少年成長記   作:あずき屋

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「あ、ししょー」


「おや、ラジエル。
新しい型の鍛錬中ですか?」


「うん。
こう、いっぱつで倒せるよーなやつを考えてたとこ」


「ほほう、一撃必殺というやつですか。
それはなかなかどうして面白そうですね。
君の性質上、それを考え出そうとするのも当然の帰結ですか……。
組手の相手はいりますか?」


「うん、色々ためさせて」


「いいでしょう。
私を満足させるようなものを見せてくれれば、褒美としてアドバイスをしてあげましょう」


第7話 少年、買い物をする

 

 

「そういえば、ラジエルに聞いてみたかったことがありました」

 

「うん?」

 

 

 リューは、予て(かね)からラジエルに聞いてみたかったことがある。

少年の修めた武術に関してのことだ。

組手の最中に、何度も目の当たりにしてきたものの数々。

彼の師によって伝授されたとされるものとされるが、その実態等について興味があったが故に、リューは聞いてみたかったのだ。

 

 

「私の目の前まで一息で移動した動きや、攻撃の仕方とかのことです。

貴方の武術全てが、私が今まで見てきたものに該当しませんでした。

言い換えると、ラジエルの力に興味があります」

 

「あー、あれねー。

ししょーは"縮地”って言ってたよ。

こう、俺がびゅーんって走ってきたやつのことでしょ?」

 

「はい。

そうですか、縮地というのですか」

 

「うん、この本にだいたい書いてあるよ。

リューにだけ見せてあげる。

ほかの人に話しちゃダメだよ?

ししょーがあんまりほかの人に見せないよーにって言ってたから」

 

「……ありがとうございます。

はい、絶対誰にも言いませんとも」

 

 

 それは、少年からの信頼の証とも言えるものであった。

自身の秘密の内を明かすことは、誰彼構わず出来ることではない。

それは、最も信頼できる相手だからこそ打ち明けられるもの。

単なる羞恥心からくるものということではない。

自身の弱さに通じるものであるが故に、それを他言して欲しくない。

知って欲しいが、知らせて欲しくない。

複雑な心からくるものという認識で間違いないだろう。

 

 リューが特に気になったのが、少年の移動法である縮地だ。

一息に長距離を移動し、相手が反応し切る前に先手を取る。

 

 

『縮地』

敵の無意識下に潜り込み、その刹那へ瞬間的に到達するための移動法。

本来、生物は必ず死角を内在させる。

自身には決して感知できない無意識の領域。

しかし、それはほんの一瞬の世界に過ぎない。

瞬く間にその世界は消失し、元の視認状態へ回帰するものである。

この縮地は、その世界へたどり着くためのもの。

敵の死角を予知し、その世界への扉が開くと共に自身をその世界にすべり込ませる。

元来、ある仙人が世界を飛び回るために考案したものとされ、武術家の一つの極地とされた。

 

 

「こ、これは……」

 

 

 はっきり言って、理解が及ばない内容だった。

例えるなら、古い物語の架空技術を説明しているように、この書物に書かれていることは現実味を欠いていた。

確かに、あの動きは口で簡単に説明できるものではない。

気づいたら目の前に現れる動き。

誰もが口をついて間抜けな説明だと笑うだろう。

しかし、実際問題それ以外の説明が思いつかない。

この書物に書かれていることは、正直に言えば信頼性に欠ける。

最初に見ていれば間違いなく信じなかっただろう。

 

目の前の少年が実践していなければ。

 

 武術に精通していないリューからしたら別次元の話を見ているようだった。

理屈は突飛過ぎて理解は及ばないものの、他にも興味をそそるものがあるのも確か。

リューが特に気になったものは技の型。

即ち、最終的に技に繋げるための予備動作のようなもののことだ。

その在り方、正しく野生の獣の如く。

荒々しくはあるがその実、極めて合理的に敵の首を刈り取る技。

 

 

 戯拳 弔獣戯我(ちょうじゅうぎが)

 

 

 あらゆる動作を動物の動作をもとに編み出された無名の拳技。

発祥も伝承も何もかも不明にして未知の拳技。

技には動物の特徴や象徴するものをベースにされている。

馬の強靭な後ろ蹴りを連想させるもの、猛々しく暴れまわる虎を連想させるもの、不動にして堅牢なる守りを持つ亀を連想させるものなど、種類は実に多岐にも渡る。

これらは奥義にして普遍のもの。

奥義にだけに非ず。

しかして確かに極地のうちの一つ。

当然の如く振舞ってこそ、それは必然の結果を齎らす魔拳。

子どもの戯れあいのように躊躇いなく相手の命を奪う絶技。

人を殺すことに特化した武術。

しかして、少年の心にはこれを振るうことに関して迷いはない。

命を奪う武器に関して忌避する反応は見せるが、自信が扱う身体(ぶき)に関しては迷いを抱かない。

これは、果たして自覚していない矛盾なのだろうか。

子どもにしてこれほどまでの技術を有している事実を、こうして目に見える記録を前にすれば絶句は必至。

リューは不謹慎にも、これらの技を見てみたいと思ってしまった。

以前から見ている彼の動きの根幹であるものの集大成。

あの技量からすれば、これらのほとんどが絶技であることは明白であろう。

 

 

「ラジエル……貴方、もしかしてこれを全部?」

 

「うん、もちろんぜんぶできるよ。

ししょーに何回もためしたからだいじょーぶ」

 

「そ、そうですか……」

 

 

 これほどまでの技を極めて来たのであれば、あれほどの自信が垣間見えるのも納得できる。

さぞ険しい道を辿ってきたのだろう。

だが、これらの技を振るうには、やはりそれ相応の装備が必要になってくるはずだ。

身体を武器にするということは、敵から負う傷だけでなく、拳を振るえば振るうほど徐々に損傷していく。

その負担を極力減らすための頑丈で柔軟性のある防具が必須だろう。

 

 

「なら、尚更いいものを見つけないといけませんね。」

 

 

 改めて防具探しに戻ることにする二人。

篭手や足具は今のままでいいとして、やはり胴の部分を保護するものが望ましい。

身体の動きを阻害しない柔軟な素材をベースに作られたものが良いだろう。

となれば革製のものが一番かもしれない。

頑丈さにおいては金属製のものに劣るが、その反面として、使用者の動きを阻害しない、衝撃を受け流すなどの長所を併せ持っている。

自在に動き回る遊撃タイプに好かれる素材のうちの一つだ。

何より肌に馴染みやすいのが一番だろう。

元々動物の身体の一部であることから、肌の接触にはさほど不快感を覚えにくい。

今回求めるべき代物としては、最有力候補として挙げられるに違いない。

 

 

「しかし、簡単にいいものには巡り会えませんね。

どれもこれも質はいいのですが、正直イマイチと言わざるを得ません

高すぎて周囲から反感を買うのもいけませんし、かといって安価すぎるのも危険です。

それに……」

 

「ねーねー見て見てリュー。

あっちのキラキラしたよろいすごいね。

なんであんなにキラキラさせるのかな?

あんなに目立っちゃうと殺されちゃうのにね」

 

「……私がしっかりしないといけません」

 

 

 少年は完全にお気楽に観光に徹している。

これほど品数が多いのだから無理もないが、もう少し自分に関心を向けて欲しい。

技量に関してはリューとしても舌を巻くほどだが、それ以外は完全にお子様だ。

危機感がまるで無さ過ぎる。

しかし、この少年に対して注意をしても、おそらくこのスタンスは崩しそうもない。

リューは直感で気づいていた。

周りから何を言われようとも、一度自分で決めたことは簡単には曲げない。

それは長所でもあるが、短所にもなり得る。

今この状況のように。

 

 

「そろそろ宛がなくなってきてしまいました……。

バベルの塔以外初心者向けの装備は置いてないというのに。

これは困りました」

 

「そこのお嬢さん?

何か装備のことでお困り?」

 

「えっ……?」

 

「むー?」

 

 

 困り果てていた時、後ろから声を掛けられた。

炎のように煌く赤い髪に赤い瞳。

右目を覆い隠す黒い眼帯。

その姿を見れば誰もが視線を釘付けにされる美貌。

それは女神。

数多いる神々の中で最も鍛冶に秀でた神。

神匠と謳われる女神、神ヘファイストスだった。

 

 

「奇遇ねリュー。

そして驚いたわ、貴方がこの塔で買い物だなんて」

 

「ご無沙汰しております神ヘファイストス。

私個人の買い物ではなく、この子の買い物です

ラジエル、この方は神ヘファイストス様です。

このオラリオでとてもすごい武器や防具を作れる神様なんですよ」

 

「そーなんだ。

こんにちはヘファさま、ラジエル・クロヴィスです。

よろしくお願いします」

 

「ヘファ?!」

 

「あははっ!

随分と可愛らしい名前をどうもありがとう。

ラジエル・クロヴィスくんね?

私はヘファイストス、よろしくね」

 

「うん、よろしく」

 

「こ、こらラジエル!

ヘファイストス様に向かってフランク過ぎますよ!」

 

「いーのいーの、気にしないの。

こういう接し方をする子が少なくなってきて私も寂しくなってきたからね。

むしろ嬉しいわ。

それより、この子どうしたの?」

 

「実は……」

 

 

 ヘファイストスはリューにとって数少ない顔馴染みの神のうちの一人であり、遠征の際に彼女の眷属を同行させるほどに友好関係が築けている仲である。

リューの木刀の手入れも彼女の眷属が受け持ってくれているため、個人的にも敬意を最大限払うべき相手なのだ。

そんな尊敬する神相手にフランクに接するラジエルを見て肝を冷やす。

子どもならではの無知というべきか、少年は全く遠慮することなく神ヘファイストスと談笑していた。

あまりの出来事に放心しかけるものの、ヘファイストスには大まかにこれまでの経緯を説明した。

 

 

「そう、そんなことがあったの……。

貴方もとんでもないことに巻き込まれてしまったのね。

まだこんなにも小さいのに…」

 

「はい、彼たっての希望から、ダンジョンへ向かうことになりました。

力量や戦闘経験からして問題ないと判断したので、上層限定で許可を出しました。

今は、探索前の買い出しでこの塔に来たということになります」

 

「……あのリューにそこまで言わせるの?

貴方、結構掘り出し物だったりする?」

 

「あの、神ヘファイストス?」

 

「あはは、ジョーダンよ。

私は他の神たちと違って強引な勧誘なんてしないから。

それで?残りは何が足りないの?」

 

「あ、はい。

最後は彼の防具についてです。

彼は珍しいことに徒手空拳で戦うタイプなので、軽装備の革製の防具がいいかと……」

 

「無手?!

貴女今徒手空拳って言ったわよね!?」

 

「は、はい。

私としても、とても珍しい技の数々でした……」

 

「そう……これは、本当に掘り出し物かもね……」

 

 

 ヘファイストスは一人そう呟くと、何か思案するように手を顎につけた。

やはりこのオラリオにおいて無手で挑む者は珍しい。

彼女の反応を見れば明らかだろう。

ダンジョンにおいてどのような目的があろうとも、皆必ず武器の類は常備するものだ。

鉱物や薬草の採取にしても、必ず護身用のナイフなりを装備する。

であるため、武器の未携帯は本来ありえない。

 また、冒険者たちは、基本自らの情報を秘匿する。

これは自身の安全につながることから暗黙の理として互いに関与することがない。

しかし、中にはそれを伝える必要がある特例が存在する。

その中の一つが鍛冶師である。

限定的にではあるが、冒険者の情報を開示し、装備に関して助言をもらう等の目的で話すこともある。

双方の信頼関係が成り立ったことを前提とするが、相手が大きなファミリアであればあるほどその重要性を理解してくれる。

鍛冶師には共通する三つの規則があるという。

 

 

理解しなければならない。

機密にしなければならない。

信じなければならない。

 

 

 武具を生み出す鍛冶師として、相手の情報に対して適当なことは決して言わない。

それは各々がもつ鍛冶師としてのプライドがあるからだ。

自分たちが丹精込めて打ったものを簡単に壊して欲しくない。

その武具を最大限に生かせる道をしっかりと吟味して模索するのだ。

 そして、その情報については決して双方だけの秘密として取り扱わなければならない。

仮にその情報が漏洩した際、真っ先に疑われるは鍛冶師の方であるからだ。

故に、自分たちの信用を失墜させないためにも、情報に関してどこも徹底されている。

 最後に、その冒険者を信じなくてはならない。

自分たちの魂の一部を託すに値する者か見極めることが求められる。

ただ金があればいいという話ではない。

彼らは職人。

一つのことに対して妥協は許さず、自分が持ちうる技術を全て使い、一つのものを生み出す者。

武具の完成度について手を抜かないことはもちろん。

中には自分の武具を使うに値する者かどうかも採点する鍛冶師も存在する。

プライドが高いからということもあるが、結局のところ、自分の打った者を大切にして欲しいと願うからこそなのだ。

そうした志を持った者が、鍛冶の最先端をゆくヘファイストス・ファミリアの門を叩きにくる。

 

 

「ふむふむ、じゃあ私が今一番期待してる子を紹介してあげるわ。

恩恵を与えてからまだ日は浅いけど、間違いなく光るものを持ってるの。

ラジエルくんも丁度同じように駆け出しなんだし、うまくいけばお互いに高め合えるかもしれないわ。

私も可能な限りはサポートしてあげるし……どう?」

 

「神ヘファイストスの推薦なら間違いないでしょう。

ラジエル、その人に会ってみましょうか」

 

「うん、行ってみよ?」

 

 

 駆け出しの眷属のみにならず、恩恵を受けた者にとっていつまでも必要とされるのが経験である。

経験を積み重ねていくことで自信へと繋がり、やがてはあらゆる困難に直面した際に、それを乗り越えるための重要な下積みとなるからだ。

ヘファイストスからの申し出は実に渡りに船だった。

恩恵を受けた時期に差が開きすぎていなければ通じ合えるものも期待できる。

 

 

「と……すみません。

先にお手洗いを済ませてきます」

 

「えぇ、急がずに行ってきなさい。

私はこの子と談笑でもしているから」

 

「よろしくお願いします」

 

 

 リューが席を外すと同時にヘファイストスはラジエルに向き直る。

見えている左目から爛々とした何かが見え隠れしており、彼女自身もウズウズとした様子だった。

 

 

「ねぇ、ラジエルくん?」

 

「なーに?」

 

「貴方、本当に素手で戦うの?」

 

「うん。

手っていうか、からだぜんぶつかってたたかうの。

そんなにヘンかな?」

 

「いいえ、変じゃないわ。

変というよりすごく珍しいのよ。

そうね……何故かは分からないけど、貴方には期待してしまう何かが見えるわ。

ただの神としての直感だけど」

 

「きたい?」

 

「そう、期待よ。

…………これくらいならギリギリセーフの範疇かしら?

多分大丈夫でしょう……」

 

「むー?」

 

 

 神匠たるヘファイストスはラジエルの顔を見つめながら、しきりに何かを考え込んでいた。

神は不変にして不滅の存在。

それはどんな神であろうと変わることのない世界の定めた規律にして原則。

変わることのない自らの価値観やものを見る目線は、幾百幾千の時を過ごしても変化しない。

神々は生まれた時より完成された存在なのだ。

故に多くの神々は自分のこと以外に目を向けるようになっていった。

変わらない自分より、短い時を懸命に生き、日々変化する小さな存在に焦点を合わす。

そんな神の唯一の娯楽が、知性を持った存在の成長だった。

その者の変わりようを眺め、同じ時間を共有して成長の実感を得る。

自身の絶対の権能を捨ててまで地上に降りてきた神たちは、それほどまでに刺激を求めていたのだ。

 ヘファイストスもまたそのうちの一神。

他の神々たちとベクトルは異なるものの、自身の性質を子どもに擦り寄わせ、その後の結果を想像し、望んでしまう。

職人とは、時として病的なほどの執着を見せる時がある。

それが、まだ試したことのないものに対してなら尚更のこと。

神ヘファイストスは、自身の内から湧き出る思惑を試してみようと思った。

 

 

「ねぇ、ラジエルくん。

私と一つ約束をしない?」

 

「んー?

何のやくそく?」

 

「そんな難しい話じゃないわ。

私をアッと驚かせるようなことをして欲しいの。

これは、ダンジョンに潜っていればいずれは出来ること。

その時に出てくる結果を私に知らせて。

もし私を驚かせることができたら、貴方にご褒美をあげるから」

 

「よくわかんない。

ヘファさまをおどろかせるよーなことを、ダンジョンでしてくればいいの?」

 

「そう!

これは貴方と私だけの秘密。

約束できるかな?」

 

「うん、いーよ。

ゆびきりしよ?」

 

「ふふっ、懐かしいわねそれ。

いいわ、約束しましょう?」

 

 

 少年と神との間に交わされる指切りという名の誓い。

これはいつか、少年にとって掛け替えのないものになるかもしれない。

神匠は期待する。

この少年がとてつもない偉業を達成することを。

少年はまだ知らない。

この神との約束が、自分にとってどんな意味をもたらすのかを。

 

 こうして、記念すべき第一回のお買い物は終わりを告げた

リューからの期待の証である、黒革の胸当てを贈られ、この日は仲睦まじく、手を繋いでヘファイストスとバベルの塔に別れを告げた。

 

 

 

 

 




 

 いらっしゃい、あずき屋です。
はい、なんやかんやありましてフラグを成立させました。
もうほとんど明かしてしまっていますが、分かっていても決して表に出さないように。
推理小説のように、犯人が分かっても先走って答えないようにして下さいね。

 次回からはいよいよダンジョンに潜らせます。
色々かっ飛ばして暴れまわるのでよろしくです。
奥義とか色々出そうと考えているので、生暖かい目で見守ってください。


 ではでは、また次のページでお会いしましょう。











PS
富士山半端ねぇ。

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