結局、ライブ当日になってもナツ君が目を覚ます事は無かった。
でも⋯私達に出来るのは今目の前のライブをやる事。
あの人が来た時にいつでも迎えられるように、笑顔でいる事。
ただ⋯信じ続けること。
「千歌、大丈夫?」
「うん。大丈夫だよ果南ちゃん。」
心配そうな顔で、果南ちゃんが様子を見に来てくれた。本番まで後30分⋯今までの曲は勿論大事だけど、今回は新曲の件もある。
ナツ君と出会ってから、皆で過ごしてきたこの半年⋯その中で私達が見つけた、私達だけの想い。
あの人はここには居ない。それでも、届けたい。
「皆は?」
「準備万端!いつでもいけるよ⋯って言っても、まだ30分はあるけどね。」
「あっはは、でもそっちの方が有難いかな。⋯ねぇ、果南ちゃん。」
「ん〜?」
「ありがと。」
私が辛くなったら曜ちゃんが支えてくれた。
2人で辛くなったら、果南ちゃんが支えてくれた。
皆も⋯出会ってまだ1年も経っていないのに、いっぱい助けてくれた。
感謝してもしきれないよ。
「そんなに改まらなくても良いんだよ、千歌♪」
「うやぁ〜〜〜⋯///」
私の手よりも大きくて、暖かい手が頭をワシャワシャしてくる。
ぐぬぬ⋯また子供扱いしてる⋯!
「ふふっ、仲が良いのね♪」
「あっ、エリーさん。」
金髪の長い髪が特徴的な、スタイリストのエリーさん。ハーフかなって思ってたけど『クォーター』?って言って、鞠莉ちゃんとは違うみたい。
でも綺麗な人なんだぁ。
「今日はありがとうございます!こんなに髪とかメイクとかセットして頂いて⋯。」
「気にしないで?私達も好きでやってるんだし、Aqoursの皆の事は気になってたから。」
「そうなんですか?」
「ええ。怖〜い同級生にも進められたしね♪」
「お〜い、千歌ちゃん!果南ちゃ〜ん!そろそろライブ前のミーティング始めるって〜!」
「はーい!」
「それでは、失礼します!!」
「ええ、頑張ってね?」
スタッフの東條さんから、すれ違いざまに応援を貰う。
会場には沢山のお客さんが入ってるって聞いてる⋯色んな人達に支えられて、私達は今日歌うんだ。
頑張らなくちゃ!!
そうして果南ちゃんと、皆が待つ控え室へと戻って行った。
「ふふっ、『エリーさん』ねぇ〜⋯。」
「あんまり茶化さないでよ、希⋯結構恥ずかしいんだから⋯。」
「ん〜?ウチは別に茶化したりしてへんよ〜?にしし♪にしても、にこっちがあそこまで頑張る子達やからどんなグループかなぁって思ってたけど⋯。」
「『昔の私達みたい』、でしょ?」
「そうやね〜⋯。ちょっと羨ましいなぁ⋯。」
「そんな事言わないの。私達は私達で駆け抜けた毎日がある。それに⋯まだ、終わったわけじゃないでしょ?」
「ふふっ、そうやね♪」
◆
歌が聞こえた矢先、僕の視界は真っ白になった。
ここはどこなんだろう⋯何も無い、ただの白い空間。
誰も居ない。
何も無い。
僕1人だ。
何をすればいいのかも、あの時思い出した大切な幼馴染みがどうしてるのかも、僕には分からない。
ここには、1人だけなんだから。
いや⋯1人じゃ、無いか。
「あれ?ナツか?」
「あ⋯え⋯?爺⋯ちゃん⋯⋯??」
ずっと会いたかった人が、そこに居た。3年前、笑って僕の前で最後を迎えた筈の大好きな人が。
「何してんだこんな所で⋯。」
「いや、僕にも分からないんだ⋯でも、爺ちゃんがいるってことは⋯死んじゃった、のかな?」
「いやいやいや⋯軽いなお前さん⋯。大丈夫だナツ。お前さんは、まだ死んじゃいない。」
「え?」
「死んでたら俺みたいに体が透けちまうんだ。ほれ。」
そう言ってこちらに見せてきた爺ちゃんの手は、半透明になっていた。
触れるかどうかは分からない。
それでも、僕は無意識の内に手を伸ばしていた。
「⋯⋯でも、暖かい⋯僕の、好きな⋯爺ちゃんの手だ⋯。」
その手は触れる事が出来た。もう二度と触れることは無いと思っていた、大きくて皺だらけの手⋯。
涙が止まらなかった。
「ははっ、大きくなっても⋯泣き虫ナツのまんまだなぁ⋯。ありがとうよ。」
「なんだか恥ずかしいね⋯。」
「まぁそう言うな。それより⋯これからどうするんだ?」
「え?」
「お前さんだよ。まだ死んじゃいない⋯生死の境目ってやつだな。これからどうするかはナツ次第だ。」
「どうするか⋯僕、は⋯。」
会いたかった人に会えた。
けど⋯僕の心はまだ穴が空いているかのように、大切な事を思い出せてはいない。
あの時聞こえた歌。
幼馴染み。
僕は⋯。
僕の、やるべき事は。
「皆が、歌ってる。僕は⋯皆の手助けがしたい。彼女達の歌を、想いを、輝きを⋯沢山の人に届ける手助けがしたい。」
胸に暖かいものが広がる。
初めてAqoursの歌を聴いた時と同じだ。
あの時は分からなかった⋯この気持ちが一体何なのか。
多分⋯これが僕のやりたい事。
僕はきっと、Aqoursに恋してるのかもな。
「⋯それが聞けりゃ、充分だ。何にしても、早く目を覚まさなきゃヤバいぞ?」
「はい?」
「お前さんの体に危機が迫ってる。具体的には殴られそうになってるな。」
「なぐ⋯え?僕寝てるんだよね?何でそんなことに??」
「はっはっは!愉快なやつもいたもんだな!」
「いやいやいやいや!おかしいよね!?これどうやって戻ればいいのさ!?」
「信じろ。」
「信じろって⋯。」
「夢は⋯いつか覚めるもんなんだ。良い夢も、悪い夢も、本人の意思とは無関係に。けどそれは新しい夢への始まりだ。⋯また会おうな、夏喜!!」
夢は覚める。
覚めるべき現へ。
僕の居るべき場所へ。
◆
「千歌ちゃん、出番もうすぐだよ!」
「分かった!」
ライブが始まって、良いペースでここまで進んできた。今はユニット毎のライブだから、AZALEAの皆が歌ってくれている。
次は私と曜ちゃんとルビィちゃん⋯CYaRon!の出番だ。
東條さんが言ってた通り、お客さんはほぼ満員。最初の方はやっぱり緊張しちゃったけど、大分この空気にも慣れてきたから何とかやれてるけど⋯。
「心配?」
「曜ちゃん⋯うん。ナツ君もだし、私達がちゃんと笑えてるのかなって⋯。」
「その⋯大丈夫、だと思います!だって夏喜さんですし、私達も精一杯やってきましたから!!」
「ルビィちゃん⋯。」
力強い目だ。
勧誘した頃はあんなにオドオドしていたのに⋯あっはは、私がこんなんじゃ⋯ダメ、だよね。
「ありがとう、ルビィちゃん。曜ちゃん。よーっし!!じゃあいつものやっちゃおう!!千歌!」
「曜っ!」
「ルビィ!!」
『3人合わせてWe are CYaRon!』
手を合わせ、ステージへと向かう。途中すれ違った果南ちゃん達からバトンを受け、また梨子ちゃん達に繋げる。
それが⋯私達の役目だから。
◆
体が所々痛む。
そうだ⋯僕は車にはねられて気を失って⋯⋯夢を見ていたんだ。
「やっぱり止めた方が良いのでは⋯?」
「大丈夫だよ、海未。軽く小突くだけさ。」
「一応怪我人なのよ?」
何やら聞きなれた声が聞こえる⋯これはあれだな。またヒロが何かやらかそうとしてるんだ。
何をしでかすつもりかは知らないけど取り敢えず目を開けなきゃ───。
「よし、じゃあ1発⋯起っきろ〜!」
「あぶなっ!?痛ててて⋯⋯!」
「ほら、起きたろ?」
「多分そんなことしなくてもナッツん起きたんじゃ⋯。」
目を開けた矢先、何故かパンチが飛んできた。思わず避けたけど体が軋む。コイツは僕に何の恨みがあるんだ⋯っていうか普通怪我人殴ったりしないだろ!?
「おはよ、寝坊すけ。」
「⋯お陰様でな。」
「怖いからあんま睨むなよ。悪かったって⋯。」
「はぁ⋯ここは?」
「病院。千歌が青ざめてたから何事かと思ったけど⋯まさか車にはねられてるなんてね。」
そう僕に教えてくれたのは、タエ婆ちゃんの担当医だった赤毛の先生。
「西野先生?」
『西野?』
「⋯⋯⋯⋯最悪///」
『西野』と言う名前を口にした途端、周りにいた皆がニヤニヤとしだした。
何かおかしな事言っただろうか?
「夏喜⋯まさか、気づいてないんですか?」
「え⋯何に?」
「あらら〜、真姫ちゃん泣いちゃうにこ〜♡」
「こんな事で泣かないわよっ!!///」
「ま⋯き⋯?真姫ちゃん!?」
「あはは⋯本当に気づいてなかったんだね⋯。」
どうやら僕はまたやってしまったらしい。そう言われるとこの独特な髪とかツリ目とか綺麗な指とか⋯当てはまる部分は多すぎる。
何で気づかなかったんだ、僕⋯。
「えと⋯ごめん⋯。」
「べ、別にいいわよ⋯私だって言えなかったし⋯。」
「んな事より、起きたんならそろそろ出掛けないと不味いわよ?」
「出掛ける?どこに⋯⋯いや、今日って何日だ?
「24日⋯もう、歌ってるわよ。」
歌ってる。
それだけで分かった。幼馴染み達は⋯Aqoursは、ライブをしている。時間的に中盤に差し掛かる頃だろう。こんな状況だけど、皆が歌ってるって話を聞いた途端⋯安心した。
「他の皆は?」
「希と絵里⋯それから、凛と花陽は会場で手伝いをしてるわ。自分たちの役割もある事だしね。皆、アンタが起きるのをずっと待ってんのよ。」
「そっか⋯悪い事したな⋯。」
「私達より、後でアンタの幼馴染み達にこっぴどく叱られなさい。今はやるべき事があるでしょ?」
「あぁ、そうだね。痛てて⋯。」
「ちょっと!まだ動ける体じゃないんだから無理しないで!!」
「ゴメン真姫ちゃん⋯でも、行かなきゃ。僕にも役割が⋯やりたい事が出来たんだ。」
「俺からも頼む、真姫。」
「っ⋯ヒロまで⋯でもっ!!」
「真姫。」
「にこちゃん⋯。」
「アンタが夏喜の事心配してるのは分かる⋯でもね。今聞きたいのは、μ'sの作曲者だったアンタじゃない⋯一人の医者としての意見を聞きたいの。出来るかどうか、それを教えて。」
彼女にそう言われ、真姫ちゃんは手をぐっと握りしめた。暫くそうして考えた後、泣きそうな顔でポツリと言葉を漏らす。
「指先が動くなら、出来ない事は無い⋯でも、頭を打ってるから何が起きるか分からないのも事実なの⋯。それに所々骨にヒビだって入ってるのよ?」
「⋯自分でも滅茶苦茶言ってると思う。それでも、僕は行きたい。行かなくちゃならない。」
「⋯全部終わったら、必ず検査を受けて。それが絶対条件。無理だって判断したら、私の方で止めるから⋯どんな手を使ってでも⋯!!」
「ありがとう、真姫ちゃん。」
「そうと決まったら、早速行くか!肩貸してやるから行くぞ、夏喜!」
「あぁ、頼む。」
そうして僕達は病室を後にした。今、懸命に歌を届けようとしている幼馴染み達の元へ向かうために。
「⋯悪いわね、真姫。アンタはアンタなりに考えてたのに。」
「⋯良いわよ、別に。言って聞くような人じゃないもの⋯あの人も、μ'sの面々も⋯。」
「あっはは、言えてるかも!」
「言っておくけど、貴方が一番だからね⋯穂乃果?」
「え?嘘⋯?」
「何今更な事に驚いてるんですか?」
「何にせよ、私達も行くわよ。このままじゃ、希や凛にどんな目に遭わせられるか分からないからね⋯。てか、ことり!それ!!」
「へ?あっ!あ〜!!衣装!!ま、待って夏喜く〜ん!ヒロく〜〜〜ん!!」
◆
「はぁっ⋯はぁっ⋯!」
「千歌ちゃん⋯大丈夫?」
「大丈夫⋯!さ、次の曲に───」
「千歌さん。」
ダイヤさんに抱き締められる。呆れたように笑いながら、優しく、強く。
「貴方は⋯何をそんなに気を張ってるのですか?」
「気を張って⋯なんて⋯。」
「嘘おっしゃい。こんなにスタミナも使って、普段の貴方ならばもっとやかましいぐらい元気じゃないですか。」
「それ、褒めてます?」
「まぁ褒めてませんが。ふふっ、でもそれくらいで良いんです。ここに居るのは貴方1人ではありません。それとも⋯私達では不安ですか?」
曜ちゃん。梨子ちゃん。ルビィちゃん。花丸ちゃん。善子ちゃん。ダイヤさん。果南ちゃん。鞠莉さん。
1人1人が私の事を見ていてくれる。
「ごめん、なさい⋯そんなつもりはなくて⋯。」
「ふふっ、知ってるよ千歌ちゃん。」
「千歌にそんなに器用な事出来ないからね。」
「私達を信じてよ。泣いても笑っても⋯次が最後なんだから、後悔なんてしないようにしましょ?」
「皆⋯そう、だよね。ごめんなさい!」
「今日の千歌さん、謝ってばっかりずら♪」
「えっへへ⋯ありがとう、皆。行こう!最後の曲を歌いに!!」
「あっ!コラ待ちなさい千歌さん!!」
「いきなり走るの〜!?」
「よーし!全速前進、ヨーソロー!!♪」
皆で走り出す。エリーさんと東條さんにハイタッチをして、光り輝くステージへと全力で!
階段を上りきった私たちを待っていたのは、来てくれたこの町の人たちの歓声だった。
『Aqoursーーー!!』
『待ってたよ〜〜〜!!』
「えっへへ⋯皆〜!ありがとうーーー!!いっぱいいっぱい、楽しんでくれましたかーーー!?」
『いぇーーーい!!』
「今日はAqoursのクリスマスライブに来て下さって、本当にありがとうございますっ!⋯次が、最後の曲になりました!」
『えぇ〜〜〜!?』
「私達も、終わるのは名残惜しいですけど⋯でも、楽しかったです!最後に歌う曲は、私達にとって大切な曲⋯この1年で経験してきた事を歌にしました!」
皆と手を繋いで、言葉を繋いで⋯それぞれの想いを口にする。
大切な事を教えてくれたこの町の人達に、『ありがとう』を伝える為に。
「私達は、この1年でたくさんの事を経験してきました。」
「私達の歌が好きだって言ってくれた女の子と出会って───。」
「沢山の蛍と歌を歌って───。」
「昔から支えてくれた本屋さんから元気をもらって───。」
「大好きなお婆ちゃんから想いを受け取って───。」
「憧れの人達に出会って───。」
「初めて壁にぶつかって───。」
「皆で雪合戦したり、しょうもない事で笑いあったり───。」
「自分達に足りないものを探して色んな事をやったり───。」
「そして⋯大切な幼馴染みに再会しました。そうして、私達は今、ここに居ます!だから、聴いてください!私達の歌をっ!!」
ここには居ない彼に、届けたい。
私達を見守ってくれた、全ての人に届けたい。
精一杯の声で、想いで、歌で!
「皆、行こう!1っ!」
「2!」
「3!」
「4!」
「5!」
「6!」
「7!」
「8!」
「9!」
『10ーーーーーーっ!!!!』
沢山の声が聴こえた。
ステージの真ん中で円陣を組んでいたけど、その声に反応して観客席へと振り返る。
そうだ。この景色に⋯この光に、憧れたんだ。
私達の前に広がっていたのは───
1面青色に輝く、『光の海』だった。
「よっちゃーーーん!可愛いぞぉ〜〜〜!!」
「ルビィ嬢!大変goodでーーーす!!」
「あの人達⋯嘘でしょ⋯?」
「あはは、でも⋯嬉しいな♪」
「クラスメイトも、家族も⋯皆、来てくれてる⋯。」
「千歌ちゃん、やろう!」
「そうだね、曜ちゃ───。」
季節外れの蝉が、飛んだ。
何かを伝えるように、真っ直ぐ観客席へと飛んでいく。
端っこの、人が少ない所。
笑顔で大きく手を振る女の子が1人、そこには居た。
「あの子⋯そっ、か⋯。来て、くれたんだね⋯。」
「ち、千歌、さん⋯!隣に居るのって⋯!」
「あ⋯。やろう⋯歌おう、花丸ちゃん!!」
「⋯っはい!!」
女の子の隣で、優しく笑いかけてくれる人が居た。
見間違いなんかじゃない⋯間違えるはずないよ⋯。
「聴いてて!!タエ、お婆ちゃん⋯!」
流れそうになる涙を堪え、お客さんの方へと向き直る。
ねぇ、ナツ君⋯見つけたよ。
私達の⋯輝きを。
「『WATER BLUE NEW WORLD』!!」
夏の再会は、始まりだった。
秋の惜別は、きっかけだった。
沢山の想いが、言葉が、心が、形になる時。
奇跡は再び繰り返される。
少年から、大切な幼馴染み達に送るクリスマスプレゼント。
伝説は、終わらない。
次回、煌めきの冬編⋯最終話
『奇跡』と「軌跡」
あなたも、ちょっと田舎で暮らしませんか?