解できないが。

 ってかあいつ、負けているのに何故か嬉しそうだよな。

 特に俺に負けて罰ゲームでパシられた後とか、結構嬉しそうなんだよな。

 何でか知らないけど。

 

「イッセーはあのホモと仲良いね~……掘られるのだけは勘弁にゃん」

「……先輩、本当に気をつけてください」

「―――おいおい、そんな真剣な口調で止めてくれよ」

 

 俺は祐斗がいなくなったのを見計らって近づいてきた黒歌と小猫ちゃんにそう言われて背筋が冷たくなった―――そう言えば忘れてたけど、あいつは色々な意味で覚醒してたもんな。

 くそ、アザゼルめ!うまい事言いやがって!!

 ……とりあえず、これからはあいつとの距離もしっかり考えないとな。

 うん、これが大事だ―――男に男として好かれても迷惑以外の何物でもないからな!

 

「おっす。ちょっと職員会議が長引いたから遅れたぜ……ったく、教頭の野郎。俺がやりたいようにやって何が悪いってんだ」

「はぁ……アザゼルの行動が既に既存の教師認識とはずれますから」

 

 すると扉をノックなしで入ってくるアザゼルと、その後を続くガブリエルさん。

 アザゼルはちらっと俺を見るも、特に気にしていないみたいだった。

 

「っと、先にちと緊急の話がある―――朱乃、イッセー、黒歌。お前たち三人に少しばかり用事が出来た」

「「「?」」」

 

 朱乃さんと黒歌と俺?

 何ていう奇妙な組み合わせ……っていうかそういう事はさっき言えば良かったんじゃないのか?

 まあそれは良いとして……

 

「で?アザゼル。一体何なんだよ、その用事ってものは」

「ああ。俺の部下の方からある連絡が来てな……明日は学校は創立記念日で休みだ。そこで朱乃とイッセー、黒歌にはあるところに向かって欲しい」

「あるところ、ですか?」

 

 朱乃さんは首を傾げながらそう言うと、アザゼルは勿体ぶったように……そして言った。

 

「場所はこの学園からそう離れていない病院だ」

「病院?別に私、イッセーの子供は妊娠していないにゃん―――ってにゃん!?」

 

 俺は軽口でそんなことを言う黒歌の頭を叩く!

 ったく、話の腰を折りやがって。

 

「それでどうして俺たちはそこに行って何をするんだ?」

「……人に会うんだ」

「人……ですか?」

 

 その言葉に俺たちは少しばかり疑問符を浮かべるように首を傾げる。

 そしてアザゼルは言った。

 

「―――姫島朱璃。お前たち三人は朱乃の母の朱璃に会ってもらう」

 

 ―――その言葉に俺は不意に開いた口が塞がらなかった。

 そりゃあいつかは会う事になるとは思っていたけど、まさかこんなにも早くになるとは思いもしなかったのだった。

 ……これはまた一騒動ありそうだ。

 俺は不意にそう思うのだった。


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