戦いの最中では、如何なる事があっても無防備な姿を見せてはいけません。
隙を見せたが最後、貴方は死ぬことになる。
仮に肉体的に死ぬことがなかったものであったとしても、その時の貴方は死ぬのです。
決して倒れてはいけません。
決して屈してはいけません。
決して死んではいけません。
これが成し得てこそ、本当の強さと言えるのですよ。
太陽が姿を見せる。
対峙する二人の影法師は大地へ伸び始め、穏やかな風が髪を揺らす。
一方は木刀を携え、黙して静かに時を待っていた。
一方は武器を持たず、革製の篭手と足具を身に纏い、相対する女性を眺める。
リューは、熱が篭った息を吐き出すと、対峙する少年へ呼びかける。
時が近づいたのだ。
「ラジエル、本当に大丈夫なんですね?
ナイフの一つも持たずに私と戦って」
「うん、いらないよ」
少年はあっけらかんと言い放った。
ラジエル・クロヴィスは武器の類を一切使わない。
使わないのではなく、扱えないと表現したほうが適切だ。
振るうことはおろか、その手に持つことすら困難を極める。
模擬戦前に、リーヴァが鍛錬用の武器をラジエルに貸し与えようと目の前に持ってきた時、初めて少年の顔に陰りが指した。
『…………なんか、イヤだ。
それ、すごくこわいよ』
ラジエルは武器を持つことに対してひどく拒絶的な反応を示した。
正確には、使用者が存在しない武器に対して恐怖を覚えるのだ。
誰かが携帯し、明確に所持している様を見る分には何も思わない。
そもそも、武器とは命を奪うことに対して特化したものである。
より効率的に命を奪うにはどうするべきか、より殺傷能力を高めるにはどうするべきか、より膂力を発揮するためにはどうするべきか等、製作者は試行錯誤して様々な形態の武器を作り上げてきた。
そして、それはいつの日か誰かの手に渡り、持ち主と共に長い時を過ごしていくことで、武器特有の感情を形作っていく。
正義感の色を強く示す者に渡れば、敵味方の分別が付けられる獲物に。
悪徳感の色を強く示す者に渡れば、見境なく命を奪い去る獲物に。
武器は謂わば人殺しの道具と表現したほうが的確なのかもしれない。
どれだ製作者が丹精込めて作り上げようとも、この事実は変えようがない。
武器を扱うことで最も大切な要素が使い手である。
先にも述べた通り、道具は使い手の思惑次第で何色にも染まる。
そして、持ち主によって武器の在り方も異なってくる。
如何にして扱うか、何の目的を見出すか、そこに正しさを示せるか。
己にとっての邪念を打ち払い、人と武器が一心同体となり、一つの理念のために振るうこと。
それこそが道具にとっての本懐。
どんなになろうとも、決して曲げることのない確固たる信念の元で振るわれることこそが、武器の真価を発揮させる。
ラジエルは、ある種の想いを感じ取ることに対して特化している。
人やモノに関係なく、そこに意思があれば肌でそれを感じ取ることができる。
理屈で理解するのではなく、そこにあるものをありのままに受け入れる。
故に、何の想いも込められていない武器に対して恐怖を覚えた。
持ち主が存在しない武器には感情がない。
まるで子どものように純真無垢で、悪戯に命を奪ってしまう。
魂の入っていない入れ物のような感覚を感じたからこそ、ラジエルは忌避したのだ。
ならば、少年に残された武器はただ一つ。
「それを使わないよーに、俺はししょーの元でしょぎょーした。
戦い方も、あいての見方も学んだ。
この体ぜんぶが、俺のぶき」
「……………」
なればこそ、少年に残された武器は己の身体ただ一つ。
己を一つの武器とし、師の元でそれを磨き続けた。
リューに対して驕りや侮辱の意は感じられない。
彼女もまた感じ取る。
これは本心からの言葉だ。
であるならば、これに応えない方が無粋。
子どもであるが以前に、ラジエルもまた男の子。
ひたすらにただ一つを極めんとして励んできた日々を聞いて、一体誰が笑おうか。
故にリューの眼に力が篭っていく。
少年の過ごしてきた日々の成果を見極めるため、自分の甘さを取り払おう。
「じゃあ、やろうリュー。
俺の今まで、ぜんぶぶつける」
「分かりました。
そこまでの覚悟が貴方にあるというのなら、これ以上は何も言いません。
では、始めるとしましょうか。
リーヴァ、開始の合図と立会いをお願いします」
「おっけー、本当にいいんだね?
ラジくんは大丈夫だと思うけど、リューは特に気をつけてね。
何事もやり過ぎる事なかれ、殺す気で挑まないこと。
それじゃあ、いざ尋常に」
対峙する二人は共に武器を構える。
目の前の相手のみ意識を集中させ、余計な雑念を切り捨てていく。
相対するは準一級冒険者にしてアストレア・ファミリア一の強さを誇るリュー・リオン。
相対するは駆け出しの冒険者にして徒手格闘で世界に挑まんとするラジエル・クロヴィス。
これが、世界へ踏み出す一歩となる。
「始め!!」
「シッ!」
「なっ……!?」
開始の合図が告げられた刹那、数メートル先に居た少年との距離がなくなっていた。
瞬間移動のごとく眼前に現れた少年は、知覚ギリギリの範囲で攻撃を仕掛けてきた。
なんてことはない、ただの突き一つ。
リューには、それが鋭利な槍に感じられた。
ただの打撃では済まないと直感で感じ取り、身を横に逸らして回避し、再び距離を取りに図る。
今回の模擬戦の目的はただ闘うことに在らず。
ラジエル・クロヴィスという少年が、どれほどの力量を有しているのか、ダンジョンで戦い抜ける意思を持っているのかどうかを測るためである。
故に全力で打ち合うことを、ここにいるリューとリーヴァは望んでいない。
リューは回避と防御に主軸を置いて、分かりやすい攻撃を仕掛けて身を護る術を引き出させる。
これが本来の目的だ。
しかし、目の前の少年の動きを見てどうだ。
明らかに子どもの持つ力の範疇を越えている。
常人ならば対応できない突きの踏襲。
突きの一つひとつが純粋に早く、狙いも急所を的確に狙っている。
受ければ即座に戦闘不能にさせられる顎や鳩尾はもちろんのこと。
敵の機動力を奪う両肩や太腿、四肢の関節部等を執拗に狙ってきている。
技の全てが年齢の割に洗練されていて、無駄がほとんどない。
Lv.4のステイタスを持つリューであっても、急所を狙われる感覚に危険を感じずにはいられない。
そういった恐怖は、幾万のモンスターと対峙してきても慣れるものでも消えるわけでもないのだから。
ジワジワと獲物を追い詰めるが如く滲み寄ってくる少年の姿は、これまで見てきたどの冒険者にも当てはまらない恐ろしさを感じた。
敵を倒すことに特化した動きは、正に武器そのもの。
自分の体をこうも突き詰めることは、熟練した者であっても多くの歳月を費やさなければ至れぬ境地。
この若さでそれを体現してしまうほどに、この少年の技量は飛び抜けていたのだ。
「くっ、ハァ!」
全力ではないにせよ、リューもまた少年に対して防御から攻撃へ姿勢を移していく。
彼女の戦い方は力で押し込むものではなく、手数の多さで攻めていくスタイルだ。
それこそラジエルのように隙を見せず、相手に反撃の暇を与えない勢いで攻め込み、行動を徐々に封じていくのがリューにとっての戦闘スタイル。
威力と速度を半分以下に設定し、的確に首や腹を薙ぎにかかる。
「なっ……」
Lv.1なら間違いなく反応できずに当たる。
彼はその予想を軽く飛び越えた。
篭手で受け、衝撃が腕に行き渡る前に軌道を逸らし、身体への負担を極小で凌いだ。
続けざまに木刀を振るおうとも、全ていなされる。
手加減を施したリューの攻撃は、この少年に対して有効打にはならない。
その眼が、耳が、肌が全てを感知する。
まるで水に打ち込んでいるかのように、手応えを感じられないのだ。
そして風のように木刀の猛襲を掻い潜り、距離が詰められる。
首元を薙ぐかのような足刀が迫る。
すかさず木刀の腹を立てて防御する。
その回転による遠心力を殺すことなく後続する後ろ回し蹴り。
これもまた腹で受けて受ける。
押し込めないと悟った少年は、木刀を足蹴にして鋭角に地面へ身体を落とす。
防御の構えにより、リューの動きが若干遅れる。
「行くよ、リュー」
少年の一息の後に続くは、先程とは比べ物にならないほどの高速連打。
受ける度に回転数を増していく連打の嵐は、二人の眼を釘付けにした。
攻撃の速度が上がっても落ちることのない精度、敵に何もさせない圧倒的な手数の多さ。
その姿に、戦慄を覚えずにはいられない。
駆け出しにしては、明らかに他の冒険者たちよりも技量が飛び抜けている。
幾ら恩恵によって基礎能力が常人に比べて成長してようと、技量の差を埋められる訳ではない。
こういった技の一つひとつは、多くの時間を掛けて研鑽させ、積み上げていくものなのだ。
冒険者の強さは恩恵だけに留まらない。
より強い力を出せる筋肉の動かし方、負担を避ける動作、相手の動きを先読みする観察眼、戦闘を優位に進めるための立ち回り。
全てをひっくるめて技となっていくのだ。
ラジエルは、技量に関して他の冒険者より逸脱した領域にある。
「(本当に子どもですか貴方は!?)」
しかし、例え幾百幾千の連打を放とうとも、Lv.4にまで上り詰めたリューに対して決定打はおろか、ただの一撃すら入ることはない。
Lv.4によって積み上げられたステイタスは、そういった要素を覆すほどの力を持つ。
どれほど背伸びをしようとも、身の丈以上の壁はそうそうに越えられるものではないのだから。
「ハッ!」
「っ!?」
打ち合いを始めて、初めて少年は眼を見開く。
嵐のような高速乱打を抜けられ、胸に迫る一閃を瞬時に感じ取った。
単純に見えなかったのだ。
五感を全開にし、自身の周りに神経を張り巡らせても尚知覚できない。
直感が告げる。
殺られる。
防御が間に合わないことを感じ取った少年は、直ぐ様後方へ飛び退く。
リューによる一撃を受けるものの、後方へ飛ぶことで衝撃を緩和させ、致命傷を避ける。
それでも流しきれるものではなかった。
彼女の細腕からは想像し得ない重撃がラジエルを襲ったのだ。
右脇腹から左肩に登っていく痛みは、幼い身体の行動を大きく削るには十分過ぎるものだった。
「(これに……反応しますか)」
末恐ろしい。
彼女が胸中に抱いた感想は単純だった。
単純が故に恐ろしい。
これほどの才覚を持った子が、今の時点でこの力量を有している。
一撃一つひとつを再起不能にさせる領域にまで押し上げる技量、攻撃を受け流して反撃の機会を常に見計らう姿勢、引き際を見極める鋭敏な勘。
どれを取っても、幼い身にしては余りにも不釣合いな力。
リューは闘う術を知る少年に対して複雑な気持ちを抱いた。
それは安堵であり、悲しみでもあり、怒りでもあった。
まだ幼い身であるのに、既に死を身近に感じさせてしまうその姿に、リューの表情に翳りが指した。
倒れてもおかしくない一撃を見舞って尚、膝を着こうとしないラジエルの姿が、それを如実に表していたからだ。
「(確実に失神させる勢いで打ち込みました。
ですが、それでも貴方は倒れることはしないのですね。
いえ、それを許さないと言ったほうが正確なのでしょうか。
その眼には何か、本人も自覚し得ない鬼気迫るものを感じます。
そんな歳で、身につけるものではないでしょうに………)」
最後まで、少年は膝を折ることをしなかった。
痛烈な一撃をその身に受けようとも、視線をリューから逸らそうとはしなかった。
戦いにおいて動けなくなることは、死を意味させる。
どんなになろうとも、戦う意思を捨てない姿勢を確かにこの眼で見届けた。
地力の差は歴然。
少年は奮闘するも、最後まで一撃を入れることは出来なかった。
この日、少年は世界の一端を垣間見たのだった。
「それまでっ!!」
いらっしゃい、あずき屋です。
お待たせいたしました、次話投稿果たしました。
いやはや、戦闘描写って難しいですね。
これでよいのかと散々悩みましたが”やってしまえ”という声が聞こえたためこれでいきました。
という訳で、ラジくんの強さの一端を感じてもらえたでしょうか。
彼の背景のうちの一つとして、いくつか要素を入れています。
もちろんリューに勝てるわけありませんよ(笑)
ただ、少年の身でどこまでやれるのかを示す場だったので、これでいいと私は思ってます。
後々、主人公の情報は露わにしていくつもりなので、気長に構えていてくれると嬉しいです。
では、また次のページでお会いしましょう。
PS
コーヒー牛乳かいちご牛乳を買うか迷いました。