フレームアームズ・ガール ~ティア・ドロップ~ 作:きさらぎむつみ
しばらく二階へ行っていた優衣が階段を降りてリビングへ戻ってきた。
「お姉ちゃんの持ってたコレで大丈夫だよね?」
優衣の手には小型のニッパーと細身のカッターナイフが握られていた。
「えーっとぉ……はい、大丈夫ですよぉ。神より与えられし至高にして究極のコトブキニッパーッ! ……ではないのが残念ですが、そのニッパーでも問題無いですぅ」
「よかった……メーカー指定とかあるのかと思った」
「そちらのメーカーさんもホビー関係では有名どころですしぃ」
持ってきたニッパーとカッターナイフには、それぞれの持ち手に二つ並んだ星マークを四角で囲っているロゴが入っていた。
優衣はキッチンの奥から一冊の週刊誌を持ってきて、テーブルの上に置く。カッター台にするつもりらしい。
「はー、カッターとか久しぶりだから緊張するなー。まずはこっちの“シールド”からいってみようか」
優衣は片方の小箱を開けて、中から部品の付いたままのランナーを取り出す。右手に握ったニッパーを、カチカチと鳴らしてみた。
「ゲートの切り残しとかに注意してくださいねぇ」
「優衣ってこういうのやったことあるの?」
ぱち。ぱち。ぱち。
「うーん、簡単なやつくらいはねー。ドールの小物関係でちょっとだけー。えーっと、この部品はこの向きで……こうか」
かちかち……かちっ。
「で、次はこれっと」
ぱち。ぱち。ぱち。かりかり。かちっ。
「……意外に手馴れてるじゃない」
「まあ、小さいものいじくるのは好きかもだねー」
優衣は二人の小さな観客に見守られながら、次々と組み立て説明書の指示を進めていく。
みるみるうちに、シールドはそれらしい形へと変わっていった。
「はい、これでこっちは完成。ティア、持ってみて?」
「ええ……へえ、意外と大きさがあるわね。持ち手は……うん、この高さで良さそう」
イノセンティアは渡されたシールドを右手で持ってみたり、左半身で構えてみたりしながら感想を述べた。
「よし、次はこっちの武器セットだ」
優衣はもう一つの箱から取り出したランナーに取り掛かり始める。
ぱち。ぱち。ぱち。ぱち。
かり。かりかり。
かちっ。
「……わたくしはセッションベースの準備のほうをしてしまいますねぇ」
しばらく優衣の作業を眺めていたバーゼラルドだったが、手持ち無沙汰になったのか、優衣が二階から一緒に持ってきたイノセンティアのセッションベースと充電くんを自分のものと同じように配置する。
「イノセンティアさん。あなたのとわたくしのセッションベースを連結するので、少し手伝ってくださいませぇ」
「あ、オーケー」
二体のFAガールが抱えたそれぞれのセッションベースがつつがなく接続される。テーブルに置くと、充電くんがセッションベースを挟んで向かい合った位置に移動した。
「準備完了ですわぁ」
「こっちも完成だよー」
優衣の手に乗っているのは二丁の銃らしきもの。それをイノセンティアの方へと向けて見せる。
「どう、上手く出来てるかな?」
イノセンティアは優衣の手から一丁を受け取り、ためつすがめつしてみながら両手で扱ってみた。
「そうね……うん、いいんじゃない? 綺麗に出来てると思うわ」
「よかったー。あ、このシールドの裏にね、ここにこうして武器を掛けておけるみたい」
手に残ったもう一丁を、優衣は指でシールドのラックに引っ掛ける。
「なるほどね。それじゃ、この銃を持って……反対の手はシールドを構えればよさそうね」
「そちらの準備も整ったようですわねぇ」
とりあえずではあるが、初の武装に気を良くしているらしいイノセンティアに、バーゼラルドも安心したようだ。
「えーっと、あとはセッション用にアプリを立ち上げなきゃだった。二人ともちょっと待っててね。なうろーでぃんぐなうろーでぃんぐ……」
優衣はスマホを操作し、説明書に指示されていたアプリのダウンロードに取り掛かる。
イノセンティアとバーゼラルドはそれぞれ自分のセッションベースへ向かった。
「それじゃバーゼラルド、お手合わせよろしくね」
銃とシールドをハンガーラックに掛け終えたイノセンティアが、セッションベースの中央でバーゼラルドへと振り向く。
「ええ、お手柔らかにお願いいたしますわぁ」
バーゼラルドもやわらかく微笑みながら対峙した。
「よーし。ダウンロード終了、アプリ起動! 準備いいよー!」
優衣の元気な声がスタートの合図となった。
起動したセッションベースから上がってくる淡い光に照らされる、二体のFAガール。
「イノセンティア!」
「バーゼラルド!」
「「フレームアームズ・ガール セッション!」」
「レディ、ゴーッ!」
「行きますよぉ」
◇
「廃墟の街、って感じね」
FAガールが戦闘を行うための仮想空間――バトルステージへと転送されたイノセンティアは、周囲に広がる風景を見て一言呟いた。
左右を崩れたビルの残骸で挟まれた道路の中央にイノセンティアは立っていた。アスファルトの道路は至るところでひび割れていて、ひしゃげた車が何台も転がっている。
イノセンティアはすぐ近くの廃ビルに近付き、出入り口の脇に身を潜める。
――まずは、バーゼラルドを見つけないと……どこかしら?
周辺には何も気配は感じられず、とりあえず先制を取られることは無さそうだと判断する。
バーゼラルドは通常の武装で飛行が可能だ。見つかればイノセンティアの方が一方的に不利になる。最初の一撃で大きなダメージを与えて、出来ればそれで決めてしまいたいくらいだ。
それには、いま右手で構えているマシンガンよりもシールドの裏側に掛けてあるミサイルランチャーの方が頼りになりそうだった。しかし。
――弾数が心許無いのよね……。
上下に並んだ二つの射出口。片手で撃てる大きさと引き換えに、装弾数が二発という点がこのミサイルランチャーの欠点だ。
一度に撃って確実に当てるためにも、どうにかバーゼラルドの不意を突きたいのだが……。
――どこか狭いところに誘い込んでみるかな?
そう思い至ったイノセンティアは、外を警戒しつつビルの内部へと進む。
ぱっと見渡してとっさに一番大きいビルへと駆け込んでいたのだが、意外なほどに大きなビルだったことにイノセンティアは驚いた。
このビルの内部は吹き抜けの空間となっていて、抜け落ちたらしい天井の構造材が瓦礫となって中央にうず高く積み上がっている。その虚ろな空間を支えるかのような階層同士を繋ぐエスカレーターが、DNA二重螺旋の様な原形を辛うじて保っていた。
遥か頭上を見上げれば、四方を切り取られた薄暗い空を雲が流れていくのが見える。
もしここに誘い込めたら――と、イノセンティアは考えを巡らせ始める。周囲を見渡し吹き抜けを再度見上げて、自分のこれからの行動が実際に可能かどうか検証に入る。
今はもう動くことの無いエスカレーターをイノセンティアが足早に上り始めた、その時だった。
「あー、あー。ティア、聞こえるー? 何やってんのー?」
機械を通した優衣の声がイノセンティアの耳に届いた。
「見ての通りよ、ビルの中を駆け上がってるところ。ここの吹き抜けを利用してバーゼラルドと戦おうと思ってね」
イノセンティアはその速度を落とすことなく、階段を上がっていく。
「なるほどー……あ、この会話ってバーゼラルドに聞こえてないよね?」
「それは大丈夫、私にしか聞こえてないはずよ」
七階まで来たところでイノセンティアは歩調を緩め、吹き抜けを見下ろした。
「このくらいあればいい……かなぁー?」
自信なさ気に考え込むイノセンティアは、崩れかけた欄干に持っていたシールドを立てかけると左手でミサイルランチャーのグリップを掴み、改めて両手に二丁の武器を構え直す。
「このくらいって……ティア、こんな高いところまで来て急降下キックでもするつもり?」
「……なるほど。キックってのは思いつかなかったわ……」
「ん、んー? 私、よけいなこと言っちゃったかなー?」
「まあ、それはそれとして……よし! もうこれ以上考えてても始まらない!」
顔をあげたイノセンティアの瞳がキラリと輝いたように優衣には見えた。
「不利は承知! 当たって砕けてやるから覚悟しなさい、バーゼラルド!」
その力強い言葉に思わず固唾を飲んでしまう優衣だった。
続く