ハイスクールD×D ~優しいドラゴンと最高の赤龍帝~   作:マッハでゴーだ!

120 / 138
第16話 揺るがぬ心

 リゼヴィム・リヴァン・ルシファーの登場と共に俺達の周りに現れるのは、それまで俺たちが相手にしてきた謎のドラゴンのような黒い生命体と、異様な実力の匂いをかもし出す何十人もの強者であった。

 その強者は少なくとも最上級クラスはある人物たちで、しかも生命体で言えば悪魔だけではない。

 感じるだけでも悪魔、堕天使、更にはドラゴンまでもの気配を感じた。

 他にも感じていないだけで、いろいろな種族がいる。

 ……ガルブルトの姿も。

 つまり、ここにいる全ての存在がリゼヴィムの配下にいる禍の団の謎の派閥の全容。

 これまで推測の内でしかなかった存在ってわけだ。

 ……四大魔王の実の息子であるリゼヴィムがトップであるのならば、この戦場にいた最後の旧魔王派の残党が戦闘に参加している意味も理解できる。

 ―――状況の整理をする。敵の黒幕は超越者の一人、ヴァーリの祖父であるリゼヴィム・リヴァン・ルシファー。

 リゼヴィムは恐らく晴明を影で操り、本来英雄派と俺たちの陣営だけの戦いであったものを、自分たちも巻き込ませるように企てた。

 その結果、この戦場にはいるはずのない謎の生命体や最上級悪魔クラスの存在、更にはニーズヘッグや最強の邪龍であるクロウ・クルワッハが現れた。

 八坂さんを目的としているのは恐らく、自軍の戦力の強化。そのためにあいつらは何かしらの方法で八坂さんの精神を操り、暴走させている。

 本来は俺たちの目の前には現れるつもりはないはずだった―――しかしそれをこの場のイレギュラーである兵藤まどかの存在によって、自身が黒幕であったことを露呈され、仕方なく表舞台に姿を現した。

 ……今まで影に隠れて、冥界を騙して活動していたんだろう。

 ―――悪意なんてものじゃない。

 裏で動いて、伝説のドラゴンまで自分の駒として使えるほど手を回し、この状況を作り出した。

 ……もしも母さんがいなかったらと考えるとゾッとする。

 もしこの場でリゼヴィムの存在が黒幕であったことが露呈していなかったら、あいつは裏で動き、そして俺たちに最悪の結末を突きつけていたかもしれない。

 ―――それほどのものが、奴にはある。

 これほど多くの勢力を巻き込んだ作戦を裏で、掌で操っていたんだ。それくらい、容易にできるはずだ。

 ……だが待て。奴がわざわざここに現れる意味はあったのか?

 現れなければ母さんの妄言で済んでいたかもしれない。もしくは確実に露呈するまでにまだ何かができた筈だ。

 にも関わらず、奴はわざわざ俺達の前に姿を現した。

 ……何のため?

 ―――その結論に至るのは、実に簡単だった。

 リゼヴィムより別方向より、何者かが母さんに向け何発かの魔力の弾丸を放つ。

 それにいち早く気づいたのは俺と父さんであり、俺は魔力砲で、父さんは拳でそれを霧散させる。

 

「およよ~? おじいちゃんの部下の中でも中々の殺し屋の弾丸をすぐに察知しちゃう? ほほー、こいつはぁ驚きだ。―――やっぱ、てめぇらはな、うん。邪魔なんだわ、兵藤一誠に兵藤まどか」

「……何が、って聞いたほうが良いか? リゼヴィム・リヴァン・ルシファー」

「おぅおぅ、いいぜぇ~?」

 

 リゼヴィムはパンッ、と手で合掌し音を鳴らす。

 すると彼の元にメルティがひざまづいた。

 

「―――他人の心を、どんな種族、どんな実力者であろうが何も関係なく読んじまうそこの女の先天的な能力に、赤龍帝の存在。あぁ、まぁ邪魔だ。まー邪魔と同時に兵藤一誠、おまえさんは俺には必要不可欠な存在なんだぜ~?」

「……どういうことだ。お前は俺の何を欲している? メルティに俺や朱雀を狙わせたのはお前だろう? ……一体、俺の何を欲しているんだ」

「―――創造の力に、封印の力。それにおまえさんのな~? 生前にも俺、めっちゃめちゃ興味あるんだ、うひゃひゃ!!」

 

 ―――生前の俺。つまりはオルフェルであったころの俺のことを、奴は言った。

 ……奴は一体、俺のことをどこまで知っているんだ?

 それに奴の目的が未だに俺は掴めない。

 ……そのときだった。

 ―――今までリゼヴィムに対してひざまづいていたメルティを、奴は勢い良く蹴り飛ばした。

 凄まじいほどの打撃音が響き、メルティは蹲る。

 ……ありえないほどの血を地面に吐いていた。

 

「―――つっかえねぇなー、きみぃー。何度失敗すれば気が済む? おじいちゃんに良いなよ、メルティちゃーん。君をね? おじちゃんは戦争派からかなり資本を叩いて買ったんだぜ?―――殺されたい? ん?」

 

 ―――まるで道具のように、おもちゃを壊すようにリゼヴィムはメルティを傷つける。

 ……やめろ。

 

「ん? まだまだ壊れないか!? うひゃひゃ、頑丈ならもう少し痛ぶってストレス解消ぅー!!」

『Welsh Dragon Blance Breaker!!!!!』

 

 俺はその残酷な仕打ちに、メルティが自分の命を狙ってきた敵であることを忘れて赤龍帝の鎧を身に纏い、リゼヴィムに殴りかかった。

 ……近くに寄って理解できたのは奴の純粋な魔力量。そして恐らく技量もかなり熟練していて、相当の強さを誇っている。

 それこそ魔王クラスだ―――だけどそれだけだ。

 それ以上の特別なものをこいつからは感じない。

 サーゼクス様の卓越された滅びの魔力のような、アジュカ様の覇軍の方程式のような素晴らしい力も感じない。

 リゼヴィムは拳を振りかざす俺に対して特に回避行為をしようとせず、ただ笑みを浮かべていた。

 ……リゼヴィムの顔面に俺の拳が肉薄しようとしたとき―――俺は突如、背筋にいやな予感が過ぎった。

 ―――俺と晴明が戦っているとき、たびたび俺の鎧を消してきた存在。

 そのときの魔法陣を軽くしか見ていなかったから気付かなかった。

 ……嫌な予感はすぐさまに的中する。

 リゼヴィムは俺の拳にそっと掌で触れた瞬間―――俺の鎧は、一瞬にして消え去った。

 完全に虚を突かれた俺は完全な無防備のまま宙に浮遊し、その肢体をリゼヴィムに晒す。 

 奴の顔には悦に浸りつくしたしたり顔と、むかつくほどの余裕の笑みだ。

 リゼヴィムの手元には俺を殺すため、手刀を繰り出すように指を尖らせる。

 そこに魔力で刃をコーティングし、俺を刺殺しようとするリゼヴィム―――判断は一瞬だ。

 俺は貫かれそうになる腹部を屈め、魔力を逆噴射してリゼヴィムから一気に離れる。

 緊急回避の代償に、俺は吹き飛んでそのまま地面に叩きつけられるように落ちる。

 俺の瞬間の判断に驚くリゼヴィム。

 

「ほー。やるじゃん、赤龍帝ぇ♪」

「…………なるほど、な。超越者って意味がやっと理解できた」

 

 俺は背中に尋常じゃないほどの痛みを感じながら、掌で膝を掴んで、何とか立ち上がった。

 ……今の攻防と、それまでの出来事で俺は確信する。

 ―――奴が、リゼヴィム・リヴァン・ルシファーが超越者と称される理由を。

 

「―――神器を無力化する能力。名づけるなら神器無効化(セイクリッド・ギア・キャンセラー)。それがお前の持つ先天的異常だろ?」

「……ご明察。おじちゃんの力はお前さんや孫のヴァーリの力の一切を全て無力化することの出来る神器無効化♪ 我が手で触れる全ての神器は云わば紙同然というもの―――ひっじょーに残念だねぇ~、赤龍帝。お前の力って奴は全て神器に重きを置く賜物。それが例え件の守護覇龍だろうと、創造の神器だろうとこのおじちゃんは全部全部、ぜぇ~んぶ! ……無力化しちゃうんだぜ?」

 

 リゼヴィムは手を強調するようにブラブラと俺に見せてきて、ヘラヘラと笑う。

 俺たち陣営はリゼヴィムの登場で完全に動くことが出来なくなってしまった。

 目の前には英雄派で、その周りにはリゼヴィムの陣営の面々。

 ……リゼヴィムは俺たちが動けないことを理解すると、愉悦を浮かべる笑みで俺に話しかける。

 

「さ~て。まあお前はここで絶対に生け捕りにするわけで、だ。流石に俺がお前やそこの朱雀くんを欲しがる理由くらいは教えてやってもいいぜぇ~? どうせ今から死ぬわけだし」

 

 リゼヴィムは両手の掌でパンッ! っと音を鳴らすと、彼の背後には大きな画面のようなものが現れた。

 その画面に表示されるのは―――俺と観莉と、そしてバイク。

 その光景とは、ほんの少し前に俺と観莉が経験した出来事の発端だった。

 違う世界の二人の兵藤一誠、悪意の塊のような獣、そして堕ちるところまで堕ちてしまった悲しき二人ボッチの男女。

 ―――俺が平行世界に旅立ったときの映像が、画面に克明に映されていた。

 

「……この映像を初めて見たときによ~、おじちゃんは確信したね―――赤龍帝の力を利用すれば平行世界への移動が可能であると。それはつまり、突き詰めれば異世界への移動すらも可能にしてしまうのではないかということをさ~」

「な、にを言って―――」

「―――俺はなぁ、この世界に飽き飽きしていたのさ。やることもねぇのに悪魔は万年を生きなきゃなんねぇ。するとどうだ? 暇つぶしに見晴らせていたグレモリーの愚娘の下でおもしれぇことが起きてるじゃん? 神器を創る創造の神器、そいつは平行世界なんていう未開の地に手を伸ばした。つまり可能性で言えばどんなところまでも続いている! こいつはすげぇことだ、お前という存在は異常で異端で、興味深すぎる存在だ! ひゃはははははは!!!」

 

 ―――リゼヴィムの今の台詞で理解できたことはいくつもある。

 こいつは俺たちグレモリー眷属をずっと見張っていたということ。

 こいつはその暇つぶしの過程で、俺の体験した起こり得ない平行移動を知ってしまったこと。

 そしてこいつは―――俺が前代赤龍帝からの転生者であることも、こいつは知っている。

 ……リゼヴィム・リヴァン・ルシファーの目的は俺、というよりは俺の中のフェルの存在だ。

 ここまで周到に組み込まれた作戦は、長い時間をかけて調整されてきたものなんだろう。

 ここまでの戦力を集め、ここまで最悪の事態にまで追い込まれているのは事実だ。

 

「歴史から抹消された赤龍帝が、次代の赤龍帝になって、しかも創造の神器までもを宿すことになった。―――オルフェル・イグニールだろ? そこんとこも調べはついている。オルフェル・イグニールとミリーシェ・アルウェルトの謎。知りたくね? イッセーくぅぅんよ?」

 

 ……ここでリゼヴィムは俺に手を差し伸ばしてきた。

 リゼヴィムは不敵な笑みを終始浮かべながら、俺にそう言ってきたんだ。

 

「俺の配下になって俺に尽くせば、お前は自分の身に起こったことを解明できるかもしれねぇぜ? それはお前が最も欲しがっていたものだろ? な? 惚れてた女ぁ殺されて、復讐心もあんだろ? 俺と一緒にくれば全部解決するかもしれねぇ。そしたら俺もお前もいい塩梅でハッピーだ! な? ―――だから俺の元に来いよ。そしたらお前さんの仲間には手は出さないぜ?」

「…………」

 

 俺は、損得だけでリゼヴィムの言ったことを考える。

 確かにあいつの言っていることは合理的だ。

 俺が全てを自分の身に降りかかった悲劇を解明し、復讐だけを誓っていればあいつの手を取ることは得が多いのかもしれない。

 それほどにあいつは俺に起こったことを、ほぼ全て知っている。

 ……知っている。ああ、知っているんだろうさ。

 確かにあいつの言うことはすべて正しい。

 ―――だけどやっぱり、あいつは何も知らない。

 俺がどうして、今の俺という存在で生きているのかを。

 俺の外面だけを知っているあいつに、わかってたまるか。

 俺が仲間に助けられて、何度も悩んだことをあいつは知らない。

 俺が家族に救われたことを、あいつは知らない。

 ……だから俺がいまだに復讐心だけに囚われていると勘違いしているんだ。

 そうでなければ、わざわざこんなスカウトはしない。

 ―――俺はミリーシェと再会した。

 もちろんそれは生身じゃなくて、精神体として、記憶として。

 それでも俺の手にはあいつを抱きしめた感覚を覚えている。

 俺の唇はあいつとキスをしたことを覚えている。

 俺の耳はあいつの声を覚えている。

 ……俺は考えて、リゼヴィムの甘言を―――

 

「―――そんなの、まっぴらごめんだ、糞じじい。お前みたいな中二病をいつまでも捨てられないじじいの介護をするほど、俺は暇じゃねぇんだよ」

 

 ―――そう言い捨てて、一刀両断した。

 

「……俺がかなりのところまで謎を解明していると言ってもかい?」

「それでもお前に力を貸すのも、借りるのもごめんだ」

 

 ……実に悪魔らしい存在だと思った。

 俺が悪魔になる前に抱いていた悪魔像と完全に一致する存在。それがリゼヴィムだ。

 目の前に甘言という名の果実をチラつかせて、その餌で自分にとって最も得を得る結果を求める。

 ……何かを犠牲にして、自分の欲を忠実に求める。

 

「お前は仮に平行世界に、異世界に行ったとして、やりたいことはなんだ? その世界の人々との交流か? ……違うだろ。お前がしたいのはあくまで利己的な自身の中にある欲望を叶えることだけだ。そこに他人のことを配慮してはいないだろ?」

「んぁ? んなこと、当たり前だろ? いやいや、笑わせてくれるなよ~。なんで俺がそんな他人のことを考えないといけないんだ? ん? おじいちゃんにわかり易く説明してみな」

「それだけでもう答えは出ている。簡単に言えばな―――お前の仲間になるくらいなら、ヴァーリの仲間になるほうがまだマシだってことだ」

 

 俺は煽るように、リゼヴィムにそう言い放った。

 

「お前の本質は古い悪魔の考えそのものだ。自分だけが幸せであれば周りは全部不幸でも良い。ああ、悪魔らしいよ―――悪魔らし過ぎて、つまらないな。お前」

「……あ?」

 

 今まで悠然と煽るように笑みを浮かべていたリゼヴィムは、怒気を含む声をあげた。

 その分かり易い表情につい俺は笑ってしまう―――散々人を煽っている割には、煽られる耐性が皆無のように見えた。

 その時点でこいつ―――リゼヴィム・リヴァン・ルシファーのヒトとして底が知れた。

 

「時代はもう進んでいるんだよ。ただ悪魔してるだけの時代遅れでは生き残れないぜ? 今のこの世界は」

「……んじゃ、今の悪魔はなんなのか言ってみろ」

「―――悪魔らしくないのが、今の悪魔だよ。そんぐらい意外性があった方が面白いんだぜ? まあお前に言っても意味ねぇんだろうけどさ」

 

 俺は首を左右に振って、これ以上奴と交わす会話に意味がないことを悟る。

 ……そういえば、平行世界で出会った大人になったアーシア―――アイが言っていたことを思い出した。

 ―――超越者には気をつけてください、と。つまりアイと黒い赤龍帝があそこまで闇に染まってしまったのは超越者の存在が関わっているということ。

 ……今になって思えば、平行世界に現れた黒い赤龍帝の恨みの根源である、あの化け物の素体はこいつなんだろう。

 どんな世界でも、こいつはきっと変わらず屑だ。

 ―――俺が黒い赤龍帝の過去の光景を見た時に、あいつの仲間を血祭りに上げ殺していた。

 それほどにこいつという存在は危険だ。

 

「―――護らなきゃ、いけねぇよな」

 

 ―――俺は、左腕に籠手を出現させてそう呟く。

 その籠手の宝玉が突然、眩い光を放ち辺りを眩く照らした。

 

「……温かい、光」

 

 アーシアがポツリとそう言葉を漏らす。

 ……俺の動作を見た瞬間、リゼヴィムは表情を一変させる。

 

「そいつを発動させるわけないっしょ? うひゃひゃ!! 俺がお前にちょっとでも触れれば、もうそれで終わ―――」

 

 リゼヴィムはこいつの危険性を知っているからか、すぐさま俺を神器を無力化しようとした―――その瞬間だった。

 リゼヴィムが俺の方に来る道筋の途中に、突然二つの光が到来して奴の行動を邪魔した。

 激しい衝突音と共にその光二つはリゼヴィムの行動を邪魔し、その二つの存在を理解したリゼヴィムは凄まじく舌打ちする。

 ―――このタイミングで現れるのは、俺にとって好敵手と呼べる二人の存在であった。

 

「―――やっと見つけたぞ……ッ!! リゼヴィム・リヴァン・ルシファー……ッ!!!」

「―――ようやく晴明の歪みの原因がはっきりしたようで。お初にお目にかかります、リゼヴィム殿」

 

 ―――白龍皇ヴァーリ・ルシファーと英雄派トップ、曹操。

 明らかな憎しみの表情を浮かべるヴァーリと、つまらなさそうな表情を浮かべてる曹操がその緊迫とした状況に登場したのだった。

 ―・・・

『Side:アザゼル』

「……弱らせることには成功はしたがよ―――どうやって八坂の洗脳を解けばいい……ッ!」

 

 ガルブルトを撃退し、八坂救出に手を尽くしていた俺は、現在の状況に苦虫を噛むしかなかった。

 九尾の狐である八坂は龍王クラスの実力者であるが、既に龍王の域を越えつつある夜刀神の協力により、八坂の体力を奪う事には成功している。

 現在、匙の創った黒い檻に八坂を拘束しており、何とか八坂を救う手立てを考えているが―――手を尽くしたが、俺の力では変化がなかった。

 夜刀神の仙術で気を正しい流れに変えても、様子が落ち着くだけで根本的な解決にはならない。

 ……この厄介な術式、こいつは古代魔術の類だ。

 前魔王の時代に当時の魔王が使った洗脳術の兆候が見れるこいつを扱える奴なんて、俺には一人しか該当する人物を思いつかない。

 ―――前ルシファーの一人息子、リゼヴィム・リヴァン・ルシファー。

 ガルブルトの陣営のトップが奴であるという予想は元々あったが、まさか本当に奴が敵側にいるとは思いたくもなかった。

 ……これでようやくヴァーリが禍の団に入った理由が理解できた。

 ―――あいつはリゼヴィムが禍の団にいるという情報をどこからか手に入れたんだ。

 ……もしくは、あいつを直接勧誘した曹操がその情報をヴァーリに与えたのかもしれない。

 

「アザゼル、気付きましたか?」

「……ああ。この空間に突然、強大な魔力の塊が幾つも、同じ箇所出現した―――リゼヴィムのご一行の登場ってわけだ」

「でもあの位置は―――」

 

 ……出現場所は、イッセーたちと英雄派が戦っている場所だ。

 確実に偶然じゃねぇってことは理解できる。

 ―――状況は最悪だ。あそこに仮にリゼヴィムがいるのだとしたら、あいつの能力はイッセーとは相性最悪だ。

 神器を完全に無効化する能力は、神器の運用によって魔王クラスや神クラスと対等に戦えるイッセーの力を全て封殺しているようなもの。

 確かに今のイッセーならば神器なしでも上級悪魔ともまとも戦えるはずだ。

 だけど―――どうする?

 八坂をどうにか抑えることで手一杯な上に、新たな敵の出現。更に援軍の頼みもない。

 

「アザゼル殿、お主は行ってくだされ。拙者はどうにか八坂殿を抑えるでござる」

「……だが」

「―――拙者の中で、八坂殿をお救いする手立てがあるでござる。ただ、それは拙者の力だけでは不可能でござる」

 

 ……夜刀神の言葉に驚く。俺でも手詰まりのこれを、どうにか出来る妙案があるとすれば―――そうか、そういうことか。

 夜刀神と俺の考えが同じであるすれば、確かにこの状況をあいつに任せてイッセーたちの救援に向かうことがこの状況の打破に繋がる。

 必要な人物は―――イッセー、アーシア、まどか。

 

「行ってくだされ―――道は拙者が開くでござる!!」

 

 夜刀神はまだ圧倒的数を誇っているリゼヴィムの陣営の敵を、上空に無数に浮かべた刀を放って次々に屠っていく。

 ……夜刀神は、もうティアマットクラスだ。

 いや、そのティアマットもまた強くなっていることを考えると言い難いが、少なくとも龍王最強のティアマットを除けばあいつはそれら全ての龍王に勝てるほどの力を付けた。

 あいつはまだこの戦場において、本来の力を使わずにあれほどの立ち振る舞いを見せている。

 ……恐らくドラゴンの中であいつは最もテクニックに優れたドラゴンだ。

 ―――俺は心の中であいつに礼を言いつつ、ガブリエルと共にイッセーたちのいる方に向かった。

 

「……そんなに甘くねぇよな、くそったれ」

「―――あれは」

 

 俺とガブリエルが上空に浮遊し、移動を開始しようとした時だった。

 俺たちの行方を阻むように、進行方向の上空に魔法陣が展開され、そこより一人の悪魔が現れた。

 銀髪の長身で、好青年といえる出で立ちの男。

 ―――グレイフィアの実の弟で、最上級悪魔クラスの実力を誇る実力者。

 

「お前もそちら側に付いたわけってか―――ユーグリッド・ルキフグス」

「―――お久しぶりです、アザゼル殿。姉のグレイフィアは元気ですか?」

 

 敵という形で、ユーグリッドはこの戦場に現れた。

 それはあいつもまた、リゼヴィムの陣営であるということを示唆している。

 

「元気も何も、愚弟が敵に寝返ったと知ったらあの鬼は怒り狂うぜ?」

「ははは、そうですね―――そうしたら姉は、いつか私の麓まで来てくれるでしょう」

「―――相変わらず気持ち悪ぃくらいのシスコン具合で安心して、んでもって落胆したぜ。……邪魔だ、俺たちは今すぐにイッセーたちの元にいかねぇといけないんだ。道を空けろ」

「おいそれと、寛容するはずがないでしょう? リゼヴィム様の目的の邪魔をさせるわけにはいかないのです」

 

 ユーグリッドは爽やかな笑みを浮かべながら、背後に凄まじい数の魔法陣を展開した。

 一、十、百……考えるのが馬鹿らしく思えるほどの度重なる魔法陣に、俺とガブリエルは負けじと無数の光の武具を浮遊させる。

 ……そうして生まれるのは膠着状態だ。

 ユーグリッドは余裕な表情のまま特に魔法陣を放つこともないところを見ると、あいつの目的は俺たちの足止めってことか。

 ……このままでは埒が明かない。

 

「お前がそっちに寝返ったのはリゼヴィムの目的と自分の目的が一致しているからだろう。じゃなきゃ、お前が姉を裏切るわけがねぇもんな」

「……まぁ、その通りなんですが―――そうですね。僕の目的は最終的には『グレイフィア』なんですがね」

 

 ……ん? どういうわけだ。

 いまいち、あいつの言動がかみ合わない。

 あいつの最終目的がグレイフィアであることは、まぁ良い。あいつのシスコンレベルは吐き気を催すほどだ。

 だがそれでわざわざ姉と敵対するのは辻褄があわねぇ。

 

「どうせリゼヴィム様は既に自身の目的を彼らに言っていることでしょうから、隠す必要もない―――我らは平行世界が確かに存在し、そしてその平行世界へ現代の力で移動した存在を知っています」

「―――」

 

 ―――ユーグリッドの言葉に、ようやく点と点が繋がった。

 リゼヴィムの配下のメルティがなぜ執拗にイッセーを狙うのか、なぜこの戦場で奴が裏で動いていたのか。

 そしてその目的とこいつの最終目的がなぜ一致するのか。

 ―――理解して、心の底から鳥肌が立った。

 

「おや、もう理解されたのですか? はは、流石はアザゼル殿。理解が早くて助かります」

「―――るっせーよ。こちとら今、お前に全力で引いてんだ。シスコンの度が過ぎるのも大概にしろよ、この変態野郎」

 

 ユーグリッドの目的、それは実に単純に―――

 

「―――平行世界ならば、まだ誰にも汚されていないグレイフィアがいるかもしれない。あぁ、なんて素晴らしいことなんでしょう。僕にとって姉は崇高な女性。あのサーゼクスと添い遂げると知ったときは絶望を味わったものですが……兵藤一誠。彼は僕に光という希望を照らしてくれました。流石は優しいドラゴンとあだ名されるわけですね」

「……てめぇ」

 

 ―――その軽い言葉に、その名をユーグリッドが発したことに俺は耐え切れないほどの熱に襲われた。

 ……あいつを何もしらねぇ野郎が、その名を呼ぶことを俺は許容できなかった。

 ふざけんじゃねぇ、ってもんが俺の感情を支配する。

 怒りが怒りを更に拍車を掛け、どこに余っていたのか不思議なほどの力が体から溢れる。

 ―――優しいドラゴン。それはイッセーがこれまでの人生をずっと正しいことを続けてきて、理不尽に飲み込まれても、それでも折れずに清い心を持ち続けた『証』だ。

 例えどれだけ悩もうが、どんな闇を抱えようが、それでもあいつが護ることだけは止めなかった優しい心。

 他者を死から救い、他者の心を救い、たくさんの人を笑顔にしてきたあいつを……その優しい性質を知っている奴だけがその名を呼ぶことを許される。

 それを奴は軽々しく口にした。

 俺はそれが、耐え難く……許せない。

 

「―――てめぇはイッセーに救われる資格はねぇ」

「……これはこれは。あなたはどうやら、兵藤一誠にご執心なようで。あなたの怒りの意味はわかりませんが―――どちらにせよ、通すわけにはいかないんですよ」

 

 ユーグリッドは歪んだ笑みを浮かべて、俺たちに圧力を掛けるように魔法陣を解放させる。

 

「―――あなた方が長々と会話を続けてくれおかげで、防御の術が完成しました」

 

 しかしそれを受け止めるために、ガブリエルは強固な防御魔法陣を展開し、ユーグリッドの攻撃に備える。

 ユーグリッドの無尽蔵な魔法陣による攻撃が放たれ、俺たちは防御に徹した―――そのときであった。

 俺たちとユーグリッドの間に、突如―――紅蓮の魔法陣が浮かんだ。

 ―――そこより現れるのは、誇り高い紅蓮のドラゴンであった。

 俺たちの背丈よりも遥かに大きな手足と翼を携えた西洋系のドラゴン。

 そのドラゴンはユーグリッドの全ての攻撃を受け止め、全てを受け止めきった。

 その姿を見た瞬間、ユーグリッドは苦虫を噛むような表情を浮かべ、それまでの余裕そうな笑みを消した。

 ……俺はこれを知っている。

 あぁ、知っているとも。こいつは―――あいつの優しさを体現した、あいつの切り札。

 何もかも全てを護るって誓って、それを体現しちまった馬鹿げたって言いたいほどの優しい力。

 その名は―――

『Side out:アザゼル』

 ―・・・

 俺とリゼヴィムの間に割って入るように現れたヴァーリと曹操は、その視線を俺ではなくリゼヴィムに向けていた。

 ヴァーリは憎しみに囚われた目で、曹操は凍えるほど無表情に。

 その二人に行く手を阻まれたリゼヴィムは盛大に舌打ちをした。

 

「ちっ―――やっほっほ、ヴァーリくん~? おっひさだね~、元気してた? うひゃうひゃ!」

「黙れ。お前はここで今すぐに殺してやる……ッ!!」

 

 リゼヴィムはヴァーリを煽るようにそういうと、ヴァーリは今すぐにでもリゼヴィムに襲い掛かりそうになった。

 そのヴァーリの暴走を制止するのは曹操の聖槍だ。

 曹操は槍をヴァーリを前に向けて振り上げ、動きを止める。

 

「落ち着きたまえ、ヴァーリ。今ここで激情に飲み込まれてもすぐにやられるだけだ」

 

 曹操はヴァーリを見ることなく、嘲笑を浮かべているリゼヴィムを睨みながらそう言った。

 そうしている間に、俺の籠手は守護覇龍発動のための準備を着実に進めている―――そんな中で、曹操視線が一瞬、俺の方に向いた。

 ―――曹操は、時間を稼いでいる? 俺が守護覇龍を使うための時間を。

 

「……さて、リゼヴィム殿。よくもまぁ、俺たちの戦いに介入してくれましたね」

「おんやぁ? これはこれは、英雄派の自称英雄君じゃん! 全く以って忌々しいね、お前~」

「はは、それは褒め言葉として受け取っておきますよ―――ずっとあんたの動きを警戒していたものでね。このグレモリーと英雄の戦いに余計な邪魔が入ったことを知ってから、そういう風に立ち回っていたものだ。しかしよくもまあうちの仲間を歪ましてくれて……極々珍しいことに、これが腹が立つって感情なのかい?」

 

 曹操は目を細め、リゼヴィムに聖槍の先端を向けた。

 

「ひゃははは、怖い怖い―――が、知ってるだろ? お前さんの聖槍の力は非っ常ぉ~に強力なもんだがよ? 所詮それは神器。俺には神器は効かないんだわ、うん」

「原書の聖書に載るリリン殿ならば知っているのではないか? ―――この聖槍には聖書の神の意思が宿っているということを。そして俺の奥の手の存在を」

「……あぁ、そーだなー。そういう意味では、神器使い中ではお前さんが俺にとって一番厄介ってわけだ。んで? そっちの愚孫は何ができるんー? 白龍皇の力しか脳がないお前さんは、なぁにができるのかなー? ほらおじいちゃんに言ってごらん? んん?」

 

 ……例え、覇龍(ジャガーノート・ドライブ)でもそれが神器を介しているのであれば無力化されるだろうというのが俺の考えだ。

 そういう意味では俺の守護覇龍も意味をなさないのかもしれない。

 ―――けど、予感めいたものがある。

 守護覇龍ならば、この戦況をそのまま引っくり返せる。

 根拠なんて一切ないけど、俺はそう確信していた。

 だからこそ心の底から曹操に礼を言わせてもらう。

 ―――どういう目論見かは知らないけど、時間稼ぎをありがとうと。

 

「―――じゃあ赤龍帝の力ならどうだ?」

 

 俺がそう言った瞬間、俺の仲間の下に一人一つ、紅蓮の魔法陣が展開される。

 俺は瞬時に鎧を身に纏うと、そこに埋め込まれた宝玉一つ一つから光の輝きが戦場を照らした。

 ―――準備は全て整った。

 それを俺の仲間は理解した瞬間、俺を護るような陣形を取る。

 それによりリゼヴィムの配下の悪魔たちは俺に到達することが出来ず、俺はそっと呪文の第一節を口にした。

 

「我、目覚めるは優しき愛に包まれ、全てを守りし紅蓮の赤龍帝なり! 無限を愛し、夢幻を慕う。我、森羅万象、いついかなる時も笑顔を守る紅蓮の守護龍となりて―――」

『今ここに優しき世界を織り成す』

『常々見なさい、愚かな者ども―――我らがお兄様の、素晴らしいお姿を』

『お兄様の雄姿を目に焼き付けろー!』

『おいおい、ここはもっとかっこいい言葉を連ねるとこだろぃ―――まぁぶちかましてやんな、あんさん』

『兄上殿、我らがついていますぞぉ!!』

『おにぃちゃぁぁん!! かっこいいよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』

 

 俺が守護覇龍の詠唱をしている中で荒ぶる俺の中の先輩たち!

 う、うるせぇ! 周りの仲間がこっち見てんじゃねぇか!!

 ……そんな状況とは裏腹に、仲間の前に現れるのは俺の分身体である紅蓮の守護龍。

 やはりワイバーンとは比べ物にならないほどの強大な守護龍を前に、敵は明らかに恐れおののく。

 ―――こいつは何よりも優しいってのによ。

 ……俺は、俺の中の『俺』と神器の深奥で対面する。

 さぁ、行こう。今度も仲間を皆、救うために。笑顔で帰るために!!

 

()は、護る為に戦う!!』

 

 俺の想いと、オルフェルである俺の想いが重なったとき、俺は最後の一節を言い放った!

 

「汝を優柔なる優しき鮮明な世界へ導こう―――ッ!!!」

『Juggernaut Guardian Drive!!!!!!!!』

 

 ……鎧は必要最低限の部分を消して全て解除され、俺の身を守る甲冑は薄い騎士のように軽装なものとなった。

 紅蓮のオーラは温かなオーラとなってあたりを照らし、俺は発動する。

     紅蓮の(クリムゾン・ジャガーノート・)守護覇龍     (ガーディアンドライブ)

 こいつを使うのは通算で二度目ってところか。一度目は北欧の悪神・ロキ。

 二度目は平行世界の赤龍帝である兵藤一誠。

 ……三度目の守護覇龍は俺の体に馴染んでいるのか、これまでよりも強大なものを感じた。

 

「リゼヴィム・リヴァン・ルシファー。お前はただでは帰さねぇ。お前に文句がある奴は山ほどいるんだ」

 

 俺はヴァーリに視線を送り、そのまま流し目でリゼヴィムを睨んだ。

 手にアスカロンを握り、その剣先をリゼヴィムに向ける。

 更にもう片手に握る無刀はこの状況で動けずにいる英雄派に向け、俺はこの二大勢力を同時に相手をする覚悟を決めた。

 

「……まぁ、そんなもんも俺にとっちゃー怖くねぇんだけどよー。これ見よがしに発動しても、こうやって俺が触れればそれで―――」

 

 リゼヴィムは目の前に出現した守護龍をそっと触れて、満面のしたり顔で俺を見る―――しかし、すぐにその表情は消えた。

 ―――守護龍は、消えない。リゼヴィムがいくら触れようが、一切消えることがなかった。

 

「……は?」

 

 リゼヴィムはその事態を想定していなかったのか、呆気をとられるような表情を浮かべた。

 ―――俺の謎の確信が本物になった瞬間だった。

 俺は呆気を取られ、動かないリゼヴィムに向かって守護覇龍によって生まれた濃厚な倍増のオーラの刃の生まれた無刀をリゼヴィムに向かって投げ打つ。

 その刀はリゼヴィムの肩を貫通し、そのまま後方の奴の配下の部下をも死傷を負わせた。

 

「はぁッ!? な、んだそれ!? なんで、俺の力が―――」

 

 リゼヴィムはその状況を受け入れることが出来ず、肩に空いた穴を押さえながら、蹴りを放ったり魔力弾を打ち放つも―――何をしようと、守護龍は傷つくだけで消えない。

 何をしようが消えなかった。

 

「―――守護龍は、な。厳密に言えば赤龍帝の神器の力で生まれていないんだよ」

「……は?」

 

 リゼヴィムは俺の告白に、間抜けな声で応えた。

 

「そいつの大元はグレートレッドの小さな力。その力が俺の鎧を媒体に、生前のドライグの見た目を生き写した守護龍を生んだんだ」

「だが結局は神器を介したものだ! それなら俺の力が効かないはずが―――」

「―――高が神器無効化の力が、真龍の力を打ち消すとでも思っているのか?」

 

 俺の言葉にリゼヴィムは言葉を失った。

 ……結局はあいつの力には限界があるんだ。あいつの力はただの神器無効化。

 あいつの力は無限ではない。無効化できる神器の出力には当然のことながら、限界がある。

 しかも俺が今使っているのは、出力だけで言えば覇龍と同等の力―――だから俺の守護龍は消せない。

 ただまぁ……グレートレッドの力におんぶに抱っこじゃ、格好が付かないよな。

 

「……これでは興ざめだな」

 

 ……すると、俺の付近にいた曹操は刹那、俺の傍から消えて自分の仲間の下に帰った。

 あいつは横目で、呆然としている晴明を見て、少し溜息を吐いて俺を見た。

 

「兵藤一誠、悪いが俺たちはここらで離脱させてもらう―――決着はいずれ、必ず。ゲオルク、一旦退却だ。色々と考えないといけないことができたものでね」

「ああ、そうだろう―――」

 

 ゲオルクは曹操の思考を理解していたように英雄派の周りに魔法陣を展開し、そして颯爽とその戦場から姿を消す。

 ……その間際、俺はふと晴明と目が合った。

 その目は―――輝きを、失っていた。

 ……いずれお前ともう一度向き合わないといけないよな。晴明。

 俺は英雄派が完全に消えてから、もう一度視線をリゼヴィムたちに向けた。

 

「……どこからでも、命を失うつもりなら来い。俺はどんな数でも、どんな奴でも倒す。そいつが仲間を傷つける存在なら、この拳で、剣で全てをぶっ潰す!」

『Boost!!!!!!!!!』

 

 その音声は鎧に残る全ての宝玉から鳴り、それと共に俺はリゼヴィムたちの下―――その背後の最上級クラスの悪魔たちの元に向かった。

 どいつもこいつも、一度は冥界のテレビで一度は見たことのある有名人ばかりだ。

 そんな奴らがこぞってリゼヴィムについている―――ふざけるなよって感じだよな。

 だけどもうそんなことはどうでもいい。

 敵ならば、俺はただ消し飛ばす。

 俺は敵の一人の頬に、拳を捉え、そして―――打ち抜く。

 

「―――ぐぇ」

 

 実に間抜けな声と共に、叫び声が聞こえぬまま悪魔は後方に殴り飛んでいった。

 その一瞬の出来事に反応できないのは、その周りの全員が同じであった。

 俺はその隙を見逃さずにアスカロンで周りにいる全ての悪魔を無慈悲にも、次々に切り飛ばしていく。

 腕、腹部の肉、足……敵のことを一切考えず、俺はただただ敵を切り裂いていった。

 

「ば、―――化け物がぁぁぁ!!!」

 

 その一瞬の殺戮に恐れをなした一人が、必殺とも言える強力な一撃を俺に放つ―――が、それは瞬時に俺の前に現れた守護龍によって防がれた。

 

「化け物? それはお前も変わらないだろ」

 

 ……斬り飛ぶ首。それと共にその悪魔は光の結晶となって戦場から消える。

 その光景を目の当たりにしたリゼヴィムは、俺へと襲い掛かってきた。

 

「―――お前、本気でいらつくなー!!」

「それはこっちの台詞だ―――ヴァーリ、今だ」

 

 俺の言葉とタイミングを合わせるように、ヴァーリは上空から事前に用意していたであろう宝剣のようなものをリゼヴィムに打ち放った。

 神器の力で極限まで力を高め、物理的攻撃を選択したヴァーリの不意打ちは、リゼヴィムの体の各所を貫いた。

 

「め、ぇぇ!!! ヴァーリィィィ!!!」

「―――リゼヴィム……ッ!!」

 

 互いに憎しみの表情を浮かべるリゼヴィムとヴァーリだが、俺は隙を見逃さない。

 即座に右腕の鎧を解除し、俺は傷だらけのリゼヴィムに近づき―――純粋な魔力の塊を拳に込め、リゼヴィムの頬を全力で殴り飛ばした。

 ゴキッ、と骨が折れる音と肉が琴切れる音が鮮明に聞こえる。

 ―――こいつの力は神器に触れなければ発動しない。

 だから、殴る瞬間に鎧を消し、神器の力を介さない攻撃ならば容易に通る。

 

「な、んで初見で俺の力が……ッ」

「お前の底はそれだけ知れてるってだけだ。お前、ロキと比べるとどうしても見劣りするよ。高が神器を無力化するだけで、お前の素の力はただの最上級悪魔レベルだ。俺を相手にするなら―――裏を10回は掻いてみな」

 

 俺はリゼヴィムを上空に殴り飛ばし、ヴァーリの付近までリゼヴィムを浮遊させる。

 その間にヴァーリは神器の半減の力で周りのリゼヴィムの派閥の悪魔から魔力を半減して奪い、その魔力を自身の身体能力に還元。

 そしてリゼヴィムと鎧を纏った拳が直接交差する瞬間―――鎧を完全に解除した。

 解除したところで神器で高まった身体能力はそのままで、ヴァーリは俺の拳よりも遥かに重い拳をリゼヴィムに放ち―――恐ろしいほど気持ちいいくらいに殴り飛ばした。

 ……こいつは手が甘い。

 なんていうんだろうな―――ロキの劣化版とでも言うべきか。

 いや、それじゃあロキに失礼だ。あいつは悪神の名を誇りに持っていたし、実際にそれを体現した強者であった。

 ならこいつは……

 

「お前、小悪党だよ。やろうとしていることはでかいけど、なんとも小さいな。それでよく超越者なんて名乗れる」

「…………」

 

 ヴァーリはリゼヴィムを殴り飛ばした拳を見つめ、どこか落胆している表情をしていた。

 ……それは先ほどまでとは違い、憎しみだけに支配されているものではない。

 ―――どこかがっかりしているようにも見えた。

 

「―――ざけんなざけんなざけんな、ふざけんなよ糞餓鬼がぁぁ!!!」

 

 ……リゼヴィムは土埃から不意打ちのように俺の仲間へと極悪なレベルの魔力弾を次々打ち放つ。

 しかしそれは守護龍によって阻まれた。

 

「くそくそ、こんなはずじゃない! 本当ならここでお前を殺して、創造の力を封印の力で制御するはずだったのによぉ!! なんだって、なんだってこんな―――」

 

 ……リゼヴィムは状況の一変を受け入れることができないのか、ブツブツと呟き始める。

 ―――なるほど、朱雀を狙うのは俺を殺した後、フェルの力を封じて扱うためか。

 本当に、本当に……こいつは甘いな。

 

「―――集結だ、守護龍たち」

『Guardian Booster!!!!!』

 

 俺は傷の限界値を超えそうな守護龍を紅蓮の霧状のオーラに変えて、自分の元に戻した。

 その瞬間、それまでの傷に応じた精神的ダメージが俺に圧し掛かりッ! その代わりに、圧倒的倍増の力が付加される!!

 ……奥の手を使う必要もない。

 あれは天龍クラスでさえも通用するほどの一撃、リゼヴィムにそれを使う必要はない。

 

「リゼヴィム、お前にこの一撃全てを無力化できるか試してみるか?」

「―――ッ!!」

 

 ……するとリゼヴィムは途端に俺から逃れようとするが如く、転移用の魔法陣を展開しようとした―――が、それは簡単に阻まれる。

 リゼヴィムの展開した魔法陣に何者かの魔法陣が重なり、そのまま完全に打ち消したんだ。

 それにリゼヴィムはまた驚くも、あいつにはそんな微かな時間すらも残されていない。

 

守護龍の拳檄(ガーディアン・フィスト)……ッ!!!」

 

 身体中の鎧から生まれる噴射口よりオーラを放射し、俺はリゼヴィムに瞬時に近づいて拳を立てる。

 拳を奴の中枢へと向けて狙いを定め、そして―――勢いよく、守護龍の力を全力で使った一撃を放った。

 ―――……しかし、その一撃はリゼヴィムに届くことはなかった。

 

「リリス、リゼヴィム……護る」

「―――リリス……ッ」

 

 激しい紅蓮の光に包まれていた俺の拳を、リゼヴィムの影より現れたリリスは何の苦も無く受け止めていた。

 リリスはオーフィスの生き写しのように同じ顔で、しかし昔のオーフィスよりも無表情に俺をじっと見据えていた。

 ……オーフィス程ではないが、それでもこいつは天龍クラス以上のドラゴンだ。

 本気ではない俺の一撃など、リリスに対して何の脅威にもならない。

 ―――しかし不思議なことに、リリスは俺の一撃を止めるだけで反撃はしてこなかった。

 

「っせぇよ、リリス! お前、何サボって―――」

「―――お前の敵は兵藤一誠だけではないだろう」

 

 リリスに気を取られ、いつの間にかヴァーリに背後を取られたいたリゼヴィムは、特に防御をすることなく再び殴り飛ばされる。

 ヴァーリもリゼヴィムとの戦い方を理解したのか、再び極限まで肉体を強化した後に鎧を解除するという荒業で奴にダメージを与える。

 ……いや、違うか。

 ヴァーリの一撃が通っているのは、神器で高められた力以外の力だ。

 ただ、ヴァーリは素の状態で既に最上級悪魔クラスの力を誇っているためか確実なダメージは与えてはいるみたいだな。

 ……リリス。

 オーフィスがけじめとして置いて行った自身の力の半分を利用し、生み出された人工的なドラゴン。

 幾万ものドラゴンを初めとする多種族の力を組み込まれた、歪んだ存在だ。

 故に人格は幼く、感情という感情を持たない。

 ……恐らくリゼヴィムによって生まれ、奴を護るためだけのために存在している存在。

 

「リリス、そこをどいてくれ」

「不可。リリス、リゼヴィム、まもる」

「……やるしか、ねぇのか」

 

 俺はリリスから一端距離を取り、思念で守護龍に一つの命令を下す。

 ―――現在、守護龍を展開し護っている仲間を全て一か所に集める。

 そう命令を下すと、瞬時に俺の元に戦闘中であった仲間が全て集結した。

 ……暴走して、身動きが取れない八坂さんもまた、守護龍の魔法陣より現れる。

 

「―――行こう」

『Guardian Drive Boosting Explosion!!!!!!!!!』

 

 ―――俺は全ての守護龍を俺の元に戻し、守護覇龍最終形態へと移行する。

 俺の声は俺の中のオルフェルの声と重なるように同調し、赤龍帝そのものと完全に同調する。

 ……この状態は、云わば天龍形態。

 天龍と俺たちの想いと力が混じり合い、そこにグレートレッドの力が鍵となって生まれた絶大な力。

 

『―――そこをどけ、リリスぅ!!』

 

 ……この形態最強の力は、集めた力を全て解放して敵を殲滅する守護龍の逆鱗(が―ディアン・ストライク)

 この一撃には二種類の解放方法があり、一つは絶大なエネルギー砲弾として殲滅する遠距離仕様。もう一つが全てを拳に込めて敵を殲滅する近距離仕様だ。

 ……俺の両手の掌には守護覇龍の全ての力が集まっており、今すぐにでも敵を殲滅する一撃を砲撃モードで放てる。

 ―――放てるけど、リリスを前にして躊躇した。

 それはリリスがオーフィスと瓜二つの容姿をしていたからってのもあるけど……さっき、俺に反撃しなかったことが大きな理由だ。

 ……リリスはリゼヴィムに縛られて生きている。

 ―――そんな存在に、俺は殺すかもしれない一撃を放つのか? そんな葛藤が頭を過る。

 どうすれば、良いんだ。

 リリスは未だ、直立でじっと俺を見つめていた。

 光も灯らない目で、俺をじっと見つめるその表情を見て俺は思い出した。

 ―――オーフィスと初めて会った時のことを。

 あいつは俺の異質性に惹かれ、俺の前に現れた。

 その時はあいつはまだ機械みたいな奴だった。

 でも何度も触れ合って、何度も話して、何度も笑って……あいつは変わった。

 感情が芽生えたんだ。

 ……リリスと触れ合えば、もしかしたら。

 そんなことを考えた瞬間、俺は動く。

 オーラを全て拳に集中する拳撃モードで、リリスに近づき、そして―――

 

「―――?」

 

 ―――全てを込めた拳とは逆の手で、リリスの頭をそっと撫でた。

 

「―――いつか、お前を救ってみせる」

「……せきりゅうてい、なに、リリスに、言ってる、の?」

「お前の組み込まれた固定概念も、何もかも吹き飛ばすくらい楽しい世界を見せてやる。でも今はまだその時じゃないんだろうから―――今はさよならだ」

 

 俺は刹那、リリスの腕を持ちリリスを思い切りリゼヴィムの方に放り投げた。

 

「せき、りゅう―――イッ、セー……」

 

 ……そういえば、最初に出会った時に名乗っていたよな。

 リリスはほんの少し、霞むほどの光を帯びた目で俺を見つめた。

 ―――しかし、悪意は隙を見逃さない。

 俺がリリスに気を取られてる瞬間、リゼヴィムは俺の懐に入り込んでいた。

 ―――最高出力の一撃ならまだしも、鎧そのものを触れられたら俺の力は解除される。

 そして守護覇龍は短期間に乱発は出来ない。

 

「ゆっだーん! たいてきぃぃぃぃだぜぇぇ!!?」

 

 リゼヴィムの手が俺の鎧に伸びる―――そんなときであった。

 ……突如、空間は揺れる。

 本来起こるはずのない次元の狭間に創られた空間に訪れる、悍ましいほどの地震。

 その突然の出来事にリゼヴィムは俺から距離を取った。

 ……なんだ? この揺れは一体なんだ―――そう思った時、突如俺の鎧はまるで共鳴するように赤い光を放つ。

 

「……次元の狭間、俺の鎧の共鳴。―――まさか」

 

 俺がこの現象の根本に辿り着いたその瞬間だった。

 ―――空間に、ヒビが生まれた。

 その先には禍々しい、様々な色が捻じれる異空間……次元の狭間が存在し、その異空間より巨大な赤が現れる。

 そのあまりにも大きさに各陣営は恐れ慄き、ただただ見上げることしか出来なかった。

 ―――俺を除けば。

 俺はその姿を見た時、久しぶりと思った。

 いや、実を言えば少し前に会っているんだけど、それでも久しぶりって思ってしまう。

 誇り高い『赤』は次元の狭間より現れ、そして―――俺の方を見た。

 

『―――ははは! 心地いいドラゴンの波動を感じると思った、やっぱお前か! イッセー!!』

「―――グレートレッド」

 

 ―――世界最強のドラゴン。

 ―――真なる赤龍神帝(アポカリュプス・ドラゴン)

 そんでもって―――ドラゴンファミリー兄貴担当。

 グレートレッドがその戦場に現れた時、その戦いは終わりを意味していた。

 

『―――で? てめぇらカス共はイッセーの敵ってことで良いんだなぁ?』

 

 ……威風堂々とした、圧倒的圧力の声が敵に向けられた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。