コードギアス3期を記念して書いてみました。

皆はグラストンナイツという騎士達を覚えているだろうか。ダールトン将軍が各地の孤児を養子として引き取り、騎士として育て上げた精鋭部隊。
現在は第3皇女コーネリアの親衛隊として勤めている。
そんな彼らの名前に注目してほしい。

アルフレッド・G・ダールトン
バート・L・ダールトン
クラウディオ・S・ダールトン
デヴィット・T・ダールトン
エドガー・N・ダールトン

お気づきだろうか?
彼らのミドルネームを繋げるとGLASTON(グラストン)となる。
え? 綴りが違うって? いいやこれで合っている。そう彼らにはあと2人、歳の離れた兄弟がいたのだ。
そしてこれは、劇中では姿を見せなかったAとOの物語である。


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3期が決まったと聞いて、グロースターやソードマンのプラモ化の希望が出てきました。発売されると良いなぁ…。


01/鬼さんコチラ

「信じられん! あいつら、本っ当に置いていきやがった!!」

 

 コックピットの中で一人の男が己の現状に対して悪態をついている。まだあどけなさが残る風貌からは似つかわしくない暴言を吐きながら、必死に操縦桿を動かす。

 

「畜生!! 薄情な奴らだ!!」

 

 それなりに良い関係を築けていたと思っていたら実はそんな事はなかったという扱いに、青年――アレックス・A・ダールトンは憤りを感じながらサザーランドで戦火を駆けていく。第五世代とはいえ、流石はブリタニアが誇る『人型自在戦闘装甲機KMF(ナイトメアフレーム)である。脚部のランドスピナーから繰り出される速度は、既存の兵器をはるかに超えている。これなら先行した仲間にもすぐに追い付けるだろう。

 

(こんな事ならカッコつけなきゃ良かった。何が『俺に構わず先に行け』だよ。馬鹿じゃねぇの俺?)

 

 思い起こされるのは少し前。上司であるヴィルヘルム隊長の部隊に合流しようと移動中に敵勢力のナイトメアに襲われた時の事。作戦本部の情報により、敵が特攻を仕掛けてくると知っていた彼らはすぐに散開し回避に成功。けれども爆発の規模が思っていたよりも大きく、アレックスは自機のファクトスフィアを損傷させてしまう。索敵範囲が絞られてしまい、合流が難しいと判断した彼は仲間達に先行するよう頼んだのだ。

 

 そしてヴィルヘルム隊が全滅したと報告が届いたのは、それからすぐの事だった。

 

(隊長の反応が消失(ロスト)だなんて、まさか本当に『亡霊』の仕業か?)

 

『亡霊』とは勿論オカルティックなものではない。先程から自軍に攻撃を仕掛けている正体不明のナイトメアの軍勢の事だ。ナルヴァ市に孤立したユーロピア共和国軍の完全包囲が完了し、勝利は目前とのところで起きたこの奇襲。援軍が来るとしたらバルト海方面から来ると誰もが考える。しかしこの集団はその常識を覆した。この針葉樹林と泥濘地形を走破できるとしたらナイトメアしかないのだが、敵軍にそれを可能とする機体は存在しない――はずだった。

 

 その有り得ない奇襲はさながら、アルプスを越えてローマ軍に大打撃を与えた名将ハンニバルを思わせる。そういった経緯もあり、誰が呼んだのか『ハンニバルの亡霊』と恐れられていた。

 

『ダールトン卿、気を付けてください! 先行した隊が消失(ロスト)しました!!』

 

「な!? 早すぎるだろ!!」

 

 驚愕するアレックスをよそにオペレーターが通信を続ける。

 

『敵機、接近! 距離500…400…300…』

 

 戦闘の余波で燃え盛る木々の奥から、一機のナイトメアが猛スピードで飛び出してきた。陶器のような白い装甲にはところどころ赤いラインで装飾されており、体を支える四肢は細く、低姿勢を保ちながら地を這う姿は蜘蛛か狼のようだ。

 

「こちらでも視認した。こいつか! イレギュラーは!!」

 

 間違いなくさっきまで特攻をしかけていたナイトメアと同型だ。爆弾を解除したようで、先の機体とは段違いに速度が上がっている。

 そして十分距離を詰めたと判断した敵は人型に変形し、手に対ナイトメア用トンファーを装備してサザーランドに向かって飛び掛かった。

 

「面白い! 亡霊の力、見せてもらうぞ!!」

 

 今から立ち会うのは三銃士の一角を崩すほどの相手。強敵との出会いに歓喜に震え、凄惨な笑みを浮かべながら一人の戦鬼が戦闘を開始した。

 

 

 

「ダールトン卿が交戦状態に入りました!」

 

 オペレーターの報告を受けて、ラファエル騎士団団長アンドレア・ファルネーゼが端正な顔立ちを曇らせながら指示を出す。

 

「すぐに敵の情報を報告させろ。規模、陣形、武装はどうなっている」

 

「ハッ! 敵の数は…っ!? い…1機です!」

 

「確かか? 狙撃手やステルス機の存在は確認できないのか?」

 

「はい! 確認できるのは1機のみとの事です!」

 

 その報告に司令部が騒めく。たった1機のナイトメアが三銃士の1人を破り、あまつさえ戦況をひっくり返すほどの奮闘をしているのだ。誰もがこう考えた事だろう。ブリタニア帝国最強の騎士団『ナイトオブラウンズ』のようだと…。

 

「続けて報告! 敵ナイトメアは2足歩行と4足歩行を使い分ける可変型! 足場が土壌のためか、ランドスピナーは搭載しているものの使用は見られず! 爆弾を外して身軽になり、速度と跳躍力が飛躍的に向上! 武装は対ナイトメア用トンファー、手首に仕込みナイフがあり、他にも隠し武器がある可能性があるので注意されたし、との事です!!」

 

 次々に届く情報に司令部が慌ただしくなる。現在ここユーロ・ブリタニア軍に配備されている中で最も近接戦に長けたナイトメアといえば第五世代機のグロースター・ソードマンという機体だ。扱いもそれだけ難しく、隊長機として配備されている。報告の中にあった敵の武装から、そのグロースターが得意分野であるはずの近接戦で(おく)れを取ったという事を理解したのだ。

 

「オーギュスト卿に連絡! すぐに部隊をポイントCのR2まで移動させよ! そこで敵を迎え撃つ! ダールトン卿にも敵を誘導させるよう伝えよ!!」

 

 周囲が浮足立つ中で、ただ一人ファルネーゼだけは冷静に指揮を続行する。その指示を受けて部下達は彼の狙いを察した。ポイントCのR2といえば平地。遮蔽物となる森がなく、身を隠す事が出来ない。敵がいくら強かろうと所詮は単機。こちらも平地ならば数の利を生かして部隊を自在に展開できる。どんな相手だろうと遠距離で十字砲火を浴びせられればひとたまりもない。

 

「し、しかしファルネーゼ様。それではダールトン卿は…」

 

 側近の一人がファルネーゼに進言する。そう、一見理にかなったこの策にも問題があった。指定したポイントまでダールトン卿に救援を送ることができないという点である。どう考えても密林の中は相手が有利。そこに援軍を送るくらいなら、いっそのこと部隊を整える時間に使った方が戦力を削られる事もなく遥かに合理的。

 

 一を捨て九を助けるという指揮官として実に正しい選択である。

 

 貴賤ない言い方をすれば『捨て駒』と言っても良いかもしれない。ファルネーゼの指示に周囲の顔が青褪めている。彼らも軍人――上の命令でいつかは我が身を犠牲にしなければならない時がくるだろうと覚悟はしている。けれども、今回は状況が違う。ダールトン卿は義理とはいえあの(・・)ダールトン将軍の子息なのだ。もしここで彼に万一の事があれば、本国でファルネーゼ自身の地位が危ぶまれるのが容易く想像できた。

 

「言いたい事は分かっている。たとえ血が繋がっていないとはいえ、帝国でも高名な将軍の御子息をこんな扱いにして良いのか、とここにいる皆が思っている事だろう。だが、これは彼自身も望んだ事なのだ。『あの子をどうか将軍の子としてではなく、1人のブリタニア軍人として扱って欲しい』とな…。私は軍人として、彼の心意気に応えたい」

 

 この言葉を面と向かって聞いた時、実に将軍らしい言葉だとファルネーゼは思った。『血統こそが全て』という考えは、努力しても無駄だという悪癖を生む。それでは部下がついてこないと考えたのだろう。なによりシャルル皇帝陛下の掲げる『実力こそが全て』という国儀に反してしまう。

ファルネーゼもこれには賛同していた。能力ある者こそ人の上に立つ資格がある。自軍の最新鋭機ではなく、敢えて一般機のサザーランドを与えたのもそんな自分の信条があったからこそだった。

 

「「「「「イエス、マイロード!!」」」」」

 

 主君の覚悟を汲み取り、一糸乱れぬ姿勢でその場にいた全員が敬礼を取る。その姿勢に感謝の念を抱きながら、ファルネーゼはそっと胸中で呟くのだった。

 

(ダールトン卿……すまない)

 

 

 

(あぁ、ヤバいな。こいつ強いわ)

 

 最初の威勢はどこに消えたのか、アレックスはすっかりやる気を失っていた。

 

(あっ、また跳んだ。しかも高いときたもんだ。どんなアクチュエーターしてんだろ。作った人紹介してくんないかな? そしたら俺のナイトメアをアレしてコレして…ムフフ…)

 

 意気揚々と刃を交えたのは良いが、たった数合打ち合っただけでアレックスは敵の強さを理解していた。そうして導き出した解答は『自分では勝てない』という残酷なものだった。少なくとも同等の性能のナイトメアがなければ話になるまい。

 日本との戦争で初めて実戦投入されたナイトメアが一方的に蹂躙できたのは、起伏にと富んだ地形をスラッシュハーケンを用いて踏破するという3次元的戦闘を可能にしたからと言われている。この森林地帯ではその戦法が使用できず、従来の戦車のような2次元的起動しかできないでいた。

 だが、目の前のナイトメアはどうだろう。圧倒的な跳躍力は重力を味方につけた攻撃を、力強く踏みしめる四肢から生まれる脚力は悪路においてもランドスピナー並の速度を引き出していた。

 まさに芸術(アート)という言葉しか彼の頭には思いつかない一品である。昆虫という外見(デザイン)は趣味ではないが、開発者は是非とも専属スタッフとして働いてもらいたい逸材だ。

 

「ああもう、こっち来んな!!」

 

 叶わぬ未来に思いを馳せながら、彼の操るサザーランドがアサルトライフルを“見越し射撃”で撃ちまくる。敵はその弾道を見切っていたのか最小限の動きで躱し、トンファーをサザーランドの頭部目掛けて振り下ろす。それを横移動で躱すものの、敵は突進速度を緩めず左手首の仕込みナイフ――“ウェルナウェッジ”を突き出してきた。

 

「よっと!」

 

 神速の一撃をアレックスは片手に装備していたトンファーを盾にして難なく防いでみせた。すかさず刺さったままのトンファーを動かして、腕部まで貫通する前にウェルナエッジの薄い刀身をトンファー諸共へし折る。

 

 これで折ったナイフは2本。見た限りでは敵の武装はトンファー1本を残すのみ。対するこちらの武装はアサルトライフル(残弾僅か)、スラッシュハーケン2本。

 正直さっさと帰りたいというのが彼の本音だった。得意の近接武器は使い物にならず、ナイトメアの性能は劣っている。敵機のパイロットの技量も相当なものだ。ハッキリ言ってかなり分が悪い。

 

(早く帰りてぇ。けど、敵前逃亡なんてしたら父上や兄上達がなんて言うやら…)

 

 思考に耽るアレックスの隙をつくように、敵がこれで何回目になるか分からない跳躍をする。空から繰り出される回転かかと落としを両腕を組んで防ぐ。サザーランドの速度が僅かに落ちたところへ、今度は敵の回し蹴りが襲う。それを機体を屈めさせて回避。ホッと一息つく彼に対し、敵は足を刈り取ろうと3発目の蹴りを放っていた。

 

「はぁ!? させるか!!」

 

 滞空時間の長さに驚愕するアレックスは操縦桿とフットペダルを最高速で動かし、7tはある巨体を後方に宙返りさせる。

 

 俗にいう“バク宙”だった。

 

 言葉にすればたった3文字のこの行動は、KMF開発者達には感涙にむせび泣く事態だろう。彼らの目標は、2足歩行の巨人をいかに生身の人間に近づけるかにある。そしてゆくゆくは、人間を超える機動を取らせる事にあった。アレックスが行った“バク宙”はまさにその一つ。何百時間とシートに座り、機体の操作感覚を熟知していなければ決して成し得ない。彼の技量もまた“並”ではない事の証明だった。

 

 背部にあるコクピットすれすれを死神の鎌が通り過ぎるのを感じ取り、彼は機体を着地させ敵を見据えながら再びランドスピナーで後方に疾走させる。衝撃で膝関節の負荷をかけてしまったが、愛機の反応からまだ余裕を感じられた。

 

「空中三段蹴り!? カンフー映画の観過ぎだっつうの!!」

 

 偉業達成よりも、生存の余韻に浸るよりも、敵の異常な戦闘力に目を見張ってしまう彼を誰が責める事ができようか。たとえ同じナイトメアを用いても、敵の“離れ業”は父にも、本来の主君――コーネリア皇女殿下でもできないだろう。

 もはや一刻の猶予もない。敵が自分の癖を覚える前に決着を着けねば自身が喰われてしまう。

 

(ファルネーゼ卿、申し訳ありません。この敵は、俺が()ります。だから――)

 

 命令無視は大目に見てください、と切に願いながら一世一代の賭けに出る。

 

 

 

 顔に紅十字が刻まれた白いナイトメア。そのコクピットの中で日本人の青年がひたすら呪詛を呟いていた。表情は歪み、命を摘む作業に酔いしれているようだった。

 

「死ね…死ね…死ね…死ね…」

 

 その言葉は眼前の敵に対してか、それとも己を死地に送り込んだ上官に対してか、ユーロピア軍製KMF“アレクサンダ”のパイロット――日向アキトの瞳には理性の色はない。

 彼の心を占めているのは唯一つ――見敵必殺(サーチアンドデストロイ)だけだ。

 

 だというのに眼前の敵はそれを許してくれない。先程から何度も攻めているのに、アキトの猛攻を躱し、防ぎ、更には反撃してくる。苛立ち以上に“歓喜”が湧いてくるのを感じていた。

 

 次はどうする? 何を見せてくれる?

 

 今まで潰してきた敵とは一味違う極上の獲物。その肉を貪りたいという欲求を一切抑えようとせず昂ぶらせる。しかし、そうして続けていた命懸けの鬼戯(おにごっっこ)もどうやら終わりが近づいてきたようだ。

 

「ハハハッ!!」

 

 アキトの目の前に絶壁がそびえ立つ。敵も気づいたようでアサルトライフルを投げ捨てて180度反転し、壁に向かって疾走する。方向転換する素振りは見られない。研ぎ澄まされた五感でアキトは敵の狙いを察知した。

 

(逃がすか!!)

 

 スラッシュハーケンを用いてサザーランドが壁を駆け上がっていく。それに対しアキトのアレクサンダには、KMFに必須と言っていい武装のスラッシュハーケンが搭載されていない。

 普通ならここで追撃終了。悠々と敵が登り切るのを見送る形で幕を引くのだが、アレクサンダは機体も、パイロットも、そして開発者も普通(・・)ではなかった。

 

 冷たい装甲越しでは分からないが、きっと敵機のパイロットは仰天している事だろう。なんとアレクサンダは四足歩行の姿勢を崩さず、最高速度(トップスピード)を維持したまま“壁走り”を行ってみせたのだ。

 サザーランドはというと、ハーケンとランドスピナーを駆使しているとはいえ重力という枷に囚われてしまい、明らかに失速している。

 

 どんなに熟練者が操縦していても、そこはやはり量産機。世界中の人々に愛用される第五世代の傑作機とEUの命運を賭けて生み出された第七世代相当の性能を誇る最新鋭機とでは、動力源(ユグドラシルドライブ)の出力に差がありすぎた。

 

 2機の距離がジワジワと縮まっていく。このペースなら頂上に着く前に捉えられる。アキトがそう考えた時、サザーランドに動きがあった。

 終点はまだ先だというのにハーケンを回収し、超信地旋回を行って再び向かい合う。そして重力に負けて落下する前に迎撃しようと、1本のハーケンをアキトに向けて射出した。

 

(無駄な事を!!)

 

 決死の一撃を軽々と回避し、アキトは機体を軽く跳ねさせ人型へと変形させる。敵は残りのハーケンで自分に止めを刺そうとしている事は分かっている。だからこそ、彼はあえて跳躍した。逃げ場のない中空、それも的を大きくしてやれば敵は必ず迎え撃とうとするはず。今の自分ならば躱す自信は十分ある。己のトンファーが先か、敵のハーケンが先か、いずれにせよこの一瞬で決着がつく。

 

「死ぃねぇえええええええええええ!!!」

 

 アキトの咆哮に反応したのか、アレクサンダのフェイスカバーが開き素顔を晒す。その相貌は血を浴びたかのように真紅へ染まっている。数多のブリタニア兵を屠った死神の鉄槌が、新たな生贄を求めて振るわれた。

 ギリギリまで引き付けるつもりなのか、対峙する敵はまだ撃たない。それを好機とみたアキトの口角が更につり上がる。

 

(殺った!!)

 

 今からハーケンを放ってもこの距離ではもう間に合わない。トンファーが装甲に触れるか触れないかのところまできた瞬間、サザーランドが素早く側面に姿勢を向けた。

 

「ッ!?」

 

 必殺の一撃が空振り――予期していなかった事態にアキトの思考回路に一瞬の隙が生じる。そしてその隙を黙って見過ごすほど、眼前の敵は甘くはない。

 

 

 片腕を伸ばした姿勢を維持したまま、なんとアキト目掛けて急降下してきたのだ。この不安定な足場で、しかも重力という味方をつけた鉄塊を受け止める術はアレクサンダといえども不可能。

 

 死闘を繰り広げた2機は絡み合った状態で、大地へと叩き付けられたのだった。

 

 

 

「ハッハ――ッ! ジャストミィ――――トッ!!」

 

 地に平伏すアレクサンダを見て、アレックスはガッツポーズを決める。落下の衝撃でこちらも全身が悲鳴を上げているが、それを気にも留めないほどの達成感に満ちていた。

 ついさっきまで我が物顔で戦場を暴れまわっていた怪物が無様に醜態を晒す。まるで粋がっているクソガキを叩きのめしたようで、気分は最高だ。これなら討ち取られた戦友達の溜飲も下がるだろう。

 

 彼が壁を登ったのは逃げるためではない。最初からあの場で決着をつけるつもりだったのだ(勿論、アキトの壁走りにはビビっていたのだが) 

 

 ほぼ垂直の壁面ならば、敵は重力が邪魔で高い跳躍ができない。更に先行している自機は、位置的に自然と相手の上を取る事ができる。つまり、あの1分にも満たない僅かな時間だけアキトは3次元的戦闘から2次元的戦闘へ、逆にアレックスは2次元的戦闘から3次元的戦闘(擬)へとシフトしていたのだ。

 

 最後の一撃もそこまで難しいものではない。最初に飛ばしたハーケンをわざと空振りさせて、敵をもう1本のハーケンへと意識を誘導させる。しかしアレックスの本命は別にあった。空振ったハーケンがその刃先を地面(・・)へと喰い込んだのを見計らって、全力でワイヤーを巻き取る。 

 そうする事でサザーランドの姿勢は素早く側面を向き、敵の一撃の回避に成功。あとは地面目掛けて落下している途中、伸ばしておいた腕を硬直していた敵に引っ掻けたにすぎない。

 

 ちなみにハーケンを2本用いて実行しなかったのは、1本に絞る事により使用するエナジーを少しでもそちらに集中させる為でもあった。

 

 ワイヤーにより加速された落下速度(スピード)で、体重をたっぷり乗せたラリアット。しかもカウンターを用いたその威力――――“凄まじい”という言葉さえ生易しい。

 

「さぁて、とりあえず報告報告っと…」

 

 敵から目を逸らさず、器用に片手で司令部への状況報告(いいわけ)を打ち込んでいく。敵の新型を鹵獲した事で帳消しになるとは思はないが、少しでも足しになれば良いなと考えながら送信ボタンを押す。そうして返信を待つ彼に信じられない事態が起きた。

 

「…おい、そりゃ無いだろ……」

 

 思わず声が震える。

 

 敵ナイトメアが動き始めたのだ。先程の変態機動が信じられなくなるほど緩慢なのだが、確かに動いている。

 

 4本脚のうち失ったのは2本、あらぬ方向へ折れ曲がっているのが1本。首フレームは千切れかけ、露出した内線ケーブルがかろうじて頭部を繋いでいる。ゆらゆらと頭を揺らしながら四つん這いで近づく姿は、エリア11に赴任している兄達からのイタズラ添付ファイルにあったホラー映画を彷彿とさせていた。

 

「ハッ! いいぜ、来いよ!!」

 

 強がっているもののアレックスにはもう勝算はない。愛機は両腕とランドスピナーを失い、武装もハーケンのみ。両足は健在でもエナジーの残量から、あと1~2分程度で動けなくなるだろう。頼みの綱の脱出装置は、落下の衝撃で不具合を起こして作動しない。

 

 誰が見てもこの状況――“詰み”である。

 

 けれども諦める気にはなれなかった。教官曰く、窮地に立たせられた時にこそ人間の本質が現れるという。

 

 逃げる事が叶わぬなら、投降よりも最後まで戦い抜くことを選ぶ。父も皇女殿下もきっと同じ選択をするだろう。準騎士とはいえグラストンナイツの肩書を背負う以上、無様な死だけは許されないのだ。

 

 一定の距離まで近づくと敵が突然静止した。エナジーが尽きたのかと思いきや、熱源が消えていないので意図的に止めたのだろう。

 

(誘ってやがる…)

 

 ここで焦って攻撃を仕掛けるのはド素人だ。あんな無茶な動きを続けていればガス欠寸前でもおかしくはないが、パイロットの力量からしてこれは明らかな“誘い”だと判断した。先に動いて隙ができるのを待っているに違いない。

 

 両機はまるで時が止まったかのように動かない。

 

 ただ睨み合っているだけだというのに、一瞬も気の抜けない状況のせいで息が自然と荒くなる。体力は恐ろしい勢いで削られていき、操縦桿を握りしめている手は汗が滲んでいく。エナジーの残量を示すメーターが最後の1本を点滅させた時、突如信号弾が上がった。

 

 信号弾が示す言葉は『作戦終了』。それを視界の端で確認した後も暫く互いに警戒態勢は解こうとしない。しかし、遂に敵は踵を返し森の中へと消えていった。

 

 エナジーが尽きた事を報せる電子音が聞こえて、残心を続けていたアレックスにようやく時が戻る。傍らのコンソールを見ると、帰投を求める司令部からの通信ログがズラリと並んでいた。この作戦における己の問題行動を振り返ってみよう。独断行動、敵の撃破失敗、止めに命令無視のスリーアウト。

 

「やっちまった…」

 

 予備電源で返信ぐらいはできるけれども、何とも言い辛い内容なだけに頭痛がする。しかも機体が動かないので、迎えに来てとも伝えなければならない。命を懸けた割には、あんまりな結果に泣きそうだ。

 

「あぁあああああああ!! 早くグロースターに乗りてぇえええええええええ!!!」

 

 防音性の優れたコクピット内で、魂の絶叫が響き渡る。

 

 アレックス・A・ダールトン、18歳。

 

 故郷から遠く離れた異国の地で、血と硝煙に満ちた青春を過ごしていた。

 

 

 




続きは話の流れは考えているんですけど、書こうか迷っています。


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