ハイスクールD×D ~優しいドラゴンと最高の赤龍帝~ 作:マッハでゴーだ!
俺は何度か考えたことがある。
俺が兵藤一誠になったように、本当はミリーシェも俺と同じように他の誰かになっているんじゃないだろうかと。
何度も何度も考えて、何度も何度もそれは違うと考えてきた。
アルビオンに否定され、ドライグにも否定された。
だからミリーシェはもう存在しない。
俺の愛した女の子はどこにもいないんだ。
そう心に刻み込んでいた。
「―――どうしたのですか?私の顔に何かついていますかね?」
―――俺の目の前には、いるはずのない少女がいる。
腰まで届くふわふわした金髪、背は俺よりも低くて大人っぽい容姿の中に子供っぽさが含まれる女の子。
そう…………まるでミリーシェの生き写しのような容姿だ。
「―――み、ミリー…………」
俺の喉元からミリーシェという言葉が出かける。
だけど俺はその言葉を口元に手を当てて何とか止めた。
目元から涙のようなものが溢れそうになって、俺はそれを何とか止める。
―――泣くな。
泣いちゃダメだ。
「あなたは、イッセーの絵の中に居た…………」
俺の後方で椅子に座る部長が目を見開いて、入ってきたエリファ・ベルフェゴールさんの顔を見ていた。
……部室にある俺の描いた「大切な存在」の絵。
あの中の俺の隣にはミリーシェが描かれている。
俺が無意識で描いてしまったものだ。
だからその姿には見覚えがあるのだろう。
「おや?確かお初にお目にかかるはずなのですがね……どこかでお会いしましたか?リアス・グレモリー」
「……いえ、会ったことはないわ―――でも」
部長は立ち尽くす俺の方を怪訝な目で見てきた。
今まで会ったことがないのに、エリファ・ベルフェゴールと瓜二つの容姿の女の子が、俺の描いた絵に描かれていた。
これはおかしい以外の何物でもないよな。
「失礼だけれど、あなたはこのイッセー……私の『兵士』の兵藤一誠と面識はあるかしら?」
「いえ、ありませんが……どこかでお会いしましたか?」
エリファさんは上目遣いで俺の方を見てくる―――止めろ。
その顔で、その仕草で……俺を見ないでくれッ!!
『……何が起こっている。死んだはずのミリーシェがいるだと?だがおかしい……アルビオンも言っていたはずだ―――ミリーシェは死んだ、と』
分かってる……だから恐らく、これはただの他人の空似のはずなんだ。
んなこと分かってる―――でも、そんな理屈ではどうにも出来ねぇんだよ。
その姿、俺の好きだったミリーシェの姿……目の前にそんな存在がいるなら、嫌でも俺の心を掻き乱すんだッ!
「あ、あはは。すみません。俺の知り合いに貴方がどうしても似ていたもので―――お気になさらないでください」
「…………何か、無理をしている顔ですね」
するとエリファさんは俺の頬をそっと触れそうになるけど、それを寸前で止める。
……口調も性格も、何もかもが違う。
同じなのは見た目と声音だけで、この人がミリーシェとは違うっていうことは分かる。
「……辛そうな顔をしていますね。泣きそうな、だけど少し嬉しそうな―――今日の目的はグレモリー眷属への挨拶のつもりだったのですが、予定を変更しますね」
……エリファさんは少し笑みを浮かべると、俺の隣を通り過ぎて部長の前まで歩いていく。
「リアス・グレモリー。眷属とは己の所有物と同時に掛け替えなき宝物。そんな宝があのようになっているのなら、主としては癒してあげてくださいね」
「なっ!……分かっているわ」
「いいえ、分かっていませんね。ならば何故彼の隣に行き、心配をせずに怪訝な目線を送るのです?そんなことをしていれば、いずれこの『兵士』は他人に奪われます」
エリファさんはそれだけ言うと、部長から一歩下がった。
「……差し出がましいですね。私が言いたいのは、素晴らしい『兵士』をお持ちなのだから、大切にしてくださいということ。これは一人の王として、そして家を支える当主―――一人の女としての忠告です」
―――エリファさんの言葉を聞いて、俺の頭でようやく分かった。
この人は、ミリーシェとはあまりにも違いすぎる。
もしミリーシェならば、たぶん俺の姿が違っていてもすぐに見抜いてくる。
昔から俺のあること、成すこと全てがあいつには筒抜けで、何を考えていても見抜かれていたから。
だから割り切ろう。
―――この人は仮にミリーシェの姿の生き写しだとしても、ミリーシェではない。
俺の愛した女の子の姿だけど、愛した女の子ではない。
ベルフェゴール家の当主であり、そしてディザレイドさんの娘、エリファ・ベルフェゴールさん。
俺は一度、大きく深呼吸した。
そして歩いてくるエリファさんをじっと見る―――もう、平気だった。
エリファさんは俺の顔を見て一瞬驚いた表情となる。
「驚きましたね。先ほどまで恐ろしく儚げな表情だったのに、今はもうゲームの時の凛々しい状態になるなんて」
「すみません。少し戸惑っただけで、もう大丈夫ですから」
「そうですか。それと私には敬語など不要です―――エリファとお呼びください」
エリファさんは柔らかい笑顔を俺を含む全員に向けてくると、扉の外に行き、そしてもう一度振り返った。
「この度は失礼な態度を取りましたこと、お詫び申し上げます。後日改めてご挨拶に向かいますので、どうかお許しください」
「あなたの言う事は最もだったもの……心から感謝するわ」
「そうですか……っと忘れていましたね。シトリー眷属とのゲーム、見事でした。今後、私と戦うこともあるでしょうが」
楽屋の扉が閉まる。
扉が閉まる寸前、その時エリファさんの声が室内に響いた。
「―――その時、あなたの真価をお見せくださいね」
……その言葉を誰に向けて言ったのかは分からない。
だけど―――その言葉は俺に向けられていた気がした。
「…………一度、帰りましょう」
……俺たちは重い空気のまま、人間界へと帰っていくのだった。
―・・・
「ねぇ、イッセー君。この問題はどうやって解くのかな?」
俺の前でペンを走らせる私服姿の少女。
髪はセミロングの茶髪で、今日は一つに束ねており、そして俺の知り合いである袴田観莉はテキストの問題を解いていた。
こうなった経緯は……まあとんでもなく俺の逃避だった。
ミリーシェと外見が瓜二つのエリファさんのことを皆に話す空気になってたんだけど、実は俺には先約で観莉の家庭教師が入っていた。
夏休みに入る前に勉強を教えていた時に約束したし……なんて、俺が説明から逃げただけなんだけど。
ミリーシェのことは言えない。
言えるはずがない。
―――言いたくないんだ。
だから俺は観莉をダシにして逃げた。
「ん?どしたの?イッセー君。難しい顔して」
「あ……いや、悪い。ちょっと色々あってさ」
「ふ~ん……何か苦しそうな顔をしてたけどねぇ~。ねね、こう見えても観莉ちゃんは結構頼りになるよ?」
観莉は胸をバンっと張って、ポンポンと胸を叩く。
俺へのウインクも忘れないところは流石か。
……ったく、年下に心配されるなんて俺もどうにかしてるな。
「いや、大丈夫―――」
「大丈夫、じゃない!」
すると観莉は俺の唇に人差し指を当てて、俺の言葉を遮った。
少し眉を寄せて怒っている様子にも見える。
「イッセー君ってすごい頼りになるけど、何か壁感じるよね~……なんでも自己解決しちゃうっていうか、他人に力を借りず一人でどうにかしようとするか―――不器用って感じ」
「そんなことないと思うけど……」
「ダメダメ、観莉ちゃんにはそれが通用しませ~ん♪付き合いは短いけど、これでもイッセー君のことはちゃんと見てるんだよ?世話焼きなところとか、子供に好かれやすいとか、お友達がたくさんいるとか」
すると観莉は俺の頭に手を乗せてくる。
そして俺の頭を優しく撫でた。
「誰かに頼るのは間違ってないよ。私だってイッセー君に勉強見てもらったり、バイトで先輩を頼ったり、マスターにだって迷惑かけてるんだから」
「……お前は迷惑かけすぎだ、バカ」
俺は観莉の手を振り払って、軽く観莉の頭を小突いた。
でも……ちょっと観莉の考え方が羨ましい。
つまり観莉は俺に「本当の結びつきは迷惑をかけて、自分も迷惑をかけられる」ってことだろう。
片方にだけ負担を掛け続けるのは本当の信頼じゃなくて、ただのエゴってことか。
……全く、中学三年生の観莉にそんな当たり前のことを教えられるなんて、エリファさんのことを全然振り切ってないな。
いや、エリファさんじゃなくてミリーシェか。
「うん、いつものイッセー君だ♪」
観莉は悪戯な笑みを浮かべながらうんうんと頷いている。
俺が勉強を教えているのは観莉の家の彼女の部屋。
色々ぬいぐるみとかが置いてある普通の女の子の部屋って感じで、眷属の皆の部屋ともそんなに差はないな。
すると観莉は自室のベッドの上に飲み物の入ったグラスを片手に座り込む。
「それでどうしたのかな?この観莉ちゃんに話してみたらどうかな?」
「……じゃあ簡単に―――」
俺はかなりごまかしを入れつつ、あったことを簡単に説明した。
もちろん悪魔のこと、ミリーシェのことは何も触れていない。
ただ昔の友人と似ていた、みたいなセリフを吐いただけ。
話し終わると、観莉は手を組んで納得しているようだった。
「なるほど、なるほど。つまり昔の可愛いお友達とさっき出会った人が似てて、その昔のお友達はもう会うことが出来ないと」
「……何故可愛いお友達って分かるのかが不明だけど、大体そんな感じだ」
「もう、会えないか……ちょっと寂しいね」
すると観莉はグラスを机の上に置き、ベッドの上で体育座りをして何か考えるような表情となった。
「私って小さい頃から親の都合で色々なところを転々としてたんだ。二人とも共働きで、今だって家には私一人。だからかな……本当のお友達って居ないんだよね」
「そうなのか?」
「うん。誰かとあんまり深く関われるわけでもないの。ほら、私って実は結構人見知りでね?不思議とイッセー君は平気だったんだけど……誰かを家に入れることも今までなかったんだ」
……友達が居なくて、深く関わる人も居ない。
それがどれだけ寂しいことか、俺には想像もつかない。
「だけど……イッセー君が私の前から消えちゃうって考えたらすごく寂しいと思う。だからイッセー君の気持ちがなんとなく分かる気がするよ」
「俺も―――観莉が居なくなったら寂しいよ」
これは本音だ。
観莉とはどこか波長が合って、話しているのも楽しいし駒王学園に入るっていうのなら是非に入ってほしい。
先輩として助けると思うし、きっとそうなればもっと仲良くなれる。
……確かに付き合いは短いけど、それでも自信を持って友達って言える。
「あ……あはは。こらこら、中学生を口説くのはダメだぞ?もう……本気にしちゃいそうだよ」
観莉は何かを呟くが、俺には上手くそれが聞き取れない―――けど、その頬の赤さから、何を言ったのかは大体分かる。
たぶん俺も今は顔が赤いはずだから。
……久しぶりに自分の本音を言えた気がする。
そうだ、俺は嘘ばっかりだから。
仲間に対してもまだ何も言っていない。
せめて―――皆の気持ちには応えたい。
「―――よし、観莉!絶対に駒王学園合格するぞ!俺が全力でサポートする!!」
「なんか私よりも気合入ってるね~、イッセー君―――うん、頑張るよ!だって観莉ちゃんなのだから♪」
「どういう意味だよ―――ほら、次は数学だろ?」
「ノンノン……保健体育でお願いします!」
……この数分後、俺が観莉に対して全力の絞め技を喰らわしたことは言うまでもないだろう。
―・・・
『Side:木場祐斗』
僕たちは現在、駒王学園オカルト研究部の部室にいる。
いや、僕たちだけというのは少し語弊があるかもしれない。
室内にはアザゼル先生、ガブリエル先生、それにイリナさん、黒歌さんもいる。
そして僕達は先ほどテレビの取材から帰ってきたところ……なんだけど、室内は空気が悪い。
イッセー君は先約があるという事でいち早く部室から出て行ったから、今は居ない……けど、実のところイッセー君が居ないと話は始まらない。
僕たちの前にあるのは以前、イッセー君が参観日の美術の時間に描いたとされる大きな画用紙に描かれた僕たちを含む笑顔の絵。
描かれる人物は全員が笑顔で、それだけならただただ心温かくなる絵だ。
だけどこの絵の中に描かれる、イッセー君の隣にいるふわっとした金髪で、イッセー君に寄り添う女性。
―――先ほど僕たちの楽屋に姿を現した新しい若手悪魔であるエリファ・ベルフェゴールさん。
非常に丁寧な悪魔で、部長に眷属とは何たるかを言った立派な人だとは思う。
……だけどそんな人物とは会ったことがないはずのイッセー君は、何故彼女の姿をこの絵に描けたのだろう。
それが僕たちの疑問なところだ。
何故この場にイリナさんがいると言えば、それはイッセー君の幼馴染としてこの少女を見たことがあるか聞くためだ。
すると……
「うぅ~ん……知らないわ。私とイッセー君はものすごく小さい頃からの幼馴染なんだけど、こんな子は見たことないし……それに背丈は今のイッセー君くらいだから、幼馴染とか昔の友達とかじゃないと思う」
イリナさんの弁は最もだと思う。
恐らくイッセー君と最も古い付き合いはイリナさんだ。
特にこの中ではそのはずなんだけど……
「……私も先輩の飼い猫だった時代にこんな人を見かけたことはありません」
「白音と同じにゃん。っていうかこんな金髪美人なんて見たら忘れないと思うけどね~」
同じくらいの昔に関わりのある小猫ちゃんと黒歌さんでもこれだ。
……恐らく僕たちの知らないイッセー君の知り合い。
そういうことになるんだろうね。
「俺はお前たちのゲームをしている時、観戦しているエリファ・ベルフェゴールを初めて見た時は驚いたぜ。まさかイッセーと知り合いだとは思わなかった……っとも思っていたが、それも違うらしいな」
「瓜二つで戸惑った、だけならこんなに考え込まなくても良いのだけれど……イッセーって思えば、あまり自分のことは話したがらないと思うのよ」
……部長は小さな声でそう呟く。
それに同意する数人の人物―――だけど僕は悪いが、そうは思わなかった。
僕はこの中でイッセー君の闇の部分を知っている一人だ。
北欧旅行の時、リヴァイセさんも仰っていた。
イッセー君は話したがらないんじゃないと思う。
まるで自分の弱さを見せたくないだけで、自分のことは話しているんだ。
根本の部分、闇の部分は見せていないわけでもない。
自分の弱さも理解している―――そうか、だからエリファさんは部長にいきなりあんなことを言ったのか。
「リアス。お前は良い王だと思う―――が、そんなんじゃあイッセーを他の王に取られるぞ」
するとアザゼル先生はエリファさんが言ったことと同じ言葉を部長に浴びせた。
部長は何か反論をしようとするが、アザゼル先生は話を続けてそれを塞いだ。
「何も言わねぇイッセーもイッセーだが、それ以上に王ってもんは下僕の強さも弱さも見極めねえといけねぇ。この眷属はイッセーの強さしか見てねぇんだ―――一部を除けばな」
アザゼル先生はそう言うと、アーシアさんの方を見た。
アーシアさんはアザゼル先生に視線を送られると、少しビクッとしたが、すぐにその真っ直ぐな瞳をアザゼル先生に向ける。
「別に俺は鋭くなれって言っているわけじゃねぇ。だけどよ……偶には本当の兵藤一誠という男を見てやれよ」
「本当の……兵藤一誠……」
「あいつの今の顔が嘘とは言えない。たぶんあいつのあの笑顔も、強さも、全部本物だ―――俺が言えるのはここまでだ。そこからは自分で考えやがれ。それが仲間ってもんじゃねぇの?」
アザゼル先生はすっとぼけた感じでそう言うと、隣のガブリエル先生は溜息を吐いて「やれやれ」なんて言っていた。
……そうだ。
誰かに言われて動くなんて、本当の仲間とは言えない。
それに僕はイッセー君の弱さを知っている。
僕が暴走したとき、イッセー君に言い放った一言で彼は本気で怒ってくれた。
そう考えれば、あれがイッセー君が僕に向けてくれた初めての本音だったのかもしれない。
―――考えれば、イッセー君は所々でその弱さを垣間見せていた。
アーシアさんを失ったと思った時の涙、白龍皇と邂逅した後の調子の悪さ、ヴァーリ・ルシファーが何かをしようとした時はまるで殺すような動作で彼を倒した。
そしてついさっきの事柄。
……きっと皆、僕と同じことを考えている。
皆、「赤龍帝」ではなく「兵藤一誠」のことを考えているはずだ。
「ふぅん……ま、いっか。アーシアちん、白音。帰ろっか?」
すると黒歌さんは小猫ちゃんとアーシアさんの手を引いて、その場から離れようとする。
「……何で今、その二人を連れて行こうとする理由を聞いても良いかしら?」
「さぁ?ただ私はイッセーの眷属候補にゃん。そんなこと、とっくの昔から考え付いていたってこと。白音は私とじっくり話すし、それに~…………アーシアちんはもう考える必要もないかなって思って」
黒歌さんは部長を挑発するかのような声音を響かせる。
だけど部長はエリファさんの時のような反応をすることなく、ただ黒歌さんの話を黙って聞いていた。
「そいえばリアスちん。自分で言ってたらしいにゃん?アーシアちんは自分より7歩先に居るって―――もっと広がってるよ。だってこの中で真にイッセーを見てるのはアーシアちんだけにゃん。ホモを抜けば」
「―――そう、ね。私は主なのにイッセーの強さやカッコよさばかり見ていたわ……愚か以外の何物でもないわ」
すると部長は肩の力を抜く。
……黒歌さんはきっと、わざとあんなセリフを吐いたんだ。
部長に対して考えるよりも先にすることがあるだろう、そう言いたいのだろう。
考えるだけだったらいくらでも出来る……だけどそれを行動に移さなければ全くの無意味。
きっとそう言いたいんだと思う。
じゃなきゃあんな部長を煽るようなセリフは吐けない―――遠いね。黒歌さんも、アーシアさんも。
「ええ、エリファさんの言うことも、アザゼルの言う事も、貴方が言う事も全部正しいわ―――ぶつかるわ、私は私の下僕と」
「……私の王様なんだから、あんまり無理しないでにゃん。イッセーを苛めたら私が許さないから」
答えなんて一つも出ていない。
きっとこの問題は僕たちじゃなくて、イッセー君一人の問題なんだろう。
きっと彼はこう言う……「これは俺の問題。自分でどうにかしてみせる」って。
確かに今まで彼は一人でどうにかしてきた。
さっきだって一人で自己解決して、そして一人どこかに消えた。
……そんなこと、させてあげないさ。
僕たちも一緒になる。
一人で全てを背負おうとするイッセー君を助けてあげる。
有難迷惑でも、ね―――自分たちの我が儘を通して、彼の領域に踏み込むのだって仲間のするべきことだ。
僕は他の誰でもない、イッセー君にそう教えられたからね。
「……まあ若い奴らはそうすれば良いとして―――ってかお前ら、一人面倒な奴がライバルになったことを理解してんのか?」
するとアザゼルの言葉に僕たちは皆、耳を傾けた―――ライ、バル?
「その様子じゃあ分かってねぇみたいだな。エリファ・ベルフェゴールの眷属は現在2名のみ。あいつ、確実にイッセーを狙っているぞ?下僕面でも、女としても」
『……………………えぇぇぇぇぇぇぇぇえええ!!!!??』
僕たちの声が一つになった瞬間だった。
それはそうだろう!
まさかあの悠然としたエリファ・ベルフェゴールさんもイッセー君に惚れてるのか!?
僕はそのことが驚きで仕方なかった。
「お前ら、突然の事で気付かなかっただけだろうけどな。ま、気を付けたまえ、少年少女」
「な……つまりあれは―――宣戦布告なの!?」
「そういう事でしょうね……リアス、こうなれば休戦ですわ。今すぐに彼女の対策をしなければなりませんわ」
「ええ―――朱乃、頼めるかしら」
部長と朱乃さんが普段のいざこざはどこへ行ったかというように手を握り合っている!
っていうか、結局最後はこうなるのか。
最初のシリアスがどこへ行ったんだろう―――だけど忘れてはならない。
僕たちの目先の問題はエリファ・ベルフェゴールではなく……ディオドラ・アスタロトということを。
そして彼とのレーティング・ゲームは近づいているということを。
そう、このゲームは僕たちの大切な仲間……アーシアさんが掛かっているゲームなんだ。
何があっても負けるわけにはいかない。
そこで僕はアーシアさんの方を見ると、そこにはもうアーシアさんの姿はなく、恐らくもう帰ったんだろう。
……きっと誰よりもイッセー君を見ようとしている彼女は、誰よりもイッセー君に近いんだろう。
僕はそう思ったのだった。
『Side out:祐斗』
―・・・
俺が夜、家へと帰ると明らかに皆の態度が変わっていた。
何ていうか、俺にすごい踏み込んでくるというか、いつも以上に迫ってくるというか。
例えば部長と朱乃さんは一緒に編み物をしましょう、と言って部屋で編み物を編みつつ俺に色々と話しかけてきた。
ギャスパーは何故か吸血鬼の事を俺に話してきて、結果的に血を欲して危うく襲い掛かってきそうになる。
イリナは小さいときのアルバムを片手に思い出話。
小猫ちゃんと黒歌は猫耳&尻尾を生やして超甘えモードに突入し、俺もつい愛でてしまった。
アーシアに至っては皆に付き合ったおかげで少し疲れた俺に膝枕をした挙句、耳掃除までしてくれたという癒しを与えてくれた。
……などなど、いつも通りと言えばいつも通りだったんだけど、やはり原因は俺にあると思いつつ今は既に夜も遅くなりつつあった。
誰も俺のことに触れてこないところを見ると、きっと皆は俺から話すことを待っているのだろう。
あの絵の少女……ミリーシェとエリファさんの容姿が瓜二つのこと。
そして俺の態度の急変について。
「どうにかしないといけないよな……って風呂場で考え事をするのは俺の決まりなのか?」
俺は普段使っている湯船とは違う、露天風呂に入りながら天井を見上げた。
湯気で天井は見えないけどな。
何か考え事をするのは露天風呂に限る……っというより気分転換で今日は露天風呂にしてみたんだ。
確認で他の皆は全員既にお風呂に入ったはずだし、今日はオーフィスはティアたちのところにいるはずだし。
『主様。わたくしとしては主様が仲間に本当のことを打ち明けるのも良いかと思います―――主様は背負い過ぎなのです』
「背負う、っていう感覚がいまいち分からないんだけどな」
『それは単に、相棒の感覚が麻痺しているだけだ。誰かの何かを背負うことが相棒の中では当たり前のことになっているんだ』
フェルとドライグは交互にそう俺に話しかけてくる。
結局のところ、俺という存在を知るのはドライグとフェルだけだ。
だから一人で背負っているとは言い難い―――一人だったらとっくに限界を超えていると思う。
だけどドライグとフェルがいるから、俺は今まで誰にも自分を見せずに生きてこれたのだと思う。
ホント、二人からしたら傍迷惑な話だけど。
『何を言う、相棒。お前の迷惑さなど昔からの事だ。今更どう思うこともない。子が親に迷惑をかける……当たり前のことだ』
『良いことを言うじゃないですか、ドライグ……ええ、ドライグの言う通りです―――主様に頼られることがどれだけ嬉しいことか』
皆もきっとそういう気持ちなんだろう。
…………そういえば、と俺は思った。
「そう言えば母さんはどうしてあの時、あんなことを言ったんだろう」
俺は先日、夜中に母さんと話したことを思い出す。
あの時の母さんはまるで全てを見透かしたように「大丈夫」って言った。
それがどうしても俺の頭の中に残っているんだ。
『……そのこと、ですか』
するとフェルは突然、俺にそう話しかけてきた。
「どうしたんだ、フェル」
『……いえ。わたくしは特に何かを知っているわけではないのです。ですが……まどかさん、私は彼女を他人のようには思えないのです』
「他人のように思えない?」
『はい。それはわたくしが主様のマザードラゴンだからなのか、それとも彼女を尊敬しているからなのか……それは分からないんですが』
……考えればフェルの存在を深く考えたことはなかったな。
今やドライグと同じで居ることが当たり前、俺のもう一人の相棒っていうのがフェルに対する俺の感情だ。
それこそもう一人のお母さん……そんな感じだ。
だけど俺はフェルがどんな感じで生まれ、そしてどういう経緯で神器の中に封印されたのかも分からない。
そして誰に封印されたのかも。
『実を言えば、わたくしも良く分かっていないのです。わたくしが知っていることは次元の狭間で生まれ、そして封印されていたこと。宿主は永遠に一人で、そして……神焉の終龍のことと”フェルウェル”という名前だけ』
「フェルも記憶が曖昧なのか?」
『ええ。ですがわたくしが選んだ宿主が主様で良かったです―――わたくしと同じ不完全な主。だからこそわたくしたちは互いを補える……主様とドライグ、そしてわたくしは3人で初めて一つなのです』
……フェルの言葉に俺は少し涙腺が緩くなった気がした。
ドライグも一言も言葉を発さないところを見ると、恐らく泣くのを我慢しているのか。
―――一人じゃない。
それが俺の心を温かくさせた。
俺は自分を見つめるのもだけど、実際には身近な人をしっかりと見つめないといけないかもしれない。
例えばフェル、ドライグ、母さん、父さん……仲間。
皆をしっかりと見ないと、強くなれないな。
「よっしゃ!!見てろよ、ディオドラ!!!この俺がてめぇをぶっ潰してやるからな!!!」
俺は風呂場に響き渡るような声量で叫ぶと、どこか心がすっきりした。
ホント、観莉やドライグ、フェルには世話になる。
これからもよろしく頼むぜ。
そう思った。
―・・・
風呂から出て俺は自分の部屋に戻ろうとする最中、ふとゼノヴィアの後ろ姿を見かけた。
ゼノヴィアは何やらジャージを着て地下のトレーニングルームに行こうとしているみたいだけど……俺は一応気になってそれに付いていくことにした。
するとその時、俺の服の裾が誰かに引っ張られた。
「アーシア?」
「イッセーさん。シィ、です」
そこに居たのは静かな声で人差し指で自分の唇に当ててそう言ってくるアーシアで、そしてアーシアは俺に付いて来るよう指示してきた。
そして物陰からゼノヴィアの様子を見ていると……
「……デュランダル。どうか力を貸してくれ―――私に出来た大切な友達を救うために」
ゼノヴィアはデュランダルを手に取り、そう呟きながら激しい乱舞をしていた。
敵などいない。
ただ剣を振るい、そしてその動きを次々に早くするというありきたりなもの。
だけどその動き、剣の太刀筋……どれをとっても美しかった。
乱雑な動きではある―――だけどそんなの無視できるくらいの何か分からない、惹きつけるものがゼノヴィアにはあった。
ゼノヴィアは数分それを休みなしの急ピッチでして、そして数分経つと動きを止める。
「はぁ、はぁ……まだだ。アーシアを、イッセーを守るのにはまだ……」
……あいつ、そんなことを考えていたのか?
肩で息をしながら呟いたゼノヴィアの一言に、隣のアーシアは手を口元に当てる……少し涙を浮かべているな。
「―――ゼノヴィア」
俺は耐えきれなくなって、アーシアを連れてゼノヴィアに話しかけた。
その瞬間、ゼノヴィアは俺たちの方を見るが、俺とアーシアということが分かると嘆息してデュランダルを異空間に戻す。
「イッセーとアーシアか……まさか見られているとはな」
「おう……お前はずっと誰にも言わずに一人で修行していたのか?」
「……私は馬鹿だから、あまり考えがつかない。アーシアを助ける手段も、イッセーを助ける手段も。だからこそ、私は私にしか出来ないことをするべきと考えてね」
それでこんな風に鍛えていた、ゼノヴィアはそう言った。
「……私は当初、木場よりも強かった」
するとゼノヴィアは突然、そう話し始めた。
「出会った当初、あいつと戦って圧倒した。だが前回のゲーム、私はギャスパーに救われて何とか生き残った……足手まといだったと思うよ。そして木場はエクスカリバー……エールカリバーを使って眷属の勝利に貢献した。一緒に行動していたからわかる……木場が居なければ私はすぐにリタイアしていたよ」
「違います!ゼノヴィアさんはッ!!」
「良いんだ……アーシアならそう言うと思っていた―――そんな風に言ってくれる私の友達を、私は助けたい」
ゼノヴィアはアーシアを抱きしめて、そう呟いた。
「私は天然の聖剣使いだ。誰よりも聖剣に祝福されて生まれてきた―――私は天才のように扱われたよ。デュランダルの所有者、神に愛された聖剣使い。だが、だからこそ……私にはずっと友達が居なかった。誰もが私を特別扱いし、そして誰も近づこうとはしなかった―――イリナを除いてな」
―――まるでアーシアのような話だった。
アーシアは幼き頃に神器に目覚め、そして聖女としてもてはやされた……だけどその特異性から周りがアーシアに近づかなくて、そして友達も出来なかった。
ゼノヴィアは天然の聖剣使いということと、更にデュランダルの所有者だったということで周りからはきっと、嫉妬のような視線を送られたんだろう。
それで友達が出来なく、一人ぼっちで教会でも浮いていた。
ゼノヴィアの場合はイリナが居たのが救いだ……きっとイリナとゼノヴィア、アーシアが昔に出会っていれば、アーシアは悪魔にはならなかったかもしれないな。
「……だからこそ、私は友の大切さを知っている。私の唯一の友達だったイリナが居たからこそ、友の大切さを教えてもらったからこそ……私は今、アーシアのために戦う。ディオドラ・アスタロトをこのデュランダルで斬る」
「ゼノヴィアさん……」
「……改めて謝らせてくれ。私はアーシアと出会った当初、良くも知らないで君を馬鹿にしたこと……本当に、悪かった。これは償いじゃない―――どうか、イッセーと共に君を守らせてくれ、アーシア」
ゼノヴィアの言葉にアーシアは何度も頷く。
俺はそれを傍目で見ていた―――ゼノヴィアのくせに、カッコいいこと言いやがって。
だけど俺はその光景をじっと見ながら、何も言わずにその光景を見ていた。
「―――それとイッセー。私にはお前の気持ちは分からない。何でエリファ・ベルフェゴールを見て呆然としていたとか、様子がおかしかったとか、そんなことを分かるほど敏感ではない。ただ困ったことがあれば私も頼ってほしい。風呂場とかで」
「ああ、そうさせてもら―――…………………………風呂場で?」
俺はゼノヴィアがそう言った時に少し固まった。
今まで感動していたものが一気に冷めるような、上がっていた好感度が一気に暴落するような。
……気のせいと思いたい。
ほら、最近のゼノヴィアは結構いい感じなことをしていたからさ?
たぶん何かの聞き間違いだと思うんだよね。
よし、聞いてみよう!
「ゼノヴィア?どうしてわざわざ風呂場なんだ?」
「自分で言っていなかったか?風呂場で考え事と……」
「うん、言ったよ―――露天風呂で。ねぇ、何でそれを知っているんだ?」
「それは初めから私が入っていたからだよ。イッセーが私に気付かず入って、しかも自分の中のドラゴンと話し始めたものだから、出にくくてね?」
―――俺に原因があるから、怒るに怒れねぇ!!
ってか普通、女なら男が風呂に入ってきたら叫びの一つでも起こせよ、この野郎ッ!!
いや、ゼノヴィアは悪くねぇけどさ!
というよりゼノヴィアの存在に気付かなかった俺って……どんだけ考え事していたんだよ。
「だが私も少し感動したぞ?二体の龍と語り合うイッセーの泣きそうな顔とかは秀逸だった。絆とはこういうものだと思い知らされたよ」
「ぜ、ゼノヴィアさんッ!その辺りを詳しくお願いします!」
「ああ、良いとも!それではまずは―――」
…………結果的に俺の感動は台無しとなり、普通に俺の暴露大会のようなものに成り代わってしまうのだった。
―――なんでこうなるんだよぉぉぉぉ!!
俺は心の中でそう叫んだのだった。
―・・・
『Side:三人称』
「あぁぁ……くっそつまんねぇ……なんでこんなことしてんすかねぇ」
特に何の装飾もない、寝ることしか機能しそうにない部屋で一人の少年が溜息を吐きながらそう呟いた。
何もない部屋にポツンと置かれている白いベッド。
それに寝転がりながら。
「今更そんなことを言うのかい?君に残された道はもう僕に使われることだけさ―――そうだろう?」
いや、実際のところ厳密に言えばそこに居るのは少年だけではない。
鼻につく笑みを浮かべる、一見穏和に見える青年が部屋の陰に居た。
白髪の少年はそちらの方をじろりと睨み、そしてその青年に嫌悪的な視線を送った。
「はっ。んなこと分かってるっすけどねぇ……なんでてめぇみてぇな糞悪魔に従わなきゃなんねぇんだよって話っすわ」
「そんなことを口にしても良いのかい?君は―――」
青年が何かを言おうとすると、白髪の少年はそれを遮るかの如く少しトーンの大きな声を出した。
「……分かってるっすよ。早く出てけ―――あいつらには手を出すことは許さないってことをお忘れになるんじゃねぇっすよ?手ぇ出したらその汚い一物をぶった切ってやりますからねぇぇぇ」
「ふん、汚い言葉だ―――働きに期待しておくよ、フリード・セルゼン。せいぜいこの僕のためにその命を使いたまえ」
青年はそう言うと、その部屋からいつの間にか姿を消した。
白髪の少年―――フリード・セルゼンはほんの少し奇怪な笑みを浮かべる……
「うひゃひゃひゃ―――ふっざけんじゃねぇぞ、この糞悪魔がぁぁぁぁ!!!!」
それを皮切りに勢いよく拳を振り上げ、そこにある唯一の物であったベッドを殴ると、拳はベッドを貫いて真っ二つになる。
怒号に近い声を上げ、ところどころで息を荒くする。
「何が嬉しくて、あんな糞悪魔に従わなきゃなんねぇんですかよぉ……糞が……糞がぁぁぁ!!!」
フリード・セルゼンはもう一度拳をぐり上げるも、すると首元に付けているロケットペンダントが地面に落ち、ロケットペンダントがパカッと開いた。
―――そこにはフリード・セルゼンと、彼と同じように白髪の小さな子供たちが数人戯れている小さな写真が埋め込まれていた。
フリード・セルゼンはそのペンダントを大切そうに掴み、再び首元にかける。
「何でこんなに俺様は弱くなっちまったんでしょうねぇぇぇ。こんなの、キャラじゃねぇんすよぉぉ、糞――――――ちょっとだけ待っといてねぇ。このフリードの兄貴がちょちょいと全てを解決してやっからねぇぇぇ……」
ただフリード・セルゼンは自問自答をするようにそう呟き、そしてベッドの近くに立て掛けていた身の丈ほどの剣を手に取り、そしてその部屋から出ていくのだった。
「―――ぜってぇ、助けちゃいますから静かに自家発電でもして待っておけっすわ、ガキんちょ共」
そう呟く彼の表情は、あまりにも暗かった。
『Side out:三人称』