フレームアームズ・ガール ~ティア・ドロップ~ 作:きさらぎむつみ
新年も明けて一週間が経ち、それでもまだ街からは浮かれた気分が抜けきらないというそんなある日。
「ただいま~」
誰もいないはずの家に優衣の声が響くと、二階から「おかえり~」と反応があった。
「あれ?」
優衣は玄関に靴を揃えると、そのまま階段を駆け上がっていく。
「お姉ちゃん、こんな時間にどうしたの?」
姉の
「いや~、会社行ったら新年早々出張に行ってくれって言われちゃってさ~、急いでその準備ってわけよ」
「大変だねお姉ちゃん……いつまで?」
「京都に週末まで。ついでだから“里”にも行ってくるわ」
「はーい。おみやげは八ッ橋より五色豆がいいな」
「りょうかーい」
麻衣の返事を背中に聞きながら優衣は自分の部屋に向かうと、制服から部屋着に着替える。
階下に降りてキッチンで紅茶を入れる支度をしていると、足元に毛玉の気配を感じた。
「ん? どした、はんぺん」
優衣が懐いてきた白猫の名前を呼ぶと、なー、と鳴き声を返された。はんぺんは、優衣の足に二三度その頭を擦り付けたあと、キッチンから出ていく。
戸棚から出したクッキーの袋とティーカップを両手に持ちながらリビングへ向かい、優衣はソファーに腰を下ろした。
一枚目のクッキーを袋から出したところで、準備を終えたらしい麻衣が階段を降りてきた。
「それじゃー行ってくるねー。鍵よろしくー」
「はーい、行ってらっしゃーい」
扉の閉まる音に、優衣は口の中のクッキーが無くなったタイミングで立ち上がり、玄関へ向かう。
鍵を閉めようと手を伸ばしたとき、どすんと扉の向こう側で音がした。
「ん? 忘れ物でもしたの?」
姉が戻ってきたのかと思い扉を開けたが人の姿はなく、代わりにちょうどドローンが高度を上げて去っていくところだった。玄関先には小振りな段ボール箱が一つ。
「ああ、宅配便か」
届けられた荷物を持ち上げ、家の中に戻る優衣。鍵をかけるのも忘れない。
姉の物ならタイミングが悪いなあと思いつつ宛名を確認すると、
「あれ? 私宛? ……ファクトリーアドバンス? ってどこ?」
見慣れない差出先に途惑いつつも、リビングに戻りテーブルの脇に箱を下ろす。
ガムテープを剥がし箱を開けると、緩衝剤に覆われた箱と封筒が入っていた。
箱には『FRAME ARMS GIRL』と記載されている。
「えーっと、なになに……」
封筒から取り出した書類は「この度は弊社のアンケートにご協力いただき、真にありがとうございました」という書き出しで始まっていた。
あー、そういえば。ドルパのカタログ買いに行った時、アンケートやったっけ。
優衣は一月ほど前の記憶を思い返し納得する。
書類は、アンケートの結果により新製品のモニターに選ばれました、という内容のものだった。
モニターとして協力すると後日、商品券が送られてくるとのこと。
「で、その新製品ってのが……あ、これって『
FAガールのことは優衣も知っていた。年末に参加したドルパの会場でも何体か見かけたのを思い出す。
書類をテーブルに置き、緩衝剤の中から箱を取り出す。早速開けてみると中には、左右に肩までのツインテールを垂らした紫色の髪をした美少女フィギュアが横たわっていた。
「えっと……どうするんだろ、これ。確か、自分で動くんだよね?」
優衣は内部パッケージのくぼみにはまっているそのフィギュア、『FAガール』をつついてみる。
すると、そのまぶたがゆっくりと開いていった。
「……おはようございます、でいいのかしら? それとも、はじめまして、の方が先かしら?」
「うわぁー、しゃべったー!」
優衣の驚きをよそに、FAガールは箱の中でその身体を起こす。
「はじめまして、マスター。私はFAガールのイノセンティアよ、よろしくね」
「はい、よろしく。私は優衣だよ。久隅優衣。……すっごい、こんな小さいのにちゃんと会話する……」
「このくらいで驚かないでよ、マスター。まだしゃべって、立ち上がっただけじゃない」
イノセンティアは両手を腰にあてて胸を張った。
「私、最新型だからもっと色々すごいんだからね!」
えっへん、という空耳が聞こえてきそうなイノセンティアの様子に、優衣のなかでたまらなく愛おしさが湧き起こってくる。
「うわぁ……めっちゃ可愛い……」
思わず声に出していた。
「そう! カワイイでしょ! でも! それだけじゃないんだからね!」
言うが早いか、イノセンティアは優衣の右手に飛び乗り、たたたっと腕を駆け上がったかと思うと肩にちょこんと腰を下ろした。
「わ、すごっ、超うごくじゃん!」
優衣が肩のイノセンティアを見ると、とても得意げな笑みで優衣を見上げていた。
「へへっ、でしょー!」
ニコッと笑ったイノセンティアはえいっと反動をつけて前へと飛び下り、くるりと一回転、綺麗にテーブルの上に着地を決めた。
ぱちぱちぱち、と優衣は拍手をする。
「すごいすごい、イノセンティア。FAガールってみんなこんなに動くの?」
「さあ? 他の子のことを詳しくは知らないけれど、一般に販売されている子と私とは全然違うわ」
「そうなの?」
「ええ、詳しくは説明書に書いてあるはずよ」
言われて優衣は、説明書を取り出して目を通し始める。
どうやらこのイノセンティアというFAガールは、
引き換え、市販されているFAガールは簡単な応答プログラムを組み込まれた
AI搭載型とAS搭載型の大きな違いは、個性を獲得し思考する“人格”を確立していること、とあった。
(……よくわかんないけど、つまりは「生きてますよー」ってことかな?)
文面が専門的な単語のオンパレードになってきたところで、優衣は説明書をそっと閉じた。
ふとイノセンティアを見ると、パッケージから取り出した黒のニーソックスを履いているところだった。そばには、このあと身に着けるのであろう黒のロンググローブが揃えてある。
イノセンティアの身支度が整うのを待ってから、優衣は声を掛けた。
「製品モニターって要するに、アナタがウチの子になるってことでいいのかな?」
「そういうことかな。もちろん、アナタが良ければ、だけれど」
箱の縁に腰掛けたイノセンティアが、優衣の顔を見上げながら首を傾げる。
「うん、全然オッケー! これからよろしく、イノセンティア!」
「ええ、よろしくね、マスター」
可愛らしい笑顔で優衣に応える小さな少女を、横から伸びてきた毛の塊がそっとつついた。
「うわぁっ!」
突然のことに、イノセンティアはバランスを崩し箱の縁からずり落ちそうになる。
知らないうちにリビングへやってきていた白猫の前足がイノセンティアを撫でようかどうしようか、という位置で揺れていた。
「ああ、だめだよはんぺん。食べ物じゃないよ」
なー。わかった、とでも言いたげな返事をされた優衣。
「……びっくりしたぁ、猫か……はんぺんって名前なの?」
「うん。イノセンティアも仲良くしてあげてね」
見るからにちょっと引き気味のイノセンティアが、おそるおそるといった様子で白猫の伸ばした前足に向けて手を差し伸ばした。
「えっと……はんぺん、よろしくね?」
なー。イノセンティアと握手した白猫は小さな少女にも返事をするのであった。
続く