フレームアームズ・ガール ~ティア・ドロップ~ 作:きさらぎむつみ
「ところで、マスターの他には誰もいないのかしら?」
何かを納得をしたような様子のはんぺんがその場で丸まったあと、イノセンティアがきょろきょろと室内を見渡しながら優衣に訊いてきた。
「うん、ちょうどイノセンティアと入れ替わりにお姉ちゃんが出張に行ったばっかり。お父さんとお母さんは今、海外だし」
言いながらキッチンからビニール袋を持って戻ってきた優衣は、イノセンティアの入っていた箱をそのままに段ボール箱の中から残りの梱包材を次々に袋の中へ放り込んでいった。
膨らんだ袋の口を縛って捨ててから、優衣は段ボールを畳もうとしたが、一足早くはんぺんが箱の中に入り丸くなって優衣のことを見上げていた。
「ん、気に入っちゃった? しばらくそうしてていいよ」
はんぺんの背中を軽く一撫でしてから、優衣はテーブルの上に座っていたイノセンティアへと向き直る。
「それじゃあ、私の部屋へ行きましょうイノセンティア」
「はぁい。あ、この箱を忘れないでよ」
そう言ってイノセンティアは、自分の入っていた箱の上へと飛び乗った。
「それじゃあマスター、アナタのお部屋に連れてって」
「うん。……あー、私のことは優衣って呼んでよ。なんだか、マスターなんて呼ばれると変な感じ」
「わかったわ、優衣」
箱の縁に腰掛けて、イノセンティアは両足をぶらぶらとさせていた。優衣はそのままイノセンティアが落ちないように注意しながら、彼女ごと箱を持ち上げる。
「私もイノセンティアをティアって呼んでもいいかな?」
「ええ、いいわよ。……なんかいいわね、こういうの! ラボ以外の場所に来た!って感じがするわ」
若干興奮気味に話すイノセンティアから飛び出た聞き慣れない単語に、優衣は首を傾げる。
「ラボ? ティアはそこから来たの?」
「ええ、私はね。ASの搭載されたFAガールはみんなファクトリーアドバンス社のラボで調整されているのよ」
「へえー、そうなんだ。っていうことは、他にもティアみたいなFAガールがいるんだね」
「そうよ。同じ『イノセンティア』タイプの子もいたり、ね」
「なるほどね。あとでFAガールのサイト、見に行ってみよっと」
階段を上がって自分の部屋の扉を開けて、
「はーい、私の部屋へようこそー」
優衣は窓際にある勉強机の上にイノセンティアの乗った箱を降ろす。
「……なんか、独特な雰囲気のお部屋ね……」
イノセンティアは机の上から部屋を見渡し、そう感想をつぶやいた。
本棚に漫画がびっしりと並びサイドボードの上に何体ものフィギュアが置かれている光景に、イノセンティアは少々たじろいでいた。
「そうかな? まぁ、お姉ちゃんの影響はあるかも……、こんなのをくれたりするからね」
優衣が戸棚にかかっていたカーテンを引いてみせる。
「ん? ……わぁ、大きい……」
「すごいでしょ、ドルフィードリームの雪ミクちゃんだよ!」
そこには、部屋に並ぶフィギュアやイノセンティアの三倍はある大きさの人形が、サイズの合った一人掛けソファーに腰掛けてこちらを見ていた。
「限定品でね、誕生日にお姉ちゃんがプレゼントしてくれたんだ」
優衣は片手で雪ミクを抱きかかえて勉強机の方にくると、もう一方の手で持ってきたソファーに雪ミクを座らせる。
「間近で見ると、なおのこと大きいわね……」
雪ミクを見上げるイノセンティア。
立っているイノセンティアの身長は、雪ミクの膝くらいの高さだった。
「こうして並ぶと、まるでティアが雪ミクちゃんのドルフィーになったみたいだね」
ソファーに跳び上がったイノセンティアは、そのまま肘掛けに腰掛ける。雪ミクを見上げると、ちょうど目と目があった。
「私、人間やFAガールしか見たことなかったから、なんだかとっても不思議な気分だわ」
雪ミクの透き通ったドールアイを見つめながら、イノセンティアは率直な感想を述べる。
「ティアも雪ミクちゃんと仲良くしてあげてね」
「そうね、先輩だもんね。よろしく、大きな先輩……っていっても、この子は動いたりしないんでしょ?」
イノセンティアが白いミトンの手袋をはめた雪ミクの手と握手をしながら訊いてきた。
「そうだねー。ティアみたいに動くドールは見たことないなー」
優衣は椅子を引いて座り机に向かうと、改めてイノセンティアの入っていた箱を開き始める。
「えっと……付属品は、セッションベースと――“充電くん”?」
「あ、それは早速使うから出してちょうだい」
「なるほど、FAガールの充電はこれでするのね」
優衣の手で取り出された充電くんは、起動すると手足を折り曲げてリクライニングチェアのような形体になった。
ソファーから跳び下りたイノセンティアが、その充電くんからケーブルを引っ張り出す。
「これを、私のここ……腰の後ろの端子に差し込むの」
「ここだね、よいしょっと」
優衣の手で充電プラグがイノセンティアに差し込まれる。
「んんっ」
「ん? なんか色っぽい声があがった?」
「……どうしても声が出ちゃうのよねぇ……」
頬をうっすら赤くしたイノセンティアは、椅子モードの充電くんに座り背もたれに上半身をあずけた。
「それじゃ、私はちょっとこうしてるから」
「うん、私はFAガールのこと調べとく。ティアは休んでていいよ」
優衣はブルーライトカットグラスを取り出して掛けると、カタカタとキーボードで打ち込んで、カチカチとマウスクリックをして、PC画面を進めていく。
「……あー、どこかスペース開けてティアの場所も作らなきゃね……あれ?」
ティア、もう寝ちゃってる……。
イノセンティアは静かな寝息を立てていた。
「ふふっ、可愛い」
優衣はハンカチを取ってくると、それをブランケット代わりにティアへと掛けてあげた。
(これはお世話のし甲斐がありそうだなぁ)
イノセンティアの寝顔をひとしきり見守って堪能した優衣は、FAガールのサイトチェックへ向かおうと視線をPCの方へ戻した。
(あ、ファクトリーアドバンスさんからメールが来てた)
FA社からのメールは二件。
まずは『FAガール“イノセンティア”発送について』。
そしてもう一件は、『“セッションモニター”に関しまして』という題名だった。
続く