ちょっと田舎で暮らしませんか?   作:なちょす

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『 』と「 」

日の光が眩しい。

 

僕は⋯何をしていたんだっけ⋯。

 

何か大切な事を忘れている気がするけど、どうしても思い出せない。

 

それが何だったのかも、それがいつの話なのかも分からない。

 

ぼんやりとした記憶の中にあるのは、誰かの笑顔。誰かの歌。

 

 

そんな曖昧なものだけだ。

 

 

 

 

「⋯ツん⋯⋯ナッツん!!」

「ん⋯⋯穂乃果?」

「もう、また寝てたでしょ。早く起きないと、鬼の海未ちゃんに怒られるよ〜?」

「鬼⋯?」

「ひぃっ!?」

「そうですね⋯貴方がそう望むのなら私は鬼にも修羅にもなりましょう。覚悟は良いですか?♪」

「ごごごごめん海未ちゃん!ついっ!口がっ!!」

「全く、目を離すとすぐこうなんですから⋯。夏喜も起きて下さい。そろそろ本番も近いんです。」

「本、番⋯⋯?」

 

何の話だっけ⋯。あたりを見渡すと、そこは学校の屋上。向こうには各々準備をし始めている少女達の姿が見える。

 

「ここは⋯。」

「ナッツんまだ寝ぼけてるの〜?ここは音ノ木坂じゃん。」

「眠いなら〜、ことりが起こしてあげましょうか〜?♪」

「あっはは、ちゃんと起きてますよ〜。ライブの話だよね?」

「そうそう、大事なライブだからね!わーって盛り上がって、ばーっと派手に行こうよっ!!イェイ!♪」

 

そう言うと、穂乃果はみんなの元へと走り去っていった。まるで春の陽気な嵐みたいだな⋯。

 

「その⋯夏喜?」

「ん、どうしたの海未??」

「本当に大丈夫なのですか?顔色があんまり良くないですが⋯。」

「あぁ、大丈夫だよ。ありがとね。」

 

そう⋯きっと僕の勘違いなんだ。

多分知らない事⋯知らない事の筈なのに、どうしてこんなに胸が苦しいんだろうな。

 

遠いどこかで、名前も知らない誰かに呼ばれた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「千歌ちゃんっ!!」

「曜、ちゃん⋯。」

 

走り始めてからすぐに千歌ちゃんは見つかった。辺りには何があったのかと集まって来た野次馬の人達と、電柱にぶつかってボロボロになった車だけが残っていた。

道路に薄く積もった雪には赤い染みが付いている。ここで⋯ナツ君は⋯。

 

ぐっと泣きそうになるのを堪える。私は泣いちゃいけないんだ。

ナツ君が目の前で事故にあった千歌ちゃんに比べたら、こんなのなんとも無い⋯なんとも無いんだ⋯!!

泣くな、泣くな、泣くな。

 

私が支えなきゃ⋯!!

 

「ち⋯千歌ちゃん⋯。ナツ君は?」

「救急車で運ばれた⋯。タエおばあちゃんを見てくれた赤毛の先生が来て、大丈夫だって⋯近くの病院に⋯。」

「そっ、か⋯。」

「曜!千歌!!」

「果南ちゃん⋯皆⋯。」

「ナツは?」

「病院に運ばれたって⋯。」

「⋯⋯行くぞ皆。」

「ヒロ⋯?」

「あの馬鹿に一言言わなくちゃな。心配すんなよ千歌ちゃん。その赤毛の先生はな⋯超一流だ。それにあの馬鹿もそんな簡単にくたばったりなんかしねぇよ。」

「⋯行こ、千歌ちゃん。」

「うん⋯。」

 

震える小さな手を握りしめて、ナツ君が運ばれた病院へ皆で向かう。

 

震えてるのは⋯どっちの手なんだろう⋯。

 

ナツ君、お願い。無事でいて⋯⋯。

 

 

 

 

 

 

 

 

「疲れたにゃあ〜〜〜⋯!!」

「きょ⋯今日は、確かにハード、だったね⋯!!」

「花陽⋯大丈夫⋯?」

「大、丈夫、だよっ⋯!!」

 

確かに今日の練習は普段にも増してハードだった気がする。まぁ僕はギター担当だから、そんなに体力使うものでもないんだけど⋯。

 

彼女達の歌に合わせて演奏して、盛り上げて⋯今までと同じ事をしている。

⋯同じ事のはずだ。なのにどうして僕はこんなに満たされないんだ。

皆でライブをやり始めた頃は楽しかった。このメンバーなら何でも出来ると思ってた。

 

今だって楽しさは変わらない。

変わらないけど⋯それ以上に苦しい。

 

「夏喜。」

「にこちゃん⋯?」

「なんか今日変よ?いつもよりボケ〜っとしてるし、何かあった?」

「ん〜⋯分からない。」

「はぁ?」

「何か⋯忘れてる気がする⋯。それが何なのかが分からない⋯思い出せないんだ。それに、誰かに呼ばれてる気がする⋯小さな声で⋯どこの誰かは分からないんだけど⋯。」

「⋯そ。まぁ考え事するのは良いけど、あんまし無理すんじゃないわよ。」

「あぁ、分かったよ。」

「それからね───。」

 

くるりとこちらを向いた彼女は、呆れるようにふっと笑う。彼女の口から発せられた言葉を、忘れる事が出来なかった。

 

 

 

 

『夢を見るのも、程々にしておきなさい。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

病院の一室。ナツ君は頭に包帯を巻いてスヤスヤと眠っていた。

先生の話だと一名は取り留めたらしいけど、道路に頭をぶつけてるから後遺症は分からないって⋯。最悪、目が覚めても記憶があるかどうかも分からないし、いつ目を覚ますかも分からない⋯そんな状況だった。

 

「ナツキ⋯なんでこんな⋯⋯。」

「今は安静にしておかないといけないわ。これから目を覚ますかどうかは彼次第⋯すぐに目を覚ますかもしれないし、長い時間このままの可能性もある⋯。待つしか、出来ないわ。」

「そんな⋯!夏喜君無しでライブだなんて⋯。」

「私のせいだ。」

「千歌⋯。」

「私が遅れていったから⋯私が学校に忘れ物なんかしなければ、こんな事にはならなかったんだ⋯。ナツ君じゃなくて私が代わりに事故にあってれば⋯!」

「お止めなさい千歌さん。そんな事を言ったって始まりませんわ。」

「そうだよ千歌っち。折角この人が庇ってくれたのに、それは失礼⋯違う?」

「でもっ!でも⋯。」

「起きるよ。」

「曜、ちゃん⋯。」

 

千歌ちゃんのせいなんかじゃない。ナツ君が悪いわけでも無い。そんな事は絶対無い。めちゃくちゃな事言ってるって自分でも思うし、これでナツ君が目を覚ます保証もない⋯それでも。

ここで信じなかったら、本当に帰ってこない気がするから。

 

「絶対起きる。ナツ君は目を覚ます。」

「曜⋯。」

「だって⋯だって、ナツ君だもん⋯!今はまだ疲れて眠ってるだけで、絶対起きるよ!あんなに⋯ライブ楽しみにしてくれてたんだよ⋯。」

 

『眠ってるだけ』のナツ君のそばへ行って、手を握る。果南ちゃんと2人で起こしに行った時のように、静かに寝息を立てているナツ君⋯。

 

あっはは⋯おかしいな⋯泣いちゃ、いけないのに⋯⋯!

 

「ねぇ、なんで⋯?なんで起きないの?お願いだよナツ君、目を開けてよ⋯!」

 

どれだけ呼びかけても、彼は返事をしてくれない。

私の手を握り返してはくれない。

ルビィちゃんや花丸ちゃんも、必死に泣くのをこらえてる。

 

私は、泣いちゃいけない。信じる。ナツ君の事信じてる。必ず目を覚ますって⋯。

だから───

 

「曜ちゃん。」

「ち⋯か、ちゃん⋯⋯。」

「ごめんね、曜ちゃん。私、また曜ちゃんに甘えてた。子供の頃、曜ちゃんは私や果南ちゃんより泣き虫さんだったもんね⋯本当は一番泣きたいのに、ずっと我慢してくれていたんだよね?」

「ちが⋯私より、千歌ちゃんの方が⋯!辛い⋯でしょ⋯。」

「辛かったけど⋯曜ちゃんに助けてもらったよ?いっぱい、いっぱい助けてもらった。スクールアイドル始める時も、衣装を作ってくれるって言った時も、今日みたいに駆けつけてくれた時も⋯。」

 

千歌ちゃんが、私とナツ君の手を包んでくれる。私と同じくらいで、そんなに大きくなくて⋯でも、暖かかった。

 

 

「ありがとう、曜ちゃん。」

「千歌、ちゃん⋯⋯う⋯うぁっ⋯ナツ君、起きてよぉっ⋯!!」

 

 

苦しい。怖い。このままナツ君が居なくなったらどうしようって、そんな考えが頭をよぎっていく。

耐え続けた涙は、どうしようもなく溢れてくる。

きっと皆だってそうだ。

皆、ナツ君の事が大好きだから⋯本当は、私だけがこんなに泣いちゃダメなのに⋯。

 

 

「っ⋯ナツキ。聞こえてる?あんたの事思ってんのがここに9人も居るのよ。このまま起きなかったら許さないから。」

「善子⋯ちゃん⋯。」

「そうだよナツキ。ライブを見に来ないなんて笑えないジョークは勘弁してね?」

「ナツ⋯私達、待ってるよ。ずっとずっと、待ってるから。」

「またいっぱいお話して⋯。」

「いっぱい笑って⋯。」

「色んな事を経験していける、そんな毎日を⋯。」

「信じてますわ。夏喜さん。」

「ナツ君⋯見ててね。必ず届けるから。皆に⋯君に、私達の歌を。」

「皆⋯。」

「やろう、ライブ。それが⋯ナツ君の為に出来ることだから!!」

 

 

涙を拭って、皆で頷く。

 

ほんの少しだけ、握った手が動いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暖かい。

 

何も触れてないはずの右手は、ほんのり暖かかった。

 

懐かしい様な温み⋯これ、どこで感じたんだっけ⋯。

 

 

 

『ナツ君。』

 

 

 

「え⋯希ちゃん?」

「ん〜?」

「今僕の事呼んだかい?」

「ウチは何も言ってないよ??」

「あれ⋯おかしいな⋯。」

「なになに〜?ナツ君ってばウチにお熱なのかな〜?♪」

『えっ!?』

「希?あんまり冷やかさないの。あそこの4人が固まっちゃったでしょ??」

 

 

気のせい⋯か?でもあの呼び方をするのは希ちゃんぐらいだし⋯。

 

 

「でも今日のナッツんはなんだかボ〜っとしてるね。」

「普段からボ〜っとしてる人がそれを言いますか?」

「あ!海未ちゃんひど〜い!!」

「でも折角ライブ前最後の休日なんだから、あんまりボ〜っとしてるのもどうかと思うにゃ?

「り、凛ちゃん⋯!」

「あっはは⋯申しわけない⋯。どうも今日は調子が悪いみたいだ。何の話だったっけ?」

「夏喜君の昔の事聴きたいなぁ〜って話だよ♪」

「昔の事⋯?」

「そうそう!ナッツんが過ごしてた内浦ってどんなところなの!?」

「内浦かい?内浦は海が綺麗なところでみかん畑が広がってるんだ。人口はそんなに多くないけど、暖かい人が多くて⋯それで⋯⋯それ⋯で⋯。」

 

 

それで⋯何だ?

僕は、何を思い出そうとしている?

何を忘れているんだ?

大切な事だったんじゃないのか?

⋯忘れちゃいけないことだったんじゃないのか?

 

僕のそばに居たのは⋯。

 

 

 

『ナツ君、ダッシュだよ〜!ヨーソローーー!!』

『夏喜君、新しい曲出来たんだけど⋯どうかな?』

『夏喜さんは相変わらずプレイボーイずら♪』

『あっはは⋯また間違えちゃいました⋯。』

『まぁ、リトルデーモンを労うのも主の役目だし??』

『ナツキ〜、無理のし過ぎはNoだからね♡』

『このぐらい幾らでも手伝ってあげますわ。』

『あっはは、じゃあハグする?♪』

『ナツ君!一緒にみかん食べよ!!♪』

 

 

 

「大切な、幼馴染みが居たよ。いつも一緒だった9人の子達⋯μ'sの皆みたいに、キラキラしてた⋯。」

 

 

 

記憶の片隅に残っていた言葉。

 

それが意味するものは、まだ思い出せない。

 

それでも⋯どこか懐かしいその言葉を、僕は自然と口にしていた。

 

彼女達の名前は、確か───

 

 

 

「『Aqours。』」

 

 

 

 

歌が、聴こえた。

 




ずっと近くで見守ってくれた人が居る。

ずっと近くに居た子達が居る。

記憶の片隅にある言葉。

歌。

ありがとうを⋯伝えたい。


次回、夢と現



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