ハイスクールD×D ~優しいドラゴンと最高の赤龍帝~   作:マッハでゴーだ!

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番外編8 後編 パンと外道と、子供たちと

 聖剣計画というものがあった。

 それは異端者、バルパー・ガリレイにより行われた非人道的な計画であり、聖剣を扱える子供を人為的に創り出すという名目で行われた実験。

 しかしその実態は、その子供達からわずかにある聖剣を扱うための因子を抜き去り、別の人物に移植するというものであり、この実験により因子を抜き去られた子供達は……殺された。

 唯一の救いといえば、少年時代の兵藤一誠によって子供達の一部は救われたこと。

 そして木場祐斗が生き残ったということだけだ。

 ……これから繰り広げられる話は、その続き。

 罪を重ね続けた一人の少年が、外道神父と自負する少年が初めて守ると決意した時を描いたもの。

 ……その一因となった事件。

 それは―――第二次聖剣計画である。

 ―・・・

「あぁ、腹減ったっすねぇ……」

 

 ヨロヨロとした不確かな足踏みで歩みを進める白髪の少年がいた。

 彼の名はフリード・セルゼン。つい先日、堕天使コカビエルの傘下に入り、グレモリー眷属に対して聖剣エクスカリバーを使い渡り合った強者である。

 快楽主義者である彼は兵藤一誠の力を垣間見て、人格が変化した人物の一人である。

 ……そんな彼は激戦の末に聖魔剣に覚醒した木場祐斗に惜敗し、現在はその傷を癒しながら目的のない歩みを進めているのだ。

 

「金もあんまないしぃー、そもそも金使うとこがないじゃん……ってか、そもそも金を使うって認識するところから、俺様きもちわりぃー」

 

 少し前の彼なら、まず窃盗を考えていただろう。

 これこそが兵藤一誠と対面して変化した彼の性質であり、ある意味での贖罪……と言えるのではないだろうか。

 フリードはそんな自分に対して自嘲しながらも、しかし以前のような行動はしなかった。

 ……フリード・セルゼンは元は真摯な神父であった。

 純粋に神を信じ、自身の信仰を元にエクソシストとして悪魔を討伐していた。

 昔は天才と謳われたこともあり、その実力も健在である。

 ……そんな彼が変わってしまったのは、当時彼が憧れていた高名なシスターが悪魔に屈服し、教会から追放されたというところから始まる。

 フリードはそのことに不可解な点を感じ、裏事情を調べ、結果的にディオドラ・アスタロトという存在に辿り着いた。

 ……しかし、辿り着こうが周りはそのシスターを異端者と罵る。

 悪魔に屈服した裏切り者、悪魔に魂を売った魔女……。

 そのような身も蓋もない、真実を知らない愚か共めが!! ……その感情がフリードを占めていた。

 そしてその限界を迎えて、彼は同僚であったエクソシストを九死一生の淵まで追い込んだ後に殺害し、そして異端者として教会を追放されたのだ。

 更に堕天使の甘言に心の在り処を失った少年は溺れ、罪を重ねた。

 ……彼の人生はそんなものなのである。

 信仰心があっても、彼の心の在り処は神ではなく人であっただけ。

 それが崩れ去り、彼は悪に堕ちた―――

 

「にしても、ここらには食料すら実ってないんすかねぇー。……なんのために俺、生きてんだろ」

 

 ……つい、ポロリとそう呟くフリード。

 以前のような外道でもなく善でもない。全てが中途半端でしょうがない……彼はそう自身を自嘲する。

 唯一彼がしたいことがあるとすれば、それは木場祐斗や兵藤一誠との再戦である。

 しかし……それすらも今はどうでも良くなってあるのだった。

 それほどにフリードには目的がなかった。

 

「いっそ、ここで野垂れ死ぬのも悪くねぇんじゃねえっすかね、ひゃははは―――」

 

 ……そんなことを呟いても、彼の脳裏に広がるのは愚直な男の姿。

 涙を流しながら悲しみの渦に身を投じ、それでも拳を振るった滑稽な姿……しかし彼はその姿に一種の憧れを抱いてしまった。

 自分にはそんなことが出来なかった……兵藤一誠のようにはならなかった。

 それだけが彼を生かすものとなっていた。

 

「……まあ、もうちょっとだけ歩いてみようかねぇー」

 

 棒切れ一つで身体を支え、ゴールの見えない森を真っ直ぐに進んでいく。

 そんなことを何度も繰り返し、繰り返し、繰り返す。

 何度も倒れても立ち上がり、意識が朦朧になりながらも彼は生きようとしていた。

 

「はぁ、はぁ……や、べぇよな……。これ、死ぬん、じゃね? ひゃははは……」

 

 掠れた笑みを浮かべながら、彼は棒切れでなんとか身体を支えながら、ゆっくり一歩ずつ歩みを進める。

 息は絶え絶えでも歩き続け、そして―――倒れた。

 どうやら森は越えたが、森を抜けた光の中で彼は空腹で動けなくなる。

 絶食に加えて負傷による体力低迷。限界の中でも生き続けた生命力は人間とは思えないほどだ。

 しかし……言葉通り、彼はもう動けなかった。

 

「だめ、っすねぇ……こえ、まで……枯れてるじゃ、ん」

 

 彼は目線だけ前方に向ける。

 視界は掠れてほとんど見えない。

 ―――その時、彼は何人かの人影を見た。

 それは複数あり、それぞれ違いがあるがほとんどが小さい子供のようなものだった。

 

「な、んすかぁー? お、れ……なにも、もって……ないっ、すよ……?」

「―――」

 

 人影は何か喋っているが、フリードの耳には上手く伝わらない。

 

「なん、にも……聞こえ、ねぇっす、よ……」

「―――た、べて……」

 

 微かに聞こえた声と共に、彼の口に何かが無理やり押し込められる。

 生地はパサパサで、何の美味くもないパンだった。

 しかしフリードはそれが何かを認識して、ゆっくり噛み砕いて食べる。

 ……その目には、いつしか涙が浮かんでいた。

 死に直面して、彼は人生で二度目の涙を流す。

 そして彼の視界は少し回復して、目の前の子供達を見る。

 

「―――お、起きた! は、早くどこかに隠さないと!!」

「そ、そうだね! あっちに秘密基地があるから、そっちの方に連れていこ!」

 

 ……フリードは、心配と安堵が混じったような表情を浮かべる子供を見る。

 そこで彼の意識は途絶える。

 そして―――これが、彼の人生を全てやり直す決定的瞬間であった。

 ―・・・

 ……フリード・セルゼンが目を覚ました時、彼は体がほとんど動かなかった。彼の視界には木や葉っぱで雑に造られた小屋の天井が見え、良くも悪くも子供が造った秘密基地、というのは明白であった。

 

「あぁ、頭、はたらかねぇー……あの餓鬼共、どうしてわざわざ僕ちんをこんなところに運んだのかねぇ~」

 

 フリードは天井を見つめながら、ポツリとそう呟く。

 別に死んでも良かった……足掻いた結果の死ならば彼は簡単に受け入れるつもりだったのだ。

 だがどういうわけかこんな自分を救う、しかも自分より遥かに年下の子供に救われたことが何とも彼を考えさせていた。

 

「……くっそ、意識ほとんどなくて覚えてないんですけど~」

 

 今現在の時刻も、自分がどれだけ眠っていたことすらも彼は知る由もない。

 ただ自分の体の汚れが幾分か落ちているところを鑑みるに、誰かがフリードの体を拭いたことだけは理解できた。

 ならばそれは何故か―――それが彼には分からなかった。

 

「……ま、ここにいれば雨風は凌げるから良いんすけどねぇ。―――って、どうせやることも何もないのに、何考えてんだか」

 

 ……でもフリードの頭の中には、不思議と子供たちの顔が刻み込まれていた。

 そして彼の口の中には未だにあの時の安物のパンの味が染み込んでいた。

 ―――ただのパンである。堕天使レイナーレに従っていた時や、堕天使コカビエルに従っていた時にはもっと豪勢で素晴らしいご馳走をたらふく食べていた。

 ……にも関わらず、覚えているのは安っぽいパンの味であった。

 

「……ひゃは。ばっからし―――なんであの時、泣いちゃったのかなぁ~」

 

 ……彼にとって、それは久しぶりの温かさだった。

 彼が慕っていたシスターと話したり、一緒に食事をしていた頃に感じていた温かさをフリードは不意にも名も知らぬ子ども達に抱いていた。

 そんなはずがない、などと彼も考えるがやはり脳裏からは彼らの顔が離れない。

 

「……分かってるんすよ。こんな屑が今更温もりを欲することが、そもそも罪なんすよね~? 死んじゃった神様」

 

 ……久方ぶりに彼は神の名を口にする。

 元は信仰していた聖書の神。しかしその実態をコカビエルから聞かされ、少なくとも衝撃を受けた。

 それでも揺さぶられなかったのに、今更パン一つでこんなにも心を乱すのが自分でも信じられないのだ。

 

「あぁぁ!! もう良いっすよ。何も考えたくないから、寝ちまった方が早いっすわ」

 

 フリードは再び目を瞑る。

 何も考えたくなくてした行動だが、しかし次の瞬間に彼の耳に微かな音が聞こえた。

 

(……足音)

 

 彼とて、慢心が過ぎるところがあろうが幾多の修羅場を潜り抜けて来た戦士である。

 足音だけでもその存在がどれほどの数か、どれほどの担い手かは理解出来た。

 一瞬警戒をするが、それも時間の無駄ということを悟る―――なぜならその足音は、複数の子供のものだったからだ。

 恐らくは自分をここまで運んだ、あの子供だろうとフリードは認識し、すっと目を開く。

 少ししてフリードのいる空間にひょこっと小さな子供たちが数人入ってきて、フリードを見て少し大きな声を出した。

 

「あ、起きてる!! よかったぁ~……」

「白髪の兄ちゃん、体は大丈夫か!? あ、腹減ってたらこれ食ってくれよ!!」

「と、とりあえずお体を拭こうよぉ~……」

 

 それぞれ反応は違うものの、全部がフリードを心配するような反応であった。

 それに対してフリードは首を傾げる。

 

「―――なぁにが目的っすか?」

 

 フリードは子供たちに目も向けず、ダルそうな声音でそう言った。

 ……彼らがこうも好意的に自身の世話をする意味が彼には分からなかった。

 会ったこともない、本当に赤の他人である自分に食糧を与えて寝床を与える……普通に考えれば、何か裏があると考えるのは当然だろう。

 しかし彼らは首を傾げながら、不思議そうな顔でフリードを見た。

 

「え? そんなの、辛そうだったからに決まってんじゃん」

「……はぃい? いやいや、そんなもんお兄さんには通用しないっすよ~? そんな糞善意が存在するはずが―――」

 

 しかし彼はその『糞善意』をその目で見ていた。

 会ったばかりの少女のために命を賭けた馬鹿な男を。

 それが彼の言葉を止めることになる。

 

「……仮にそうだとしても、お前ら飯食ってんのかってくらいに細いじゃん? 明らかに俺に食糧与えるの間違ってるでしょ?」

「で、でも……その、ほっとけなかったの……」

 

 彼らの奥の方にいるオドオドとした少女がそう言うと、フリードはその少女が最初に自分に話しかけていた少女と理解する。

 

「…………そうかいそうかい。お前らがとんでもなくお人好しっていうのは理解できたっすけど―――ところでその服、ずっと着てるんすか~?」

 

 フリードはそこで彼らの服装を着目する。

 自身も直接見たわけではないが、しかし彼の記憶が正しければ、その服装の正体をフリードは知っていた。

 それは少し前にフリードが関わっていた事柄に密接に関連することである。

 

「……そうだぞ。このぼろっちいのは、俺たちが崇高な目的を果たせたら脱げるってあいつらが言ってたんだ! だからそれまで我慢して、後で皆で幸せになるんだぜ!!」

「そうだよ! だからどれだけ苦しくても、皆がいれば我慢できるんだ!!」

「…………」

 

 フリードはその表情が無理をしているということはすぐに見抜いた。

 ……しかし自分が関わるつもりがないと言う風に、それに対して反応せずに子供をじっと見る。

 ―――そこにいるだけで子供たちは全員が白髪。髪の色素は抜け落ちて、肌も極端に白い。

 身体はやせ細っていて、ほんの少しの衝撃で折れそうなほどだ。

 少年少女たちはしばらくそこでフリードの世話を焼いて、少ししてから時間だと呟きながら別れを告げてどこかに歩いて行く。

 ……フリードはただそれ以降は黙って彼らを見て、そして一つの答えに行きついた。

 

「―――聖剣計画の被験者の服。……それに子供たちって、なぁんか引っかかるんすよね~」

 

 フリードは子供たちが自分に無理やり渡してきたパンを頬張る。

 手元には少ないが水分があり、それを摂取してようやく体力が回復したというように立ちあがった。

 

「ま、俺には関係ないっすけどねぇ~。はい、チャラバ! …………そーいえば、バルパーの爺の隠れ家ってこの近くっすよね」

 

 フリードはどこか低いテンションで、数少ない荷物の一つである地図を広げる。

 そこには彼がもしもの時のために突きとめていたバルパー・ガリレイの隠れ家が赤いマーカーで丸く記されており、ここからそう距離はないと思われた。

 

「……関係ねぇんすよ。俺は、そんなこと気にしないんすよ」

 

 フリードは地図をくしゃりと握り締め、その空間から外に出る。

 ……その足は、バルパーの隠れ家へと向かっていた。

 

「……くっそ不味いのに、なんで―――こんなに美味いって、思えるんすかねぇ~」

 

 ……そんな軽口を叩きながら、彼は歩んでいった。

 ―・・・

 ……数時間の探索もあり、フリードは無事にバルパーの隠れ家である建物へと到達した。

 木で造られた木造の建築であり、周りにはその存在が知られないようにカモフラージュが施されていた。

 フリードは家に入って、とりあえずは横になる。

 室内は埃がちらほらと舞っているものの、緊急用の食料や水があり、しばらくの間は衣食住に困らないほどであった。

 ……横になりながらも、フリードの頭の中にはやはりあの子供たちが浮かぶ。

 

「知らねぇよ、あんな餓鬼ども……」

 

 フリードはとりあえず非常食である缶詰を開け、その中の食物を喉に通す。

 

「―――まっず。はぁぁ……あの糞不味いパンは美味いって思ったのに、なんでこれはここまで不味いんすかねぇ~」

 

 フリードは缶詰を全て食べることなく、勢い良くそれを机の上に投げ捨てる。

 勢い余った缶詰は机の端に勢いよく衝突し、衝撃が強かったのか机を揺るがした。

 ……それと共に、床に複数枚の紙が床に散らばった。

 

「んあ? なんだ、これ」

 

 フリードはソファーから体を起こし、散らばる紙を集めてそれの表紙に目を通した。

 そこには―――『第二次聖剣計画』と書かれていた。

 

「……やっぱ、そういうことねぇ~」

 

 彼にとっては予想の範疇だった故に、あまり驚きもせずその資料に目を通す。

 

「『私、バルパー・ガリレイによって記す。これは第二次聖剣計画における全容であり、これは全ての成果がわたしにあるという証拠の文書である』……か。しょもねーっすね、あの糞爺」

 

 フリードは更に目を通した。

 そこには第二次聖剣計画の全容が事細かに記されており、更には目標までもが明確に記されていた。

 ・・・

 被験者は年端もいかない子供たち。身寄りのない子供たちを利用し、前回の計画の二の舞にならないように細心の注意を払わなければならない。

 今回の実験においては聖剣に適応する子供を一から(・ ・ ・)造ることが重要であり、そのために人間としての不必要な機能を全て削除する。

 そのための薬の投与を長時間にかけて行う。ここで髪の色素が抜けるが、些細な問題ではない。

 被験者には極度のストレスを与えると共に偽りの希望を抱かせて計画の成就へと自ら望むようにコントロールをしなければならない。

 食事は一日に一度。足りない栄養は全て薬により摂取。これにより聖剣との適合をより確実なものとする。

 一日に10分の自由も全て監視―――といきたいところだが、それに関しては敢えて完全な自由を取ることでストレスとの折り合いをつけさせる。

 そして体が成熟した暁には聖剣と適合させ、被験者の心を完全に壊して我々の人形とする―――使用する聖剣はエクスカリバーとは姉妹剣とされていた聖剣ガラティーン。

 既に剣の再生は完成しており、今後順調に事が進むことを願うばかりである―――……

 

「ひゃはは―――なんで、こんな胸糞悪いんすかねぇ~……」

 

 次に出た本音は、聞こえるようなものではなかった。

 しかしフリードは確かにその口で、その資料に目を通した後に言った。

 ……しかしそんな自分を彼は否定する。

 ―――今まで、あれだけのことをしておいて綺麗事なんて許せない。

 彼は決して言葉には出さないが、心の中はこんなものだ。

 しかし……綺麗事だと理解していても、彼の脳髄にはあの子供達の心配そうな顔と笑顔があった。

 彼らの優しさを身体に感じた。

 たった一度の出会いが、彼の否定を更に否定する。

 兵藤一誠の言葉を借りるのであれば、それは―――

 

「―――あああっ!!! しらねぇよ! んなことは!!」

 

 フリードはそんな自分に嫌気がさしたのか、手にあった資料を地面に叩きつける。

 

「きもちわりぃ……。僕ちんは、外道神父っすよ? なんでこんなこと、考えなきゃなんないんすか……?」

 

 彼のふざけた口調が静かになっていく。

 ……そして、フリードは立ち上がった。

 ―――多量の食料と、この辺りの地図を片手に。

 

「こんなモヤモヤ、もう一回あの糞餓鬼どもとあったら無くなるに決まってるよねぇ〜」

 

 フリードはそんな口実を言いつつ、着実に……変わり始めていた。

 ―・・・

 それからのフリードは、隠密的な行動をひたすらに行った。

 まずはあの森の中の不自然な施設の内情と、実験の更なる情報。

 彼の目的としていた子供達との再会は恐らく簡単にはいかない。

 一日、十分間の自由だって確実に監視されていないわけではないからだ。

 施設内外からの情報収集の末に、彼はいくつかの仮設と計画の事実を知った。

 

「……実験はまだ、始まってからそこまで長い時間経ってるわけじゃねぇみたいっすね」

 

 フリードは森の大樹の枝の上でパンを食べながら、施設を観察していた。

 行動を決めてから知った事実とは、それはバルパー・ガリレイの当初の目的から大きく逸れている実験の目的であった。

 神の不在のバグ……一例を上げるならば、木場祐斗の聖魔剣がいいだろう。

 本来は混じり合うことのない 反発し合う二つの力が、神の不在によるバグで聖魔剣を生んだ。

 ―――実験は、不在を知ってしまった連中がその可能性を考え、聖魔剣を創り出し、更にそれを扱える人材を創り出すものだった。

 もちろん……犠牲は当然だという前提の元に。

 それが変質している実験だ。

 故にバルパーの予定していた実験よりも更に非人道的のものとなっている。

 更には―――この実験には、堕天使だけでなく悪魔も加入しているのである。

 

「たぶん現状の悪魔、堕天使の態勢に不満を持つやつらの勝手な行動……っすかね?」

 

 それを言えば彼が数日前まで従っていた堕天使コカビエルもまたそうであるが、コカビエルは彼なりのプライドから小汚い手は使わなかった。

 真正面から正攻法でグレモリー眷属と戦い、そして負けた。

 そのような信念のある悪を見たフリードだからか、非常に気に入らないのである。

 

「中級の堕天使、悪魔程度なら普通に殺せるっすけど―――って、なに戦う前提になっちゃってのかなー」

 

 フリードは頭を左右に振り、自身の言葉を忘れようとする。

 そして彼は荷物を背負い、移動しようとした。

 

「―――待ちたまえ、フリード・セルゼン」

 

 突如、彼の後方より男性の声が響いた。

 ……フリードはそれに咄嗟に反応し、懐から光の剣の柄と封魔銃を取り出して構える。

 

「……誰っすか?」

「なに、警戒は無用だよ―――わたしは君の敵などではない」

 

 誰、と聞くフリードであるが実際には彼はその存在を知っていた。

 知っていた、というよりは知らない方がおかしいほどの人物である。

 ―――元教会の錬金術の天才と呼ばれ、数々の聖剣を創ってきた人物。

 とある人物の影響により教会の意に背き、追放されてしまった男。

 彼の名は……

 

「私の名はガルド・ガリレイだよ」

 

 ―――今は亡きバルパー・ガリレイの弟、天才聖剣錬金術師。

 ガルド・ガリレイである。

 ―・・・

 フリードがガルド・ガリレイに連れられたのは例の施設の中であった。

 ガルド・ガリレイは施設の中では上の位に就いており、フリードが連れられたのは特に豪華な部屋であった。

 

「君のことはよく知っているよ、フリードくん」

「えー、僕ちんそんなに有名なんすかー? そりゃどーもあざーっす! ―――んで? そんなフリードきゅんをこんなところに連れ込んだのはなんでなのかなー? あ、俺様そんな趣味ないんで、ボーイズ的なラブはなしの方向でおねがいしやす!」

 

 長々とふざけたことを言うフリードだが、実際には目の前のガルドを警戒してのことである。

 特に嫌悪を示している第二次聖剣計画に加担している男を信頼する方が難しい話ではある。

 

「単純な話さ。私は君を保護しようとしたまでだ」

「……理由は?」

「コカビエルが倒され、兄さんが死んだからだよ」

 

 ガルドは柔らかな笑みを浮かべながら、紅茶を淹れて差し出してくる。

 

「君のことはよく知っている。元エクソシストの天才児。君たちコンビのことは昔からよく見ていたからね」

「―――それ以上、話すな」

 

 フリードは声音を低くしながら、封魔銃の銃口をガルドに向けた。

 

「……君はもう、これ以上辛い目をみなくて良いんだ。本当の君は一体どれなんだい?」

「―――知ったような口を、聞くな……っ! 俺にとって、あれはもう終わったことなんすよ!! 本当もなにも、俺は外道神父以外の何者でもない!!」

 

 フリードは理解する―――ガルドはフリードの持つ真実を知っている。

 自分の慕っていたシスターの追放の真実のことを。誰も信じてれなかったことを。

 それを肯定された上で自分を見てきたガルドに、フリードは心底動揺していた。

 

「……本当の君はきっと優しい男の子なんだよ―――だからこんな計画を、嫌悪している」

「あ、あんた……何言ってんすか?」

「―――昔話をしようか」

 

 するとガルドは会話を区切るように、そう話し出した。

 フリードはガルドのペースに飲まれて、彼の話を真摯に聞いてしまった。

 

「君も知っての通り、私は元教会の錬金術師だ。聖剣を造り出すことを得意としており、それを買われていた」

「……でもあんたは」

「はは、その通りさ。私は兄さんに賛同してしまい、聖剣に対して間違った認識をしてしまった―――だから、兄さんの愚行を止めることも出来ず、本来造ってはいけない聖剣を幾つも造ってしまった」

 

 机の上におくガルドの拳は震える。

 

「私はね、至高の聖剣を造るために誰かが傷つくのを良しとしてしまった。聖剣の力をもっと上げるために人を苦しめた―――悪に堕ちて、初めて私は兄についてきた自分に恥じたんだよ」

 

 ガルドはそれだけ言うと、その場から立ち上がる。

 

「だから私は自らに贖罪を課せた―――こんな間違った計画を、私は壊す」

「……たかが錬金術師に、そんなことは不可能っすよ? この施設には堕天使や悪魔がうじゃうじゃいるからねぇ」

「それでも私はあの子供達を自由にしたいのだよ―――知っているかい? あの子供たちの笑顔は、人を救ってくれるものなのだよ」

 

 ―――フリードはその言葉を、不意に受け止めて納得してしまった。

 ガルドは部屋の扉のドアノブを掴んだところでもう一度、振り返った。

 

「君のことは上に通しておく―――すまないね、老人の戯言に付き合わせて」

 

 そしてガルドはフリードの言葉を待たずして、部屋から消えていった。

 ……残されるフリードは膝に肘を置いて、下を向きながら何かを考えるようにずっと無言でいるのだった。

 そしてしばらくの時間が経ち、最初に出て来た言葉は―――

 

「―――んなこと、知ってるんすよ……ッ」

 ―・・・

 それからのフリードは、この施設ではある程度気を遣われるレベルの地位についた。

 この計画の中核を担うガルドの斡旋と、今は亡きバルパーやコカビエルの元で働いていたその実力を買ってのこと……更にその身に普通を越える多量の聖剣の因子を誇っているというのも一因していた。

 だから何不自由のない生活を送れていた……はずなのに、フリードは何か気分が晴れなかった。

 

「…………」

 

 彼はだらけるようにソファーに横になりながら、ぐたっと床に向かって伸びている手元にある光の剣の柄を見つめる。

 目を細め、何を考えているかは分からないが。

 時折目を細めて柄を強く握ったり、封魔銃の手入れを入念をするなど……とにかく、その行動は周りにとっては不可解なものであった。

 ……コンコン、とドアを叩く音がする。

 

「失礼する、フリード神父よ」

「んあ? ああ、あんたっすか……」

 

 フリードはだらけた態度のまま、室内に入って来た堕天使に目を向けた。

 そのフリードの態度を特に気にすることもなく、彼と同じソファーに座った。

 この堕天使はこの施設ではかなり上の地位にいるものの、フリードのことを気に入ってか彼の失礼な態度を受け入れている。

 恐らくは彼の強さを知っており、それに惚れこんでいるというところだろう。

 

「そのままでいいさ。それにしてもフリード神父よ。私は一向に構わないのだが、どうして何もしないのだ?」

「べっつに~……。特に理由はないっすよぉ? ―――まあ、その理由がないのが一番の理由なんすけど」

「理由か―――そういえば今日、被験者の子供が一人死んだよ」

 

 ……その何気なく言った言葉に、フリードは堕天使に気付かれないレベルで歯ぎしりをした。

 これもまた、本当に無意識レベルのものであった。

 

「全く、哀れな餓鬼だ。我々のことを疑いもせず、過酷な実験に自分から志願するなんてな―――全く以て、愚かとしか言いようがない」

「……ま、そうなんじゃないんすか?」

「反応が悪いな―――そうだ、それならば一度実験場を見に行くか?」

 

 フリードは堕天使のその一言を聞いた瞬間、体がピクッと反応した。

 そして……ほとんど動かなかったフリードは、自発的に立ち上がった。

 

「そっすねぇ~……んじゃ、お言葉に甘えるでやんす♪」

「ほう、そうか! ならば早速向かおうではないか!!」

 

 堕天使の男は嬉々としたようにフリードを実験場に案内する。

 実験施設は地下にあり、フリードと堕天使はしばらく歩き、そして実験場がある電子ロック式の扉の前に立つ。

 そして堕天使はその扉を開いた―――

 

「さあフリード神父、これが実験場さ!」

「……へぇ」

 

 フリードはその光景に対して、興味深そうにじっと見つめる。

 堕天使はその光景を背にして、フリードに向かってそう話しかけたことから、光景を目にしていなかった。

 

「……随分と血生臭い実験場っすね」

「ん? ああ、昨日一人死んだからかね? それほどのものではないだろう?」

「いやいやー、これは流石に血生臭いっすわ―――ほら、黒い翼の死体の山がたくさんあるっすよ?」

「……は? 君は何を言って」

 

 堕天使はフリードの一言で初めて後ろを振り返る。

 ―――そこには、凄惨な光景が広がっていた。

 

「な―――なんだこれは!! なぜ、私の同志が……死んでいる!?」

 

 翼を捥がれ、切り刻まれた堕天使の死体。

 心臓を一撃で突き抜かれた悪魔の死体。

 数多の死体が血だまりを作り、狂気的な光景がそこにはあった。

 数にしては十数人の堕天使、悪魔である。

 それが全滅していたのだ。

 

「くそ、いったい誰がこのようなことを!」

「……ところで、子供がいねぇようっすけど~?」

 

 ……フリードの言葉を聞いて、堕天使は初めてハッとしたような顔をした。

 ……元々は堕天使と悪魔は敵対していた故か、良く死傷騒ぎになるほどの騒動が起きることもあった。

 しかしその場合は必ず死んでいるのは片方の陣営だけであり、手を出した片方はその後処分されるというのがこの施設のルール。

 ―――悪魔と堕天使が両方とも死んでいるということ、更に子供がいないことを鑑みて堕天使は答えにたどり着いたのだ。

 

「まさかとは思っていたが、異を唱えていようともここまでしようものなのかッ! ―――ガルド・ガリレイ!!!」

 

 堕天使はその事実にたどり着き、激昂という形で怒りを撒き散らす。

 そんな中、フリードは特に何かの感情を抱くはずもなく、ただ一つ感心していた。

 ―――高が錬金術師が、これだけの堕天使や悪魔を殺した。

 彼の興味はこれ一つだった。

 

「いいだろう、ガルド!! 貴様がここまでをしようものならば、私が貴様を殺してやる……ッ!!」

 

 堕天使は翼を羽ばたかせて、地下施設の天井に空いている大穴に向かって飛び立つ。

 恐らくこれもガルドの仕業だろうが……しかしフリードはぼうっとその場に立ちすくんでいた。

 思い出すのは……馬鹿みたいな笑顔だった。

 

『え? そんなの、辛そうだったからに決まってんじゃん!!』

 

 子どもの顔には、嘘偽りはなかった。

 

『……た、たべて』

 

 その顔は自分のことを心から心配して、助けようとしていた顔だった。

 

『知っているかい? ―――あの子供たちの笑顔は、人を救ってくれるものなのだよ』

「―――知ってんだよ、そんなことは……ッ」

 

 認められなかった。

 今更そんな綺麗ごとを吐く価値のない人間なんだ。

 いつもふざけて、いつも傷つけて、いつも卑怯で卑屈で非道な外道神父。

 自分をそう蔑むことでしか自分を持ち続けれなかったんだ。

 フリードはただ、そう下を向いて思うしかなかったのだ。

 拳を強く握り、ガルドの言葉を思い出す。

 子どもの言葉を思い出す。

 

「た、す……けて……」

 

 ―――その時、フリードの耳に確かに聞こえた。

 堕天使の死体の山の奥にひっそりと倒れている、人間の子供の微かな声。

 フリードはその声の元に行くと、そこには一人の少女が倒れていた。

 実験の後遺症で髪の色素が抜け、真っ白になってしまった髪。身体はやせ細り、目も虚ろとなっていた。

 フリードはその少女を知っている。

 ……あの時、フリードにパンを食べさせた少女。

 死にかかっていたフリードに命をくれた女の子であった。

 

「……逃げ遅れたんすか、あんたは」

「お、ねがい……み、んなを、たす……けて」

 

 ―――望むのは自分ではなく、仲間。

 フリードはその言葉を聞くと、そっと少女の頬に手を添える。

 

(冷たい。かなり衰弱している。たぶん、このままじゃこのチビは死んじゃうんすよね~……。ま、俺の知ったことじゃ……)

 

 しかし彼は彼女を抱き寄せて、懐にあった飴玉を彼女の口に含ませる。

 心とは裏腹の行動であった。

 彼自身、何故そんなことをしたのかは理解しがたかった。

 

「……実験がどうとか、誰かを守るとか―――どうでも良いんすよ。でもねぇ~、俺は……借りだけは、いつも返してきたんすよ。それが仇であろうと、何だろうと」

 

 ……フリードはそう呟くと、少女を背負って―――

 ―・・・

 ガルド・ガリレイは重い足取りでひたすら前に進んでいた。

 彼の背負う子供たちはほんの数人に満たないほど。

 子ども達を救い、実験を破綻させる計画は半分は成功していた。

 ガルドはその手で生み出した世界初の、人間によって造られた聖魔剣・アロンダイトエッジを握りながら前に進む。

 ……アロンダイトは昔、聖剣だったものだ。

 しかし当時のアロンダイトを担っていた人物が戦友を斬り殺し、その身を魔剣へと落とした。

 そしてそれは教会によって処分され、錬金術によりガルドが復活させた。

 神の不在のバグを利用し、聖魔剣と形を変え。

 

「はは……しかしながら、自分で造っておいて暴れん坊な剣だよ―――選ばれなければ、所有者すら殺しかねない剣だとはね」

 

 ガルドは意識のない子供を背負いながら、肩で息をする。

 

「だが、まだ倒れるわけにはいかない―――子供たちを皆救うまでは、決して……ッ!!」

 

 ガルドがそう意気込む瞬間であった。

 

「がッ!?」

 

 突如、彼の太ももに違和感と共に激痛が走る。

 それはアロンダイトによる拒否反応ではなく、外部からの直接的なもの。

 ―――彼の足には、光の槍が突き刺さっていた。

 

「……貴様の愚行もここまでさ、ガルドよ」

「ッ! 予想外に、早いじゃないか……」

 

 ガルドは子供たちと共に倒れ込み、その目で空を見た。

 そこには四枚の堕天使の翼を羽ばたかせている堕天使が浮かんでおり、声音とは裏腹に内心でガルドは焦っていた。

 ……追いつかれるのが早すぎたのだ。

 子ども達を安全なところに匿ってから、もう一度施設を襲撃する手筈であった。

 しかし現実は虚しく、目の前には施設において一二を争う力を持つ堕天使。

 

「貴様は優秀であるさ。しかしその心は偽善に満ち溢れている。悪に堕ちた者がする偽善など、吐き気がする。貴様はそんな存在だ、ガルド」

「……貴様には分かるまい。ああ、私は最低な道を歩んでいた」

 

 間違いと気付いた時にはもう遅く、全てが終わっていた。

 

「それでもなお、私は偽善だと思っていても行動に移さないことが出来なかった―――私は! 立ち止まるわけにはいかないんだ!!」

 

 そっと、アロンダイトエッジの剣先を堕天使に向ける。

 

「実験のための犠牲は当然という兄の考えに目を瞑り、私はたくさんの命から目を背けた! いや、これでは人のせいにしているだけだ―――私が、殺したのだ! これは贖罪なのだ!! しなければ、ならない……ッ!?」

「―――御託は聞き飽きたさ。貴様の行動は無駄に終わるのだよ、ガルド」

 

 ガルドの横腹が、堕天使の光の槍によって抉られる。

 堕天使は地上に降りてガルドの傍まで寄り、その顔を蹴り飛ばす。

 そしてその場に倒れるガルドの肩を足で踏み、光の槍を突きつけた。

 

「実験は強制的に最終段階まで行う。本当ならば全ての子供を聖魔剣適格者にするつもりであったが、まあ一人でも適格者が生まれれば良いか―――貴様はここで死するが良い」

 

 堕天使は槍を振りかぶる。

 そして放とうと―――

 

「ちょ~~~っと待ってねぇ~~~♪」

 

 ……した時、その場には似合わない軽い口調の男の声が響いた。

 

「……フリード神父よ。何用だね?」

 

 突如、その場に現れたフリードの登場によって堕天使の手が止まる。

 その姿を見てガルドもまた目を丸くしていた。

 ―――何故彼がここに……ガルドは不意にそう考えざる負えなかった。

 ……ガルドはフリードの事情を全て知っていた。

 知っていたからこそ、もう彼に間違いを重ねて欲しくなかったために居場所を与えた。

 だが……そこには一つの望みがあった。

 それは無意識的にも、ガルドはフリードに共感してほしかったのだ。

 ……フリード・セルゼンとガルド・ガリレイは似ている。

 堕ち方には違いがあれど、多くの共通点があった。

 元は善良は教会の人間、そこから堕ちていった咎人。

 そして……子供たちに救われた。

 それは肉体的であれ、精神的であれ……だからこそ、ガルドはフリードには自分の味方で居て欲しかったのだ。

 頭でそれを否定しようが、それは疑う事なき事実であった。

 

「いやねぇ? そこの爺さんって計画の裏切り者なんっしょ? そんなのをあんた自ら手を下すまでもないとおもってね~」

「ほう……つまり」

「―――ええ、俺様がやってあげるっす♪」

 

 ……フリードがここまでくると心地よさすら感じる声音で光の剣を懐から取り出し、堕天使を横切る。

 光の剣の剣先をガルドに添えると、堕天使は二人から少し距離を取った。

 

(……そうか。私も、何とも甘い幻想を抱いていたものだ)

 

 彼ならば、共感してくれると思っていた。

 ガルドは一種の、諦めにも似た感覚に囚われていた。

 自らが幻想を抱いた人物によって、殺される……実に愚かな結末だ。

 結局は自分の首を自分で締めたようなものであった。

 

「……ガルドのおっさん。あんた、馬鹿っすよ。こんなことで計画がどうにかなるわけないじゃないっすか」

「……そうだな―――それでもやらなければならなかった……、それだけだよ」

「そんなの、無駄死になだけじゃん」

「そんなことは、ないさ。……もしかしたら、私の後に続いてくれる者がいるかもしれない。……希望観測だが、その可能性があるのならば無駄なんかじゃないんだよ」

 

 ……ガルドは目を瞑り、ポツリとそう呟いた。

 

「さぁ、やりたまえ! フリード神父!! 裏切り者に死を与えるのだ!!」

 

 後方から堕天使が喚く。

 フリードは一瞬溜息を吐き、そして―――

 

「―――はい、チャラ……バ!!!!」

 

 ―――光の剣を、投げた(・ ・ ・)

 何故目下の者を斬るのに、剣を投げる必要があるのか? ……答えは簡単だ。

 遠くにいる者(・ ・ ・ ・ ・ ・)に致命傷を与えるならば、投剣が必須だからである。

 

「が、はッ!? な、何故……ツ!? き、きさま……!!!」

 

 ……その歯切れの悪い声はガルドのものでもなく、もちろんフリードのものでもない―――堕天使のものだった。

 その腹部には光の剣が刺さっており、刺し傷からは止めどなく血が濁流のように流れている。

 

「にししし! けっこー効くっしょ? 僕ちんは聖剣の因子を多量に得てから光の密度とか、量が数倍増したんすよね~。そりゃもう、上級に近い堕天使をそんな風にするほどにね♪」

「そんなことは、聞いておらんッ!! 何故だ!? 何故私を裏切った……!?」

 

 堕天使は腹部を抑えながらも、殺気を散らしながらフリードに食いかかる。

 しかしフリードはその言葉を聞いた瞬間、……腹を抱えて笑いあぐねた。

 

「ひゃはははははは!! あはははははは!!!」

「何が……おかしい!?」

「ふふふひゅ……いやぁ、自意識過剰もそこまで行けば才能ってもんっすねぇ~?」

 

 フリードは封魔銃の引き金を引き、数発ほど堕天使に撃ちこんだ。

 

「そもそも、僕ちんあんたに従ってないんすけどぉ? あんたみたいな小悪党、ぶっちゃけしょーもなさすぎぃ!!」

「な、に言って……」

「―――つまんねぇんすよ、あんたらは。陰でこそこそと餓鬼使って実験実験。それに比べればコカビエルの旦那は分かり易かったすよ? 正に悪党って感じだったし」

 

 そう、コカビエルは歪んでいようが悪党だろうが、何よりも分かり易かった。

 面倒な手を使わず、ただただ真っ直ぐに反逆した。

 

「……それだけ。んじゃ、もういいっですかぁ~~~?」

「ま、ま―――」

 

 ……堕天使は待て、と言い切ることも出来ずに絶命する。

 フリードは堕天使の首を引き抜いた光の剣で切断し、堕天使を確実に絶命させた。

 フリードは凍るような冷たい目でそれを確認すると、スタスタと後方の木陰の方に移動し、そこから何かをガルドの元まで運んだ。

 それを見てガルドは目を大きく見開いた。

 

「な、何故その子が……フリードくん、君は―――」

「―――仕方ねぇんすよね~~~。だって、借りは返さないいけないんだからさー」

 

 フリードはその子―――実験場で一人で倒れていた少女を優しく芝生の上に寝かせるように置く。

 そして視線をガルドの傍に突き刺さる、アロンダイトに向けた。

 

「……自分の気持ちに素直になるとか、今更無理なんすよ。だから俺はふざけながら進むしか出来ない―――いや、もしかしたらこれが最後になるかもしれないんすけどね~」

「―――まさか君は……ッ!!」

 

 ガルドはフリードの言葉で気付いた。

 彼の視線の先、言葉より彼がこれからすることを。しようとしていることに。

 

「だ、ダメだ、フリード君! お願いだ、君はその子たちを連れてどこかに逃げてくれ!! 全ては私が背負う!! だから君は!!」

「……やなこった♪」

 

 フリードは心地いいほどの笑顔でガルドの申し出を断り、近くに刺さるアロンダイトを勢いよく引き抜いた。

 途端、アロンダイトはフリードを拒否するような光を上げ、彼の体を焦がした。

 

「ッ……」

「やめてくれッ! アロンダイトエッジは、所有者を蝕むんだ……ッ。使い続けたら、命だって……ッ!!」

「―――知ってるんすよ、そんなこと」

 

 フリードは細く笑いながらそう言うと、剣を強く握った。

 

「こいつは認めなければ所有者を殺す茨の剣―――でも逆に言えば、命を糧にすれば使えるってこと」

「それが駄目なんだ! 君はまだ死んでいいような命ではない! 間違いを犯そうが、ここからやり直せるんだ!!」

 

 ガルドはフリードを止めようとするも、既に体は動かなかった。

 アロンダイトエッジの多用と堕天使による攻撃が体に影響を与えているのだろう。

 

「……やり直すとか、もうそんなことは考えてねぇんすよ。そんな詭弁のために、あの餓鬼どもは利用しないんだよ」

 

 フリードは眠る少女の頭を乱暴にクシャクシャと撫でて、少し笑った。

 

「―――こいつらは、俺が救わないといけないんすよ。でもそのためには力がいる。だから爺さん……。俺にこいつをくれ」

「どう、してだ……。あそこにはまだ相当な数の悪魔や堕天使がいる!! そんな中にその剣を持って特攻をかけることが、どれだけ危険なことは理解しているのか!?」

「そんなもん分かってるっす♪ ……それでも、俺は行かなきゃならないんだよな~、これが」

 

 それは偽善などではない。

 フリード・セルゼンはいつだって自分のために動く。

 彼はいつだって外道であるし、今もその性質は変質していない。

 それでも彼が子供たちを救いに行こうとするのは、きっと―――変わっていなかった(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)からだ。

 彼が限りなく善に近かったあの頃が、決して消えていなかったからだ。

 今は薄汚れていても、間違っていても……フリードは自身の中で否定しても、それでも償っていける。

 犯した罪を背負い、それでも生きていける。

 

「―――あいつらがくれたパン食ってからさ……何食っても、全然不味いんだよね。あいつらのせいで、俺の味覚可笑しくなったから、その責任を取って貰わないとねぇ~。あ、責任取るってエロくね?」

 

 ふざけながら、それでも彼は理屈をこねる。

 

「……だからこの命をあの辛気臭い餓鬼どもにやるよ♪ どうせやりたいこともなかったし、こんな命を救ったあの餓鬼どもに使ってやるのも一興だろぉ?」

「―――やはりだめだ! そんなことをすれば、この子たちが悲しむ! 自分のために誰かが死ぬなんて、それも君が死ぬとしればこの子たちは!!」

「―――ひゃははは!……俺を救ったのはあの餓鬼共っすよ? 飢え死にそうだった俺に自分たちの少ない飯を分け与えた馬鹿共っすよ? ―――キャラじゃないけどね? 俺に初めて優しくした愚かな馬鹿共を仕方ねぇから救っちゃうんだよね」

 

 フリードは最後にそう告げると、ガルドたちに背を向けた。

 

「……ガルドの爺さん。一個だけ、あんたの言葉はしっくりきたんすよ―――そいつらの笑顔、俺結構俺好きっすよ?」

「……ッッッ」

 

 ―――そしてフリードは、走り出した。

 ―・・・

 フリードは走りながら、ふと考えていた。

 今の自分の行動がどれだけ不毛なものかを。

 

(自分でも馬鹿だと薄々気づいてるんすよね~。こんなこと、誰かさんの真似事なんじぁないかって)

 

 それでも彼は否定しない。

 

(……でも久しぶりに何かすっきりしてるんすよね。だからこれはきっと、俺が本当にしたいこと)

 

 自分でも呆れるくらい単純な自分の思考を。

 

(偽善でも良い。綺麗ごとでも良い―――それでもあの時、涙を流したのは死にたくなかったから)

 

 自問自答をして、何日も掛かっても彼には理解できなかった。

 

(認めちまえよ、俺様。もう言い逃れもしようもなく―――)

 

 自分が本当は何がしたいのかを。しかしその解はもう出ている。

 だから彼はここにいる。

 彼はただ、フリード・セルゼンは―――

 

「―――さぁ道場破りだぜ? お前らみんな、木っ端微塵にするからね♪」

 

 子ども達を、自分に人間らしい感情を芽生えさせた彼らを救いたいのだ!

 ……フリードは施設に殴り込み、真正面からその室内の者を全て敵に回す。

 堕天使や悪魔は子供を一つの室内に集め、今ちょうど処分を開始しようとしていたのだ。

 ……いや、厳密にいえば既に息絶えている子供もいた。

 それを見てフリードの頭のネジが一つ外れる。

 

「なんだ、貴様は―――あぁ、なるほど。高が人間がこの計画を」

「―――しゃべらなくても良いっすよ?」

 

 ……堕天使と思わしき人物が嘲笑しながら彼に近づいた瞬間、フリードは神速で敵の前に移動して、その首を切り裂く。

 ―――彼はアロンダイトエッジに命を預けた。

 この命を糧にしてでも良い。それで子供を救えるなら、おつりがくる。

 

「こっちもねぇ、時間ねぇんすよー。だから、今回はおふざけなしでみ・な・ご・ろ・し♡」

「ッ!! き、さまぁぁぁぁ!!!!」

 

 同胞を瞬殺され、馬鹿にされたことに激昂した堕天使や悪魔が一斉にフリードへと襲い掛かった。

 ―・・・

 ……傷つきながら、戦う。

 蝕まれながら、戦い続ける。

 幾つもの傷を受け、それでもフリードは多数の敵を前に立ちまわっていた。

 右目の目元に深い切り傷を負い、全身から血が噴出していた。

 息は当の昔に途切れ途切れになっていて、剣を握る手すらも震えていた。

 

「はぁ……あぁ、しゃらくせぇなぁ~」

 

 フリードは横薙ぎに振るわれる剣を受け流し、その敵の心臓を穿つ。

 貫いた剣先は黒い血潮を辺りに撒き散らし、フリードは剣を抜き去った。

 

「な、なんだお前は……ッ!! 高が人間如きが、何故ここまで私たちを殺せる!?」

 

 フリードが地面に剣を突き刺して態勢を維持しているのに対し、敵の悪魔と思われる男は驚愕の声をあげた。

 当然だ。

 彼の周りに広がる光景……それは自身の同志の無数な死体の山であるからだ。

 実に無謀と思われていた特攻は、蓋を開ければ既に堕天使悪魔の過半数を殺されているという状況を作り出していた。

 

「高が、人間……ねぇ?」

 

 死角からの敵の攻撃に、フリードは驚異的な反射により完全に避け、その攻撃を仕掛けた悪魔の首を狩り削ぐ。

 ……無意識の内に、彼はアロンダイトエッジの力を引き出し始めていたのだ。

 

「高が悪魔堕天使が、何ほざいてるんすかねぇ?」

「ッ! ふざけろぉぉぉ!!!」

 

 目の前の悪魔は魔力弾を一斉に放つ。

 それを見て、フリードの頭にその軌道が瞬時に浮かんだ。

 身体が重くとも、最小限の動作でその全てを避けて、爆発的なダッシュで悪魔の体を縦に真っ二つに切り抜く。

 ―――フリードの身体は、アロンダイトエッジからの影響を受けないようになっていた。

 それはつまり、アロンダイトエッジがフリードを所有者として認めたことと同意だ。

 

「……今日は、ふざけてねぇんすよ」

 

 フリードは自身の中の聖剣の因子をアロンダイトエッジの刃に集中させる。

 そして―――一気に駆けだした。

 

「あ、が……そん、な」

「うそ、だ……こんな、ことがぁッ!!」

 

 ……フリードは残りの敵の真ん中を突っ切っていき、そして子供たちが倒れるところまで辿り着く。

 そして程なくして―――残りの全ての敵が、真っ二つに切り殺された。

 ……アロンダイトエッジの圧倒的な身体強化と、聖剣の因子を集中させたことによる斬撃波。

 この二つにより敵は全滅したのだ。

 

「……ふ、はははは……あぁ、くっそ。……体動かねぇ~」

 

 フリードは子供たちのところに辿り着き、そうして倒れ込む。

 よくよく考えれば一番最初もこんな感じであったということを思い出すと、フリードは自然と笑みが零れた。

 視界はあのときと同じように掠れて、声も掠れているだろうか?

 最も、気分はあのときとは別物だった。

 

「あぁー、俺、ここで死ぬのかねぇ?」

 

 フリードはわざとらしくそう呟くと共に、周りで倒れている二人の華奢な子供達を見た。

 他の子供はすでに生き耐えている。

 厳密にいえばギリギリ意識はあるが、すぐに死ぬレベルの死傷だ。

 

「……わかってたんすよ、俺みたいな奴がイッセーくんみたいに全部救えるわけねぇって」

 

 ……悟られぬよう、フリードは拳を震えさせる。

 

「……せめて、苦しくないように逝かせてやる」

 

 フリードは震える手でアロンダイトエッジを握る。

 そのときであった―――

 

「―――おね、がい……もう、このゆめから……めを、さまさせ、て」

 

 ……瀕死の小さな子供の一人が、いつ落ちてもわからないほどフラフラな手つきでアロンダイトエッジに触れた。

 ―――そのとき、アロンダイトエッジは奇跡を起こした。

 

『本当は、分かってた。これは私達が思っているものではないことくらい。それでと何も持たない私達は聖剣に縋るしかなかった』

 

 フリードの頭の中に広がるのは心象風景。

 子供達が望んでいた理想郷だった。

 

『それでも私達が頑張れたのは……皆が家族だったから。だから生きてこれた。歯を食いしばれた―――でも本当は、私達は何もいらなかったんだ』

 

 映るのは何もない大草原の中でただ笑顔で遊ぶ子供たち。

 そこには本当に何もない。

 ただ……優しさに満ち溢れていた。

 

『皆でいれれば何もいらなかった―――でももう無理なんだ。皆死んだ。私も死ぬ……。だからお願いします』

 

 ―――その子達を、笑顔にしてあげて。

 私達が得られなかった幸せを、その子達に、私の家族にあげて。

 ……知らないうちに、フリードはその子を抱きしめていた。

 

「―――何度も泣かしてんじゃねーよ、ばかやろー」

 

 ……涙を流していた。フリードは涙を流しながら、子供の頭を優しく撫でた。

 

「心配しなくても、この外道神父が君の願いくらい叶えてやるっす―――だからもう眠っていいんすよ」

「あ……がと―――ありがと、う」

 

 ……フリードの腕の中で息を引き取る女の子。

 フリードはその体を強く抱きしめて、体を強張らせる。

 ―――自分のせいだ、なんて独りよがりの自分に酔っているわけにはいかない。

 フリードはそっと女の子を寝かせて、目を細める。

 

「今だけ―――俺が真剣になるのは、今だけだ」

 

 そしてフリードはまだ息のある子供を抱えて、施設から脱出する。

 そして……―――

 ―・・・

「あれー? フリー兄ちゃんはどこだー!!」

「隠れてないで出てきてよー! フリードお兄ちゃん!!」

 

 周りには娯楽も何もない山の奥で元気に走り回る白髪の少年少女。

 ガルドとフリードによる行動は第二次聖剣計画を打開にまで追い込み、被験者であった子供達は数でいえば5人の子供が生きながらえた。

 被験者の子供の数は当初は17人であり、最後まで残っていたのは8人……つまり死んだのは3人であった。

 そしてその生き残りの子供達と、傷ついたフリードとガルドが向かったのは彼の用意していた山奥の隠れ家。

 隠れ家といえど設備はしっかりとしており、十分な食料と水道も通っており、大人数で生活するには申し分ない環境であった。

 そんな別荘ともいえる木造建ての建物の縁側から子供達を見ているのは二人の大人。

 ……身体中に包帯を巻いているフリードとガルドであった。

 

「……あれが本来、あの子達が手にしているはずだった幸せなんだろうね」

「知らねーよ、ガルドのじーさん」

 

 フリードはティーカップの紅茶を口にしながら、ガルドの言葉に適当に相槌を打つ。

 そんなフリードを見るガルドは終始微笑んでいた。

 

「君も素直じゃないね」

「えー、俺様めちゃめちゃ素直っすよー? ほら、快楽とか欲望に素直だし、外道だし」

「でも君の、子供達に向ける視線は優しさそのものだよ」

 

 ガルドの言葉を聞いてもう反論する気を失った彼は、黙って子供達を見た。

 するとその目が外で彼を探す子供達と交わった。

 

「あー、フリー兄ちゃんがいたぞー!」

 

 白髪の男の子がフリードの存在を他の仲間に伝えると、皆一斉に彼の方に走ってきた。

 ……あの事件から数週間ほど経つが、彼らはフリードにとても懐いている。

 もちろん命を救われたのは当然だが、それ以上に初めて兄のような存在を前にして、甘えことを覚えたというべきか。

 

「はぁ……あー、めんどくせー」

「そうかい? でもその割りには笑っているよ?」

「―――苦笑いっすよ、きっと」

 

 ……少しすると子供達はフリードの元に集まり、兄に甘えるようにベタベタと引っ付いてくる。

 フリードはそれに対して溜息を吐きつつも、しかし―――心の底から、純粋に笑っていた。

 それを見ながらガルドは確信する。

 ……彼はもう間違わないと。

 

「フリード君、君はこれからどうするのかね?」

「んー? そんなのさっさとこんなとこ……っておい、僕ちんの服の裾ひっぱんな! 破れるだろ!? ……だから、俺は明日にでもここを―――おい、抱きつくんじゃねぇーすよ!?」

「……君がなんと言おうと、この子達は君を離してくれないさ、ははは」

 

 ガルドが微笑みながらそう言うと、フリードはとほほ、と苦笑いをしながら頭をぽりぽりと掻く。

 そして……

 

「―――ほんと、めんどくせー」

 

 ―――しかし、その表情はどこか嬉しそうであった。


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