ハイスクールD×D ~優しいドラゴンと最高の赤龍帝~   作:マッハでゴーだ!

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第6話 英雄との開戦

「……んだ、この茶番はよぉ」

 

 ムカつくほどにド正論を一番狂っている人物が吐くのが何とも皮肉なもんだよな。

 先程までのシリアスが一転、その場にいる全員で総ツッコミをしたものの、現状は何も変わってはいなかった。

 俺たちの前にはガルブルト・マモンと英雄派の面々。

 正直にいえば、今ここで戦争を始めると言われても不思議ではなかった。

 それほどに状況は最悪であり、俺も冷静さを保っているように見られているかもしれないけど、内心ではかなり焦っている。

 ……ガルブルトに英雄派を相手にするには、今の面子では難しい。

 

「おい、てめぇら人間は黙ってババアの乳でも吸ってろ。ここは俺様の戦場だ」

「いやはや、ガルブルト殿。この場において邪魔な存在は貴方ですよ」

 

 曹操はそんなガルブルトに対して不敵な笑みを見せて、人差し指をガルブルトに向ける。

 

「我々、英雄派の総意により、あなたにはこの場から強制退場をしてもらう」

「はっ! んなもん知るかぁ!!!」

 

 ガルブルトは魔力を放出して、俺たちではなく英雄派の方にプレッシャーとして放った。

 しかし曹操の余裕の笑みは未だに消えず、パチンと指を鳴らす。

 ……その瞬間、ガルブルトの周りに霧が生まれた。

 

「これは―――神滅具かッ!!」

「左様で。これからあなたにはある空間に飛んでもらいましょう。それではまた」

 

 霧に包まれ、次の瞬間にガルブルトはその場から消失する。

 霧、転移……なるほど。俺はそこでその力の正体にたどり着いた。

 ディオドラがアーシアを攫った時、アーシアを拘束していた結界装置。

 あれはこの霧から生まれた力―――絶霧(ディメンション・ロスト)によって。

 上位神滅具の一つであり、その力単体で国一つを消すことが出来るほどの力を持つもの。

 

「あらかじめ用意していた別空間にガルブルトを強制転移したってわけか―――どういうつもりだ、曹操」

「どうもこうもないさ。最初に言っただろう? 君は俺の標的だ。彼は邪魔だったのさ」

 

 曹操は淡々とそう言って、すっと手を広げてなにかを掴む動作をする。

 そして……小さく、呟く。

 

「さぁ、黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)。俺たちの好敵手が目の前にいるぞ」

 

 ……曹操の手に自然と一本の大きな槍が現れる。

 不気味なオーラと共に、今までにないほどの、身を焦がす雰囲気。

 槍の神器、悪魔の身を焦がす不気味なオーラ―――ったく、なんだってあれほどの凶悪なものが向こうに揃っているんだよ。

 ―――イエスを貫いた伝説の聖槍。聖書の神の意志が宿ると言われている神滅具最強の神器。

 神をも容易に屠ることの出来る神滅具の代名詞と言われる神滅具。

 

「少しばかり予想外なことで空気があれだが、こちらは準備は万端だ。なぁ、晴明」

「ふん。……問題があるはずもないだろう」

 

 曹操が気さくに晴明に話しかけるも、晴明はそれをぶっきらぼうに返す。

 その対応に曹操は軽く肩を竦めるが、すぐに仕切り直しというように聖槍を振り切る。

 ぞくッ……たったそれだけの所作でこちらの背筋が凍る。

 槍の力なのか、はたまた曹操の実力なのかはいざ知らずだけど、一つだけ言えることがあるならば……

 

「―――皆、足を竦めるな」

 

 ……他の面子が、個人差はあれど足を竦めていることだ。

 

「ここから先は俺の指示で動いてくれ。敵は不確定な力を持つ禍の団、英雄派の面々。リーダーは前に立つ聖槍を持つ曹操と、朱雀の兄である安倍晴明だ」

 

 俺はそこで籠手とフォースギアを展開し、いち早く交戦意識を皆に見せる。

 

「敵は確かに神滅具を持つ人間だ。一騎当千と言われても不思議ではない―――だけど俺たちは今まで何を相手にしてきた? 不死鳥、伝説の堕天使、そして……神だ。そいつらと戦って、俺たちは勝ち残ってきただろ?」

「……僕は、イッセー君を信じる」

 

 ……すると祐斗はそっと聖魔剣エールカリバーを創り出して俺の隣に立つ。

 覚悟を決めた目だ。

 祐斗は俺の方を見て、ほんの少し微笑んで英雄派を見つめた。

 

「この剣は仲間を護るための剣。僕は仲間を護る剣になると決めた―――それが僕の誓いと願いの剣だ」

「……勇敢な目ですね。晴明、曹操。彼は僕が相手をしよう」

 

 すると曹操と晴明の後ろから現れる、晴明と同様に白い制服を着た白髪の男。

 腰に何本も剣を帯剣しており、恐らくそれら全ては魔剣か聖剣の類だ。

 白髪と聖剣で俺は不意にフリードを思い出したが、もしかしたらあいつも元教会側の人間なのかもな。

 

「初めまして、赤龍帝及びその他の皆さま。僕の名はジークフリート。英雄シグルドの末裔で、派閥としては英雄派の晴明派に属している。以後、お見知りおきを」

「……なんてことだ。まさか、あなたが禍の団に所蔵しているなんてな」

 

 ……ジークフリートが自己紹介をすると同時に、その姿に見覚えがあるのか、ゼノヴィアとイリナが声を荒げる。

 

「知っているのか?」

「知っているもなにも、彼は教会ではトップクラスの戦士だった男さ。腰に帯剣された複数の剣は魔剣。それを扱い幾多もの異端を屠ってきたところから付けられたあだ名が―――魔帝(カオスエッジ)ジーク」

「嫌に教会っぽくないあだ名だな」

 

 俺がそんな嫌味のような言葉を言うと、ジークフリートは苦笑いをするように笑い、俺に声を掛けてきた。

 

「そこを突かれるのは痛いな。自分でも思っているさ。何とも矛盾したあだ名ってね。僕は生まれる種族を間違えたのかな? まあそんなことはどうでも良いか―――さぁ、木場祐斗くん。僕は対等以上の剣戟を望む。君は僕の期待に応えてくれるかな?」

「……そうだね。僕の仲間を傷つけるというなら―――確実に、殺ろう」

 

 祐斗から発せられる剣のような殺気がジークフリートに発せられる。

 

「祐斗、あいつは恐らくお前でしか相手取れない。負担を掛けるのは分かっているけど……頼んだぞ!」

「……ッ! ふふ、イッセー君に頼られたら―――力が何倍にも! 膨れ上がるようだよ!!」

 

 ……すると祐斗は俺の視界から消え、次の瞬間にはジークフリートに切りかかっていた。

 奴は紙一重にその剣を避けたように見えたが、よく見ると奴の頬は軽く切り傷が生まれており、ジークフリートはその切り傷を手でなぞり、歪んだ笑みを見せた。

 

「ははは! いいね、木場祐斗君!! これが僕の望んでいた剣戟だよ!!」

 

 それはジークフリートが祐斗と同格と認めたのか、はたまたライバル認定をしたかのような言葉だった。

 ……神速で戦いを繰り広げる二人を横目に、更に目の前には他の英雄派が現れる。

 

「ジークの剣馬鹿には相変わらず困ったものだよ」

「全くね。普段はスマートな癖に、いざ戦いになると一番のバトルジャンキーなんだから」

「全くです♪ 本当、ジークお兄ちゃんは仕方のない人ですから♪」

 

 曹操が肩を竦める中、次に現れるのは黒い制服に身を包んだ金色の長髪の女性と、白い制服を着る若草色の髪の毛をツインテールのように結った、年齢がかなり若そうな女の子。

 

「私はジャンヌ。ジャンヌ・ダルクの魂を引き継いだ者よ。私の相手をしてくれるのは誰かな~?」

「僕の名前はクー! クー・フーリンの魂を受け継ぐ女の子なのだ♪ さてさて~、クーを可愛がってくれる子はどのお兄ちゃんかな~?」

 

 ……ジャンヌ・ダルクにクー・フーリンか。

 どちらも伝説の英雄だ。

 どうする? 奴らの力は本当に未知数だ。先ほどのジークフリートのような事前情報はない。

 俺はふとを隣を見ると、そこにはイリナとゼノヴィアのコンビが互いに剣を持って交戦の準備をして立っていた。

 

「あのジャンヌとかいう女からは聖なるオーラを感じる。ここは私が引き受けよう」

「私もよ! なんていうか、あのクーとかいう女の子、あざとすぎて同性から見て何かムカつく!!」

「お、おいイリナ! そんな安直な理由で!?」

「そうよ! ―――それに何か、あの子から私と似たような力を感じるの」

 

 イリナは先ほどまでの表情とは裏腹に、スッとした目でクーを見つめる。

 当のクーは未だに不敵に笑みを見せて、ブリブリな反応を見せているが……

 

「ん~、僕はそこのお兄ちゃんドラゴンが欲しかったけど~~~……まぁいっか。それにそこの天使ちゃん、僕とキャラ被っててなんか癪だし」

「なぬ!? 私はそんなにあざとくないわよ!!」

「きゃははは! 自覚症状ないのが一番厄介なんだよ、お姉ちゃん!!」

 

 イリナとクーはそんな言い合いをしながら戦闘へと発展していく。

 ……ゼノヴィアも同様で、ジャンヌと睨みあいながら、動きを窺っていた。

 

「……洗練、されているな。貴様、一体これまでどんな環境にいた?」

「ん~? へぇ……初見でそれを見破るなんて、やるじゃない♪ そうねぇ……一重に―――地獄、かしら?」

 

 ……次の瞬間、ゼノヴィアはその場から飛び立ち、空中から祐斗に用意してもらっていた聖剣による斬撃波を放った。

 ジャンヌと名乗る女はその威力を確かめるように剣のようなものを手元に出現させ、ゼノヴィアの聖なる斬撃波を受け止める。

 ……デュランダルではないにしろ、ゼノヴィアの聖なるオーラは絶大だ。

 それを真っ向から受け止めるなんて、信じられない!

 

「ふむ……良質な聖なるオーラね。なるほど、あなたがデュランダル使い。まあ今持っている剣は贋作のようだけどね」

「……本調子ではないにしろ、私の全力を余裕で受け止める力。そしてその剣―――貴様も聖剣使いか」

 

 ゼノヴィアは聖剣の剣先をジャンヌに向け、鋭い眼光で奴にそう問いかけた。

 それに対しジャンヌは言葉を紡ぐことはせず、次の瞬間―――自身の周りに幾重もの聖剣の束を創り出した。

 

「―――ご察しの通り、私は聖剣使い。いえ、正確には聖剣を創る(・ ・)。……聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)を宿しているの」

「……木場の持つ魔剣創造の聖剣バージョンか」

「まあ彼は聖剣創造の方まで扱えるそうだけど……まあそんなことどうでも良いわ。聖剣使いは聖剣使い同士で戦いましょうか?」

 

 ジャンヌは地面に突き刺さる聖剣を空中に浮遊させ、更に自身も二振りの聖剣を握って一斉に剣を掃射する。

 それに対しゼノヴィアは先に動いていた。

 ―――勘違いされがちだが、ゼノヴィアは速い。

 いつもパワーパワー言っているせいで脳筋扱いされているが、ゼノヴィアだって歴とした騎士の駒を宿すナイトだ。

 テクニックに欠けてはいるが、それを補うための爆発力は祐斗のそれに比べても圧倒的であり、瞬間的速度なら祐斗すらも凌駕する。

 まあ祐斗の場合は初速からの速度をずっと維持し続ける上に、更に加速するから厄介なんだけどな。

 ……ともかく、ゼノヴィアは剣が一斉掃射される前にジャンヌの懐に入り、聖剣の剣先を奴の腹部に目掛けて放っていた。

 ジャンヌはゼノヴィアの速攻に少しばかり目を見開いて驚いていた―――が、脅威的な反射神経でその突きを避け、その場から飛んで手元の二振りの聖剣をゼノヴィアに投剣する。

 一本目を剣で捌くゼノヴィアだけど、二本目は避けきれず頬に一筋、剣による傷が生まれた。

 

「これでお揃いね♪ ……思った以上にテクニックがあるようね。なんていうか、洗練されているというよりは野性的な戦闘センスかしら? 天性のものを感じるわ」

「……これでも赤龍帝の修行に混ぜて貰っているものでね。ある程度、テクニックの対策は普段考えているのさ。まあ最終的には力技で押し切ろうとするのだけどね」

 

 ゼノヴィアは苦笑いしながら大きな聖剣を両手で構え、聖なるオーラを迸らせる。

 ……任せたぞ、ゼノヴィアにイリナ。

 俺は視線をまた曹操たちの元に戻した。

 

「へへ。なかなか良いじゃねぇか、晴明、曹操! あの悪魔共、なかなかいいんじゃねぇ!? んで!? 誰が俺の相手をしてくれるんだ!!」

 

 すると、曹操と晴明の後ろにいた白い制服を着た巨漢といえるほど大きな体の男が、好戦的な笑みを浮かべながら俺たちの方を見ていた。

 ……後は俺と黒歌、それに朱雀か。

 恐らく、朱雀は晴明と戦おうとするはずだ。

 それを象徴するかのように、先ほどからずっと晴明を見続けている。

 あの二人の後ろには、黒い制服を着た小柄な少年とメガネをかけた男がいる。

 恐らくどちらかが絶霧の力を宿しているはずだ。

 

「イッセー。たぶん後ろのあの二人は戦闘に参加しないにゃん」

「……片方は恐らくこの霧を生み出している張本人。あの子供に関しては、もしくは奴らの切り札なのかもな」

 

 それか容易く使ってはいけないらカードなのかもしれない。

 ……と、なれば―――

 

「私の相手はあれかー……なんな、むさ苦しいニャン」

「んだとぉ? いいぜ、そこの黒い猫又。てめぇをまずは八つ裂きにして、そのあとてめぇのとこの赤龍帝を黒焦げにしてや―――」

 

 自身をヘラクレスと名乗る男が言葉を最後まで言えることはなかった。

 彼の周りには突如、黒い球、赤い球、白い球、青い球……色とりどりの球体が幾つにも浮かんでいたからだ。

 それらは瞬時に全て魔法陣に変わり、そして次の瞬間―――ヘラクレスを、幾つもの弾丸が貫いた。

 

「は……っ!?」

 

 突然の攻撃にヘラクレスは反応が遅れ、ものの見事に弾丸が命中する。

 ……無理もない。

 なぜならあの弾丸には気配や殺気といった不純物は存在しないからだ。

 ……仙術を扱う黒歌の多彩な技の一つ、『猫騙し』。

 魔力、妖力、魔術、魔法、妖術……それらの技を仙術で擬装し、悟られぬように必中の一撃を喰らわせる技術。

 あれは初見殺しの技と黒歌は言ってたっけ?

 

「誰が、誰を八つ裂きだって? ―――私は、赤龍帝眷属の僧侶、黒歌。私の王様に宣戦布告したのなら、覚悟するにゃん」

「っっっ!! いいなぁ、猫の姉ちゃん!!! さいっこうに、燃えてきたぜぇぇぇ!!!」

 

 ヘラクレスは痛みはどこにいったのか、ひどく歓喜を伺える表情で黒歌に襲いかかろうとする。

 ふと黒歌は隣に立っている俺に、小さく呟いた。

 

「あのデカブツは私に任せるにゃん。……イッセー、曹操には気をつけて。あいつは今までの敵とは訳が違うから」

「……ああ、わかってる」

 

 黒歌は俺の回答を聞くと共に、ヘラクラスを誘導するように魔法陣で移動する。

 そしてその場に残るのは……

 

「兄さん……っ」

「朱雀。どうしてそんな表情をしている? 何年ぶりかの再会だろ?」

 

 ―――曹操に俺、そして複雑な表情を浮かべる朱雀と、それとは対象的に涼しい表情をした晴明がいた。

 ……待ち望んでいた再会になるはずだった。

 でも朱雀の前に現れた現実は、テロ組織である禍の団英雄派のトップとなっていた兄の姿。

 ……朱雀の、兄に対する憧れは一線を画するものだった。

 だからこそ、その分のダメージが大きい。

 朱雀の本当の心境は俺には分からないけど、それでも何処かまずい気がした。

 

「どうして……あなたが、そこにいる!! なぜテロ組織に加担しているのです!?」

「……そうか。お前の目にはそう見えるのだな」

 

 晴明は薄く苦笑する。

 しかし、首を横に振った。

 

「―――加担ではない。俺は己が目的がために、自らの意思で英雄派にいる。他人の目的に乗っがかり、身を滅ぼした旧魔王派と同じにしてもらっては困るな」

「……ならば教えてくださいっ! 貴方の耳にも土御門の崩壊の事件は入っているでしょう!? 兄さんは今、私と共にそれを解決しなければならないのではありませんか!!」

 

 朱雀は必死というように、兄に言葉を掛ける。

 そんな朱雀を見て、晴明は一瞬目を丸くした。

 ―――そして、面白おかしそうに笑い始めた。

 

「はははっ! 朱雀、お前は随分と面白いことを言うようになったじゃないか?」

「な、なにが可笑しいのですか?」

 

 朱雀は少しばかり某然とした表情で晴明を見つめる。

 ……これ以上は聞いてはいけない。

 俺の頭の中の警報はそう告げるように、嫌な予感を感じさせていた。

 そんなこっちとは裏腹に、晴明は言い放った。

 

「―――俺は土御門に棄てられた。恨みこそあれど、それがどうして事件の解明に動かなければならない?」

「…………やめて、ください……」

「ああ、実に可笑しいよ。そもそも解明も何も―――そうか、お前は知らないんだな」

 

 すると晴明は合点がいったような表情になり、何か納得したような表情となった。

 

「なるほど、それならばこうも女々しく俺を求めるのも解る。そうかそうか……」

「はっきり、言ってください!! 一体、何が言いたいんですか!?」

「……朱雀。俺は、ようやく鎖から解放されたのさ。土御門という腐った、腐敗しきった鎖―――俺はそれを、断ち切ったのだ」

 

 ―――はっきりとは言っていない。

 それでも、それは晴明の口からはきいてはいけない言葉だった。

 だって、それは全ての解に繋がったから。

 ……繋がってほしくなかった解に。

 

「ま、さか―――に、いさん?」

 

 縋るような表情の朱雀。

 朱雀は気付いてしまったように、不安と絶望に埋め尽くされた表情で晴明を見た。

 そして……晴明は口を開いた。

 

「―――俺だ。土御門本家を壊滅させたのは俺さ、朱雀」

 

 ―――なんで、だよ。

 晴明……土御門白虎。

 朱雀は晴明の一言でガクッと肩を落とし、地面を見つめる。

 綺麗な藍色の髪は地面につき、表情が全く見えなかった。

 

「……晴明、どういうことだい? 君は俺に黙って何を―――」

「土御門は三大勢力に取り入ろうとしていた。いわば人間の害悪でしかなかった。だから崩壊させて、なにか問題はあるか?」

「……晴明、お前は」

 

 曹操が晴明に対し、なにかを言おうとしたが、溜息を吐いて言うのを止める。

 ……朱雀。

 俺は朱雀から、どれほど土御門白虎を慕っているかを聞いていた。

 ―――そんなのって、あるかよ……っ。

 

「大切なヒトのために、頑張って、ようやく変わり始めて、でもそれを台無しにされて、しかもその台無しにしたのが大切なヒト? ……ふざけるなっ!!! お前は一体、何がしたいんだ!!!」

『Welsh Dragon Balance Breaker!!!!!!』

 

 感情が俺の神器を禁手化させ、身体に鎧を纏わせる。

 自分で土御門を変えろって言って、その変わり始めた土御門を壊した。

 ……朱雀の気持ちを、翻弄して侮辱した。

 許せない、こいつは!

 

「……できれば君と争いたくはないが、仕方ないか」

「そんなもん、不可能だ―――お前は、俺の敵だ」

 

 俺はアスカロンと無刀を引き出し、晴明に対して交戦の意志を見せる。

 対する晴明は腰に帯刀していた日本刀のような刀をスッと抜き去り、それを逆手で握る。

 ……すっと、息を整える。

 ―――感情的になれば命取りだ。

 怒っていても良い。それでも冷静さだけは事欠けるな。俺は赤龍帝眷属の王で、この場においての王だ。

 だから……

 

「…………兄さん。―――いいえ、安倍晴明(・ ・ ・ ・)

 

 俺が動こうとした瞬間であった。先ほどまでそこで項垂れていた朱雀は、地面の砂利の音を鳴らし、フラフラと立ち上がっていた。

 そして兄のことを、安倍晴明と呼び、手元に武器である宝剣を顕現させる。

 

「私、土御門朱雀は安倍晴明、あなたを次期党首候補として首を打ち取ります。我々に牙を剝き、反逆の意志を魅せた貴方を―――弟である、私がこの手で殺すッ!!!」

「……そうか。お前も、随分と土御門に汚染されてしまったのか―――ならば、兄として汚れを消し飛ばしてやる」

 

 ……朱雀は動き出した。手に持つ宝剣の神器に埋め込まれた宝玉の一つが光り輝く。

 

「封を解くっ! 死に風の龍よ、息吹き殺せっ!!」

 

 緑色の宝玉から放たれる黒い風の龍が晴明を包み込む。

 以前見た時、朱雀が悪魔に放った時よりも何倍もの威力だ。

 ……これが本気の朱雀なのか?

 

「封印の神器―――妖刀、童子切安綱(どうじきりやすつな)。不純を切り裂け」

 

 ―――しかしあっさりと、風の龍は切り裂かれた。

 ものの見事としか言いようがない。

 ……晴明は詰まらなそうな顔をしながら、自身の刀の刃を見ていた。

 

「少し、刃こぼれをしたか。……強くなったな、朱雀。その神器の使い方も上手くなった」

「黙ってください……っ! もう私は、あなたの言葉を聞かない!!」

「……そうか」

 

 晴明は特に興味がなさそうに刀を振り抜き、姿勢を低くする。

 そして俺が朱雀に言葉をかける前に、朱雀は晴明へと斬りかかったのだった。

 

「……混戦だな」

「他人事みたいに言ってんじゃねぇよ。お前らがしたことだろうが」

「ははは、違いない」

 

 ……俺は目の前で軽快に笑う曹操に警戒を怠らず、アスカロンと無刀を握る。

 

「……驚きの連発だ。まさか君を中心とする周りが、あれほどに強固なものになっているとは」

「当たり前だ。あいつらは毎日努力をしている。それぐらいしないと俺たちは今まで生き残ってこれなかった」

 

 曹操は関心したように、英雄派の面々とほぼ一騎打ちで戦う皆に賞賛のような言葉を贈った。

 

「精神的主柱というのは何よりも大事なものなんだ。それを君が担っている―――君が後ろにいるから無茶が出来る、いざとなれば守護覇龍が守ってくれる、ってところかな?」

「―――違うな」

 

 曹操の独白に、俺は真っ向から否定をしてやる。

 ……みんなは、人任せになんかしない。

 いつだってまずは自分でやって、互いに高め合い、互いに守り合う。

 ただの独りよがりのおんぶに抱っこじゃないんだ。

 

「俺たちは互いを信頼して切っている。誰かが危なければ、即座に背中を任せられる。お前のいうおんぶに抱っこと同じにするな―――俺たちは、本物なんだよ」

『Reinforce!!!!』

 

 俺は鎧を創造力により神帝化させ、曹操を睨みつける。

 曹操はその殺気に充てられたのか、一歩だけ後退りをした後に、にぃっと口元を歪めた。

 

「……ははっ! これが赤龍帝の本気の殺気か……ッ!! 凄まじいな……。良くこんなものに旧魔王派は喧嘩を売ったものだ」

 

 曹操は曲芸のように聖槍をクルクルと回し、両手で構える。

 身体からは微かに青いオーラのようなものが見えるけど、あれは……なんだ?

 

「さぁ、決闘だ! こうなるときを待ち望んでいたぞ、兵藤一誠!!」

「……いくぞ、曹操!!」

 

 俺は周りに注意を払いながら、曹操に真っ直ぐに特攻する―――と見せかけて、背中の噴射口を利用して旋回した。

 

「……っ。ほう、随分と芸達者だな!」

 

 旋回からの死角からのアスカロンによる剣戟を曹操に放つも、曹操は虚を突かれたのにも関わらずその一撃を槍で受け止めていた。

 ……ここまでは、予想通り。

 

「……唸れ、アスカロン」

 

 俺は鍔迫り合いをしながら、アスカロンから聖なるオーラを膨張させて、自身の背後に聖なるオーラのドラゴンを形作る。

 更に手元の無刀に魔力を供給し、―――祐斗、お前との修行の成果を試すぜ。

 

「……まさか」

「そのまさかさ。いくぜ―――無刀・聖魔の龍刀!!」

 

 更に聖なるオーラを無刀に混ぜ、無刀を聖魔刀とする!!

 本来反発し合う二つの力は互いに力を爆発させることで更に力を暴発させ、俺はアスカロンで曹操を薙ぎ払う!

 更に聖魔刀と化した無刀を下から上へと振り抜いて曹操に斬りかかった。

 しかし曹操はそれすらも空中に飛ぶことで避けた。……だけど、空中に飛んだな。

 

「いっけぇぇ!!」

 

 俺は背後に浮遊させてた聖なるオーラのドラゴンを曹操へと放つ!

 更に追撃というように手元に魔力弾を創り、それを連弾で放った。

 

「……す、すごいのじゃ……」

 

 ……後ろでアーシアと共に控えている九重の声が聞こえるが、恐らくまだ終わっていない。

 それを確信にさせるように、曹操がいるであろう空中から笑い声が聞こえた。

 

「―――はははっ! 凄いな、これは! こんな攻撃、まともに喰らえば一撃で終わりだ!」

「…………」

 

 ズン、っと槍の切っ先が光り輝く空中から露わになり、曹操は槍を横薙ぎに払って俺の猛撃を全て消し去る。

 ……聖槍から溢れ出るのは、俺のとは比較にならないほどの聖なるオーラ。

 

「……聖槍の莫大なオーラをシェルターのように自身を覆って、ある程度俺の攻撃を相殺し、そのあとで槍を攻撃的に使って全てを薙ぎ払う―――お前、極限なほどのテクニック使いか」

「ははは、そうさ。俺みたいな弱っちい人間が強くなるためには、技術を極めなければならない。全ての攻撃を見切り、自身の武器を極限まで扱う―――そして俺たちは今、経験を積んでいる段階さ」

 

 曹操は地上に着地し、肩に槍を乗せてポンポンとする。

 

「良い頃合いだ、兵藤一誠。俺たち、英雄派の目的を教えよう」

 

 曹操は、人差し指を空へと掲げて高らかに宣言する。

 

「―――俺たちは人間の限界を知りたい。俺たちは人間の弱さを知っている。俺たちは痛みを知っている。……英雄とは何か? 俺はずっと考えてきた。神は人間に神器を与え、人間を統治し、悪魔や堕天使や天使は人間を求める。人間とは利用される存在なのか? いや、違う。人間には、人類には無限の可能性がある」

 

 ……曹操の言葉に、その場の戦闘は鎮まるように静けさが覆った。

 視線は全て、曹操に向く。

 

「だけどヒトはその力の使い方を知らない。自身に眠る可能性を見向きにしないから、良いように使われる。ならば、俺たちがそれを導けば良い」

 

 曹操は俺を見据え、槍の切っ先を俺に向けた。

 

「人類の最後の砦。希望。人類を導く者たち―――俺たちは、英雄(ヒーロー)になりたいんだよ。だから三大勢力は敵だ。なぜなら君たちは人類にとって足枷にしかならない。……って、若手の君たちに言っても仕方ないな」

 

 ……なんていうんだろう。

 曹操は何も間違っちゃいない。

 全てが全て、ド正論だ。

 ―――ホント、敵に回したくなかったな、こいつは。

 

「なぁ、曹操。お前、一度は考えたことはないか? ―――もし俺たちがもっと早く出会っていればって」

「……そうだな。何度もあるさ。もし人間の頃に兵藤一誠、君と出会えていれば……―――きっと、また違った未来が見えていただろうな」

 

 ……んなこと考えても、意味ないよな。

 そんな仮定なんて何の意味もなさない。

 

「さぁ、赤龍帝とその仲間たちよ! 君たちは俺たちの踏み台だ! そして何よりも壁になる存在だ! ―――英雄派はこの場を以て、君たちに宣戦布告しよう」

「……そうかよ―――そう、かよ」

『Force!!』『Reinforce!!!』

 

 俺は胸元の白銀のブローチを光り輝かせ、創造力を用いて神器を創造。

 一筋の光と共に生まれるのは白銀の槍。

 創造神器、無限の白銀槍(インフィ二ティ・シルヴスピア)を創造。こいつの能力は掃射専用の遠距離神器だ。

 放った瞬間、俺が魔力を供給し続ける限り無限のように槍を放ち続ける神器。

 俺はアスカロンを一旦しまい、空中に浮かぶ槍を掴んで槍投げをするように曹操に向かって槍を放つ!

 次の瞬間、白銀の槍は幾重にも複製され、曹操を襲い始めた。

 

『……もしくは相棒と共に歩めたかもしれぬな。あの聖槍使いは』

『ドライグ、それを言っては』

『相棒だって、分かっているさ。あの曹操という男、相棒にとっては好意的な存在だ―――だから敵に回したくない、のだろうさ』

 

 ……俺の中の相棒たちが、俺の心を代弁してくれるように会話をする。

 

「これが噂に聞く創造神器、か。なるほど、非常に強力だが決定打にかける。無限の槍だろうを幾ら積もうと、こちらは究極の槍だ―――聖槍よ、射抜こう」

 

 曹操は向かう来る無限の槍に対し、迎え撃つように槍を連続で突き続け、速度をどんどん上げていく。

 ……現状、あいつは神滅具である聖槍の力を一切使わず、自らの技量のみで交戦している。

 ―――試しているんだ。

 自分の力が、俺に対してどれほどに有用か。

 俺の情報を収集し、そこから対策を思考している。

 弱っちい人間、か。

 ……でもな、いつの世も弱者はしぶとく世界で生き残るんだ。

 だから弱さは強さにだってなれる。

 きっとあいつは、それを証明したいんだ。

 

「……これ以上は魔力の浪費か」

 

 ……俺は無限槍の神器を消失させ、余った創造力をフォースギアに還す。

 更に無刀を懐に直し、すぅっと息を吐く。

 

「……互いに様子見は止めようか———神帝の鎧の真骨頂を引き出せ。俺はその悉くを凌駕してみせよう」

「———なら、そうしてやる」

『Infinite Booster Set Up———Starting Infinite Booster!!!!!!!!!』

 

 俺は神帝の鎧の無限倍増を開始させ、鎧の各所から輝く緑色の輝きを確かめて姿勢を低くする。

 ……状態はすこぶる良い。今なら、万全のコンディションで動けそうだ。

 それを確信し、俺は次の瞬間———

 

「ッ!! これが神帝の鎧の力……予想していたよりも、遥かに凄まじい威圧感だな———だが、そうでなくては面白くない!!」

「いくぞ、曹操ォォォ!!!」

 

 俺と曹操は真っ向勝負が幕を開けた。

 —・・・

 俺が曹操の槍を紙一重で避け、曹操が俺の拳を紙一重に避ける。

 俺と曹操の戦いは紙一重の攻防だった。

 互いに一撃でも攻撃が通ればその時点で勝敗が決してしまう戦い。

 曹操は人間故に、赤龍帝の力を受けることが出来ず、俺は悪魔故に聖槍の攻撃を一度たりとも受けることが出来ない。

 本当にギリギリの戦いだ。

 

「……ッ! 聖槍よ、弾けろっ!!」

 

 曹操は至近距離からの魔力弾を、聖槍のオーラの放射で掻き消して難を逃れる。

 対する俺は攻撃の手を休めず、性質を付加した魔力弾を幾つか曹操に放つも、弾丸は変化する前に奴の槍によって霧散する。

 ……俺の行動に対する反応が早いのは、恐らく対策が練られているからだろう。

 俺の今までのデータが全部頭に入っていなくては、ここまでの対応はされない。

 ———それこそあのロキですら対応しきれなかった俺の手札をここまで無力化する曹操。

 今までの敵とは全く違う存在だ。

 

「ふぅ……。全く以て神経を削られるな。全ての攻撃が致命傷になり得るものだから、こちらは全てを避けないといけないんだ。今まで戦ってきた奴らとは大違いだ、君は」

「それはこっちの台詞だ。あのロキでもある程度は俺の攻撃は通っていたんだぞ? はっきり言ってお前は異常だよ」

「いやいや、これでもギリギリさ。なにぶん君は手札が多すぎる。一人の敵にここまでの対策をしたのは初めてさ———それでも対策しきれていないのが余計に恐ろしい」

 

 すっと、一筋の切り傷が曹操の頬に生まれる。

 

「……なるほど、不過視の魔力弾か。派手な魔力弾の応酬に紛れて、よくこんな小技を仕込むものだよ」

「それくらいしなきゃ生き残れない世界なんだよ、俺は」

 

 ……俺は自身の腹部をそっと抑える。

 そこには既に鎧がなく(・ ・ ・ ・)、素肌が露になっていた。

 

「いつの間に斬った?」

「先程近づいたときに少しね———さて、俺としてはもっと戦いたいところだが……」

 

 曹操は肩に槍を乗せ、辺りを見渡す。

 俺も同じように見渡すと、まず一番最初に祐斗とジークフリートの戦闘が目に入った。

 

「聖と魔、二つの聖魔によって複重の形を成す———エールカリバー・ドミネイション!!!」

 

 祐斗はジークフリートから一旦距離を取り、言霊と共に地面に幾重もの刀身の短いエールカリバーを生やせ、奴に攻撃を仕掛ける。

 ジークフリートはそれに対して両手の魔剣、更に———背中に生えたもう一本の腕の魔剣によってエールカリバーを薙ぎ払う。

 ……あれは、神器か?

 しかもあの形、どこか俺の籠手に似ている気がする。

 

「ジークがグラムと腕を使うほどの敵か。しかも木場祐斗も依然、本気では戦っていないようだな」

 

 曹操が祐斗を観察するようにそう呟くと、事態は急変する。

 ジークフリートによって薙ぎ払われたエールカリバーは弾き飛ばされたものの、次第に宙に浮き始める。

 祐斗はそれを確認すると、地面に自身の持つオリジナルのエールカリバーを地面に刺し、そして

 

全剣(オールブレード)真・天閃(エール・ラピッドリィ)

 

 浮き上がったエールカリバーは、目にも留まらぬ速度でジークフリートへと掃射される!

 ……あれは、祐斗の新技だ。

 一つ一つのエールカリバーのサイズを小さくし、その分量産化に成功したエールカリバーによる一斉掃射。

 更にエールカリバーの能力を天閃にすることで、圧倒的な速度の投剣技。

 もう実践に使えるほどになっていたのか!

 ……流石の相手も、今の攻撃を全て捌くことが出来ず、体の数カ所に深い切り傷を負っていた。

 

「……はは。まさか聖魔剣使いである君がここまで強くなっているとは。良い意味で期待を裏切ってくれたね、木場祐斗君」

「そんなことはないだろ? 君だって未だにその剣———魔帝剣グラムの本領をまともに使っていないじゃないか」

 

 ま、魔帝剣グラム!?

 俺はその名を聞いて驚きを隠せなかった。

 ……魔剣最強と言われている剣。その圧倒的な強さの他に、恐ろしいほどのドラゴンスレイヤーの力を持っていることから、俺はあの剣をずっと警戒していたが、まさか敵がそれを携えているとは……。

 

「ははは、温存しているだけさ。何分、この剣はじゃじゃ馬でね。僕の言うことなんて全く聞かない暴君だ。———まぁ、そんなこと言っていられる状況でもないけどな」

 

 ブォォォォォォォオッ!!!

 ……そんな効果音が聞こえると錯覚するほどのオーラが、ジークフリートのグラムより発せられる。

 あれが……魔帝剣グラムの本領。

 ジークフリートはグラムだけに集中するためか、他の魔剣を腰に戻し、グラムを両手で握る。

 

「さぁ、君はどうしてくれる? まだ僕に何か見せてくれるのか? それとも———」

 

 ジークフリートの背後に転がっていた複数のエールカリバーが再び浮き上がり、次の瞬間、先ほどと同じように天閃の速度で奴を襲う。

 しかしジークフリートはそれを見越したようにグラムを振るった。

 

「馬鹿の一つ覚えを続けるのか?」

「……参ったな。———まさか無力化どころか、剣自体を消し飛ばすなんて」

 

 ……祐斗の言葉通り、エールカリバーはグラムによる斬撃によって消失した。

 祐斗は手元のエールカリバーを強く握り、ジークフリートを観察するように見る。

 ……恐らく、祐斗が今まで相手をしてきた敵の中ではダントツの強さだろう。

 互いにまだ本気を出し切っていないとはいえ、おそらく現時点の祐斗よりもジークフリートは強い。

 

「……そうだね、力では勝てそうにない———だから、速度で戦うよ」

 

 そう宣言して、祐斗は視界から再び姿を消した。

 ……っと、その時であった。

 

「ゼノヴィア、そっちはどう?」

「はは、かなり苦戦しているさ。……そっちは、まぁそうだな―――けしからんな」

「う、うるさい! だってあの女、執拗に服ばっか切ってくるんだもん!!」

 

 少し離れたところで戦うイリナとゼノヴィアが、互いに背中合わせで武器を片手に一息ついていた。

 互いの前にはそれぞれクー・フーリンとジャンヌが立っており、その両方とも大した傷はなかった。

 ……ゼノヴィアも大した傷はないものの、少し息が乱れており、そしてイリナは……うん、少し視線を送るのが気まずい状態だな。

 なんか、ピンポイントで戦闘服が切り刻まれていて、元々卑猥な戦闘服が更に卑猥になっていた。

 

「およよ~? ジャンヌ、予想外に苦戦してるの~?」

「ええ。まあでも今回はデュランダルを使ってこないようだし、そこまで脅威ではないわ。あなたは……まあ相変わらずね」

 

 ……軽症を負っている二人に対し、クー・フーリンとジャンヌは無傷であった。

 ジャンヌは先に見せた聖剣創造による聖剣、クー・フーリンは―――光の剣を握っていた。

 まさか、あいつは天使? ……いや違う、そんな雰囲気はしない。

 あれは神器とはまた別の何か……。

 あれは一体……

 

「光輝剣・クルージーン。かの有名なクーの先祖であるクー・フーリンが扱っていたとして有名なのは必中の槍、ゲイボルグだが、通常の戦闘で彼が使っていたのは槍ではなく剣なのさ」

 

 すると俺と対峙する曹操は、俺の心を読んだようにそう呟いた。

 ……おいおい、味方の武器をご丁寧に説明かよ。

 

「そんなペラペラと話していて大丈夫なのかよ」

「ああ、問題ない。そもそも調べればいずれはたどり着くから問題ないさ」

 

 俺は再び4人に視線を戻す。

 ……向こうは少し厳しい―――こうなれば、ここは最善手を打つしかない。

 

「アスカロン、ゼノヴィアに力を貸してくれるか?」

 

 俺は籠手に収納しているアスカロンに問いかけると、籠手より光が灯る。

 ……頼むぞ、アスカロン!!

 

「ゼノヴィア、受け取れぇぇぇ!!!」

 

 俺は籠手よりアスカロンを引き抜い、勢いよくゼノヴィアへと剣を投げた。

 アスカロンは空を切り、ジャンヌの真横を凄まじい勢いですり抜けてゼノヴィアの前に突き刺さる。

 

「これは……全く、お前は最高過ぎるっ!! 有難く使わせてもらうぞ、イッセー!!」

「……へぇ。これでもう少し楽しめそうね」

 

 ゼノヴィアはアスカロンを引き抜き、元来の二刀流で再び剣を構える。

 その勢いは先ほどとは別物で、俺は更にイリナの元へと無刀を勢いよく投げた。

 イリナは咄嗟にそれに気付いて、持ち前の速度でクーに叩き落される前に無刀を受け取り、俺の方を見た。

 ……イリナは元々は日本刀の使い手だからな。

 問題なく無刀は使えるはずだし、使い方も何度か教えている。

 

「無刀。……イッセー君、ありがとっ!」

 

 イリナは自身の聖なるオーラを手元の無刀に集結させ、目を瞑る。

 ……現状イリナに足りないのは聖なるオーラを一か所に集めるという点。

 イリナは転生天使の中では飛び抜けてオーラ量が凄まじいらしい。

 何でもイリナの体質と聖剣の因子、それが上手く作用して天使化で強大な力を得た。

 だけど元々のスタイルがテクニカルなもので、ゼノヴィアのような力を絶大に使う点を苦手をしていたんだ。

 ……無刀はその点を補える優秀な刀だ。

 魔力量、オーラ量を関係なしに力を凝縮し、刀の刃として機能する武器。

 その本領は―――今、イリナが見せてくれる。

 

「―――へぇ、ほんっとムカつくよね。僕の真似事?」

「うるさい! 私天使だもん!! ……ゼノヴィアじゃないけど、ほんっと頼りになり過ぎるのよ、イッセー君って。いつも私たちを見てくれて、私たちに足りないものを的確に教えてくれる―――今の私たちのリーダーって、本当に最高よ!!」

 

 イリナの手元の無刀からは、綺麗すぎる白色のオーラが刀身となって現れる。

 純粋な聖なるオーラが集結した刃……そうだな、無刀・天使の白刃ってところか。

 それこそクーの光輝剣・クルージーンにも負けないほどの光力だ。

 

「さて、第二ラウンドを願おうか。ジャンヌ」

「ここからは先ほどと同じようにはいかないんだから!!」

「……少し、本気出しちゃうかも」

「覚悟しなよ、天使ちゃん!」

 

 四人は同時に動く。

 ゼノヴィアはアスカロンと聖剣による激しい剣戟を披露するのに対し、ジャンヌはゼノヴィアの移動個所に聖剣を生やせ、罠を張る。

 しかし―――ゼノヴィアはそれを見事に粉砕した。

 アスカロンによる斬撃でジャンヌの聖剣を見事に砕き、更に距離を取るジャンヌに対して対抗策を取る。

 ……地面に聖剣に刺し、もう片方のアスカロンの聖なるオーラを過剰に放出する。

 それはゼノヴィアの身体を回路にするように地面に刺さる聖剣に流れ、そして刹那―――地面から、凄まじい勢いで聖なる斬撃波が放たれた。

 ズガガガガガガガガガガガッ!!! ……そのように地面を大きく抉りながら放たれる一撃に、ジャンヌは聖剣をシェルターのように展開して防御しようとする。

 だけど、あの攻撃に対して防御は何の意味もなさない!

 

「アンダー・デュランダル。まあ今はデュランダルを使っていないから、アンダー・アスカロンか? んん……まぁ良い―――砕けろ」

 

 地面からの斬撃波はジャンヌの聖剣を砕き、ジャンヌはその一撃を真っ向から直撃する。

 ……あれは射程範囲が長い上に、地面を削ることで大きな岩の破片を副産物として放つ技だ。

 対してダメージにならないかもしれないが、少なくとも視界が悪くなるくせに、撃った本人が野生レベルの勘の強さを持っているから猛撃を繰り広げられる技。

 ……ほんっと、凄まじい力技なんだよ。

 

「ひぇぇ……あっちを相手にしなくてよかった~~~。ジャンヌはご愁傷さまだね♪」

 

 その光景を見ていたクーは、のほほんとした口調でそう呟く。

 

「そんな余裕、なくしてあげるんだから!」

 

 イリナは余所見をするクーの死角から刀を振るう。

 クーはそれに対して体を地面に沿わせて立体的な動きで避け、カウンターのように剣をイリナの腹部に放ち―――いや、違う。

 イリナはそれすらも予測していた。

 

「……っ。僕のクルーがっ」

「もうあんたの破廉恥な攻撃は見飽きたのよ!」

 

 イリナは聖なるオーラを重ねて、光の盾のようなものを生み出してその剣を受け止めていた。

 更にそこから光の翼を羽ばたかせて空を最小限の動きで避け、居合切りのような動きで剣を振るった。

 それすらもクーは反応するものの、流石に反応が遅れたのか、避けきれず首元を軽く斬られる。

 一旦イリナから距離を置こうとするも、イリナの不規則な動きに翻弄されてすぐさま近づかれる。

 ―――ガブリエルさんから直接天使としての戦い方を教わっているイリナは、実に戦い方が定まって来ていた。

 転生前からの持ち味である、普通を越えている俊敏性と敏捷性。

 この二つを兼ね備えた不規則な動きで相手を翻弄し、一撃を与えた後で更に追撃の手を休めない戦法。

 ……さぞかしやりにくいだろうな。

 

「あぁ、もう鬱陶しい!! ゴキブリみたいに動きすぎなんだよ!!」

「なっ! 乙女をゴキブリとはもう許さないんだから!!」

 

 ―――ま、相変わらず喧嘩しながら戦闘しているけど。

 

「……彼女たちの動きが急に鋭くなった。君からの激励から突然―――やはり君の存在は大きいな」

「関係ない。あいつらは常に成長している。俺だけじゃねぇ。俺たちの後ろでサポートをしてくれているアーシア、俺を信じて背中を預けてくれる仲間たち―――全部が重なって今があるんだ。俺一人だけの力とか、ふざけたことを抜かすなよ、曹操」

「っはは。それは失礼。……にしても、流石に彼女はそちらでも特別だな」

 

 曹操は本堂の方で肉弾戦を興じる黒歌とヘラクレスの方を見てそう呟いた。

 ……そこには当たり前のようにほぼ無傷で佇む黒歌と、対照的に肩で息をするヘラクレスだった。

 

「くっそっ! 当たりやがれぇぇ!!」

「にゃははは! そんな攻撃、当たらないにゃんにゃん♪」

 

 ……まるで嘲笑うかのように攻撃をあしらわれ、仙術込みの掌底で自身の気を狂わされるヘラクレス。

 恐らく奴も神器を持っており、見るからに凄まじい防御力を持っているんだろう。

 ―――だけど黒歌にとって、防御力なんて無意味に等しい。

 何故なら仙術とは防御を無視して、その者に流れる気を狂わせる力だから。

 一度術中に嵌れば抜け出すのは困難なほどな嵌め技であり、更に黒歌は上級以上の仙術の使い手。

 仙術だけに限定すれば、あの夜刀さんすらも凌駕するレベルだ。

 

「相性が悪すぎるな。ヘラクレスでは例え禁手を使おうが、劣勢は避けられない」

「違うな―――禁手を使うことすら出来ない。黒歌は俺の第一の眷属だぜ? そんな軟な相手じゃないんだよ」

 

 俺は先ほどから話が過ぎる曹操に対して、連続で魔力弾を放つ。

 もちろん当たるとは思っていないが、牽制でも良い。

 ―――分からせてやる。

 

「お前は少し俺たちを甘く見過ぎた。踏み台? まあそう思うのは勝手だけどな―――俺たちを敵に回したことを後悔しろ、英雄。お前たちの思想がどれだけ善人でも、俺には関係ない」

「……そうだな。あいつらは少し君たち侮っていたようだ。これは少しテコ入れが必要だな」

 

 そう言うと、曹操は聖槍を上空に向け、莫大な聖なるオーラを放出する。

 その莫大なオーラは巨大な槍のような形となり、曹操はそのまま俺へと振り下ろした。

 ……俺に時間を与えたお前が悪いぞ、曹操。

 

「―――紅蓮の龍星群(クリムゾン・ドラグーン)

 

 曹操の振り下ろす莫大な聖槍のオーラに対し、俺は無限倍増の力を限界ギリギリまで注いで作った魔力砲によって相殺する。

 ……ほぼ拮抗。

 逆に拮抗されているのは聖槍が圧倒的にこちらの弱点だからか。

 

「……はは。これでも話している間に力を溜めて放った技なんだけどな。最上級悪魔ですら屠れる一撃だぞ?」

「それはこっちの台詞だ。あのフェンリルすらも行動不能にした一撃だぞ?」

 

 ―――似ている。

 俺と曹操は、戦いから集中力、対応力……その全てが似ている。まるで自分と戦っていると錯覚するほどに。

 違うのは戦い方だけだ。

 槍と聖なる力を使うか、拳と魔力を使うかの差。

 不謹慎かもしれないけど―――どこか、ワクワクする。

 次はこいつは何を見せてくれるのか、どんな手をしてくるのか。

 それに対して自分はどう対抗するのか、どう競り合うのか。

 

「まだあるだろ? 兵藤一誠。君にはまだまだ手札があるはずだ」

「それはこっちの台詞だ。もっとギアをあげろ! 曹操!!」

『Infinite Accel Booster!!!!!!』

 

 俺は無限倍増の最大火力を知らせる音声と共に、神速に至った速度で曹操へと近づくっ!

 曹操は槍から漏れた光を纏って、俺の神速についてくる!

 ……黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)は術者の速度を上げる力でも持っているのか!?

 もしくは、これは―――仙術?

 

「驚いているのかい? 俺が君の速度についていけることに!」

 

 曹操による槍の牙突をいなし、足で曹操を薙ぎ払おうとする。

 曹操はそれを槍の取っ手で受け止め、受け流して威力を殺して後方に下がった。

 更に聖槍のオーラの放射を俺に放ち、放ち切る前に動き出して槍を縦に振り下ろす。

 

「お前、仙術を使えるのかっ!?」

「はははっ! 流石に気付いたか! そうさ。俺は身体能力の底上げ限定で仙術が扱える! 最も、君のところの猫又や美候のような芸当は不可能だが……まぁこれだけでも十分だ!」

 

 槍の切っ先とは逆の、柄の先の部分で打突を放つ曹操。

 それに対して真正面から拳を放つッ!!

 ……仙術による闘気を全身に纏わせ、身体能力を底上げするのは黒歌も基本的にしていることだ。

 だけど―――曹操がするだけで、ここまで厄介な武器になるのかッ。

 

「ふぅ……とはいえ、現状はほぼ互角か。いや、こちらは対策をある程度していてこれなら、今後は不味いかもな」

 

 曹操が息を整え、俺から距離をとってそう呟く。

 それと共に、空を見上げた。

 ……恐らくは曹操たちが用意したこの空間が、崩れ始めているのだろう。

 先程の曹操の槍の切っ先を展開した光の一撃と、紅蓮の龍星群の衝突が原因か。

 

「……ゲオルクの即席の空間では限界があるか。……そろそろ潮時だな―――レオナルド、君の出番だ」

「…………」

 

 曹操は戦闘に参加していなかった二人の傍により、小さな子供の頭に手を置いてそう言った。

 レオナルドと呼ばれた少年はコクリと頷き、次の瞬間―――彼の背後から、異形の化け物が次々と生まれてきた。

 これは……まさかッ!?

 

魔獣創造(アナイアレイション・メーカー)ッ!! 上位神滅具の保有者だったのかッ!?」

 

 なら後ろに控えさせた意味も頷けるッ!!

 何故なら絶霧にしろ、魔獣創造にしろ、直接的な力は皆無だからだ!

 だけどそれを補うには余るほどの力―――極めれば神殺しの魔物すらも創ることが出来るッ!

 間接的な力が絶大過ぎる破滅級の神器。

 ……上位神滅具が恐ろしいのは、その単体で国一つを容易に滅ぼすところにある。

 あの絶霧は空間そのものを次元の狭間に転移することで国一つを亡ぼすことも理論上は可能だ。

 ……上位神滅具を三つも英雄派が所持している、か。

 魔獣を幾つか創り出した後に、他の英雄派のメンバーも戦闘を中断し、曹操の近くに近寄る。

 

「悪いね、ここらで一度退散させて頂こう。ああ、もちろんそちらも安全に現実に還すから、安心すると良い」

「……曹操。お前らは、この京都で何をするつもりだ?」

 

 俺は帰還しようとする曹操にそう言うと、曹操は俺を見ながら特に取り繕うことなく言い放った。

 

「―――俺たちは再び君たちと、この京都で戦う。力をつけるためにな。俺たちの最終目的は人類にとって害悪を滅ぼすことなんだからな」

 

 曹操たちは霧に包まれ、次第に姿を薄めていく。

 

「最後に一つだけ教えてあげよう―――俺たちには、もう家族はいない。なぜなら違いはあれど、悪魔に、堕天使に、天使に……超常と呼ばれる存在に人生をぐちゃぐちゃにされたのさ。良い悪魔がいれば悪い悪魔がいる。堕天使だって天使だって、神だって同じさ。……それだけは覚えていてくれ」

 

 ……完全に消え去り、その場に残るのは俺たちとレオナルドが創り出した魔獣だけであった。

 ―――良い悪魔がいれば悪い悪魔がいる。堕天使だって天使だって、神だって同じ。

 ……その言葉は、曹操の心からの言葉に聞こえた。

 

「……でも、戦うしかないんだよ」

 

 ……俺は既にいない英雄派に、言葉を掛けるように呟く。

 

「―――俺は、仲間を護る。だから、戦うしかないんだっ!!」

 

 俺は手元に極限にまで倍増していった紅蓮の球体を浮かばせ、それを流星のように放つッ!!

 それにより魔獣たちは包みこまれ、そして……魔獣は消え去り、空間がひび割れていく。

 ―――それとほぼ同時にドラゴンゲートが俺の足元で開き、俺たちを包み込んだ。

 紋章の形からして、恐らく夜刀さんからのものだろう。

 ドラゴンゲートによる現実世界への転送の最中、俺は考えていた。

 ……こんなにも戦いたくない敵は初めてかもしれない、と。

 だってあいつらは―――人間の、味方なのだから。

 ……ただ一つの懸念があった。

 この空間から離脱する間際、俺の目には信じられない光景が目に入った。

 その懸念を確実なものに変える光景。

 ……俺の視線の先には―――

 

「す、ざく?」

 

 ―――その時になるまで気付かないほど静かに、しかし大量の血を流して倒れている朱雀の姿があった。

 嫌な予感と懸念。

 それは晴明のことであった。

 自身の復讐のために土御門本家を崩壊させたと言った晴明。

 英雄派を名乗りながら、歪んだところを俺は感じた。

 ……その歪みは確信のものに変わる。

 だってあいつは―――弟を。たった一人の家族を

 

「―――しっかりしろ、朱雀ッ!? あ、アーシア! 今すぐに治癒を!! 早くッ!!!!」

 

 ―――殺していたのだから。


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