そんなある日、この世界の神に関わる場所に行く機会を得ます。
本来は、何事も起こる筈の無い、宮水家代々に伝わる行事だったのですが、そこで星矢達を待ち受けていたものは?
遂に、入れ替わりの謎が明らかに……
朝、いつものように俺は宮水家の前に行き、玄関で三葉達を待つ。
しかし、今朝は学校の制服では無く。本当の俺に近い恰好だ。赤いTシャツの上に一枚シャツを羽織っているが、下はジーンズだ。
「あ……おはよう!瀧さん!」
「おう、おはよう。」
玄関の戸が開いて、まずは元気に四葉が出てくる。
「おはよう……瀧くん。」
続いて、三葉が出てくるが、三葉も制服では無く、下はジーンズで上にはパーカーを羽織っている。
「おはよう。すまないね、瀧くん。」
最後に、お婆さんが出てくる。
今日は、休日では無いが学校等は休みで、宮水家は山の頂上の御神体に“口噛み酒”というお神酒を奉納に行く日らしい。本来は、神主のお婆さんと巫女見習いである三葉と四葉の宮水家だけで行く行事なのだが、しょっちゅう晩御飯を作りに来て、すっかり四葉やお婆さんとも仲良くなった俺も是非にと言われ、沙織さん……三葉もそれを望んだので同行する事にした。
御神体へは、宮水神社の裏手の山道を登って行くらしい。唯一場所を知っているお婆さんが先導し、その後ろに四葉。俺と三葉は並んでその後に続く。
俺は、小声で三葉に話し掛ける。
「何で、御神体が神社じゃ無くて、山の頂上にあるんだ?」
「私にも分かりません……だけど……」
「ん?」
「御神体まで行けば、この入れ替わりの原因や、神々が関与しているのかどうかが分かるかもしれません。」
それは確かにそうだ。この田舎町で、唯一神が関わっていそうなところは御神体だけだろう。それに、この世界が俺達の世界で無い事は分かったが、入れ替わりの理由は未だに不明だ。アテナを狙う刺客も、一向に現れない。ほぼひと月近く、俺達は田舎の休日を過ごしていたようなもんだ。まあ、夜中に万一に備えての修行は行っていたが……
結構な山道を、ひたすら歩く。
「お婆ちゃん、何でうちの御神体は、こんな遠くにあんの?」
四葉が、俺達が聞きたかった事をお婆さんに聞いてくれた。
「繭五郎のせいで、わしにも分からん。」
繭五郎?誰だ、それは?
「誰?」
俺は、小声で四葉に聞く。
「え、知らんの?“繭五郎の大火”で有名やよ。」
「繭五郎の大火?何だ?それ?」
「何でも、200年前に大火事を起こして、この辺の村や神社を焼いちゃったんやて。」
そうか、それで御神体が神社に無いのか?でも、だからって山の頂上に持ってく事は無いだろうに……
「瀧くん。」
すると、三葉が話し掛けて来る。
「どうした?疲れたかい?」
「いいえ、私は大丈夫です。それより、お婆さんが……」
言われて前を見ると、お婆さんは結構辛そうだ。非常に、歩みも遅い。流石に、お年寄りにはこの山道は辛いだろう。俺は、お婆さんを追い越して前に行き、屈んで背中を差し出した。
「お婆さん!」
お婆さんは、にっこり笑って、
「ありがとうよ。」
と言って、俺の背中におぶさる。
少し歩いたところで、お婆さんが語り出す。
「瀧くん、三葉、四葉、ムスビって知っとる?」
「ムスビ?」
四葉が聞き返す。
「土地の氏神様のことをな、古い言葉で産霊(むすび)って呼ぶんやさ。この言葉には、いくつかの深い意味がある。」
土地の氏神様?それがこの世界の神か?そいつが、俺達をこの世界に呼んだのか?
「糸を繋げることもムスビ、人を繋げることもムスビ、時間が流れることもムスビ、全部同じ言葉を使う。それは神様の呼び名であり、神様の力や。わしらの作る組紐も、神様の技、時間の流れそのものを顕しとる。
寄り集まって形を作り、捻れて絡まって、時には戻って、途切れ、また繋がり……それが組紐。それが時間。それが、“ムスビ”。」
時間の流れというより、次元のズレなんだけどな、俺達は……
「ほら、飲みない。」
大分歩いたところで、木陰で小休止。お婆さんが、三葉に水筒を手渡してくれる。中には、お婆さんが作ってくれた麦茶が入っている。三葉は、真っ先にそれを四葉に渡す。
「え?お姉ちゃんは?」
「私は大丈夫だから、お飲みなさい。」
「そんな事言うても……」
姉に気を遣って、四葉はまず水筒の蓋に麦茶を注ぐ。それを、先に姉に渡す。
「ありがとう。」
にっこり笑って、三葉はそれを受け取る。そして四葉は水筒を口に付けて、ひと口、ふた口と飲み込む。
「おいしい~」
幸せそうな顔で、四葉は笑う。ずっと歩いて、相当喉が渇いていたんだろう。
「はい、瀧さん!」
喉を潤した四葉が、水筒を俺に回してくれる。
「え?いいの?」
「当然やよ!まあ、お姉ちゃんとの間接キッスやなくて、物足りんやろうけど。」
「ば……馬鹿言ってんじゃねえよ!」
俺は、少し頬を赤らめて水筒を受け取り、麦茶を飲む。少し汗を掻いていたので、凄くおいしく感じた。
「それも、ムスビ。」
「え?」
また、お婆さんが語り出す。
「水でも、米でも、酒でも、何かを体に入れる行いもまた、ムスビと言う。体に入ったもんは、魂でムスビつくで。だから今日のご奉納はな、宮水の血筋が何百年も続けてきた、神様と人間を繋ぐための大切なしきたりなんやよ。」
ようやく頂上に着くと、そこには、大きなカルデラ状の窪地があった。その中央には、巨大な岩と一体化した巨木があり、それが御神体らしい。
俺は、また小声で三葉に話し掛ける。
「昔、ここで聖戦でもあったのかな?それで、こんな窪地が?」
「いいえ、これはおそらく彗星によるものでしょう。」
「彗星?」
「この世界では、1200年周期でティアマト彗星が地球に接近します。その際に、破片か何かがこの地に墜ちたのでしょう。」
「ああ、それでクレーターが……」
「お姉ちゃ~ん!瀧さ~ん!行くよ~!」
四葉が、俺達を呼ぶ。話し込んでいる内に、お婆さんと四葉はもう窪地の中に降りていた。
俺達は、慌てて後を追う。そうして、御神体の巨木を囲むように流れる小川の前まで行く。
「ここから先は、カクリヨ。」
『かくりよ?』
お婆さんの言葉に、俺達は揃って声を上げる。
「隠り世、あの世のことやわ。」
この先があの世?どういう意味だろう?
「?!」
その時、俺は目の前の巨木から邪悪なコスモを感じ取った。しかも、それは1年前に感じた経験のあるコスモだった。
「星矢!」
沙織さんが、俺の本名を呼ぶ。彼女も同じコスモを感じたのだ。
お婆さんと四葉は、俺達の異様な雰囲気に動揺している。
「?!」
更には、突然俺達の周りに怪しい一団が現れた。黒い甲冑に身を包んだ、いかにも悪人顔の連中だが、その様相には見覚えがあった。
「な……何やの?」
怯えて四葉は、俺の後ろに隠れる。
「ここから先は、我らが主の神聖な領域!」
「大人しく立ち去れば良し、さもなくば!」
そう言いながら、一斉に襲い掛かって来た。立ち去る暇なんか与えてねえじゃねえか!
俺は、襲い掛かって来る連中を片っ端から殴り倒す。
「ぐはっ!」
「ほげっ!」
相手は雑兵、いくら自分の体で無くとも、俺の敵では無い。
「た……瀧さん……強い。」
四葉が感心する。
「ああっ!」
しかし、奴らはお婆さんも狙って来た。
「いけない!」
沙織さんが、とっさにお婆さんを庇う。
「な……何だ?」
襲って来た連中は、突然動けなくなる。アテナのコスモに制されたのだ。
「この野郎!」
すかさず俺が駆け付け、その連中を一掃する。
「星矢!このままではお婆さん達も巻き込んでしまいます。一旦引きましょう。」
「ああ、分かった!」
俺は、再びお婆さんを背負い、沙織さんは四葉の手を引き、全速力でその場を後にした。窪地を出て山道に入ったら、もう奴らは追っては来なかった。
瀧達が立ち去った後、御神体の巨木の前に、ひとりの女の姿が浮かび上がる。が、それは人の姿では無かった。美しい女性の顔をしているが、その頭には2本の角が生えている。手には鋭い爪が有り、胴からは下は巨大な蛇の形をしており、蝙蝠のような翼も生やしている。
「あ……あの娘から感じたコスモは、紛れも無くアテナ!まさか、わらわを追ってこの世界に来たのか?……おのれ、アテナ!どこまでもわらわの邪魔をするというのか?……こうなれば、事を急がなければ!」
夜になっても、俺は家には戻らず、宮水家に留まっていた。四葉は余程怖かったのか、夕食の後直ぐに寝てしまった。俺と沙織さんは、1階の居間で話をしていた。
「あのコスモは、間違い無くティアマトです。」
「生きていたのか?」
「おそらく、1年前のあの時、最後の力を振り絞ってこの世界に飛んだのでしょう。」
「じゃあ、あいつが俺達をこの世界に飛ばしたのか?」
「それは、違うと思います。」
「え?何で?」
「私達に復讐するために、私達をこの世界に呼び寄せたのなら、1ヶ月もの間何もしなかったというのはおかしいです。それに、私を亡き者にしたいなら、アテナの聖闘士であるあなたを一緒に呼ぶ筈がありません。」
「それは……確かにそうだな。」
「私は、この入れ替わりには、この世界の神が関わっていると思えてならないのです。」
そこに、お婆さんが入って来たので、俺達は一旦この話を止めた。
「ふたりとも、ちょっとええか?」
お婆さんに呼ばれて、俺達は神社の本殿に移動した。
そこで、お婆さんは単刀直入に聞いて来る。
「あんた、三葉やないね?」
流石に、気付くよな……さっきなんて、思い切り本名で呼び合ってたし。
沙織さんは、ゆっくりと答える。
「はい。信じられないかもしれませんが、私達はこの世界の人間ではありません。」
お婆さんは、黙って聞いている。
「入れ替わったのは、ほぼひと月前です。また、これも信じられないかもしれませんが、私は普通の人間ではありません。戦いの女神、アテナの転生した存在でもあるのです。」
この言葉には、お婆さんも驚きを隠せない様子だった。ただ、神主として神様を崇めてるだけあって“そんな馬鹿な”というような態度はとらなかった。
その後、沙織さんは聖戦の事、聖域の事、聖闘士の事も説明した。そして、1年前の邪悪な女神ティアマトとの戦いと、そのティアマトのコスモを、今日御神体で感じた事も説明した。
「実は……」
そこまで聞いて、それまで無言だったお婆さんが口を開いた。
「三葉は、本当のわしの孫では無いんよ。」
『え?』
突然のこの言葉に、俺達は驚く。
「17年前、わしは今日と同じように御神体に口噛み酒の奉納に行った。まだ存命だった、三葉と四葉の母“二葉”と、今は家を出てしまった“としき”を連れて。」
やはり、町長が三葉達の父親だったか。
「御神体まで行くと、中から赤ん坊の泣き声が聞こえたんじゃ。降りて行くと、祠の前に、おくるみに包まれた、何とも可愛らしい女の子の赤ん坊が置かれていたんじゃ。」
「何だって?」
俺は、驚きの声を上げる。沙織さんは、逆に驚きで声も出ないようだ。
「こんな人の少ない田舎町じゃ、どこぞで赤ん坊が生まれれば、直ぐに噂になるで分かる。じゃが、そん時はそんな話どこにも無かった。御神体に行くんは一本道じゃ。誰かが置いて行ったんであれば、必ず途中で行き会う。じゃが、それも無かった。」
俺達は、もうただ黙って聞いているだけだった。
「もし、その日以前に置かれておったら、赤ん坊は衰弱しとる筈じゃ。じゃが、その子は、まるで今生まれたばかりかのように、元気に泣いておった。わしらは、神様がわしらにこの子を授けたんじゃと思った。この子を立派に育てんと、神様に申し訳が立たん。そう考え、自分達の子として、育てる事に決めたんじゃ……」
俺は、沙織さんの顔を見る。彼女も俺の顔を見てゆっくりと頷く。考えている事は同じのようだ。
三葉は、この世界のアテナだ。この世に邪悪がはびこる時、戦いの女神アテナは人間界に転生する。邪神ティアマトがこの世界にやって来る事を予期したアテナが、三葉としてこの地に転生した。しかし、聖戦も起こっていないこの世界で、三葉の力はティアマトに対するには十分では無かった。アテナを護る聖闘士もこの世界には存在しない。そこでこの世界のアテナは、ティアマトと同じ世界のアテナと、アテナの聖闘士の俺をこの世界に呼び寄せた……俺達を呼んだのは、三葉の中に眠るアテナだったんだ。
その夜は、俺は用心のため宮水家に泊まった。瀧の家には電話をして、親父さんの了解は取った。特に怪しまれる事も無く、すんなりOKが出た。今迄妙だと思っていたが、この親父は俺に関心が無いのでは無い。俺の言動が、本物の瀧と比べて違和感が無かったのだ。良く考えてみれば、テッシーやサヤちんも三葉の言動には驚いても、俺の言動には一度も怪訝な顔をした事が無い。瀧のそれと、大きな差異が無かったからだ。三葉が俺達の世界での沙織さんであるように、瀧は俺達の世界での俺、アテナを護る聖闘士になるべき存在だったのだ。
翌朝、俺は身支度をして居間に行く。
学校に行く仕度では無い。もう一度あの御神体に、今度はティアマトを倒しに行くのだ。
もちろん、お婆さんと四葉は連れて行けない。俺と沙織さん……アテナのふたりだけでだ。
ところが、居間に入って行くと、三葉達3人がテレビの前に立ち竦んでいた。何事かとテレビを覗き込むと、以下のような報道が流れる。
『大変な事が分かりました。昨夜、ティアマト彗星が突然速度上げ、軌道を替えました。専門家の計算によると、本日の夕刻には地球に落下します。その場所は、岐阜県の糸守町に……』
何だって?今夜、彗星がここに落下する?
ちょっと強引すぎる設定ですが、まあ私の妄想設定なんでご容赦願います。
三葉と瀧は、星矢達の世界の沙織と星矢に相当する存在でした。そして、三葉はアテナの転生した存在、但し、過去にも現在でも覚醒していない状態です。(星矢達の世界に行って、少しだけ覚醒した事になりますが)
瀧が星矢の体を使いこなせたのも、星矢と行動が似ているのもそのためです。
正直に白状しますと、書いていて瀧と星矢をうまく書き分けられなかったんですね。ならいっそ同一の存在にしてしまえと、この設定になりました。