ハイスクールD×D ~優しいドラゴンと最高の赤龍帝~   作:マッハでゴーだ!

112 / 138
第8話 結集する『仲間』

 英雄派と衝突し、朱雀が殺され、そして朱雀が俺の眷属となり、三善龍たちが再会を果たし、父さんと母さんが京都に合流し、その護衛にエリファさんが同行してきて……昨日は一度に色々とあり過ぎた日だった。

 一度に語るには重過ぎるほどの濃厚すぎる日であり、俺はつい今が修学旅行中ということを忘れていた。

 ……本音を言えば、もっと修学旅行を楽しみたい気持ちはある。

 でもこれがまた、そうはいかないんだよな。

 現在の抱えている問題とうのは、もうアザゼルやガブリエルさんたち大人だけに任せていい問題ではなくなってきている。

 ガルブルトが動いており、その影で奴を支配する何者かがいて、英雄派までもがこの京都という古都で暗躍している。

 ……赤龍帝としての定めなのか、何か強い存在を引き寄せてしまうというのはもう重々知っている。

 だから諦めにも近いものを感じていた。

 ―――そんなことを考えながら、俺は今、嘘のように平和な時間を過ごしていた。

 

「イッセーさん! こちらです!!」

 

 ……アーシアに手を引かれる。

 修学旅行三日目のお昼―――俺はアーシアと二人で京都の町を散策していた。

 昨日はもう時間が遅かったことを考慮し、アザゼルが提案したのが今晩に作戦会議、ないし作戦を実行に移すということ。

 その間、俺も今日の自由時間を利用して作戦会議に参加しようとしたんだけど……

 

『おい、お前はもうちょいアーシアに構ってやれよ』

『イッセーちゃん! アーシアちゃんとデートしてあげてね! あ、これはそのお小遣い!!』

『イッセー……アーシアを、私の大事な親友を幸せにしてやってくれっ!!』

 

 何故かじと目で俺にそう言ってきたアザゼルと母さん、そしてまるで父親のような感じで涙目でアーシアを俺に託してきたゼノヴィア(アーシアはもちろん苦笑いだった)。

 そんなみんなの後押しの下、俺はアーシアと京都デートに赴いていた。

 ……確かに最近、アーシアと話すことは毎日していても、一緒に出かけるとか二人っきりっていうのは少なかった。

 でもまさかアザゼルにまで後押しされるとは思っていなかったんだよな。

 ―――ともあれせっかく出来た機会なんだ。

 ここはお言葉に甘えて、楽しませてもらおう。

 

「そういえば、イッセーさんとのお出かけって凄く久しぶりじゃないですか?」

「……そうだな。前のディオドラの一件以来か」

 

 俺は以前のアーシアとの癒しデートのことを思い出して、つい思い出に浸る。

 ……あの時はアーシアと自分の昔話を話したり、暴走したときにアーシアが俺を救ってくれたときの話をしたり、あとはなんだっけか。

 

「何よりあの時に驚いたのはフリード神父の変わりようでしたね! まさかあのフリード神父が……」

「アーシアもびっくりのお兄ちゃんになっていたもんな」

 

 そう、ちょうどあの時も俺とアーシアがこんな風に話をしているときだったな。

 ちなみに今、俺とアーシアは京都某所の大きな公園に来ている。

 静かに過ごしたいという俺とアーシアの意見が合ったのが理由で、今は大きな遊具で遊ぶ子供たちを見ながら二人で歩いていた。

 

「それも少し前のはずなのに、凄く前のように感じるよな。あれから色々なことがあってさ」

「はい! イッセーさんが前に進んで、平行世界に飛んでしまって……今は」

 

 アーシアが今は、という呟こうとしたとき、俺は彼女の言葉を止めるように唇を人差し指で押さえた。

 

「今は、そのことは忘れて楽しもう。アーシアとのデートにそんな無粋なのはいらないからさ」

「……そんなことを言っているイッセーさんが、さっきはずっと考え事をしてましたよ?」

 

 グサッと痛いところを指摘されるっ。

 ……最近のアーシアは俺の考えていることをお見通しとばかりに、ズバッと考えていることを言い当ててくるんだよな。

 なんていうか、意思疎通に無駄な言葉はいらないというか、なんというか。

 周りからはカップル超えて夫婦とか言われているレベルだ。

 ……っていっても恋人同士ってわけでもないんだけどさ。

 

「アーシアには敵わないな」

「イッセーさんの考え事は大体決まっていますから! ……でも仕方ないと思います。だって、イッセーさんと私では責任の大きさが違いますから」

 

 ……アーシアは俺の手をぎゅっと握って、そう呟く。

 ―――俺とアーシアは、互いに決定的な一言を避けている。

 俺はアーシアのことが大好きだ。アーシアも俺のことが大好きって言ってくれる。

 でも……きっと俺もアーシアもわかっているんだ。

 ―――俺の中のミリーシェの、存在の大きさを。

 以前ならばミリーシェが既にこの世にいないと思っていたから、もっと積極的になれたかもしれない。

 ……でも俺はミリーシェと再会した。

 再開して、約束したんだ。

 俺たちを引き裂いた奴をぶっ潰して、お前の欠片をかき集めるって。

 ……天秤になんて、かけられない。

 そんなことを言ったら本当に最低男なんだけどさ。

 ―――ちょっとうらやましいよ。平行世界のイッセーが。

 あいつは皆を幸せにするためにハーレムを目指していた。

 ……アーシアとミリーシェ。

 二人を天秤に乗せたとき、俺はどうするか。

 

「……イッセーさん?」

 

 ―――そんなことを考えていると、アーシアは再び俺の顔を覗き込む。

 

「ごめん。その、さ……自分がどうしたらいいかを考えてた。もちろん今のこともあるけど、その―――アーシアのことを、さ」

「…………」

 

 俺の言葉を聴いて、アーシアは目を見開いた。

 俺の手をさらに強く握り、俺をじっと見つめる。

 

「俺はアーシアの気持ちを知っている癖に、一歩前に進めないんだ。だからずっとアーシアを待たせてる。それが本当に正しいのかって、思うんだ」

「……イッセーさんの中の、ミリーシェさんへの思いですよね」

 

 ……アーシアはポツリと、そう呟く。

 それは的を的中させる答えで、俺はアーシアの答えに頷く。

 

「わかっています、イッセーさんの気持ちは。イッセーさんは凄くまじめで、優しいから葛藤しているんですよね? 私に向けてくれる気持ちと、ミリーシェさんに向ける情愛をどうするべきか」

「……恥ずかしながら、そのとおりなんだ。俺には決められない―――本当に、最悪だよ。どっちも手放したくないなんてさ。アーシアもミリーシェも、仲間の皆も……皆で、幸せになりたいなんて」

 

 苦笑いを浮かべて自嘲する。

 それでもアーシアの表情は歪まず、まっすぐと俺を見つめていた。

 そして―――意を決したように、俺を抱きしめてきた。

 

「あ、アーシア?」

「……イッセーさん。それは本当に、間違っていることなんでしょうか?」

 

 声が上がることなく、冷静に……諭すように話すアーシア。

 ―――本当に、間違っていることなのか? そんなこと、間違っているに決まっている。

 一人だけを愛せないなんて、そんなことはただの不純だ。

 ただ目移りをしているだけにしか思えない。

 ……しかし、その言葉は出ない。

 だって……アーシアがこんなにも真剣な表情を、俺は見たことがないから。

 

「イッセーさんはずっと頑張ってきたじゃないですか。誰よりも傷ついて、誰よりも深く考えて、皆を救って。きっと私の知らないところでも頑張ってきたんですよね。……だから、少しくらい我侭になってもいいと思います」

「……わが、まま?」

「はい! ……私は、イッセーさんになら何をされても構いません。どんなことだって、受け入れます―――でも本当にイッセーさんが間違っていたら怒ります! 何をしてでも目を覚まさせます! ……だから少しの間だけでも、難しく考えることを止めてみませんか?」

 

 ……アーシアの心臓の鼓動を聞きながら、俺は野放しにしていた手をアーシアの背中に回す。

 ……何も考えず、結果を見据えず突っ走る?

 自分のしたいようにするなんて、俺は……したことがあったか?

 守るとか守らないとかを除けば、俺は今まで最善ばっかを選択してきた気がする。

 自分のリスク、幸せを考えずに回りの幸福を祈って……そうなる選択肢を選んできた。

 その中に一度だって、自分の幸福を第一に考えた選択はあっただろうか。

 ……結果的にいえば、いつも俺は幸せな結果を手に入れた。

 仲間がいて、家族がいて、大切な人がいて、目標が出来て……今も考えられないほどに幸せなことに間違いはない。

 そんななのに、さらに望んでしまっていいのか?

 …………。

 

「……アーシア。今の俺は幸せだぞ?」

「なら、もっと幸せになりましょう。イッセーさんならもっともっと幸せになれます! 自分も、その周りも皆幸せに出来ます!」

「今でも十分だと思っていても?」

「はい! もっともっとイッセーさんは我侭になるべきなんです! ―――報われなきゃ、そんなの不公平なんですから」

 

 ……その言葉が、アーシアからの心からの声のような気がした。

 報われる? それは何から報われるってことなんだろう。

 ……俺はその答えをアーシアから望まなかった。

 なんなんだろう―――その答えを自分で出したら、俺は本当に全部何とかできる気がしたから。

 ……ここにきて自分の恋愛感情で悩むことになるなんてさ。

 

「……ありがと、アーシア。やっぱ俺にとってアーシアは女神様だよ」

「もう……っ。私も実は恥ずかしいんですから、外ではほどほどにしてくださいっ! その……二人きりのときはいつでも構いませんから」

 

 アーシアが少し頬を紅くして、苦笑いをしながらそう呟く。

 ―――本当に反則だ、その顔は。

 アーシアってびっくりするほど俺のドストライクを貫くんだよな。

 俺は離れたアーシアの頭をなでようと―――

 

「……ほんっと、そういうのは二人きりのときにしてくれって話っすよね~。こちとら子連れなんすけどぉ~?」

 

 ……突如、俺たちの背後から声がかけられる。

 その瞬間、俺たちは固まった。

 ……なぜなら、その声を良く知っていたから。

 

「は、はわぁ……フリーおにいちゃん、凄いよぉ……」

「おいこら、イリメスちゃん! あんなの見ちゃいけませんぞ! 教育的に! ……っておれっちが教育的とか末期なんすけど!?」

 

 ……俺はゆっくりと後ろを振り返る。

 アーシアもどうように後方を見ると、そこには―――

 

「まっさか、こんなところに来てまでチミたちのイチャイチャを見せ付けられるとはねぇ~―――おひさダネ、外道神父だぜぇ~!!」

「こ、こんにちは……っ!」

 

 ―――イリメスと呼ばれた白髪の少女を引き連れた、カジュアルな服装のフリードがむかつくほどのニヤケ顔でそこに立っていた。

 ……噂をすれば影から、ってやつか。

 俺は突然のフリードの登場にそう感じていた。

 ―・・・

「はわぁ……あ、アーシアお姉ちゃんっ」

「ふふ、イリメスちゃんは可愛いですねぇ~♪」

 

 俺とフリードが公園のベンチに座りながら、少し離れたところで遊んでいるアーシアとイリメスという女の子を眺めていた。

 あのイリメスって子は特にフリードに懐いていた子供の一人だったはずだ。

 

「……つまり、お前とあの子を除いた全員が流行りの病気に罹っちゃったのか」

「そーそー。そんでお前ら出てけー! っていったガルドの爺さんがこの京都旅行を勝手に用意して、しゃーなし来てる……って、なんで俺らこんな仲良さげに話してるわけ?」

「別に仲は良くないだろ。元敵だし」

「……なんだかねぇ。ほんっと、イッセーくんって調子狂うわぁ~」

 

 フリードは白髪をポリポリと掻きながら、手元の缶コーヒーを啜る。

 ……そして俺の方を見ずに、ボソッと話す。

 

「……そっち、結構厄介なことになってるみたいっすね」

「まぁな。……って、知ってたのか?」

「んま、風の噂ってやつっすわ―――英雄派、中々厄介っしょ?」

 

 ……そういえばフリードと最後にあった時、こいつは俺に言ってきたっけ。

 英雄には気をつけろ、って。

 

「なんていうか、あいつらは敵らしくない敵なんだよ。今までにないタイプの奴らなんだ。あいつらにとって敵は異形で、あいつらは人類の味方。力なき者のために力ある者が躍起する」

「確かにイッセーくんにしてみりゃ、敵とは思えんだろうねぇ~。曹操を筆頭とする曹操派は特にやりにくいんじゃない? ま、おれっちには関係ねぇけどね~」

 

 フリードはコーヒーを一気に飲み干し、少し離れたゴミ箱に空き缶を投げ入れた。

 俺は小さくガッツポーズをしているフリードに話しかけた。

 

「……フリード。この京都はこれから、戦場になると思う。だから……早くここから立ち去った方が良い」

「んん? はっはっは~、イッセーくんは俺っちの心配でもしてくださってるのかね~?」

「ああ、そうだ。お前にとってあの子は大切な子なんだろ。それに元禍の団であるお前だって、奴らに狙われる理由は十分にある」

「……ま、確かに旧魔王派の糞悪魔共には徹底的に嫌われてんだろうねぇ、俺っち」

 

 ……フリードは左手首につけているブレスレットをチョコンと指先で触れ、少し笑みを浮かべる。

 

「でもまぁ、そんな奴らはこの相棒のアロンダイトちゃんでぶった切るから心配無用っすよ? ってか、俺よりも自分の心配しろっての」

「……るっせ。お前を心配した俺が馬鹿だったよ」

「うっしし、違いねぇっすわ」

 

 フリードは立ち上がり、見上げる。

 その目はなんていうか……穏やかだった。

 

「ほんっと、こんな風にのんびり休日を過ごすなんて、昔の俺っちなら想像も出来なかったんですよね。あんなチビの相手をして、それ以外も餓鬼どもの御守りをしてさ。……兄貴の真似事とかガラじゃねぇんすけど―――どっか、心地いいって感じちまうんすよ」

「……フリード」

 

 フリードの苦笑いに、俺もつい苦笑いする。

 ……もう、心配はいらないな。

 フリードはもう間違えない。証拠なんてどこにもないけど、それでも心のどっかでそう確信できる。

 

「せめて、あの餓鬼どもが大人になるまでは、この平穏で良いんじゃないかって思うんすよね。……はぁ、無駄話が過ぎたっすわ」

 

 フリードはそう言うと、パッとイリメスちゃんの方に歩いて行く。

 そして視線の先でアーシアに何かを言った後、イリメスちゃんを肩車して俺たちの行く道とは反対の方向に歩いて行った。

 ……それでいい。

 俺は二人がどこかへ行ったことを確認すると、アーシアの元まで小走りで走って行った。

 

「アーシア? あいつに何話していたんだ?」

「……いえ。ただ―――ありがとう、って」

「……ほんっと、あいつは素直じゃねぇな」

「きっとイッセーさんの前だけですよ!」

 

 ……俺たちはそう言い合いながらも、あいつのことを思い出して笑みが絶えなかったのだった。

 ―・・・

「さぁ、元浜……例の物は手に入れたか?」

「ああ、もちろんだとも、松田氏……俺たちのヘブンへの道標をボスから頂戴してきたさ」

 

 ……聞こえないような小声で何かを話す松田と元浜。

 今は既に夕方であり、現在男女共に入浴の時間である。

 俺は風呂の準備をしてこいつらを誘いに来たのだけど、二人は俺の入出に気付かず未だ、部屋の隅でこそこそと話していた。

 ……ちなみに俺の部屋は男子の数の関係上、一人部屋でしかも今回の騒動のため離れの部屋となっている。

 

「あぁ、通称ハーレム王か……彼は何と?」

「うむ。ここからの展望は正に神の如く。タイムスケジュール的には後五分後がベストという情報だ」

 

 ……さっきからこいつらは何を話しているんだ?

 そろそろ俺も風呂に行きたいから、話しかけるか。

 

「おい、松田に元浜。何話してんだ?」

「「―――ビクッッッッッッッ!!!」」

 

 ……俺が声を掛けた瞬間、ビクッと飛び跳ねる松田と元浜。

 な、なんだ?

 

「こ、これはこれはイッセー氏。部屋に入るならノックをしてくれないか」

「そ、そうだぞ! もし俺たちがナニをどうかしてたらどうするつもりだ!!」

「……修学旅行に来てまで寂しい奴だな、って諭す」

「「……確かに」」

 

 俺の一言に突然項垂れる松田に元浜。

 渾身の下ネタを冷静に返されたから、ダメージでも負っているのか?

 ……まぁ良い。

 

「ともかく、俺は今から風呂に行ってくるんだけど、二人も行かないか?」

「う、うむ……非常に有難い心意気なのだが、我々は少し今は忙しい身でな」

「ほ、本当に残念だ! 男同士の裸の付き合いも悪くはないんだがな!! うん、残念だ!!」

「…………」

 

 俺は明らかに不自然な二人をじっと見つめると、二人は視線を外す。

 ―――怪しいな。

 

「お前ら、なにか俺に隠してないか?」

「かかかか、隠しているわけなかろうっ!! な、何を根拠にそんな!!」

「お、俺たちは親友だろ!? なぁイッセー!! 昔、河原で殴り合って親友になったあの時を忘れたのか!?」

「……まぁ、あれは俺の中で大切な思い出だけどさ」

 

 ……うん。確かに頭ごなしに疑うのはダメだよな。

 最近ではこいつらもおとなしくなっているし、それに……はは、親友だから。

 よし、信じよう!

 

「ごめん、俺、お前らのこと勘違いしてた! そうだよな。……うん、松田と元浜の良さっていうのは俺が一番良く分かってるから!! んじゃ俺風呂に行ってくるな? 後で気が変わったらこいよ!!」

 

 俺はそれだけ言って部屋から退出する。

 俺が部屋から出ていく最中、室内から微かに声が聞こえた。

 

「……うぅ。なんだこれ」

「や、しかし……うむ」

 

 ……どこか罪悪感を含む声だったが、俺は気にせずに風呂場に直行した。

 ―・・・

「あら、イッセーくん」

「ロスヴァイセさん。どうしたんですか? こんなところで」

 

 俺が大浴場の男子更衣室に向かうと、その付近には浴衣に身を包んだロスヴァイセさんがいた。

 

「いえ、他の女子生徒の皆様に松田君と元浜君を見張っていてくれって言われまして……それで女子の大浴場に続くここで見張っているのですよ」

「なるほど……でもまぁ、大丈夫ですよ! だってあいつらだって今までと同じじゃないですし、それに……本当に人が嫌がることじゃありませんし」

「……イッセーくんが言うなら、確かにそうなんでしようけどね」

 

 ロスヴァイセさんが苦笑いを浮かべながらそう言う。

 ……確かに松田と元浜の行動は女子からしたら目を見張るものがあるもんな。

 

「ロスヴァイセさんも温泉に入ってこればどうですか? あれなら俺が見張っておきますけど……」

「いえいえ! これも私の仕事なのです! ……それにイッセー君はお疲れでしょうから」

 

 ……何が、とは決して言わないロスヴァイセさん。

 ―――先日の一件で、ロスヴァイセさんはアザゼルと共にガルブルトと戦っていたらしい。

 聞き話でしかないが、英雄派の絶霧を使う一員がガルブルトを飛ばした転移先が二人の目の前だったんだ。

 ロスヴァイセさんはガルブルトの性質上、格好の的となり得たため、アザゼルの指示で後方支援をしていたらしい。

 ……俺たちが英雄派と争ったのを知った時は自分の不甲斐なさを悔いていた。

 

「英雄派。聞いた話では一筋縄では行かないと思います。……私も、万全で挑みます」

 

 その決心がロスヴァイセさんの顔を引き締める。

 

「んじゃ、その万全のために温泉に行ってくださいね?」

「へ、だ、だから―――」

 

 ロスヴァイセさんが何か反論をしようとした瞬間、彼女の腕は拘束される。

 ……共に浴衣姿の、ゼノヴィアとイリナによって。

 

「へ? ぜ、ゼノヴィアさんにイリナさん? ど、どうして私の腕を掴んで……」

「なに、この国には裸のお突き合い……いや、お付き合いというものがあってだな」

「ちょ、ゼノヴィア!? いまとんでもない発言が聞こえたのだけど!?」

「ははは、すまんすまん。まだ日が明るかったね」

 

 ゼノヴィアとイリナの漫才のようなやり取りがその場を響かせながら、ロスヴァイセさんは彼女たちに引き摺られていく。

 

「い、イッセーくん!? は、図りましたねー!!!」

「はっはっは」

「ははは、じゃありませーん!! イリナさん、ゼノヴィアさん! 離してください! 彼には教育的指導をー!!」

「……まぁまぁ許してくれよ、ロスヴァイセさん」

「そうよ! ってかあれほど教育的指導がいらないヒトもいないと思うんだけど……」

 

 ギャーギャーと騒ぎながら向こうの大浴場に消えていく三人。

 ……さて、俺は俺で温泉を楽しむとするか。

 そう思って着替え室に入った。

 

「……よっ、イッセー」

「おっす、匙」

 

 するとそこには今、ちょうど服を脱いでいた匙の姿があった。

 ……そういえば匙と顔を合わすのも久しぶりかもしれないな。

 

「あ、ちょうどいいや。イッセーと話したいと思ってたんだ」

「ああ。俺も話があるから……温泉でゆっくり話そうか」

 

 俺の言葉に匙は頷き、俺たちは軽く体を流して温泉に浸かる。

 ……ふぅぅぅ。

 これは中々、良い湯加減だ。

 

「……イッセー。話、っていうのは勿論昨日のことだ」

「まぁそっちにも話は行き届いているよな」

 

 眷属は違えど、同じ悪魔なことだしな。

 現在シトリー眷属の二年生は合計5名。

 匙を筆頭に由良翼さん、巡巴柄さん、花戒桃さん、草下憐耶さんの五名。

 ……ただ、俺の考える作戦に参加できるシトリー眷属は一人だけだ。

 

「長ったらしいのはナシだ。単刀直入に聞くぞ、イッセー―――俺は今回の戦いに必要なんだろう?」

「……ああ」

 

 匙の言葉に頷く。

 ……匙の言う通り、今回の戦いに匙は戦力として必要となってくる。

 以前のロキとの戦いの際、匙はアザゼル主導の元でヴリトラ系神器を全て結合させられた。

 その結果、匙の中で切り刻まれて封印されていたヴリトラの意識が復活し、それに伴い龍王変化(ヴリトラ・プロモーション)というドラゴン化の能力を獲得した。

 ヴリトラの力を持つ匙の千変万化の力は今回の戦いに必要となってくる。

 ただ……先の戦闘でもそうだったけど、シトリー眷属は基本的に火力に乏しい。

 匙以外のメンバーは英雄派の幹部を相手にするには、少し荷が重すぎるんだ。

 

「ヴリトラの力に目覚めてからか、俺の力はかなり増したんだ。その上で俺は思った。……力を持つって、結構重いんだなってさ」

 

 匙は開かれた手の平をじっと見ながら、そう話す。

 

「力を持つことの責任、っていうのかな? これをイッセーはいつも背負っていたんだなって考えると―――やっぱ俺も、逃げてはいられないと思ったんだ」

「……匙」

 

 匙は開かれた手をギュッと握る。

 俺にはそれが匙の意志表明のようにも感じた。

 

「だから俺も戦うぜ、イッセー。この力がお前の役に立つなら、喜んでお前に命を預ける。俺の主は会長だけどさ―――今はお前の兵士として、戦う」

「……ああ。絶対に導いてやる」

 

 匙の拳が俺の目の前に突きだされ、俺は匙の拳と自分の拳をコツンとあてがう。

 ……ったく、こいつは本当に良い奴だな。

 

「あ、それと後で稽古を頼みたいんだけどさ」

「……お前って、意外と現金な奴だよな」

 

 匙が代わりに、と言わんばかりの要求に対し、俺は少し苦笑いをして受け入れる。

 そして俺は温泉から上がり、露天風呂に行こうとし―――

 

『きゃぁぁあぁぁぁぁ!!!! の、覗きよぉぉぉぉぉぉ!!!』

『な、なにぃ!? イッセーか!? イッセーなのか!!? それならば覗きをせず真正面からこい!! 私の隅々まで、余すことなく見せてやる!! むしろ小作りのために精を注ぎ込むのもいくらでも―――』

『ちょ、ゼノヴィア! 何を言っているの!? それ以上はダメ!! 教育的指導だわ!!』

『はわわ……く、黒歌さん! どうしましょう!!』

『とりあえず血祭りに上げよ♪ そこからイッセーの所に叩きだすにゃん♪』

 

 ……突如、女子風呂から聞こえる悲鳴と聞き慣れ親しんだみんなの声。

 ―――松田、元浜。お前ら……ッ!!

 

「信じていたのにッ! お前たちは、なんで……ッ!!」

「いや、未だあいつらに対して甘かったお前にびっくりだ」

 

 ……まぁ良い。

 俺は先に温泉から出て、浴衣を着て、そして―――

 

「さぁ、説教の時間だ」

 

 俺は恐らく女子風呂前で血祭に上げられているだろう、松田と元浜へと向かう。

 ……俺の信用を、返しやがれぇぇぇぇ!!!

 ―・・・

 ……別館にある俺の室内には、大よそこの修学旅行に参加している三大勢力が集結していた。

 グレモリー眷属からはゼノヴィア、アーシア、祐斗、俺。

 シトリー眷属からは匙を初めとした4人の女子生徒。

 ベルフェゴール眷属からはエリファさん、霞ちゃんともう一人の少女。

 天界陣営、堕天使陣営からはアザゼルとガブリエルさんとイリナ。

 赤龍帝眷属からは黒歌と朱雀。

 ドラゴンファミリーから夜刀さんとヴィーヴルさん。

 ―――そして非戦闘員である兵藤まどかと兵藤謙一、そして九重。

 その全員がこの一室に集結していた。

 

「まずはエリファ。お前の参入はかなり有難い。感謝するぜ」

「いえいえ。サーゼクス様からの直々のご依頼です。当然ですよ、総督殿?」

 

 エリファさんが口に手を当てて上品に笑う。

 ……そう、このエリファさんは俺たちの指揮のもと、今回の戦いに参加してくれる。

 戦力としてどれほどのものかはまだ分からないけど、でも……あのディザレイドさんとシェルさんの娘なんだ。

 

「では改めまして、挨拶をさせて頂きます。私はベルフェゴール眷属の王、エリファ・ベルフェゴール。以後、エリファと及びください。そしてこちらの二人が私の眷属の……」

「エリファお嬢の騎士、霞と申し上げます」

「あたしはミルシェイド・サタンよ! エリファ姉さまの命令だから、しゃーなし! しぶしぶ加勢してやるからな!!」

 

 ……サタン?

 俺は霞ちゃんの隣の背の低い女の子の名前を聞き、驚く。

 

「こら、ミルシェイド。貴族がはしたないですよ。もっと敬意を持って話しなさい―――全く、姉としてお恥ずかしいです」

「……ちぇー。第一印象で舐められないようにカッコつけたのに」

 

 ミルシェイドは唇をツンとさせて、ジト目で目を逸らす。

 ……妹、サタン。なるほど、ようやく理解できた。

 つまりこの子は

 

「ミルシェイド・サタン。私の妹で、サタン家の次期当主です」

「つまり、エリファさんはシェルさんの後を、ミルシェイドちゃんがディザレイドさんの跡を継ぐ、ということですか?」

「ええ、その通りです。ミルシェイドは今は私の元で上級悪魔としての勉強をしているところなんです」

 

 いわばライザーの眷属として活動していたレイヴェルと同じ立場か。

 まぁそれにしても、女王とはまたエライ駒を渡したもんだ。

 

「おい、赤龍帝! あたしのことを『ちゃん』付けすんな! そんな可愛いのあたしには似合わねぇんだよ!」

「あ、それとこの子、すごくツンツンしているので適当にあしらってくださいね?」

「姉さま! 変な情報与えんなっ!!」

 

 エリファさんはミルシェイドちゃんの怒号に、手を口元に当てて「おほほほほ~」と笑いながら軽くあしらう。

 ……っとと、和んでる場合か。

 

「まあそんなことは置いておいて」

「お、置くなー!! すっげぇ重要なことだぞ!? ちょ、赤龍帝!? 無視しないで話聞けー!!」

 

 ……やべ、この子弄るとすごい楽しい。

 ゾクゾクと感じるこの子の天性の虐められっ子オーラを前にして、俺は変なものが目覚めそうになった。

 

「ふふふ……まぁでも、この子はとても強いので問題なく戦力になるでしょう。私よりお父様―――ディザレイドお父様の血を濃く継いでいるので」

「あ……ふ、ふん! ま、そーゆーことだ!」

 

 ミルシェイドちゃんはエリファさんに頭を撫でられ、一瞬気の抜けた表情になるも、すぐに気を取り直したようにツンツンな言葉を漏らす。

 ……なんていうか、複雑といえば複雑だな。

 片やミリーシェと同じ容姿で、ミルシェイドちゃんもどことなくミリーシェに……この場合はエリファさんに似ていると言った方が良いか。

 それにしてもあのディザレイドさんの血を最も継いでいる、か。

 あの接近戦最強のあのヒトの娘なら、戦力として期待できる。

 ……それにしても可愛いな、ミルシェイドちゃん。

 今度もっと話して(虐めて)みよう。

 

「ぞくっっ!! ……おい、何を考えてる!? なんかお前から姉さまと同じ空気を感じるぞ!?」

「あはは、気のせいさ」

「うぅ……絶対あの目、姉さまと同類だぞ! 私の第六感がそう告げ―――」

「話が進まないから黙ってなさい、ミルシェイド?」

 

 ……途端にエリファさんからの絶対零度如き冷たい視線がミルシェイドちゃんに突き刺さり、ミルシェイドちゃんは凄く涙目になってブルブルと震える。

 ……こ、こぇぇぇぇ!!

 見た目がぶちぎれた時のミリーシェだからか、余計に怖いわ!

 

「ふぇぇ……霞ー!!」

「……エリファ様。あまりミルを苛めてあげないでください」

 

 抱き着くミルシェイドちゃんを優しく抱き留め、よしよしと背中を撫でる霞ちゃん。

 たぶん同世代なのかな? ミルシェイドちゃんのことを愛称で呼んでいるし、抱き着かれているところからそう予測する。

 

「ごめんなさいね、霞。ミルシェイドって苛めると、すっっっごく可愛いから、つい」

 

 あざと可愛く舌をチロッと出すエリファさん。

 ……ふむ、やっぱりこのヒト、ミリーシェと繋がりあるわ。

 このドS加減、確実にミリーシェの何かを引き継いでる!!

 

「……おいおい、コントはそろそろ終わりにしろよ?」

「最近、アザゼルまともなことを言うことが多くなってるよな?」

「じゃねぇとびっくりするほど話が進まねぇからな」

 

 ガクッと肩を落とすアザゼル。

 こいつがまともっていうのが実はすごいレアなんだけど、まぁどうでも良いか。

 ともかく―――

 

「……じゃあ、作戦会議を始めようぜ」

 

 ……多勢力による禍の団の作戦会議が始まった。

 ―・・・

「現状、俺たち三大勢力及び妖怪勢力の目的はただ一つ。この京都に入り込んだ禍の団の殲滅だ」

 

 アザゼルは機械を操作し、空中に立体的映像を映す。

 そこには俺たちの今回の敵が勢ぞろいで映っていた。

 

「まず今回の最大の敵はこの曹操、安倍晴明を筆頭にした英雄派。その強さはお前らが身を以て知っているだろう?」

『…………』

 

 俺たちはアザゼルの言葉に頷く。

 ……アザゼルの言った通り、俺たちはこの身であいつらの強さを知っている。

 

「僕の相手にしたジークフリート。彼の持つ魔帝剣グラムは想像を超える化け物でした。その力も強大ですが、それを扱うジークフリートの技量も今までと比較できないほどです」

「私の相手にしたジャンヌも同じようなものさ。奥の手はほとんど明かさず、私と互角以上に渡り合った。彼女もかなりのテクニックタイプであったな」

「あのクーとかいう女はかなりの手練れよ。戦えない、ほどではないけど悍ましい”何か”を感じたわ。それも悪寒がするほど、とびきりの何かが」

「まぁ私の相手にしたヘラクレスは、私とはかなり相性が悪かって感じにゃん。仙術で防御度外視の攻撃ばっかりしたから、一切の苦戦はなかったにゃん」

 

 実際に英雄派の幹部と渡り合った四人がそうやって、それぞれの敵を評価する。

 ……そして残るは俺と朱雀となった。

 

「……私が相手をして、そして無残にも負けたのは安倍晴明です。その技量、速度……すべてにおいて私を圧倒しました」

「……そうか」

 

 流石のアザゼルもそれ以上を追及することなく、朱雀の肩に手をおいて何も言わずこちらを見た。

 ……俺が最後か。

 

「俺が相手をしたのは、曹操。あいつは最強の神滅具である槍。黄昏の聖槍(トゥルース・ロンギヌス)を宿していた。聖槍を扱う技量、オーラの性質、速度、判断能力、仙術の素養……すべてにおいて俺は今までの敵とは一線を画す存在と思う」

「それは……あのロキよりもか?」

「ああ。俺はあいつに対して、ロキよりもやり難さを感じた。一撃必殺、という意味では恐らくロキより厄介だ」

 

 しかも本気を出さずにあれだ。

 こっちは神帝の鎧を出したのに、それでもほぼ互角の戦いだった。

 

「……聖遺物である聖槍に始め、上位神滅具である絶霧、更には魔獣創造。魔帝剣グラムか―――グレモリーに劣らず、随分とヤバいのをかき集めたもんだな、英雄派も」

 

 アザゼルからの素直な感想がそれだ。

 特に曹操、晴明、ジークフリートの三人に関しては確実に最上級悪魔クラスの実力がある。

 しかも不確定な力まで……アザゼルは続ける。

 

「正直にいえば、今の戦力では英雄派の殲滅は難しいだろう。だから今回、英雄派に関しては退けることだけで良い―――問題は元三大名家当主、ガルブルト・マモンだ」

「「……ッ」」

 

 その名を聞いて表情を歪ませるのはエリファさんとミルシェイドちゃん。

 ……同じ三大名家の名を継ぐ二人だもんな。それなりに複雑な想いなんだろう。

 

「あいつに関して分かっていることは二つ。あいつの影に潜む大きなバックと、そのバックによる先導で何かをしでかそうとしているところだ」

 

 アザゼルは立体映像を切り替える。

 そこには八坂さんを始めとした何人かの人物が映る。

 ……その中には朱雀や俺の姿もあった。

 

「奴の狙いは八坂を始めとする複数の妖怪、そしてイッセーと朱雀……お前たちだ」

「そこだ。そこが俺には分からないんだ」

 

 ガルブルトが俺たちの前に姿を現した時、あいつは俺を捕縛しようとしていた。

 結果的にそれは夜刀さんによって防がれたけど、あいつはあの時朱雀を見て「お前は後だ」と言ったんだ。

 ……俺と朱雀。この二人に共通点があるとすれば―――

 

「……イッセーと朱雀の共通点はドラゴンの力をその身に宿しているということ。おそらく奴らの目的はその辺りが絡んでいるんじゃねぇのかと睨んでいる。……これを見てくれ」

 

 ……アザゼルは更に画面を変える。

 そこには……リストのようなものが表示されていた。

 

「実はな、混乱を招くと思いイッセーには黙っていたんだが……最近、ドラゴン系の神器を宿す人間が次々と行方不明になる事件が多発している」

「……それが、ガルブルトが俺たちを狙う理由の一つ、と?」

「可能性の話だ。だが流石に看過できねぇだろ? しかも最近ではドラゴンだけでなく、封印系の魔物を封じた神器の宿主にまで手が伸びている―――何を企んでいるかは全く見当もつかねぇがな」

 

 ……ガルブルトが狙うのはドラゴンや魔物を封じたドラゴン系神器の宿主。

 じゃあ八坂さんを攫おうとしたのは何故だ?

 ―――そこで思い出した。

 

「八坂さんは妖怪の中で最強クラスの実力者。その力は……龍王にも、匹敵する」

「そう。繋がっているかは分からねぇが、奴らが強者を攫い、洗脳し、自身の戦力にしようとしているってのが有力だ」

 

 確かに、龍王クラスの存在が敵になれば厄介でしかない。

 ……だけど、そんな単純な理由なのか?

 俺にはどうしてもそう思えなかった。

 

「……そこらへんはあいつをとっ捕まえて、尋問に掛けるとしてだ。ここからは俺からの作戦なんだが―――」

 

 アザゼルによる作戦の提示。

 俺たちの目的は最低でも禍の団をこの京都から追い出す。

 最終目標は奴らの生け捕りだけど……まぁ難しいだろう。

 俺はアザゼルからの作戦の全容を聞き、承諾する。

 ……アザゼルによれば、ガルブルトの出現ポイントはある程度絞っているらしい。

 それに伴い英雄派の潜伏先に関しても割り出しており、それに対する強襲作戦ってのが全容だ。

 ただその情報をどこまで鵜呑みにする、っていうのが素直なところではあるが。

 

「……進言、よろしいですか?」

「エリファ。ああ、構わねぇぞ」

 

 すっと手を挙げたエリファさんに、アザゼルは発言を許可する。

 するとエリファさんは一呼吸を置いた後で口を開いた。

 

「兵藤一誠殿には、ドラゴンファミリーなる勢力が付いていると噂に聞いたことがあります。かの龍神や龍王すらも……彼らに救援に来てもらった方が勝率は上がるではないのですか?」

「ダメだ」

 

 するとアザゼルが緩急を置くことなくエリファさんの進言を否定する。

 ……どういうことだ?

 

「理由をお聞きしても?」

「ああ。まず第一に、オーフィスという力の存在はまず影響力が強すぎる。しかも相手にはオーフィスの力を利用して造られたリリスという存在がいる。それが現実世界でぶつかってみろ。被害が広がるだけだ」

「ならばそのリリスという存在が今回の戦いにいた場合は―――」

「その場合のために、オーフィスにはある空間に待機してもらっている」

 

 ……抜かりねぇな、アザゼルの奴。

 だけど、ならティアはどうだ?

 あいつは龍王最強だ。あいつなら今回の戦闘に参加できるんじゃ―――

 

「あ、ティアさんはおチビちゃんたちを連れて旅行に行ってるみたいよ? 連絡も通じないってヴィーヴルさんが行ってたけど……」

 

 母さんから与えられた情報に俺は愕然とする。

 ……ほんっと、あいつってここぞという時に頼りにならないよな。

 まあ今回は夜刀さんがいるっていうことで手打ちにするか……って、よく考えると夜刀さんはティアとは対照的で、ここぞという時に一緒に戦ってくれるよな。

 ―――これがティアと夜刀さんの前に隔たる、大きな壁か。

 

「とりあえず、今俺の部下が全力を以て京都中を駆け巡っている。目星がつき次第、作戦を開始するからいつでも出発できる準備をしていてくれ」

 

 ……こうして、作戦会議は終わる。

 それから各それぞれ、戦いへの準備をするために室内から退出した。

 ……残されるは、俺と朱雀。

 そして―――父さんと、母さんであった。

 ―・・・

 ……一人で寝るには大きすぎる室内で、俺たち兵藤家と朱雀の間に沈黙が流れていた。

 より厳密には、朱雀と母さんの間で流れる沈黙。

 

「……君が、朱雀くんだよね? イッセーちゃんからお話は聞いているよ。随分と辛いことがあったみたいで……なんて言葉を掛けたら良いか分からないけど」

「……お気遣い、ありがとうございます。まどか様。でももう大丈夫ですよ。私はイッセー様に救われたので」

 

 重い沈黙の中、紡がれた母さんの言葉に返答する朱雀。

 そんな朱雀をじっと見つめる母さん。

 

「……朱雀くん。私も土御門の血を継ぐもの。君も次期当主に数えられたのなら、私のことも知っているよね?」

「……ええ。心の声を聞く追放者。私も聞いたことがあります。まさかそれがイッセー様の母君であるとは思いませんでしたが」

「なら私の前で話さないのは、意味ないって分かるよね? ……私がここに来たのは、土御門と向き合うため」

 

 母さんは服の胸元をキュッと握りながら、そう呟いた。

 そんな母さんの手を父さんは握り、何も言葉を発さず頷く。

 

「……教えて。他の誰でもない貴方から、土御門本家崩壊の真実を」

「…………はい」

 

 ……真っ直ぐな瞳で朱雀は母さんの質問に頷き、そして何があったかを話す。

 ……土御門本家を襲ったのが、皆殺しにしたのが自身の兄であったこと。その兄に殺されたこと。

 ……ひとしきりに話した。

 その中には俺も知らない情報もあった。……恐らく、朱雀と晴明が戦っている時に奴から直接得た情報なんだろう。

 

「……兄は、一切の後悔もなかったと言っていました。それほどに土御門を憎んでいました。……そう言う意味では、きっとまどか様からしたら気味の良いことかもしれません」

「……そうだね。それは否定できないよ。だって土御門は私にとって、辛いだけの場所だったから」

 

 母さんは朱雀の言葉に淡々と返す。

 

「でも―――それでも朱雀くんのお兄さんは止めないといけないと思う。きっとその子は、自分の中の正しさと間違いの区別がつかないほど歪んでいると思うから……だから、弟である君をも殺してしまったのかもしれない」

「……止め、る」

 

 朱雀はその言葉を反復するように呟く。

 ……先日俺が言った言葉だ。

 

「……きっと、本当の真実はまだ別にあると思うの。それに向き合わないといけないのは、他の誰でもない私と、そして―――朱雀くん。あなたと私の二人だけ」

 

 母さんは朱雀の手を取って、そう断言する。

 

「あなたはイッセーちゃんの仲間になったんだよね? ……だったら、家に来なさい」

「……へ?」

 

 朱雀は突然の申し出に、困惑したように目を丸くする。

 

「一応私たちは親戚でしょう? 路頭に迷っていて、しかもイッセーちゃんの仲間なら、家族として迎えて当たり前だよ!! ね?」

「ああ、無論だ! その分、俺がもっと働けばよいのだからな!! 家族は多い方が良いに決まっている!!」

「え、な、なにを勝手に進めているのですか!?」

 

 一方的に決まる事柄に、朱雀は困惑する。

 ……まあでも、この二人はホント、こうなったら止まらないからな。

 

「……ま、諦めろよ。父さんも母さんもこうなったら止まらないしさ」

『そーそー、朱雀くん。こういうのは……棚から牡丹餅、っていうのかい?』

「全く違います! ……全く、本当にめちゃくちゃですよ」

 

 朱雀は頭を抑えながら難しい顔をする。

 でもまあ……良い顔をするようにはなったんじゃないか?

 何せ、この後、また晴明と相対しないといけないんだ。

 これくらい気が抜けた方が良い。

 

「それはそうと、父さんと母さんはどうするつもりだよ。これから」

「無論、その安倍晴明とやらに会う」

「ちゃんとお話ししないとね。そこからだよ」

 

 ……ついてくる気満々な父さんと母さん。

 これはエリファさんに物凄い迷惑を掛けるんじゃないか?

 ……後で謝っておくか。

 

「お願いだから無茶はしないでくれよ? 父さんと母さんは完全に一般人なんだからさ」

「それは俺の台詞だ! 全く……親の身にもなれというものだ。お前が傷つけられて、冷静でいられないのだぞ、俺は!!」

「いや、飛び出すのだけは止めてくれよ!? 絶対に俺が守り切って―――」

 

 ―――ガタンッ!!!

 ……俺の台詞を遮り、部屋の扉が勢いよく開かれる。

 そこには息を荒げるアザゼルの姿があり、その表情は酷く焦っていた。

 俺は何事か、と思うと共に……嫌な予感がした。

 アザゼルがこうして焦るほどの状況。

 ……アザゼルは、その予感を的中させるが如く

 

「―――ガルブルトを含める多数の禍の団が妖怪の世界へ進撃を開始した!!!」

 

 ―――京都の決戦が、幕を開けた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。