ハイスクールD×D ~優しいドラゴンと最高の赤龍帝~ 作:マッハでゴーだ!
今回はフリードしか出ません 笑
生まれた時から、僕たちは二人ぼっちだった。
親はギャンブル狂いで気性が荒く、いつも僕たちに暴力を振るうばかり。
だから、僕が――俺が、妹を守らないと。俺にとっての家族は、妹しかいなかったから。
……だけど、妹は神に見放されていた。妹は病気だった。見たこともないような未知の病に、妹は日に日に衰弱していく。
俺に妹を救う術などない。無力な自分を、心より呪った。
――そんなある日、あの男が俺たちの前に現れた。
「んー、随分と酷く衰弱してるねー。ほっとくと死んじゃうよー?」
家にいることも出来ず、妹と二人で外の森の中で二人でいた時、その男は俺たちに話しかけてきた。
背が高く、細長いというのが第一印象。眼鏡を掛けていて、印象的なのは真っ白な白衣だ。
その男は、僕の太ももの上で眠る妹を見ていた。
身体を屈めて、まるで観察するように。
「……でも、どうすることも出来ないんだ。俺は金もないし、力もない。……どうしようも、出来ないんだ」
「はっは、それで元気な君まで妹と一緒にご臨終? はは、それは傑作だ!」
――初対面のはずの男は、そう言って俺を挑発した。
「……何が、言いたい?」
「ダメだよー? 君、とても聡明だろう? 本当は僕が言いたいことを理解しているんじゃないかな?」
にやりと、男は不敵に笑む。
――見抜かれていた。俺が……僕が本音のところでは、妹を理由にして死にたいと思っていることを。
――生きていて、良いことが何一つなかった。
それでも生き甲斐だった妹のために、精一杯生きてきた。そんな妹が、きっとあと数分後には死んでしまう。
「……放っておいてくれ。もう、何も考えたくないんだ」
「嫌だな。僕は考えることを放棄したくないし、それを見るのも嫌だ――何よりも、この世の神秘を冒涜されて黙ってはいないよ」
すると、男が肩を落としいる僕の胸倉を掴んだ。
「……なんてね。残念だけど、僕はリアリストでもある。そこまで衰弱したその子が奇跡的に治るとか、気休めは言うつもりはないさ――そう。僕はリアリストでね。事実しか口にしないのさ」
男は立ち上がる。そして、僕と妹に手を差し伸べた。
「なんのつもりだ?」
「なに、僕に君の妹を救う術があるってだけさ。その子が生きていたら、君が死ぬ理由はなくなるんだろう?」
「……何が目的だ」
僕は男が何を言っているのか、理解できなかった。
――今しがた、会ったばかりの子供に、どうして手を差し伸べる。裏を疑って当たり前だ。
「……へぇ。やっぱり賢いね。普通の子供なら泣きついてくるところなのにさ」
「……俺は、大人は信じていないんだ。嘘と暴力で塗り固められた奴ばっかりだから」
「いいね、僕も同意見だ。そして僕は、決して嘘をつかないし、つけないんだよねー」
男は手の平を合わせ、パンッ、と拍手をした。
「――じゃあ取引をしようか。僕が出せるカードは、君の妹の病気を治すこと。そして元気な身体を提供し、君たちを保護することだ」
「……無理だ」
「何が、無理なのかな?」
「――俺には、それに見合うカードがない」
無償の善意など、夢幻だ。善意の裏には何かしらの目的がある。大なり小なり、必ずだ。
そういう意味では、この男はある意味で信頼できる。助けることに対する対価を要求するから。
だけど、僕にその対価を用意は出来ない。だから、無理なんだ。
「いやいや、僕には君たちが必要不可欠なんだよ、むしろ僕の提示したカードでは不十分だ。望むなら、君たちには何でも与えるよ」
男は体面上はとてもさわやかな笑みを浮かべる。人が見れば誠実そうな人物像を思い浮かべるのかもしれない。
だが、この男にはそんなものが欠片もないことはすぐに分かった。
打算的に、自分の目的のために僕たちを利用するのだろう。
――わかってる。利用されることなんて、最初から知っていた。
だけど僕たちが生き残るためのたった一つの選択肢は、この男の手を掴むことだけだったんだ。
僕たちに利用価値がある限り、その男は僕たちを裏切らない。見捨てることもない。
……それに縋ることしか出来ない自分が、腹立たしくて仕方がない。
「……ディエルデだ。この子が、妹のティファニア。その取引、受け入れる」
「ははっ、良いね。末長く利用し合おうか――僕はディヨン・アバンセ。人が超常を超えることを目指す、ただの科学者さ!」
僕はディヨン・アバンセの手を取る。
――そうして「僕」は「俺」となり、俺とティファニアは戦争派の八人の子供の一人となった。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「なんだ、ティファニア。何か辛いことでもあったか?」
……ティファニアは命を永らえたばかりか、昔よりも元気になった。
身体の弱さも克服し、今では走れるほどだ。
「ううん、そんなのじゃないの。……ただ、お兄ちゃんが辛そうな顔をしているから。だから……」
ティファニアは、それ以上言葉を続けることはなかった。
――辛いに決まっている。ティファニアが聖剣になるという、人外に改造されてしまった。
そんなティファニアを、俺が振るうなんて考えるだけでも発狂しそうになる。
もしも剣が欠ける事があれば、それはティファニアが傷つくことと同義だ。
「……心配するな。俺は大丈夫だ」
俺はティファニアを抱き寄せて、そう言うことしか出来ない。
――ティファニアが傷つくことが嫌な癖に、それを仕方ないことだと許容している。その矛盾が嫌なくらいに心を抉る。
「強く、ならなくちゃ……っ」
……日々、鍛錬に没頭した。
俺が強くなれば、ティファニアを傷付けずに済む。
俺がティファニアが傷つかないように敵の攻撃を全て見切れば、ティファニアは傷つかない。
強く、強く。昨日の自分よりも――その先に、一体どんな幸せがあるんだ。俺にはそれが、分からない。
―・・・
奇しくも、フリード・セルゼンとディエルデの戦闘スタイルは似ていた。
フリードは技術と広い視野から生まれる無駄のない戦闘をする。
見切り、受け流しは彼の十八番であり、アロンダイトエッジの予知能力と相乗効果で今やテクニックタイプに振り分けられるほどの力を有している。
あのジークフリートとさえ戦えるフリードだが、しかしディエルデは未だフリードの攻撃を一度も受けていなかった。
「中々自信なくす戦い方してくれるねー。剣で受け流すこともなく、体捌きだけで俺の剣を避け続けるなんて」
アロンダイトエッジをあつかうフリードならば、ディエルデのような体捌きをしてもおかしくはない。
だからこそ、ディエルデのこの回避能力は異常だとフリードは思った。
「……タチが悪いのが、それが完全なる技術であること。どんだけやれば、あんたの年頃でそんな技術を手に入れんの?」
「話す必要は、ない」
「ふーん……んま、想像はつくから良いんすけどね」
フリードは、離れた距離から刀身にオーラを溜めて、次の瞬間に極大の斬撃を飛ばした。
「――行くぞ、ティファニア」
それに対して、ディエルデもまた聖剣の刀身にプラチナに輝くオーラを集中させた。
それをフリードの一撃と相殺させるように、斬撃として放った。
「相殺ねー。……出力はそっちの方が上か」
「俺とティファニアが、お前たちに負けるわけがない」
――彼の言っていることは、間違ってはいない。
聖剣の出力は使役者との相性によって決まる。例えばアスカロンの本来の力は聖剣の中でも中堅クラスだが、一誠の扱うそれは現在のデュランダルと大差はない。
つまり、ディエルデとティファニアの相性がこの上なく良いということだ。
「……さてと。んじゃまあ、どうしたもんかねぇ」
出力は二人の方が上である。しかしそんなことなど織り込み済みだ。
フリードの強みは、その多様性にある。アロンダイトエッジの機能とも言えるが、そもそもそれはフリードでなければ引き出せないものだ。
……それでも、フリードは自分からも動くことを躊躇っていた。
「――んで、いつになったらあんたらの本領を見せてくれるわけ?」
それは、ディエルデが未だにガラティーンの力を発揮していないところにあった。
……いや、そもそもティファニアが本当にガラティーンの本来の力を継承しているかも分からない。
未確定の要素が強過ぎるから、動くに動けないのだ。
「……本領? それは聖剣の力のことか?」
「まぁそういうこと。中々尻尾出さないからよ」
「――何を世迷言を。力は最初から使っている」
ディエルデは駆ける。一瞬でフリードとの距離を縮め、ティファニアを振るった――あらぬ方向に。
「……あ?」
あまりにも情けない空振りを見て、フリードは口が開いて閉まらなくなってしまう。
――そう思った瞬間、フリードのすぐ隣の後ろから極大の聖剣のオーラが撃ち抜かれそうになる。
しかしフリードはそれを察知して避けた――その方向には、ディエルデの剣が迫っていた。
「ん、だよ、それっ!!」
それでもフリードは驚異的な反応速度で剣の軌道から逸れる――しかし、ディエルデはそれすらも予想していたように、そこから軌道を変えて……フリードを切り裂いた。
「――っっっ」
フリードの右腕より鮮血が飛び散る。
差し迫る状況下でもフリードは最小限の傷で抑えた。それは非常に懸命な判断であることは間違いない。
――だが、フリードがディエルデ相手にそもそも傷を負うこと自体があり得ないことなのだ。
「……どういう手品っすか? お前さんの動きは、俺は読んでた。そんな大振り、本当なら当たるはずもないんだよ」
「……思い上がりも甚だしいな。そんなにも格下と思っている俺に、傷を負わされたことが不思議か?」
ガラティーンは相変わらず、プラチナのような眩い輝きを放ち続ける。ディエルデは慢心する表情を浮かべることなく、ただ剣を構える。
腰を屈め、剣を持つ右腕を振り上げて剣先を天へと向ける。
「……ガラティーンの元の能力は支援系が全般っす。なにぶん、エクスカリバーの姉妹剣だからね。だけど、伝承が少な過ぎて、能力はほとんど知られて居ないんだよねぇー」
「……だから?」
「――だからディエルデ、お前さんがよく分からない力を使ってもなんら不思議はねぇってことだ」
……敵のことだ。フリードを警戒したのならば、その力を解析されていたもおかしくない。
むしろ、そのように考えるのが妥当なところだ。
「さて、んじゃ、君たちの力を明らかにしてみようかねぇ」
血の流れる腕を袖を破って当て布にして、血の流れを止める。
そして応急処置を済ませてアロンダイトエッジの能力を使った。
「……三人になった? いや、まやかしの類か」
「「「さぁて、それはどうかなぁ」」」
――ディエルデの目には、三人のフリードを捉えていた。
その三人はそれぞれ多少違いのある笑みを浮かべ、それぞれ剣を構える。
脱力して剣を持つフリードがいれば、両手で剣道のような構えをするフリード、逆手で剣を持つフリードもいる。
――アロンダイトエッジの能力の一つ、幻影だ。
「……全てを等しく切れば変わらない。労力が大きくなっただけだ」
「んじゃ、やってみろよい」
「でもよ、俺らの厄介さは」
「一人一人変わんねぇんだぜぇぇ?」
フリードは三人同時に動き出した。
その瞬間、ディエルデの手の剣より、プラチナの輝きが放たれる。その輝きは形を作り、薔薇の棘のように弾丸のように撃ち込まれる。
それを幻影は斬り伏せる。
それだけならば特におかしくはないが、しかしディエルデは目を見開いた――なぜなら、幻影と思っていた個体までもが、ディエルデの攻撃を撃ち落としたのだ。
「幻覚じゃないだと……? ならあいつは――」
幻覚ではなく、分身である。ディエルデはそう判断した。
「――どこ見てんだぃ?」
ディエルデが呆気を取られていると、フリードがいつの間にか背後に回っていた。
そのアロンダイトエッジの逆刃で、ディエルデの後頭部に衝撃を与え……
「より強い幻覚は、痛覚を錯覚させる。本当は俺はお前さんの攻撃を避けていたけどよ、それを撃ち落としているように見せただけだ」
その強力な幻影能力は1日に一度しか使えない。そうしなければアロンダイトエッジの能力はそれだけになってしまうほど、強力な力なのだ。
「……寝てろ。起きたらきっと、お前さんたちの悪夢は終わってるからよ」
フリードは足元で気絶しているディエルデを見ながら、少しだけ優しい表情を浮かべた。
屈んで、ディエルデの寝顔を見ようとした。
「…………ッ――!?」
――その瞬間、フリードの脳裏に信じられないものが過った。
――背後に、大きな聖なるオーラを突然感じたのだ。
フリードはすぐさま振り返る。そしてさらに目を見開いた。
「――なるほど、強力な力だ」
その剣先は、フリードを貫く。
「もしも俺たちじゃなかったら、終わっていたところだった」
胸元に突き刺さるプラチナの剣。あまりにも美しくて、つい痛みも忘れてしまう。
しかし痛みは徐々に現実のものとなる。
「な、んで、お前…………ッ」
「……なんで、か。言う必要もないが――幻影だったとはいえ、子供に刃を使わなかったことに敬意を評して、教えてやる」
ディエルデはフリードから剣を抜き去り、彼を蹴り飛ばした。
少し離れたところで、フリードは口と腹部から血を流しながら荒い息を吐き続ける。
――フリードの中でも、ディエルデの力には予想がついていた。
聖と魔に対して圧倒的な優位性を持つフリードの予知に打ち勝ち、更に一日一度きりの絶対的な幻影能力さえも打ち勝つどころか、逆に幻影返しをしたこと。
それぞれは別の能力などではない。
ガラティーンの持つ一つの単一能力によって起こされた事実。
その能力は――
「虚像写し。俺たちはこの世全ての聖剣の能力を上回る。聖剣殺しの聖剣使いだ」
全ての聖剣の能力を鏡写しのように跳ね返し、己の力として扱う。それが聖霊剣・ソウルガラティーン――否、聖虚剣・ホロウガラティーンの能力だ。
そのプラチナの輝きは、そこに本当にあるかどうかも分からないほどに美しく、しかし虚ろに等しい。
「――きついなぁ、ほんっと」
その絶望的なまで相性が悪い相手を前に、フリードは苦笑いを浮かべる他なかった。
だけども、その目は決して諦めてはいない。
依然として、その両眼は真っ直ぐとディエルデとティファニアを見据えている。
……その目が、どうしようもなく、
「…………っ」
――ディエルデにとって、居心地の悪いものであった。
―・・・
「ここが迷路になってたのは、不幸中の幸いっすね」
――フリードは、来た道を引き返すように迷路の中を駆けた。
あの状況下で、無策でディエルデに向かっていく無謀さを、彼は持ち合わせていない。
……更にいえば、今のフリードは手負いだ。腕と腹部を聖剣で貫かれ、重症とも言える。
「……ガルドの爺さんの爺さんのお節介も、偶には役に立つんだよねぇ」
フリードはディエルデたちからある程度、距離を取った状態で、壁に背中を預ける。
そして服のポケットから小さな瓶――フェニックスの涙を取り出し、患部に涙をふりかけた。
途端に涙はその効力を発揮し、みるみるうちに傷はなくなる。
「だけど、これじゃあ現状維持がいいとこだ」
――彼の独白通り、実際にその通りだ。
ディエルデたちの力が対聖剣使いのものであることが発覚した今、フリードにとって最悪の敵であると言える。
「……虚像写し。鏡写しじゃなくて、虚像なのは敵の力を上回るから?」
虚像とは、いくつか意味がある。
物体から出た光が鏡やレンズに発散されることによって、そこにあたかも実像が写る、という意味が一つ。
そしてもう一つは――
「実際とは異なるイメージを植え付けられる力。だけど、ディエルデが見せた力はどう考えても――」
フリード自身が使ったアロンダイトエッジの力そのものであったのだ。
「実際に使った力を目の前で上書きされるように真似された。……つっても、超えられてる時点でもう模倣じゃなくて昇華っすね」
……アロンダイトエッジ、唯一無二の大きな力の二つを攻略された今、フリードには無茶をすることのできるカードはない。
未来予知と完全幻影。それらがディエルデには効かないと前提するのならば……戦況は恐ろしく悪い。
「……だったら、なんでわざわざ虚像写しと表現する必要がある?」
能力を効率良く使うために、あえて名前を付けることはある。
例えば兵藤一誠が好んで使う、魔力弾の属性付与も、元は付与に対する速度を上げるためのプログラム的なものだ。
そのためにも、名前は連想させやすい的を射たものでなくてはならない。
「……考えろ。今のままじゃ、こっぴどく首チョンパされるだけっす」
そうすれば悲しむ奴がいる。そう考えて、フリードは知恵を結集させた。
「虚像を写す。その力でしたことは、俺に力の上乗せ……上乗せ?」
自分で言った言葉に、フリードは疑問を持った。
――ディエルデの使った力は、未来予知も幻影もフリードのそれを上回った。
幻影に関しては、一度幻影を上乗せされてしまえば、そこから逆転する術はない。
しかし――未来予知に関しては、仮に自分の行動を更に予測されても、そこから更に予測することは可能なはずだ。
しかし、フリードはそれが出来なかった。
聖なるオーラが結集したいるような二人の行動を、あの時は予知することが出来なかったのだ。
「……能力を鏡写しのようにする虚像と、写したものを上回る虚像――なるほど、そういうことっすか」
フリードは何かに気付いたような表情を浮かべた。
――だが、気付いたところで、その力の攻略方法は思い付かない。
「原理は理解したけど、それでも能力の振り幅が分からないなら、話になんねぇ。……あとの情報は、戦って知るしか――ッ!」
……途端、フリードは前方より絶大な聖なるオーラの斬撃を感じ取った。
その力の軌跡を予測して、先んじて動くと……自分の今まで隠れていた場所に、大きな溝が生まれる。
「…………」
フリードはその跡をじっくりと観察したのち、前方を見据えた。
「――やはり隠し持っていたんだな。回復手段を」
「戦争だろうよ。そりゃあ一つや二つは持ってて当然っす」
迷路の奥の影から、ディエルデが眩い剣を持って現れる。
フリードは「さてと」と一呼吸置いて、剣を強く握った。
「検証してみようかねぇ」
フリードはひとまず未来予知の機能を解除する。もちろん本来の力を一つ減らしているから、戦力の低下は避けられない。
しかしディエルデがその大きな力を模倣し昇華する術を持っているのならば、今はそれを取り下げた方が無難である。
フリードは普段はセーブして使っているアロンダイトの身体能力の強化を過剰に使用した。
「ほんっとうは、この力は燃費悪いから使いたくないんすけどね!」
元より俊足のフリードは、瞬間と呼べる速度で壁を走り、ディエルデの背後を取る。
もしもディエルデが未来予知の力を使えるならば、避けることは造作でもないだろう。
「……っ!」
しかし、その予想に反してディエルデの反応速度は普通のものであった。
突如背後に現れたフリードに、素直に驚いている。目を見開きもしていた。
「俺には、何も効かないっ!!」
しかしそれも束の間、ディエルデは遅れた反応とは裏腹に、反射速度が異常なほど、急激に上がった。
更にその速度、筋力も同程度に上がる――それと同時に、フリードの身体強化は瞬く間に下がっていった。
「……ちっ、そういうことかい」
――フリードは謎の力の一端を理解したのか、すぐさま未来予知の機能を発動する。
ディエルデの剣の軌道を読んで、剣戟を避け切って彼の腹部に蹴りを入れた。
「ぐっ……っ」
ディエルデはその蹴りを避けきれず、少しばかり後方に仰け反った。
……フリードはその一連の流れを鑑みて、結論を出した。
――ディエルデが身体強化をした瞬間、己の身体強化が解除されたこと。更に未来予知を発動したのに、ディエルデがそれに反応できずに攻撃を受けたこと。
……フリードは、それをディエルデにぶつけた。
「――そいつの本当の能力は、聖剣の能力をその瞬間奪い、更にその能力を上げられる限界値まで上げて使うことっすね」
……そう考えれば、辻褄が合った。
――聖剣の能力を鏡写しのように模倣し、模倣している間はその力を失う。そしてその力をありもしない虚像のように大幅に膨れ上げて、虚像の力を行使する。
故に、虚像写しだ。
「……お前さんがその直前に奪っていた幻影の力。あれは一日一度限りの大技っす。それを使わなかったところを見ると、能力の出力は上げられても、ルールまでは変更できないってところっすか?」
「……それがわかったところで、お前にはどうすることも出来ない。俺たちはどんな聖剣使いよりも先を行く」
「だから? どんだけ剣がスペック高くても、使うのは人間だぜぇ? 一切合切油断も隙とねぇとは、言わせないっす」
……チクリと、フリードは引っ掛かりを覚えた。
それの正体は分からない。だが今のディエルデの言動や、これまでの彼の立ち振る舞いを見て、何か疑問を感じたのだ。
「……なーんか、昔、エクソシストしてた頃を思い出すなー」
「――? なんのことだ」
「別に、特に意味はない妄想だよ」
――エクスカリバーもアロンダイトエッジも何もない頃のこと。
フリード・セルゼンは一人のエクソシストとして、悪魔を屠っていた。
普通の人間より少し強い力を持っていた。ただそれだけの存在だった。他の超常的存在に比べれば微々たる存在であったと、自らを嘲笑してしまう。
――そんな無力な人間が、いつの間にか、聖剣という大層なものわ持つようになった。
ろくでもない人間が、どうしてか子供を守ることを考える人間になった。
……力がない時は、ないなりの対処法を考えたものか。今の自分がまさに昔のようであると、フリードは思った。
「さーて。ちょっとばかししつこく粘らせてもらうっすよ」
「……無意味なことを」
ディエルデの言い分は正しい。
何せガラティーンの力は、聖剣の力を封じ、更にそれを極限まで引き上げて使うという反則的な力だ。
フリードが力を使わなければその力は発揮できないだろう。
だが、代わりにフリードは身体強化も未来予知も出来なくなる。反面ディエルデにはガラティーンの元からの身体能力の強化で、何ら問題はない。
故に、無意味であると。
「ならば、そんな口が開かなくなるくらいに――」
その瞬間、フリードの視界からディエルデは消える。
消えたと思った瞬間に、フリードはすぐさまその場から移動した。
「消えたってことは、俺を串刺しにするつもりってことっすよね!? だったら、動いちまえば問題は、ないってことよ!」
「……それがいつまで保つ?」
常に動き続ければ、ディエルデの速度を半減させられる。
目では追えないほど早いということは、細かな体捌きは不可能であることを意味している。
方向転換をするときに使う物。それは足だ。止まる時は必ず足で急停止する。その瞬間くらいは、今のフリードの目でも捉えることは出来た。
「――偶にはエクソシストでお馴染みの光銃で!」
その立ち止まった瞬間を、フリードは光銃で狙い撃つ。
もしも未来予知を使えていれば、どこに来るかがすぐに分かって、確実に当たることが出来るだろうが……そのために未来予知を使い、もしも力を奪われたらそれこそ打つ手がない。
ガラティーンの力の厳密なルールを何一つ知らないフリードには、恐る恐る戦うことが最善であった。
「そんな陳腐な光で、こっちの光に勝てるはずがないだろう」
しかしディエルデはそれを避けず、ガラティーンから漏れ出たオーラを羽衣のように身に纏い、それを無力化する。
まるで、己の力をフリードに見せつけるように。
「――避けれたはずなのに、どうしてわざわざ力を無駄に使って、真っ向から消し飛ばす?」
――その行動が、フリードの疑念を明確化するきっかけとなった。
―・・・
――どうして目の前のこの男は、これだけ不利な状況下で、諦めない。
俺の力との相性が悪過ぎることなんて、もう分かっているはずだろう。なのに、どうして諦めてくれない?
へらへらと笑いながら、どうして敵である俺に話しかける。
……対話なんて不要だ。敵に会話など必要なく、ただ剣を振るうだけだ。
なのにこいつのことを――どうして、敵として切れない。
「お前は俺に何も出来やしない。それほどまでに俺とお前の間には埋まらない差がある」
こうでも言わないと、こいつは諦めてくれない。
……どうして諦めない。何がこの男を、こうも震え立たせるんだ。
「――そりゃあ、無理な相談だわな。埋まらない差? んなもん知るかっていう話っすよ」
男は、それでも剣を強く握って離さない。その意思は固く、決して折れてはくれない。
その目は俺たちを真っ直ぐ捉えていて、つい視線を外してしまった。
「……そもそも、敵なら何も言わずに切り殺せば良いんすよ。なのにどうして敵の戦意を喪失させるような言動を繰り返すんすか?」
「そ、それは、意味なんて……」
嘘だ。
駄目だ、この男は俺のことを見ている。俺の行動の裏を見て、その上で接してくれる。
――分かっているんだ。このフリード・セルゼンという男が、本気で俺たちの力になろうとしてくれていることは。
「――ディエルデ、ティファニア。共に戦争派の実験の被験者であり、八人の子供たちの一員。ナンバーは2と3。その内容は聖剣実験で、その実は聖剣計画の成れの果て、第三次聖剣計画」
……するとフリード・セルゼンは、唐突に俺たちの情報を話し始めた。
「親がクソ過ぎて、ティファニアは酷い病気で二人心中しようとしていた時に、あのディヨン・アバンセに拾われた――事の顛末は、全部知ってるんすよ」
「……どこで、とは聞かない。お前たちは前に基地に乗り込んできたからな。だが、それがどうした? 例え俺たちのことを見知っていたとしても……」
動揺するな。何も考えるな。
……そう思っていても、フリード・セルゼンの顔を見れば、気付いてしまう――この男が、何かを知っていることを。
もしくは俺たちでさえ知り得ない情報を知っているのではないかと。
「――全ての不幸は、全て仕組まれた必然だった。そう言っても、お前さんは、あいつのために剣を振るうんすか?」
――フリード・セルゼンは、そう言い漏らした。
…………仕組まれた、必然? こいつは、何を言っているんだ?
「何を――何を知っているんだ、お前は!!!」
気付くと、俺はフリード・セルゼンに斬りかかった。
ティファニアの能力である強化を己の負担を考えることなく使い、この男を封殺するために。
しかし、フリード・セルゼンは決して当たることはない。その全てを経験則で見極めていた。
切っ先が空を切ると、その表情は少し切なそうなものになる――哀れんでいるとでも、言うのか。
「……本当は、思い当たりがあるはずなんだよね」
……それ以上は言うな。俺に思い当たりなんて、ない。
曲がりなりにも俺たちを救ったのは、ディヨン様だ。誰も手を差し伸べてくれなかったのに、あの人だけが俺たちを救ってくれた。
俺たちを救うことに目的があると分かっていて、利用されることを知っていてその手を取ったんだ。
だから俺は、ティファニアが聖剣にされることも――
「……そろそろ、目ぇ覚ましてみても、良いんじゃないっすかね、ディエルデさー」
――男の声で、ハッとした。
……目の前の男はボロボロだ。身体からはいくつも切り傷があって、息も荒い。
そんな情けない状況下で、どうしてそんなことを言える。
「俺たちのことをな、何も知らない癖に、勝手なことを言うな!」
「……ま、その通りなんだけどさ。そりゃあお前さんたちとはまともに話すのはこれが最初だけどよ」
フリード・セルゼンは苦笑いを浮かべ、だけど決して俺から目を離さない。
「――少なくても、ディヨンの糞野郎よりかはディエルデとティファニアを見ているって断言してやんよ」
――もうやめてくれ。心の中で、そう叫んだ。
これ以上は、俺の心を掻き乱さないでくれ。
「でも、信じられないって言うなら、こっちにも考えがあるっす」
そうしないと――
「――俺が、ディヨンからお前たち二人を守ってやる」
――
―・・・
らしくないことをしている自覚は、彼自身にもあった。
しかしディエルデが相手であるのならば、彼は臆することなく口にする。
この手前の相手に遠慮をしていては、どんどん自分の殻に閉じ籠ってしまうのだ。
だからこそ、フリードはディエルデに何一つ隠すことなく、ありのままの本音をぶつけた。
そして、ディエルデは――それを振り切りたいように、暴れるように剣を振るった。
「なんだよ、その適当な剣戟は」
「うるさい、うるさい! ――もう何も、話すなぁぁぁ!」
ディエルデは剣先を地面に突き刺し、大地を抉るように聖剣のオーラを放った。
ズガガガッ! という激しい音で床には亀裂が生まれる。
そんな絶大な力を前に、フリードは冷静であった。
「(……イッセーくんにも言えなかった、こいつらの本当の過去。そいつは全部、糞野郎によって仕組まれた必然だ)」
ディエルデの猛攻をいなしつつ、フリードは二人の真実を頭に浮かべていた。
――ディエルデとティファニアは正真正銘の兄妹だ。しかし彼女たちの親が狂った原因を作ったのは、何を隠そうディヨン・アバンセである。
到底庶民じゃ手に入れることもできない違法薬物を無償で提供し、マインドコントロールを施し、二人を虐待させた。
酒もギャンブルも、何もかもを与えて二人に絶望を与えたところで、自分自身の登場である。
そうして二人の唯一の味方を演出し、ディエルデとティファニアを目には見えない鎖で拘束している。
「(そして――ティファニアの病気さえも、ディヨンによって仕組まれた必然だって知れば、きっとあの馬鹿は心が壊れちまう)」
それはダメだ。フリードはそう思った。
フリードは拳を強く握る。何をすればディエルデの心に響かせることが出来るのか、何をしてやれるかを本気で考えていた。
「お前がなんて言おうが、何も変わるはずがないんだぁぁぁ!」
それは言葉か?
それとも行動か?
「口先だけで知ったようなことを、言うな!」
英雄的格好の付けた言動など、きっとディエルデには響かない。ならば、フリードには答えが一つしかなく――
「――分からない変わらないうるせぇんだよ、こんの石頭が!!」
……ブチギレた。
剣を避け、ディエルデの胸ぐらを掴んだ上でのヘッドバットだ。互いの額からは血が流れるほどの威力である。
「……え?」
フリードのその行動に、ディエルデは目を丸くした。
対するフリードは逆にすっきりとした表情を浮かべ……
「ふぅぅぅぅ……やっとすっきりした。ぐちぐちぐちぐちうるせぇんだよ、お前」
「へ、ヘッドバット? 聖剣同士の戦いで……」
「はんっ、戦いに美学なんてねぇんだよ。やったもん勝ちだぜ?」
フリードは額からは滴り落ちる血を舌で舐め取る。
白髪に赤色はとても映えていて、それはディエルデも同じだ。
「……そもそも、俺はお前の気持ちなんて知らねぇし、分かろうとも思わねぇよ」
「……なら、どうして剣を握る! 分かろうとしないのに、どうして救おうとするんだ!」
……なるほど、とフリードは思った。
今のディエルデの発言を聞いて、ようやく合点が一致した。
「なるほど、なるほど。お前さんは分かって欲しいのか。そりゃあ子供だもんな。自分のことは、それはもう理解して欲しいよなー」
「ちがっ、そういうことを言っているんじゃ……」
しかし、口を噤む。フリードの指摘に対して、思うところがあったのか。
フリードは続け様に話し続けた。
「……わかって欲しけりゃ、まずは俺たちのところに来るんだな。あ、でもうちの餓鬼どもの裏番長は厳しい関門だから、難航するか?」
「話を勝手に進めるな!」
ディエルデは激昂して……いや、そんな難しい話ではないか。
ただ、彼は動揺しているだけだ。フリードという初めての人種を前に、そのペースに巻き込まれてしまった。
――そうなってしまえば、もうフリードの独壇場だ。
「……うっし、んじゃそろそろあったまって来たから、奥の前の手と行きますか」
フリードはそう呟くと共に、アロンダイトエッジにそう語り掛けた。
その瞬間、アロンダイトエッジは鈍く光輝く。その光を垣間見て、ディエルデの表情は歪んだ。
「な、なんだ……その力は」
「言ったっしょ? この剣の奥の前の手。俺もでぇきれば使いたくねぇんだけと、そうも言ってらんないしさ」
……力を奪うディエルデの前でも使おうとする力。つまりそれは、フリードにとって奪われても問題はないということだ。
その態度が、ディエルデを怯ませる。
「――聖剣共鳴」
フリードはポツリと呟くと共に、駆けた。
同時に身体強化も施しているのだろう。速度はそれまでとは違い、圧倒的に早い。
――フリードは一見すると無敵に見えるガラティーンの能力の穴を見抜いていた。
奪い、行使する力。あぁ、確かに強力な力だ。聖剣殺しの聖剣という自負も間違っていない。
だが……フリードの持つアロンダイトエッジは聖剣であり、聖剣ではない。
この世で人の手によって生まれた初めての聖魔剣。それがアロンダイトエッジだ。
能力の多彩さで言えば、かの有名な聖剣エクスカリバーにも劣らない。
「さーて、お前さんは俺のどの能力を奪う? 身体強化? それとも幻惑? それとも……未知の力かい?」
「……そう来るか……っ!」
つまり、能力を奪う力が一度に一つというルールを逆手にとったということだ。
フリードは己の分身を更に何人か作り出し、ディエルデに迫る。
三つの能力の同時併用で、自分を翻弄する作戦であるとディエルデは思った。
ご丁寧に未来予知を使わないところが、何ともフリードらしい。
「――っっっ!!!」
そのフリードの奇手に、ディエルデは選択する。
幻覚も身体強化も対応は可能。ならば彼がするべきなのは、未知への対処である。
一度力を奪えば、その力の内容をすぐに理解出来る。
――奪われることが、フリードの真の目的であることも知らず。
「……かかった」
己の中から力が抜けた瞬間、フリードはにぃっと笑った。
それまで温存していた身体強化を極限まで引き上げ、ディエルデに刹那で近付き――アロンダイトエッジの刃と、ガラティーンの刃をぶつけ合った。
撃鉄が打ち合さるような音が響く。それと共に、フリードの聖剣の輝きと、ディエルデの聖剣の輝きが、同時に空間全てを覆うほどの輝きを放った。
「な、なんだ、この力は!? お前、俺に何を奪わせて」
「なぁに――ただの聖剣共鳴さ。それで一回俺っちのことを見てもらおうってな」
聖剣が刃を交えた瞬間、引き起こる現象の一つ。打ち込んだ相手の過去が、想いが分かるその力が、アロンダイトエッジの能力の一つ。
――それを奪わせることで、フリードはディエルデに己を曝け出す。それが吉と出るか凶と出るかは分からない。
そんな、賭けに出た。
ということで、10話でした。
思った以上に細かく書いてしまったので、次回に持ち越しです。
次回、フリードVSディエルデの戦いが決着します。
今は仕事に余裕なくて電車の中の少しでしか書けていませんが、もう少し更新速度を上げたいです。
では、また次回の更新をお待ちください!
感想待ってます!