ハイスクールD×D ~優しいドラゴンと最高の赤龍帝~   作:マッハでゴーだ!

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第7話 決意

 英雄派との衝突から数時間が経過した現在。

 俺の傍には九重とアーシア、黒歌がいた。

 場所は三大勢力が管理する病院であり、俺はその一室の前でただ待っていた。

 ―――英雄派の二大トップの一人、安倍晴明により殺された朱雀。

 より厳密に言えばまだ生きてはいる。

 生きてはいるけど―――ほとんど無理やり生かしているようなものらしい。

 数秒、生命維持装置を外せば一瞬で死に至るほどの傷。

 ……今、室内にいるアザゼルは恐らく晴明の使う妖刀によって、回復が妨げられていると言っていた。

 妖刀。モノによれば激しい呪いの力まであるとされる最悪の刀。

 ……甘かったんだ。

 どうして、こうなる可能性を考えていなかった。

 どうして、朱雀のことをもっと見てやっていなかったんだ。

 ……そんな後悔ばかりが頭の中を巡る。

 

「……ダメだ。どうやっても、自分を責めることしか出来ないっ」

「イッセーさん……」

 

 アーシアは気遣ってか、小さく呟いた俺の手を、両手で覆うように優しく手を握る。

 それでも、負の連鎖から抜け出せない。

 ―――アーシアの治癒でも、黒歌の仙術でもどうにもならなかった。

 回復をしようとしても妖刀による呪いがそれを阻害し、傷を永遠に広げ続ける。

 

「……妖刀・童子切安綱。天下五剣の一つで、名刀ともいわれる代物にゃん。でもね? 昔に造られ、こんな時代まで実在するほど刀や剣には呪いがあるの。しかもとびきり凄まじい。……天下五剣のいずれも妖刀にゃん。数えきれないほどの血を吸って、それが呪いと言われるまで悍ましいものとなったのが天下五剣の正体にゃん」

「……仙術でも、どうにもならないのか?」

「……悪魔にとって聖剣が禁忌なものとするなら、妖刀は人間にとって禁忌なものにゃん。いわば天敵―――朱璃ちんの時とはレベルが違うにゃん。あれとは別物のレベルの呪いなの」

 

 ……黒歌の説明を聞いて、俺は視線を再び下に向ける。

 ―――晴明、どうしてだよ……ッ。

 お前はどうして、たった一人の家族に手をかけたんだよッ!

 朱雀がお前を殺そうとしたからなのか? ……そんなもの、朱雀だってきっと出来るはずがなかったんだ。

 なのにどうして……ッ。

 それほどに、お前の闇は深いものなのか?

 

「どうすれば、良い。今は紙一重で何とか命が繋がっているだけ。……俺に何が出来るんだ」

 

 神器で癒しの力を創ったところで、なんの役にも立たない。

 仙術も基本中の基本の、しかも黒歌の見様見真似なことしか出来ず、今あるモノだって―――

 

「……イッセーさん」

 

 泣きそうなアーシアが俺の顔を抱きしめて、ギュッと力を入れる。

 その時だった―――

 

「―――あった。朱雀を、救える手段が」

 

 アーシアに抱きしめられた瞬間、俺は思い出した。

 ……俺がつい最近、平行世界に言った時に聞いたことを。

 平行世界のアーシアが一度死んで、その後で悪魔となって転生したということを。祐斗が瀕死の状態から転生し、生き延びたことを。

 ―――今はまだ死んでいない。人間にとって有害な妖刀の呪いも、悪魔であればなんとかなるのではないか?

 ……そんな仮定がいくつも思いつく。

 

「……今、俺に出来ることはそれだけ―――でも、それであいつは納得するのか?」

 

 ……助けるためとはいえ、勝手に悪魔にする。

 これは本当に正しいことなのか?

 朱雀の人生をめちゃくちゃにする―――それこそ、曹操たちが言っていたことを俺がすることになる。

 それで本当に……良いのか?

 

「……朱雀を悪魔に転生させたら、朱雀は生き残れるかもしれない」

「イッセー、それは……」

「分かってるッ!! それが本当に正しいのかなんて答えは出ないッ!! ……でも」

 

 何も出来ないまま、朱雀の命が消えたら、あいつは……絶対に後悔する。

 朱雀と接したのは本当に少しだけだ。

 でもそれだけでも分かったことがある。

 ―――朱雀は不器用で、びっくりするほど真面目で、真っ直ぐで、兄思いで、そして……

 

「―――優しかった。あいつは異形の存在と分かっていても、俺を……チビドラゴンズを助けてくれたんだ……ッ!!」

 

 俺が子どもになった時、チビドラゴンズとの大冒険の時に落ち武者と遭遇し、朱雀は俺たちを助けてくれた。

 ……あいつは優しい。

 

「そんな奴を、俺は見殺しになんて出来ないッ! 恨まれてでも良い! 離反されてでも良い!! それでも俺はあいつに……生きて、欲しいんだッ!! じゃなきゃ八坂さんに顔向けも出来ねぇよッ!!」

 

 俺は懐に入っている悪魔の駒をギュッと握り、そう涙声で吐き出すように話した。

 ……もう、時間がない。

 いつ朱雀の息が止まるかも分からない。

 俺は……俺にしか出来ないことをするッ!!

 俺はバッと勢いよく立ち上がり、集中治療中の病室へと無理やり入る。

 そこにはアザゼルとガブリエルさん、更に朱雀の生命維持をする何人かの者がいるだけだった。

 

「……イッセー」

「アザゼル、お前ならもう理解しているだろ? この方法しかない」

 

 アザゼルは俺の手の中の駒を見て、悟ったように俺の名を呼んで頷く。

 

「……確かに、お前の考えている手段のみが土御門朱雀を救う唯一の手段だ。俺たちの技術を以てしても、朱雀の延命を数時間しか伸ばせなかった―――そもそも死んでいたんだよ、こいつは。それを仮死状態にしただけだ」

「……こいつを使えば、朱雀を救える。お願いだ、そこをどういてくれッ!」

「……お前の気持ちは分かる。でもな? お前は王だ。そんな感傷だけで自分の眷属を決めてはならない。今後に関わるんだぞ? 離反されてはぐれになれば、お前の今後に響く―――」

 

 ……分かってる。

 アザゼルはわざと憎まれ役をして、俺を止めようとしているのは。

 それを分かったうえで、俺はアザゼルの胸倉を掴んで睨みつけた。

 

「―――俺は、自分の手の平に覆えるくらいしか、護ることは出来ない。だから、朱雀を救いたいんだ」

「…………」

「アザゼル、お前の言っていることは全部承知の上だ―――恨まれてでも良い。憎まれてでも、俺は朱雀を救いたい。じゃなきゃさ……。朱雀は本当に救われないんだ(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)

 

 俺はアザゼルの胸倉から手を離し、ガブリエルさんを横切って白いベットに横たわる朱雀を見る。

 ほとんど死んでいる。

 きっとあと数分もすれば死に至る。

 包帯で覆った部分からじわじわと血が滲み、それが痛々しくその状態を物語っていた。

 

「……朱雀。先に謝っとく。……ごめんな。今から、俺はお前を勝手に悪魔に転生させる」

 

 ポン、と朱雀の胸元に悪魔の駒を置く。

 駒は『騎士』。

 

「後で幾らでも殴ってでも良い。怒鳴り散らしてくれても良い―――それでも俺はお前に、生きて欲しい」

 

 ……言葉は返ってこない。

 ―――俺は魔法陣を描く。悪魔に転生させるための魔法陣を。

 俺の『騎士』の駒は朱雀の身体の中に浸透するように入っていき、一瞬だけ朱雀の身体が紅く輝く。

 ……俺はその時、朱雀の瞳から涙が零れ落ちるのを見逃さなかった。

 ……口を少しだけ動かしているのを、見逃さなかった。

 本当に掠れた声で、微かにしか聞こえない声で、でも朱雀は確かに―――

 

「イッ……セ……さ、ま」

 

 ―――そう、言葉を漏らしていた。

 ―・・・

「朱雀は一命を取り留めた」

 

 俺が朱雀を転生させてから更に数時間が経過した。

 時刻は既に時計の短針が10時を指しており、空は暗い。

 アーシアと九重には一旦帰ってもらい、俺は黒歌と共に病室から出てきた朱雀の安否をアザゼルから受けて少し安堵した。

 ……悪魔化の影響で、朱雀の中に悪魔として魔力が生まれ、それが呪いの抑止力となった。

 それが呪いの進行を遅め、黒歌によって弱体化した呪いを取り除き、そしてアーシアの神器の治癒で癒したんだ。

 

「……だがまだ目を覚ましてはいない。既に目を覚ましても可笑しくないほどには回復しているはずなんだけどな」

「……理由は分からないのか?」

「残念だが、わからねぇ。―――ただ一つだけ、発覚したことがあるんだ」

 

 アザゼルは病室の扉を開き、中に俺たちを入れる。

 そこには先ほどまでの大きな生命維持装置を取っ払った朱雀が眠っており、その体には点滴が繋がれていた。

 アザゼルは朱雀の元まで近寄り、懐から何やら機械的な装置を取り出して朱雀に近づける。

 ……するとその機械の画面のようなところに何かの紋様が浮かんだ。

 その紋様は何処かドラゴンのような形をしていた。

 

「イッセーが言っていた朱雀に宿る宝剣の神器。この機械は神器の属性と系統を示すものでな。それによれば朱雀のこの神器はドラゴン系の神器であるということが分かった」

「……ドラゴン系の神器」

 

 ……ドラゴンや魔物を神器に封じ込めたものを封印系神器と呼び、更に封印されているのがドラゴンであれば、それはドラゴン系の神器と言われている。

 アザゼルは更に続けた。

 

「しかもこいつは俺でも知らない新しい神器だ。……同じドラゴン系の神器使いなら、その神器に潜ることができるだろ?」

「ああ。前にヴァーリが匙にしたみたいに、神器にドラゴンの力でパスを作り、意識を他者の神器に送ることは可能だ」

 

 ……そこでアザゼルの言いたいことを理解する。

 アザゼルは暗に、朱雀の神器に潜って彼の目を覚まさせろと言っているんだ。

 ティアに教えて貰った龍法陣とドライグ、フェルの力を使えばそれをするのは容易だ。

 

「……アザゼル。俺が朱雀の神器に潜っている間に、夜刀さんを呼んできてくれないか?」

「それは良いが……何故だ?」

「……ほとんど勘に近いんだけど、たぶん夜刀さんはこの場にいた方が良い」

 

 ……そうだな。

 アザゼルには言ってしまっても構わないかもしれない。

 

「―――たぶん、夜刀さんの探しモノが見つかるんだ」

「ッ!? ……なるほどな。そういうことか」

 

 アザゼルは何かを納得したようにその場を後にする。

 それを見計らって、俺は朱雀に龍法陣を描き、籠手とフォースギアを展開して目を瞑る。

 

「黒歌。意識を失っている間、俺を頼む」

「ん。イッセーは、朱雀の方だけ専念しておいて。その間、私に出来ることをしておくにゃん」

 

 傍にいる黒歌はそうピースサインを送ってきて、そして俺は―――意識をまどろみの中へ委ねた。

 ―・・・

 ……………………黒い。

 全てが暗い世界で、俺は浮遊していた。

 朱雀の精神世界とでも言うのだろうか。俺はその中を漂っていた。

 より厳密にいうのならば、朱雀の神器の中へと。

 っていっても神器と魂は繋がっているから、神器というよりかはそれこそ「朱雀の中」で間違いはないと思う。

 

『ふむ。精神世界であれば、俺やフェルウェルも実体化出来るようだな』

『そうですね。主様、私の背にお掴まり下さい』

 

 っと、その真っ暗な空間の空を切るように、美しき白銀の龍であるフェルと、誇らしいほどの紅蓮の鱗で身を覆っているドライグが現れた。

 俺はフェルの翼に手を掛け、そのままフェルの背中に飛び乗る。

 

「ここが……朱雀の深層心理なのか?」

『ああ。基本的俺やフェルウェルのような神器に封印された存在は、このようにその主の深層心理に眠っている。いわば神器と主は”器”であり、ある意味その器に憑依していると言っても良いからな』

 

 憑依、ね。

 ……にしても何もない空間だな。

 

『深層心理とはその時の状態によって光景を変化させるのですよ。深層心理が幸せならば色は鮮やかになり、悲しければ暗い色になる―――真っ黒は何も考えたくない、空虚な想いを指します』

「……空虚」

『懐かしいよ、この光景は。相棒も一時期はこのように真っ黒な深層心理であったからな』

 

 俺はドライグの言葉に少し前のことを思い出していた。

 ……そうだな。あの時は辛かった。

 考えることが多くて、精神が全く安定しなかったくらいだ。

 ―――あの時の辛さは、俺が良く知っている。

 きっと朱雀は今、その中に身を投じているんだ。

 

「大切だと思っていた兄貴が敵で、間違ったことをしている。それでも心のどこかでは求めていたんだろうさ。……昔の晴明を。土御門白虎として接してくれていた、あいつの面影を」

『……相棒。もうそろそろ深層心理の奥底に到着する。ここから先は俺たちは立ち寄れないぞ』

 

 ドライグがそう言うと、深層心理の奥底へと続く橋のようなものが現れる。

 そこは人一人が通れるほどの幅しかなく、俺しか通っていけないということだろう。

 俺はフェルの上から飛び降りて、その橋に足をかける。

 

『……主様。私たちはここでお待ちしております。あなたは()と会ってきてください』

「ああ」

 

 俺はフェルの言葉に頷き、橋を渡っていく。

 途端に俺の後ろには黒い靄が掛かり、俺は完全に一人となって、俺は少し先に見える巨大な塊の方へと歩んでいく。

 ……朱雀の神器と、その能力を初めて見た時、俺はその正体に少し心当たりがあった。

 朱雀は力を使う時にまず、封を解くと言った後に、龍と謳った。

 それを聞いたときにどこかで分かっていたのかもしれない。

 ―――今目の前にいる、鎖に繋がれたドラゴンの存在を。

 

「……目は覚めていますか? ―――最後の三善龍、封印の刻龍(シィール・カーヴィング・ドラゴン)。またの名は、ディンさん……ですよね?」

『―――そうか。君が、彼を救ってくれた者、なのか』

 

 ……声が響く。

 それは目の前のドラゴン。

 ―――夜刀さんがこの京都に来た目的であり、ヴィーヴルさんと夜刀さんに続く最後の三善龍の一角。

 その身に邪龍を封じたことによって命を削り、神器に魂を封印することによって現在に生き残ったドラゴン。

 

『……君の言う通り、僕はディン。……実際にはディールバンって名前だけど、その愛称を知っているってことは―――君は、夜刀くんとヴィーと出会ったのかな?』

 

 ……素直に聡明なドラゴンと思った。

 声音は落ち着いていて、その色は橙色か?

 なんていうんだろう―――優しいそうで、全てを包み込むように暖かなドラゴンだった。

 

「俺の名前は兵藤一誠。現代の赤龍帝で、夜刀さんとヴィーヴルさんとは……家族、みたいな関係です」

『家族、か。……そうか。それは良かった―――ずっと心配だったんだ。泣き虫の夜刀くんと、寂しがり屋のヴィーちゃんを置いていって良いのかなって思ってたから』

 

 ……ディンさんは、とても優しげな声音で安堵した。

 それだけディンさんにとって、夜刀さんとヴィーヴルさんの存在が如何に大切であったかという事が手に取って理解できた。

 ……にしても、夜刀さんを泣き虫か。

 

「そうですね。夜刀さんって結構泣いてますから。俺が沈んでいた時も、死にそうになった時も誰よりも早く泣いてましたから」

『あはは、そっか。でも嬉しいよ。……夜刀くんが涙を流せるほど、大切なんだね、君は。……イッセーくんって呼ばせてもらうよ。君のおかげで僕も真に目覚めることが出来たから』

 

 ディンさんはそう言うと、身体をぐぐっと動かせる。

 そして―――彼に絡まった鎖を、勢いよく吹き飛ばした。

 

『……君がここに来た理由は分かっているさ。君は、彼を目覚めさせたいんだね?』

「話が早くて助かります。……俺には朱雀を起こさないといけないんです。俺は救うためとはいえ、朱雀の了承も得ずに彼を悪魔に転生させてしまった―――責任を取らないといけないんです」

『……そうだね。君が何もしなければ朱雀くんは死んでいたよ。そして僕はまた完全に眠りにつくところだった。難しいよね、救ったのに救えた気分になれない心境は』

 

 ディンさんは俺に同意するようにそう言葉を投げかける。

 

『―――なら、僕も一緒に背負おう。君が自身の選択を負っているなら、僕も君と共に朱雀くんを真に救ってみせよう』

「で、ディンさん?」

 

 ディンさんはそう言い切って、俺を翼で覆い包んで自身の背中に乗せる。

 そして今までいたところより深い奥まで飛び出した。

 

『君を見ていると夜刀くんを見ているようなんだよね。君、意外と放っておけないタイプだよ』

「そ、そんなことを言われたのは初めてです」

『はは、そりゃそうさ。君、夜刀くんのことは凄く頼りになるだろ? 夜刀くんって普通のヒトから見たら頼りになる良いお兄さんって感じなんだけどね~―――すごく、一人で抱え込むんだ。大概のことは何とかするんだけどね? ……彼の悪い癖は、限界が来てもお構いなしに更に抱え込む。潰れそうになっても抱え込む。これってすごいことなんだけどさ。……すごく、寂しいことなんだよ』

 

 ……自分に言われているようだった。

 少し前の俺って、他人から見たらそんな感じだったんだろうか?

 ディンさんは更に続けた。

 

『だから僕は放っておかない。そんな良い奴が潰れるなんて許さない―――まあそれで限界を迎えたのは僕の方だったんだけどね?』

「……夜刀さんは、ディンさんを探しています」

『……うん。すごく光栄なことだ―――夜刀くんは僕の永遠の親友さ。だからこそ、彼が大切にしている君を僕は助けてあげたい』

 

 ……ディンさんは屈託もなく、嘘偽りを一切吐かないほどに真っ直ぐにそう言い切る。

 気持ちいいほどはっきりとした言葉だ。

 ……ディンさんにとって、言葉とはただ気持ちを全てぶつけるものなんだろう。

 それだからか、ディンさんの言葉は不思議なほどに俺の中に残った。

 

「……朱雀は今、空虚のどん底にいるはずです。何をしたら良いか分からなくて、もう目を覚ましたくない状態なんだと思います―――お願いします、俺と一緒に、あいつをどん底から引きあげてくださいッ!!」

『―――よし、任された! じゃあまずは彼との対話からだね』

 

 ディンさんは更に速度を上げ、恐らく本当の深奥と思われる場所に到達する。

 ……周りには何もない。

 何もない空間に一人だけ、そこにポツンと朱雀が座っていた。

 こちらには見向きもせず、ただ何かを呟いていた。

 

「―――どうして、なのです。兄さん、どうしてあなたが、そんなところにいるのです……? どうして、私に刃を向けるのです……? 分からない。……分からないッ! あんなに優しかった兄さんが、どうして私をッ!!」

 

 次第に声音が荒くなる朱雀。

 

『僕は彼の中で意識だけ微かにあったんだ。だから知っている―――土御門白虎のあれは、もう豹変と言っても良いほどだ。別人と思ったよ。まさか自らの手で朱雀君を殺すとは思ってもいなかった』

「土御門白虎のことは俺も人伝ですが聞きました。正しさの鏡のような人だって。……実際に俺もあいつと会話をしたことがあります。だからこそ、最初は信じられなかった」

 

 朱雀を殺すなんて。

 その安易な考えが今の状況を作り出しているんだけどさ。

 

『……朱雀くんは、いずれ目を覚ます。だけど彼が時間を掛けて目覚めた場合、彼の心は壊れている。だから癒すなら今しかない。じゃないと彼はきっと……』

 

 ディンさんはそれ以上は言わないけど、何が言いたいかは察することが出来た。

 ―――目覚めても、朱雀はまた同じことを繰り返す。

 壊れたまま晴明へと挑み、そのまま……恐らくまた殺される。

 自分が何をしたいかも分からないまま。

 ……もう次はないんだ。

 同じ救い方はもうできない。

 

「―――あぁ、くっそ。なんでこんなウダウダ考えているんだよ」

 

 ―――ずっと考えて、考えて。

 でも思った。……俺はいつだって、救いたいときは救い方なんて考えてこなかった。

 ただぶつかって、相手を救いたいと思っているだけだった。

 アーシアの時も、リアスの時も、朱乃の時も、祐斗の時も、小猫ちゃんや黒歌の時も……どんな相手の時でも、まずはぶつかってきたじゃないか。

 今、それが出来ないのはきっと後ろめたさがあるからだ。

 ―――自分が傷つきたくないから、ウダウダ考え込んでいる。

 

「そんなんじゃ、朱雀を救えるわけないじゃないか。ったく、自分が情けない」

『……はは。まさか自分で答えを出すなんて。なんだ、君は分かっているんじゃないか―――行ってくれ。大丈夫! 骨は拾うから!!』

「拾わせる骨なんてありませんよ。だって……絶対に、助けてみせるんですから」

 

 俺はディンさんを横切り、そのまま座り込む朱雀の後ろに立つ。

 未だに朱雀はぶつぶつと呟いており、俺はそんな朱雀の肩を掴み、無理やり立たせて俺の方を向かせた。

 

「―――目ぇ覚ませっ!! 朱雀!!!」

 

 ―――凄まじい勢いで、ヘッドバッドをお見舞いするっ!!

 ゴツンッ!!! っという音がその空間に響き渡り、俺と朱雀はその勢いとあまり互いに尻餅をついた。

 

「~~~っっ!! いってぇな、おい―――んで、朱雀。目は覚めたか?」

 

 俺は額に広がる痛みに耐えながら朱雀にそう問いかける。

 俺の視線の先には先ほどとは違い、虚ろな瞳ではなく、光の灯った朱雀の姿があった。

 目を見開いて、俺の方を真っ直ぐ見ている。

 

「い、イッセー……様?」

「おう、俺だ」

 

 朱雀は未だに現在の状況を分かっていないようだ。

 今は涙目で俺を見て驚いている。

 

「ど、どうしてここにいるのですか? っていうか、ここは一体……」

「なるほど、さっきまでずっと無意識だったのか」

 

 ……先程までの朱雀は意識はなく、ただ自身の本音を無意識に言っていたんだろう。

 そう言う意味では今の朱雀は目を覚ましたと言える。

 

「無意識? 一体何を……。私は―――ッ!!?」

「……思い出したようだな」

 

 朱雀は思い出したように再び目を見開き、顔が青ざめる。

 ……自分の最後を、思い出したんだろう。

 

「そうだ……。私は兄さんと戦って、全く歯が立たなくて、そして―――殺された」

「その通りだ。お前は晴明と戦い、そしてその結果負けた。……お前は死んで、そして生き返ったんだ」

 

 朱雀は次々に記憶を取り戻したかのように頭を抱え、地面に膝をつける。

 

「い、生き返った? どういう、ことですか? 私は……死んだのではないですか?」

「ああ、死んでいたよ。お前はアーシアの治療でも、黒歌の仙術でも、俺の神器でも息を吹き返さなかった。なんとか少しだけ命を一皮繋げることだけで精一杯だった―――人間であるお前は、妖刀の呪いに抗えなかった」

「ならば、何故私は生きているのです!?」

「―――人間じゃ、なくなったからだ」

 

 俺は、包み隠すことなく朱雀にそう言い放った。

 

「俺は、お前を悪魔に転生させた。悪魔の身体なら呪いに耐えることが出来て、耐えている間に呪いを取り除くことでお前は一命を取り留めた―――お前のことを何も考えず、俺が勝手にやったんだ」

「……そうだったんですか。あの時、一瞬見えたイッセー様の表情は、言葉は……そういうこと、だったんですか」

 

 ……朱雀を転生するときに一瞬聞こえた、俺の名を呼ぶ声。

 あの時、朱雀は一瞬だけ意識を取り戻していたんだろう。

 そのことを朱雀は思い出して、ポツリと言葉を漏らした。

 

「……イッセー様は、私を救うために……その選択を、したのですか?」

「……どんな言い訳をしても、俺はお前を自分の下僕にしたんだ。お前は、俺に怒る権利がある―――どんなことでも、俺は受け入れる」

「…………」

 

 俺は朱雀を真っ直ぐ見て、目を晒すことなくそう言い切った。

 

「……私は、命を救われた側です。そんな私が、どうして怒らないといけないのですか?」

「…………」

 

 返ってきたのは取り繕った笑顔と、模範解答というべき答えだった。

 ……それが本心ではないというのはすぐにわかった。

 朱雀は、心を閉ざしている。

 ―――勘違いしようとしているんだ。

 自分の中ではもう落ち着いていると思おうとして、心配を掛けたくないがために嘘をつく。

 自分は大丈夫だと心に刻んで、全然大丈夫じゃないのに大丈夫と思い込む。

 ……ダメなんだ、朱雀。

 それでは駄目だ(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)

 

「……ありがとうございます、イッセー様。もしかしたら、これは運命だったのかもしれません。家を失くし、目的のなかった私に降りてきた天命なのかもしれません―――赤龍帝の眷属。素晴らしい看板ではありませんか。私は誠心誠意、あなたの下僕としてあなたに仕えて」

「―――違うだろ、朱雀」

 

 ……朱雀は張り付いたような薄っぺらい言葉を、俺は止める。

 

「なんだよ、それ。何でそんな話になっているんだよ……っ!」

「そんな、話? 私は悪魔になったことを受け入れています。だからそのことを……」

「―――逃げるなよ、自分の死からッ!!」

 

 ……朱雀の顔は、凍てつく。

 

「お前は、どうして目の前の現実から逃げようとしているんだよ……。お前は晴明に、兄に殺されたんだぞ? なら復讐なり何かあるだろ!? それなのにお前は運命やら、天命やらを口にした―――何故だ? 何故お前はそんなに平然とした顔が出来る……ッ!!」

「…………ッッ」

 

 朱雀は俺の言葉を聞き、表情を歪ませて俺に背を向け、逃げようとした。

 ……俺はその手を掴み、自分の方に引き寄せた。

 

「……なんで、涙を見せない。どうして逃げようとするんだ―――弱さを、隠そうとするんだ?」

 

 朱雀の肩は震えている。

 それでも朱雀は俺に顔を見せようとしなかった。

 ……ただ流れるのは楽だ。何も考えず、何も起こさず、ただ目の前のことだけをこなすのは誰にだって出来る。

 ―――でもそれは本当に、生きていることなのか?

 ……そう気付かせてくれたのはミリーシェだった。

 俺の止まっていた時間を再び動かしてくれたのは彼女だった。

 知っているんだ、俺は朱雀の気持ちを。

 だからこそ、俺は朱雀に言わなくちゃいけない。

 

「―――弱さを受け入れなきゃ、強くなんてなれないんだ。前を見ることも出来ない。……辛いんだよ、それって……ッ! お前に、そんな辛いものを背負わせたくないんだ!」

 

 俺はかつて、ミリーシェに言われた言葉を朱雀にぶつける。

 

「俺は、お前に生きて欲しい。そのために転生させたんだッ! なのに、お前はまだ死んでいるんだよ(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)ッ!!」

「……止めて、ください……ッ!!」

 

 そこでようやく聞こえる朱雀の声。

 震えて、今にも泣きだしそうな声だった。

 

「……流れるまま生きるのは、生きているって言わないんだ―――ただ生かされている。そんなもの、生きているとは言わないんだ」

「どうして、止めてくれないんですかッ!!!」

 

 ……朱雀は、振り返って怒声を浴びせるようにそう俺にぶつけた。

 ―――ひどい顔だった。涙でぐしゃぐしゃで、鼻水もだらしなく垂れていて、髪もくしゃくしゃ。

 でもそれは……何よりも生きている証だった。

 さっきまでの取り繕った笑顔ではなく、悲しみに埋もれた表情だった。

 

「やっと、こっちを向いたな」

「……あなたは、ひどいですっ。どうして、分かっている癖に現実を突きつけてくるのですか……っ」

 

 朱雀は取り繕うことなく、本心を漏らし始める。

 ……俺は朱雀の頭に手の平を乗せ、その言葉を受け止める。

 

「……私は、兄さんが怖いんですっ! 優しかった兄さんはもういないって頭で理解しても、私はそんなことはないと思ってしまうっ!! 土御門を滅ぼして、兄さんは私まで殺したんです!! ……私は、何をどうして生きていけば良いか……わからないっ」

「……ああ」

 

 朱雀は長い髪を揺らし、コツンと額を俺の胸に預けてくる。

 

「どうして、あなたは私を助けたんですか……? 死んでいれば、私はこんな思いをしないで済んだのに……」

 

 朱雀は小さな声で、心からの叫びのようにそう呟いた。

 ……ここだ。

 朱雀に俺の気持ちを、本当のことを伝えるのは今しかないと思った。

 だから……言い放った。

 

「―――死んだら、きっと朱雀は後悔すると思ったから」

 

 頭を撫で、優しく俺は朱雀の耳元で呟く。

 

「土御門を変えようとして、兄の居場所を作ろうとして、頑張って、頑張って―――それでその兄に殺された。そんなの、救われない。全く幸せでもないのに死んでも、絶対に成仏できないし、何よりさ」

「……?」

「―――自分で変えろって言ったくせに、自分で壊して朱雀を殺すような馬鹿な兄貴を、一発ぶん殴らなきゃ気が済まねぇだろ?」

 

 ……朱雀はその一言で、ハッと顔をあげた。

 ―――そっか、そんな感情も理解できないほどに朱雀は追い詰められていたのか。

 

「ぶん殴る……」

「そうだ。良いか? お前と晴明はどう足掻こうが家族だ。あいつがどんな道を歩んできたのかは知らないけど、それでもあいつのやっていることは間違いだ。少なくともお前を殺すなんて所業、許せない」

 

 俺は朱雀の頭から手を離し、二カッと笑った。

 

「だからまずあいつを一発ぶん殴れ! その後、あいつをどうしようかを考えてみろ。……家族が道を誤った時、止められるのは家族だけだ。家族はさ? ぶつかり合ってでも間違いは止めないといけない。その先のことを決めるのは朱雀だけど、俺はそう思う」

「…………」

 

 全部受け売りだけどさ。

 ……朱雀は拳を握り、じっと握った拳を見つめた。

 

「……全く、めちゃくちゃですよ。イッセー様は」

「ああ、自覚しているよ。でもぶつかってでも止めるって決めた―――だって、お前も俺の家族だから」

 

 俺は朱雀の前に拳を突き出し、そう断言した。

 ……俺にとって、眷属は家族だ。

 さっきも言った通り、家族には嘘偽りなくぶつかり合うって決めている。

 だから、まぁそうだな。

 

「だから絶対お前を離さない! 絶対にはぐれになんてさせないからな! それぐらい、俺っていう居場所が大切なものにしてやる!! ……約束だ」

「……本当に、めちゃくちゃですよ―――居場所を、ありがとうございます」

 

 朱雀は笑顔でそう言って、そして……朱雀は消える。

 辺りには色が生まれ、その色は鮮やかな橙色となった。

 

『……ははは! すごいね、イッセーくん。君の言葉はなんていうか……すごく大丈夫って思ってしまうよ』

「それがウリですから!」

 

 ディンさんは軽快な口調でそう言うと、再び俺を背中に乗せる。

 

『朱雀くんは目覚めたよ。ここから彼が消えたのがその証拠さ』

「そうですか」

『……ああ、そうそう―――今後とも、よろしくね。君とは長い仲になりそうだからね。一応、僕も家族ってことになるのかな?』

「―――当たり前でしょ?」

『はは、そう言うと思った。……うん、君になら僕と朱雀くんを預けても良いかな?』

 

 ディンさんは強く頷いて、明るくなった空間を飛び交う。

 次第に俺を待つドライグとフェルの姿が視界に移り、ディンさんはそこで俺を下した。

 

『僕が送れるのはここまでさ。イッセー君、僕の相棒をよろしく頼むよ』

「ああ―――そうだ、ディンさん」

 

 俺は思い出したようにディンさんの名前を呼ぶ。

 

「外に貴方の大切なヒトがいるから、泣かせてやってほしいんです。それはもう、号泣クラスで!」

『……そうだね。じゃあ、お言葉に甘えて思いっきり泣かせてあげるよ!』

 

 ディンさんは俺の言っていることを理解したのか、楽しそうな声で頷いた。

 ……俺はドライグとフェルの元に行く。

 

『まぁ心配はしていなかったが、上手く言ったようだな。相棒』

『あら、何を言っているんですか? 主様の心配をしてハラハラしていたではありませんか』

『そ、そんなない! 俺は息子を信用しているからな!!』

「……ドライグ」

 

 俺は呆れるように彼の名前を呼び、すっとドライグの背に乗った。

 ……んじゃ、俺も帰りますか。

 

「タクシー、俺を現実まで帰してくれるか?」

『はは、愚問さ―――さぁ、行こう』

『ええ』

 

 そうして俺たちは、現実に戻って行った。

 ―・・・

 目を覚まし、病室の時計を見る。

 既に最後に時計を見てから一時間程度経っており、俺はすぐに朱雀の眠るベッドを見た。

 ……そこには目を覚まし、安らかな表情で俺の顔を見る朱雀がいた。

 

「もう少し、眠っていてもよろしかったのですよ?」

「病人より寝過ごすって駄目だろ。ってか今の仕草、完璧に女なんだけど?」

「そう、それです! そんなに私は女性に見えるのでしょうか? 確かに髪は長いですし、声も普通の男性に比べれば高いですが……それをあのシリアスな状況で普通言いますか?」

 

 そんな風に怒る割には、少し嬉しそうな朱雀だった。

 ……お前、そんな風にも笑えるんだ。

 俺は不意にそう思った。そういう意味では、もしかしたら心を開いてくれたのかもな。

 

『おっと、僕の存在を忘れて貰っては困るな?』

「そうにゃん! イッセーの寝こみを襲わないように我慢していた私にもっと構うべきにゃん!!」

 

 っと、そこでディンさんと黒歌の声が響く。

 ディンさんは宝剣として布団の傍に立て掛けられており、話すときは宝剣の鍔部分の大きな宝玉が点滅していた。

 

「朱雀、ディンさんのことはもう知っているのか?」

「ええ。イッセー様が起きる前に少しお話させていただきました。まさか三善龍の一角とは思いもしませんでしたが……」

『はは。これでも凄いんだよ? もっと敬いたまえ、若人よ!』

 

 ディンさんは気さくに俺たちにそう話しかける。

 俺は黒歌を宥めつつ、朱雀たちを見る。

 ……そうだな。やっぱり改めて挨拶は必要だよな。

 

「改めて、俺は兵藤一誠。上級悪魔、リアス・グレモリーの兵士で、そんで赤龍帝眷属の王だ」

「私は赤龍帝眷属の僧侶、黒歌にゃん♪ あ、イッセーのことラブだからそこのところよろしくねぇ~」

 

 まず俺たちが先陣を切ってそう言うと、朱雀はクスリと笑い、一息をつく。

 そして

 

「―――私は土御門朱雀。この度、イッセー様の騎士となりました。今後とも、よろしくお願いします!」

『僕はディン。朱雀くんの相棒で、この宝剣の神器に眠っている三善龍の一匹さ!』

 

 ―――こうして、俺の眷属に新たな仲間が出来た。

 きっかけは何とも言えないけど、さ。

 

『……それにしても僕の泣かすヒトはいつ来るんだい? イッセーくん』

「一応、そろそろのはずなんですけ―――」

 

 俺が最後まで言い切ることなく、突如病室の扉が勢いよく開かれる。

 

「い、イッセー殿!! 拙者に用とは何事でござるか!? 拙者に出来ることなら何でもする所存でござるが!!」

「や、夜刀さん、落ち着いて!」

 

 凄まじい形相で近づいてくる夜刀さん。

 ……もしかして俺が英雄派と一戦やったって聞いて、すっ飛んで来たのかな?

 夜刀さんが俺のすぐ傍に来た瞬間であった。

 

『―――全く。夜刀くんはぜんっぜん変わっていないな~。相変わらず騒がしいよね~~~』

「さ、騒がしいとは失礼でござるぞ、ディン殿! そもそもディン殿がいつも拙者を心配させるからであって―――」

 

 ……夜刀さんがそうツッコんだ時であった。

 夜刀さんは、その声に気付いたのか話を止める。

 

「せ、拙者おかしくなったのでござるか? それとも夢でも見ているのでござるか? い、イッセー殿! 拙者の頬を思い切り切り刻んでほしいでござ」

『切り刻むってところが慌ててる証拠だよね。全く……僕の声を忘れたのかい? 親友の僕の声をさ~』

 

 夜刀さんは、再度声を失う。

 その目をその声の方向に向けた。

 そこでようやく認識する。

 

「―――で、ディン殿?」

『あはは、ようやく気付いた! そうさ。僕はディン―――本当に、久しぶりだね。元気にしていたかい?』

「で、ディン殿……ッ」

 

 ……夜刀さんは膝の力が抜けたのか、地に膝をつける。

 ―――その瞳には、涙が溜まっていた。

 

『僕をずっと探してくれていたんだって? 嬉しいよ、夜刀くん。こうしてまた君と話が出来て……僕は本当に、れしい。ありがとう、ずっと君のままでいてくれて―――本当に、ありがとう……っ』

「いいで、ござるよ……っ。善を通す、ことは……拙者の、特技でござるからな……ッ!!」

『あはは、ホント泣き虫だよね。夜刀くん』

「それは、こっちの台詞でござるよ……っ!!」

 

 ……声だけでも分かるほどディンさんもまた泣いており、夜刀さんに至ってはディンさんの宣言通り号泣だ。

 ……ガタン。

 すると病室の開けっ放しの扉の向こうから音が聞こえ、そこには小さな影があった。

 ……銀色の髪。クリスタルのように綺麗すぎる瞳が印象的な、妖艶で綺麗すぎる人形のような姿。

 フリフリとしたドレスがより一層幻想的に見える少女。

 そんな人物が病室の前に、呆然としながら立ち呆けていた。

 そんな人物は俺の中には心当たりは一人しかいない。

 ……ヴィーヴルさんが、そこにいた。

 

「で、ディン……くん?」

『……やぁ。お久しぶりだね、ヴィー。相変わらず小っちゃくて可愛いよ』

 

 ……先ほどよりも感極まった涙声だった。

 そうか……ディンさんとヴィーヴルさんは、生前はとても親しい仲だったからか。

 この際、何故ヴィーヴルさんがこの場にいることは考えない。

 ただ、いまは―――

 

「おか、えり……っ。ディンくん!」

『……全く、ズルいよね。ヴィーは―――僕まで泣いちゃいそうだよ』

「もう手遅れでござるよ……っ!」

 

 ……この綺麗な光景を、ずっと見ていない。

 そんな気持ちが俺の心を占めていた。

 ―――そんな綺麗な光景から現実に戻すように、俺は気配を再び病室前に感じる。

 

「……アザゼル」

「すまんな、イッセー。良い所ってのは十分理解できるんだけどよ―――お前の家族が到着だ」

 

 ……アザゼルが再び病室に入り、道を開ける。

 そこから現れたのは……父さんと母さんだった。

 

「い、イッセーちぁぁぁぁん!! けけけけけけけ、怪我はない!?」

「おおおおおお、落ち着けまどか! 見ろ、五体満足だろ!?」

 

 ……ほんっと、この雰囲気ぶち壊すなよこの野郎。

 俺は即座にツッコミたくなったが、父さんと母さんがこの場に到着したことに一先ず安堵した。

 ……待てよ。

 父さんと母さんには護衛がいたはずだ。

 それもサーゼクス様が直接つけたほどの信頼できる護衛が。

 

「母さん、父さん。二人の護衛は一体」

 

 俺が二人にそう問い詰めようとした時だった。

 ……病室に響く、涼しげな声。

 その声は俺の大切な声そのもので、その姿は本当に生き写しなほどにあいつに似ていた。

 別人と分かっていても、なお。

 

「―――エリファ・ベルフェゴール。私ですよ、兵藤一誠?」

 

 ―――そこには、エリファ・ベルフェゴールがいた。

 その周りに控える二人の少女。

 クノイチの姿をした、確かエリファさんの騎士の霞ちゃんと、恐らく彼女の女王。

 心なしかエリファさんに似ている気がするが……

 

「お話は既に存じております。それを踏まえて―――私たち、ベルフェゴール眷属は貴方たちの傘下に入り、禍の団と戦うことを宣言いたします。どうか私たちを導いてください。赤龍帝眷属の王、兵藤一誠?」

「……ええ。不肖ではありますが、救援を感謝します。……エリファ・ベルフェゴール殿」

 

 ……この時、俺はこう思った。

 心なしか、近づいている。

 ガルブルト、英雄派、メルティ……それの影で動いている何者か。

 きっと、もうすぐ始まるんだろう。

 そいつらとの―――決戦が。




オリキャラ:初登場

三善龍・ディン→初登場:名前だけ。5章7話
三善龍・ヴィーヴル→初登場:7章9話

エリファ・ベルフェゴール→初登場:6章6話
エリファの『騎士』 霞→初登場:7章5話    



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