ハイスクールD×D ~優しいドラゴンと最高の赤龍帝~   作:マッハでゴーだ!

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第17話 騒乱の帰結

 ―――京都の晴天の空を、俺は見上げていた。

 昨日の戦争が嘘のように、今の俺は平和な真っただ中でぼうっと呆けていた。

 俺の視線の先にいるのは、昨日まで戦乱の真っただ中にいたとは思えないほど元気に修学旅行最終日を楽しんでいるイリナやゼノヴィアを初めとする俺たちの班の面々。

 俺とアーシアはそんな面子を見ながら、和菓子のお店でお茶を啜りながら、皆を見ていた。

 

「……昨日、あんなことがあったのに凄いですね。私なんてまだ体が重くて……はぅ」

「おっと、危ない」

 

 アーシアは神器の使い過ぎで精神的に疲れているのか、座りながら椅子から転げ落ちそうになるアーシアを支える。

 ……しかしアーシアは舌をチロリと出して、悪戯な笑みを浮かべていた。

 

「……もしかして、わざと?」

「え、えへへ……あ、あざとかったですか?」

「……アーシアじゃなかったら、引いてたかも」

「じゃあ偶にするので、また抱き留めてくださいね?」

 

 ……ふむ、もう癒しなんてもんじゃないな。これはもう天使の施し? いや女神か。

 あまりものアーシアの女神さに、俺の中の先輩方もご乱心だ。

 もうあれだ、触れたくないレベルで発狂している。

 先輩達ってお兄様信教って謳っている割には、女神信教でもあるからな。

 そこらへんは俺を覇龍から救ったってのが原因しているんだろうけど―――ふむ。

 アーシアの身体が密着しているのに、劣情よりも安心の方が先決するのが何とも言えない。

 ……俺、男として大丈夫なのか? それで。

 そんな心配をしていると、アーシアは不意に俺に話しかけてきた。

 

「……でも、びっくりしましたね。まさかあんなことになるなんて」

「……まぁ、そうだよな。まさか―――」

 

 俺は昨晩の決戦のことを思い出して、苦笑いする。

 結果的に言えば、俺たちの陣営は誰一人の犠牲も出すこともなく、むしろリゼヴィムの陣営の戦力を大幅に削ることに成功した。

 実質、俺が守護覇龍で無双した時に葬った悪魔の数が相当だったってわけだ。

 ……まあ実際にはそれだけではなく―――俺は昨晩のことを思い出した。

 ―・・・

『―――で? てめぇらカス共はイッセーの敵ってことで良いんだなぁ?』

 

 グレートレッドの突然の出現によって、リゼヴィム陣営の崩れようは凄まじいものだった。

 世界最強の存在が、まさか俺の贔屓しているとでも思っていなかったんだろう。

 その多くの存在が恐怖に震えていた。

 そりゃあ、あんな眼光に睨まれたら恐怖を抱くに決まっている。

 ……そんな中、グレートレッドはリリスの存在に注目した。

 

『……前に会った時より弄りまわされてるな、お前』

「グレートレッド……」

 

 グレートレッドはリリスを見ただけで彼女の体に何が起きたのか理解したのか、どこか同情的な声でそう言った。

 更にグレートレッドはその空間を見渡し、更に何かに気付く。

 

『嫌なほどにドラゴンのオーラを感じるなぁ。限りなく天龍に近いオーラが二つに、天龍に二歩手前のオーラが一つ……それ以外のそこそこがチラホラと、ゴミ屑のドラゴンのオーラもある―――そんでもって、そこのチビよりもふざけたドラゴンみてぇなもんまで』

 

 グレートレッドの声音は終始、心の底からリゼヴィムたちを毛嫌いするような鬱憤の溜まった声音だ。

 ……グレートレッドはたったそれだけの時間で気付いたんだろう。

 天龍クラスってのは恐らくこの戦場にいるクロウ・クルワッハとリリス。天龍に二歩手前はたぶんティアだ。

 そしてゴミ屑はニーズヘッグで、そしてふざけたドラゴン擬きは恐らく俺たちが戦ってきた黒いドラゴンのような存在だろう。

 グレートレッドはその全ての元凶である、リリスに護られるリゼヴィムを睨んだ。

 

「な、な―――な、んで、このタイミングで、龍神が」

『―――口を開けるな、三下。てめぇに俺様が声を聴かれることさえも耐え難ぇんだ』

 

 ただそれだけで、リゼヴィムは動けなくなる。

 ただの言葉と眼光で、まるで風が起きたように戦場に圧力が圧し掛かる。

 ……グレートレッドはしばらく動けずにいるリゼヴィムたちを睨んだのち、つまらなさそうな表情を浮かべて目を背けた。

 そして俺を掴んで、今までとは違うテンションの高い声で話しかけてきた。

 

『にしてもイッセー、以前にも増してそいつの力を使いこなしてるみてぇだな! 次元の狭間で泳いでいて、俺を気付かせるほどなら、今なら天龍にも届くんじゃねぇか?』

「ぐ、グレートレッド? 今、一応戦闘中なわけで」

『あぁ? あんな屑どもに何もできねぇよ。そもそも俺に一歩でも手を出した時点で、殲滅確定だ』

 

 それは正に死刑宣告。

 リゼヴィムは逃げることも反撃することも出来ず、ただただその雄大な姿を睨みつけることしか出来ない。

 

『……お? イッセー、お前何か面白れぇもんに目覚めようとしてんな』

「……は?」

 

 するとグレートレッドは俺を見て、不意にそう言った。

 ……面白いものに目覚める? それは俺もあまり見知ったものではない。

 ―――面白そうな顔をしたグレートレッドだが、次の瞬間、俺の胸元を見て詰まらなさそうな顔をした。

 

『―――おいおい、心閉ざしてんじゃねぇか。いや、そうじゃなきゃイッセーがこの程度の敵に守護覇龍を使うまでもねぇか』

 

 ……それは暗に、俺の中のフェルのことを言っているんだろう。

 俺が神創始龍の具現武跡を使うことが出来なくなったことを、グレートレッドはそう称した―――心を閉ざしていると。

 ……フェル。

 

『まぁドライグの力さえあれば、今のイッセーならどんな敵でもやれるだろうがよ―――まぁ良いか。それがお前の答えならよ』

『―――』

 

 ……グレートレッドの言葉に、俺の奥より声は聞こえない。

 ドライグがずっとフェルに話しかけていても何も反応がないんだ。

 ……どうして、何も言ってくれないんだ。どんなに話しかけてもフェルは何も反応してくれない。

 ―――俺は、大丈夫なのに。

 

『さぁて、イッセーの成長が嬉しくなって出てきちまったが、こいつはどうするべきなんだろうな―――ここでゴミを殲滅しても、イッセーの成長には繋がらねぇか』

 

 するとグレートレッドは巨大な顎を開口させ、次の瞬間―――凄まじい方向で、リゼヴィムを含む全ての敵を次元の狭間へと飛ばし尽くした。

 たったそれだけの挙動で、あれほどの数を目の前から消し飛ばすグレートレッドの異常な力も去ることながら―――グレートレッドはリゼヴィムたちを見逃したのか?

 いや、見逃すってのは違う気がする。

 

『―――どうせ、あいつらはあと数秒後に自動的に元の世界に帰っていた。それを数秒早めてやっただけだ。まあそれで半分ほど死んだっぽいがな』

「……もしかしての時のために、この空間から逃れる術を用意していたってわけか―――全く以てあいつは滑稽だよ。リゼヴィム」

 

 俺は戦いが終わったことを理解して、守護覇龍を解除して肩の力を抜く。

 ……だけどまだ気は抜けないな。

 俺はグレートレッドに掴まれた上空から、匙の力で拘束されている八坂さんを見た。

 ……本当なら、フェルの力を駆使して洗脳を解くことを考えていた。

 だけど現在、フェルの力は使えない。

 ……どうするべきだ。

 これ以上八坂さんを暴走状態にしていたら、京都がどうなるか分からない。

 どうすれば―――その時、背中に翼を生やせた夜刀さんが俺の傍へと飛んできた。

 

「イッセー殿! 連戦のところ、誠も仕分けないでござるが、今すぐに力を貸してくだされ!」

「力を? 何のために―――」

「―――八坂殿を救う手立てはあるでござる! そのためにもイッセー殿の倍増の力が必要なのでござる!」

 

 ―――夜刀さんがもたらしたのは、最後の問題を解決する術だった。

 俺はグレートレッドに視線を向けると、手をそっと放して自由にしてくれる。

 俺は夜刀さんに付いて行き形で八坂さんの袂に降り立つと、そこにはアーシアと母さんがいた。

 ……この面子を見た時、俺は夜刀さんの思惑を理解した。

 

「……そう、か。そうだった! 俺は何、忘れてんだよ!! あの時、俺の心を救ってくれたのは紛れもない二人だったじゃないか!!」

「……そうでござる。―――覇龍の暴走時、イッセー殿の壊れた心を救ったアーシア殿の癒しの歌。そしてロキによって壊されたイッセー殿の心を救ったまどか殿の素晴らしい権能。この二つに、様々な人を救ってきたイッセー殿の力を合わせるのでござる!」

 

 ―――アーシアの禁手、微笑む女神の癒歌(トワイライトヒーリング・グレースヴォイス)。その力は傷どころか、この歌を心地いいと思った人物の心さえも癒してしまう優しい力。

 だけどその力を最大限に発揮するためには、救いたい対象の心を知る必要がある。

 ……そこで、母さんの出番ってわけだ。

 母さんの心を読む力は、どんな存在にでも通用する。

 その力はあのリゼヴィムを以て予想外のものだったんだ。例えどんな強者であろうとも、どんな防御の術を持っていようがその心の声が聞こえる力。

 ……八坂さんの心を母さんが聞き、それをアーシアに伝える。

 心優しいアーシアはすぐに八坂さんを救うために力を使うだろうが、アーシアも禁手の乱用で出力が足りない。

 ―――そこで俺の番ってわけだ。

 赤龍帝の倍増の、その中の譲渡の力。それでアーシアの力を底上げするってわけだ。

 ……元々アーシアの回復速度は俺が手を貸すまでもなく速くて的確であったから、彼女に対して譲渡の力を使ったことがなかった。

 ―――全て理解して、俺は母さんとアーシアの手を握る。

 

「……アーシア、母さん。俺たち三人で、八坂さんを救おう」

「……イッセーさん―――はい! 救って見せましょう!! 私たちの力で!!」

「……そうだね。可愛い息子と、可愛い娘が頑張るんだから……私も頑張る!」

 

 ……アーシアと母さんは俺の言葉に同調するように、満面の笑みでそう力強く言い放った。

 ―――俺たちは、弱弱しく倒れる八坂さんの前に立つ。

 母さんは目を瞑り、アーシアは祈りの手をつくって神器を禁手化させ、俺はアーシアの手を握り、その反対の手で籠手を出現させた。

 数十秒ほど倍増を溜め、必要なエネルギーを溜めた後に直ぐにアーシアに力を譲渡する。

 

『Transfer!!!!』

「―――んっ……す、ごい……あつい、です。イッセーさぁん……ッ」

「……これもご愛嬌ってわけか―――母さん、どうだ?」

 

 俺は身体をビクビクさせるアーシアに苦笑いを浮かべた後に、目を瞑り続ける母さんに声を掛けた。

 

「……すごく小さい声。心が壊れかけているよ。たぶん、洗脳をするために恐ろしいほどの精神的苦痛を強いられたんだと思う―――痛い、悲しい、もう嫌だ。諦めの感情。……でも、その奥にまだ希望が残ってる」

 

 ……母さんは拘束される八坂さんの元に近づき、その頬に触れた。

 ……母さんと八坂さんは面識がある。

 こんな再会で、母さんが一番悲しんでいるんだ。

 八坂さんは苦しそうな鳴き声で、力なく吠える。

 ―――俺は三つの八坂さんと約束した。

 一つは朱雀を救って見せるということ。

 一つは九重を必ず守ると。

 そして―――母さんと感動の再会をさせてみせると。

 でも今の俺の力ではそれは無理で―――でも俺はアーシアを信じている。

 俺の心を最初に救ってくれたのは、アーシアの優しい力だった。

 そんな俺の大好きなアーシアなら、必ず救ってくれる。

 ……そして母さん。その力がどれだけ母さんを苦しめてきたのか、俺には想像もつかない。

 それでも母さんは八坂さんを、大切なヒトを救うために使う決心をした。

 

「……八坂、おばあちゃん―――私、大きくなったよ? 私、すごく幸せになったよ?」

 

 ……すると母さんは、八坂さんにおもむろに声を掛けた。

 

「……土御門で邪険に扱われてて、人間を誰も信じられなかったとき―――私は八坂おばあちゃんだけが、大好きだった。どんな時でも八坂おばあちゃんは嘘を付かなくて、優しくて……ッ! ごめん、なさい……ッ! ずっと、会いにいけなくて……ッ! 勝手にいなくなって……ッ!!」

 

 母さんは……兵藤まどかは大粒の涙を流しながら八坂さんに抱き着いた。

 その涙は八坂さんの血が滲んだ頬の体毛に滴り落ち―――その瞬間、俺の元より赤い光が浮かんだ。

 俺はその将来に気付き、すぐさまグレートレッドの方を見た。

 ……当のグレートレッドも俺に起きた現象に驚いているのか、しかしながら驚きよりも感心していた。

 

『―――はは。おいおい、俺はそんな力、お前に与えてねぇぞ?』

 

 ―――赤い光は八坂さんへと入っていく。

 そして―――俺の頭に、なにかの光景が映った。

 

『ほれ、まどか。泣くでない』

『うぅぅぅ……だって、ずっと嫌な声ばっかり、聞こえるんだもん……ッ』

 

 ―――それは豪華絢爛な屋敷の一室で、八坂さんに抱き着く幼い頃の母さんだった。

 幼い頃の母さんは、八坂さんの腰に手を回してしくしくと泣き続ける。

 八坂さんはそんな幼子を優し気に撫でながら、我が子を見るような表情であやす。

 

(―――まどかは、妾にとって娘も同然じゃった)

 

 ―――聞こえるのは、八坂さんの声だった。

 これが聞こえているのは、俺だけ。

 俺の脳裏に映るのは、八坂さんの記憶だ。

 

『八坂おばあちゃん! わたしね? 八坂おばあちゃんのためにお花のお冠をつくったの!』

『おやおや、これは上手いのじゃ―――ありがと、まどか』

 

 八坂さんの記憶は流れ続ける。

 それと共に、八坂さんの心の声も流れてきた。

 

(まどかは、優しい子じゃった。そんなまどかが妾に心を開いてくれるのがつい嬉しかった。……妾は、だからこそずっと後悔した。なぜもっと、早く気付いてやれんかったのじゃと。まどかが、土御門を追放され、妾の前からいなくなってから妾はまどかの立場を知ったのじゃ)

 

『どうして……ッ! どうしてまどかがこんなにも傷つけられなくてはいけぬ!! あんなにも優しい子を、どうして……ッ!!』

 

(妾は、自分の愚かさを呪った。妾は愚かじゃ。どうして、まどかのために全てを賭して守ろうとしなかった―――こんな妾、生きている価値もない)

 

 ―――これだ。

 八坂さんは、この感情をリゼヴィムに利用されたんだ。

 ……ふざけんじゃ、ねぇ。

 八坂さんの綺麗な想いを踏み躙って、ただ戦力の強化のためだけにこんな想いを踏み躙って……ッ!!

 あの悪魔は、本当に、全く以て―――悪魔だ……ッ!!

 

(なのに、どうしてなのじゃろう―――どうして、こうも、温かいのじゃ)

 

 ―――ふと、その声が聞こえた時、俺は現実に戻る。

 俺の視線の先には八坂さんに抱き着いて、泣いている母さんがいた。

 その母さんは涙を浮かべながら、俺と同じく何かに気付いた表情をしていた。

 

「八坂、おばあちゃん……ッ! そうだよ、まどかだよ!?」

(―――まど、か)

 

 ―――俺にも確かに、聞こえた気がした。

 八坂さんの心の声が―――母さんが聞こえる、心の声が。

 

『―――なるほどな。お前が俺様の力と相性抜群な理由はそいつか』

「……グレートレッド?」

『―――お前に渡した俺の力の「きっかけ」は、守護覇龍の出現で消えていたはずなんだ。にも関わらず、お前の中で俺の力は根付き変化し、独自の進化を遂げている』

 

 グレートレッドは母さんを見ながら、なお話し続ける。

 

『……お前の母親の才能(・・)は、お前にも確かに受け継がれていたってわけだ。その才能が、俺の夢幻の力と結びつき、こんな奇跡を起こすほど力に昇華した―――人間って奴は、面白れぇよ。イッセーとお前の母親の想いと力が、あの妖狐の心を開けた』

 

 グレートレッドは感心しながらそれ以上は何も喋らず、ただ母さんと八坂さんを見る。

 ―――途端に、俺の耳に声が聞こえた。

 

(あぁ、幻聴でも幻覚でも良い……まどかに、ただただ謝りたい―――すまぬ、救えなくて……本当に、すまなかったッ!!)

「―――そんなことない!! 八坂おばあちゃんが居なかったら。私は、もっとヒトを信じることもできなかったよ……ッ!!」

 

 ……母さんは涙を流しながら、心の底からの本心を八坂さんにぶつける。

 ―――幼少期の母さんの唯一の味方は、皮肉なことに人間ではなかった。

 それでも母さんは八坂さんを大好きになった。

 例え種族が違えども、母さんは八坂さんを本当の家族のように慕った。

 ―――だから奇跡を起こす。

 それは紛れもない、母さんの想いの力だ。

 

「―――だから、ありがとう。まどかは今、幸せです……っ。大好きな旦那様と、頼りになる息子と、色々な娘に囲まれて。……まどかは幸せだよ? でも、八坂おばあちゃんが起きてくれたら、まどかはもっと……笑顔になれるの! だから狐の姿じゃなくて、ずっと私と接してくれた八坂おばあちゃんの見せて! また私の頭を……、撫でてよぉ……っ」

 

 母さんの心からの叫びが八坂さんへと向けられる。

 八坂さんは目を瞑りながら、しかしながらどこか優し気な表情を浮かべ、そして―――

 

(あぁ、全く―――まどかは、いつまで経っても、泣き虫じゃのぅ)

 

 ―――安らぎの声と共に、次の瞬間全ての感情を受け取ったアーシアが、癒しの歌を歌う。

 八坂さんと母さんを包む、碧色の優しい光。

 ……アーシアは瞳に涙を浮かべ、全力で歌う。

 八坂さんを―――二人を救うために。

 俺はふと、後ろで母さんと八坂さんを見守る九重を見た。

 ……九重は大粒の涙を止めどめもなく流しながら、恰好もつけずに鼻水を垂らして二人を見守る。

 俺はそんな九重の傍に寄り、九重を抱きしめて頭をそっと撫でた。

 

「……母様の、声が聞こえるのじゃ……ッ」

「ああ、そうだな」

「母様、ずっと……たまに寂しげな表情をしてたのじゃ……ッ! だから、すごく……嬉しい―――母様が心の底から笑ってくれるのが、嬉しいのじゃ―――ッ!!」

「ああ、そうだな……ッ。九重は、本当に優しい子だな」

 

 ……俺は九重を抱きしめながら、俺は再度二人を見た。

 ―――光に包まれる八坂さんは、次第に妖狐の身体をヒトのものへと戻っていく。

 そして少しの間の後―――人間態に戻った。

 薄らと目を見開き、八坂さんは母さんの頬を弱弱しく撫でる。

 その手を母さんは強く握り締め、そして―――

 

「あぁ……幸せ、じゃ。妾―――会えて、うれしいぞ……まどか?」

「―――うんっ! うんっ!! 八坂、あばあちゃん!!」

 

 ―――そんな綺麗な光景の中、京都の戦乱は幕を閉じた。

 ―・・・

「ふぇぇ……思い出しただけ、泣けてきちゃいますぅ」

「……あぁ、そうだな」

 

 薄ら涙を浮かべるアーシアの頭を撫でて、俺はそれからのことを思い出した。

 あれから崩れゆく次元の狭間から、何とグレートレッドが元の世界に俺たちを戻してくれたんだ。

 なんでも『なんつーか、珍しく綺麗って思っちまった礼だ。光栄に思えよ? あぁ?』っていうことらしい。

 八坂さんと母さんは無事、再会して全ては大団円―――ってわけにもいかないんだよな。

 大団円で終わらせるには不安要素が限りなく多く残っている。

 一つはリゼヴィムを逃したこと。

 グレートレッドもその辺りは甘くなく、なんでも『イッセー、てめぇのことはてめぇで解決しやがれ』ってことらしい。

 家の兄貴は弟分には厳しいらしく、基本的に俺たちには不干渉ってのが考えらしい。

 ……その割には随分と大暴れしてくれたけども。

 

「……イッセーさん。イッセーさんの中のフェルウェルさんは、その……」

「……まだ、起きてはくれないみたいだよ」

 

 ……二つ目は、フェルが眠ってしまったこと。

 これは神器の深奥から帰ってきたドライグが言ったことだ。

 フェルは現在、何者の干渉も受けないほどの眠りについているらしい。

 ……フェルの何かが崩れた。そうドライグは予想している。

 一応フォースギアは最低限使用することは可能ではあるらしいが、それでもこれまでのような使い方は出来ない。

 ―――如何にフェルの存在の大きさが理解できた。

 この戦いも、フェルの力があればもっと上手く解決できたんだ。

 ……そのフェルが崩れた原因―――それが終焉の神器を持つ少女、エンド。

 彼女と、彼女の中のアルアディアが語ったことが真実かどうかは、正直どうでも良い。

 いや、どうでも良いはダメか―――でも俺は信じているんだ。

 これまで一緒に戦ってくれていた相棒のことを。

 だから育児放棄をしたマザードラゴンはまた、ドラゴンファミリーで叱りつけないといけないよな。

 

「……イッセーさん。朱雀さんの様子は、どうですか? それにヴァーリさんも……」

「……そうだな。思っていた以上に、落ち着いているみたいだよ」

 

 アーシアが心配するのは、リゼヴィムの登場によって色々な真実を知った朱雀と、奴に憎しみを抱くヴァーリのことだ。

 晴明がただ自分の憎しみだけであそこまで歪んでしまったということは、安易に決めつけることが出来なくなった。

 八坂さんの負の感情を利用し、暴走させて手駒にしようとしていたリゼヴィムだ。

 恐らく同じような手で晴明も唆しているんだろう。

 ……そしてヴァーリのことだ。

 ヴァーリを含むヴァーリチームは今回の件を受け、正式に禍の団から脱退した。

 元々はテロ行為を一切していなかったこと、そして悪神ロキとの戦いにおいて勝利へと大きく貢献したことから、ヴァーリチームはお咎めなしとアザゼルは言っていた。

 ただ多少のペナルティはどうしようもなく、ともかくアザゼルの監視の下、ヴァーリチームは自粛傾向を辿る。

 

「―――ヴァーリが禍の団にいた理由は、行方をくらませていたリゼヴィムの所在を、曹操から教えて貰ったってのが理由ってことが判明した。そしてそのリゼヴィムの存在―――クリフォトの存在が露呈して、あいつは禍の団に所属する意味がなくなったんだ」

 

 ―――クリフォトとは、リゼヴィム・リヴァン・ルシファーが率いる大きな派閥の一つだ。

 最大勢力であった旧魔王派がなき今、禍の団の最大勢力はクリフォトと言っても良い。

 英雄派は英雄派で、特に曹操派はなんていうか……そうだな、独自派閥のようなもんだ。

 禍の団であって、禍の団ではない―――云わば、ヴァーリチームのような存在だろう。

 ……奴らの戦力は未知数だ。

 超越者、リゼヴィムを筆頭に最上級悪魔クラスのユーグリッド・ルキフグス。

 三大名家のガルブルト・マモンに、聞いた話ではレーティング・ゲーム上位陣の最上級悪魔が複数名、寝返った可能性があるとアザゼルが言っていた。

 ……そして、ドラゴン。

 キリスト教に滅ぼされたとされていた最強の邪龍、クロウ・クルワッハもまたクリフォトに協力している可能性が高い。

 あの戦場にはそれ以外にもニーズヘッグと言った邪龍が現れたんだ―――最悪な可能性の話をすれば、滅ぼされたはずの他の邪龍筆頭が復活していることも懸念しないといけない。

 

「……本当に、色々なことがありましたね」

「……アーシア?」

 

 すると、アーシアがしみじみとそう言葉を漏らした。

 ……ああ、本当に色々なことがあった。

 本来は楽しい修学旅行のはずが、蓋を開ければ土御門本家の崩壊やら英雄派の台頭やら、弟殺しやらなんやら。

 それに加えて新勢力クリフォトの露呈と来た。

 懸念することが多すぎて、正直一人では頭がパンクしそうだけど―――でもまぁ、一人じゃないからな。

 俺はギュッとアーシアの手を強く握ると、アーシアは目を丸くして首を傾げて笑みを浮かべる。

 

「―――あーのー、イッセーくぅん? 前も言ったけどね? そういうのはうちの子の教育上、良くねぇんですわ」

「……フリード?」

「うっすそうっす、フリードっす! ―――あ、こらイリメス! あんまりあの二人見るじゃない! 教育上よくねぇんでげすよ!?」

 

 ―――相変わらず、教育上って言葉が恐ろしく似合わない奴であった。

 フリードとその連れのイリメスちゃんは俺たちの隣の相席に座ると、フリードは俺の茶菓子である団子を一つ摘んで口に運んだ。

 

「んちゃんちゃ、んでデートっすか~? ほんっと好きっすよねぇ~」

「おいこら、人の最後の団子取っておいて世間話ってのはおとといきやがれってもんだぞ。知っているか? 日本人の食べ物の恨みは恐ろしいんだぞ?」

 

 ほら、例えば黒歌とか。あいつ、自分の大好物奪われると例え小猫ちゃんであろうと怒り狂うし。

 するとフリードは顔の前で両手で謝るポーズを取って「めんごめんご」なんてふざけた謝罪をしやがる。

 ……まあこいつに助けられたのは確かだ。

 フリードがいなけりゃ祐斗が大ピンチであったことは間違いないしさ。

 だから団子くらい、許してやるか。

 

「―――で? わざわざ挨拶に来るなんて殊勝なことをするわけないよな、お前が」

「……ほーん。やっぱお見通しってわけかい」

 

 フリードはごくっと残りの団子を飲み込んで、俺のお茶を勝手に飲む。

 ……そして残った団子の櫛を俺へと差し向けていた。

 

「実は俺っちが京都に来た本当の理由は、あのイカレタ爺とその周りを調べることが理由だったんだよ、これが。そんでもって、最終目的が―――戦争派」

「―――戦争派」

 

 その名前に、俺は聞き覚えがある。

 それはサーゼクス様が俺に修学旅行前に教えてくれた、禍の団の一派閥の名前だ。

 人間界を巻き込んで、なんらかの方法で人間界で戦争を起こしている集団。……それが戦争派だ。

 だが疑問だ。どうしてフリードはそのことを知っているんだ?

 そして何故フリードが動く理由がある。一体何故―――

 

「あぁ、俺氏が動く理由はっすね。まぁ、なんつーか―――俺、今はずっと戦争派を追っているんすよ」

「戦争派を追っている?」

「っそ。ある情報筋から奴らの動向を聞いて、実際に戦場に向かって―――んでもって知ったんだよ。あいつらが戦争だけじゃなく、もっと糞喰らえな計画に手を出してんのを」

「糞喰らえな計画? ―――まさか」

「そう―――第三次聖剣計画っすよ」

 

 ……フリードが動くにはこれ以上ない理由だ。

 今やフリードにとって聖剣計画は無関係なものではない。

 ……フリードは懐から何かの紙を取り出し、それをぽっと俺に渡してきた。

 

「俺の知り得る情報は全てそいつにまとめてるっす。まあ参考程度に」

「……なんで、俺にこれを渡すんだ?」

「……これはガルドの爺さんの予想の話をしよっかね」

 

 するとフリードは自分の膝にイリメスちゃんを座らせて、その綺麗で長い髪の毛を弄りながら話し続ける。

 

「このタイミングで上級悪魔になったイッセーくんだけど、恐らく悪魔の上層部はその存在を好ましく思っていない。故に何とかイッセーくんを消そうと画策する。ただ問題ひっとーつ!! そいつは君が、四大魔王のお気に入りな上にめちゃくちゃな手柄を立てまくっているってこと。ここまでお分かり?」

「……つまり?」

「せっかちだねぇ―――つまりだ。強硬手段は不可能、だが消したい。この二つを解決する方法があるんだよねぇ~。それが無理難題を押し付ける作戦!」

 

 フリードはイリメスちゃんの髪の毛で三つ編みを作り、完成したところで俺の方に顔を向ける。

 ……その表情は真剣なものだった。

 

「―――近いうち、戦争派は動く。その時イッセーくんの元に命令が下るはずっす。騒動の原因をどうにかしてこいっていう命令が、上からの圧力で」

「……そういうことか。なるほど、理解できた。確かに腐った悪魔共ならそれくらい簡単にしてくるだろうさ」

 

 フリードの言いたいことは分かった。

 このタイミングでフリードがこの話を振ってきた理由も理解できた。

 ……俺は資料に目を通す。

 ―――その中の、恐らく戦争派のトップであろう人物の名を見て、俺は表情が歪む。

 

「戦争派のトップの名は―――ディヨン・アバンセ」

「―――つまりメルティ・アバンセの生みの親ってわけか」

 

 ―――俺はこの件に何があろうと、関わらなければならないことが決定した。

 ……何故なら―――現在、メルティ・アバンセは俺の元で保護されているからだ。

 

 ―・・・

「……本当に、感謝しか思い浮かばんよ。赤龍帝殿。この命があるのも、こうしてまどかと再会できたのも―――きっとお主との天の巡り合わせじゃ」

 

 修学旅行最終日、俺たちは皆で八坂さんの元へと訪れていた。

 八坂さんは悪魔系列の病院で安静にしていて、その傍には九重と母さんが付き添っている。

 ……ちなみに父さんはその病室で現在正座中。その傍には今や父さんの主であるエリファさんの姿があった。

 ……その背後には、彼女の眷属で行方不明になっていたミルシェイドちゃんと霞ちゃんの姿もある。

 

「無事だったんだね、霞さん」

「ええ、木場殿。なんとか英雄派の幻影使いの魔の手から逃げきれました」

「ま、ちょーラクショーだったけどな!」

「……泣いてたくせに、良く言う」

「ちょ、霞言うな!!」

 

 ……病室で何を叫んでいるんだよ。

 しかし八坂さんは「よいよい」と言いながら、笑みを浮かべていた。

 ……本当に穏やかな表情だ。何か憑き物が取れたようなほどの安らかさを、八坂さんから感じる。

 

「本当にケッチーは、私に何の相談もなく悪魔になっちゃうんだから! 私、すっごくオコだよ!? 分かってる!?」

「う、へへ―――あぁ、分かっているぞ~」

「―――ぜっーんぜん! 分かってないぃぃぃ!! なんでそんな蕩けそうなくらいだらしない顔をしているの!? ケッチーのおバカ!!」

 

 ……母さんよ。父さんにとって母さんの叱咤はただのご褒美だ。たぶん全ての行動は逆効果だよ。

 ―――まあでも、父さんに色々言いたいことがあるのは俺も同じだ。

 

「……父さん、後悔はないの?」

「うへへ……まーどーかー」

「……ドライグ」

『任せろ』

『Welsh Dragon Balance Breaker!!!!!!』

 

 俺はドライグと一言漏らすと、途端に俺の身体に纏い展開される鎧。

 俺はその鎧姿による拳を、父さんの腹部に入れた!

 

「ぐっふぅぅぅぅ!?」

「はよ目を覚ませよ」

 

 俺はいつまでも呆けている父さんの目を覚まさせるため愛の鞭を与えると、ようやく父さんは正気を取り戻した。

 

「ふぅ……すまんな。その、まどかの怒る姿があまりにも可愛くて」

「もう!!」

 

 母さんのスリッパによる一撃が父さんの後頭部を襲う!

 しかし父さんは笑みを浮かべる! 気持ち悪い!!

 ……そんな茶番をしつつ、途端に父さんは真剣な表情になった。

 

「―――ああ。後悔など、一欠片も存在しない」

「―――なら、良いよ」

 

 俺はその言葉が欲しかった。

 父さんが後悔していないのであれば、俺はもう何も言わない。

 ただ―――心の残りはやはり母さんだ。

 父さんと俺が悪魔になってしまった。

 万年を生き続ける悪魔に―――そうなってしまって、母さんは家族で一人、種族が違うようになってしまった。

 ……本音を言えば、母さんにも同じ悪魔になって欲しい。

 でもそれを母さんが簡単に了承するするとは思えな―――

 

「あ、エリファさん! 私も悪魔にしてくれない? ほら、私の力って結構役に立つと思うんだけど」

「ええ、構いませんよ? では僧侶の駒を与えましょう」

「ありがとー、これからよろしくお願いします!」

 

 ―――は?

 ……は?

 …………はぁ!?

 

『えぇぇぇぇぇぇええ!!!!?』

 

 ―――その場にいる全員が、あまりにも軽く、迅速且つ瞬間的な母さんの悪魔化に驚きの声をあげる!

 いやいや、可笑しいだろ!?

 普通はもっと渋るか、ってか色々説得を重ねようと持っていた矢先だぜ!?

 俺の悩みはなんだったんだ!?

 

「ってことで、私はこの度エリファ・ベルフェゴール様? の僧侶として眷属悪魔になりました! イッセーちゃん、今後ともよろしく……って、何をそんなに驚いているの?」

「いや、驚くわ!! 軽いノリで悪魔になったけど、悪魔は万年生きる生物なんだよ!? そんな軽くで良いのか!?」

「……じゃあ聞くけど、私がイッセーちゃんと一万年一緒に居れるって知って、即決断しない理由、ある?」

「…………」

 

 言われてみれば、確かに違和感はなかった。

 ……母さんはすると、真剣な口調で話し始めた。

 

「―――イッセーちゃんとずっと一緒にいれる。ケッチーとも、八坂おばあちゃんとも、アーシアちゃんともリアスちゃんともイリナちゃんともゼノヴィアちゃんとも朱乃ちゃんとも皆々。……大好きな皆とずっと一緒にいれるんだもん。そりゃあすっごく難しいこともあるだろうし、あとで少しは考えたりするかもだけど……でも後悔はしない。だって、自分で決めたことだもん」

「……母さん」

 

 母さんの決意に、俺は何も言わず納得する。

 後悔がないのなら、俺は何も言わないさ。

 

「……まどか、俺にはああ言って、自分は割と軽く悪魔になるんだな」

「ダメ? だってケッチーと100年でお別れとか嫌だもん」

「―――ふぉぉぉぉぉぉ!!!!」

「父さん病室で暴れんなぁ! くそこうなりゃ!! アクセルモード!!」

「イッセーさん! イッセーさんもお父様のことを言えないですぅ!!」

 

 ―――そんなこんなで、何とも病室は騒々しく。

 看護婦さんがブチ切れて、俺たちはお灸を据えられるのは確定事項なわけで。

 ただ八坂さんは本当に幸せそうに笑っていた。

 ……それだけで、京都で色々頑張った甲斐があったよ。

 そう確信した。

 ―・・・

「―――くそ、皆とはぐれちまった」

 

 八坂さんのところからの帰り、俺はふとトイレに行って戻ると、他の皆が既に帰ってしまったことに気付いた。

 ……方向音痴の俺を置いていくとは、皆も軽薄なもんだな。

 まぁ、仕方ない。ここはそこらに歩いている人を捕まえて、道を聞くしか―――

 

「あっれー? イッセーくん! 何でこんなところに、一人でいるのー?」

「―――観莉」

 

 俺が道の真ん中で右往左往していると、後ろから俺に声を掛けてくる女の子が一人。

 俺と同じく京都に修学旅行に来ていた観莉だ。

 観莉はセーラー服の制服を着こなしながら、両手にお土産らしき荷物を持ってキョトンとしていた。

 俺はすっと、観莉に近づいて彼女の荷物の一つを持った。

 

「あ……ありがと、イッセーくん。こういうことを嫌味なくするのって、ある意味才能かな?」

「端から見られたら、女の子の重そうにしてるのに何も持ってあげない男って思われるのが嫌なんだよ―――どうだ? 修学旅行は楽しんだか?」

「うーん、まあそこそこかな? でもイッセーくんも京都にいたって知っちゃったから、心の底から楽しんだとは言えないかも……―――やっぱりイッセーくんと一緒にいる時が一番楽しいから、かな?」

 

 ……観莉はボソッと、そう呟くと空を見上げた。

 ―――俺が思い出したのは、修学旅行の電車の車内で出会った時の、観莉との触れ合い。

 あの時、観莉は遠回りに好意を伝えてくれた。

 ……果報者だよな、俺。

 自分の心の中の想いはずっとフラフラなのに、好意ばかり寄せられて。

 ちょっとは報いを受けないと、自分のことが嫌になる。

 アーシアは俺に、もっと我が儘になってもいいと言ってくれた。自分の望む形を、全力で目指さないと報われないと。

 ……俺の幸せな未来は、みんなとずっと幸せに過ごすこと。

 家族と、仲間と、ライバルと……関わった繋がりを絶対に護る。

 それが俺の力の根源なんだ。

 ―――自分ではまだ答えは見つからない。

 

「―――また、お店に遊びにいくよ。それに観莉の家庭教師もそろそろ本腰入れていかないといけないからさ。駒王学園の入試までもうそんなに時間もないことだし」

「……そっか。それはマスターも喜ぶし、私も嬉しすぎていつもの何倍も張り切っちゃうな」

 

 俺は観莉と一緒に帰路を歩く。

 そのとき交わした会話はたわいもない日常会話だ。

 だけど、観莉と触れ合えば触れ合うほど、関係が深くなれば深くなるほど彼女の存在は大きくなる。

 それは単に可愛い後輩って意味なのか? 友達って意味なのか?

 ―――そのとき、俺たちの後ろから走っているような足音が聞こえた。

 パタパタと走ってくる足音は俺たちのすぐ後ろで立ち止まり、そして声を掛けた。

 

「イッセーさん!」

 

 ……俺を探していたであろうアーシアは、ほんのり汗を流しながら「見つかってよかったですぅ~」なんて可愛いことを漏らしている。

 ―――そしてアーシアは、観莉と対面した。

 ……よくよく考えれば、初対面ではないにしろ、アーシアと観莉が接したのは初めてかもしれない。

 アーシアは観莉に気付き、軽く会釈をすると観莉はニッコリと笑顔を浮かべた。

 

「こんにちは、アーシア先輩。こうしてお話しするのは、初めてかな?」

「そうですね。観莉ちゃん……で、いいですか?」

「ええ。私もアーシア先輩って呼んでるわけですし」

 

 ……心なしか、観莉の態度がどこか固い気がした。

 観莉は基本的に慣れてしまえば誰にでも好意的に接する。

 だけどアーシアに対する観莉は、どこか壁を感じた。

 ……それでもアーシアは柔らかい笑顔を浮かべて―――

 

「イッセーさんから聞いています。来年、駒王学園を受験するんですよね?」

「うん。イッセーくんに家庭教師してもらってるから、絶対に受かると思う」

「じゃあ―――よろしくお願いします!」

 

 アーシアは観莉に手を差し出した。

 観莉はアーシアの手をキョトンとした目で見て、視線をこちらに向ける。

 ……なるほど、観莉はこういうところが人見知りってわけか。

 俺は観莉の頭にポンと手を置き、そして観莉の手を取ってアーシアと手を握らせる。

 互いに握られるアーシアと観莉の手を、その上から覆うように両手で握ると二人は不思議そうな顔で俺を見た。

 

「観莉は人見知り過ぎだから。よろしくされたんだから、こちらよろしくぐらいで良いんじゃないか?」

「……そうだね。うん……そう、だよね」

 

 俺は二人から手を離すと、観莉はアーシアの目をしっかりと見て、そして言う。

 

「……こっちこそ、来年からよろしくお願いします! でも―――絶対に、負けませんからね?」

「―――ええ。私だって、負けませんよ」

 

 ―――二人のその視線の交差がひどく印象的であったのを、俺は今後、ずっと覚えているだろう。

 その理由は今はまだ分からない。

 ……俺たちは京都の緑豊かな並木道を、三人で歩く。

 修学旅行最終日の最後の活動は、非常にゆったりしたものだった。

 だけどこの思い出はきっと、大切なモノであるに違いない。

 ……何かの最初の一ぺージが描かれた気がした。

 それが何の一ページ目なのか、それを知るのはもっともっと先のこと。

 ―――こうして、俺たちの波乱に満ちた修学旅行は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――待っててね。……イッセー、くん?」

 ―・・・

「終章」 英雄は、誰?

 修学旅行が終わり、行きと同じく新幹線に乗り込む―――とはいかず、俺は別で用意された高級車で駒王町へと帰っていた。

 その車はセラフォルー様により用意されたものであり、この車の中は例え水爆が落ちて来ようと絶対に壊れない対策がされている。

 その理由は―――

 

「……んで? な、そろそろ話してもらわないと困るんだよ―――メルティ・アバンセ」

「…………」

 

 ―――四肢を魔法陣で拘束され、身動きが取れずにいるメルティ・アバンセが同乗しているからだ。

 俺の両隣の席でメルティを警戒している黒歌、朱雀は殺気立って彼女を睨んでいた。

 ……あの戦乱の後、クリフォトの連中は戦死した奴以外は皆、逃げていった。

 しかしメルティはあの場から一切動かず、光を失った目でずっと俺を見ていた。

 それまでのように俺を捕縛しようともせず、ただただ黙って俺をじっと見ていたんだ。

 そんなメルティは特に抵抗することなく三大勢力に拘束され、セラフォルー様やガブリエルさん、アザゼル監修のもと尋問を受けていたんだが、残念なことにメルティは何の情報も持っていなかった。

 いわば完全に人形のような生物であると、アザゼルは検査をした結果わかったということを教えてくれた。

 そんな感情もなく、何も喋らないメルティが、たった一言だけ言葉を発したらしい。

 ―――赤龍帝。

 彼女はそう言葉を漏らしたとアザゼルは言っており、そしてもしかしたら俺と接することで何か変化があるのではないかと考え、俺の元、保護するという結論になったんだ。

 しかしながら問題はそんなに簡単に解決しているわけなく、メルティとこの車で再会して以来、彼女は一切の言葉を発しない。

 ただじっと、俺の顔を見ているだけだ。

 

「……なんていうんだろう。電池が切れた人形、って表現が一番的を射ているのか? 話しかけても何も言葉を発さないってのが一番困るんだよな」

「イッセーさま。こやつに何を言っても意味がありません。むしろもっと警戒すべきだ」

「そうだにゃ。流石にこいつはイッセーを何度も襲っているわけだし、黒歌ちゃんもちょっと冷たく当たるにゃん」

 

 ……という感じで、俺の眷属の二人はメルティに対して非常に厳しいわけだ。

 放っておいたら攻撃でもするんじゃないかって思うほど。

 ―――こうもだんまりだと、本当に困ったもんだ。

 俺は頬をポリポリと掻いて、近くでメルティと話すために彼女の隣に座る。

 その瞬間、黒歌と朱雀が異様に驚く表情を取るが、今この場で何をしようとメルティは何も出来ないんだ。

 一々警戒しすぎる方が疲れる。

 それにずっと気になっていたんだ―――メルティの整えられていないボサボサの髪の毛を。

 

「黒歌、髪櫛とヘアピンを貸してくれないか?」

「……こんな状況でうちの王様は―――仕方ないにゃぁ」

 

 さしもの黒歌も俺の行動に呆れたのか、自分もずっと警戒しているのか馬鹿らしく感じたように肩から力を抜いた。

 それは朱雀も同様である。

 ……俺は黒歌から髪櫛とヘアピンを受け取り、メルティの身体を後ろに向かせる。

 そして彼女の髪を軽く手櫛で解きほぐし、そして髪櫛でボサボサの髪の毛を整えていく。

 

「……?」

 

 すると彼女の顔は見えないものの、少し反応が見受けられた。

 

「いくら捕虜だって言っても、ずっとボロボロの格好じゃあ気分が悪いからな。痛かったら言えよ?」

「…………」

 

 メルティは時折、くすぐったいように身体を震えさせる。

 俺はその反応を半分面白がって、あまり気にも止めず彼女の髪を整えていく。

 後ろ髪は比較的整って、俺は彼女の身体を正面に向けさせ、次は前髪を整える。

 ……視線は相変わらず、俺の目をじっと見据えていた。

 俺はその視線を気にも止めず、長く伸びた前髪を左右に流し、そして前髪を固定するために二本のヘアピンを左右に止める。

 それによってメルティは幾分かすっきりとした容姿になった。

 

「ん、これでよし。―――って」

 

 髪のセットが終わり、メルティから少し離れようとした時だった。

 彼女のか細い指が俺の服の袖を掴み、離そうとしなかった。

 俺は何事かと思ってメルティを見ると、彼女は相変わらず無表情で俺を見つめる。

 ……ここまで露骨だと、確かに俺に対して何かあると思わざるを得ないよな。

 

「……紅蓮」

 

 ―――そのとき、メルティは初めて言葉を発する。

 彼女の口にした言葉は「紅蓮」。

 そいつは俺を象徴する色であり、俺もまたその色を誇り高く思っている。

 

「……綺麗、な……紅蓮。赤龍帝、守護覇龍……」

 

 ―――メルティはそれだけ言うと、再び何も言わなくなった。

 ただ俺の服の裾を片時も離さず、じっと俺を見つめる。

 ……もしかしたらメルティは、俺の力の影響で何かが変わってしまったのかもしれない。

 あの戦場でメルティはリゼヴィムに殺される勢いで虐待を受け、本当にあと少し遅ければただでは済まない傷を負っていた。

 ―――殴られていた時でも表情を歪めず、何も言葉を発さなかったメルティ。その心は本当の意味で閉ざされている。

 でももし俺の力が彼女の心に何か変革をもたらしたのなら―――俺は彼女に何かを与えてあげないといけない。

 例え最初が敵でも、今では共に進む奴だっている。

 ……もし与えるものがあるとすれば、何だろうな。

 

「……ねぇ、イッセー。今回の件で、私は確信したにゃん―――イッセーは強い。でも、強すぎるイッセーはいつも一人で戦う。今回なんて良い例だったでしょ? 一人で晴明とヘラクレスとそいつを背負い込んで、死にかけてたんだから」

「……確かに、朱雀と父さんがいなけりゃ死なないにしろ、死傷は免れなかった。……黒歌の言いたいことは理解できる―――俺には仲間がいる。グレモリー眷属としてではなく、赤龍帝眷属としての仲間が」

 

 俺はすっと自分の中から持つ駒を上空に浮かべ、それを見つめた。

 女王の駒が一つ、戦車の駒が二つ、騎士の駒が一つ、僧侶の駒が一つ、兵士の駒が八つ。

 現在の俺の眷属は黒歌と朱雀の二人。

 ……リゼヴィムのことを考えると、俺には優秀な下僕が必要不可欠だ。

 幸いなことに現在眷属の黒歌は最上級悪魔クラスで、朱雀も非常に手札の多い戦士だ。鍛えていけばかなりの強者になれる。

 ―――現在、俺が目星をつけている人物は二人いる。

 そのうち一人は既に裏は取れており、恐らくは今すぐにでも眷属になってくれることは間違いない。むしろ彼女もそれを望んでいるということも知っている。

 向こう側の家とも既にコンタクトを取っていたりもするからな。

 ……だけどもう一人はきっと難しいだろう。

 特に今は(・ ・ ・ ・)

 

「……まあ急いでも良いことはないと思う。だから今は、目の前のことだけを見据えようと思う―――それで良いか? 黒歌、朱雀」

「―――しゃーないにゃ~」

「―――主の仰るがままに」

 

 黒歌は朱雀は俺の意向に従いに、そう言葉を漏らした。

 ―・・・

 駒王学園に戻ると、俺たちを待っていたのは、眷属の仲間たちからの心配と安堵の表情、そして何の連絡も送ってこなかったことに対する異議不満であった。

 リアスは王として叱咤しつつも、それでも無事に帰って来てくれたことに対して安堵をしていた。

 朱乃さんは意外にも怒ってはおらず、ただただ敵に対して漏らしてはいけないオーラをメラメラと迸せていた。

 ギャスパーと小猫ちゃんに至っては心配過ぎて帰って来てすぐに抱き着いてきて、俺の服の裾をずっと握るメルティの存在に気付いて対抗意識を燃やし―――などなど。

 話したいことは色々あるというのが本音だけど、とりあえずはまずは一旦、皆で帰ることとなった。

 そんな中、俺たち赤龍帝眷属(+メルティ)は他の皆には先に帰ってもらい、俺たちはある人物が待つ生徒会室に向かう。

 生徒会室の前に到着し、扉を叩くと中よりソーナ会長の声が届き、俺たちは了承を得て室内に入った。

 

「こんにちは。京都での一件は既に眷属から聞いています。私の眷属のことをありがとうございました」

「いえいえ。俺たちも匙たちにかなり助けられたので―――それで、早速ですが彼女は?」

「ええ、そうでしたね。先ほど校長室に挨拶に行き、今はこの部屋の奥で兵藤君を―――赤龍帝眷属の王である兵藤一誠様をお待ちでございます。非常に緊張しているおいでです」

 

 ソーナ会長は、会長の顔から王の顔に変化し、室内の奥へと手招きをした。

 俺はそれに従い、生徒会室の奥へと足を運び、そして奥にある扉を開ける。

 そこには―――明日付けで駒王学園に転入する、レイヴェル・フェニックスの姿があった。

 

「い、イッセー様! ご無事にお帰りになられて、心の底から安堵申し上げます! 知らせを聞いたときは心臓が止まるかと!」

「ああ、いいよいいよ。そんな固っ苦しいのは」

 

 入ってくるやいなや、緊張からかひどく丁寧語を並べるレイヴェル。

 ……元々レイヴェルは勉強の名目で駒王学園への転入は決まっていた。でも実際の転入はもう少し後の予定だったんだけど、それがある理由で早まった。

 ―――それは俺とフェニックス家との間で決まった事柄。

 現状フェニックス夫人の形式上の下僕であるレイヴェルのトレードだ。

 要は……

 

「既に知っていると思うけど、俺とフェニックス家の間で、トレードが発生した。フェニックス卿と夫人は快く了承してくれていて、実際にいつでも君は俺の眷属にすることが出来る―――けどその前にレイヴェル・フェニックス。君にいくつか聞かないといけないことがある」

「―――ッ」

 

 口調が真剣なものとなると、レイヴェルは緊張からか表情がこわばる。

 

「レイヴェル。君は俺の眷属になっても構わないと思っているのか?」

「……はい。私、レイヴェル・フェニックスは心の底から貴殿、兵藤一誠様の眷属になることを望んでおります。イッセー様のご活躍をその一番近い所で、そしてお支えしたいと思っております」

「……じゃあ次だ。レイヴェル、俺の眷属になるという意味を、分かっているか?」

「……ッ」

 

 レイヴェルは言葉を詰まらせる。

 ―――俺の眷属になるということは、それだけの危険性があるということだ。

 

「知っての通り、俺は赤龍帝だ。俺は力を呼び、力と衝突する。今回の件も知っての通り、いわば戦争だった―――そんな俺の眷属になる覚悟はあるか? その力は? 生半可な覚悟じゃあ、俺は君を眷属として向かい入れるわけにはいかない」

「…………」

 

 レイヴェルは言葉を探すように、唇をギュッと噛む。

 ……俺の眷属になるというのは、戦いに巻き込まれることを意味しているんだ。

 そうなればいつどこで命を落としても不思議ではない。

 だから俺は彼女に尋ねなければならない。

 ……レイヴェルは束の間、考えるように目を瞑る。

 ―――そして、意を決したように目を開けて、俺の目を真っ直ぐと見た。

 

「―――覚悟は決まりました。私は、それでもイッセー様と共に歩いて行きたい。イッセー様の到達する高みを見たいのです。その過程の戦いなど、これまでとこれからの経験と、フェニックスの特性で乗り切って見せます!! ……だから私を―――」

 

 レイヴェルが俺に頭を下げようとしたから、俺はそれを遮るように彼女の前に手を出した。

 そしての指先に赤い駒―――僧侶の駒を差し出した。

 駒はまるでレイヴェルを眷属として認めていると言わんばかりの紅蓮の輝きを発しており、俺はキョトンとするレイヴェルに声を掛けた。

 

「レイヴェルなら、そう言うってわかってた。ごめんな、試すようなことを言って」

「……いいえ。むしろ当然のことです」

 

 レイヴェルは俺の謝罪を、苦笑いで返す。

 彼女は一歩、後ろに下がる。

 そして腰を落とし、豪華絢爛なスカートの裾を掴んで軽くお辞儀をし、そして―――

 

「―――このレイヴェル・フェニックス。赤龍帝・兵藤一誠様の刃となり、知恵となることを約束いたします。どうぞ末永く、私と共に王道を進むことを願って」

 

 その言葉と共にレイヴェルは僧侶の駒を受け取り、自分の体内へと駒を受け入れた。

 ……一瞬、レイヴェルの身体から紅蓮の輝きが漏れる。

 ―――赤龍帝眷属に新しいメンバーが加入する。

 レイヴェルはその後、俺以外のメンバーに改めて挨拶をして、多少なりの歓迎会をすることになった。

 

『赤龍帝眷属』

 王  兵藤 一誠

 女王 ――――

 戦車 Coming Soon

 騎士 土御門 朱雀

 騎士 Coming Soon

 僧侶 黒歌

 僧侶 レイヴェル・フェニックス

 兵士 ――――

 兵士 ――――

 

 ―・・・

「なぁ、ジーク」

「ん? なにかな、ヘラクレス」

「……俺ぁ、なんのために戦ってんだろうな」

「そんなもの、それぞれで違うだろ? 僕は強い剣士と尋常なき戦いをしたいから英雄派を選んだ。曹操は人間の最後の希望。曹操はそんな曹操についていっているから同じ考えだろう―――まぁ、僕も色々考えることはあるんだけどね」

「―――あの男は、俺に英雄は何かって聞いてきた。俺はそれに、自分の言葉を言い現わさなかった。……ちと考えちまったんだ。このままで良いのかって」

「……それは君が考え、答えを出すことだ」

「―――わかってんだよ、んなことぐれぇ。……英雄って、なんなんだろうな」

「そんなもの、近くに分かり易い例がいるだろ? まぁ俺も形の一つ。……きっと曹操、兵藤一誠も、英雄さ」

「……だっせぇな。今更、心からなりたいと思っちまったよ」

「ならば強くなるしかないね―――さ、新たな任務だよ。僕と君、クーに与えられた新たな任務を遂行しよう」

「……ああ―――次は、戦争派に首ツッコむんだな」

「その通り。……きっと近いうちに、彼らとまた会うことになるさ―――必ずね」


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