ハイスクールD×D ~優しいドラゴンと最高の赤龍帝~ 作:マッハでゴーだ!
視界は朧に包まれる。
朦朧とする視界の中で、俺はほんの少しだけ意識を持っていた。
俺は誰だ。
ここはどこだ。
…………そんな思考もすぐに解消される。
ああ、これは夢だ。
久しぶりの夢だ……兵藤一誠に転生してすぐの赤ん坊の時以来、見ていなかった昔の夢。
名前を忘れた、昔の俺の記憶。
俺はその映像に、意識を奪われた―――……
―・・・
『―――棒、相棒!』
……ッ!
俺は心の中から叫ぶように呼んでくる相棒の声で目を覚ました。
俺……オルフェル・イグニ―ルはぱっとその場に起きると、そこは何もない草原の草むら。
心地いい風が時折吹いて、俺の髪を靡かせる中、俺はふと思い出す。
そうか、俺は今日の修行を終えてここで昼寝をしていたのか。
「んん~~……はぁ、おはよう、ドライグ」
俺は軽く背筋を伸ばして、ドライグ……
俺の中に存在する
『ああ、おはよう。それにしても珍しいな。随分と長い間、寝ていたじゃないか』
「ああ、今日の修行はきつかったからな……流石にトップクラスの魔物から生身で逃げ回るのは死すら覚悟するよ」
修行……というより俺が神器に目覚めたのは今からちょうど、3年とちょっとが経過した。
俺が神器に目覚めた理由は俺の大切な幼馴染……ミリーシェとの約束を成就させるためだった。
そして俺は目覚めて以来、ずっとこの力を鍛えてきた。
生身の人としての体を壊す勢いで鍛え上げて、神器の倍加に耐えれるほどの体を押つくらないといけない。
10秒ごとに宿主の力を倍増していく最強の神器を持っていても、宿主がそれに耐えれなかったら無意味だからな。
それに俺には……魔力と言うものが皆無だ。
ドライグには最初の時に「魔力の総量は微々たるもので、倍加しても大したことはない、歴代で最も才能がない最弱の赤龍帝」……なんて称されたな。
『相棒、それは少し待ってくれ。あの当時と今は違うさ』
分かってるよ……才能がないのは確かだしな。
魔力なし、元の力も弱い、マシなのは頭と戦い方。
知恵があっても体がついて行かない、最弱って言われても仕方ない。
『……だが努力は時にして大器晩成を果たす。才能がないのが弱いなんて事はないさ』
……修行を初めて、俺は馬鹿みたいに強い魔物と生身で戦ったり、世界中をその足で歩いて修行の旅なんてことをしていた。
その度、馬鹿みたいに強い魔物、時には悪魔とか堕天使とかと戦って俺は少し前に、ついに
歴代で最も遅かったらしいけど、でも精度はかなりの物だとドライグは言っている。
基礎となる体は完全に出来上がっていて、力不足は禁手の力で結構解消された。
『…………だが、そろそろ相棒も恋しくなってくるんじゃないか? もう3年近くも会っていないんだ』
「……恋しいさ。きっとミリーシェも一緒だ」
……俺は恋人であるミリーシェと3年も会っていない。
違うな、会いたくても会えないんだ。
もちろん今でも俺はミリーシェのことを好きで、愛している。
俺とミリーシェが会えない理由は、それは俺が神器に目覚めてすぐに発覚した。
―――簡単に言えば、敵である運命の神器、俺の持つ籠手と同じく神滅具のひとつ、
これには流石のドライグも驚いていた。
赤龍帝と白龍皇、この二者が深く近い所に生まれたのは過去から現在でも、これが初めてだったらしい。
大体は全く知らない他人で、互いのドラゴンの力に引き寄せられてそして戦い、殺しあう。
それが赤と白の運命……だからこそ宿主は……
『覇を求める……故に二つの神器の中には怨霊に近い、呪詛の魂。歴代赤龍帝の意識が存在しており、赤と白を戦わせようとする』
そうだ。
赤龍帝の力も、白龍皇の力も絶大だ。
そんな力に目覚めてしまえば、普通だったら力を求め、溺れ、そして自分を見失う。
戦うことだけが全てになり、そのためなら非情にもなる。
でも俺はそんな赤龍帝は嫌だ……俺は、戦うためだけで強くなんかなりたくない。
俺は困っている人、助けを求める人の為に力が欲しい。
『ふふ……そんな考えをするのは相棒が初めてだよ。故に相棒は素晴らしい。覇を求めず、守るために力を欲する。相棒はこれまで、非力ながらも沢山の命、救いを求める者を救ってきたじゃないか』
ああ、そうだな。
世界中を修行の旅で回って、その先々でいろいろなトラブルに巻き込まれて俺は傷つきながらも守ろうとした。
守れたものもあるし、守れなかったこともあった。
だからこそ俺は力を欲するんだ。
誰も傷ついてほしくない、助けたいから……だから力に溺れる”覇”なんて、いらない。
『優しいドラゴン、相棒に助けられた者たちが相棒を見てつけたあだ名だ。そして俺は相棒を最高の赤龍帝と言おう。過去、現在、未来……これ以降、相棒に勝てる優しい赤龍帝はいない……だからこそ、相棒には期待したい』
ああ……赤と白の宿命は俺がどうにかしてやる。
赤と白の宿命……こいつが俺とミリーシェが一緒に居られない理由だ。
本来、赤龍帝と白龍皇は他人だ。
それが今までの普通のことであったんだけど、今回はそれとはあまりにも違い、俺とミリーシェは生まれて以来の幼馴染。
しかも互いに想い会っていて、恋人でもある。
心も体も繋がっていて、それに前例がないからだろうか……
俺とミリーシェは、近くにいると、互いにその心が張り裂けるほどつらくなる。
神器の中の歴代の先輩たちの意識が、俺とミリーシェを戦わせようとするんだ。
こんなことは一度もなかったらしく、ドライグはそのことについて驚いていた。
『相棒と白龍皇の想いは強すぎるがゆえに、だからこそ神器の中の魂は反応し、戦わせようとする。覇の道に歩ませようとする』
「でも俺とミリーシェはそんなことは望んでいないよ。だからこそ、今は互いに離れているんだ」
……そして俺とミリーシェはある一つの約束をした。
もし仮に、歴代の赤龍帝と白龍皇が何も言えないような、戦いが楽しいと思えるほどの最高の赤と白の戦いを繰り広げたら、もしかしたら神器の闇は薄くなるんじゃないか。
そうしたらどうにか赤と白の運命を覆すことが出来るんじゃないかって。
そう考えたんだ。
それで俺はそれまでずっといたミリーシェの傍を離れ、最初で最後のミリーシェとの戦いのために力をつけている。
―――じゃないと、俺はミリーシェに瞬殺されてしまうからな。
『今代の白龍皇、ミリーシェ・アルウェルトは過去最強の白龍皇だ。女皇という二つ名を持っていて、しかも魔力は相棒とは天と地の差。しかも才能があり、まるで相棒と真反対だからな』
そう、ミリーシェは異常なまでに強いんだ。
昔から運動は出来たし、昔喧嘩した時なんて俺は手も足も出なかったくらいだ。
年齢を重ねて言っておとなしい性格になり、女の子らしい子になったけど、その根本の部分は全く変わっていなかった。
しかもミリーシェは神器に覚醒してから少し経つと禁手化したからな。
でもミリーシェは圧倒的な力を持っているのに、覇はどうでもいいと言っている。
『覇、なんてどうでもいいよ。私はオルフェルと一緒にいたら、それだけでいいから!!』
……俺はミリーシェにそう言われた。
俺がミリーシェの元を去る時、俺はあいつと少し会話をした。
その時に言われたのが今の言葉。
あいつは……全く、恥ずかしいことをさらっと言いやがるよ。
『相棒もまんざらではないのじゃないか?』
「は、はあ!? う、うるさい! ……っなの、当たり前だろ」
照れ隠しみたいに俺は言うと、ドライグは更に笑う。
……そうだな、俺の一番の成長はそのことを否定せずに肯定できるようになったことか。
ったく、主をなんだと思ってんだよ。
『相棒だよ。最初から最後まで、オルフェル・イグニ―ルは俺の最高の相棒だ。それ以上も以下もない』
「……はは! 同感だ」
俺は草原に再び寝転がって哄笑する。
にしても空は蒼い。
雲ひとつない、見渡す限り蒼い空。
……もう、時間はない。
俺はミリーシェとの約束で、毎日のように神器の中の歴代の先輩達に話しかけている。
神器の奥の心層世界は真っ白な空間で、そこにテーブルと椅子があるんだけど、その椅子に歴代先輩は静かにうつむきながら座っている。
魂の抜け殻のようなものだな。
説得を試みるけど、やっぱり誰も返してくれたことはない。
でも、それでも昔に比べたら呪いのような闇はマシにはなったと思う。
『ああ、相棒のがむしゃらな努力に歴代の赤龍帝は少しずつ、惹かれ始めている証拠だ。このままいけば、相棒と相棒の嫁の願いは叶うかもしれないな』
「ああ、そうだな……って嫁って言うな! 恋人だ!」
俺はドライグの軽口にそう反論するけど、俺はポケットの中から一枚の手紙を出した。
宛先は俺で、差出人は……ミリーシェ・アルウェルト。
ミリーシェが俺の元に送ってきた手紙だ。
俺はそれの内容に目を通した。
『やっほー、私の愛しきオルフェル! 元気にしてるかな? 私は貴方に会えないから全然元気じゃないよ! もう3年もオルフェルの生の匂いを嗅いでないから、オルフェル欠乏症に陥ったよ! キスしようよ!!』
……始まりがこんな駄文な俺の幼馴染。
『ああ、オルフェルに会いたいなぁ……っと思っていたらもう3年に経ったね! オルフェルは約束、覚えてる? もう少しだよ?』
……ああ、覚えているよ。
もう三年近く経ったけど、俺達の約束はもう少しだ。
あと数日で、俺は生まれ育ったミリーシェの元に帰る。
『……そうか。とうとう、なのか』
俺はそのままミリーシェの手紙に視線を戻した。
『成功したら、私はやっとオルフェルと一緒になれるね! やっと……だから早く帰ってきてね? 貴方を愛するミリーシェより』
ミリーシェの手紙は簡潔にそう締めくくられて、終わった。
俺はそれを再びポケットにしまいこんで、そして勢いよく立ち上がる。
「ここから歩いて帰ったら、ちょうどその日でつく。のんびり行こうぜ、ドライグ」
『ああ……少し体を休めるためにもそうしよう』
俺はそのまま、歩き出す。
とてつもなく俺の故郷からは離れているけど、まあ鍛えた体からしたら大したことはないな。
俺は帰る……戦いを決めた、約束の日のために。
つまり俺とミリーシェ―――最初で最後の赤と白の戦いのためだ。
―・・・
俺は数日かけて故郷に帰った。
故郷の風景はまるで変わっていなく、俺は故郷のホテル、というより宿舎に旅の荷物を置いて着替える。
なるべくお洒落な服に着替え、俺は故郷で有名な噴水のある広場に向かった。
流石に休日は人がごった返していて、俺は適当にベンチに座ってのんびりとする。
疲れとかは全然ないけど、でも帰ってきたという実感がわかないんだよな。
あいつに会わないと……そう思った時、不意に俺の視界が暗くなった。
「問題です! 私は誰でしょう? 正解者には私からのキスと大人なキスと、大人な事をプレゼントです!」
「……そんな馬鹿な事を言うのはお前だけだよ―――ミリーシェ」
すると俺の目元に押さえられていた手は離れ、俺は後ろを振り向く。
「あはは……久しぶりだね、オルフェル」
「……ああ、久しぶりだな、ミリーシェ」
そこには三年ぶりに会った最愛の幼馴染の姿があった。
背は少し伸びていて、どこか大人っぽい雰囲気を出している。
服装はヒラヒラのスカートに白色のコートを着ていて、髪型は前とほとんど変わらず綺麗なふわふわとした金髪で長い。
―――とても綺麗になったミリーシェがいた。
「あはは。オルフェルは随分と背が伸びたね? 体もがっちりしてるし……なんか、男らしくなった?」
「俺は前から男らしいから。お前は、まあ成長したな」
「むう! それはおっぱいが全然大きくなって無い私に対するあてつけか!」
ミリーシェは胸元を隠しながら涙目でそう言う……ってお前、胸を気にしていてたのかよ。
「ふんだ……どうせ揉み心地が微妙ですよ~だ……いざ揉んだら、どうせオルフェルは溜息吐いて『ふ……小さいな』って言うんだ! えっちの時に溜息吐くんだ!」
め、面倒くさい!
こいつ、前までこんな面倒だったか!?
「こんな人通りの中で何言ってんだよ!! それに俺はどっちかって言うと!!」
「ほ~う? どっちかって言うと控えめな方が好きなのかな?」
…………してやられた!
こいつ、全部これを言わせるために演技してたのかよ!
3年会わなかっただけでとんでもなく小悪魔になったな、ミリーシェは。
「でも、カッコよくなったよ、オルフェル。顔つきが、前と全然違うもん。あ~あ……私はオルフェルの全てを知っていると思ってたんだけどな~」
ミリーシェは少し寂しそうな顔をしてそう言う。
……まだ、俺はミリーシェと普通でいれる。
俺の中の歴代先輩の怨念は今はドライグにどうにかして押さえて貰っている。
たぶん、それはミリーシェも同じで白い龍のアルビオンに抑えて貰っているんだろうな。
「ま、色々あったからな……前までの俺じゃないよ。少なくとも、変わっていないのはお前への気持ちだけだ」
「……根本は変わって無いってことね。じゃあ、オルフェル!」
するとミリーシェはすっと俺に手を差し出してきて、そしてミリーシェの頬は赤くて笑顔だ。
俺はその手の意味をすぐに理解して、そしてその手を握った。
「久しぶりに、遊びますか?」
「うん! デートだよ! ラブラブデート!!」
……久しぶりに会った時、二人でデートする。
これは俺とミリーシェの約束の一つだ。
俺達の故郷は観光名所で遊べるところなんか山ほどある。
「最初は映画だね! 今日はいいのが上映してるんだよ!」
そう言われながら、俺はミリーシェに手をひかれて映画館に行くのだった。
「あ、それとミリーシェ。すっごく綺麗になったな!!」
「へっ!? ふ、不意打ちはズルいよ! 今すぐにエッチしたくなるからー!!!」
……偶にそんな会話を挟みながら。
―・・・
『良いじゃないか、ミルシェ……ほら、君だって興奮しているんだろう?』
『だ、ダメよ、オルフ……こんなとこで……あんっ!』
…………………………………………俺は、映画のスクリーンを見ながら絶句する。
俺は今、ミリーシェと映画を見ているけど、その内容は圧巻の物だった……もちろん、悪い意味で。
最初は本当に純愛ものと思っていたけど、まさかの開始10分でラブシーン開始だよ!
しかもなんかリアルだし、しかも名前が微妙に俺達に似通っているし!
「ふふふ……」
「お前、確信犯か!」
俺はほとんど人のいない映画館で隣に座るミリーシェにそう叫ぶように言うと、ミリーシェはさも当然のように胸を張っていた。
「ほら、予行演習? のための勉強と思えば……」
「お前はいつから、そんなにはしたない子になったんだよ!」
俺はついミリーシェの頭を掴んでギリギリと力を入れる!
「いたい! オルフェル、私にはそんな趣味はないよ!」
「るっせぇ! 映画の選択、頭おかしいだろ! もうちょいマシなのがあったはずだろうよな!」
映画館だと言うのに、俺は考えもなしに叫ぶけど、あいにく俺達以外にほとんど客はいないし、居ても寝てる客ばかりだ。
「でもね、オルフェル……この映画館で他に上映しているのって、これよりも過激な奴だよ? しかもどろっどろの三角関係の」
「…………とりあえず、出るぞ」
俺はミリーシェの手を引いて映画館から出る。
……俺も男だから、ああいうのはこいつと二人で見るのは色々ときついものがあるんだよ。
そして俺達は映画館を出て、そして街にもう一度歩く。
「むぅ……せっかく楽しみにしてたのにぃ……オルフェルが喜んでくれると思ったのに」
「せめて純愛だけにしろよ。あんなシーンばっかじゃあ見た後に気まずくなるだけだろ?」
「ふふふ……気まずくなってよそよそしいのが初々しいんじゃないのかな?」
ものには限度があるっていうの、覚えようか?
「ま、流石の私もあれはちょっと恥ずかしかったんだけどね?」
「流石って何だよ……ったく、何でこうも変わったかな。元々悪戯とかは好きだったけどさ」
「大人になったってことだよ! えっへん!」
……ミリーシェらしいと言えばらしいか。
ちょっとずれてるところはあるけど、それを全部ひっくるめてミリーシェだからな。
「でもオルフェルは男の子なんだから、女の子を引っ張っていかないとダメだよ!」
「じゃあ久しぶりにあそこに行こうぜ?」
俺はこの街にいた時、とくミリーシェと一緒に行ったことがある喫茶店のことを思い出しながらそう言うと、ミリーシェは少しさみしそうな顔をした。
「……あの喫茶店、今はないんだ……店長さんが亡くなっちゃって」
「―――そっか。俺がいない間に……」
……この街も、俺がいない間に随分と変わったんだな。
そう思うと、少し悲しくなってきた。
「……大丈夫だよ。変わらないものもあるから」
……ミリーシェはそう言って俺の手をぎゅっと握る。
変わらないもの…………そうだな、俺だってお前への想いだけは変わらない。
「……今日はめいっぱい遊ぼ?」
「ああ……そうだな。
俺とミリーシェは互いを求めあうように、どちらともなく自然と握る手を強くする。
そして俺達はその日、街中を歩き遊びまわった。
―――適当な店を見つけては子供みたいに入って、何気ないただの日常を謳歌した。
ずっと会えなかったからこそ、どうでもよかったことがどうでもよくなくなっていた。
ただ二人でこんな風に歩くことが、こんなにいいことなんて考えもしなかった。
離れて初めて分かったんだ。
いや、再認識した……俺には、ミリーシェがいなきゃダメだってことを。
俺が三年もの長い期間、命を危ないほどの修行に耐えることが出来たのはきっと……ミリーシェが俺の遥か前にいたから。
ミリーシェの傍にいたい、だからこそ俺達の問題を俺達で解決する。
その想いがあったから、俺は強くなれた。
―――…………楽しい時間は、あっという間に過ぎてしまう。
永遠に続けと思っても、時間はすぐに過ぎてしまう。
「……もう、夕方に近づいてきたね」
人通りのベンチで寄り添うように座る俺とミリーシェ。
ミリーシェはそんな中で、静かにそう言った。
太陽は既に沈みかけていて、幻想的な夕焼けが俺達の瞳に映し出されている……時間か。
「ミリーシェ……最後に、あそこに行こうぜ。俺とお前が、いつも遊んでいたあの場所に」
「…………うん」
頷きあうと、俺達は立ち上がり再び歩き出す。
……楽しい時間は、幸せは終わりなんだ。
あとは―――全部終わらして、またミリーシェと同じ時間を過ごす。
それだけだ。
―・・・
広大な草原、俺達の街から数十分歩いたところにある、俺達が良く二人だけで遊んだ思い出の場所だ。
夕方になると夕焼けが美しく見えて、俺の知る限りでは一番綺麗な場所。
「……ここに来たのは久しぶりだね」
「……ああ」
何もない草原、そしてミリーシェは夕焼けを背景にして俺の前に立つ。
俺の背中を見せて、振り返らずに。
「……ずっとね、私は自分の境遇を恨んでたんだ」
「俺もそうだよ」
神器に眠る深い恨みの怨念のせいで一緒に居られなかった……やっと想いが繋がったのに、一緒に居られないと知ってしまった3年前。
苦しかった……会えないことが、一緒にいれないことが。
「……私は、すごく嫉妬深いんだよ。オルフェルが私の傍にいないとき、もしかしたら他の女の子と仲良くしてるとか、そんなこと思ってた……あり得ないのにね」
「……俺に他に好きな人がいるって勘違いして死のうとしたからな。そんなこと知ってるよ」
俺は昔を思い出すようにそう言う。
俺が神器に目覚めるきっかけ……屋上から落ちそうになったミリーシェを救おうとして、力を欲して発現した神器。
「……心が張り裂けそうだったよ。最初の頃なんて毎晩泣いてたよ。今まで毎日会ってたオルフェルとは会えない。だから私はアルビオンに言ってたよ。なんで私を選んだの! ……って」
……選んだわけじゃない。
俺とミリーシェが赤龍帝と白龍皇になったのは本当に偶然だろうな。
ドライグだって、しばらくしてから俺に謝ってきた。
自分とアルビオンが争っているから、想いあっている俺達を引き裂くような真似をして……でもそれは違うってことは分かっている。
こうなってしまったのは、ドライグのせいではない。
力という”覇”を求めた歴代の赤龍帝と白龍皇の過失だ。
ただ戦うためだけに覇を求め、そして死んでいった。
「でも俺達は誓った……赤と白の運命を変えて見せるって。だからこそ、俺はお前から離れて、そしていつか一緒になるために―――強くなった」
「……そっか」
ミリーシェはそう言うと、俺の方に振り向いて一歩ずつ俺に近づいてくる。
そして俺の目の前で立ち止まって、少し顔を俺の方に向けて目を閉じた。
俺はそれに応えるように…………ミリーシェにキスをした。
短い時間の接触……それがいつまでも続けばいいと思うけど、でもそれはすぐに終わる。
「……好きだよ、オルフェル。ずっとずっと、小さいころから生まれた時から大好きだよ」
「…………ったく、お前の愛は重くて純粋だな。でも―――俺はそんなお前が好きだから、どうしようもないな」
夕焼けに照らされるミリーシェは嫌に幻想的に見える。
愛しい……でも俺は覚悟を決めよう。
『……もういいか? 相棒』
「ああ……ありがとな、先輩方を押さえてくれていて」
ドライグが様子を窺っていたように、ミリーシェにも届くように籠手から声を出す。
『……実にありえないことだな。赤と白の力を有したものが、こうして一日を過ごすなんて…………満足か、ミリーシェ・アルウェルト』
「……うん」
……アルビオンの声が聞こえる。
そっか…………もう時間か。
「俺達は歴代の怨念が消し去るほど、戦いを楽しいと思わせるために全力で戦う……ミリーシェ、そうだったよな」
「そうだよ……ここからは、私も自分は抑えれないから」
……籠手の中から、俺の魂に怨念がへばりつく。
―――殺せ、白は敵だ……奴を殺せ
……そんな声が聞こえるけど、俺はそれをふりはらう。
「いつまでもそんなことを言ってんじゃねえ! お前らは見ておけ……最初で最後、最高の赤と白のぶつかり合いを!」
俺はミリーシェの方に拳を向けた。
「ミリーシェ、いくぜ……ブーステッド・ギア」
「……ディバイン・ディバイディング」
俺は左腕に籠手型の神滅具、
……ミリーシェをこうして目の前にすると、明らかな強さが肌を通じて分かる。
「……流石は女皇。威圧感が半端じゃないな」
「オルフェル。私はオルフェルが好き……だから手加減なんかしてあげない。私のもつ全ての力をオルフェルにぶつける!」
ミリーシェは動き出す。
元の魔力が俺とは雲泥の差だからか、神器の力がなくとも既に速度は俺よりも上だ。
「いくぞ……ブースト!」
『Boost!!』
籠手から倍増の音声が鳴り響き、俺は飛んでくるミリーシェを避けて距離を取る。
……ミリーシェの半減の力は強力だ。
触れたものの力を10秒ごとに半減して、それを自分の糧にする。
それが白龍皇の力だ。
「触れなければ意味がない。俺はそれを3年間、考え続けてきたさ」
『Boost!!』
だけど俺は違う。
俺は10秒ごとに自分の力を倍増させる……つまり触らさせなければそれだけで俺は強くなる。
たとえ一の力が弱くても、時間が立てば俺は強くなれる。
「悪いけど、格好悪いがこういう戦い方をさしてもらう。お前の攻撃は、当たらない!」
「……なら、こういうのはどうかな!!」
ミリーシェは白い翼を体に這わせ、そして次の瞬間にそれを羽ばたかせる!
それは白い魔力弾となって無数に俺へと放たれた!
「ッ! ホント、才能って怖いな!」
俺は放たれる魔力弾をかわしながら倍増してゆく。
俺はある程度の力を倍増しなければ魔力弾は放てないけど、ミリーシェは元からの魔力が高いからそうではない。
こんな風に、強力な魔力散弾をも軽く放てるからな。
『Boost!!』
そうしているうちに俺の籠手は6段階の倍増を完了する。
ミリーシェは白い弾丸を撃ち続けているせいか、動けてはいない。
よし……いくぜ!
『Explosion!!!』
籠手の力が解放され、俺の力は何倍にも膨れ上がった!
俺はその力を身体能力に加算して、そして一瞬でミリーシェの後方に移動する。
今の速度は目では絶対に追えることはない……ミリーシェは俺が後方に来ていることに気付くことに少し遅れ、俺はミリーシェが振り返った瞬間に、ミリーシェの額ギリギリに拳を突き付けた。
「―――今の一撃、決まってたら俺の勝ちだ」
「…………あはは。そっか。私は神器の扱いでは負けたんだ―――なら」
ミリーシェは一瞬で俺の傍から離れ、空中に浮かぶ。
残念だけど俺は籠手の状態では空中には行けない。
ただの神器としての勝負は俺の勝ち……なら次は間違いなく―――禁手での戦いだ。
「驚いたよ、オルフェル……魔力もほとんどないのに、それでも神器の扱い方は私なんかよりも強いなんて。でもここからは神器の使い方とか、そんな次元の話じゃないよ?」
「……そうだな」
俺とミリーシェは地と空中に見つめあう。
「「バランス・ブレイク」」
両者同時にそう言った瞬間、俺達は赤と白のオーラに覆われた。
体中に鎧が装着されていき、そして……
『Welsh Dragon Balance Breaker!!!!!!』
『Vanishing Dragon Balance Breaker!!!!!!』
俺とミリーシェは、赤い鎧と白い鎧をそれぞれ装着した。
対極、赤と白の奥手だ。
『ドライグよ……貴様の主と我が主の才能の差、思い知るがいいさ』
『ふふ……アルビオン、才能だけが強さと思っているなら、お前はこの男に恐れおののく。才能の無さは、時にして強さになると』
……ドライグとアルビオンの神器越しでの会話の最中、俺は鎧の力で飛行能力を得たためにミリーシェと同じ目線に浮く。
鎧に体全身が覆われているため、ミリーシェの顔は見えない。
「禁手化同士の赤と白の戦い……これが本当の勝負だよね?」
「ああ……楽しもうぜ、一世一代の戦いだ―――なあ、ミリーシェ!!」
『BoostBoostBoostBooutBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!!!』
俺はブーステッド・ギアの禁手の力を使い、限界を越えた倍増の応酬を披露する。
これこそが赤龍帝の鎧の真骨頂。
ミリーシェは俺の力に対し、少しばかり関心したような声音を漏らしていた。
「……ッ! これが赤龍帝の……オルフェルの力」
『ミリーシェ。お前の力は触れなければ機能しない』
アルビオンがミリーシェにそう言うと、ミリーシェは翼を羽ばたかせる。
……すげえな、魔力が段違いだ。
だけど……行くぞ、ドライグ!
『応ッ! 相棒、お前の力を奴に見せつけろ!』
俺は極大な赤い魔力の塊をつくり、そしてそれをミリーシェに放つ!
「
魔力弾は放たれた直後、ミリーシェに向かう最中に拡散して幾重にもなる。
一つ一つが相当の威力だ……どう出る?
「……うん。これならいけるかも」
ミリーシェは魔力壁をつくりだして俺の魔力弾を阻もうとする……でも目的はそれじゃない!
魔力壁を介して、あいつは俺の弾丸に触れている!
『Divide!!』
……俺のドラゴンキャノンは半減された。
俺に触れていないのに、そんな芸当すらもできるのかよ。
弾丸はさらに半減し、更に半減されて力は完全に消失する。
「半減した力を更に自分の力の糧にする……白龍皇の力、忘れたわけじゃないでしょ?」
「……当然、そいつの対処も考えてきたんでね!」
『BoostBoostBoostBooutBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!!!』
ミリーシェには遠距離戦じゃあ戦いにならない!
だったら、倍増の全てをパワーに変えてやる!
俺はミリーシェの付近まで一瞬で移動して、そして背後に回り込む!
一度でも触られたらそれでもう半減の対象だ!
しかも俺は半減された力を倍増で元に戻せるけど、ミリーシェはその分強くなるからそれで俺は詰んでしまう!
「―――オルフェルの事は、ミリーシェは何でもお見通しだよ?」
……その言葉が聞こえた瞬間、ミリーシェは翼から極大な魔力弾を撃ち込むッ!
俺はそれを避けきれず、そして地面に直撃しそうになるのを何とか押しとどまるけど、でもミリーシェは既に俺の前にいた!
「くそっ!」
「無駄だよ、オルフェル!」
でもミリーシェは俺の腹部に打撃をいれ、そして一度俺より距離を取った。
まずいッ!
『Divide!!』
―――俺の体から、力が半減される。
それに負けじと、籠手は更に倍増するけど、でもまたミリーシェの力で半減する。
不味い……このままじゃあミリーシェの力が上がり続ける!
「ドライグ、あれをするぞ!」
『……気をつけろ。あまりにもあれは諸刃の剣だ―――決めろよ、相棒!』
俺は赤龍帝のオーラを全て前面に出す!
『BoostBoostBoostBooutBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!!!』
俺の力は再び倍増され続け、俺は倍増した瞬間に力を全ての力を解放した!
「くらえ! ドラゴンキャノン!」
俺はすぐさま龍の形をした魔力弾を撃ち放った!
……力を取られるくらいなら、力を溜めて惜しげもなく使い果たす。
これが俺が考えた白龍皇の対処法の一つだ。
俺がミリーシェに触れられた以上、もう半減の力からは逃れられないからな。
「……ッ! これでは私の白龍皇の力からは逃れられないよ!」
『Divide!!』
……再び俺の力は半減される。
だけど倍増の力を全て使い果たしたから、大してミリーシェの力は上がってない!
『身体の負担を何も考えず、力をあげて途端に使う……何度も何度もアクセルをを踏み続ける車と同じ原理だ。相棒だからこそ、肉体が完成形となっているからこそできる芸当だ』
ああ、これは負担がすごい。
ミリーシェの半減を発動する前に全ての力を使い果たすなんて、正直魔力皆無の俺からしたら自殺行為だ。
だけど……これくらいしないと、運命なんか変えられない!
俺はミリーシェに近づき、そしてその付近から一気に倍増の力を込める拳で殴り飛ばす!
「くッ! なら!」
ミリーシェも同じように俺と近距離戦で殴りあった。
……昔、ミリーシェと喧嘩した時のことを思い出す。
そういえば昔は俺はミリーシェにいつも泣かされてたな……こいつは普段はぽわぽわしていたくせに、怒ったら鬼のように怖くて強いから。
でも今は……
「いつまでも俺は同じじゃない!」
「なら見せてよ! オルフェルの、力を!」
ミリーシェは俺から奪った力を全て魔力弾に変えて俺に放つ!
『BoostBoostBoostBooutBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!!!』
再びなる倍増、そして俺は一気にミリーシェの魔力弾へと向かって、同じように魔力弾を放つ!
「
でも俺はそれを相殺のために使わない。
それは全て、ミリーシェにダメージを与えるための追尾型の魔力弾。
魔力弾は俺のコントロールのもと、雨のようなミリーシェの魔力弾を潜り抜けてそしてあいつに直撃する!
そして俺もまた、幾重もの魔力弾を直撃して、鎧のあちこちに傷が生まれた。
「はぁ、はぁ……オルフェル、強いね。魔力なんてほとんどないくせに、最小限の力で最大の攻撃をする。もしオルフェルに私みたいな魔力があれば、オルフェルは私にすぐに勝てるね」
「ぬかせ……ないものねだりはしないさ。さぁ、俺はまだまだ戦える! やろうぜ、ミリーシェ!」
『Boost!!』
『Divide!!』
互いの反発しあう力が力を相殺しあう。
これは長期戦になる。
「いくよ、オルフェル!」
ミリーシェが流星のように俺の元にすごい速度で向かい来る。
近距離戦での殴り合い、遠距離戦での魔力弾での応戦。
同じような事を何度も何度も繰り返し、俺達は遥か空中で互いに想いをぶつけあいながら戦う。
―――楽しい。
こんなにも均衡する戦いは初めてだ。
さっきから、俺の中の怨念が姿を現さない。
『相棒……随分と歴代の赤龍帝の怨念が静かだ。おそらく、この戦いを見届けているのだ』
そうか……なら、もっと頑張らないとな!
「はぁ、はぁ……そっか、長期戦になったら不利なのは私だね」
「……気付いたか」
……俺のミリーシェの対処法の一つは単純に長期戦。
長い間、俺はこの体一つで戦い続けてきたからな……スタミナには自信がある。
白龍皇の力はパワーは奪えてもスタミナまでは奪えない。
たとえ、圧倒的な魔力の差があってもミリーシェにその余裕がなければ怖くない。
「才能がないのは時に強さか……オルフェルの中のドライグが言った意味が分かったよ―――オルフェル、貴方は強い。最弱だなんて言われてるけど、そんなことないよ。現に私は追い込められている」
『…………認めたくはないがそうだ。ミリーシェ、貴様は押されているな』
アルビオンが宝玉からそう言う。
……って言っても既に俺の中には魔力は残されていない。
スタミナだけで、近距離戦だけで戦えるか?
『戦おうじゃないか、相棒……いつでも相棒は不利な状況で戦ってきた』
……そうだな。
いこうぜ、相棒!
『応ッ!』
俺は背中のブースターから倍増のオーラをジェットのように使って、一気にミリーシェと距離を詰める。
ミリーシェは俺の顔面に拳を放ってくるけど、俺はそれをいなしてカウンターで腹部に打突を加え、そしてミリーシェの鎧の籠手を蹴りで粉砕した!
「ッ! アルビオン、修復!」
「やらせるか!」
俺は焦るミリーシェを地面に向かい蹴り飛ばし、そしてそれを追いかける!
『Divide!!』
……力が半減され、ミリーシェは降下途中に魔力弾を放ってくるが、俺はそれを何とか避け続ける!
途中、何度か直撃して鎧の各所に穴が空く。
だけど俺はミリーシェに追いつき、そしてその背中の翼に向かって全力の拳を加えた!!
『ッ! 避けろ、ミリーシェ!』
アルビオンがそう言うが、関係ない!
『Transfer!!!』
俺はミリーシェの翼に倍増した力の全てを注ぎ込む!
その途端、ミリーシェは嬌声をあげた!
「あぁぁぁっ……! これはぁぁ……!?」
「白龍皇の力を利用させてもらうぜ!」
俺は嬌声をあげた直後、ミリーシェを再び空中に投げ飛ばす!
……白龍皇の力は半減した力を自分の糧にする。
だけどそれは、吸収した力が自分のキャパシティを超えていたら、その翼から力を放散して体の決壊を止め、いつでも万全の状態で戦えるという力だ。
だから俺は、半減どころか全ての力をミリーシェに送った。
倍増で限界まで高めた力……濃密度の倍増の力だ。
それで突然の力が翼に入ったことで翼から出される吐きだす力と、俺が渡した力を吸い取る力が暴発して神器が暴走を起こすってことだ。
「ドライグ、全力だ!」
『BoostBoostBoostBooutBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBooutBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!!!!』
今までよりも限界に近づくほどの倍増を俺はする!
これは体への負担が思っていたよりもすごいッ!
だけど行ける!
「これで終わりだ!!」
俺は背中のブースターより倍増の力を放射して、一気に遥か空中でミリーシェに近づく!
そして付近に来た時だった。
『ッ!? 相棒、逃げろ!!』
『赤龍帝、ミリーシェを連れて更に高く飛べ!!』
……突然、ドライグとアルビオンが俺にそう言ってきた。
その途端、俺は背筋に冷たいものを感じて、言われた通りにミリーシェの手を掴んで空中を飛んだ。
―――その瞬間だった。
「ッッ!!」
今まで俺達が浮遊していた所は、青黒いブレスのような極大な力で貫かれ、それは遥か向こうまで伸びていた。
「……これは、どういうことだ?」
『……相棒、気をつけろ。まずは向こうを見ろ』
俺はドライグに言われた方向を見る―――そこには、あり得ない存在がいた。
「……なんだ、この禍々しい―――ドラゴンのオーラはッ!!」
俺の視界には……体調が200メートルを軽く越す、青と黒の色をしたドラゴンがいた。
『奴は邪龍だ』
……アルビオンがそう言うと、俺の腕の中にいるミリーシェがようやく動けるようになった。
「……オルフェル、あれは」
ミリーシェはその禍々しい邪龍を見て、少し震える。
【おいおい……適当に暴れてやろうと思ったら、どうした? まさか赤と白の戦いに遭遇するとはよ―――この
……邪龍が離れた所から、嘲笑うようにそう言ってきた。
『相棒、奴は邪龍と筆頭されるドラゴンの一歩手前にいる、強力な邪龍だ。あのブレスに当たれば死をも覚悟するような滅亡が襲う』
俺はドライグの説明を聞いて、静かにミリーシェを支える手を離して、ミリーシェと共に宙に浮く。
……でもそんな説明の最中、俺は恐れよりも耐え難い怒りに囚われていた。
―――この日のために努力を続けて来た日々、俺の大切な存在を手に掛けようとした畜生の存在。
それに対する度を越えた怒り。
「……なあ、ミリーシェ―――俺さ、今かなり怒ってんだよ」
「同感……最初は少し怖かったけど、でも今は私も怒ってるよ」
……ミリーシェの声は怒気が含まれている。
そう、俺達が長い間かけて用意してきた戦いを邪魔されて、俺の中の怒りは頂点に達している。
「一時休戦だ。俺の中の先輩の怨念も、今はあいつをぶっ殺せって言ってる気がするからさ」
「……ふふ。赤と白が共闘するなんて、まさかと思うけど、今までなかったはずだよね」
俺とミリーシェはそう言いながら共に邪龍の元まで空を掛けながら行く。
『よもや、お前と共に戦うことになるとはな、白いの』
『……だがそれもいい。流石に俺もこうも三下に邪魔されたら、頭にくるものだからな』
……皆の気持ちが、一つになる。
【おぉ?まさか二人で相手にしてくれんのか? まあお前ら、死は確定だけどな!!】
邪龍はお構いなしにその尻尾を俺とミリーシェに振るってくる。
―――ミリーシェが完全にキレている意味、こいつには分かんないだろうな。
「―――切り裂け」
……ミリーシェがそう呟いた瞬間、ミリーシェの翼は邪龍の尻尾を―――完全に切断した。
【は? はぁぁぁぁああああああ!!?】
邪龍は突然のことに驚くけど、悪いけどこうなってしまったミリーシェはもう止まらない。
ミリーシェの魔力の性質は……怒りが頂点に達した時、全てを切断する性質に魔力が変わる。
そして神器は宿主の想いに応えて進化するからな……言わば、切断の翼。
「邪魔しないでよ。私はオルフェルと戦って、一緒になって、子供を作って、いっぱいいっぱいラブラブするって決めてるんだからさ。子供の名前ももう決めてるし、老後のことも全部私の頭に入ってるんだからさ……三下が水をさすなよ、屑龍」
……ミリーシェは本気でキレた時、マジでやばい。
しかもそれが俺が関係していることなら、こいつは怒りのせいで俺とミリーシェの邪魔になる存在を全て消そうとする。
―――思い出すだけで怖いぜ……ミリーシェに手を出そうとしたクラスメイトの男子の末路。
だけどこの状態のミリーシェは正直隙だらけだからな!
『BoostBoostBoostBooutBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!!!』
【黙れ、白龍皇ォォォォォォォ!!!!!!!】
邪龍がミリーシェにブレスを吐こうとした瞬間、俺は邪龍を拳で殴り飛ばす!
怒りで俺の力も相当高まりが早くなっている!
邪龍は俺からの衝撃波で一気に飛ばされ、そして体の至るところから傷が生まれていた。
「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない―――許さない!!!!!」
……ミリーシェの追撃が邪龍を襲う!
ミリーシェの翼から全てを切り刻む魔力弾が放たれて、邪龍の体を抉る!
『……相棒、彼女はなんだ? 明らかにさっきよりも動きも力も上がっているではないか』
「……ミリーシェは昔からさ、俺が関わったら暴走するんだ。特に俺が昔、クラスメイトにはぶられたときなんかヤバかった―――クラスの男子を血祭りにあげたよ」
……どうしてもあの時のことと今が重なってしまう。
それほどにあの邪龍、本領以前に圧倒されている。
【うがァァァァぁぁああああああ!!!?】
邪龍が口を大きく開いた!
これは間違いなく今のミリーシェでは防ぐことなんかできない!
っていうか今なお切断の魔力弾を撃ち込んでるし!
「間に合えよ……ッ!」
俺は避ける動作もしないミリーシェの手を引いて、そのまま投げ飛ばした瞬間に邪龍は蒼黒いブレスを放ち、俺はそれをかすかに鎧がかすめるッ!
かすっただけで鎧に穴が空く……あいつの攻撃は相当厄介だ。
あいつはのろいけど、代わりに強い力を持っているようだからな。
……その時だった。
『DivideDivideDivideDivideDivideDivideDivideDivideDivide!!!!!』
……邪龍に包まれるドラゴンの強大なオーラが、次々と消失していく。
―――見ると、そこには白いオーラを体に包みながら怖いほどのオーラを放っているミリーシェの姿があった。
「オルフェルが傷ついた……オルフェルが痛がってる……許さない、ホントに許さない!!!」
そしてミリーシェは奪った力を全て超極大の魔力弾に変えている!!
あいつの今のキャパシティーを完全に乗り越えて、全部の力を使えてる!?
『末恐ろしいな……だがあの程度では邪龍は倒せないぞ!」
「だからこそ、俺がいるんだろ?」
……俺はミリーシェの傍に近寄る。
「あ、オルフェル。待っててね? 今すぐオルフェルを傷つけたあいつを殺すから」
「……ああ、だけどそれでもあいつは殺しきれない―――だから俺の力を使え」
俺は天に手を仰いでいるミリーシェの手を取って、力を手に集中させる。
『Transfer!!!』
そして倍増して限界まで高めた力をミリーシェに譲渡した途端、俺の体は力が入らなくなる。
だけどまだだ!
ミリーシェの魔力弾は俺の倍増の力を得て、更に大きく強くなっている。
……でもあまりにも大きすぎて、あれじゃあ避けられるだろうな。
「ミリーシェ、俺があいつに隙をつくる。その間にあいつにそれをぶっ放て! 俺達の初めての共同作業ってやつだ」
「―――共同作業ッ!?」
俺はそう言うと、力が抜けた体に更に無理を強いた。
『BoostBoostBoostBooutBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!!!』
流石にッ、これ以上の倍増は体が引き裂かれるみたいにきついな。
「俺が必ず隙をつくる……だから決めろよ?ミリーシェ!!」
俺は全ての限界をかき捨てて、痛みと力の消失で自我を失っている邪龍の元に向かう。
【なんだよぉぉぉ!!たかが赤龍帝と白龍皇の分際で!!この俺の力を奪って!!】
「……そんな程度で自我を失っている程度じゃあ、ドラゴンの名が泣くぞ―――俺の知ってるドラゴンは、悠然としていて、優しく、強く……誇り高い! お前なんかと一緒にするのがおこがましい!!」
そうだ……ドライグはもっとすごい!
こんな奴なんかよりも!
【黙れぇぇぇ!!!】
邪龍は俺に向かって未だ強い、ブレスを放つ!
だけどこんなのは他の魔獣と戦ってて慣れてんだよ!
むしろあいつらの方がまだマシだ!
『奴は滅することで快感を覚えるドラゴンだ……命をかけて生きている魔獣とは違うさ』
ああ、あいつらは生きるために戦ってる!
こいつは人を殺すため、快楽のために力を使う……それが一番、許せない!
それに何より、俺達の戦いを邪魔した!
「ドライグ、全部拳に乗せろ!!!」
『応ッ!!』
俺はブレスを真正面から赤龍帝の全ての力をオーラにした拳で相対する!
鎧が次々に決壊する中、でも俺の拳は消えない!
「いけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
俺は邪龍のブレスを抜けて、そして自分の拳が壊れるほどの力で邪龍の堅い体を殴りつけた!
その一撃で邪龍は体の動きを止め、そして隙が生まれる!
「いけぇぇぇ!! ミリーシェ!!!」
俺はそのまま邪龍から出来るだけ距離を取り、そしてミリーシェをみた。
そしてミリーシェは超極大で更に一回り大きくなった白い魔力弾を、邪龍へと放った!!
邪龍よりも下降の場所からの発動だから、そのエネルギーは全部空に放たれる!
街には影響はないはずだ!
【ぐがぁぁぁぁぁぁぁああ!!! おのれぇぇぇぇぇぇ!!! 赤龍帝、白龍皇!!! お前らを絶対にぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!】
……ミリーシェの白い極大の魔力弾で、邪龍は飲み込まれる。
そして絶叫に近い声をあげて、そして…………ミリーシェの力で完全に消滅した。
―・・・
俺とミリーシェは再び、相対している。
邪龍を完全に下し、そして俺達は同じ目線で宙に浮きながら目線を外さない。
鎧は互いにボロボロで、修復するほどの力ももう残っていない。
俺とミリーシェは鎧のマスクを収納していて、互いに顔だけが外気にさらされている。
「……楽しかったよ、一緒に戦えて―――なぁ~んだ。赤と白の運命ってさ…………もう、乗り越えてたんだよ」
「…………ああ」
……さっきから、俺の中の怨念は姿を現さない。
『……本当に、こんなことがあるんだな。まだ怨念はあるが、だがそれもかなり薄い―――はは、相棒達の想いは、届いたということか?』
ああ、それならいいな。
そして俺とミリーシェは近づきあう。
そして手を取るけど、俺達には変化は訪れない。
「……やった……これで、これでオルフェルとッ!!」
ミリーシェはそのことに涙を流す―――長かった。
本当に、長かった。
これで俺とミリーシェは……一緒にいられるッ!!!
――――――――ザシュ・・・ザシュ・・・俺の耳に、聞き覚えのない効果音が響いた。
そして俺は……目を疑った。
「……ミリー……シェ―――?」
何が起きたか分からない。
どうして……どうして―――
「あ、れ……? なんで、わたし……息が…………体が、いたいの?」
――――――ミリーシェの体が、常闇の槍で、何か所も串刺しにされていた。
「ミリーシェ……? なんでそんな……」
ミリーシェは力なく、そこから落ちていく姿を、俺は力なくミリーシェを腕で支える。
黒い槍は消失し、宙にミリーシェの鮮血が舞った。
俺は頭が真っ白になる。
一緒になれると思ったのに……いつまでも二人で共にいれると思ったのに―――
なんで……
「誰だ……誰だぁぁぁぁぁぁぁああああああぁぁぁあああああああ!!!」
叫ぶッ!
俺は叫び続けるなか、不意に空を見た。
辺りは月の光に照らされ、そして俺はそこである黒い影をみた。
―――そっか……あいつがミリーシェを……
『相棒ッ! 気を確かに持て! 今はそんなことを…………ッ!! まさかここで……』
…………ああ、そっか。
なんだ、簡単な事じゃないか。
―――――――”覇”を、求めればいいんだ
そう思った途端に、俺は今まで見たことないぐらいの赤い、闇の色に染まった赤色のオーラが俺を包む。
力が欲しい……力が……
『……相棒ォォォォォォォぉ!!!!』
ドライグの叫び声が聞こえる……でもそれとは別に俺の耳にさらなる心地いい呪詛の声が聞こえた。
憎い……悲しい、辛い…………―――殺したい
『我、目覚めるは――』
<始まったよ><始まってしまうのね>
『覇の理を神より奪いし二天龍なり――』
<いつだって、そうでした><そうじゃな、いつだってそうだった>
『無限を嗤い、夢幻を憂う――』
<世界が求めるとは――><世界が否定するのは――>
『我、赤き龍の覇王と成りて――』
<いつだって、力でした><いつだって、愛でした>
―――分かってた。
ドライグが叫んだ理由も、全て、何もかも……
でも俺は……俺は!
「「「「「「「汝を紅蓮の煉獄へと沈めよう――」」」」」」」
『Juggernaut Drive!!!!!!!!!!』
身を破滅する、赤龍帝の力が俺の中で爆発する……体全体がドラゴンになった感覚……
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!ミリーシェぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
俺は空に浮かぶ黒い影へと襲いかかろる。
『………………相棒』
……だけど、途端に俺は体が引き裂かれるような痛みに襲われる。
覇龍を発動しても―――発動した反動で死ぬほど、俺は無力だった。
どうしてだよ……どうして、俺はッ!
こんなところで、何も出来ないんだよ!
俺は突然、体が動かなくなったと同様に空から地面へと落ちていく。
今まで支えていたミリーシェも同じで、俺と同様に落ちていた。
そして……俺は最後の力を振り絞って、衝撃からミリーシェを守り、そのまま美しい花が咲く草原で横になった。
『……
……ああ、そうだな。
分かっていたさ……俺じゃあ、使えないことくらい。
俺ぐらいじゃあ、ジャガーノート・ドライブは使えないし、それに俺は”覇”を捨てたって言ってたくせにッ!!
「俺は……守れ、なかったッ!ミリーシェを、失って……何も考えられなく、なって……」
俺の体から永遠のように血が流れゆく。
俺は……ほとんどない力を振り絞って、近くに倒れているミリーシェに近づいた。
花を俺の血で濡らしながら、地面を這うように……
「……ミリーシェ……何でだろう、な。俺達は……」
話す力も残ってない。
視界が薄れていく。
「―――好きだ、ミリーシェ……ッ!!」
俺はミリーシェの頬に触れると、冷たい頬に一筋の涙が落ちる。
……ああ、そうか―――もう俺は……
『相棒ッ!』
……ごめんな、ドライグ。
もう俺は―――
『お前は、最高の赤龍帝だったッ! 誰が何と言おうと、それだけは事実だ!!』
まだ、そう言ってくれるなら、俺は…………幸せ、者だったよ。
憎しみも、怒りも、何も……俺は断てない。
想いも、気持ちも…………これが神器を宿したものの、末路なのか?
もう少ししか生きられない……風前の灯だ。
死ぬ間際になって昔のことを思い出す。
無邪気に二人で遊び回った日々、キスをした光景。
……もう、終わりか。
「ミーと一緒に生きれたら、何も要らなかったのにな……」
俺は、昔のミリーシェの呼び方をしながら目を閉じる。
あの黒い影はいない……
ドライグは何かを叫んでるけど、俺はそのまま――――――
―・・・
「―――ミリーシェ!!!!」
俺は目を覚ます………………そうか、俺は夢を見てたんだ。
昔の夢……転生前の、俺。
名前すらも思い出せない……俺の隣には部長やアーシアが寝てる。
『……相棒。お前は夢を見ていたんだな』
……ドライグが、俺に話しかける。
ああ……そうだよ。
今頃になって、どうして……
「うぅ……くそッ! どうして、涙が……」
俺は布団から出て、そのままベランダに出る。
……あそこにいたら、部長やアーシアが起きるかもしれない。
―――俺は、弱い。
俺が誰かを救うのは、ただの贖罪なのか?
『……相棒、そんなことを考えるな! お前は今まで、昔もずっと、たくさんのヒトを助けたじゃないか!!』
……ごめん。
でも今は……
「弱いな……これじゃあ、祐斗のことなんか言えない……ッ」
俺は空を見上げた。
それはあの時、ミリーシェともに命を落とした時と同様に月が照らしている。
「―――俺は…………弱い」
俺はそう呟いて、そのままその場に力なく崩れた。