ハイスクールD×D ~優しいドラゴンと最高の赤龍帝~ 作:マッハでゴーだ!
しかし、どうして彼の話になるとこんなに長くなるのだろう…
――案外、フリード・セルゼンという人間は、思いがけないほどに人間味のある男だ。
幼少期は本当に正義を志し、しかしある時を境にその道は途切れてしまった。
それは彼が慕っていシスターが悪魔に成り下がり、その出来事を巡って同僚の神父を半殺しにしたところから、彼は外道神父となった。
何を信じたら良いかわからず、楽な方へと行った結果……裏切りを繰り返し、それでも心は空虚であったか。
――そんな時、フリードは赤に出会った。
自分のこれまでの反省が馬鹿げているように思えるほどに、その赤はまばゆく力強く……ひたすらに馬鹿正直であった。
その力に充てられて、柄にもなく力を求めるようになった。
そのためにバルパー・ガリレイという男にも力を貸し、エクスカリバーを手に入れた。
だけど……外道を謳うフリードが、バルパーに嫌悪感を抱いたことが、彼の変化の兆候であった。
……結果的に、フリードは赤こと兵藤一誠に挑む前に、彼の仲間の木場祐斗に敗れた。
――そして彼は、初めて命を賭けてでも守りたいものと出会った。
『フリーお兄ちゃん、どうやったら子供ってできるの?』
『おん? まさかのイリメスちゃんからの質問にびっくりだわ。急にどーしたー?』
『……い、いずれは、その……えへへ』
その守りたいものは、本当に可哀想な子供達だ。大人の欲望に弄ばれて、髪さえも色を失った子供達。
――第二次聖剣計画の被験者の子供を、フリードは救い出した。
たった一度、優しくされてパンをもらった。ただそれだけのきっかけで、フリードは変わった。
『その笑顔は愛くるしくて良いっすけどー、俺に聞いたら全力で真実を伝えるけど、それでも良いの?』
『ふ、フリーお兄ちゃんなら、全部受け止める!』
『――イリメスちゃんの将来が危ぶまれる!?』
こんな馬鹿らしい掛け合いをすることなど、ないと彼は思っていた。
穏やかな笑みを浮かべることも、自分が誰かを守ることなど……それでも、今の彼には守りたい人がいる。
それが例え重ねた罪を清算するための贖罪だとしても――彼はどんな時でも、彼らのために戦うことを決めた。
『――フリードくん。私も今掴んだ情報なんだが……禍の団にある戦争派と呼ばれる集団が、禁忌に手を出しているそうだ』
そんなある日、彼と共に子供達を保護しているガルド・ガリレイがフリードにそう話した。
『ぁ? なんすか、それ』
『……第三次聖剣計画』
その単語を聞いた瞬間、フリードは無意識に目を見開いた。
自分が関わった聖剣計画の概要を思い出すと、碌な計画でないことは間違いない。
――しかし、わざわざ彼が足を動かす必要性はなかった。
何せ彼が守りたいものは、第二次聖剣計画の被験者の子供だ。だから守る必要などない。
――しかし、フリードは立ち上がった。
『ガルドの爺さん、ちっとばっかり北欧に旅行に行かねー?』
『――ふふ、そうか。それが君の答えか』
フリードの照れ隠しに気付いたガルドは、微笑ましく笑う。
――そして、フリード・セルゼンは北欧の地で、悪意に晒されている二人の兄妹と出会った。
「なぁ、イッセーくんや」
「……決戦前になんだ?」
「いんやー、別に畏まって言うことじゃねぇんだけどさー――ディエルデとティファニアの二人は、俺がどうにかする。そこだけは任せてくれないっすか?」
決戦前、フリードは一誠にそう願った。
――兵藤一誠とフリード・セルゼンには共通点がある。それは共に聖剣計画を潰したという共通点だ。
一誠は第一次聖剣計画を、フリードは第二次聖剣計画を。
そして今、二人同じ戦場に立って、第三次聖剣計画を阻止しようとしていた。
「……思うところがあるのか?」
「――別に、俺はあんたほど正義心で行動してるわけじゃねぇよ? ……だけど、あの兄妹の面を見たら、どうにかしてやりたいってさ。柄にもなく思ったわけよ」
誰かを傷つけたくないのに、戦いに身を投じることしか出来ない現実の中にいる兄妹。
全てを諦めたあの顔を見て、フリードはどうしてもその姿が自分と重なった。
「聖剣に振り回される餓鬼を見るのは、もうウンザリだ。ディヨン・アバンセが人間の害悪の象徴であるなら、そいつ叩けばもうそれで問題は解決でしょ?」
「……ははっ、ホント変わったな。最初に会った時はもっとふざけた野郎だったのにさ」
「…………うるせ」
そんなことは自分が良く分かっている。口には出さないが、フリードはそう思っていた。
――別に全に対する英雄になりたいわけではない。そんなものが似合わないことはわかりきっているから、望もうとさえ思わないだろう。
だからフリードは、小さいものでいい。
全の英雄になれないのであれば、せめて――子供達のヒーローになれれば、それで良かった。
「ま、そういう全世界的なヒーローはお兄ちゃんドラゴンにお任せするっす」
「……ったく、お前は本当に素直じゃねぇよな」
――そんな光景を、ディエルデは見ていた。
剣から流れてくるフリード・セルゼンの過去や記憶が、彼の中に巡り巡る。
振り払おうにもそれに抗うことができず、そこでようやくこの現象が、アロンダイトエッジから奪った力であることに気付いた。
……子供達に囲まれる彼を見て、優しそうだと思ってしまった。
彼の元に行けば、不器用な彼が自分たちを守ってくれると、思ってしまった。
彼が本気でディエルデとティファニアのことを助けようとしていることに理解してしまった。
「(なにを、考えているんだ……)」
己がそんな思考に至っていることにさえ、驚きもしなかった。
――それでも、ディエルデはディヨンを裏切ることは出来ない。曲がりなりにもティファニアを救ってくれたことに対する恩義を感じているからだ。
だけど――
「全ての不幸は、全ての仕組まれた必然だった――……」
その言葉が、彼の頭の中の警報を鳴らしていた。
真実を知ってはいけない、と。それ以上を知ってはならないと。
「(もしも――本当に全部、ディヨン様の掌だったとしたら)」
――カチッ。彼の頭の中で、何かが外れる。
「俺は――オレハ、イッタイナンノタメニ、タタカッテイタンダ?」
『――はっはー、ディエルデくん。知らなくても良いことを知っちゃったんだね』
その時、ディエルデの頭の中にディヨンの声が響いた。
『まあ別に君達は本命のプランじゃないから、問題ないよ。結局、ティファニアは聖剣を封殺するだけしか力を得られなかったしねー』
ディヨンはまるで、ディエルデを壊すかのように話し続ける。
『あ、そうそう。君たちの不幸はぜーんぶ僕によって起きたこと。それは正解だよ――っていうか君は僕がそれくらい平気ですることは知っているだろう?』
やめてくれ、と思っても、ディヨンの声は止まらない。
『君達の親がおかしくなったのも、暴力を振るうようになったのも全部僕がそうして君達を孤独にさせたかったからさ! いやぁ、それにしても全部僕の思い通りになるとは思っていなかったよ!』
包み隠すことのなく、ディヨンは真実を残酷にも告げていく。
『ティファニア――ティファニアの病気は、違うんだよな? だ、だって、あれからティファニアはすごく元気になって……』
ディエルデは、最後の希望的観測を口にする。縋る声ような声は子供らしく、でも本当なら、誰もこんな状況下で聞きたくもなかった。
だけれど、現実とは恐ろしいほどに残酷で、
『たははははは! それもぜーんぶ、僕の掌の上に決まっているじゃないか! 君達を簡単に手に入れるための、単なる布石さ!』
その男は、平気で子供の心を壊し尽くす。
――ディエルデは何も考えられなくなった。
突きつけられた現実。フリードの言っていたことが真実だと知り、そしてそれまで感じていた想いが脆く崩れていく。
『真実を教えてあげよう。第三次聖剣計画の本当の目的は、別にティファニアを聖剣にすることなんかじゃないのさ! むしろティファニアは君を首を繋ぐ枷でしかない! ――その目的は、人間を聖人と呼ばれる化け物にすること』
途端、ドクンドクンとディエルデの身体が脈打つ。
『産まれながらズバ抜け聖の因子を持つ君を、純度の高い聖剣であるティファニアを使わせることで、因子の力を高め、そして今、花は開く!』
身体中が、熱くなる。
光の粒子がそこら中に散らばり、明らかな暴走状態だ。
理性を失いそうになる。そんな中、ディエルデは――
「――僕たちが、なにをしたっていうんだよ……っ」
泣いていた。
……まだ12歳の子供が、たった一人の妹を守るために必死に生きていた。
それさえも全て操られていただけと知れば、その反応は実に年相応だ。
『――初めて会った時に言わなかったかい? 僕は、リアリストだと。別に虚言は吐いていないさ。そう、真相を言わなかっただけで、嘘は言っていない』
ティファニアの命は救える。当然だ、彼がティファニアに謎の病気を感染させたのだから。
その言動はあまりにも狡猾過ぎる。
「――僕はただ、ティファニアと笑顔で過ごすだけで、よかったんだ……」
……あと数秒もすれば、ディエルデからは理性は失われ、ただの戦闘マシーンと化すだろう。
そんな時、ディエルデは不意にフリードの言葉を思い出した。
――俺が、お前さんたち二人を守ってやる。フリードは確かにそう言った。
今更だと思う。あれだけ拒否して、否定して、傷つけて。それでも不躾に何を願っているのだと、ディエルデも自覚していた。
だけど、彼の口は勝手に開き、
「助けて……――」
――その声は、確かに彼に届いた。
―・・・
「……馬鹿野郎が」
フリードは、視線の先で眩いほどの白いオーラを発しているディエルデに、そう言うしかなかった。
……フリードのアロンダイトエッジの能力の一つ、聖剣共鳴がディエルデから発動して数分。
その間に随分と状況は変わってしまった。
「そういうことかよ。ディヨンの目的は――人の身で神の域に行こうってか?」
フリードは肌で感じるオーラの質に、覚えがある。それは聖なるオーラよりも更に広域にある、神の放つものだ。
むろん、神と同等かと言われれば出力にはそこまで達していない。だか質自体は神の放つそれと同様に神々しい。
「――ふざけすぎだぜ、クソ野郎。ほんと、なんでこんな状況にならねぇと、助けての一言も言えねぇんだよ」
ディエルデが理性を失う直前、フリードの耳には確かに聞こえた。
小さくて、掠れるほどの声で……助けてと。
「……んで、お前さんはディエルデの側にいなくていいわけ?」
フリードは自分の近くでディエルデを心配そうに見つめるティファニアに、そう尋ねた。
――ディエルデが聖人化した瞬間、まるで用済みのようにティファニアは弾き飛ばされた。
そこで初めて人間態に戻り、今はフリードの近くにいるということだ。
「わ、私にはどうすることも、できないよ……」
「まあ事実、そうなんだけどさ。……あれはなんだかは、知ってんのかい?」
「……セイント、オーバー」
ティファニアは小さな声でそう呟いた。
「セイントオーバーね。……聖人になるってところか。まぁそこは驚きはしないっすよ。ディエルデは並外れた聖剣の因子を持ってるからね」
その場から動こうとしないディエルデを、フリードは見続けた。
「……ディヨンの目的はあっちだったってわけだ。そりゃあ、さっきまでのお二人さんと比べても明らかに違うよな」
「――お兄ちゃんは、助からないの?」
……ティファニアはフリードの服をキュッと握り締め、大粒の涙を流しながらそう聞いてきた。
「…………さぁな。聖人化のきっかけを俺は知らねぇから、戻し方わかんねぇよ。ただ、生半可な力じゃゼッテーあいつには歯がたたないってことはわかる。……なにか、情報をくれ」
フリードは腰を下ろし、ティファニアの肩を掴んだ。ティファニアの目から見ても、フリードに余裕がないことは一目瞭然だ。
――自分たちのことのために、こんな表情を浮かべてくれた人が、過去どれだけいたのだろうか。
そう考えると、自然に胸が暖かくなる。
「……お兄ちゃんは、ずっと揺れてた。あなたと対話してから、ずっとどうすることが正しいのかを……それで、あの人に本当のことを言われて……っ!」
「本当のこと、か。……何を言われたかはしらねぇけど、とにかくディエルデが今の状態になっているのは、精神を壊されたのが原因ってことか」
しかし、むやみやたらに襲いかかってこないところを見ると、まだどこかに理性を残しているようにも見えた。
「……今のディエルデは、どんくらい強い?」
「…………前までの、10倍くらい?」
「はっは、冗談きついわぁ――んま、しゃーねぇか」
フリードは腰を上げる。
それは意思表示だ。この状況下で、それでもなおディエルデを救おうとする強い意志が見られた。
「……でも、まだティファニアは俺っちになーんにも言ってねぇよな?」
「――へ?」
「へ、じゃねぇよ、可愛いなおい。あの堅物が助けてって言ったのに、君はなーんにもおねだりしてないわけじゃん? それだとなんかやる気おきねぇなーってね」
「え、えと……あ、あの……――あぅ」
フリードの悪戯な言葉に、ティファニアは戸惑った。
当の彼はわざとらしく「にしし」と笑って、その反応を頼むように見ていた。
――しかし、ティファニアは意を決したように、
「わ、私たちを助けて、ください……っ!!」
はっきりとした意志を伝えた。
その様を見て、満足したのか。フリードは少し照れ隠しのように目を逸らした。
左手でティファニアの頭をくしゃりと撫でながら。
「へいへい、しゃーねぇなぁ――おい、クソ英雄」
すると、フリードは突然アロンダイトエッジに向けて話し掛けた。
「今回はしゃーなしだ。ちっとばっか、力を貸しやがれ」
『相変わらず、人使いの荒い男だ――そんなことを言わなくても、私はいつでも力を貸しているというのにな」
アロンダイトエッジより、神秘的な声が響いた。
その声を聞くなり、フリードは嫌気の刺すような顔をする。そして、目を瞑り――アロンダイトの波動と合わせるように、意識を剣の中へと沈めていった。
――目を開けると、そこには騎士然とした面構えの、軽装な甲冑を身に纏う男がいた。
黒髮に灰色のメッシュがいくつも入っている。
「君は中々ここに遊びに来てくれないから、私は寂しかったものだよ。フリード・セルゼンよ」
「うるせぇホモ野郎。相棒がおめぇみたいなやつで、こちとら萎え萎えなんすよ。ほんっっっとうにな」
アロンダイトエッジの精神世界は、どこまでも続く大草原の真ん中に、白い円卓のテーブルが置かれているというシンプルなものだ。
その円卓の一席に、彼は座っていた。
「別に私に同性愛の趣向はないが……いやはや、君は中々私に心を開いてくれないな」
「はんっ、王様の女寝取ったクソ野郎と、なんで仲良くしねぇといけないんすか?」
「――ぐっっ、痛いところを突くっ!」
爽やか風の男は、意外とノリが軽い。
「面倒臭い会話は省いてくれよ――俺の言いたい事はわかってんでしょ?」
「ふむ。まあ、君と私はつながっているからな。……それにしても、ガラティーン、か」
「んま、あんたとは深い因縁めいたものがあるからねぇ――だろ? ランスロットさんよ」
――その男、ランスロットは苦笑いを浮かべた。
アロンダイトエッジの中には、その初代の持ち主であるランスロットの魂が宿っていた。
「そうだな。ガウェイン……彼が使っていた剣が、ガラティーンだ。私は彼を傷つけ、アーサー王を何度も裏切り続けた愚か者さ」
「……あんたを見てたらそんなことしなさそうに見えるんだけどなぁ」
フリードはそう言いつつ、ランスロットから何も問わない。
――聞いても何も変わらないことを、フリードはわざわざ聞こうとは思わなかった。聞いたところで過去が変わらはずがなく、そもそも興味もない。
「……君と私はよく似ている」
「はぁ? 舐めてると叩き折るっすよ?」
「お願いだ、それだけはやめてくれ――しかし、そんなことを言いつつ認めているところもあるだろう? 我々は共に贖罪を求めていた。違うかい?」
「はっ――残念っすけど、償ったところでやっちまった過去はかわらねぇ。俺にとって贖罪とかいう言葉は過去から逃げたい逃避の言葉だよ」
フリードはそうランスロットの言葉を切り捨てる。
「そんなもんを行動の指針にしてねぇよ。そんな上辺の言葉で、あの馬鹿の心に響くかって話っす」
「……そうか。そうだな、君という男は、天邪鬼で真っ直ぐだったな」
「やめろい! 俺のキャラ像が崩れる!」
「ははっ、君のキャラクター性なんて、とっくの昔に崩れているだろう? 皆が思っているだろうさ、誰なんだよお前ってね」
ランスロットは実に可笑しそうに、腹を抱えて笑う。そんな彼を見てフリードは不服そうな表情を浮かべつつ、顔を背けた。
「――今のディエルデを助けるためには、力がいるっす。それもとてつもないくらいに大きなもんが」
「……だろうね。だけど、アロンダイトエッジの機能だけでは難しいと思う。何せ、手数の多さが売りだ。絶対的力の化身たる聖人に勝てるのは難しい」
「勝つ必要はないっす」
フリードはニヤリと笑う。
どうにも小悪党が抜けない笑みではあるが、きっと見る人が見れば優しそうな笑顔に見えるのだろう――かじろうて。
「引き分ければこっちのもんだ。んでもって、それくらいならなんとかなるっしょ? まさか大英雄様が、それも難しいなんて言わないよね?」
「……全く、君ってやつは――方法ならある。しかし君はとても嫌がる方法だ」
「はんっ、この際なんだって我慢してやる」
フリード・セルゼンは覚悟を決める。
このランスロットが声を大にしたまで「嫌がる方法」というものだ。それなりの苦痛を伴うことは間違いない。
それでもフリードは、ディエルデとティファニアを救いたくて――
「私と一つになることだ」
……………………………………………………。
「は、はぁ?」
「ん? だから、私と一つに」
「そんなんは聞こえてんよ! 聞こえてっけど、その上で白々しく聞き返してんの! そんなのもわかんねぇの!? 馬鹿じゃねぇの!?」
ここまでフリードを困惑させる人物が、これまで一人たりとしていただろうか?
あの兵藤一誠との戦いでも、フリードがここまで動揺したことはない。
「むぅ、だから言ったんだ。君は絶対嫌がると」
「てめぇ、そっちの気はねぇって言っておいてそれっすか!? 全力でホモの字全開じゃねぇか!」
フリードはついついアロンダイトエッジを折りたくなる。
「失敬な。私だって本意ではない。が、君ならばと受け入れているだけだ。他の人ならば絶対に無理だから」
「何ヒロインみたいなこと言ってんの!? そういうのはイッセーくんとこの女子だけで良いんだよ! ――ちょっと待って、心を一つにするとかそういう勘違いじゃないんすか?」
「――ははっ、そんな定番を口にする必要があるかい? 身と心を一つにするのさ。言葉通りの意味だよ」
「……うそだろ」
フリードは戦慄する。
戦慄するとともに、状況の理解もできていた。
――こうしてコメディをしている間にも、ディエルデは命を磨耗している。どんどん人ではなくなり始めている。
ならば、こんなところで手をこまねいているわけにはいかないのだ。
「――ちくしょぉぉぉっっっ…………! あぁ、わかってんよ、やるしかねぇってことはよ!」
フリードは珍しくも泣きそうな顔をしながらと、ランスロットを睨む。その苦渋の決断とも言える表情を見て、ランスロットも苦笑いを通り越した乾いた笑みを浮かべた。
「……大丈夫、たぶん君が思ってるほど酷いことにはならないから。安心して、私の話を聞いてくれ――まずは服を脱いで」
「――うるせぇぇぇぇえ!!!」
フリードは叫ぶ。そして、心の中で叫んだ。
――それのどこが酷くないのだと。だが……そうして、フリードは人として大事なものを失くしつつ、ディエルデを救うための力を手に入れた。
―・・・
「えと、あの……だい、じょうぶ?」
現実世界に戻ると、ティファニアが泣いているフリードに向けてそう呟いた。
フリードの小指をキュッと握るその姿は非常に可愛らしく、フリードはティファニアを見てついつい頭の上に手を置いてしまう。
「あぁ、大丈夫っすよ……べ、別に現実世界で穢れたわけじゃないし? 心なんて最初っから穢れてるし? ……くすん」
フリードの内心とは裏腹に、アロンダイトエッジからはこれまでより遥かに強い光を放っている。
彼はその中にいるであろうランスロットを呪った――いつか、絶対に死ぬより辛い目に合わせると。
「あぁ、お前さん救うためにこちとら、色々と捨てたんだよ。これで目覚まさなかったら、ぜってー許さねぇかんな!」
フリードは若干自棄になりつつ、剣を空へと掲げる。
その切っ先より大規模なオーラが放出し、あまりにアロンダイトエッジのオーラの色が、靄のように浮かぶ。
――そして、フリードの瞳が、紫色に染まった。
「――聖剣とのフルシンクロ。今の
そのフリードの変化を受けて、ディエルデは彼を初めて警戒する。
――突然として現れた己と同等の力を持つ存在。ディヨンによって操られたであろうディェルデが、無意識に警戒するほどの力が今のフリードにはあった。
「うっせぇ、ホモ野郎! しゃしゃり出てくんな! ――ディエルデ、ちょいと覚悟しろよ。お前さんを救うために、色々と捨てちまったんだからな! ――おい、随分な言いようだな、私だって何も思っていないわけでは――うるせぇ!!」
「ダ、マレ……ッ!!」
ディエルデが冷静がなくなった様子で、至極真っ当な正論を口にした。
確かに状況を知らない人物が見れば、今のフリードは一人芸をしているようにしか見えないだろう。
しかし――
『な、なんなんだい、その変化は!』
――その男、全ての元凶たるディヨン・アバンセは、フリードの変化に興奮げな様子であった。
「……ちっ、やっぱてめぇ、俺たちの戦いを観察してやがったか」
スピーカーから流れるディヨンの声を聞いて、フリードは溜息を吐いてしまう。
「別に、てめぇが知る必要もないことっす。ていうか、たぶんイッセーくんも近いことはしてんじゃねぇの? 知らないけど――いや、それは違うよ、フリードくん。残念なことに、我々は彼の上を行く完全同調を果たしている。その力は、彼とアスカロンの更に高みにいるよ」
『じ、人格が二つ? いや、この場合は、フリードくん、君の中に誰か入り込んでいる?」
ご勝手にフリードを分析しているディヨンだが、次の瞬間――室内にある全ての監視カメラ、スピーカーが神速の斬撃波で破壊された。
……全てのカメラの察知とそれらを全ての同時に破壊する力量。
「勝手に言って、勝手に分析でもしてら。その間に、そこの大馬鹿は俺のもんにするからよ」
そうして、フリードはようやくディエルデに向き合った。
――その周りには、幾重も光の槍のようなものが浮かんでいる。恐ろしいまでに眩い金色の光。
その光を見て、フリードは一人納得する。
「なーるほどねぇ。ティファニアの色が白色で、ディエルデは金色。二人で白金、プラチナってわけね」
ディヨンの操り人形となったディエルデは、細長い光の槍を次々と放ち始める。
ティファニアを使わないところを見る限り、彼女はあくまで、今のディエルデを完成させるための道具でしかないらしい。
ただ――それでも、ティファニアに槍が当たらないように、槍を放っていた。
「操られても、それだけは譲れないってか――ならば尚更救わないといけないね」
フリードとランスロットの人格が入り混じる。
しかし目的は両者とも交わっているため、不思議と違和感がなかった。
フリードはアロンダイトを使って、向かい来る全ての脅威を切り捨てる。
どこに何が来るか、彼には手に取るように分かる――確かに力は強大だ。出力だけで言えば、フリードは彼には敵わない。
「力を乱雑に使っているから、威力は予想よりも弱い。それなら、聖魔のオーラを凝縮した俺の剣でも、十分切り落とせるっすよ」
そして今のフリードには、未来予知も健在だ。それまではガラティーンの能力で使うことが出来なかったが、今のディエルデにガラティーンはない。
――ディヨン・アバンセは爪が甘かった。
聖人化したディエルデの多大なる力で圧殺できるとでも思っていたのだろう。だが、それは違う。
アロンダイトエッジを万全に使うフリードは、通常携帯で最上級クラスに昇華したドーナシークを圧倒した。
それが今は、フルシンクロした状態なのだ――ただ力を放出するだけの無理性が、理性ある戦士に敵うはずがなかった。
「お前の実験は大失敗っすよ。そこで歯噛みしとけ――俺に勝てねぇ時点で、超常なんて超えられるはずがねぇだろ」
ディエルデが光の槍を撃ち尽くしても、フリードは傷一つない。
全てを見切り、必要な分だけを薙ぎ払ったからだ。
「かりぃな。それなら、さっき普通にやってた方が百倍やっかいっすよ」
「フリィド、ゼルゼンンンンンンン!!!」
「セルゼンだっつぅの。ほんと、やになっちゃうなぁー」
フリードは頭を掻きながら、そこでようやく剣を構える。
そして――ディエルデか瞬きをしたその瞬間、神速で動いた。
「……これで終わるとは思ってないさ。とりあえず、気絶してくれ」
その首筋を剣の柄の部分で強打する。
身体強化を極限まで施した一撃だ。凄まじい打撃音が響いた。
だが、それでもディエルデは倒れない。
「あ、ガァァァァァァァ!!!」
手元に巨大な光の剣を創り出し、壁を次々に破壊するほどの力を見せる。
フリードはそれをアロンダイトエッジで受け止めようとした時――剣の聖なる力を、吸われるような感覚に囚われる。
「……ちっ、なるほどねぇ」
フリードは即座に判断し、その一撃を避ける。
壁を貫く絶対の一撃は、フリードに繰り出す前よりも大きな力となっていた。
「聖なる力を全て吸収する体質になんのかい。これはまあ、天界陣営も涙目の力なわけだ」
フリードは推測する。ディヨンがどのような考えでそれぞれ違う人体実験を子供達に施しているのかを。
――ディエルデは天使と悪魔に特化している。ドルザークは対ドラゴン特化。明らかに世界のあらゆる種族を想定した絶対的な強者を作ろうとしている。
「聖なる力に弱い悪魔と、聖なる力を否応なく吸収する力。ほんっと、三大勢力殺しだよね――だが、我々は残念ながら君にとっては最も相性の悪い敵であろうさ」
フリードは、己の中の聖なる力。その全てを――魔なる力に変換した。
本来は頻発し合う力を爆発させ、それぞれの長所と爆発力を増減させる聖魔剣を使うのが、アロンダイトエッジの能力だ。
――アロンダイトエッジには、その力を特化させることができる。
聖属性を魔属性に変換し、どちらか一つを巨大なものにすることが出来るということだ。
「エッジフォース、全力展開」
アロンダイトが聖で、エッジが魔。エッジ側の力を高めた時、フリードは聖なる力に対する絶対的優位な力を手に入れる。
刃に濃い紫色のオーラが滲み蠢く。本来はそれも光るだろうが、エッジフォースを使うフリードは全てが紫色に変貌するのだ。
「くらえよ、ディエルデ」
そのオーラを全てディエルデに放つ。
剣を振るい、巨大な斬撃波となってディエルデを襲った。
「オレハ、オレハァァァァ!!!」
それを、ディエルデは同じような金色の一撃で相殺――どころか、それを超えて押し跳ねた。
「ほんっと、パワーだけは一丁前だな、くそが!」
大技をした反動で、フリードは対応が遅れた。
最早避けることは出来ず、力を放出してなんとか食い止めることしか選択出来なかった。
「……私は、何もできて、ない」
――フリードの後方で、ティファニアが小さな声でそう呟いた。
俯いて涙を流している姿を見て、フリードはつい、彼女に
「――何にもしてねぇくせに、泣いてんじゃねぇよ! ティファニア、お前さんはどうしたいんだ!?」
力をどうにか拮抗させながら、フリードはそう叫んだ。
その声が聞こえた瞬間、ティファニアはパッと顔を上げる。
「ディエルデは、お前をずっと一人で守ってきたんだろうが! だったら、今度はティファニアがそれを返すしかねぇだろ!!」
「で、でも、どうしたら良いか、わからなくて」
「んなもんオレも分かるわけないだろ!? それでも、突っ走りながら考えるしかねぇんだ! 諦めんのは、それをしてからにしろぉ!」
フリードは声を荒げ、更に力を上げる。
――この拮抗は、恐らく長くは続かない。いずれ持久切れするのはフリードだろう。
もしも避けたら、ティファニアは確実に死ぬ。もはやディエルデには何も見えなくなってしまっていたのだ。
「思い出せ、お前の隣に、いつもいた奴の顔を! ディエルデは、お前を諦めたことねぇだろ!? さっきまで、あんな化け物になってもお前を守ろうなとしてただろ!」
――フリードの心に届く言葉が、ティファニアの心に熱を灯す。
自分だって余裕がないくせに、フリードは辛く泣くティファニアのために怒る。
それが、彼女にとって生まれて初めての経験だった。
――怒るときはいつも理不尽。腹いせに暴力を振るう。何も悪くないのに、どうして傷つかないといけない。
だから、こんなに優しく怒ってくれる人は初めてだった。
「私は――私だって、お兄ちゃんを助けたい!!!」
――ティファニアの身体が、白く輝く。
その輝きと共に、彼女はフリードの元へと駆け出した。
それは彼女が聖剣に変貌する時の前兆。そして――フリードの手に、白く美しい純白の剣が収まった。
「……そうかい、それがお前の答えなら――
――ガラティーンと化したティファニアの最大の欠点は、完璧に心を開かないと誰にも扱うことが出来ないところにあった。
故に彼女を使えるモノはディエルデだけ。
……そんなティファニアを、フリードはしっかり握った。
「――聖魔変換」
――ティファニアから溢れ出る純粋な聖なるオーラを、フリードは魔属性に変換する。
途端にフリードのアロンダイトエッジに宿る魔属性は増大し、ディエルデの一撃を盛り返し始めた。
「――あぁ、ガラティーンの中の彼も言っている。彼を救いたいと、真に願っているようだ」
フリードではない男の声が響いた時、アロンダイトエッジは更に力を増した。
フリードはその時、理解した――本来のガラティーンの能力は、聖剣とつながってその力を大きくさせるものであることを。
「――そろそろ本気で目ぇ覚ませ、ディエルデェェェ!!」
アロンダイトエッジの力、ホロウガラティーンの力が重なり、その規模は遂にディエルデの聖人化を超える。
魔の力が金色を覆い尽くした。
「……もう、立ち上がんなよっ。こっちも流石に、限界なんだよ……っ」
息を荒げ、フリードはそう願う。
フリードの全力のオーラが止み、その中に人影が一つ、立ち尽くしていた。
「オレハ……ダレ、ダ……」
自我を失ったディエルデは、死霊のような脚付きで、なおフリードたちのところに歩いてきていた。
力は感じない。フリードは、二振りの剣を握ってディエルデにゆっくりと近づく。
そして――
「――お前さんはディエルデ・セルゼンだ。んでもってお前の妹は、ティファニア・セルゼン。……ちっ、恥ずいな。もうさ、ディエルデ、お前は肩の力を抜けよ」
――その身体を、フリードは優しく抱き支えた。
「お前もティファニアも纏めて俺が守ってやるから、もう気楽にニート生活しろ。食いたい時に飯食って、遊びたい時に遊んで、笑いたい時にめちゃ笑えよ。それが、クソガキの仕事だろうよ」
その逆立つ髪を優しく梳きながら、フリードはそう彼に話しかけた。
「――おれには、それを、すがるだけの、カードが、ない」
その時、ディエルデは理性ある声でそうフリードに言った。
しかしフリードはそんなディエルデの顔を見ることもなく、頭を撫で回しながら、
「――わがまま言えよ、クソガキ」
そう、彼の言葉を切り捨てた。
「ガキが損得計算で駆け引きとか十年早いっす。背伸びしてんじゃねぇよ」
「…………ふっ、ほんとに、へんなやつ――
そう言って、ディエルデは力なく倒れた。
意識のなくなったディエルデを支えながら、フリードは彼の些細な我儘を、
「――はぁ、しゃーなしな」
そうやって天邪鬼に受け入れた。
かくして、聖剣同士の壮絶な戦いが幕を閉じた。
「さぁて、んじゃイッセー君を追いかけて……っっっ、流石に無理っすねぇ」
そうしようとした時、フリードは床に膝をついた。
「だ、大丈夫?」
人間態に戻ったティファニアがすぐにフリードに駆け寄り、その手を掴んだ。
片手でフリードの手を、もう片手でディエルデの手を強く握る。
「……なんだ、ガラティーンには回復能力も搭載されてんのか――でも、このペースじゃ多分動けるようになるまでに数十分ってところっすね」
フリードは倒れこみながら、自分の隣で眠っているディエルデを自分の元に引き寄せた。
「――悪いっすね、イッセーくん。あとは全部、お任せするっすよ」
そう言って、フリードは意識が途切れた。
―・・・
黒歌とメルティの戦いは、熾烈を極めていた。
「ほんっと、ムカつくくらいに早いな、バカ犬!」
「…………」
黒歌の攻撃は、たったの一度当たればそれで即終了の即死攻撃。だが、それもメルティの速度の前ではまるで意味をなさない。
――魔獣の核をその身に宿すメルティは、魔獣人間だ。しかもその正体も、俺とドライグは既に察しがついている。
犬型で黒い毛並みの魔獣、しかも伝説級のものとなると、その正体は一つしかない。
「――不吉な黒犬、ヘルバウンド。ケルベロスに隠れた伝説級の魔獣だ」
『そう考えるのが妥当だな。生前の力は恐らく、ドラゴンにも匹敵する。予想するに、龍王クラスだ』
不吉と不幸を呼ぶと言われるヘルバウンドは、滅多に人前に姿を現さない。
そんな魔獣の核を娘に埋め込むなんて、正気の沙汰じゃない。 それを平気でしてしまうのが、ディヨン・アバンセという狂人だ。
――その時だった。今まで何もなさった場所に、突如階段が現れた。
「……罠か? でもそれにしたって……」
あまりにもあからさま過ぎる罠を、疑う。しかしその階段は次の19階層に繋がっている――つまり、もしかしたら上の階でフリードたちの決着がついて、次の道が開いたのか?
「――イッセー、先に行って」
その時、黒歌が戦いながらそんな通信をしてきた。
……確かに先は急いでいる。だけど、黒歌を一人残していくのは不安が募った。
――だけど、黒歌は戦いの最中、俺の目を見てきた。
その目を見て、俺は先を急ぐことを決める。
「アメ、先を急ごう」
「でも……猫の人は」
「俺は、あいつを信じてる。俺の最強の僧侶は絶対に負けない」
俺は黒歌になにかを言うこともなく、アメを抱えて階段を下る。
――目と目があったとき、それでもうあいつの言いたいことは分かったんだ。
メルティは、黒歌が救うって。
――階段を下り切ると、そこに広がる空間は吹き抜けた大きなフロアだった。
フロア内には霧がかっていて、先は見えない。そして例のごとく、入れるのは一人だけのようだ。
「……アメ、ここで待っててくれ」
「……うん」
俺はアメを残して、フィールド内に入る。その瞬間、出入り口は閉ざされた。
「……敵は、誰だ」
俺は神器を展開して様子を伺う――ペタッ、ペタッと素足で歩くような音がした。
ガララララッと、何か金属物を引き摺るような音も響く。
そして、霧の奥から人影が少しずつ見え始めた。
「――僕の、家族を、返せ」
――その声が聞こえた瞬間、戦慄した。
「かえせ、かえせ――かえせぇぇぇぇ!!」
頬から、血が伝う。
だかそんなことどうでも良くて、俺は今しがた自分を傷つけた敵を――敵とは思えない彼女を、呆然と見つめた。
「ディヨン、アバンセ……っ!! お前は一体、どこまで子供を傷つければ気が済むんだっ!!」
「ど、どうして――ハレ!!」
フィールド外からアメが叫ぶ。
霧が彼女の武器によって切り裂かれ、そこより現れるのは、ボロボロのシャツを一枚だけ羽織った少女。
――瞳から光が消えて、涙を流し続けているハレだった。
ってことで11話でした!
いやぁ、なんていうか……フリードだけでほぼ3話使ってしまって、進行に困ってます 笑
次回は黒歌とメルティ、そしてイッセーたちの戦いを同時に展開したいなぁ……
では、次回の更新をお待ちくださいませ!
また感想待ってます! 励みになるので、よろしくです!