ハイスクールD×D ~優しいドラゴンと最高の赤龍帝~ 作:マッハでゴーだ!
……俺が覇龍を発動している時の記憶は薄らと残っていた。
この手で幾百もの命を殺し、血に染まってしまった。
俺は……弱い。
アーシアを失った瞬間、暴走して、ドライグの言葉も聞かず―――自分が一番嫌っていた力を、何も考えずに使った。
……でも、俺は自分を止めることが出来なかった。
アーシアが光の柱に飲み込まれ、その場から消えた瞬間―――俺は不意にその光景がミリーシェを失った時と重なった。
突然、何かにミリーシェが襲われてその命を失った時と同じ―――アーシアをミリーシェと重ねてしまった。
だけど……それだけじゃないんだ。
アーシアをミリーシェと重ねただけじゃない。
…………俺は、アーシアを―――あいつと同じくらい、いつの間にか想っていたんだ。
頑張り屋さんなところ。
いつも誰かを癒すところ。
ちょっと不器用で、でもどこか守りたくなるところ。
―――俺は、アーシアをいつの間にか好きになっていたんだ。
……俺が覇龍を使っている時、俺の頭にはアーシアの姿とミリーシェの姿ばかりが映った。
俺はようやく分かったんだ。
歴代赤龍帝の怨念に近い残留意識。
それはまだ神器の中に色濃く残っていた―――俺の怨念が。
ミリーシェを殺され、俺自身も死んでしまった名前を忘れてしまった俺。
……その怨念が、俺を突き動かした。
全てを壊せ、全てを殺せ―――臨んだことも、小さな夢も手に入らない世界なんて捨ててしまえ。
そんな……俺自身が抱いていた恨みが俺に降りかかった。
…………どうして、俺はこんなにも弱いんだろう。
―――誰にも、見られたくなかったんだ……ッ!!
こんな俺を……いつもカッコつけて、本当の自分を誰にも見せてこなかった俺の弱さ―――醜い、憎しみに埋め尽くされた俺を……見られたくなかった。
俺は……誰も、信じていなかったんだ。
言葉ばかり並べて嘘の仮面を被り、その仮面で評価を受けていた。
強い、規格外だ、何でも守ってしまう―――そんなものを受けて喜んでいた。
そして俺は―――仮面を被った俺を好きになる人の好意を、受け止めたくなかったんだ。
自分の問題すら解決していない中途半端な状態で好意を受け入れたくないなんて、ただの建前だった。
そんなことばかり考えている時、俺を優しい光が包み込んだ。
碧色で、どこか懐かしいようなオーラ……そのオーラに包まれて俺は唐突に心を支配していた憎しみ、怨念が消えていく―――いや、消えるんじゃない。
まるで癒されるように、心が安らかになったんだ。
沈んでいった俺の意識を引き摺りだすような、引き上げてくれるような歌声が聞こえた。
まるで聖歌のような、だけどそれとは全くの別物のような……優しい歌。
その歌は憎しみに、後悔に、怒りに……様々な負の感情に支配されていた俺の心を癒すように、ただひたすら助けるように―――ただ優しく包み込んだ。
その癒しの歌とオーラは弱い俺を癒し、徐々に俺の意識は回復していった。
俺は状態を崩していった。
ずっと瓦礫の山の上で叫んでいたはずなのに、その歌が聞こえて、覇龍の力が少しずつ消えていくような感覚だった。
そして瓦礫の頂点から俺は落ちていく……力は既に残ってなかった。
ただ流れに身を任せるように瓦礫の山から落ちて、そして―――誰かに抱き留められた。
その誰かは俺を優しく抱きしめて、そして―――
「アー……シア」
―――その姿を見て、その温もりを感じて……その存在を確かめて、俺は虚ろにその誰かを…………アーシアの存在を認識した。
何で、いるんだろう……アーシアはあいつの攻撃で消えたはずだッ!
……だけど、俺の口からはそんな言葉は出なかった。
ただそこにアーシアがいる。
そう思うと―――涙が止まらなかった。
二度とこの温かさを感じることが出来ないと思っていた。
俺が守れなかったから―――守れ、なかったから…………ッッッ!!!
「おはよう、ございます……イッセーさん」
アーシアは涙を流して俺を更に抱きしめる。
涙の滴は俺の首元に滴り落ちていた。
その温かさがアーシアが存在していることを……生きていることを物語っていた。
アーシア……アーシアッ!!
「ごめんッ!!アーシア……俺、俺ッ!!お前を……お前を守れなくてッ!!!」
「いいえ……イッセーさんは……いつだって私を守ってくれます」
俺は泣き叫んだ。
自分でも驚くほどにアーシアを強く抱きしめて、涙を流して―――何も考えず、自分の弱さをアーシアに見せたとしても。
「ごめんッ!ごめんッッ!!アーシア……アーシアァァ!!!」
「良いんです……私は、ここにいますから。だから……イッセーさんは、偶には泣いたって良いんです!!」
「アーシア……」
アーシアはほんの少し涙を溜めて、でも俺を安心させるように満面の笑みを見せた。
その笑みは、どこかミリーシェと重なるところがあり、でも―――ミリーシェじゃない。
ただ一人の女の子……俺のことを大好きと言ってくれる、アーシア・アルジェントの笑顔だった。
「イッセーさん……イッセーさんは本当に強い人です。でも弱い人です。きっとイッセーさんの強さも弱さも……全部が全部、イッセーさんなんです。だから私はイッセーさんを受け入れます。胸だって貸してあげます―――だから、今は甘えてください。存分に泣いて、苦しんで……そしてまた笑顔を見せて私を守ってくださいッ!!!」
「―――もう、誰も……失いたく、ないんだ……」
俺はポツリと、弱音を吐きだした。
それは俺の意志ではどうにもならなくて……ただ俺は小さな声でアーシアに本音を、弱音を吐露した。
「弱さを……消し去りたいんだ……誰も失いたくないから、だから……いつも誰かを絶対に守ろうとしたんだ……だけど俺はアーシアを、守れなかったッ!!」
「……守って、くれました」
……アーシアは胸元にある既に何の意味もない鍵と鈴を握って、そう言った。
どういう、ことなんだ?
俺は守ることが出来なかった。
ただ旧魔王派の攻撃に何も対処できず、アーシアを庇うように押し飛ばして……そしてアーシアは光の柱に飲み込まれた。
あの神器だって、既に護るための力を失っているッ!!
それなのに、どうして……
「私が成す術もなく光に飲み込まれた時……このお守りは私を守ってくれました。何もない真っ暗な空間で、ただこの神器はイッセーさんみたいに温かく私を包んでくれました―――イッセーさんがいなければ、私は死んでましたッ!だから……イッセーさんは自分を責めないでください。私は生きています……イッセーさんの傍に、ずっと一緒にいますから」
アーシアの言葉で、俺の後悔は癒されるみたいに穏やかなものになっていった。
アーシアの抱擁は俺の苦しさを和らげて、笑顔をいつもみたいに心を癒してくれる。
……でも、もう少しだけ。
本当に、もう少しだけで良い。
「……ごめん。もうちょっとだけ……このままでいて良いかな?」
「―――はい」
アーシアは優しい表情で頷くと、俺はアーシアを抱きしめた。
―――そして声に出さないように、涙を流したのだった。
―・・・
「イッセー君!!」
それから少し経って、俺はアーシアから離れて立とうとしたところ、いきなりの立ちくらみで倒れそうになった。
祐斗はそれを支えるように傍に来て、肩を貸してくれた。
「ありがとう……祐斗」
「これくらい何でもないよ」
祐斗は笑みを浮かべながらそう呟く―――覇龍の影響だろう。
体に力が入らない上に魔力も使い切って一切もない。
この状況では誰とも戦えないな。
……光景はひどいものだ。
神殿は完全に消え去って、だけど辺りには血の跡がしっかりと残っている。
アーシアを拘束していた結界装置も無く、本当にただの瓦礫の山だ。
……俺が、やったんだな。
『……相棒』
……その時、ドライグは俺に話し掛けてきた。
俺はドライグの言葉も聞かず、ただ感情の赴くままに覇龍を使った。
あれほど否定して来た力を使って、殺戮をし続けた。
―――相棒失格だ。
『仕方ない……相棒にとって、アーシア・アルジェントの死はミリーシェのそれと同等のものだったのだ……だが言っておこう―――この大馬鹿野郎!!!何故、全部自分で背負い込んでしまうッ!!それほどの憎しみが残っていたのに、何故俺やフェルウェルに黙っていたッ!!!何故っ!!!……弱音を、俺たちにすら吐かなかったのだ……』
……ごめん、ドライグ。
俺にはそういう事しか出来ない。
―――振り払えたと思っていた。
昔のことを全部、今の日々を大切に思っているからこそ。
だけど違ったんだ―――全然、これっぽっちも俺は成長できてなかったんだ。
力ばかり身に着けて、強くなったと勘違いしてたんだ。
……ごめん、な。
『……もう、良い。相棒のことは俺が一番良く分かっている―――だが誰かを失って怒ることは間違ってはいない』
俺は心の中でもう一度深くドライグに謝って、目の前の状況を見る。
……眷属の皆と、何故かそこにはヴァーリや美候、アーサーの姿まであった。
眷属の皆は俺の無事を確認してか寄って来て、俺は力が出ないからその場に腰を下ろした―――凄まじいほどに力が出ないな。
「兵藤一誠。久しぶりだな」
「……ヴァーリ」
俺はヴァーリの名を呼ぶだけで、特には何も言わなかった。
……こいつがここにいるのは、たぶん目的があるんだろう。
少なくとも旧魔王派共の味方をしているわけではなさそうだし……アーシアがここに帰ってきたことを考えると、アーシアを救ってくれたのはヴァーリなんだろう。
「どうしてこんなところにいるんだろうと聞きたいのかい?一応目的があるが―――その前に」
するとヴァーリは手を空の彼方へと向け、そして―――白い雷のように輝く魔力弾を放った。
その放たれた光速の弾丸は空を切り、そしてかなり遠方にいる何かを貫いた。
―――あれは、魔物か何かか?
「どうやらほぼ全ての戦力を失った旧魔王派が魔物や魔蟲を放ったようだ。今いくらかを落としたが……面倒だな」
……あいつらはどこまでッ!!
だけど今の俺はこの場からまともに動けない……その時、俺は何かを感じ取った。
―――いくつかの龍の気配。
それは割と遠くから感じて、そして俺のすぐ傍に全く知らないドラゴンの気配を一つ感じた。
「―――お前、誰だ?」
―――そこには、見た目がオーフィスとほぼ瓜二つの謎の少女の姿があった。
オーフィスが着る服と似通っているが、ゴスロリ系の服を着ており、そして俺をじっと見ていた。
「……リリス。おまえ、せきりゅうてい?」
「……そうだけど」
「そう―――なまえは?」
するとその少女―――リリスは俺の頬をいつの間に摩っており、そして光の無い瞳で俺をじっと見てきた。
吸い込まれるような気分になるほど真っ黒な瞳……俺が初めて会った時のオーフィスの瞳のようだ。
その姿に皆、警戒するも俺はリリスの質問に答えた。
「……兵藤、一誠……なんだろうな」
「……あいまい。おまえ、リリスとおなじ」
「同じ?」
俺はリリスの言葉を聞き返す。
俺とこの子が、同じ?するとリリスは光の無い瞳を俺に向けながら話し続ける。
「じぶんがだれなのかわからない。リリスもわからない。どうしてうまれたのか、なにも……いつもリリスのなかでだれかさけんでる。さっきのおまえみたいに」
「……自分が分からない、か―――そうなのかもな」
俺はそう応えると、次第に遠くに感じたドラゴンのオーラが近くなって来た。
俺は目線だけそっちに向けると、すると俺の傍にいつものようにオーフィスが風のように現れ、俺を抱きかかえてリリスから離れた。
「……お前、イッセーに何をした?」
「なにもしてない。おはなし、してただけ」
オーフィスは訝しげな視線をリリスに送ると、すると俺の周りにいくつかのドラゴンの影が現れる。
ティア、タンニーンのじいちゃん、夜刀さん、チビドラゴンズ……そして機械ドラゴンと化しているフェル。
眷属の皆もすぐに俺たちの方に寄ってきて、ヴァーリたちは少し離れたところで俺たちとリリスを見ていた。
「……おねえさまは、せきりゅうていをイッセーとよぶなら、リリスもよぶ」
「―――んなこたぁ、どうでも良い。お前の目的はなんだ、リリス」
……すると次にアザゼルが俺たちの上空から黒い翼を織りなして舞い降りる。
俺のすぐ傍に降りて、そしてリリスを睨んだ。
アザゼルはこのリリスという存在のことを知っているのか?
それに……俺はリリスというオーフィスに似たドラゴンの言葉を忘れられない。
俺が曖昧で、自分が何なのかも分からない。
……確かに、的を射た答えだ。
俺は何で兵藤一誠として新しい命を手に入れたのかも分からない。
自分の本当の名前すらも忘れてしまった。
「リリスはあかいドラゴンをみにきた」
「赤龍帝のことかな?」
すると今までこの状況を黙ってみていたヴァーリはリリスに一歩近づいてそう尋ねた。
その姿にアザゼルが一瞬だけ苦い表情をする。
「……ちがう―――グレートレッド」
―――リリスがその言葉を言った時だった。
旧魔王派が放ったと思われる魔獣や魔蟲共は俺たちの付近まで近づいて来ていた。
こちらには最強クラスのドラゴンたちにアザゼルまでもいる……けど、いくらなんでも数が多すぎるッ!!
例え皆の力が強くても、数が段違いだ。
―――その時、今まで俺たちを見ていたヴァーリが隣へと歩んできた。
俺に肩を貸して立たせた。
「なんだ、ヴァーリ」
「君は見るべきだと思ってね―――空中を見たまえ」
ヴァーリがそう言った時だった。
空中の何もない白い空間が、電気が走るようにバチッ、バチッという音を響かせながら少しずつヒビが生まれていた。
何だ?この現象は―――その時だった。
ガァァオォォォォォォォォォォォォォォォオオン!!!!!
……突如、そのようなドラゴンの雄叫びが俺たちの耳に響き、そしてそのヒビから激しい風が吹き荒れた。
……ドラゴン?
この空間は次元の狭間の一角を使って創られた空間……そして次元の狭間から、ドラゴンの雄叫び?
次元の狭間にいるドラゴン―――まさか
「まさか真龍……
俺がその名を叫んだ瞬間、そのヒビは大きくなり、そして―――空中に開いた穴は巨大なものとなり、そしてそこから巨大なドラゴンが現れた。
真紅のドラゴンッ!その体長はタンニーンのじいちゃんよりも遥かに大きくて、百メートルは軽く超えている!!
世界で最も強いドラゴン―――この世で最も強い存在。
それがグレートレッドだ。
すると俺に肩を貸すヴァーリは少し目を細めながら、興奮したような声音で俺に話しかけて来た。
「俺の目標は―――グレートレッドを倒すこと。俺はこの世の誰よりも強い存在となって、世界最強のあれを倒すことが夢だ」
「グレートレッドを……倒す?」
「そう―――あの偉大なほどの強大な風格、オーラ……赤龍帝には赤龍神帝という上がいるのに白龍皇には居ない……そう、俺は白龍神皇になりたいんだよ」
ヴァーリの夢、野望。
そのことを語るヴァーリの目は子供のようにキラキラとしていて、そしてそれが本気であることを物語っていた。
「だが奴に挑む前に今の俺の前には君という壁がある―――面白い。何とも面白いッ!!君というライバルはいつも俺の心を高鳴らせてくれる!」
「……お前がここにいる目的はつまり」
「グレートレッドをこの目で見るためだ。シャルバの目的などどうでも良い―――そもそもやり方が気に食わないからな」
……それにしてもあれが赤龍神帝か。
勝手に名前を使わせてもらっているけど、すごいな。
偉大って言葉はこのドラゴンのためにあるって言いたいような風貌、風格。
―――その時、そのドラゴンは俺とヴァーリの方を見てきた。
いや、俺たちだけでなくその場にいる全てのドラゴンの方を。
……そう言えば、オーフィスは元々グレートレッド打倒を目指していたんだよな。
「…………どうやら、俺は目に入ってないみたいだね」
するとヴァーリは俺から離れて、俺はその影響で倒れそうになった―――それをオーフィスが支えてくれたおかげで倒れずに済む。
……だけどグレートレッドの視線は未だに俺から外れない。
『主様!!』
するとフェルは機械ドラゴンの形態から俺の中に戻ってきて、そして俺たちはグレートレッドと視線を合わせた。
「………………我、今はお前、どうでも良い」
するとオーフィスはグレートレッドに話しかけた。
「我、ドラゴンファミリー、大切―――だからイッセーを傷つけること、許さない」
『―――誰が傷つけると言った?』
―――ッッッ!!!?
今……あのドラゴンが喋った!?
でも確かに今、聞こえた……グレートレッドから、声が。
その声は他の皆に届いていないのか、驚いているのは俺だけだった。
『おそらくオーフィスの傍にいることで声が届くのだろう……恐らく、タンニーンやティアマットにも届いてはいない』
『この場にいるオーフィス、ドライグ、主様だけに聞こえる声です』
……するとグレートレッドはその巨大な指を俺へと近づけて来た。
―――そして、その大きな指で俺とオーフィスを掴み、そして自らの頭の上に乗せるッ!!
なんだ……なにが起こっているんだ!?
「おいおい、イッセーとオーフィスがグレートレッドに捕まったぞ!?どうなってんだ!!?」
「わ、分からないわ!!ティアマット、何か分からないの!?」
「私に聞くな!!グレートレッドは自分が興味のある奴にしか声を掛けないんだ!!」
うぉ、下で何か騒ぎになってる!?
っていうかリリスはグレートレッドの姿を見ているけど……あいつの目的もこれだったのか。
「……グレートレッド?」
『おい、オーフィス。あの宙に浮いてる蟲とか獣が気に食わねぇ―――ぶっ殺すぞ』
「……口が悪いな、赤龍神帝さんよ!!」
俺はついその口の悪さにツッコむと、グレートレッドは少し可笑しな風に笑い声を上げた。
『ははははは!!面白いな、お前―――俺の声が届くのは、お前がドライグと同調の域までシンクロしているからだろうな』
『……グレートレッド。どういうつもりだ?貴様は何が目的だ』
するとドライグが俺の手の甲に宝玉として現れ、そしてグレートレッドにそう尋ねた。
そしてグレートレッドは俺とオーフィスを頭上に乗せながらドライグの質問に答えた
『赤龍帝は色々な者の夢に何故か出てくる―――少しだけ興味を持ったから、近くで俺を見せてやろうと思ってな』
「……近くで見せる?」
俺は耳に届くグレートレッドの言葉をリピートすると、グレートレッドは……
『―――赤龍神帝の力って奴をお前に見せてやる』
するとグレートレッドは突如、雄叫びを上げたッ!!
その雄叫びは近づいてきていた魔獣が魔蟲を吹き飛ばし、更に咆哮だけで消え去る魔獣も居る―――高が咆哮で、あの魔獣たちが消え去った?
するとグレートレッドは空中へと舞い上がる。
翼を羽ばたかせ、そして―――神速の速度で魔獣たちの群れに突っ込んだッ!!
その羽ばたきで幾万もいた魔獣や魔蟲は絶命し、更に近づく者は全てグレートレッドのオーラで消失する。
……すごい。
ほとんど力を使ってないのに、ただの挙動だけで相手を葬り去っているッ!!
これが赤龍神帝の力……真龍と名高い、ヴァーリが目指すドラゴン。
世界で最も強い存在―――尊敬するほどの、慕うほどの強さを俺は見せつけられた。
俺の体はオーフィスが支えてくれているおかげで吹き飛ばされず、そしてオーフィスはふと言葉を漏らした。
「……我、イッセーを守りたい―――我の平穏、イッセーの傍にいること。イッセー、あんな悲しい力、使わないで……それなら我、グレートレッドを倒すこと、どうでも良い」
「オーフィス……そっか」
俺はオーフィスの頭を撫でる……が、ここはグレートレッドの頭の上。
当然その会話はグレートレッドにも届いていた。
『まだんなこと考えてたのか?オーフィス。俺はいつでも帰って来て良いと言ったんだけどなぁ―――ま、どうでも良いが』
「……うるさい」
グレートレッドから言われる事実や言葉に驚くものの、当のグレートレッドは戦闘の真っ最中で、今も無限のように増え続ける魔物をかたずけている。
いや、もう挙動一つで相手に出来るほどなんだから戦いじゃない。
規格外だ―――強すぎるぜ、このドラゴンは。
『おい、赤龍帝。お前、名前はなんだっけ?』
「……兵藤一誠だけど」
『
―――今の言葉、まさかグレートレッドは……知っているのか!?
俺のことを……俺が前赤龍帝だったことを。今の発言からしてそうとしか思えないッ!!
『お前はしっかりとそこから見ておけ―――本当の強さってもんを』
するとグレートレッドは魔物の下に潜り、そしてそこから翼をバサッと羽ばたかせ、暴風のようなほど強烈な風を下から放つ!!
それにより魔物はほぼ全てが遠い空中に浮かび、そしてグレートレッドはその大きな口を開けた。
オーフィスはそれを見た瞬間、一瞬グレートレッドを睨んで眷属やドラゴンファミリーのいる方に黒い蛇を放った。
それによって皆は覆われて、そしてグレートレッドの口元には―――あり得ないほどのエネルギーが溜まっていくッ!!
寒気がするほどの力だ―――俺に強さを見せる?
「……イッセー。我から離れない。これ、とても危ない力」
「それってまさか―――」
「グレートレッド、本気のブレス」
―――マジで?
そんなものをこの空間内で放ったらやばいんじゃないのか!?
「我、この空間全域、蛇で覆った。崩壊、しない―――ただ、衝撃波で全員死ぬ。故に我、全員に守る蛇、放った」
……衝撃波で死ぬってどんなレベルだよ、このドラゴンは!!!
でもたぶん、グレートレッドはオーフィスが皆を守ることを知っていてこんなことをしているんだろうな。
じゃなきゃ、最初にオーフィスにわざわざ倒すぞ、なんて言葉は掛けない。
「……イッセー、ちょっと元気、出た」
「―――ははは。こんな時にまで俺の心配か」
―――馬鹿だな、俺は。
するとグレートレッドの口元のオーラは次第にブゥゥゥゥゥゥン……という音を上げながらエネルギーを溜めていく。
そのオーラを感じたのか、魔物は逃げて行こうとした―――その時だった。
『間抜けな魔物だ―――逃げるのが遅い』
ドライグからの声。
そしてグレートレッドの狙う焦点は空に浮かぶ魔物に向けられた。
――――――次の瞬間、空が真紅のブレスによって埋め尽くされ、そして放たれたッ!!!!
「くっ!!!オーフィスに守られてんのに何てレベルの衝撃波だよッ!!!」
俺は未だ放ち続けられる真紅のブレスの衝撃波に飛ばされそうになるも、オーフィスが守ってくれるおかげで何とかその光景を目に焼き付けるッ!!
そのブレスの火の粉一つで魔物は一瞬で消滅し、魔物は塵も残さずに消えていく。
……ドライグが逃げるのが遅いと言った意味が分かった。
―――グレートレッドの強さは圧倒的だ。
オーフィスですら敵わないという意味も分かった。
むしろオーフィスも凄まじい―――このフィールドをここまで防護するほど、グレートレッドのブレスに対抗しているんだからな。
……次第にグレートレッドのブレスは止む。
―――空には、魔物の姿はたったの一つすらなかった。
塵も無い……そしてグレートレッドはオーフィスと俺を再び指で摘んで、そのまま空中に放った。
オーフィスは小さなドラゴンの翼を出して空中に浮遊しながら俺を支えてくれる。
『イッセー。お前、さっき俺と似たような力を使っただろ?あいつはお前に似合ってねぇ―――俺はお前の夢を今まで何度も見て来た。だから教えてやる』
するとグレートレッドは巨大な指で俺の胸をツンと突いた。
……すごく手加減してくれたんだろう。
痛みは全くなかった。
『自分を受け入れろ。そうすればお前は本当の意味で”赤龍帝”になれ、俺に近づける―――お前はお前だけの赤龍帝になれ』
……赤龍神帝は次元の狭間を漂う事だけにしか興味がないと聞いていた。
だけどこのドラゴンは―――すげぇ。
憧れてしまう―――こんなにも強いのか、この赤い龍は。
真なる赤龍神帝。
真龍―――偉大なほど強大で、孤高にして至高のドラゴン。
そのドラゴンは次元の狭間へと顔を向け、そして翼を開いた。
……っと、グレートレッドは俺に向かって赤い小さな光の球を放った。
それは俺の腕の籠手に入っていく。
『そいつはお前が真に近づいた時、力になってくれるはずだ―――久しぶりに漂うこと以外に興味が出たんだ……期待してるぜ?イッセー』
そしてグレートレッドは飛び去ろうとした。
……っとその時、グレートレッドへとリリスがオーフィスと同じように小さな翼を羽ばたかせて飛んでくる。
「おまえ、どうしてせきりゅうていをたすける?」
『……てめぇは』
するとグレートレッドは少しだけ不機嫌な声を上げてリリスを見た。
……なんて言うか、このリリスは確かにオーフィスに似ているんだけど、全く違いような存在だと思う。
何よりも、異質なほどの嫌なオーラを放っている。
『お前からはオーフィスの匂いがするが、それ以外にも汚ねぇ色々な匂いだ……俺は俺のしたいことを勝手にする。それが俺の生き様だ』
「……いきる?なんのために?」
……この子は、本当に何も知らない。
自分が何なのか、どうしてここにいるのか……生きる意味すらも。
俺も俺がどうしてここにいるのか、生きているのかなんて分からない。
リリスの言う通り、俺だって自分の事が何も分からない。
俺の中の怨念だって今更になって気付いたほどに、自分のことを何も知らなかったんだ。
『はっ!!知るか―――俺はてめぇには興味はない。今すぐに消えろ』
するとグレートレッドはリリスに烈風を放つ。
リリスはそれに勝てず、飛ばされそうになった―――何とか、少しは回復したか。
オーフィスから離れて悪魔の翼を展開し、俺は飛ばされそうになるリリスを抱き留めた。
それでまた倒れそうになるけど、翼さえ出せれば浮遊は出来るから大丈夫だ。
「……イッセーはリリスとおなじ?」
「さあな。だけど……リリスはリリスで良いじゃんか」
「……リリスはリリス?」
するとリリスは少し不思議そうな顔をした。
……なに言ってんだろうな。
この子は話を聞いている限りじゃあ禍の団の一員だってのに。
だけど、何故か放っては置けないんだよ。
まるで俺とそっくりだから。
「そう。別に生きる意味とか、存在する意味とか、俺にだってわかんないし……俺だって頭の中はぐしゃぐしゃで、嘘ばっかつくけどさ。リリスって名前なんだから、まずは自分はリリスだ!!って思えば良いんじゃないか」
「リリスはリリス……」
「ああ。だから俺も自分はイッセーだ!!って思うよ。きっとみんなもそう思うから……」
「…………かえる」
するとリリスはぶっきらぼうに俺から離れ、ほんの少し怒ったようにぷくっと頬を膨らませた。
―――怒るっていうのも、感情だよ。
俺は声に出さずにそう思った。
するとリリスは何とも言えない色のオーラ……オーフィスと同じ黒色だけど、まるで色々な色を混ぜて生まれた黒色って感じのオーラを纏った。
そして―――そのまま、その場から消えていく。
更にグレートレッドはいつの間にか空間に空いた穴から次元の狭間へと飛んでいき、そして俺は再度オーフィスに支えられて地面に降りて行った。
「イッセー!!大丈夫か!?いや、オーフィスがいるから大丈夫か!!いや、それよりもあのグレートレッドに何か言われたのか!?しかも胸を指で!!指で!!!」
「落ち着け、ティア」
俺は慌て耽るティアの頭を軽くチョップしてそう言うと、ティアは安心したような表情をしていた。
……それはティアだけじゃない。
その場にいる全員が、俺の顔を見て安堵していた。
……覇龍。あれを目の当たりして、俺の心は顔に出てたんだな。
でもグレートレッドの登場で、何ていうか……少し、マシになって気がする。
それにあいつも俺の正体に気付いていたみたいだし。
「イッセー殿。拙者が調合した薬でござる!!今すぐ飲んでくだされ!!」
「いや、夜刀さん。あんたも落ち着けよ」
「イッセーェェェ!!お、お前が覇龍を使うなどあってはならん!!爺ちゃんの翼で包んでやろう」
「いや、だから……」
ドラゴンファミリーは過保護に俺のことを心配する―――ったく、良い奴らだよ。
ホント……俺には勿体ないくらいの家族だよ。
「およよ~?おい、ヴァーリよう。これはかなりアウェイな感じがしねぇ?」
「……この場に要る者全員で襲い掛かられたら溜まったものじゃないことは確かだな。まあそれも願ったり叶ったりだが……」
「自重してください、ヴァーリ……流石の私もこんなところでこのメンバー相手に命を捨てたくないです」
……っていうか、さっきの混乱に乗じて帰ればよかったのにな、ヴァーリたち。
「ヴァーリ。今回の件で旧魔王派は崩れた。リーダー的存在だったシャルバ・ベルゼブブとクルゼレイ・アスモデウスはイッセーに殺されたからな―――現状、禍の団の戦力は、まともにテロ活動をしないお前のチーム以外では英雄派の者達くらいだ」
「……英雄派ってのは確か」
「人間の勇者や英雄と言われたもので結成されている組織の一角の一つだ」
アザゼルの質問にヴァーリは普通に俺にそう説明した。
……おいおい、敵にそんなことを言っても良いのか?
一応味方の情報だろ?
「―――グレモリー眷属。一つだけ忠告しておこう……英雄派には気を付けた方が良い。旧魔王派とは違い、一筋縄では行かないはずだからな」
「……ヴァーリ。教えろ―――お前は何故禍の団に入った。お前は戦闘狂だが、間違ったことは嫌う男のはずだ……やはりお前の目的は」
「―――アザゼル。あんたに育てられたことは感謝している。だけど俺にも事情というものがある……ただ、あまりあんたを敵だとは思いたくないのは本音かな?」
ヴァーリはほんの少し微笑み、そしてアーサーはその空間に聖王剣を振りかざし、割れ目を創った。
空間に割れ目を切り裂いて生み、そこから逃走するつもりか。
って逃げ足速いな。
「今日は収穫が多い。グレートレッドとの邂逅、そして―――リリスという名前」
「……やはり」
するとアザゼルはリリスの名前をヴァーリから聞いて、何かを悟ったような表情となった。
「さて、兵藤一誠―――赤龍神帝の強さはこの目でしかと見た。だがまず俺は君を超えなくてはならない……またいずれ、戦おう」
そしてヴァーリはその裂け目の中に消えていき、そして美候も裂け目の中に入って行った。
そしてアーサーは剣を腰に帯剣し、そして祐斗、ゼノヴィア、俺を見た。
「木場祐斗くん、ゼノヴィアさん、兵藤一誠くん」
アーサーは俺たちに一礼し、そして言った。
「私は聖王剣・コールブランドの担い手、アーサー・ペンドラゴンと申します。いずれ、あなたたちとは聖剣を巡る激しい剣戟を交えたいものです―――聖魔剣・エールカリバーの木場祐斗くんと聖剣・デュランダルのゼノヴィアさん、聖剣・アスカロンの兵藤一誠くん―――それではまた会えるその時まで」
そしてアーサーは裂け目へと消え、そしてヴァーリたちは完全にその場から姿を消したのだった。
……全く、血気盛んな奴らだな。
―――もう、安心していいのか?
そう思った時、アーシアは俺の傍に寄って来た。
周りはそれを見ると俺から離れ、そしてアーシアは俺の手を握って何も言わず、笑顔を向ける。
……そうだ。
「―――帰ろう、アーシア。今度こそ……」
「―――はい!まどかさんや皆さんと一緒の家に……帰ります!!」
アーシアの満面な笑み。
それを見た時、俺は突如、体の限界を迎えたように力が抜けた。
目の前が真っ暗闇になって、するとアーシアも同じようにふらついていた。
―――そして俺とアーシアは、ほぼ同時に二人して倒れて、そして意識は遠のいて行ったのだった。
―・・・
『Side:神焉の終龍・アルアディア』
『どうしてあの時、不機嫌になったんだい?』
「……知らない。だけどなんでかムカついたの」
『何も覚えていないお前がかい?』
「……知らない。私は何も知らない。何も覚えてない……私は一体、誰なの?どうしてアルアディアを宿して、そして―――癒しの子に嫉妬したの?ねぇ、アルアディア!!私は何なの!?一体私は!!」
『……今はお眠りなさい。今、何かを考えても心を苦しめるだけ―――雛鳥は、まだ起きてはならないわ』
「………………私は何なの?一体、何のために存在して……――――――」
『……………………そう。あなたはまだ思い出してはいけない。そうでしょ?―――我を創りし者よ』
『Side out:アルアディア』
「終章」 大切な存在
「行けぇぇぇ!!松田ぁぁぁ!!!」
俺の視線の先では赤いハチマキをした松田が校庭のトラックを全力疾走で駆け抜けている姿があり、それをクラスメイトが全力で応援していた。
……ディオドラとのゲームの後、俺とアーシアは意識を失って、しばらく経って目を覚ましたそうだ。
それから俺は色々なことを聞かされた。
あの後の事、そして俺のこと―――あの事件から既に数日経っており、今は駒王学園は体育祭の真っ最中だ。
俺は校庭の隅にある木陰で体育祭を眺める。
皆、楽しそうに競技に出ていて、でも俺はその輪の中に入れる気がしなかった。
「ここにいたのか、イッセーくん」
俺に話し掛けて来る男性がいた。
紅髪で、背は高く、カジュアルなスーツを着こなす―――サーゼクス様だった。
でも俺は特に驚くことなくその姿を見て、少しお辞儀だけして視線を校庭の方に戻す。
「探したよ。少し君と話をしたくてね。仕事を眷属の者が引き受けてくれたから会いに来れた」
「そうですか」
「……先日のことを気にしているのかい?」
するとサーゼクス様は俺の隣に立ってそう尋ねてきた。
……先日、俺が覇龍を使ったことを言っているんだろう。
「君は気にすることはない。今回のテロの首謀者であったシャルバ・ベルゼブブとクルゼレイ・アスモデウスは死んだ。君の手によって……その辺りは聞き及んでいるだろう?」
「ええ。アザゼルからある程度のことは」
俺はアザゼルと交わした事務的な会話を思い出す。
あの戦場において現れたオーフィスと瓜二つの存在、リリスのこと。
そしてフェルの相対するドラゴン―――神焉の終龍、アルアディアの存在とその所有者のこと。
更にあの戦場に現れたガルブルト・マモンのこと……ガルブルトはディザレイドさんと交戦し、激しい激闘の途中で現れたリリスに連れられて消え去ったようだ。
そして……ディオドラ・アスタロトのこと。
「ディオドラ・アスタロトは悪魔を裏切った。更に露見したこれまでの悪事も全て公となったよ―――ディオドラ・アスタロトは上級悪魔の称号を剥奪、更にアスタロト家は次期魔王輩出権を失い、そして……ディオドラ・アスタロトの処遇は同じ家の者であるアジュカ・ベルゼブブ―――魔王が決めることになった」
「……同じ家の者が、ですか?」
「そう―――当然、少しでも不適切な処遇を与えればアジュカは自分の立場を完全に失う……上の方ではアジュカ・ベルゼブブの魔王としての立場を剥奪することも考えていたようだが、それは時期的にも何よりも彼の能力は現魔王政権には必要なものだからね……私達、魔王一派が何とか阻止した」
「それで―――ディオドラの野郎はどうなるんですか?」
「………………今の彼は君の覇龍を目の前で目の当たりにした恐怖と、君に刻み込まれた傷で再起は不能の状態だ。傷は恐らく永遠に治らない。魔力を練ることも不可能で、今の彼には人間以下の力しかない―――君の力が回復すらもさせなくするほどのものということだ。当然、フェニックスの涙ならばある程度は回復するだろうが、罪人にそんなものを与えることはない……」
……ならもう一つだけ。
俺にはどうしても気になることがあった。
「……ディオドラの眷属たち。無理やり悪魔にさせられた者たちはどうなるんですか?」
「―――彼女たちのことか」
するとサーゼクス様は腕を組んで、少しだけ考え込んでいた。
……ディオドラのした行動は軽薄な上に横暴で、最悪なものだ。
だけどそれについていった眷属にだって責任を問われる―――最悪、死罪もあり得る。
例えディオドラに騙されたとしても……
「様々な意見があった。死罪に処するなどの意見もあったが―――彼女らの中には、当然ディオドラに嫌気をさしている者もいたそうだ。だがそれでも彼に従っていたのは………………例え気の迷いだろうが、少しでもディオドラに想いがあったからと言っていたよ」
「…………そうですか」
悲しいな。
あんな最悪の悪魔を好きになってしまったばかりに……想いを踏み躙られて、絶望して、そして悪魔に転生させられたのに。
それでもなお想っていたのか。
「……お願いします。ディオドラに死よりも苦しい罰を与えてください……じゃないと腹の虫が収まりませんから」
「そうか…………ディオドラ・アスタロトの眷属は、裏切らぬように首輪をつけるためと……温かさを知ってもらうため、グレモリー家の使用人として保護することが決まった。情愛が深いことで有名なグレモリーだし、それに……グレモリーには母上がいるからね」
確かにヴェネラナ様は優しいけど厳しいですもんね。
俺は何故か安心してしまった―――そっか、あの子らは無事に保護されたんだ。
……でも
「……彼女らから事情は聴いたよ―――先の戦闘でゼノヴィアと戦った戦車二人は、日ごろからディオドラの元で動くことを嫌がっていたそうだ……故に彼女らは死を望んだらしい。それも自分たちが教会にいた時、尊敬していたらしいゼノヴィアの手によって……」
「それで……ありがとう、って言っていたんですね」
それを聞くと途端に悲しくなった。
自分の人生を滅茶苦茶にされて、信じていた者さえ失って……揚句死を選んだ。
俺がどうこう出来た話じゃない―――でも、それでもどうにかしてあげたかった。
「君が気を病むことはない―――それに今の君は、自分のことを心配した方が良い」
するとサーゼクス様は俺に真剣な表情を向けてきた。
その表情を見て、俺は全部見通されていると思ってしまう……やっぱり、魔王様には嘘はつけないのか。
「覇龍の後遺症の事ですか?」
「ああ、その通りだよ。君の使った覇龍とは想像を絶するものだった―――ほぼ全ての旧魔王派の悪魔を葬り、今回の事件を一瞬の内に打開したと言っても良い―――君が自らの命を散らしてね」
「……ッ」
俺はサーゼクス様の言葉につい平然としていた表情を崩す。
そう……サーゼクス様の言う通り、俺の命は僅かなものとなっている。
もちろん人間に比べたらあり得ないほどの寿命だけど……今の俺の命は数百年あるくらいだ。
悪魔は万年を生きると考えても余りにも少なすぎるとアザゼルに言われた―――そしてこれでもマシな方だとも言われた。
あれだけの力を使ってそれほど命が残っている方が不思議だ。あれほどの力を一度に使ったのだから、死んでもおかしくなかった―――アザゼルに言われた言葉だ。
……俺は本来、死ぬはずだった。
だけど俺は生きている―――たぶん、それはアーシアのおかげなんだろう。
俺も実際に肌で感じ取ったアーシアの力……アーシアの神器の禁手のことだ。
アーシアが俺を救いたいという想いから発現させた、
傷を癒し、心を癒す歌を唄う……アーシアはその力で俺を救ってくれた。
覇龍の憎しみと悲しみの力に囚われていた俺を引っ張り出してくれた力。
……二度と、アーシアを失ってたまるか。
二度と……泣かせないッ!!
俺が守る……二度と、失わないために―――泣かせないために。
「その顔だよ」
するとサーゼクス様は俺の顔を見て、少し悲しそうな表情を浮かばせた。
「今の君はアーシア・アルジェントを失ったと思ったばかり、普段よりも危なげだ―――君は何があろうと、命の限り仲間を護る。そう……君自身の命も顧みず、ただ守ろうとする」
「それが……それが俺です!!その心に、想いに!!……嘘なんか、ないですッ!!」
俺はつい声を荒げてサーゼクス様にそう言うと、サーゼクス様は目を瞑り、そして話し続けた。
「ああ、そうだろう。君の想いに嘘などない。嘘があったなら、君にそこまでの力は宿らない―――だが、ただ守るだけが本当の絆じゃない。それは今回、君が一番良く理解できたはずだ」
……するとサーゼクス様は途端にある方向に指を指した。
そこにはパタパタと走ってきているアーシアの姿があり、サーゼクス様は話し続ける。
「守って、守られる。想って、想われる。それが本当の絆、関係だよ。君はアーシア・アルジェントに守られた。そして君は彼女を想い、彼女も君を想っている。良く考えてくれ。君はたくさんの人に想われている―――君が死ぬことは、その大勢の者達をひどく悲しくさせるんだ」
「……皆が、悲しむ?」
「そうだ―――リアスも、リアスの眷属も。もちろん私も、アザゼルも、君の両親も。白龍皇だって悲しむかもしれない。そして何より……君の中に存在するドラゴンや、君を取り巻くドラゴンが悲しむ。だから君はもっと自分を大切にしてくれ」
サーゼクス様の言葉に、俺は何も言えなかった。
……この人はいつも俺の心を掻き乱す。
ヴァーリと出会った頃にもサーゼクス様は被っていた仮面をいとも簡単に剥がしてしまった。
―――あの時、この人は言っていた。
俺は何かに縛られて生きている。まるで幸せになることを拒否するような目をしている。私からしたら君は危うい……そう言っていた。
その通りだよ。
俺は縛られているんじゃない……自ら、縛っている。
そしてそれが駄目なことも分かってる―――危うい、か。
きっとサーゼクス様はいつか、俺がこんな風になってしまうことをどこかで予見していたのかもな。
「ねぇ、サーゼクス様―――幸せって、なんなんでしょうか。俺には良く……分からないです」
俺はサーゼクス様に背を向けて、そのまま振り返らずに歩いて行く。
前からはアーシアが来ている……その時、後ろでかすかに声が聞こえた。
「―――笑顔でいれること、大切な存在を愛すること。少なくとも私の幸せはそれだよ」
……その言葉を聞いて、俺はアーシアの元に駆け寄った。
笑顔でいれるのが幸せ、好きになれることが幸せ……きっとそれは正解だ。
俺もそうだったから。
俺の幸せはミリーシェが隣にいて、一緒に笑ってくれることだけだった。
だけどもう、その幸せは手に届かない。
―――駄目だ、また弱くなってる。
力とは反比例だ。
力が強くなるにつれて、俺は不安定になっている。
すぐに弱音を吐いて、悲しんで―――もっと強くならないといけないんだ。
誰も失うこともなく、心を惑わすこともなく。
今よりもずっと、ずっと……そうすれば誰も傷つかない。
「イッセーさん?」
すると俺のところまできたアーシアが俺を見上げて名前を呼ぶ。
「アーシア。どうしたんだ?」
「あ、そうでした。もうすぐ私たちの二人三脚が始まりますから、お呼びに来ました!誰かと話していたんですか?」
するとアーシアは今まで俺がいたところを見て不思議な顔をする。
俺はそっちを見ると、そこには既にサーゼクス様の姿はなかった。
そりゃあ魔王様だから多忙だろう。
わざわざ俺と話すために無理をしてここに来たんだと思う―――後でグレイフィアさんにこってり絞られているかもな。
「いや、何でもないよ。さ、行こう。二人三脚だろ?」
「はい!!」
俺はアーシアに手を引かれて競技の待機場所へと向かうことにした。
……そういえばアーシアはさっき、女子の持久走で一位を取っていたよな。
体調もそんなに良くないって聞いていたけど……毎朝頑張ってるもんな。
―――結局のところ、俺はまだ皆に本当の自分のことを話していない。
あれからたくさんのことがあって、まだ皆とゆっくり話せていないっていう理由もあるけど……実際にこのことを話そうと思った。
話そうとすると……俺はそれを無意識に拒否して、口が開かなくなるんだ。
それが俺の心のものなのか、それとも覇龍によるものなのか……分からない。
たぶん両方なんだと思う。
心があやふやになって、ぐちゃぐちゃになって……覇龍という俺が最も嫌う力まで皆に見せてしまった。
それが……枷になってしまった。
あの装置からアーシアを助けて、そして全てを打ち明けることを決めたのに―――情けないよな。
……アーシアになら、打ち明けられるかな?
そう思った時、アーシアと俺は待機場所に到着し、すぐに二人三脚は開始された。
俺たちは最後の方の走者で、前の組が次々と競技をこなしていく。
そして俺たちの出番が近づいてきた時、不意にアーシアが俺の手を握って、そして―――満面の笑顔を俺に向けた。
「楽しみましょう!イッセーさん!」
「………………ははは!!―――そうだよな、アーシア」
俺はアーシアの言葉につい笑ってしまった。
―――俺が一人で考え込んでても、何も始まらない。
そんなことをしてアーシアは心配するだけだろうし……それに、誰もそんなことを望まないだろう。
サーゼクス様も言ってた―――君は自分をもっと大切にしてくれ、と。
それの本当の意味は……俺が幸せになれば、俺を想ってくれる人も幸せになる。
俺が笑顔になれば皆も笑顔になれる―――そんな意味だと嬉しいな。
ほんの少し……ほんの少しだけ笑える気がする。
アーシアの手をギュッと握ると、アーシアは嬉しそうな顔を向けてくれた。
「イッセーさん!絶対に一番を取りましょう!」
「ああ!俺とアーシアのコンビネーションを見せつけてやるぞ!」
俺とアーシアは足を紐で結んで腰に腕を回す。
体が密着しているから若干恥ずかしいけどな―――するとスタートの合図を知らせるピストルがバンッ!、と放たれた。
それで全組が一斉にスタートする!
「「いち、に!いち、に!」」
アーシアと俺はお決まりの合図で歩幅を合わせてトラックを駆け抜ける!
するとトラックの脇には見知った姿が幾つも見えた。
「イッセー!!アーシアと一緒なんだ!!絶対に一位だぞ!!!」
「ああ、もうお似合いだわ二人!!でも負けないんだから!!頑張れ!!二人ともぉ!!」
「ズルいにゃん!!もう、私も一緒にしたいんだからねぇ!!アーシアちん、勝たないと許さないにゃん♪」
最初に見えるのはゼノヴィア、イリナ、黒歌は俺たちのクラスの席からそんな声援を浴びせる!!
「……イッセー先輩、アーシア先輩!頑張って!」
「ふぁ、ファイトー!!イッセー先輩!!アーシア先輩!!」
「ふれー、ふれー、イッセー。アーシア」
「ははは。流石だね。走っている姿もお似合いだよ、二人とも」
次は小猫ちゃん、ギャスパー、オーフィス、祐斗!!
ってかオーフィスは何で観客席じゃなくてそこにいるんだよ!?
とにかく声援はありがたい!!
「男見せろぉぉぉ!!敵だけどな!!イッセー!!」
「こら、匙。そんな心にもないことを……頑張ってくださいね」
「ソーナも声を掛けてるじゃない―――イッセー、アーシア!オカルト研究部の部員として勝ちなさい!!」
「イッセー君、アーシアちゃん。頑張ってですわ♪」
敵チームながら俺たちに声援を送る匙、ソーナ会長、リアス部長、朱乃さん!!
はい、がんばります!
そして俺とアーシアは……一位になった!!
「一誠!私の弟ならば突っ走れ!!」
「にいちゃん!!かたないとゆるさないぞ!!」
「にいたん、いっけぇぇぇ!!!」
「にぃに……りりしくてかっこいい」
「拙者、僭越ながら応援するでござる―――勝利をもたらせ、イッセー殿!!」
俺とアーシアが独走している最中、次はドラゴンファミリーの面々が現れるッ!!
っていうか夜刀さんはそんなに暇なんですか!?そしてチビドラゴンズは相変わらず愛くるしいこと!!
というかさっきから声援が激しいな!!
「イッセーさん!見てください!!」
するとアーシアが少し汗を掻きながらある一点を見た。
俺もそっちを見ると―――
「ふれー、ふれー、イッセーちゃん♪アーシアちゃん♪白いテープを突っ走れ~~~♪」
「おら、イッセー!!さっさと二人でゴールインしてこいや!!」
「ふふ、アザゼル。ゴールインなんてあなたはなんて悲しいことを……頑張ってくださいね」
―――異様にまで似合っているチア姿の母さんがいた。
それを見てアーシアの目は母さんを尊敬するものになって、更に顔つきが戦士に変わる!!
流石は母さん!
学生に引けを取らないぜ!!
アザゼルとガブリエルさんの教師陣は何故か母さんの隣で俺たちに激励と声援を送る!何でかはもう聞かないぜ!!
―――たくさんの方向から、俺たちを応援する声が響く。
それは本気で俺たちを応援してくれていて、それを聞くと俺はつい笑みがこぼれた。
……いつの間に、俺はこんな歓声を浴びるようになったんだろう。
少なくとも去年の体育祭はこんな風にはならなかった。
心からの応援。
そりゃあ体育祭だから、応援の一つや二つは飛び交う。
だけど―――心から大切と言えるような応援を、こんなにも多くの人から受けるなんて思わなかった。
俺とアーシアはゴール前の白いテープを目前に更に速度を上げて、そして―――二人同時に、そのテープを切ってゴールした。
それにより更に歓声が響き渡った。
その歓声が恥ずかしくて、俺はすぐにアーシアを引き連れて人気のない校舎裏に逃げ込んだ。
「全部イッセーさんを想う人たちの声ですよ―――イッセーさんは一人じゃないですから」
アーシアは慈愛に満ちた表情で、俺にそう言った。
一人じゃない……まるで俺の心を見透かしたようなセリフだ。
―――一人じゃない、その言葉で俺は不意に涙が出そうになった。
「……ああ。アーシアも隣にいるもんな―――ごめんな、アーシア」
「私だけじゃないです。皆、イッセーさんの事が大好きです!だから偶には……甘えてください」
アーシアは俺の頬をあの時のようにそっと触れて、更に少し背伸びをして頭を撫でてきた。
「私はいつだってイッセーさんの味方ですから……その、ちょっと恥ずかしいですけど―――例え世界中がイッセーさんの敵でも、私だけはイッセーさんの味方です……ッ」
アーシアは頬を真っ赤に染めて、その台詞を言った。
……その瞬間、俺はアーシアを力強く抱きしめた。
体が勝手に動いた―――どうしようもなく、アーシアが愛おしかったから。
「あっ……ふふ。イッセーさん……」
「……ごめん。何か、最近ずっとアーシアに甘えてばかりだよな」
人気が無いからってこんなところでアーシアを抱きしめるなんてな。
俺は少しアーシアの温もりを感じながら、次第にアーシアから離れようとした。
……その時、アーシアは少し決意の篭った目で俺を見た。
「―――私はイッセーさんの事が大好きです。絶対に……これからずっと、ずっと大好きです……ッ!!」
―――アーシアが俺に何度目かも分からない告白をした瞬間、俺は何も考えずにアーシアを再び俺に抱き寄せた。
そして俺はアーシアの柔らかい艶やかな唇に―――ただ感情が赴くまでに、キスをした。
「ん…………イッセー、さん?」
アーシアは何が起きたか分からないと言いたげな表情をして、俺を見ている。
……もう無理だ。
自分の想いを我慢することなんて―――出来ない。
「ごめん、アーシア……だけどこれは俺の本当の気持ちなんだ―――好きだ、アーシア」
俺はアーシアの頬に触れて、アーシアに顔を近づけて言う。
「もうどうしようもないくらい―――アーシアの事が、好きなんだッ!」
そして……俺はもう一度、アーシアへとキスをするのだった。
俺からの一方的な、少しだけ長いキス。
アーシアを抱きしめて、深く想いを伝えた俺は―――アーシアにキスをし続けた。
そしてアーシアは次第にその意味が分かったのか、俺を受け入れるように抱きしめ返した。
―――アーシアにキスをした時、一瞬だけど……ミリーシェの顔が浮かんだ。
あいつの笑顔。
嫉妬深くて、馬鹿みたいに俺なんかを一途に想っていて、少し悪戯で、いつも俺は勝てないように飄々としていて、怒らせると怖くて、俺に対してあり得ないほど過保護で……そして誰よりも俺のことを好きでいてくれた女の子。
今まで、俺は誰かを好きになったことがなかった。
……違う、好きにならないようにしていたんだ。
色々な人に好意を向けられ、それを避けて―――逃げてきた。
ミリーシェの事が好きな想う気持ちを嘘なんだと思いたくないから……浮気をしているような気がして嫌だったから。
だけどもうアーシアから逃げたくない。
こんなにも俺を想ってくれて、受け入れてくれるような……優しいアーシアの好意から逃げたくない。
それぐらい俺は―――……アーシアを、好きになってしまったんだ。
……もう、二度と離さない。
だから―――
「ずっと……傍に居てくれ……ッ」
「―――はい。ずっと、傍に居ますッ!!」
―――俺とアーシアは誰も居ない校舎裏で、唇を重ね続けた。