ハイスクールD×D ~優しいドラゴンと最高の赤龍帝~   作:マッハでゴーだ!

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第6話 迷い猫の涙

 俺の中でようやく全てのことが繋がった。

 何故、小猫ちゃんが一番最初、俺と出会った時、死にかけだった時に見た小猫ちゃんの不安そうな泣き顔が大切な存在と重なって見えたのか。

 初対面だったはずの俺に甘えてきて、好意を向けてくれるのか。

 黒歌と名乗る少女の俺への態度…………ここ最近の小猫ちゃんの変貌。

 それを理解したうえで、俺は目の前の女の子。

 ―――猫のような白い耳と尻尾をつけた小猫ちゃんの姿を見て、俺はこの子が白音だということを確信した。

 俺が小さかった頃、俺が拾って1年間ぐらい一緒に毎日遊んでいた俺の大切な家族……そして突然いなくなってしまった家族。

 大好きで、ずっと一緒だって思っていた二人の猫。

 真っ白で音のような鳴き声だから白音……そんな安直な名前を喜んでくれた俺の猫。

 それが目の前に…………いた。

 

「白音、なんだろ?―――小猫ちゃん」

「………………どうして、ここにいるんですか…………どうして……どう、してッ!」

 

 ……小猫ちゃんは涙をこぼす。

 不安そうな顔で、それを必死に隠すように…………昔から何も変わっていない。

 昔から変わっていないからこそ、俺は

 

「……ったく、突然俺の前からいなくなりやがってッ!…………でも」

 

 小猫ちゃんを抱きしめた。

 不意に俺の瞳から涙が落ちる…………俺が泣くとか、どんなだよ。

 

「やっと会えたな―――白音ッ!!」

「……イッセー、先輩…………」

 

 俺は抱きしめながら頭を撫でる。

 俺の首筋に小猫ちゃんの涙が滴り落ちて、俺は改めて思った。

 ―――この子は白音だ、と。

 そう思うと自然と小猫ちゃんを抱きしめる力が強くなり、小猫ちゃんから少し驚いたような吐息が漏れた。

 

「……ちょっと、強いです―――でも、もっと強くしてください……」

 

「ああ……いくらでも抱きしめてやるッ!だから…………もう、俺の前からいなくなるなッ!!!」

 

 ……二人が消えた日、俺は泣いた。

 あり得ないくらい沈んで、ドライグやフェル、母さんに慰められて……

 そんな俺の胸にポッカリと空いた穴が塞がっていく……二度と離してたまるかッ!

 俺はそう思い、心に刻み―――この子を抱きしめ続けた。

 

 ―・・・

 あれから数分経って、俺は小猫ちゃんと肩を並べながらベッドに座っていた。

 俺の気持ちもある程度おさまり、俺の横には猫耳と尻尾を生やした小猫ちゃんの姿……白音の姿があった。

 

「話して、もらえるか?あの時、風呂場で言わなかったこと……それと小猫ちゃん―――白音に何があったのか」

「……分かってます。私が白音だと知られてしまったのなら、イッセー先輩にだって知る権利がありますから…………」

 

 小猫ちゃんは俺の手を握る。

 少しだけだけど……手が震えていた。

 だから俺は小猫ちゃんの冷たい手を暖めるように、安心させるように指を絡めて手を握る。

 それに安心したのか、小猫ちゃんの震えは止まり、そしてぽつぽつと話し始めた。

 

「……私の正体は猫又。日本の妖怪で、それはお姉さま―――黒歌お姉さまも同様です」

「妖怪、か。確かに猫又は人の姿に近い妖怪だから納得できる」

「……はい。私とお姉さまは小さいころに親を失い、そんな私たち姉妹は頼る術もなく、ずっと彷徨いつづける迷い猫……はぐれ妖怪のような存在でした。どこに行っても人間には敬遠され、同族の妖怪にも貶され、揚句妖怪ハンターに狙われる……そんな毎日でした」

 

 小猫ちゃんは沈んだ趣で話し続ける中、「でも」と区切る。

 

「……そんな時、私は怪我を負いました。妖怪ハンターによって怪我を負わされ、お姉さまがハンターを撃退しましたが、でも……私の怪我はひどかった。私は倒れて、そしてその時―――イッセー先輩と出会いました」

「それがあの時、小猫ちゃん……白音がひどい怪我を負っていた理由なのか」

「……はい。最初は、意識が朦朧としていました。怪我をして意識がほとんどなくなってる中で、何か温かいものを感じました。イッセー先輩が私に触れる手は優しくて……誰かに撫でられたこともなかったのに、野生で汚かった私にイッセー先輩は躊躇いもなく触って、撫でて……気付けば怖かった人間が怖くなかったんです」

 

 ……人に敬遠されて、子供に至ってはいじめてきたこともあったんだろう。

 だからこそ、初めて二匹にあったとき俺に異常なまでに警戒していた。

 

「……イッセー先輩に保護されて、優しくされて……それからしばらくの間は幸せでした……イッセー先輩の温かさ、いつも優しくしてくれて、遊んでくれて……そんなイッセー先輩のことが大好きになっていました。いつもそばにいて、学校にまでついていこうとして……そんなことをお姉さまと一緒にしながら―――この前、イッセー先輩をかばった黒い着物を着た女の人はお姉さま……黒歌お姉さまです」

「やっぱりそうなのか。だから黒歌は俺に小猫ちゃん……白音をよろしくねなんてことを言ったのか」

 

 俺は和平会議テロの際、ヴァーリの去り際にいた黒歌の姿を思い出す。

 あの時の黒歌は優しそうな表情で小猫ちゃんを見ていた……このことで気付いてもおかしくなかったのにな。

 

「……本当は、私たちはイッセー先輩に自分の正体を明かそうと思っていました。そして自分たちの事を正直に言って、本当の家族に……なろうとしました」

「じゃあどうして俺の前から消えてしまったんだ?突然……何も言わずに」

「……事の発端はお姉さまでした。お姉さま―――いえ、私たち姉妹は猫又の中でも極稀な種族…………猫魈と呼ばれる猫又の中でも特別強い力を誇っていました。私はその力に目覚めてはいなかったのですが―――当時、お姉さまは既に最上級悪魔クラスの力を誇っていました」

「……最上級悪魔クラスか―――待て、そんな存在を」

「……はい。そんな強い存在を放っておけるはずもなく……ですがお姉さまはそれに加え、仙術と呼ばれる力にすら目覚めていました」

 

 ……仙術。

 最近になってその存在を初めて見た俺だから言えることだけど、確かにあの力は絶大だ。

 実際にそれを操る夜刀さんと戦って、その力の強さを知った。

 

「……お姉さまはその力で私を守ってくれました。いつも私を……でもイッセー先輩が私たちを保護したおかげでお姉さまはその力を使うことがほとんど無くなりました…………たまにイッセー先輩の疲れをとるためにくっついて、気の乱れを良くするために仙術を使っていましたが」

 

 ……だから俺はあの当時、年不相応な修行が出来ていたのか。

 ドライグやフェルが二人の存在に気付かなかったのも、おそらくは仙術による何らかな妨害があったからか。

 

『おそらくは、だがな』

『……このわたくしですら気づかないほどです。相当の仙術の使い手だったのでしょう』

 

 二人は俺にうなずいた。

 

「……幸せだった私たちの前に現れた存在。それが最上級悪魔、三大名家の一角―――マモン家当主、ガルブルト・マモンでした」

 

 すると小猫ちゃんの優しげな表情がそこで崩れた。

 俺の手を握る手の平が汗ばむ。

 

「……当初、ガルブルト・マモンは友好的でした。どこかでお姉さまの力を嗅ぎ付けたんです……どうにかして私たちを調べ、二人で日向ぼっこをしている時、突然現れました。この前、会合で現れた時みたいな感じの話し方で……お姉さまを自分の眷属にするためにやってきたんです」

「………………」

 

 俺はそのことを聞いて、少し嫌な予感がした。

 

「……私もお姉さまもその時の幸せが失うのを拒みました。だからそのオファーを断り、最初はガルブルト・マモンも潔く去って行きました…………ですが何度も何度も……ガルブルト・マモンはイッセー先輩がいないときに現れ、何度もオファーを出してきました」

 

 ……俺の知らないところでそんなことがあったなんて。

 小猫ちゃんは話を続ける。

 

「……私たち姉妹はずっとイッセー先輩と一緒にいることを望んでいました。だからどんな条件を出されようとも、お姉さまは断り続けた―――イッセー先輩、マモン家の特徴を知っていますか?」

「………………いや」

「―――強欲、です。自分の欲しいものが手に入らない強欲の悪魔は次第に本性を現しました。口調も雑なものになり、金に糸目もつけずに…………そしてイッセー先輩と出会って一年の日に……再びガルブルト・マモンは私とお姉さまの目の前に現れました」

 

 ……出会って一年ぐらい…………そう、つまりは―――二人がいなくなった日だ。

 

「……ガルブルト・マモンは今まで通り、お姉さまを自分の眷属に迎え入れようとしましたが、お姉さまはいつも通り拒否して……そして…………っ!」

 

 すると小猫ちゃんは突然、涙を流し始めた。

 ……予感なんて当たってほしくないけど、でも俺は聞いた。

 

「……あいつに、何をされたんだ?」

「………………私は、殺されそうになりました」

「――――――ッ!!」

 

 俺はその台詞を聞いて目を見開く…………小猫ちゃんが、殺されそうになった、だとッ!!

 

「…………当然、お姉さまはそんなことをさせずに私を助けてくれました。でもあの悪魔は―――お姉さまが自分のものにならなければ、次はイッセー先輩を手にかけるって言って、それでッ!!」

「―――大丈夫、俺がいるから」

 

 俺は小猫ちゃんを静かに抱きしめる。

 ガルブルト・マモンが俺を殺そうとしていたことには驚きだけど、今は小猫ちゃんのことが最優先だ。

 背中を撫でて、優しく抱きしめると、小猫ちゃんは涙声で話し続ける。

 

「…………お姉さまはイッセー先輩が自分のせいで傷つくことを嫌がった。でも一緒にいたい。そんな気持ちの中で、仙術の副作用を利用しました」

「副作用?」

「……はい。仙術はこの世に流れる気を操ることのできる生命の力。ですがこの気を操ることはこの世の悪意や邪心すらも集めることになる。お姉さまはそれすらも操っていましたが、それをわざと吸収したんです」

 

 悪意の吸収……俺は夜刀さんに教えてもらった。

 仙術を扱う者は常に悪意や邪心の気と隣り合わせだと……それに負けない正しい心を持ったものが真に仙術を扱えると。

 だけど悪意や邪心に負けたものは理性を失い、暴走する……代わりに爆発的な力を得ることが出来る。

 

「……お姉さまはそれにより力を爆発させ、ほとんど不意打ちの形ですがガルブルト・マモンの気を掻き乱し、狂わせ、そして……半殺しにしました。それはイッセー先輩を殺すといったことと、私を殺そうとした悪魔に対する怒りもあったと思いますが……」

「だけど、はぐれ妖怪が最上級悪魔に手を出したとすれば」

「……はい。お姉さまはすぐに悪魔から指名手配となってしまいました。そうなってしまえばお姉さまはイッセー先輩のところにはいられない。そして私を連れていくことは出来ない……お姉さまはいつも私を大切にしてくれて……だから私を………………置いていきました」

 

 ……俺は小猫ちゃんの告白を聞いて、理解した。

 突然小猫ちゃん……白音と黒歌が消えた理由。

 小猫ちゃんの気持ち…………こんな小さな体に、震える体にここまでのものを背負っていたのか。

 

「……グレモリー家は情愛に深いことで知られている家柄です。その出身であるサーゼクス・ルシファー様のことはお姉さまは知っていて…………お姉さまは追っ手に追われながらも私をどうにかして魔王のもとに連れていき、一方的に私を魔王に引き渡しました……そして私は部長に保護され、そして」

「眷属となった……つまり悪魔となったのか」

「……はい」

 

 小猫ちゃんを抱きしめながらそう聞くと、小猫ちゃんは頷く。

 

「……じゃあどうして、一度小猫ちゃんは俺のもとに帰ってきたんだ?」

 

 ……白音は俺の前からいなくなって数か月して、俺の前に一度だけ現れた。

 不安そうな泣きそうな顔で、片時も俺のそばを離れなくて、そして―――次の日にまた姿を消した。

 

「……それは私の弱さです」

「弱さ?」

「はい……あの日の前後、私は部長に悪魔に眷属になることを推薦されました。当然、それが部長の優しさだって分かっていました…………でもイッセー先輩から貰った大切な名前を捨てることが怖くて、嫌で……だから近づいてはいけなかったイッセー先輩のところに、また行ってしまいました……イッセー先輩はそんな私を何も気にせず抱きしめて、優しくして…………その優しさに甘えて、またこの人を傷つけてしまうかもしれない…………そう思うと近くにいるのが……ダメだと思って……」

 

 ……小猫ちゃんは自分の思い、心の内を吐露する。

 泣きながら、それでもどうにかして言葉を紡ぐ。

 今まで言いたかったことを、ずっと我慢していたこと、背負っていたことを……

 

「……イッセー先輩のもとを去って、必死に『塔城小猫』になろうとして……いつも夜になってお姉さまやイッセー先輩を想って泣いて……そんな弱い自分が……守られてばっかりの自分がッ!…………こんな風に甘えてしまう自分が、嫌なんですッ」

「小猫ちゃん…………」

「……イッセー先輩が駒王学園に入学したときは驚きました……だってずっと触れたかった人が、大好きな人が……また自分の前に現れたんです。近づきたかった……でも巻き込みたくないから…………いつも放課後、あとを追って……遠くから見て……そしたらまた私のために大切な人がッ!!」

 

 ……堕天使レイナーレに悪魔ということが知られ、不意打ちで負傷を負い、俺に助けられたことの代わりに俺が命を落とす。

 あの時、小猫ちゃんがあそこまで自分を責めていたのはそのせいだったんだ。

 ……こんな想いを俺は背負わせていたのかッ!

 何が優しいドラゴンだ!最高の赤龍帝だ!!

 こんな身近な大切な後輩のことすら、分かってねえじゃねぇか!!

 

「―――そんな顔、しちゃダメです……なんとなく分かります…………イッセー先輩は自分を責めてる……イッセー先輩が怒ったり、泣いたりするのはいつも誰かのため……」

 

 ……小猫ちゃんは俺の頬を撫でながら、そう言った。

 俺は知らずのうちに泣いていた……カッコわりぃ……だけど止めることなんてできない。

 

「……もう、守られるだけじゃ嫌なんです……イッセー先輩はいつも誰かを救う。私も……お姉さまもいつも私を守って、傷ついて……大好きな人達が傷つく姿なんて、見たくないです……だから強くなりたい……イッセー先輩のように、お姉さまのように……ガルブルト・マモンがあの場に現れた瞬間、私は怖かったです……また私の大切な人を傷つけるかもしれない……そんなことを思うと……」

「動かずにはいられなかった、か?」

「……はい。だから無理に仙術も使って…………私は、イッセー先輩にこんな弱い姿を見せたくなかったんです……また甘えてしまうから…………今みたいに……」

「だから……俺に正体を隠していた。だから強くなろうとした……か」

 

 全部わかった。

 小猫ちゃんの弱さも、俺の馬鹿さ加減も。

 黒歌の行動も……そして――――――ガルブルト・マモンに対する憎しみも。

 

「―――馬鹿だよな。小猫ちゃんも、黒歌も…………そして俺も」

 

 俺はそのままベッドに倒れこむ。

 それと一緒に小猫ちゃんも俺の上に覆いかぶさるように倒れ、俺は小猫ちゃんを頬を撫でた。

 

「……馬鹿、だけどさ…………俺はその馬鹿を貫き通すよ。だから小猫ちゃんはもっと―――俺に甘えろ、バカ」

「……だ、ダメなんですッ!また甘えたら、イッセー先輩を傷つけてしまうんですッ!お姉さまも傷つけてしまう!弱い私じゃ……ダメなんですッ!」

「小猫ちゃんは!!」

 

 俺は小猫ちゃんの名を大きく叫ぶ。

 言いたいことを言え……自分の気持ちに素直になれる馬鹿になれ!

 

「―――決して弱くなんかないんだ」

「…………え?」

 

 小猫ちゃんはその言葉に茫然と俺の顔を見てくる。

 

「弱い奴はこんな風に誰かを想うことなんてできない。ここまでの後悔を言えるはずがないんだ……強さは力のことじゃねえんだ!本当の強さは―――想いの強さなんだよ」

「……想いの、強さ?」

「そうだ……想いがあれば、人はその想いに向かって努力する……そうして力は付属的に強さになるんだ―――だから小猫ちゃんは弱くなんかない。本当に弱い奴は、現実を見ようとせず想いもなく、努力もしない、志もない……そんなのを本当の弱さって言うんだ」

 

 俺が笑顔でそう言うと、小猫ちゃんは再び涙をその綺麗な瞳に溜める。

 でもそれを止めようと手で自分の顔を抑えつけようとするが、俺は小猫ちゃんの手首を握ってそれをさせない。

 

「―――俺の胸で泣け。泣き叫べ。自分の想いを全部俺にぶつけろ。全部一緒に背負ってやる……だから今は泣いていいんだ―――――――――白音」

「あぁ……うぅ…………なん、で……先輩はいつも……いつ、も……うっ……ひっ……うわぁぁぁぁぁぁぁ―――」

 

 ……小猫ちゃんは涙腺が切れたように、今まで以上に泣き叫ぶ。

 俺の服にしがみつき、涙でぐちゃぐちゃになるくらいまで泣いていた。

 そんな体を抱きしめて、俺はそれを受け入れた。

 

 ―・・・

 小猫ちゃんが俺の胸で泣いてしばらくが経った。

 目元は泣いた跡がくっきり残っていて、小猫ちゃんは今も俺の手を握りながらベッドで横になっている。

 積もり積もった思いを吐露して泣いたことで疲れたのか、今はベッドで規則正しい寝息を漏らしながら眠っていた。

 

「……それでイッセーは小猫を泣かして今は寝かしつけたのね?」

 

 ……つい先ほど部屋の中に入ってきた部長の問いに俺はそう答える。

 部長は腕を組んで俺の話を聞いており、俺は大雑把なことを部長に説明していた。

 

「……部長は小猫ちゃんのことを知っていたんですか?」

「……難しい質問ね。この件は政治の事柄が絡んでいるせいか、私もお兄様から知らされなかったから……まあある程度は自力で調べたわ。自分の眷属のことだからね」

「……部長は、ガルブルト・マモンのことをどう思います?」

 

 俺は話を大体理解した部長にそう尋ねた。

 

「ガルブルト・マモン……聞いた話では豪胆な性格よ。それは以前の会合でも分かるでしょう?―――曲がったことを嫌い、自分の欲望に真っ直ぐでいて冷淡……それがお兄様から教えてもらった彼の人物像よ」

「……それ、たぶんほとんど悪い意味で使っていますよね。曲がったことが嫌いとか」

「……そうね。私の眷属を傷つける輩はどんな人物でも許さないわ……ただ、多少相手が悪いっていうところが本音ね」

 

 すると部長はそう少し苦虫を噛んだような表情で言った。

 

「既に最上級の位から降りたサタン家や、世代交代で最上級ではなくなったベルフェゴール家とは違いマモン家は未だ最上級として健在。しかも悪魔の中でも最古参組で根強い権力がある―――言ってしまえば腐った悪魔身分と同列の家柄なの」

「腐った悪魔……っていうのはこの前の」

「ええ。ソーナの夢を馬鹿にしたあの悪魔たちよ。彼らでさえあの男に恐れている…………それほどの影響力がある男なのよ」

 

 ……だけど俺はこの怒りを抑えることは出来ない。

 真実を知った俺が何もしないなんてことは何があっても―――ない。

 

「…………実はね、あのガルブルト・マモンは一度、お兄様を通じて小猫のトレードを申し込んできたことがあるの」

「ッ!それってつまり……」

「復讐、ってところが妥当ね。もちろんそれはお兄様をはじめとする四大魔王様によって阻止されて、流石の彼もあきらめたそうだけど……気をつけなさい。話によればあなただって当事者の一人かもしれないわ―――あの男の矛先はあなたにも向けられることがあるかもしれないわ。それだけはダメ。可愛い私の『兵士』を傷つけさせないわ」

 

 ……ホント、いい主様だよ。

 小猫ちゃん、一人ぼっちって言ってたけど……それは違う。

 小猫ちゃんには俺もいれば部長だって……みんながいる。

 だから一人ぼっちなんてことはないんだ。

 

「部長……1日だけ、小猫ちゃんのことは俺に任せてもらえませんか?」

 

 俺の頬を撫でている部長に、俺は真剣な表情でそう言った。

 部長は少しだけ渋る顔をした……たぶん、主なのに俺だけに任せるのはどうかと思うって感じているんだと思う。

 だけどこれは俺にしかできないことと思うから……だから小猫ちゃんのことは俺に任せてほしい。

 

「……そうなったイッセーが止まらないことは初めから分かっていたのだけどね。いざ言われると断れないわ」

 

 部長は俺の肩を握ってキスできそうな至近距離で俺に言う。

 

「お願い。小猫もあなたも私の愛する眷属なの―――笑顔にしてあげて。その子は今まで、私に本当の笑顔を見せたことがないから……」

「主様の言うことならしなくてはならないのが下僕の役目―――任せてください!これでも結構頼りになるので」

「ええ、知ってるわ」

 

 部長が笑顔でそう言ってくると、室内から出ていこうと部屋の扉のもとに行き、扉を開ける。

 俺はそこでふと思い出して、ポケットの中のものを出した。

 

「部長、これを!」

 

 それを部長に向かって投げると部長はそれをキャッチする。

 部長は白銀の鈴を手に取ってそれを目を丸くしてみた。

「これは……イッセーの創った神器?」

「ええ。訓練の途中に創ったお守りです―――効能は、疲れた体を少し癒す。アーシアを思い浮かべて創りました」

「……ふふ。ありがたく貰うわ。これを貴方だと思って、私は私で頑張るから……イッセー、言うのを忘れていたけど、あなたのことは私も大好きよ」

 

 ……ええ、わかってますとも。

 部長はそう言って室内から出ていく。

 

「……ん…………先輩」

 

 そこで小猫ちゃんは目を覚ます。

 一時も俺の手を離さなかった小猫ちゃんは、もう片方の手で目をこすりながら俺を見ていた。

 

「おはよ、小猫ちゃん」

「…………先ほどはお見苦しい姿をお見せしてごめんなさい……でももう」

「大丈夫、とかは言わせないぞ?悪いが、俺は俺の我が儘で小猫ちゃんのそばにいる」

「……ふふ」

 

 小猫ちゃんは俺の言葉を聞くと、少し可笑しそうに笑った。

 ……そういえば、小猫ちゃんのこういう笑いは初めてかもしれないな。

 

「っということで、小猫ちゃん―――おめかししようか」

 

 ―・・・

 気分転換……今日一日、修行がなしの俺はおめおめと修行相手のドラゴンたちのもとへは帰れない。

 そういう建前で俺は小猫ちゃんを連れて、空を飛んでいた。

 小猫ちゃんは普段着のかわいい服を着て俺に抱っこ…………お姫様抱っこされて空を飛んでいる。

 俺は悪魔の翼で空を早い速度で飛びながら、風に包まれている。

 一応は魔力で小猫ちゃんが寒くないよう、薄い魔力壁を覆っている。

 俺がなぜこんなことをしているのかと言えば、特に理由はない。

 ただ俺が修行の途中で見つけた綺麗な景色なとことか、それを見るためだけの気分転換。

 皆が修行を頑張っているところ申し訳ないが、これも修行の一環ってことにしておこうか。

 

「……イッセー先輩、いったいどこに向かって……」

「世界の果てまで……なんて言ったら面白いかな?」

「……少しだけ、面白いです」

 

 採点が厳しいな!

 まあ自分でも微妙だったけどな?

 そう言えばずっと静かだったけどドライグとフェルは起きているのか?

 

『起きているが?』

『起きていますが?』

 

 うわ、突然声が俺の心に響く。

 ってか何してたんだよ!

 

『いや、なんだ…………先ほどの相棒がカッコよすぎて、フェルウェルと”我が息子が成長して嬉しいが、親離れしそうでそれはそれで悲しい会”をしていた』

『大いに盛り上がりました。それはもう、奇声を上げるほどに……ふふ』

 

 怖いよ!

 まあそれならしばらくはまた仲良くしていてくれ!

 

『ドライグ、次は先ほどの映像を再生しましょう―――ともに主様の雄姿を堪能しましょうか』

『いいだろう……これぞ息子愛だ』

 

 二人はそんな馬鹿な会話をしながらも俺の深いところに消えていく……最近、ますます親バカ加減が強くなっていることは気のせいだと思いたい!

 

「さて、もう少しで目的地だ!」

 

 俺は更に速度を上げて空を駆けていく。

 俺が修行中に見つけた遊べそうでのんびり出来るところ……あまり体を動かせない小猫ちゃんが安静に出来るところと言えば……

 

「……湖、ですか?」

「そ。あの湖はすごく綺麗でさ……のんびりするには持って来いの場所なんだ」

 

 俺たちの視線の先には大きな湖があって、俺はその湖の脇の地面に降下していく。

 そして着地して、俺は小猫ちゃんを地面に出来る限りゆっくりとおろした。

 湖の近くは芝生のようにフカフカした地面で、タンニーンのじいちゃんに聞いたところこの付近には特に危険な動物やらはいないらしい。

 小動物は現れるらしいけど……

 

「簡単にだけどメイドさんにお菓子も作ってもらったんだ。一緒に食べようぜ?」

「……でも」

「修行したいって言ってもさせない。ってかその疲労なら後一日は安静だ」

 

 俺はそれでも譲らない小猫ちゃんを無理やり膝枕し、毛繕いするように頭を撫でる。

 

「……っ!……先輩はずるいです。私がこうされると、何もできなくなるのを分かっているのに……」

「そりゃあ小猫ちゃんのことだからな……素直に愛でられろってことだ」

 

 小猫ちゃんはあきらめたのか、そのまま力を抜いてリラックスする。

 そうしていると近くの森の中から小動物……ウサギみたいな動物やら、犬みたいな小さな動物がトコトコと俺たちの周りに近づいてきた。

 ……そういえば使い魔を手に入れに行った時もこんな風に小動物みたいな魔物がすり寄ってきたよな。

 俺は近寄ってきた動物を撫でると、小猫ちゃんは俺の方をみてむすっとしていた。

 

「……手が休んでます」

「ははは……動物に嫉妬はいけないぞ?」

 

 和む……先ほどまであれほど感情を乱していたことは思えないほどぐらいだ。

 ―――これ、本当は自分のためなんだよ。

 こうでもしないと怒りでどうにかなりそうだったから、自分をリラックスさせるために小猫ちゃんを連れまわしてるんだ。

 もしかしたら次は俺がオーバーワークのし過ぎで倒れるかもしれないから……だからだ。

 それにもしかしたらこうすることが俺の目標を達成するための道かもしれない。

 

「……私が仙術を拒否した理由は、先輩に本当の自分を知られたくなかったからです……もう赤裸々に、丸裸にされてしまいましたが……」

「表現が艶めかしすぎる!?…………まあ確かに、仙術を使えばその耳と尻尾は出てくるのか?」

「……はい……だからそれで気付かれるかなって思って……案の定、そうでしたが……」

 

 まあ気付くだろうな。

 あの耳と尻尾、不安そうな表情だけで分かったんだからな。

 

「……イッセー先輩…………イッセー先輩なら、お姉さまを救えましたか?あの時……」

「……どうだろうな。当時の俺はまだ力があまり出せなかったから…………だけど、それでも命は懸けたと思う。どれだけ傷ついても、諦めることはなかったかもしれないな」

「……それはダメですッ!死んじゃ、やです……もう、この手を離したくないです……」

「わかってるよ。離れない―――それに、黒歌だって助ける」

 

 俺がそういうと、小猫ちゃんは優しい表情になった。

 

「黒歌があの時、俺を助けたのはたぶん……俺に助けを求めたからだ。どんだけ強がっても誰しも弱さがあるからな……黒歌は禍の団(カオス・ブリゲード)のメンバーじゃないってアザゼルが言ってたから、たぶん何か理由があってヴァーリのところにいるんだろう」

「……あの白龍皇のそばに、ですか?」

「ああ。それにヴァーリは確かに戦闘バカな上にアザゼルを裏切った大馬鹿者だけど、でもまだ救いようはある馬鹿だ―――っていうかそんなに嫌いじゃないし。まあ皆を殺すとか言った時は流石に本気で潰そうと思ったけど。とにかく、黒歌の安全性を考えるだけならヴァーリのところ以上に安心なとこはない」

「……拳を交えて、そこまで白龍皇のことを信じることが出来るのですか?」

「ああ……理屈じゃないんだ。あいつには悪意ってもんが存在しない。ただ自分が闘いたいだけの戦闘マニア。その矛先は現状では俺に向いているからな―――大方、今頃組織でも浮いてんじゃねえの?もしかしたらテロ行為そっちのけで組織内の強い奴と戦いまくってるとか」

 

 ……本気であり得そうで笑えなかった。

 うん……割と真剣にそれぐらいのことはしてそうだよな~……あの美候ってやつも相当なバトルマニアぽかったし……同類は集まるってか?

 

「……ですが相手は悪魔界ですよ?それを敵に回せば―――」

「大丈夫。俺の大丈夫は安心できるだろ?守って見せる……バットエンドなんか絶対にひっくり返してハッピーエンドにしてやる―――それが俺の夢の一つだ」

「……まったく……ちょっと先輩はカッコよすぎます……自重、してください」

 

 小猫ちゃんが薄く笑うと、俺も笑う。

 

「救ってみせる…………黒歌も白音も」

 

 俺は小猫ちゃんにすら聞こえない声でそう言った。

 明日になれば俺は再び地獄の修行が始まってしまうけど…………はは、笑えねえ!

 

「…………この気配―――夜刀さんですか?」

 

 俺は後ろを振り返ることなくそういうと、後ろから布切れの音が聞こえた。

 

「よく分かったでござるね、一誠殿」

「まあ、これでも闇討ち訓練で気配を読むのが異常に上がってしまったからな……特に夜刀さんのはもう暗殺級だから」

「ははは!拙者、暗殺などしたことないでござるが……」

 

 ……すると俺の膝元で小猫ちゃんが眠っていた。

 

「その少女の気を安定させ、眠りに近づけたのでござる。仙術の応用でござる」

「……もしかして今日の夜刀さんの依頼って……」

「こうなることを予見していたアザゼル殿から仕ったことでござったが……拙者ではなく一誠殿が彼女をどうにかしたのでござった」

 

 夜刀さんは爽やかな笑顔でそう言うと、俺のそばに腰を下ろす。

 

「……夜刀さん。俺にも仙術って出来るかな?」

「……出来る出来ないで言えば可能性は十分あるでござるね。しかし、僭越ながら申し上げると、仙術とは長い習練、善の心を失わないこと、世界の悪意に負けぬ強い心……これらが集まって出来る仙人の術。それが仙術。素養はあるでござるが、済まぬが拙者は人に教えれるほど仙術を使いこなしているわけじゃないでござる―――世界で最も強い仙術使いである拙者の師匠に会えたのであれば、その方に聞いた方がいいでござるね」

「師匠、ねぇ…………まあいいや。とにかくありがとう……小猫ちゃんを助けてくれて」

「礼には及ばぬ……三善龍の看板を背負っている身、誰かを救うことが拙者の務めでござる。その少女は明日になれば鍛錬に身を投じることが出来るでござるが……無理はするな、とでも言っておいてほしいのでござる」

 

 そういうと夜刀さんは立ち上がって、手元にあった藁の帽子をかぶる。

 

「それと一誠殿。逢瀬は構わぬが、子を身ごもらすことだけは避けるのでござると?猫又は子を作る時期が―――」

「うん、そんな鬼畜じゃないからとりあえず殴るぞ?そういう心配は遠慮するから、明日覚えておけよ?」

「あはは……からかっただけでござる―――それはそうと拙者、一つ言い忘れていたことがあったでござる」

 

 すると夜刀さんは悪戯そうな表情で薄く笑い、俺を見ると……

 

「龍の家紋……拙者は従兄という形で入門させていただくでござるよー――ティアマット殿にも許可は頂いている故に」

「えっと……大体検討はつくけど龍の家紋っていうのは…………ドラゴンファミリーのことか?」

「そうでござるね……ではまた明日でござる、一誠殿」

 

 ……そういうと夜刀さんは神速で、風のように消え去った。

 良い人……なんだけど意外と悪戯好きって感じだな。

 

「救う、か…………救えなかった俺の贖罪―――そんなこと考えるだけ無駄か」

 

 俺はそうつぶやいて、手元にいる小猫ちゃんの頭を撫でた。

 


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