“三葉を護る”という目標にやる気も倍増し、日に日に上達していきます。
しかしそこに、ティアマトの刺客が……
今の瀧では、まだ太刀打ちできる相手ではありません。
どうする?瀧?
シャイナさんの下で、俺のコスモを高める修行は始まった。
しかし、俺の今の体は星矢の体だ。この体自体は、既に鍛え上げられている。だから、筋トレや走り込み等という事をやるのでは無い。自分の心の中の小宇宙を感じ取り、それを拳に込めるのだ。
まずは、闘技場の中央の台座の上に置いた、小さな岩を拳で砕くところから始まった。
「うおおおおおおっ!」
俺は、渾身の力を込めて岩を殴る。しかし……
「いってええええええええっ!」
岩はびくともせず、手が赤く腫れあがるだけだ。
「駄目だ!全然なって無いよ!それじゃ、馬鹿みたいに力を込めてるだけじゃないか?」
「そ……そんな事言ったって……だいたい、素手で岩なんか砕けるのかよ?」
「できないって言うのかい?」
い……いや、俺は昨日、瞬とギルタブルルの壮絶な闘いを目の当りにしている。あのふたりなら、本当に岩なんて簡単に砕いてしまいそうだ。
「見てな……」
シャイナさんはそう言って、足元の岩の欠片を拾い上げる。
「はあっ!」
そして何と、片手でそれを握り潰してしまった。
「ええっ!」
俺は、驚きの声を上げるだけだった。大して、力を込めているようにも見えなかった。なのに岩は、雪の塊のように簡単に砕けてしまった。
「いいかい瀧、この地上にある物は全て原子で出来てるんだ。破壊するという事の根本は、原子を砕くという事なのさ。表面的に壊すんじゃ無い、その内面から砕くんだ。」
な……内面から、砕く?
「ただ力を込めても無駄さ。自分の中に、宇宙を感じるんだ!」
お……俺の中の、宇宙……
俺は、再び岩に向き合う。そして、目を閉じる。
感じるんだ、俺の中の宇宙を……って、何も感じねえっ!
「があああああっ!ダメだああああっ!」
俺は、頭を抱えてその場にしゃがみ込んでしまう。
「闇雲に考えたって駄目さ、あんたには、何か護りたいものは無いのかい?」
「お……俺の、護りたいもの?」
そ……そんなもの決まってる。
「三葉だ、俺は、自分の力で三葉を護りたい!」
「じゃあ、その三葉が襲われてるとでも考えてごらん?あんたがその岩を砕けなきゃ、三葉が死んでしまうってね?」
三葉が……
俺は、昨日のギルタブルルが、三葉に襲い掛かる場面を想像する。
俺は、三葉の前に立って、奴を迎え撃つ。しかし、そこにあの見えない攻撃が……
「させるかあああああああっ!」
俺の中で、何かが弾けた。殆ど無意識に、俺は拳を出す。
「……いてええええええっ!」
俺は、また腫れあがった手を抱えて情けない叫び声を上げる。
「だ……だめだ……」
「そうでも無いさ。」
「え?」
「見てごらん。」
シャイナさんに言われて、俺は台座の上の岩を見る。すると、徐々に岩に亀裂が伸びて行き、大きな音を立てて岩が崩れ落ちた。
「や……やったのか?」
「あんまりスマートじゃないけどね、初めてにしては上出来さ。」
「や……やったあああああっ!」
また俺は、恥も外聞も無く大声を張り上げていた。
「こんな程度で浮かれてるんじゃ無いよ!こんなのは基本中の基本さ。いつ敵が襲って来るか分からない、1日でも早く、その体を使いこなせるようになるんだ!」
「は……はいっ!」
朝、スマホのアラーム音で、目が覚める。
俺は直ぐに飛び起きて、制服に着替える。自分の体の時は着の身着のままだったが、一応他人の体だから、寝る時は寝巻きに着替えている。
顔を洗って、台所に行くと、親父がもう朝食を用意してくれていた。
俺は孤児だったから、親というものは知らない。姉さんが親代わりでもあったが、年は近かったし女だ。だから、親父というものがどんなものか、人に聞いた程度の知識しか無い。
血の繋がりだけで言えば城戸光政が親父なんだろうが、親子として接した事は一度も無い。
そのため、親父とどんな会話をすればいいのかが全く分からない。だから、殆ど会話が無い。だが、この父親はその事について何も言って来ない。入れ替わってから、そろそろ1週間近く経つが、何も違和感を感じていないんだろうか?
「ごちそうさま。」
先に食べ終わって、俺は自分の食器を片付ける。片付けながら、父親の方を何度か見るが、父親は黙って新聞を見続けている。新聞の1面の見出しには、1200年振りに地球に接近する彗星の記事が載っている。
片づけが終わり、俺は鞄を持って台所を出て行く。
「行って来ます。」
「おう……最近、出るのが早いな?瀧。」
「ん……ああ、友達の家に寄ってから行くから。」
「そうか……気をつけてな。」
いつも、こんな感じだ。放任主義なのか、感心が無いのか?あまり息子の動向が気にならないみたいだ。
まあ、瀧の家庭の事情を気にしている場合では無い。この入れ替わりの理由が分かるまでは、沙織さんがボロを出さないようにしっかりとフォローしなくては。
俺はいつものように宮水家の玄関の前に行き、彼女を待つ。
「おはよう!瀧さん、いつもご苦労様やね!」
「おう、しっかり勉強して来いよ!」
まずは元気に、四葉が出て行く。続いて沙織さ……三葉が現れるが、何故か、表情が険しい。
「瀧くん、今朝の彗星のニュースは見ましたか?」
「彗星?ああ、1200年周期で地球に最接近するって奴?こっちに向かってたんでテレビは見てねえが、新聞にも載ってたな。名前が“ティアマト”ってのが気に入らねえが。」
「問題は、そこではありません。」
「え?」
「私は人間“城戸沙織”であると同時に、女神アテナの生まれ変わりでもあります。」
「ああ、分かってるよ。何を今更……」
「だから私には、わずかですが、前世の記憶も残っているのです。」
「だから?」
「私の記憶には、1200年周期で地球に接近する彗星などありません!」
「な……何だって?」
「星矢!学校に着いたら、図書室に付き合って頂けますか?」
「あ……ああ、いいぜ。」
沙織さん、本名で呼んじゃってるぜ……そんなに取り乱して、いったいどうしたんだよ?
学校に着くと、授業もそっちのけで、沙織さんは図書室に篭る。そして、世界の歴史に関する本や、神話に関する本を読みあさっている。俺は、彼女の向かい側に座って、適当な娯楽小説なんかを流し読みしている。
「やはり……」
2時間近く本を読みまくったところで、ようやく沙織さんは口を開く。
「な……何か分かったのか?」
「ここに書かれている歴史や神話は、私の記憶とは異なるものばかりです。」
「それが、どうかしたのか?」
「ここは、私達の世界ではありません。」
「ふ~ん、それで……ええっ!何だって?」
俺は、大声を上げて立ち上がっていた。
今日も、闘技場でシャイナさんと特訓をしていた。
「はああああああああっ!」
俺は、心の中の宇宙を感じながら、拳を放つ。台座の上の岩は、俺の一撃で粉微塵に砕け散る。
「ふん、大分安定して来たね。そろそろ、次の段階に移ってもいいだろう。」
「へへっ。」
「調子に乗るんじゃ無いよ!そんなレベルじゃまだ、ティアマト11混成獣だっけ?そいつらの前じゃ赤子も同然だよ。」
「わ……分かってますよ。」
その時、突然あたり一帯に異様なコスモが立ち込める。
「な?」
「な……何だ?この、邪悪で、巨大なコスモは?」
「ひひひひひひひっ!」
不気味な笑い声と共に、闘技場の端に妖しい人影が現れる。紫色の蛇を模った甲冑を身に纏っている。
「だ……誰だ?お前は?」
「俺は、ティアマト11混成獣がひとり、バシュム!」
な……また、ティアマトの混成獣が?
「そこに居る男が、ティアマト様を倒したアテナの聖闘士“ペガサス星矢”か?」
げげっ……やっぱり、そう来るの?
「……ふん、本当にこんな男にティアマト様はやられたのか?コスモの欠片も感じない。」
そ……そりゃ、そうだろう。中身は俺なんだから……
「だが、俺はギルタブルルのように強者を求めてなどいない。相手が弱ければ、喜んで嬲り殺しにしてやろう。」
げげっ、さ……最低な奴。
「逃げるんだよ!瀧っ!」
俺の前に出て俺を庇い、シャイナさんが言う。
「え?し……しかし……」
「今のお前に、どうこうできる相手じゃ無い!相手のコスモの高さくらい分かるだろう!」
確かに、特訓のおかげで、相手のコスモを感じる事ができる。こいつのコスモは俺とは比べ物にならないくらい、桁違いにでかい。だけど、シャイナさんと比べたって……
「言っておくが、俺は相手が女でも容赦はしない。その仮面も剥いで、素顔を切り刻んでやろう。」
な……こいつ、本当に最低だ。
「やれるもんならやってみな!来い!オピュクスクロス!」
コスモを高めたシャイナさんに、蛇使い座の聖衣が装着される。
「ほう?お前も蛇か?」
「私は蛇使いさ、あんたを使ってやるよ!サンダークロウ!!」
シャイナさんの必殺拳が、バシュムに炸裂……と思いきや、
「何っ?」
シャイナさんの攻撃は、難無くバシュムに受け止められてしまう。
「何だ?これがお前の拳か?遅くて、ダンスかと思ったぞ?」
「な……何だと?」
「拳とは、こういうのを言うんだ。喰らえ!ポイズンファング!!」
「うわあああああああっ!」
超至近距離で、バシュムの必殺拳がシャイナさんに炸裂する。シャイナさんは、大きく跳ね飛ばされる。
「シャイナさん!」
俺は、シャイナさんに駆け寄る。
「ば……ばか、逃げろと……言ったろ……」
「女のあんたを置いて、男の俺が逃げられる訳が無いだろう!」
「い……いっぱしの口を利くんじゃないよ……駆け出しのくせに……」
シャイナさんは、何とか立ち上がろうとするが、
「ううっ!」
急に苦しみ出し、また倒れてしまう。
「ど……どうしたんだ?シャイナさん?」
「か……体が、痺れて来て……」
「ひひひひひ……毒が回って来たようだな?」
「毒?」
「俺の神衣の爪からは、強力な毒が出るのさ。この毒は、直ぐにはお前を殺さない。何日も悶え苦しんで、死んでいくのさ。」
「な……何だと?」
「最初に言っただろう、嬲り殺してやるって。」
こ……こいつ、ほんとの本当に最低だ!こいつだけは、絶対に許せない。
俺は、シャイナさんを庇ってその前に立つ。
「や……やめろ……たき……」
「シャイナさん、それは命令でも聞けないな。俺は、こいつを許せない。それに、あんたを見殺しにしたら、この体の持ち主、星矢に顔向けができない!」
「し……しかし……クロスもなしで……」
「俺のコスモよ!今だけでもいい、星矢のくらいまで高まれっ!」
俺の中で、また何かが弾けた。体の中から、力が溢れて来る。
「うおおおおおおおおおおおおおっ!」
「な……何っ?」
「こ……この、コスモは……」
青白い輝きが、俺の体を包み込む。すると、何処からか、ペガサスの聖衣が飛んで来て、俺の体に装着される。
「ぺ……ペガサスのクロスが……たきに……」
「何だ?このコスモは?こいつ、本当にさっきの星矢と同一人物か?」
感じる……俺のコスモだけじゃ無い!この体に染み付いた、星矢の記憶、星矢のコスモを感じる。そして、何をすればいいかが、分かる!
俺の体は、自然に動いていた。バシュムに向かい、ペガサスの奥義を放つ。
「ペガサス!流星拳!!」
「ぐわああああああああっ!」
俺の放った技で、バシュムは大きく跳ね飛ばされる。
「や……やった……」
「たき……おまえ……」
一気に力が抜けて、その場に跪く。だが、できた。俺は今、星矢の技を使いこなせたんだ!
「お……おのれ……」
しかし、喜んだのも束の間だった。俺はまだバシュムを倒せてはいなかった。バシュムはよろけながらも立ち上がって来る。
「き……利いていないのか?」
「ふん、確かに、生身で喰らえばやばかったかもな?だが、俺は最強の強度を誇る、ティアマト様から与えられた神衣を纏っている。」
ま……まずい、今の俺では、さっきの攻撃でいっぱいだ。もう、さっきみたいにコスモを高める事は……
「ふん、本当に、お前はさっきの奴と同一人物か?今度は、全くコスモを感じない。」
だ……だめだ……殺られる……
「だが、容赦はせんぞ……お前が本気を出せないなら、今の内に止めを刺す。」
バシュムは、シャイナさんを倒した技の構えをする。
「喰らえ!ポイズンファング!!」
「うわあああああああああっ!」
もろに攻撃を喰らい、俺はシャイナさんの後ろまで跳ね飛ばされる。
「た……たきいいいいいっ!」
「ぐ……ぐふっ!」
強烈なダメージを受けた上に、俺も体に痺れが回ってくる。奴の、毒にやられたのだ。
「もう、放っておいても死ぬだろうが、ペガサス、貴様は危険だ。今、この場で命を絶つ!」
バシュムは、俺の止めを刺そうと、俺に向かって歩いて来る。
しかし、俺はもう、起き上がることすらできない。俺は、ここで死ぬのか?三葉も護れず、目の前のシャイナさんすら護れず……
「な……何だ?」
突然、バシュムの動きが止まる。気付くと、闘技場一帯が異様な凍気に包まれている。
「何だ?このリングは?」
凍気のリングが、バシュムの動きを止めていた。
「カリツォー!」
闘技場の端から声がする。そこには、ひとりの聖闘士が立っていた。白い、白鳥を模した聖衣を身に纏った聖闘士が。
「な……何だ?貴様は?」
「キグナス氷河。」
「そ……そうか、貴様がキグナス……ぬ、ぬおおおおおおおおっ!」
バシュムは、気合を込めて凍気のリングを吹き飛ばす。
「こんな程度で、俺の動きを封じたつもりか?」
「別に……一時、お前の動きを止めるだけで良かった。まだ、その男を殺されては困るのでな。」
「ふん、邪魔をするつもりか?ならば、まずお前から片付けてやろう!」
「止めておけ。」
「何?」
「もうお前は、先程の流星拳でボロボロだ。俺と闘う力は、残っていない。」
「ふざけるな!聖闘士ごときの拳で俺がボロボロだと?ならばお前も受けろ!ポイズンファング!!」
バシュムは、俺達を倒した拳を氷河に放つ……しかし、
「な……何だと?」
バシュムの拳は、難無く氷河に受け止められてしまう。
「この技は、先程お前がペガサスに放つのを見た。聖闘士に、同じ技は2度通用しない。」
「な…何っ?」
バシュムは初めて恐れを感じたのか、一歩、二歩と退いて行く。
「そんなに死にたければ、望み通りにしてやる。」
氷河が白鳥が羽ばたくような、舞のようなポーズを取る。
「ダイヤモンドダストオオオオオッ!!」
凄まじい吹雪が、バシュムに襲い掛かる。
「うぎゃあああああああああああっ!」
全身凍りついて、バシュムは派手に吹き飛ばされる。そして、今度こそ完全に倒される。また俺は、星矢の仲間に助けられた。
氷河は、バシュムの倒れた所に行き、何やら左手を探っている。そして、奴の神衣の左手の爪を外し、こちらに投げて来る。
「その中に解毒剤が入っている。痺れが全身に回る前に、飲んでおけ。」
俺とシャイナさんは、言われた通りに解毒剤を飲む。攻撃のダメージはまだ残っているが、痺れの方はおかげで無くなった。
少し落ち着いたところで、氷河が俺に話し掛けて来る。
「さて……瀧と言ったな?こいつらに襲われてるという事は、ティアマトの手先では無いのかもしれんが、貴様は何者だ?」
「え?何者って、日本の糸守って町に住む、普通の高校生だって……」
「いつまで、そんな嘘が通ると思ってる?」
「う……嘘?」
「お前達の目的は何だ?アテナと星矢を何処へやった?」
「だ……だから、ふたりは多分糸守だって……」
「その糸守は、何処にある?」
「だから、日本だって言ってる……」
「日本に、そのような名前の町は無い!」
「ええっ?」
「素直に喋れば良し、さもなくば、力尽くで話してもらうぞ!」
氷河は、先程バシュムを倒した技のポーズを取る。
「ま……待ってくれ、いったい何を言ってるんだ?」
俺には、氷河が何を言っているのか、さっぱり分からなかった。
入替ってからここまで、ボケまくりだった沙織さん。ようやくアテナの本領発揮、今居る世界の違和感に気付いていきます。
そして氷河も、瀧の言う世界と自分達の世界の矛盾に気付き、瀧にそれを問い掛けます。
しかし、瀧には分かる筈もありません。
詳しくは次回で書きますが、この話は何年か前との“時系列”の入れ替わりではありません。歴史も、環境も違う、“異世界”との入れ替わりです。