少年成長記   作:あずき屋

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 やれやれ、新しい型を模索中に死にかける子がいますか……。
まぁ、君らしいと言えばらしいですがね。
ほうほう、どうやら少しはモノになったようで感心しました。
怪我が治ったら是非私で試してみましょう。
アドバイスしてあげる約束もしていましたしね。
……何より、生きて帰ってきてくれてホッとしました。


第8話 少年、入口に立つ

 

 

 

「……ここが」

 

 

 日の出前の早朝、少年は既に入口に立っていた。

怪物の口が広がっている。

獲物を誘う食虫植物のように、光源で虫を侍らせるように捕食対象を待っている。

これより先は魔窟。

引き返すは勇気、進むは蛮勇と呼ばれる果ての見えない深淵。

数多の冒険者たちがその命を落としていった地獄へ通ずる通路。

そんな危険極まりないダンジョンの前に、少年は相変わず表情のない顔で見つめていた。

ふと口から出た言葉は何の変哲のない感想。

呟かれた感想は怪物の口に吸い込まれ、果ての無さを主張してくる。

その反面、少年は何処吹く風といったスタンスを崩さない。

 

深淵の胃袋を持つ怪物。

蠱惑的に獲物を誘う魔窟。

死線満ち溢れる危険地帯。

 

 それが、どうしたというのだろう。

大きく見開かれた瞳には、ここを死地と見てはいない。

ただそう恐れられているというものとしか認識していない。

ここは怖いところなのか、死んでしまうようなところなのか、危ないところなのか。

少年に去来する認識としてはその程度に過ぎない。

ダンジョンだけに限った話ではなく、全ての物事に対する姿勢がそう定まってしまっているのだ。

 

────死地など既に見てきている。

 

一面に燃え盛る炎。

助けを請う見知った人の声。

身内が事切れていく虚しい感覚。

慈悲など微塵も感じさせない侵略者たちの嘲笑い。

自分のどこかが死んでいく不快感。

あれが現実という絶望。

 

全てのきっかけとなったあの夜こそが、少年にとっての原点。

生涯自分自身を苦しめ続ける悪夢。

何年経とうと消えることのない、鮮明に焼き付いてしまった光景。

 

殴られて、蹴られて、絞められて、突かれて、切られて、嬲られて、抉られて、犯されて、踏み躙られて、貶されて、汚されて、燃やされて、潰されて、殺されて死んだ。

男、女、子ども、老人、友人、知人、両親、妹はみんなそうなった。

少年の心も、どこか死んでしまった。

 

 そんな世界はもう見てきた。

見てきたが故に今の自分はここにいる。

結果として自分はこうなってしまった。

この先に似たようなものが待っていようが関係ない。

少年にとっての地獄は、あの夜をおいて他に存在しない。

忌まわしい過去が、皮肉にも恐怖を麻痺させる。

この程度、地獄とすら呼べない。

 

 

「…………」

 

 

 少年の纏う空気から、余計なものが削ぎ落とされていく。

戦う意思、折れない鉄心、殺す覚悟。

それさえあれば少年は戦える。

雑念は霧散し、ただ眼前のものを排除する無機質な意識へと切り替えていく。

これより先は、いつか夢見た希望(ぜつぼう)の光景。

己の身体を武器として携え、最低限のアイテムのみを携帯。

防具は篭手、胸当て、足具のみ。

全てが革製で統一されている。

万人にとって万全ではないが、当人にとっては間違いなく万全だ。

感傷には十分浸った。

感慨には耽るまでもない。

 

 

さぁ、答えを探しに行こう。

 

 

______________________________

 

 

 

 その歩みは、まるで散歩のようだった。

街を初めて見たときの反応は欠片も存在せず、ただ眼前を見据え、視界と音を常に確保し続ける。

通行人はおらず、ダンジョンのこちらを嘲笑うような雰囲気のみがヒシヒシと伝わってくるだけだ。

 

 

  ───餌がまた来たぞ。

  ───血を寄越せ。

  ───肉を置いていけ。

  ───絶望を晒せ。

  ───悲鳴をあげろ。

 

 

まるで蓄音機から流れる音楽のようだ。

所詮は初見の錯覚。

恐怖へ誘うための古典的な手段。

まさしく、子供騙しではないか。

 

 

「ゲッ」

 

「……」

 

 

 目の前に現れるは緑色の肌をした異形の生物。

疎らに生えた体毛、黄色くくすんだ眼、鋭く尖った牙、汚らしく伸びた爪、薄汚れた衣類。

ゴブリンだ。

基本的に群れで行動し、集団で個を叩く物量戦を好む下等種族。

ダンジョンで初めに対峙することとなる代表的なモンスターだ。

複数の目玉が少年へ集中する。

下賎な笑みを浮かべ、みっともなく涎を垂らす。

ゴブリン達は、あからさまに横一列へ広がっていき、最終的に少年を取り囲む円を描いた。

群れで行動するゴブリンからよく見られる四方八方からの物量作戦だ。

あっけなく取り囲まれた少年は、とりあえず立ち止まる。

目の前にいる二匹のゴブリンは、品定めをするかのような不快な視線を向ける。

余りにも見え透いている。

下卑た笑いを放ち、武器である木の棍棒を見せびらかしてくる。

背後に気配が迫る。

足音も殺さず、奇声を発しながら急接近してくる存在を当然のごとく察知する。

 

 

「グバァッ!!」

 

 

 それは奇妙な声を上げて止まった。

そして、ある一定の位置から動けなくなっている。

少年に顔を掴まれて、地に足を着けられないまま。

苦痛に顔を歪めるゴブリン。

痛みから逃れようと身体をよじらせるものの、顔に取り付いた拘束具は一向に外れない。

そして掴まれている指の間から確かに見えた。

この薄暗い洞窟の中でもはっきりと映る、その青い瞳がこちらを見据えていた。

 

目は笑っていない。

口元は釣り上がっていない。

息は乱れていない。

 

 そこにあったものは“無”だった。

目の前の少年は何も感じてなどいない。

ただ眼前のものを障害物としか認識していない。

生き物とすら見られていない。

ただ“動く何か”とこちらを捉えているだけだ。

死神の足音が聞こえる。

何故だ。

死神ですら嗤うのに、目の前の少年は嗤わない。

 

 

─────コレは、なんだ?

 

 

 そう思った直後、ゴブリンは死神に追いつかれた。

不快な音を響かせて、顔と呼べなくなった部分を無残にひしゃげられて死んだ。

世の中には禁忌と呼ばれるものが存在する。

実状を知ることも、近づくことも、話すことも禁じられるものだ。

アレは文字通り、触れてはならないものだ。

 

 

________________________

 

 

 

 既に事切れているゴブリンを見下ろし、少年は特に何の感情も秘めない視線を投げかける。

見たこともないものに対し、これがダンジョン内のモンスターであることを理解する。

なんてことはない、ただの怪物。

自分たちとは身体の形状が似通っていて、異なっているものがこれらだ。

ほんの少し力を込めただけでこの有様になるようなものがこれだ。

上層に生息するモンスターは比較的弱いと聞いていたが、ヒューマン相手にもこの程度とは露ほども考えていなかった。

少年は周囲に狼狽えるゴブリン達を一瞥するが、大した力量を持っていないと見るや、その場を通り過ぎようと考えた。

だが、ここで少年の主神たるアテナの言葉を思い出し、その歩みを止める。

 

 

“いいかラジエル。

今以上に強くなりたいのなら、可能な限りモンスターを倒すことだ。

相手が弱いかどうかは関係ない。

戦うか否かで経験値(エクセリア)は貯まっていき、私が恩恵を更新することでお前は成長していく。

お前の求めるものが何なのかは私には分からない。

だが、何かを成し遂げたいのなら、戦って強くなれ。

もちろん、無理をしないことが前提だがな”

 

 

 少年の主神はそう言っていた。

どんな敵であれ、戦わなければ強くなれない。

今以上の存在に成ることはできない。

現状に満足したくなければ、モンスターを倒し続けろ。

 

 

「……しょーがないよね」

 

「グゲッ!?」

 

「強くなるには、お前たちをたおさないといけない。

だから、俺にたおされるのは、しょーがないよね」

 

 

 唐突に何かが宙を舞った。

ゴブリンの目に見えたのは、拳を振り抜いた少年の姿。

棒立ちになっている同胞の姿。

だが、そこにはあるべきものが欠けている。

そこにあるべき首が、欠けている。

何も実感できないまま、同胞は死んでいったのだ。

 

 

 「だいじょうぶ、すぐに終わらせるから」

 

 

 吹き荒れるは突風。

刹那に散っていくゴブリンの命。

人間とは思えない速度で肉薄し、一撃で摘み取られていく。

 

突きを放てば首が消し飛んだ。

小さな手は槍となって胸を貫いた。

足は凶悪な斧のように首を薙いだ。

 

 その小さな身体が動いた際には、身体の何処かが欠けた。

逃げる間も与えられなかった。

瞬く間に、十数人いたゴブリンは地に伏せてしまっていた。

残るは、ただ放心して立ち尽くすゴブリンのみ。

目が離せなかったのだ。

少年の動きを一言で表すならば、“美しかった”が当てはまっただろう。

拳を振り抜き、足を振り切る様に見とれた。

残心の際に垣間見えた流し目。

迷いのない攻撃。

最小限に留められた移動。

動くたびに揺れる長い黒髪。

年にそぐわない艶に驚き、モンスターでさえ見とれた。

 

 

「お前で、さいごだね」

 

 

 少年の言葉を聞き終える前に、残ったゴブリンは死んだ。

肉体的にではなく、迫り来る未知の恐怖に押しつぶされて死んだのだ。

そして自分たちはようやく悟る。

間違いなくアレは、禁忌そのものだったということを。

 

 

「……貫手一角(かんしゅいっかく)

じゃあ、おやすみなさい」

 

 

________________________

 

 

 

 あれから数時間の時が過ぎた。

ダンジョンでは、モンスターは定期的に生産されていく。

主に壁から浮き出るように現れるとされる。

また、生まれる際、モンスターは体内に魔石と呼ばれる結晶石を持った上で生まれる。

それは身体構造とは別離の急所となっており、それを破壊されたモンスターは灰となって消滅する。

そして、それは街や世界にとって重要な資源として注目されており、魔石ごとに価値がつけられる。

上層のモンスターの魔石であっても、安価ではあるが価値はある。

より深い階層に入っていくほど、その魔石に凝縮されたエネルギーは多くなり、価値が高騰していく。

ダンジョン内においてモンスターは無限に湧き出る。

この性質を利用して、迷宮都市オラリオは世界に注目され、より多くの富を求めるため冒険者たちは危険な

冒険に繰り出していくようになった。

 

 だが、魔石があるからといって、モンスターの急所は変わることなく存在する。

いかに発生や増殖方法が不明であっても、モンスターは総じて生物である。

頭部や心臓部を破壊すれば、人間と同じように倒せる。

ただ倒すだけなら魔石を破壊すればいい。

金を得たいのなら生物特有の急所を突けばいい。

ただそれだけのこと。

そのどちらにも関心がない少年にとっては、全くもって関係のないことではあるが。

 

 

「今は……えっと、六階層かな?」

 

 

 探索を始めたのが日の出前の早朝だったので、今の時間帯は大体昼前辺り。

上層のモンスターではほとんど相手にならず、より強敵を求めて階段を下り続けて今に至る。

気づけば到達階層は六階層になっており、このまま進んでも全く支障がないほどに順調だった。

携帯食料を食べ、水を少し飲んで空腹を紛らわす。

体力問題なし。

身体の損傷もなし。

以前の鍛錬で山の中に篭った時と同じような感覚。

その気になれば、後一日はこのままの調子で戦い続けられる。

変わったことといえば、遭遇するモンスターの種類が増えたことぐらいだろう。

巨大な単眼蛙、フロッグ・シューター。

長い舌が特徴的だったが、舌を伸ばした後は隙だらけだったため、舌を切断した後に目に足刀をお見舞いして下した。

次にダンジョン・リザード。

大蛇以上の体格を持ち、壁や天井を自在に這いずるため、体格に似合わず俊敏だった。

最も、遠距離攻撃を持っていなかったため、対処は容易だった。

巨大な口を開けて迫ってきたため、上顎を蹴り上げて昏倒させ、貫手を使って沈めた。

どれもこれも取るに足らない雑魚ばかりだ。

ただ巨大な相手など恐るるに値しない。

むしろ的が大きい分やりやすい。

ここまで何の驚異になり得ないやつらばかりであったが、現在いる場所は六階層。

リューの話によれば、ここより先にはやつが現れる。

 

 

「あ、あれかな?」

 

「…………」

 

 

 それは、まるで人影が一人歩きしているかのような体格であった。

初心者殺しのうちの一体として恐れられる人型モンスター、ウォーシャドウ。

体長はラジエルより高く、足の先にまで届くのではないかというほどに長い腕を持つ。

刃物と同じ殺傷能力を持つ爪を両指に三本ずつ携えており、動きが人間染みている。

現れた数は二体。

定石通り選択肢を挙げるならば、撤退一択である状況だ。

 

 

「やっ」

 

「……ッ!?」

 

 

 右腕の手刀を一閃。

一体目のウォーシャドウの爪を破壊する。

鍛え抜いた強靭な筋肉、抜刀の初速を真剣さながらに振るえば、生物の爪など簡単に破壊できる。

自分より前にいる仲間の危機を察した二体目のウォーシャドウは、背後から飛び出るように奇襲を仕掛けた。

今度こそ、その幼い体を引き裂くために爪を突き立てる。

だが、自慢の爪より強固なものにそれを阻まれる。

 

 

「……亀殻鉄甲(きかくてっこう)

 

 

 防具の隙間を通したかのような一撃だった。

確実に肉を抉るはずだったが。

腹部に爪を突き立てた後、自慢の武装は砕け散った。

少年の身体自体に、それを阻まれたのだ。

 

 『亀殻鉄甲』

筋肉を瞬間的に膨張させて硬化し、鉄の強度を人体で実現させる防御の型。

筋肉がより密集した箇所においては鉄壁を誇り、並大抵の兵装では傷一つ付けられない。

積み上げられた石の上で瞑想を繰り返し続けた求道者は、長い年月を掛けて自身の身体を石以上の強度へ変貌させたという話がある。

 

 

「シッ」

 

 

 ウォーシャドウの腹部へ膝蹴りを放ち、よろけたところに掌底を放つ。

生まれ出た壁に再びめり込み、その姿を灰へ変化させていく。

奇襲を仕掛けた二体目は、一瞬で潰されたのだ。

その一体目が視線を仲間へ移した刹那、自身の視界は暗転した。

自分たちの爪より強靭な細腕が、容易く身体を貫通してきたのだ。

 

 

「よそ見はダメだって、ししょーは言ってた」

 

 

 視線を敵から外したが最後、それが自身の命運を分ける。

故に、意識は常に相手に向けれられているものでなければならない。

戦闘において、一瞬の隙は命取り。

いつ何時も油断してはならない。

 

 

「あ、そういえば」

 

 

 ラジエルは、魔石を回収することを思い出した。

リューから事前に言われていたことだ。

ギルドが設ける換金所が、どんな魔石であれ査定して換金してくれるのだという。

この街で、獲物を狩って食らう必要はない。

衣食住を揃えるためには資金が必要となってくる。

それを稼ぐために、倒したモンスターからのドロップする魔石があるのだ。

そして、稀に出てくるものがある。

 

 

「これ……つめ、かな?」

 

 

 それがドロップアイテムと呼ばれるもの。

モンスターの身体の一部が灰にならず残ったもののことを指す。

ダンジョン内で取れるモンスターの一部は、ものによってはそのまま武器にもなるほどに質が高い。

それらを鍛冶師に持ち入り、加工してもらうことでより強固な武具となる。

また、魔石以上の価値になるため、売却することもできる。

 

 

「むー、またてきがいなくなっちゃった」

 

 

 気づけば周囲に敵の気配はなくなってしまった。

壁から新たに生まれる様子もないため、完全に暇を持て余している。

ならば歩を進める以外すべきことはないだろう。

 

 

「つぎにいこーっと」

 

 

 緊張感欠ける様子は当分変わりそうにない。

しかして、ダンジョンの恐怖はまだ始まりに過ぎない。

いつまでもこの調子は続かない。

その深淵から覗く死線は、無数に冒険者に対して向けられているのだから。

 

 

 




 

 いらっしゃい、あずき屋です。
今回よりダンジョン探索に乗り出します。
こんな感じでいいかなと思う節はあります。
ぶっちゃけ割と勢いで書いた部分もあります。
表現が残酷すぎるとか思った方はおっしゃってください。
割といい線行っているのではないかなと自分では思いましたが。

 初期設定より、上層程度のモンスターではほとんど苦戦はしません。
もちろん深く潜ればそれだけ危なくなってきますのでご容赦を。
(師匠の鍛錬はそれほどまでに厳しいものだったので)


 ではでは、また次のページでお会いしましょう。








PS
単発で三蔵ちゃん来てはしゃぎました。

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