ハイスクールD×D ~優しいドラゴンと最高の赤龍帝~   作:マッハでゴーだ!

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第10話 始まりと終わりの出会い

「本当に、初めましてなのか?」

「……ふふ」

 

 俺の問いに対して、意味深に笑う終焉の少女。

 和室の中心で俺を見据えるその少女は、口元だけ笑みをずっと浮かべていた。

 ……敵意は一切感じない。

 むしろこちらを受け入れてくれるという雰囲気すらも感じる。

 ―――だけど、俺の第六感のようなものが確実に告げていた。

 不用意にこの少女に近づいてはいけない、と。

 近づけば、取り返しが付かないと。

 ……すべてが終わってしまう。俺はそう考えるを得なかった。

 

「むむ、なんか警戒されちゃってるなぁ~。……君のせいかな? そこの癒しのヒト」

「……違います」

 

 少女はアーシアの方を向いて、冷え切った声音でそう言い放つと、アーシアもそれを否定する。

 アーシアの声音は真っ直ぐなもので、恐れおののく様子はない。

 ……俺が暴走の最中、皆の前に現れたこの少女がアーシアと話をしたというのは知っている。

 でも―――アーシアがこんなに強いなんてな。

 圧倒的脅威になるかもしれない存在に対して、ここまで引くことなく話せることに内心安心しつつも、俺は直面する問題を思い出す。

 

「……悪いけど、俺たちは君に構ってはいられないんだ。今の俺たちの目的は八坂さんの救出。それの邪魔をするなら―――」

「邪魔なんてしないよ?」

 

 ……俺が最後まで言い切る前に、少女はそう断言する。

 それはもう、キョトンとした声で。

 その予想外の言葉で俺は肩を透かした。

 

「勘違いしてるよ、イッセーくん。私はね? イッセーくんの味方なんだよ? そんな私が君の邪魔をするなんて、ナンセンスだよ~」

「……ならなんでここにいるんだ? 俺は君の目的が分からない。何でこの戦場にいるのか、どうして介入するのか。それに―――どうして俺に対してそこまで固執するんだ?」

 

 答えてくれるとは思わないが、俺は一応そう投げかける。

 そもそも会ったこともないのに俺の名を知り、俺の味方だと断言する。

 一体彼女は―――

 

「―――私は私なんだよ? ……そっか、まだ気が付かないんだ(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)

『まだ時ではないのよ、宿主』

 

 ……彼女の胸元のネックレスの中に埋め込まれている黒と金色が混じったような光沢の宝玉が輝くと共に、女性の声が聞こえる。

 ―――この声の主が、フェルとは対極の存在である終焉の龍か。

 名は確か……アルアディア。

 

『……アルアディア。あなたは一体何がしたいのですか!? 明らかにこれは偶然ではない! あなたが仕組んだことなのでしょう!?』

『フェルウェルか。旧魔王派の反乱の時以来だね』

『誤魔化さないでください! あなたたちはいつもこのような騒乱の時にこちらを伺っていた……気付かないとでも思っていたのですか?』

『誤魔化せるとは思っていなかったよ。むしろあんたにはわざと気付かせた。三勢力の和平会議の時も、旧魔王派の暴動の時も、悪神ロキの時も―――平行世界の時も、ね』

 

 ―――ちょっと、待て。

 今更、こいつらがいつも俺たちを窺っていたことには驚かない。

 だけど―――フェルは、こいつらの存在に気付いていたのか?

 なのにフェルは、俺にもドライグにもそのことをどうして伝えなかったんだ?

 

『―――不穏の芽は芽吹いた。兵藤一誠よ。一つ、あんたに教えてあげる』

 

 終焉の龍は、俺を指して言葉を掛ける。

 混乱する頭の中にその声は浸透する。

 そして

 

『―――フェルウェルはあんたに絶望を及ぼす存在だ』

「なにを、言って……」

 

 アルアディアの言葉を聞いて、俺は動揺する。

 しかし……その言葉をすぐに否定は出来ず、更にアルアディアは言葉を続けた。

 

『あんたは何も知らないだろう? フェルウェルというドラゴンのことを。なぜならそいつは何も語らない。自分が何なのか、何故神滅具を宿すあんた(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)に宿ることが出来たのか』

『……ッ』

 

 ……考えたことはあった。

 アルアディアの言う事は俺が今まで抱いてきて、頭から消してきた疑問そのものだ。

 それをアルアディアは、無情にも俺に突きつけてきた。

 

赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)という神滅具を宿すあんたには本来、同じ神滅具である神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)が宿ることは不可能だ。神滅具……そもそも神器は一人に一つと決まっている。それは神器が人の魂と繋がってしまうからだ―――可笑しいと思わないかい? 一つの魂であるあんたが、二つの魂と結びついてしまうのが』

『……やめ、なさい』

 

 ……俺の胸のブローチが、眩く輝く。

 それはアルアディアの言葉を強く否定する拒否反応のようにも思えた。

 

『つまりそいつは何かを隠しているのさ。兵藤一誠として生まれ変わったあんたに、フェルウェルが宿った。そんな偶然が本当にあると思っているのかい?―――オルフェル・イグニール』

「―――待てよ。なんで、お前。そのことを、知っているんだよ……ッ!?」

 

 ―――それは本来、俺の仲間しか知らないことだ。

 それをこいつは、まるですべてを知っているかのように淡々と話す。

 

『ああ、そのことか。まあ隠していても、いずれは知られるからね―――主、あいつに力を見せなさい』

「ぶー、アルアディアだけイッセーくんと仲良く話すのずーるーいー! ……まあいいや」

『Force!!』

 

 ……その音声は、フォースギアと同じ音声だった。

 

『Demising!!!』

 

 ……でもその音声で出来上がったものは、悍ましく黒い『何か』だった。

 ―――それは黒いもの。今までの黒よりも、あの黒い赤龍帝の力よりも悍ましいほどの黒。

 ―――それは絶望。ひとたび触れたら全てが消え去るほどの危機感を感じる。

 ―――そしてそれは、まさしく……終焉。

 ネックレスの宝玉より発生する黒と金の混じったオーラは少女の手元で何かを形作り、それは鋭利な槍のような形になる。

 それと共に少女の純白のローブは―――漆黒に変わった。

 ……それを見た時、俺はふと昔のことを思い出した。

 

 

 

 記憶に残るのは、白と赤。

 純白の鎧を鮮やかと思えるほどの赤で彩り、死んでいるとは思えないほど安らかな顔。

 涙を浮かべ、血を這って、見上げた先の―――黒。

 月明かりに照らされ、俺たちを見下げる『何か』。

 それを思い出すたびに憎み、憎悪し、復讐に囚われる。

 ……ああ、忘れもしない。

 忘れられない。

 ―――ようやく、得た。

 ずっとあいつは、俺を見ていた。

 ミリーシェを殺し、俺を殺し―――こんなわけの分からない状況にした存在が。

 そんな存在が……

 

「―――やっと、見つけた……」

 

 ―――目の前に、姿を現した。

 その途端、俺の思考はシンプルなものとなった。

 籠手からアスカロンを引き抜き、魔力弾を生成し、ただそれを目の前の『敵』に放つ。

 フォースギアより創造力を噴出させ、それによって鎧を神帝化させ、更に無限倍増を開始。

 両腕の白銀の腕の宝玉を幾つも砕き、それも魔力砲として放ち―――って、あれ?

 俺、一体何をして……

 

「―――イッセーさん!!!」

 

 ……俺の名を呼ぶ声で俺は我に返る。

 ―――そこには、俺の腕をギュッと掴んで、俺を止めるアーシアの姿があった。

 俺はハッとして、周りを見渡す。

 ―――そこには、ほとんど全てが壊れ崩れる城の跡があった。

 俺は周りを見渡す。

 ……そこには、恐ろしいものを見ているように俺を見る皆の姿があった。

 父さんと母さん、エリファさん、匙、朱雀、ヴィーヴルさん……その皆が、少し埃を体につけながら俺をじっと見つめる。

 ―――俺が、やったのか?

 皆の安否も何も確認せず、この城をここまで壊滅させるほど……無意識に暴れたのか?

 

「ちょっと、アルアディア~。これじゃあまるで私がイッセー君の宿敵みたいになるじゃん!!」

『なに、少しからかっただけでまさかここまで枷が外れるとは思っていなかったのさ』

 

 ……俺の前方より、聞こえる少女とアルアディアの声。

 少女は全く傷がなく、軽快な口調でアルアディアと軽口を交わしていた。

 ―――そうだ。あいつは、ミリーシェの仇。

 あいつを……殺さないと。

 

「―――違うだろ。なに、言おうとしてんだよッッッ!!!!!」

 

 ―――そこで俺は、自分の顔を全力で殴って目を覚ます。

 ……目を覚ませ、兵藤一誠。

 

「ったく、自分が嫌になる……ッ。こんなにも馬鹿とは思わなかった―――一つ聞くぞ、終焉の龍、アルアディア」

『なんだい?』

「お前は―――俺たちを殺した張本人なのか?」

『……もしそうだと言ったら、どうするんだい?』

 

 ……アルアディアは俺を試すようにそう煽る。

 ―――試しているんだ、このドラゴンは。

 終焉の龍の目的は分からない。

 もし終焉の龍が俺たちを死へと追いやったあの黒い影の正体であるのならば、俺はどうしたんだろうか。

 彼女を宿すあの少女を殺して、自身の復讐を果たす?

 それとも復讐自体をもう捨てるか?

 ―――そんなもの、決まっている。

 そんなもの、分かりきっているんだよ。

 以前の俺なら即答で「殺す」と言っていたんだろうさ。

 ……でも、俺はあれから色々なことを経験した。

 ―――兵藤一誠に生まれ変わってから、色々あったんだ。

 生まれ変わって、俺は家族の温かさを知った。

 友達を越える親友が出来た。

 心の底から大好きと言える仲間が出来た。

 その間に、確かに辛いことは多かった。

 時には護ることが出来なかった命もあった。護れず、涙を流して自分を責めたことも何度もあった。

 自分の最悪の可能性さえもこの目で見て、そしてそいつと拳を合わせた。

 ……その度に悔やんで、自分の中に闇のようなものを抱え込んで、そして―――護られていたことを知った。

 家族に、仲間に……護った分だけ、俺は護った人たちに護られていたんだ。

 ―――だから、俺は答えを得た。

 もしかしたら、俺は甘いのかもしれない。

 その甘さが命取りになるのも理解できる。

 俺は終焉の龍、アルアディアに向けて宣言する。

 自身の決意を、ありのままの言葉で―――

 

「―――説教する」

『……………………は?』

 

 ……俺の言葉に、アルアディアは呆気をとられるように一瞬無言が続き、その末で素っ頓狂な声をあげた。

 

『い、いやいや……あんた、何を言っているんだい? 殺した張本人を目の前にして、あんたは言うに事欠いて、説教?』

「その通りだよ、アルアディア」

 

 アルアディアの言葉に俺は頷く。

 そして間髪いれぬ間に、言葉を続けた。

 

「もしお前が俺やミリーシェを殺した張本人なら、詳しい理由を聞く。その上で倒さないといけないなら真っ向から倒して、それから説教するよ。その間違えを正して、理解させて―――それから先は、未定さ」

『……殺さない、と』

「……さぁな。もし殺さないといけないほどの悪なら、殺すかもしれない。でもそうでないなら……。そうだな、更生させてみようかな?」

『―――馬鹿じゃ、ないか? お前』

「ああ、そうかもな。でもこういう答えに辿り着いてしまうのは……兵藤一誠としてこれまでの16年生き続けて、色々なことを経験したからなんだよ」

 

 俺はアルアディアの言葉に苦笑しながら、それでも断言した。

 

「―――誰だって、何にだってなれるんだ。善から悪に堕ちて、それからまた何かを護る善になった奴だっている。全て反省した上で前に進んだヒトだって少なからずいるから、俺はそれを信じるんだ」

『……馬鹿げている。そんな理想論、通じるものか!』

「ああ、自覚しているさ。お前の言う通り、これは俺の理想論だ。全てが全て、変わるなんて思っていない。それでも―――悪魔の人生は万年だ! それくらいの理想を抱いて、目的を高く持ったって別に良いだろ? 俺はただ、それに向かってひたすら歩く。分かり易くて、でも険しい道さ」

 

 俺がそう言うと、アルアディアは押し黙る。

 数秒の静寂……その静寂を、可笑しそうな笑い声が打ち破った。

 

「―――あっはははははは!! うふふっ……あぁ、さいっこうだよ、イッセーくん♪ ホントに君は、面白い答えを言うよね~」

 

 ……アルアディアを宿す、終焉の少女。

 名前も知らない彼女は、本当に可笑しそうな声で……でもどこか嬉しそうな声音で俺に語り掛けてくる。

 

「うん。……いつだって、無理難題をどうにかしようとするのが君なんだもん。でもまさか捻くれてるアルアディアを説教するなんて言うとは思ってなかったよ♪」

『宿主、私は真剣に憤慨していて―――』

 

 アルアディアが少女に対して文句のようなものを言おうとした瞬間であった。

 ―――突如、空気が凍る。

 それは俺が今まで感じたことのないほど、それこそ黒い赤龍帝よりも禍々しい『何か』であった。

 ……それにアルアディアは言葉を失い、その発生源から限りなく低い声が俺の耳に通った。

 

「―――邪魔、しないでよ。今は、私がイッセー君とお話しているんだから。ちょっと、黙ってて」

『……すまない、宿主』

 

 ―――アルアディアが、謝る。

 すると少女はすぐに凍るほどのオーラを潜めさせて、口元を笑顔にさせた。

 ……今の一瞬、俺は彼女の目が見えた。

 顔の識別は出来ず、本当に目だけが見えた。

 その目を見た瞬間、身体が金縛りを受けたように動かなくなる。

 ―――光沢を失ったように、焦点の合わないひどく虚ろな瞳。

 その瞳に魂すらも吸い込まれそうになるほど、その瞳は濁っていた。

 ……その目を見て、先ほどまでの少女に対する印象が一変する。

 明るい声音、こちらに対する好意的な言葉に対して、俺は少女を天真爛漫な印象を持っていた。

 ……でもそれは違う。

 自分の邪魔をされたからという理由で自身に宿っている存在に、あそこまでの殺意を向けるその異常性。

 これまでの会話を、あの声を、あの目でずっとしていたと考えた時―――俺はあの少女が、他の誰よりも歪んでいるように思えた。

 少女は一歩、俺に近づく。

 

「ごめんね、イッセーくーん。怖い声を出しちゃって♪ アルアディアっていつもぐずぐず煩いからね。こうやって黙らせるしかないんだよねー」

「……名前、教えてくれないか?」

 

 俺は近づく少女に、そう尋ねる。

 アルアディアの名前を知って、この子の名前を知らないわけにはいかないからな。

 すると少女は歩みを止め、口元に人差し指をあてて、うーんと考える仕草をとる。

 

「そーだね~―――とりあえずはエンド、で良いや。本当はとっっっても可愛い名前なんだけど、まだ教える時じゃないんだよね~」

「……本当の名前は、いつ教えてくれるんだ?」

 

 俺は彼女―――エンドを刺激しないように言葉を選びながら、そう尋ねた。

 そして……即答した。

 

「―――全てが終わり、幸せになれるとき。その時に、君に私の全てを教えてあげる」

 

 ……終わり、という言葉が俺の願う終わりではないことはすぐに気付いた。

 でも俺はその意味を聞くことが出来なかった。

 ―――聞いてしまったら最後、俺はエンドを敵に回さなければならないと思ったから。

 エンドは俺に近づく。

 それに対して後退りをするのは俺の周りの皆だった。

 しかし、俺一人だけが彼女と真っ向から向き合えた。

 その理由は何故かは分からない。

 エンドが恐ろしい存在であるのは間違いないんだろうけど―――俺は彼女に対して恐怖や否定的な感情を抱くことはなかった。

 ……エンドは俺の目の前に立つ。

 背はとても低い。

 俺よりも頭が一つ分以上低いほどに華奢な体格だ。

 

「君を傷つける存在は、全て私が終わらせるよ。君を惑わす存在は、私が全て消し去る。何でも、どんなものでも―――全部全部、終焉にする。そのことを分かっていてね?」

 

 ―――その言葉が、俺に向けられたものか。それとも俺の後ろの皆に向けられてのものかは分からない。

 ただ一つ分かることがあるとするならば。

 それは―――彼女が諸刃の剣、だということ。

 そう考えた瞬間、俺の手が握られる。

 それはほぼ同時に両方の手を、前と後ろから。

 

「……ほんっと、その目は気に食わないよ」

「……私も、あなたのことがあまり好きではありませんので」

 

 ―――俺の後ろから右手をギュッと握るアーシアが、エンドを見据えてそう言葉を掛ける。

 そしてエンドの手を振り払い、俺を後ろに抱き寄せた。

 

「ッ……へぇ~、君って一々面白いよねぇ~。前は本当にムカついたけど、今はある意味で感心するよ―――私を目の前にして、癒すことしか出来ないのに良くそこまで敵対心をむき出しに出来るよね」

「私はイッセーさんのおかげで、強くなれました。確かにあなたの言う通り、私にはイッセーさんのような強さはないです。確かに癒すことしか出来ないかもしれません。でも……それでもイッセーさんの隣で立つことができます」

「おっけー、おっけー。理解したよ、アーシア・アルジェントちゃん―――君、私にとって一番の敵だよ。今ようやく理解できた。あぁ、ほんっと面倒だよね~。君のような存在がイッセーくんの傍にいることが一番の障害だよ」

 

 明らかな不機嫌そうな声で、エンドは頭を抑える仕草をする。

 ……対照的にアーシアの瞳は真っ直ぐなものだった。

 

「どうしたものかな……いっそのこと、ここで終わらせちゃえば―――いや、でもそうだね。君は最後の方が美しい」

 

 ……エンドの口元が、広角につりあがる。

 

「今は君にイッセーくんを預けるよ。でもね? 覚悟しておいて―――いずれ、貰うから。全部全部、終わらして、全部もらう。この力で」

 

 エンドは終焉の黒金の力を手元に集め、アーシアを威嚇するように力を充てる。

 でもアーシアはその目を背けず、俺の腕を強く握ってエンドを見据えた。

 ……そんな時だった。

 まるで見計らったように、その場に一筋の光が舞い降る。

 ―――まるで芸術のようなほどの綺麗な『光』が、俺たちとエンドの間に突き刺さり、エンドはそこからすぐさま離れた。

 その『光』は俺たちの後方の上空より放たれ、それは次第に輝きを失くしていく。

 ―――槍、だった。

 それもただの槍ではない。それはつい先日、俺がやり合った最強の『槍』。

 神滅具の中でも一際強力で、最強の神滅具と名高い頂点に君臨する神器。

 そしてその持ち主は―――

 

「―――まさか君とこうして邂逅するとはね。心の底から拒否したいものだよ。君と会うのはガルブルト殿の一件以来だな」

「……君かぁ。君も中々邪魔だよね―――英雄派の曹操君」

 

 ……俺たちの後方から声を響かせる、現状最大の敵―――英雄派トップ、曹操。

 いつも通りの黒い学生服を着る奴は、瞬時に槍を自身の手元に移動させ、珍しくもエンドを憂鬱に見つめていた。

 

「それはこちらの台詞だ。君が兵藤一誠に拘っているのは以前の邂逅で知っていた。だからこそ、俺は君を色々調べさせて貰った―――だがすまないね。兵藤一誠たちには俺たちの先約がある」

 

 曹操は地面に槍の柄の先端をポンッと小突き、そこを中心として魔法陣と霧のような靄を発生させる。

 これは―――絶霧(ディメンション・ロスト)による固有結界!

 しかもこの魔法陣は十中八九、転移用の魔法陣だ。

 

「君を渦中には介入させない。それが俺の方針だ」

「……許さないよ、キミ」

「そもそも君にそう言われる筋合いはないのさ―――次に会わないことを願っている」

 

 曹操がそう言い切った瞬間、俺たちは光と霧によって視界を奪われる。

 ……こうなってしまっては、もうどうすることも出来ない。

 俺たちは黙って曹操たち英雄派による別空間に転送された―――

 ―・・・

「……ここは、どこだ?」

 

 転送が終わり、俺は目を開けて辺りを見渡した。

 神器の力でものの数秒で転送されたわけだけど、現状の確認をする。

 俺が視認できる限り、辺りの風景は先程と同じ妖怪の世界のようだ。

 ただ……先ほどまでとは違い、妖怪の気配が一切ない。

 

「い、イッセー……ここは、どこなのじゃ?」

 

 ふと、俺の手を引っ張りながら不安そうな声で九重が声をかけてくる。

 俺はそこで後ろを振り返った。

 ……そこにいたのは九重とアーシア、そして母さんの三人。

 ―――匙と朱雀、エリファさん、ヴィーヴルさん、父さんとははぐれちまったのか。

 ……実質的な戦闘要員は俺だけってのは、割と厳しい状況だな。

 ともかく、俺は現状の確認をすると共に九重の質問に応えることにする。

 

「恐らくここは神滅具の力を使って創られた疑似空間だ。模しているのは妖怪の世界。もしかしたらここ以外にも人間世界の空間さえも模しているかもな」

 

 俺は九重にそう言いながら、耳元に手を当てて通信を試みる。

 通信をするのは祐斗、エリファさん、黒歌。

 数秒間、通信に時間が掛かるも先に祐斗と通信が繋がった。

 

『イッセーくんかい!? 良かった……やっと繋がった』

 

 まず第一声が少しばかり焦っているのが気になったけど、祐斗たちも無事のようだ。

 まずは俺のこちらの現状を祐斗に伝え、その内容に祐斗の方も少しばかり動揺する。

 ……聞いた話だと、祐斗は一度エンドと話したことがあるからだろう。あいつの危険さは祐斗も良く分かっているようで、少しばかりそのことについて追及してきた。

 

『その少女……エンド、っていうのはとても危険だ。全ての武装をフル活用したイッセーくんの猛撃から無傷で生還するなんて、神であろうと難しい。聞いている限りでは、エンドは僕たちが以前見た時よりも格段に凶悪化しているよ』

「……ただ、あいつとの関わりは避けられない。それにあいつは色々と知っているみたいだからさ」

『知っている?』

「それはまた後日話す。今はそれよりも祐斗の状況を教えてくれ」 

 

 俺はアルアディアの言っていた言葉を一度頭の隅に置き、祐斗の話を聞く。

 

『そうだね……端的に言えば、最上級悪魔クラスの男と―――最強の邪龍に遭遇したよ』

「―――ッ!?」

 

 祐斗からもたらされた情報に、俺は素直に驚愕した!

 最強の邪龍……この局面で、そんな存在が祐斗たちの前に現れるなんて、考えもしなかったことだ。

 ……祐斗は更に続ける。

 

『邪龍・クロウ・クルワッハの相手は奴を警戒していたティアマットさんがしてくれている。彼女からの伝言を君に伝えようと移動している時に、僕たちの前に英雄派の面々が現れたんだ』

「こっちも似たようなもんだ。俺の方には曹操が現れたけど……」

『こっちはジャンヌとジークフリートさ。その二人と交戦しようとした瞬間、僕たちはあちらの神滅具の力で京都の嵐山に飛ばされたんだ』

 

 ……俺がさっき立てた仮説が、祐斗の情報によって立証された。

 英雄派は確実に妖怪の世界と京都の町を再現している。次元に狭間にでもこの大きな空間を創っているんだろう。

 しかも使っているのが絶霧であれば、外からの侵入は容易ではない。

 この空間にどれほどの敵がいるかは不明だけど、少なくとも味方は今回の騒動の収拾にあたった俺たちだけだ。

 未だ姿を現していないガルブルトは恐らくアザゼルとガブリエルさんが追っているして―――俺たちの現在の目的は、この空間からの脱出。

 味方と合流することか。

 ならばまずはこの妖怪のエリアを抜け出して、京都の都に戻ることを先決する。

 

「祐斗、それで俺たちに伝えなければならないことはなんなんだ?」

『……そうだね。今ここで、そのことを伝えておいた方が良いかもしれない。……ティアマットさんからの伝言は―――邪龍や最上級悪魔クラスの存在がこの戦いに居合わせるのは偶然ではない。この戦いの裏から状況を操作している、黒幕のような存在がいるってことさ』

「黒幕、ね―――そうだな。そう考えるのが妥当だ」

『ああ。だからこそそちらも気をつけて。僕たちはミルシェイドさん、ゼノヴィア、霞さんと戦闘要員で固められているから良いけど、君は非戦闘要員が大半だ。すぐに僕たちと合流した方が良い』

 

 祐斗からの心配と提案に俺は頷く。

 まずはそこからだよな……それにこの状況下でバラバラに動くのは危険すぎる。

 この状況を作り出したのは他でもない英雄派なわけだし……俺は祐斗に「分かった」とだけ伝え、すぐさま次の通信を繋ぐ。

 少しして、黒歌へと通信が繋がった。

 

『んにゃ、イッセー。こっちは、中々面倒な状況だけど……ッ! そっちはどうにゃん?』

「……もしかして、戦闘中か?」

 

 周りから激しい戦闘音が聞こえ、そう尋ねると黒歌は頷いた。

 

『そうにゃん。イリナっちとロスヴァイセっちと一緒にいるんだけど、さっき遭遇した英雄派と絶賛戦闘中でね~。しかも何故か最上級悪魔クラスの奴とまで遭遇しちゃって♪』

「いやいや、なんでちょっと楽しそうなんだよ」

『いやぁ、面倒だけど自分の力を試すにはもってこいの敵だからさ。まあ心配しないことにゃん♪ ロスヴァイセっちはさっきからグングニルのレプリカを使いこなして英雄派を無双してるし、イリナっちもイリナっちで頑張ってるからさ―――って私の飼い主との電話の邪魔すんにゃん!!』

『ぐふぅっ!? よ、よくもまあ通話しながら私と対等に渡り合うものですね……ッ! 全く以て笑えない!!』

 

 恐らく敵であろう相手の声だろうが、おいおい……最上級クラスを相手に余裕って、どれだけ強くなってるんだよ黒歌。

 

『ってことで、そっちと合流するのはちょっと待ってね。たぶんイッセーの状況から私たちも英雄派にいずれ転送されるはずだから』

「分かった―――でも油断するなよ? 黒歌。お前が傷ついたら、俺は冷静でいられないからさ」

『―――んもぅ♪ 戦闘中にそんな濡らすようなことを言ったら~……すぐに倒すから待っててね、ダーリン♪』

 

 次の瞬間、今までとは比べものにならない轟音と男の絶叫のような声が聞こえる。

 ……ってかその最上級悪魔って、たぶん祐斗が遭遇した悪魔だよな?

 ……ともかく、黒歌はまだ現実世界にいるってことか。

 

「状況はあんまりよくはないみたいだな……ただ気になるのは」

 

 ……先ほどから、エリファさんと通信が繋がらない。

 または通信に出られるほどの状況なのか?

 

「……移動しながら考える。とりあえず3人は俺から絶対に離れないこと。ここから先は俺に捕まって移動してくれ」

 

 俺は背中にドラゴンと悪魔の翼を生やし、三人を背負って浮遊する。

 そして自分の周りに風除けの薄い魔力の膜を展開して、そして勢いよく飛び出した。

 ……しかしながら、その間に会話はない。

 それは皆、先ほどの出来事にそれぞれ考えることがあるからだろう。

 ―――それは俺もだ。

 アルアディアからもたらされた、俺たちを引き裂くような話の数々。

 ……それについて何も言ってこないフェルのことが心配だ。

 

「……ねぇ、イッセーちゃん」

「……なんだ? 母さん」

 

 ふと、母さんが俺の背中から小さな声で話かけてくる。

 その声はどこか戸惑いと迷いを含んだもので、俺もどうして母さんがそのような声になっているのは容易に想像できた。

 ……きっと、エンドのことだろう。

 

「……私が心の声が聞こえるのは知ってるよね? その力って、例えばイッセーちゃんとかアザゼル先生とか、それこそ魔王様のサーゼクスさんであっても、関係なく聞こえるんだよ。ヒトの言葉を話す生物であれば絶対に聞こえるのに―――あの子からは、何も聞こえなかったの」

「……エンド、か?」

「……うん。だから、私はこう思ったんだ―――あの子は、ヒトとしての何かが欠落している。まるで心が無いみたいだったんだ。だから……本当に気をつけないといけないのは、きっとあの子」

 

 ……母さんの真剣な告白に、俺は無言で応える。

 あの目を思い出したら、思わず身震いをするほどだ。

 それほどの存在感があった―――それが危うくも感じた。

 あの子に、そして何より俺自身のこともまだまだ分からないことばかりだ。

 それでも分かるとすれば……俺はいずれ、事実に直面する。

 止まっていた時間が、ようやく動き出した。

 ……ただ、少し気になる。

 ―――どうして俺はあの時、暴走したんだ?

 

『恐らく、それは相棒のせいではない』

 

 するとドライグが俺の奥から話しかけてきた。

 どういうことだ、ドライグ。

 

『あの闇を見た時、神器の中でオルフェル・イグニールの魂が揺れ動いた。相棒とオルフェルの魂は繋がっているから、その衝動に突き動かされたんだ』

 

 ……なるほどな。

 だから俺は無意識にあそこまで大暴れしたのか。

 

『……相棒はしばらく、現状の打開に集中してくれ。―――フェルウェルの方は、俺が話しておく』

 

 ……ああ。頼むよ、ドライグ。

 俺は心でそう思って、目の前に目を向ける。

 ―――そして少しして、数キロ先に人影のようなものが見えた。

 そこで俺は飛行を止め、空中に浮遊する。

 ……敵。そうで間違いないはずだ。

 遠すぎて朧げにしか見えないけど、数はかなりいる。

 

「この状況下では英雄派と考えるのが妥当だろうさ。……戦うのは人間か」

 

 心の底でその事実から目を背けたくなる。

 英雄派がただの戦闘集団ではないことはもう知っている。

 そこには確かな理念があり、確固とした自分も持っているのが英雄派の特徴であることは重々理解している。

 それを踏まえた上で、俺たちは人間たちと戦うことを決めたんだ。

 ―――なんとかして、分かり合えれるなんて甘えは言わない。

 向こうには向こうの信念があるように、俺たちには俺たちの信念があるんだ。

 ……俺たちは、仲間を大切にする。

 そしていつでもみんなで笑顔を浮かべ、生きていく。

 ……拳は握れる。前も向ける。足は動かせる。

 あとは気持ちだけだ。

 ―――戦う覚悟は出来た。

 俺はそう思い、浮遊状態を解除して、一気に敵の方に向かう。

 徐々に敵との距離を縮めると、そこにいたのは白服の学生服を着た英雄派の人間。

 それぞれ俺を待ち構えていたように武器を握り、数は数十か。

 ……それぞれ、覚悟を決めた目だ。

 俺はその面子と顔合わせになり、地上に降りる。

 そしてマスクを収納し、3人の壁になるように前に立った。

 

「会うのは初めてですね、赤龍帝の兵藤一誠」

 

 英雄派の内の一人、白髪の少女がその手に神器のような武器を片手に先陣を切って前に出る。

 この中の取り仕切る者なんだろう。この中では神器の熟練度は高いように感じる。

 少なくとも中級悪魔クラスなら容易に倒せるんだろう。

 俺はそれを理解した上で、英雄派に投げかけた。

 

「立ち去るなら、今だ。今ならただの一般人に戻れる―――最後忠告だ。お前たちに勝てる可能性は万に一つもない」

「……わかっていますよ、そんなことくらい」

 

 すると女は、自嘲するように笑う。

 手元に神器であろう斧を握り、横薙ぎに振り切った。

 するとその斧の軌跡の形をした斬撃波が俺へと向かって放たれた。

 おれは籠手の甲の部分で斬撃波の軌道を逸らし、無力化した。

 

「ただの人間で、たまたま神器を持っていて、少し鍛えたくらいの人間が……あなたのような存在に敵うはずもないのは分かりきっている。知っていますか? 今の一撃は、私がこれまでの修行の結果の全力なんです。それを神器で軽く弾いたあなたに勝てるはずもない」

「それなら、向かってくるのは無謀って考えないのか? 英雄派に属しているなら知っているだろ。俺が敵に対して容赦をしないことくらい……。俺は俺の平穏を脅かす明確な敵を許さない。それを知っていてなお、お前たちは刃を俺に向けるのか?」

 

 俺は英雄派を見据えてそう問う。

 問うている癖に、答えはほとんど知っていたんだ。

 こいつらは―――

 

「もちろん答えはイエスです。この刃、少しでも届くのであれば、後ろに控える仲間に繋げられるならば―――この命を糧にしても良い」

 

 そう言って英雄派の末端たちは、何かの液体が入っている瓶を取り出した。

 それを見た瞬間、それがなんなのか理解できた。

 あいつは命を糧に、そう言った。

 ……つまり、そういうことなんだろう。

 

「それを使うことを、曹操は知っているのか?」

「…………いえ。彼はこんなことを認めない。テロ組織なのに、曹操様は優しすぎるのですよ。―――彼は私たちの希望。彼のためだからこそ、命を賭けるのですっ!」

 

 ……よくわかったよ。

 ―――だからそんなことはさせない。

 

『Full Boost Impact Count 6!!!!!!!』

 

 恐らくは神器の力を強制的に引き上げ、命を糧に真価を発揮する薬。それを彼らが飲もうとする瞬間に、俺は狙いを定める。

 両腕の腕に埋め込まれた白銀の宝玉を一つ割ると、瞬時に俺は現状のポテンシャルで耐えられる限界ギリギリの倍増のエネルギーを瞬時に手に入れる。

 更に極限倍増の力で魔力弾を何倍にも強化し、更にその魔力弾に性質を付加。

 この工程をものの一瞬で行い、そして放つ。

 

拡散爆撃の龍連弾(スプレッドバーン・ドラゴンショット)

 

 本来は拡散する性質と爆撃する性質はそれぞれ別個の力として放つけど、今回に関してはそれを融合させた技にした。

 一つの流星のような弾丸を敵の数と同じ数まで分離させ、奴らの手元―――瓶を貫いた瞬間に対象物を爆撃する。

 この技により敵の瓶は爆撃による力で塵のように消失し、そのあまりにも一瞬の出来事に英雄派の面々は呆然とこちらを見る。

 

「―――やらせない。そんな方法で強くなったら、お前たちのこれまでしてきた努力はどうなるんだよ」

 

 ……きっと彼らは、神器によって人生を狂わされ、神器によって苦しんできた人間なんだろうさ。

 その気持ちは……分かるんだよ。

 人ならざる存在は、人から敬遠され、嫌悪される。

 自分が欲しくて得た力でもないのに、自分は何かをするわけでもないのに、息をするように異質な怪物のように扱われて、居場所を失くす。

 ―――俺もそうだったから、分かる。

 オルフェルだったとき、俺はそうだった。

 俺はたまたまミリーシェという存在がいて、他に目的があったからその不遇に耐えることも出来た。

 ……俺と彼らの違いなんて、環境が違ったに過ぎない。

 もし俺に心の支えがいなくて、どうしようもないほど追い込まれた状況下で曹操に出会ったとしたらどうなるか―――考えても解らない。

 ……だからこそ俺は彼らを否定せず、彼の行動を否定する。

 

「命を賭けて、俺を傷つけて、死ぬことが本望? ―――俺と渡り合ったあの男は、そんなことは絶対に認めない。あいつは言っていた。英雄派の理念を、楽しそうでワクワクとした表情で……嬉々としてさ」

 

 だけど

 

「その中には仲間を切り捨てる駒にするという宣言はなかった! あいつは英雄派を人類最後の砦であり、人類を導く存在になると言っていた! そんな奴が……仲間が無駄死にして、喜ぶわけねぇだろッ!!」

『Full Boost Impact Count 7!!!!!!』

 

 俺は再度宝玉を一つ割り、先ほどと同じ弾丸を生成して英雄派に向かい放つ。

 英雄派はそれに対して対抗はするも、相殺することが出来ずに弾丸に飲み込まれる。

 ……そしてその場に突っ伏した。

 

「……私たちを肯定してくれたのは、彼だけだった。……彼はあなたと同じことを、私たちに言いましたよ」

 

 ……しかし、彼らは意地というようにフラフラの身体で立ち上がる。

 リーダーの女は懐かしむように、思い出すようにそう語り始める。

 

「可笑しい、話ですよ……。敵であるあなたが、私たちという存在を肯定して、死を止めるなんて―――本当に、似ていますよ。あなたと曹操は」

「……そうかもな」

「そうですよ―――あなたが仲間であればどれだけ嬉しかったか……。でも、そうはいかないのです」

 

 女の斧の刃には風が集まり、未だ交戦の意志を俺に向ける。

 

「どれだけあなたが優しくとも! 私たちは、英雄派なのです!! こんな容易く負けていては、英雄派の看板に泥を塗ってしまう! みんな……それじゃあ、曹操様や晴明様に顔向けは出来ないぞ!!!」

『ああ、その通りだ!!!』

 

 ……女の鼓舞で、静まり返っていた英雄派に活気が戻る。

 そしてそれぞれの武器を持って俺へと向かって走ってきた。

 ―――紛れもなく、彼らは英雄だ。

 その信念は、勝てるはずのない敵と分かっていても向かいくる姿を、人は無謀と呼ぶんだろう。

 でも彼らは―――勇敢だ。

 

「……ドライグ。悪いな。本当はさ、曹操との再戦まで温存しておこうと思っていたあれ(・ ・)―――こいつらに対して使いたくなった」

 

 神器の奥にいて、声の届かないドライグにそう断りを入れて、俺は肩から力を抜く。

 ……俺が守護覇龍に至り、変化があった。

 ―――俺の中の赤龍帝としての力は、枝分かれのものとなったんだ。

 一つは俺の体現した守護覇龍を代名詞にするいわゆる『守護』の力。

 もう一つは俺も知りもしない、歴代赤龍帝の皆が教えてくれた未知の領域。

 その未知の領域には足を突っ込めないんだけどさ―――守護の力は、新たな道を切り開いてくれた。

 

「こいつらには、俺の本質の力を以て倒したいからさ……いくぜ」

 

 ……ドラゴンの翼を展開すると、その翼より赤い光が幾つも生まれ、俺を包む。

 それは次第に形を作り、俺はそれに対して自身の鎧の破片を埋め込んだ。

 

「生誕しろ。赤き小さなドラゴン―――守護飛龍(ガーディアン・ワイバーン)

 

 ―――光は弾け、姿を現すは十一体にも及ぶ100cmほどの小さなドラゴン。

 その体は赤龍帝の鎧を各所に装備する堅牢なドラゴンであり、サイズは小さい。

 ……守護覇龍によって生まれる守護龍を仲間を護るため翼竜とするならば、この小さなドラゴンは俺と共に戦い、俺を護り、そして俺もこいつらを護るドラゴン。

 守護側の赤龍帝の新しい力―――それが守護飛龍。

 

「ワイバーンたち。俺の後ろに控えろ」

 

 ワイバーンは俺の命により綺麗な隊列を作る。

 あたかも訓練された兵士のような統一性があるのは、このワイバーンが確固たる『意志』を持っているからだ。

 こいつらの意志は、俺を中心として仲間を絶対に『護る』ことにある。

 ……っと、虚を突いたように英雄派の数名が俺へと向かって神器による攻撃を放ってきた。

 接近戦を不利と察したのか、遠距離からの属性攻撃だ。

 しかし―――俺は特に防御態勢を取らない。

 

『アルジ、マモル!!』

『ナカマ、マモル!!』

 

 ……飛龍より発せられる機械的な声と共に、飛龍より放たれる火炎。

 いや、火炎だけじゃない。

 それは拡散された息吹きであったり、破滅力を持った息吹きであったり、はたまた爆発力を持つ息吹き―――そう、こいつらはそれぞれ俺の性質付加の力を備えている。

 守護飛龍といいつつ、こいつらは攻撃手段を持っている。

 更に屈強な防御力を持ち、更に一〇秒毎の倍増の力も備えている。

 いわば本来の赤龍帝の力と俺の力の一部を兼ね備える、飛龍一体一体が立派な『赤龍帝』なんだ。

 しかも互いを護るという意思を持つ、いわば―――赤龍帝団。

 俺が何もせずとも、飛龍は相手の攻撃を無力化した。

 

「そ、そんな……意志を持った飛龍を創り、何をせずとも私たちを無力化する!? あ、あなたはどこまで進化をしているのですか!?」

「……俺は自分の限界を決めたりしない。ヒトが無限の可能性を持つように、俺も無限の可能性を持っているんだ―――もう二度と諦めんなよ、馬鹿野郎」

 

 ……飛龍の砲門というべき口が開き、そこよりそれぞれ性質の違ったブレスが溜められる。

 英雄派はそれを阻止すべく飛龍たちを攻撃しようとする―――だけど、次に護るのは俺の番だ。

 最大火力のブレスを放つまで、次は俺が飛龍を護る。

 俺は襲いくる英雄派を拳と武器で弾き飛ばし、後ろに控える飛龍たちのチャージを待つ。

 ……英雄派との肉弾戦で良く理解でいた。

 こいつらは、それぞれ鍛え続ければ俺たちの脅威の一つになる。

 だからこそここで命を摘めば、話は簡単なんだろう。

 ―――だけど、甘いんだろうな。

 きっと第三者から見たらこの行動は甘く、命取りなんだ。

 だって俺は―――こいつらを殺す気なんて、ないんだから。

 

「もっとこい! 自分の全力を俺にぶつけろ!!」

「はぁぁああああ!!」

 

 リーダーの女の斧を俺はアスカロンで受け止め、鍔迫り合いをする。

 ギリギリと軋む音を鳴らせる刃。

 英雄派は目の色を変えて、俺へと襲い掛かってくる。

 ……俺は魔力を俺の付近に勢いよく噴射し、英雄派を全て吹き飛ばす。

 ドラゴンの翼を羽ばたかせ、飛龍たちの後ろに舞い降りた。

 

「……これで最後だ。飛龍―――フルバーストで叩き込め」

『『『『『『『『『『『Boost!!!!!!!!!!!』』』』』』』』』』』

 

 飛龍たちよりその音声が鳴り響き、十一の砲門より十一の性質の異なるブレスが放たれる。

 その圧倒的一撃は厄介さで言えば俺の龍星の弾丸よりも厄介だろうさ。

 ―――その一撃により、しぶとかった英雄派は完全に沈黙する。

 ……いや、違うな。

 一人だけ、立ち塞がる存在がいた。

 まるで彼らを護るように光を輝かせてる存在。

 

「ど、して……あなたが、ここに―――」

 

 ……土煙が立ち込めるその場に一人、なにか長く太い()を持つ男がいる。

 

「―――なに。こうも自分の名前を連呼されては、出向くしかないだろう?」

 

 その軽快な声と共に、その槍を薙ぎ払い、その男は俺と再び対面する。

 ……ったく、いちいち現れ方がヒーローのそれだよな。

 

「まさかこんなにも早く再戦になるとは思っていなかったよ―――曹操」

「さてね。そうなるかは今は分からないけど。……そうも言っていられない状況になってしまったか―――兵藤一誠」

 

 ……曹操は、不敵な笑みを浮かべながら槍の先端を俺に向けた。


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