夏喜さんが家に来た日に何気なく語った昔話。
あの子は覚えてないのかもしれません⋯それでも、私と夏喜さんは確かにあの子の前で約束をしました。
子供なりの、小さな小さな約束。
願わくば、その約束が果たされますように───。
「お姉ちゃん───ぴぎっ!?」
「しー。静かになさい、ルビィ。」
部屋に入ってくるなり、自分の妹へと注意。ここで眠っている人を起こすわけにはいきませんし。目の下に出来た深いクマが、いかに寝不足であったかを示しています。
私達Aqoursの幼馴染みでもあり、浦の星女学院の用務員である夏喜さん。そんな彼は、今は私の足の上でスヤスヤと寝息を立てながら眠りについていました。
「な、夏喜さん⋯来てたんだね⋯。」
「ただでさえ用務員業務が徹夜続きなのに無茶をするものですから、少し寝なさいと言ったんです。昔のルビィみたいに頑固で大変でした。」
「そうなんだ⋯えっ?ルビィみたいに頑固ってどういう事!?」
「しー。」
「あぅ⋯。」
全くこの子は⋯ふふっ。まぁ可愛らしいところでもありますが。
「それで⋯何か用があったのでは無いんですか?」
「あっ、そうだ。千歌ちゃんと曜ちゃんと、CYaRon!の集まりがあるから出掛けてくるって言おうと思ってたの。」
「そうですか。余り遅くなってはいけませんよ?それと、身の危険を感じたら直ぐに逃げなさい。」
「流石にあの2人は大丈夫だと思うけど⋯。」
「えぇ、冗談です。気をつけて行ってらっしゃい。」
そっと頭を撫でれば、擽ったそうに笑う妹。この子がこんな顔をするようになったのは、Aqoursとして活動する様になってから。言ってしまえば、発起人の千歌さんと最初にペアを組んだ曜さんの2人のお陰。私としても、頭は上がりません。
立ち上がって部屋を出ていこうとしたルビィは、襖の前で立ち止まり、振り向いた。
「頑張るびぃっ!だよ♪」
呆気に取られた私は、その背中を見送る事しか出来ませんでした。何の事かさっぱり分かっていませんので。
ふと視線を落とせば、相も変わらず子供のようにスヤスヤと眠りについている想い人の顔があるだけ。
「⋯しかし自分から提案したものの、何も出来ないと言うのは些か退屈ですわね。」
「んぅっ⋯。」
「ん?」
「⋯じぃ、ちゃん⋯⋯。」
「クスっ⋯百歩譲ってお婆ちゃんです。」
どんな夢を見てるのか、時折そう呟いては再び寝息を立てる夏喜さん。まぁこの人が何を考えてるか分からないというのは、今に始まった事ではありませんが⋯。
そんな彼は急に目を開いたかと思えば、のそりと起き上がり、一言言いました。
「⋯いもうとの声がする。」
「私の、です。」
「んぅ⋯おはよう、ダイヤちゃん。」
「おはようございます、夏喜さん。」
「どの位寝てた⋯?」
「1時間ほど。」
「そっかぁ⋯ゴメンね、そんなに長い間足を借りちゃって。ダイヤちゃんの足って⋯なんでか凄く落ち着いてさ⋯。」
「ま、まぁ別に構いませんけど⋯何がおかしいのですか。」
「んー?何でだろうね?」
そう言うと、夏喜さんは口元を指でポリポリとしだしました。
『ダイヤって嘘つく時必ずホクロを掻くわよね♪』
ふと、破天荒な幼馴染みの言葉が頭に浮かび、顔が熱くなるのを感じました。果南さんや鞠莉さんは勿論のこと、夏喜さんもその癖を知っています。ただこの人の場合、決して言葉では言わずに同じ行動をとるのです。
つまり⋯私の本心など、筒抜けなわけで。
精一杯誤魔化すつもりで顔を背けても、夏喜さんはニコニコと微笑むだけ⋯何か腹立たしいですわね。
「ごほんっ。ところで⋯最近よく眠れていないのではありませんか?」
「まぁね⋯思った以上に管理する備品とかが多くなってきてさ。取り敢えず台帳とかに纏めておこうと思ったら止まらなくなっちゃって。」
「⋯確かに、綺麗に纏まってますね。用務員の才能があるのでは?」
「う〜ん⋯喜んでいいのかどうなのか⋯。」
「お任せします。ですが、その結果が毎日の徹夜作業ならば元も子も無いでしょうに。」
「何も言えません⋯。」
目を擦りながら反省する様子は、どこか子供のようで⋯そういう所だと言うのに、この人はまるで気づいてくれません。いつだって本気か冗談かの間をこうしてふわふわと漂っていて⋯掴み所の無い空気みたいな人です。
存在感が薄いという事ではありません。
「あれ⋯これって⋯。」
「え?あぁ、懐かしいですよね。」
夏喜さんが手にしたのは、一枚の写真。ルビィが産まれ、お母様が家へと退院してきた日に撮った写真でした。寝ているルビィの横に座る私と夏喜さん。幼い日の大切な1枚。
「懐かしいね⋯何だかついこの間みたいだ。」
「ふふっ、さすがにそれは言い過ぎでは?」
「そんな事無いさ。暫く見ない内に2人共立派になっちゃってねぇ。」
「夏喜さんって偶にお年寄りみたいな事を言いますわよね。」
「そうかい?あぁでも、2年生達には良く言われるかも。」
「⋯⋯夏喜さんは覚えていますか?」
「何を?」
「この日に、話した事を。」
キョトンとした顔をして、彼は気まずそうに目を逸らしました。まぁ⋯覚えている方が不思議ですわ。子供の頃にした約束という物は。
「やはり何でもありません。忘れて下さいな。」
「⋯うん。」
「しかしこうも天気が良いと何もしないのは勿体無い気がしますね。」
「あっ、それじゃあダイヤちゃんの習い事を見たいな。」
「?今日はありませんが⋯。」
「それは知ってるよ。だから、日頃の成果を見せて欲しいなって。」
「はぁ⋯別に良いですけど⋯。」
「やった!」
そんなにウキウキとする物では無い気はしますが⋯と言うよりも、何故今日は稽古が無いとこの人は知っているのでしょうか。取り敢えず⋯お筝の用意だけしますか⋯⋯。
◆
『わぁ〜⋯!可愛いねっ!』
『当然ですわ!だってわたくしの妹ですからっ!』
あの日⋯ルビィが産まれ数日立ったある日、夏喜さんが遊びに来た日にそんな会話をしました。
布団に包まれてスヤスヤと寝息を立てるあの子に、彼はキラキラと目を輝かせながら落ち着かない様子で⋯どこか羨ましそうにしていた覚えもあります。
それ故私も自慢でした。この子は大切な、私だけの妹なのだと。
『ほわぁ〜っ⋯ダイヤちゃん!ダイヤちゃん!指つかんだ!!』
『しーっ!!ルビィがおきてしまいます!』
『ご、ごめんっ!』
何がそんなに嬉しかったのか、ずっとそんな調子でニコニコと笑って、ルビィの頬を触ったりして、その感想を私に言ってきて。私が母にした事をそのまま繰り返し見ているようで、それが楽しくて⋯ずっとそうしていました。
どれほどの時間が経った頃でしょうか?
街が夕焼けに燃やされ、リンリンリンと虫の鳴き声が響いてきた頃───夏喜さんと最後にした会話。
『これからはわたくしがルビィを守るんです!わたくしは、おねぇちゃんですからっ!』
『お〜っ!あれ?でも⋯そうするとダイヤちゃんは誰に守ってもらうの?』
『わたくしは大丈夫ですっ!』
『う〜ん⋯あっ、じゃあダイヤちゃんは僕が守るよ!僕の方がお兄ちゃんだからねっ!これからずっとずっと、そばで守ってあげる!』
『そ、それは⋯ぶっぶーですわっ!///そういうのは本当に好きな人にしてあげないと⋯!』
『え?ダイヤちゃんの事、好きだよ?』
きっと意味合いの違う『好き』という言葉は、あの時の私には刺激が強すぎて⋯ふふっ。それからは何を話したのかは全く覚えてませんね。
ですが⋯一つだけ思うのです。
『約束だよっ!!』
もしもあの日の言葉を、貴方が覚えているなら。
もしもあの日の気持ちを、貴方が変わらずに持っているのなら。
───私は、いつまでも待っています。
◆
お筝の演奏を終えた私の耳に聴こえたのは、パチパチとした拍手。あぁそれから、大きな子供ですかね。
「やっぱり凄いなぁダイヤちゃんは⋯。色んな事をやって、何事も全力で、自分のモノにしていく。僕には到底出来ないよ。」
「⋯⋯ふふっ、貴方も似たようなものじゃないですか。」
「えっ?」
色んな人に関わって、人の為に全力で⋯その心を全部自分のモノにして。1つ違うとすれば、本人が全く気付かない事ですが。
「さて、もうそろそろ夕方ですわね。」
「⋯あぁ、そうだね。」
秋も深まり、鈴虫の歌声が庭から鳴り響いてくる。
そう⋯あの時も───
「こんな日、だったね。」
「えっ⋯?」
庭の方へと顔を向けた夏喜さんは、そのまま言葉を続けました。
「僕が⋯君と約束をしたのは。」
「約束って⋯な、何の事か分かりません⋯。」
「分からないのに『話した事を覚えてるか』、なんて聴いてこないと思うけどなぁ⋯?」
此方を振り返った夏喜さんは、ニヤニヤと腹立たしい顔で口元をかいていました⋯⋯私もですが。
「や、喧しいですわっ!///大体、貴方こそ本当に覚えてるかどうか怪しいじゃないですかっ!さっきだって露骨に目を逸らしましたし!」
「あっはは、そりゃそうだよ。頑張れと言われて、自分の気持ちを伝える前に相手からその話をされちゃったらさ。」
頑張れ?気持ち?この人は何を言っているのでしょう⋯。
「ねぇ、ダイヤちゃん。僕の気持ちは、あの頃から変わってないよ。僕は⋯⋯君の事が好きだ。」
「っ⋯⋯。」
「だから⋯あの日の約束を、果たさせて欲しい。」
普段見せることの無い真剣な顔で、彼はそう言いました。
「⋯⋯あの時も、貴方はそう言いました。ですが夏喜さん⋯私は思うのです。きっとそれは意味の違う『好き』だと。私が思っているものと貴方が口にするものは、同じようで別物だと。」
「それならそう思われてもいい。けれど、僕はどうしても伝えたかったんだ⋯自分の気持ちを。」
自分の気持ち。あれが夏喜さんの気持ちなら、私の気持ちは────。
「なんなら教えてあげよう!僕の好きがどういうものかを!それを踏まえて、君の好きと僕の好きが同じか違うかを判断して貰えればいいよ!!」
「⋯⋯はい?」
「まず一緒に居ると楽しいでしょ?厳しいようで優しさも兼ね備えてるとこに胸きゅんするでしょ?そのくせルビィちゃんには甘々っていうギャップでしょ?嘘が付けない所でしょ?たまに抜けてるでしょ?」
「途中馬鹿にしてませんか?」
「まぁまぁ。それでいて手を繋いだり、一緒に出掛けたり、色んな事を経験したいし⋯。」
「⋯⋯夏喜さ───」
「あわよくば
「黙らっしゃいっ!!///」
「ぁだッ!!!!!」
急に何を言い出すのかと思えばこの朴念仁は⋯!///
知り合いに見られでもしたら誤解を生みかねませんっ!///
「ゲンコツは⋯効く⋯⋯でもまぁ、そういう事です。僕の『好き』は。」
「まぁ⋯分かりましたけど⋯⋯///」
「えっと⋯だからその、とってもおこがましいとは思うけど⋯⋯もしも一緒だったら、手を掴んで欲しい、です。」
「⋯⋯⋯⋯。」
手など震えてらしくもない。いつだって貴方は飄々として、私の手を掴んで走り出してくれたというのに⋯何を今更悩んでいるのですか。何故そんな顔をしているのですか。悪いことをしてしまった子供のように。
あぁ⋯本当に────。
「っ⋯ダイヤ、ちゃん⋯⋯?」
「何ですか?」
「いや⋯これって、つまり⋯⋯さ。」
「貴方が掴めと言ったから掴んだんです。それ以外に何かありますか?」
「⋯⋯そっか⋯ふふっ、そうだよね。ダイヤちゃん、そういうとこあるもんね。」
「はて?喧嘩なら買いますが?」
「ごめんごめん。でも⋯ありがとう。」
一瞬でした。
頬に確かな感触を感じたのも。
何をされて、何を意味するのか理解したのも。
⋯⋯だからでしょうか
こんなにも顔が熱くなるのは。
こんなにも胸が痛むのは。
「へっくち!!」
⋯⋯⋯⋯⋯。
何故聴こえるのでしょう。ここには私と夏喜さんしか居ないはずなのに。ルビィも出掛け、ましてや両親も外出をしてるこの家で。
あの庭で。
何故
何故夏喜さんはダラダラと汗をかいているのでしょう?
そう言えばずっと疑問でした。
ルビィが言った『頑張れ』の言葉も、今日私のお稽古が無いことを夏喜さんが知っていた事も。
あの子は何処に出掛けると言っていたかしら?
確か⋯上級生2人とユニットの集まりがあるとかなんとか。
あぁ、そう⋯そうですか。
「ふ⋯ふふっ⋯⋯ふふふふふ⋯⋯。」
「ダ、ダイヤ⋯ちゃん?」
ずぅ〜〜〜っと見てたと。
初めから知ってたと。
へぇ⋯⋯。
「夏喜さん。」
「はいっ!」
「する場所が違うのでは?」
「へ?んっ!?」
胸ぐらを掴み、彼の体を自分の方へと引き寄せた私は、そのまま彼の口へとキスをした。
どうしたらいいか分からず空を切る彼の手も、より1層騒がしさを増した庭の茂みも無視して、ただそうして過ごした。と言うより、あの3人は頭ぐらい隠しなさい。
「ダ、ダイヤちゃん⋯?今のって⋯」
「別に。ただ、貴方はいつも回りくどいので、この方が分かりやすいじゃないかと思っただけですわ。」
耳を真っ赤にしながらポカンとする彼の表情に、クスリと笑ってしまう。しっかり者に見えて、案外まだまだ子供なのかもしれないですわね。
「さ、そろそろ夕飯の支度をしないと。手伝ってくれますよね⋯4人とも?」
『は⋯はい⋯⋯。』
茂みから現れた3人も家に招き、全員にお説教をして、夕飯の支度に取り掛かる。
今日は疑問がつきません。
また1つ、疑問に思ったからです。
何故か⋯これから楽しくなりそうだな、と。
皆さん、こんにチカ。
絶賛グラブってる、なちょすです。
無印『ラブライブ!』、グラブルコラボ決定おめでとうございます!!
水・風有利だと良いなぁ⋯2年生が水だといいなぁ⋯千歌っちとうみみの推し2人を同じPTに入れるんだぁ⋯。
ちょ田舎における関係図:ダイヤ>>>ナツ君>かなまり
P.S.個人√、夏喜さんの性格がおかしくなるのは仕様です。時系列なんて難しいものが無いのも仕様です。(本末転倒)
※アンケート投票は、2020/03/20〆切とします。
最終話の1個前、何を期待しますか?
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μ's妹勢+サブキャラとの絡み
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ヒロにこの馴れ初め+Aqours
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理亜ちゃんとのまさかのイチャコラ
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作者が1から考えるヤンデレもどき
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最終話に繋がる何か