原作と比べると恐れ多いですが、どうぞ読んでください。
『この世には、目には見えない闇の住人たちがいる。奴らは時として牙を剥き、君たちを襲ってくる』
001
童守町、そこは他の地域に比べて闇の住人からの干渉が極めて多いとされ、霊能力者の間でも生半可なものは近付きたがらない魔窟と化した場所。だがそこが霊が蔓延りゴーストタウン(廃墟)となることは無く、今も変わらず町としての体裁を保てているのは単にこの町に尽力してきた数多くの霊能力者達のおかげなのだろう。闇の住人たちを、倒しまたある時は封印し街を数々の悪霊から町から護りぬいた霊能力者達の功績は、後世にも残る偉業だろう。だが、そこで少し考えてみてほしい。何故……この土地がこれ程までに闇の住人たちに好かれ幾度となく脅威に晒されているのか…と。
これは、その数千年にも及ぶ童守町と闇の住人たちの因縁を紐解く物語。忘れ去られた歴史の闇が、目を反らし続けた原因が、今ここで目を覚ます。かつて…この町は、人々に害をなす怨念を封じ込めた、巨大な封印がほどこされた場所だった。
それは偶然だったのかもしれない、もしくは何時かは起こりえた必然だったのだろうか。太陽が傾き夕闇に染まり始めた空の下、小さな街灯に照らされた童守町のとある古さびれた公園、管理されていないのか遊具は塗装が剥がれ金属面が露出して赤く錆び始めている。雑草は余すところなく生え、最早足の踏み場もないほどその土地を覆っていた。誰も気にも留めないその場所に、昔から護られていた一体の地蔵があったのを知る人間は、いったい今何人いるのだろうか。
そしてそれは、誰にも知られる事なく朽ち果て、横凪ぎに倒れて罅が入った。古来より、地蔵は道祖神とも言われその土地の平和や子供を護る神様として信仰されてきた。この地蔵もまた、そういった役目を背負い長年この土地に厄災を封じてきたのだ。
「うわぁ、遅くなっちゃったなぁ……急がないと日が暮れちゃう!」
沈み始めた太陽を見て顔色を変えて走るロングヘア―の少女は、走る振動でずり落ちそうになった丸眼鏡をぐいっとあげて公園に足を踏み入れた。セミの鳴き声が寂しくこだまする公園は少女にとって家への近道であり、草を選り分けて横断することで回り道をせずに直線で家へと帰れる道だった。学校でついつい楽しい読書に耽っていた少女は、門限の時間が迫っている事に気が付き慌てて家まで帰ろうとしてた。条例は特に決められていないが、この町では夜に外出することは余り褒められた行為ではなかった。
童守町はタダでさえ妖気が溜まりやすく、闇の住人が寄り付きやすい土地。無垢な子供が一人、奴らが最も活発になる夜中出歩いていればどうなるか、幼稚園児でもわかる。
徐々に迫ってくる暗闇にどこか不安を感じながら、少女はいつもの様に公園を横断しようとして、勢いよく何かを蹴飛ばしてしまう。
「ひぁっ…何?」
靴に響く何か硬いものの感触、それはこの公園に置かれた地蔵だった。急いでいた所為で勢いの付いていた少女の足で蹴られた地蔵は、予想外に宙を舞い一気に地面に叩きつけられた。
ビキィッ…
「あっ……お地蔵さん…ご、ごめんなさい」
地面に転がったひび割れた地蔵を見て自分のしてしまった事に罪悪感を覚えた少女は、悲しそうに眉を顰めそっと地蔵に手を伸ばして傷がついていないか確かめようとした。すると、打ち付けられた時に入った小さな亀裂は、少女に触れられた瞬間、其処から押し広げられるように大きく裂け、地蔵は内側から二つに砕けてしまう。
「あ…ああ、私なんてこと…そ、そうだぬ~べ~に」
『あ…ア…アア…ガ』
「え……何?」
地蔵を今まで包んでいた力は、地蔵が砕けてしまった事で一気霧散し代わりにおどろおどろしい赤黒い気配がその場所に立ち込め始めたのだ。空気が淀んでいく、重く軋むような音を響かせながら地蔵からずるりと生首が顔を出した。一言で表現するならそれは生首……虚ろな目をした男の首が、まるで自身をこんな目に合わせた者を恨むかのような鬼の形相で蠢いていた。首から下からが何かに引き裂かれたかのように無くなっている生首は、そのまま意識を無くして死ぬ事もなく呪詛の様な言葉をぶつぶつと呟きながら、首の付け根から伸ばした血管や神経を不気味に動かして草が生い茂った公園を進む。生首が通った後にはナメクジの足跡の様にドス黒い血が跡を引いていた。
『に…クイ……憎…い…』
「ひぃっ……ご、ごめんなさい…お地蔵さん…本当にごめんなさい…ごめんなさい…ちゃ、ちゃんと直しますから、許してください…」
喉の奥から絞り出された声には途轍もないほどの怨念が込められてるのか、周りに咲いていた花や草が見る見るうちに精気を失い枯れていく。そのたびに少しずつ、生首は自身の肉体を取り戻していった。初めは些細な変化だった、触手の様に蠢く神経に束になった赤い筋肉がまとわりつき、それを覆うように黄色い脂肪がついて皮が張り広がっていく。やがて道路を歩こうとしていた小さなネズミが泡を吹いて倒れた。塀の上を歩いていた猫がミイラの様に皮と骨だけになった。空を飛んでいた鴉が何かに引き寄せられるように地面に叩きつけられた。
周囲にある精気を次々と奪い取り、その一帯を無残な死骸の山に変えた頃には、もう生首は生首ではなくなっていた。先ほど死んでいった動植物をつなぎ合わせた寄せ集めの身体に、憎しみを浮かべた骨ばった顔を乗せた其れは、見る者を怖気づかせるような凄惨な笑みを浮かべると……ゆっくりとその視線を少女へと向ける。
恐怖心によってぶれ始めた身体、そこから漏れ出す芳醇な霊力に気がついたのだ。人を癒し、また悪しきものからその身を守る霊力も、妖怪にとってみれば自身を縛る忌まわしいものでしかない。かつて自身を追いやった憎き怨敵の姿をその霊力から幻視した妖怪は、その顔を忿怒の形相に変えた。
その瞬間、妖怪が今まで周囲から吸い取り続けた生命力が漏れ出したのか、膨大な妖力が重圧となって周囲に満ち始めた。
「あ…ああ…」
『れ…能…者…恨…ハラス』
あまりの妖力の圧力に耐えきれず腰が抜けてしまった少女は逃げる事も出来ずに、その異様な存在が自分に近付いてくるのを見ていることしか出来なかった。瞳からは滝の様に涙が零れ落ちるが、悲鳴をあげることが出来ない。まるで喉を締め付けられているかのように少女は助けを呼ぶことさえ封じられてしまっていた。
脳裏にいつもだらしないが、いざという時は身を挺して助けてくれる先生の姿が浮かぶが、今日のこの場においてそう都合よく誰かが助けに来てくれるという展開も期待できそうもない。
ただ必死に妖怪から遠ざかろうと手をかいて後ろに下がるが、それは一歩遅かった。
ペタッ
「いうぅ……」
妖怪の寄せ集めのミイラのような手が少女の陶磁器の様な白い足を鷲掴みにした。怨念の込められた強い妖気にあてられた少女の足には血が滲みかすかに悲鳴が漏れる。最後の抵抗とばかりにもう片方の足で妖怪を払いのけようとするがその足もまたミイラの手に止められて動きを封じられてしまう。そこからはあっという間だった。
少女の中に感じる僅かな霊力の残滓に反応したのか、妖怪は急に満面の笑みになり不安定に身体に乗っかった頭を揺らして叫ぶように笑いだしたのだ。
けらけら・・・・けらけら…けらけらけら…
『けらけら…けらけら……霊能力者みつけたぁぁぁぁぁぁぁああああああァァ!!!!』
「いやぁぁぁあああああああああああ!!!」
恐怖に歪んだ顔からは鼻水や涙があふれ喉が裂けんばかりに絶叫する。
ずる…ずるるるるるるるるるるうっ
必死に伸ばした手が宙を切り、少女は妖怪の元に引きずられていく。夕焼けは次第に薄れていき闇に消える…やがて公園はまるで何もなかったかのように本来の静けさを取り戻した……
いかがでしたか?
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