君のコスモは   作:JALBAS

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シャイナの元で、コスモを高める特訓に励む瀧。
“三葉を護る”という目標にやる気も倍増し、日に日に上達していきます。
しかしそこに、ティアマトの刺客が……
今の瀧では、まだ太刀打ちできる相手ではありません。
どうする?瀧?




《 第五話 》

シャイナさんの下で、俺のコスモを高める修行は始まった。

しかし、俺の今の体は星矢の体だ。この体自体は、既に鍛え上げられている。だから、筋トレや走り込み等という事をやるのでは無い。自分の心の中の小宇宙を感じ取り、それを拳に込めるのだ。

まずは、闘技場の中央の台座の上に置いた、小さな岩を拳で砕くところから始まった。

「うおおおおおおっ!」

俺は、渾身の力を込めて岩を殴る。しかし……

「いってええええええええっ!」

岩はびくともせず、手が赤く腫れあがるだけだ。

「駄目だ!全然なって無いよ!それじゃ、馬鹿みたいに力を込めてるだけじゃないか?」

「そ……そんな事言ったって……だいたい、素手で岩なんか砕けるのかよ?」

「できないって言うのかい?」

い……いや、俺は昨日、瞬とギルタブルルの壮絶な闘いを目の当りにしている。あのふたりなら、本当に岩なんて簡単に砕いてしまいそうだ。

「見てな……」

シャイナさんはそう言って、足元の岩の欠片を拾い上げる。

「はあっ!」

そして何と、片手でそれを握り潰してしまった。

「ええっ!」

俺は、驚きの声を上げるだけだった。大して、力を込めているようにも見えなかった。なのに岩は、雪の塊のように簡単に砕けてしまった。

「いいかい瀧、この地上にある物は全て原子で出来てるんだ。破壊するという事の根本は、原子を砕くという事なのさ。表面的に壊すんじゃ無い、その内面から砕くんだ。」

な……内面から、砕く?

「ただ力を込めても無駄さ。自分の中に、宇宙を感じるんだ!」

お……俺の中の、宇宙……

俺は、再び岩に向き合う。そして、目を閉じる。

感じるんだ、俺の中の宇宙を……って、何も感じねえっ!

「があああああっ!ダメだああああっ!」

俺は、頭を抱えてその場にしゃがみ込んでしまう。

「闇雲に考えたって駄目さ、あんたには、何か護りたいものは無いのかい?」

「お……俺の、護りたいもの?」

そ……そんなもの決まってる。

「三葉だ、俺は、自分の力で三葉を護りたい!」

「じゃあ、その三葉が襲われてるとでも考えてごらん?あんたがその岩を砕けなきゃ、三葉が死んでしまうってね?」

三葉が……

俺は、昨日のギルタブルルが、三葉に襲い掛かる場面を想像する。

俺は、三葉の前に立って、奴を迎え撃つ。しかし、そこにあの見えない攻撃が……

「させるかあああああああっ!」

俺の中で、何かが弾けた。殆ど無意識に、俺は拳を出す。

「……いてええええええっ!」

俺は、また腫れあがった手を抱えて情けない叫び声を上げる。

「だ……だめだ……」

「そうでも無いさ。」

「え?」

「見てごらん。」

シャイナさんに言われて、俺は台座の上の岩を見る。すると、徐々に岩に亀裂が伸びて行き、大きな音を立てて岩が崩れ落ちた。

「や……やったのか?」

「あんまりスマートじゃないけどね、初めてにしては上出来さ。」

「や……やったあああああっ!」

また俺は、恥も外聞も無く大声を張り上げていた。

「こんな程度で浮かれてるんじゃ無いよ!こんなのは基本中の基本さ。いつ敵が襲って来るか分からない、1日でも早く、その体を使いこなせるようになるんだ!」

「は……はいっ!」

 

 

 

朝、スマホのアラーム音で、目が覚める。

俺は直ぐに飛び起きて、制服に着替える。自分の体の時は着の身着のままだったが、一応他人の体だから、寝る時は寝巻きに着替えている。

顔を洗って、台所に行くと、親父がもう朝食を用意してくれていた。

俺は孤児だったから、親というものは知らない。姉さんが親代わりでもあったが、年は近かったし女だ。だから、親父というものがどんなものか、人に聞いた程度の知識しか無い。

血の繋がりだけで言えば城戸光政が親父なんだろうが、親子として接した事は一度も無い。

そのため、親父とどんな会話をすればいいのかが全く分からない。だから、殆ど会話が無い。だが、この父親はその事について何も言って来ない。入れ替わってから、そろそろ1週間近く経つが、何も違和感を感じていないんだろうか?

「ごちそうさま。」

先に食べ終わって、俺は自分の食器を片付ける。片付けながら、父親の方を何度か見るが、父親は黙って新聞を見続けている。新聞の1面の見出しには、1200年振りに地球に接近する彗星の記事が載っている。

片づけが終わり、俺は鞄を持って台所を出て行く。

「行って来ます。」

「おう……最近、出るのが早いな?瀧。」

「ん……ああ、友達の家に寄ってから行くから。」

「そうか……気をつけてな。」

いつも、こんな感じだ。放任主義なのか、感心が無いのか?あまり息子の動向が気にならないみたいだ。

まあ、瀧の家庭の事情を気にしている場合では無い。この入れ替わりの理由が分かるまでは、沙織さんがボロを出さないようにしっかりとフォローしなくては。

俺はいつものように宮水家の玄関の前に行き、彼女を待つ。

「おはよう!瀧さん、いつもご苦労様やね!」

「おう、しっかり勉強して来いよ!」

まずは元気に、四葉が出て行く。続いて沙織さ……三葉が現れるが、何故か、表情が険しい。

「瀧くん、今朝の彗星のニュースは見ましたか?」

「彗星?ああ、1200年周期で地球に最接近するって奴?こっちに向かってたんでテレビは見てねえが、新聞にも載ってたな。名前が“ティアマト”ってのが気に入らねえが。」

「問題は、そこではありません。」

「え?」

「私は人間“城戸沙織”であると同時に、女神アテナの生まれ変わりでもあります。」

「ああ、分かってるよ。何を今更……」

「だから私には、わずかですが、前世の記憶も残っているのです。」

「だから?」

「私の記憶には、1200年周期で地球に接近する彗星などありません!」

「な……何だって?」

「星矢!学校に着いたら、図書室に付き合って頂けますか?」

「あ……ああ、いいぜ。」

沙織さん、本名で呼んじゃってるぜ……そんなに取り乱して、いったいどうしたんだよ?

 

学校に着くと、授業もそっちのけで、沙織さんは図書室に篭る。そして、世界の歴史に関する本や、神話に関する本を読みあさっている。俺は、彼女の向かい側に座って、適当な娯楽小説なんかを流し読みしている。

「やはり……」

2時間近く本を読みまくったところで、ようやく沙織さんは口を開く。

「な……何か分かったのか?」

「ここに書かれている歴史や神話は、私の記憶とは異なるものばかりです。」

「それが、どうかしたのか?」

「ここは、私達の世界ではありません。」

「ふ~ん、それで……ええっ!何だって?」

俺は、大声を上げて立ち上がっていた。

 

 

 

今日も、闘技場でシャイナさんと特訓をしていた。

「はああああああああっ!」

俺は、心の中の宇宙を感じながら、拳を放つ。台座の上の岩は、俺の一撃で粉微塵に砕け散る。

「ふん、大分安定して来たね。そろそろ、次の段階に移ってもいいだろう。」

「へへっ。」

「調子に乗るんじゃ無いよ!そんなレベルじゃまだ、ティアマト11混成獣だっけ?そいつらの前じゃ赤子も同然だよ。」

「わ……分かってますよ。」

その時、突然あたり一帯に異様なコスモが立ち込める。

「な?」

「な……何だ?この、邪悪で、巨大なコスモは?」

「ひひひひひひひっ!」

不気味な笑い声と共に、闘技場の端に妖しい人影が現れる。紫色の蛇を模った甲冑を身に纏っている。

「だ……誰だ?お前は?」

「俺は、ティアマト11混成獣がひとり、バシュム!」

な……また、ティアマトの混成獣が?

「そこに居る男が、ティアマト様を倒したアテナの聖闘士“ペガサス星矢”か?」

げげっ……やっぱり、そう来るの?

「……ふん、本当にこんな男にティアマト様はやられたのか?コスモの欠片も感じない。」

そ……そりゃ、そうだろう。中身は俺なんだから……

「だが、俺はギルタブルルのように強者を求めてなどいない。相手が弱ければ、喜んで嬲り殺しにしてやろう。」

げげっ、さ……最低な奴。

「逃げるんだよ!瀧っ!」

俺の前に出て俺を庇い、シャイナさんが言う。

「え?し……しかし……」

「今のお前に、どうこうできる相手じゃ無い!相手のコスモの高さくらい分かるだろう!」

確かに、特訓のおかげで、相手のコスモを感じる事ができる。こいつのコスモは俺とは比べ物にならないくらい、桁違いにでかい。だけど、シャイナさんと比べたって……

「言っておくが、俺は相手が女でも容赦はしない。その仮面も剥いで、素顔を切り刻んでやろう。」

な……こいつ、本当に最低だ。

「やれるもんならやってみな!来い!オピュクスクロス!」

コスモを高めたシャイナさんに、蛇使い座の聖衣が装着される。

「ほう?お前も蛇か?」

「私は蛇使いさ、あんたを使ってやるよ!サンダークロウ!!」

シャイナさんの必殺拳が、バシュムに炸裂……と思いきや、

「何っ?」

シャイナさんの攻撃は、難無くバシュムに受け止められてしまう。

「何だ?これがお前の拳か?遅くて、ダンスかと思ったぞ?」

「な……何だと?」

「拳とは、こういうのを言うんだ。喰らえ!ポイズンファング!!」

「うわあああああああっ!」

超至近距離で、バシュムの必殺拳がシャイナさんに炸裂する。シャイナさんは、大きく跳ね飛ばされる。

「シャイナさん!」

俺は、シャイナさんに駆け寄る。

「ば……ばか、逃げろと……言ったろ……」

「女のあんたを置いて、男の俺が逃げられる訳が無いだろう!」

「い……いっぱしの口を利くんじゃないよ……駆け出しのくせに……」

シャイナさんは、何とか立ち上がろうとするが、

「ううっ!」

急に苦しみ出し、また倒れてしまう。

「ど……どうしたんだ?シャイナさん?」

「か……体が、痺れて来て……」

「ひひひひひ……毒が回って来たようだな?」

「毒?」

「俺の神衣の爪からは、強力な毒が出るのさ。この毒は、直ぐにはお前を殺さない。何日も悶え苦しんで、死んでいくのさ。」

「な……何だと?」

「最初に言っただろう、嬲り殺してやるって。」

こ……こいつ、ほんとの本当に最低だ!こいつだけは、絶対に許せない。

俺は、シャイナさんを庇ってその前に立つ。

「や……やめろ……たき……」

「シャイナさん、それは命令でも聞けないな。俺は、こいつを許せない。それに、あんたを見殺しにしたら、この体の持ち主、星矢に顔向けができない!」

「し……しかし……クロスもなしで……」

「俺のコスモよ!今だけでもいい、星矢のくらいまで高まれっ!」

俺の中で、また何かが弾けた。体の中から、力が溢れて来る。

「うおおおおおおおおおおおおおっ!」

「な……何っ?」

「こ……この、コスモは……」

青白い輝きが、俺の体を包み込む。すると、何処からか、ペガサスの聖衣が飛んで来て、俺の体に装着される。

「ぺ……ペガサスのクロスが……たきに……」

「何だ?このコスモは?こいつ、本当にさっきの星矢と同一人物か?」

感じる……俺のコスモだけじゃ無い!この体に染み付いた、星矢の記憶、星矢のコスモを感じる。そして、何をすればいいかが、分かる!

俺の体は、自然に動いていた。バシュムに向かい、ペガサスの奥義を放つ。

「ペガサス!流星拳!!」

「ぐわああああああああっ!」

俺の放った技で、バシュムは大きく跳ね飛ばされる。

「や……やった……」

「たき……おまえ……」

一気に力が抜けて、その場に跪く。だが、できた。俺は今、星矢の技を使いこなせたんだ!

「お……おのれ……」

しかし、喜んだのも束の間だった。俺はまだバシュムを倒せてはいなかった。バシュムはよろけながらも立ち上がって来る。

「き……利いていないのか?」

「ふん、確かに、生身で喰らえばやばかったかもな?だが、俺は最強の強度を誇る、ティアマト様から与えられた神衣を纏っている。」

ま……まずい、今の俺では、さっきの攻撃でいっぱいだ。もう、さっきみたいにコスモを高める事は……

「ふん、本当に、お前はさっきの奴と同一人物か?今度は、全くコスモを感じない。」

だ……だめだ……殺られる……

「だが、容赦はせんぞ……お前が本気を出せないなら、今の内に止めを刺す。」

バシュムは、シャイナさんを倒した技の構えをする。

「喰らえ!ポイズンファング!!」

「うわあああああああああっ!」

もろに攻撃を喰らい、俺はシャイナさんの後ろまで跳ね飛ばされる。

「た……たきいいいいいっ!」

「ぐ……ぐふっ!」

強烈なダメージを受けた上に、俺も体に痺れが回ってくる。奴の、毒にやられたのだ。

「もう、放っておいても死ぬだろうが、ペガサス、貴様は危険だ。今、この場で命を絶つ!」

バシュムは、俺の止めを刺そうと、俺に向かって歩いて来る。

しかし、俺はもう、起き上がることすらできない。俺は、ここで死ぬのか?三葉も護れず、目の前のシャイナさんすら護れず……

「な……何だ?」

突然、バシュムの動きが止まる。気付くと、闘技場一帯が異様な凍気に包まれている。

「何だ?このリングは?」

凍気のリングが、バシュムの動きを止めていた。

「カリツォー!」

闘技場の端から声がする。そこには、ひとりの聖闘士が立っていた。白い、白鳥を模した聖衣を身に纏った聖闘士が。

「な……何だ?貴様は?」

「キグナス氷河。」

「そ……そうか、貴様がキグナス……ぬ、ぬおおおおおおおおっ!」

バシュムは、気合を込めて凍気のリングを吹き飛ばす。

「こんな程度で、俺の動きを封じたつもりか?」

「別に……一時、お前の動きを止めるだけで良かった。まだ、その男を殺されては困るのでな。」

「ふん、邪魔をするつもりか?ならば、まずお前から片付けてやろう!」

「止めておけ。」

「何?」

「もうお前は、先程の流星拳でボロボロだ。俺と闘う力は、残っていない。」

「ふざけるな!聖闘士ごときの拳で俺がボロボロだと?ならばお前も受けろ!ポイズンファング!!」

バシュムは、俺達を倒した拳を氷河に放つ……しかし、

「な……何だと?」

バシュムの拳は、難無く氷河に受け止められてしまう。

「この技は、先程お前がペガサスに放つのを見た。聖闘士に、同じ技は2度通用しない。」

「な…何っ?」

バシュムは初めて恐れを感じたのか、一歩、二歩と退いて行く。

「そんなに死にたければ、望み通りにしてやる。」

氷河が白鳥が羽ばたくような、舞のようなポーズを取る。

「ダイヤモンドダストオオオオオッ!!」

凄まじい吹雪が、バシュムに襲い掛かる。

「うぎゃあああああああああああっ!」

全身凍りついて、バシュムは派手に吹き飛ばされる。そして、今度こそ完全に倒される。また俺は、星矢の仲間に助けられた。

氷河は、バシュムの倒れた所に行き、何やら左手を探っている。そして、奴の神衣の左手の爪を外し、こちらに投げて来る。

「その中に解毒剤が入っている。痺れが全身に回る前に、飲んでおけ。」

俺とシャイナさんは、言われた通りに解毒剤を飲む。攻撃のダメージはまだ残っているが、痺れの方はおかげで無くなった。

少し落ち着いたところで、氷河が俺に話し掛けて来る。

「さて……瀧と言ったな?こいつらに襲われてるという事は、ティアマトの手先では無いのかもしれんが、貴様は何者だ?」

「え?何者って、日本の糸守って町に住む、普通の高校生だって……」

「いつまで、そんな嘘が通ると思ってる?」

「う……嘘?」

「お前達の目的は何だ?アテナと星矢を何処へやった?」

「だ……だから、ふたりは多分糸守だって……」

「その糸守は、何処にある?」

「だから、日本だって言ってる……」

「日本に、そのような名前の町は無い!」

「ええっ?」

「素直に喋れば良し、さもなくば、力尽くで話してもらうぞ!」

氷河は、先程バシュムを倒した技のポーズを取る。

「ま……待ってくれ、いったい何を言ってるんだ?」

俺には、氷河が何を言っているのか、さっぱり分からなかった。

 





入替ってからここまで、ボケまくりだった沙織さん。ようやくアテナの本領発揮、今居る世界の違和感に気付いていきます。
そして氷河も、瀧の言う世界と自分達の世界の矛盾に気付き、瀧にそれを問い掛けます。
しかし、瀧には分かる筈もありません。

詳しくは次回で書きますが、この話は何年か前との“時系列”の入れ替わりではありません。歴史も、環境も違う、“異世界”との入れ替わりです。

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