「いいですかラジエル。
力には力で対抗してはいけませんよ」
「どうして?」
「私が貴方に力で迫ったら貴方は勝てないでしょう?
なら、他の弱点や隙を見つけて突いた方がよほど賢明です」
「……ししょーの弱いとこ、全然見つからないんだけど」
「世の中、例外は付き物です」
「……やっぱり、りふじんだ」
ファミリアとは、神を中心に冒険者達が集った一つのグループのことを指す。
頭目であり、ファミリアの象徴たる神を“主神”と呼び、そのファミリアに所属する冒険者達のことを“眷属”と呼ぶ。
眷属である彼らには、主神から
恩恵は、刻まれた者の
恩恵によって与えられる力は多岐に渡る。
まず、刻印者の基礎能力といえる“基本アビリティ”と呼ばれるものから始まる。
単純な力を指し示す「力」、身体の頑丈さを指し示す「耐久」、素早い行動を指し示す「敏捷」等といった、冒険者の持つ潜在能力を飛躍的に向上させる。
これらは、それぞれに当てはまる能力をどれほど行使したかによって上昇率は異なってくる。
重い物を持ち上げ続けていれば「力」が上がり、攻撃を受け続ければ「耐久」が上がるといった具合になる。
これはその個体の持つ能力を数値化し、向上させるものに過ぎない。いってしまえば、神が手を加えたことで本人が持ち得る能力の可能性の開花をを引き出している。
次に、ある特定のものを対象とした際に大きな力を発揮する特殊なアビリティ。
長い経験や濃い密度の経験をした際に発現するものがある。それが“発展アビリティ”というものだ。
ランクアップ時に一つ発現され、刻印者がよく使うものに対してアビリティ上昇補正がかかるものが現れる。
例えば剣をよく使用する者に対しては、剣を用いた際に能力向上の補正がかかる「剣士」として示されたり、自身の拳や身体を行使するものには「拳打」などといったようになる。
いうなれば、刻印者の好むスタイルに沿った形で発現していくものである。
このアビリティは未だに限りが存在しないらしく、年々僅かではあるが他者とは異なったものも発現するそうだ。
冒険者の数だけその可能性があるため、不変不滅にして年中娯楽に飢えている神たちからすれば垂涎のものとなる。
ここまでが戦うための地盤作りに過ぎない。
冒険者には、己の存在を誇示し、世界に示すべき固有の能力が必要だ。それを“スキル”と呼ぶ。
これこそ、冒険者の努力の結晶であり、己の命運を左右させる固有の能力である。
発現した刻印者の行動や能力に対して、限定的にステイタスに補正をかけるものであったり、ある特定の条件下で発動するなどといった具合に内容は様々だ。
前提として、冒険者全てに対して発現するものではない。
冒険者の中でも、特筆した者たちが発現させる特殊なものなのだ。
いうなれば、
基礎アビリティや発展アビリティのように、何かを使い続けた結果発現するといった具合に、一概には断定は出来ず、発現した理由は様々なため、どういった条件下で目覚めるかはハッキリしていない。
ただ、発現したうえのもたらす恩恵は凄まじく、時には窮地を脱する手段ともなり得る。
活かすも殺すも冒険者次第になるが、発現した時点で間違いなく、有象無象のうちの1人から逸脱することになる。
スキル名は異なるものの、内容が似通ったものも報告の中では少なくないため、多くの者の根底はほぼ同一のものが多い。
最後に、超常現象を引き起こす奇跡を持つ特殊な力がある。
言わずと知れた“魔法”だ。
火を巻き起こすものもあれば、対象者を治癒するもの、時間限定ではあるがステイタスに補正をかけるものと様々である。
文字通り奇跡を引き起こすものであるため、これを保有する者はスキル保有者を下回るほどに貴重な存在である。
そして、中にはどの報告にも属さない特別中の特殊なスキルやアビリティが存在する。
それらを“レア”と呼ぶ。
レアアビリティやレアスキルにはどの性質とも異なるものとされるため、発現の確率は非常に低い。
故に、それが発現し、周囲に露見した場合、オラリオ中の者達から好奇の目で晒され、挙げ句の果てに追い回されるという情報も存在する。
そうした状態を避けるため、冒険者の中での共通による認識が、ステイタス秘匿姿勢である。
所謂個人情報として認識され、冒険者たちの間ではプライバシーのうちの一つとして、各々踏み込むことのないように遵守している。
「………と言ったように、冒険者には色々な力が与えられ、色々なことが出来るようになります。
簡単に説明したと思いますが……大丈夫ですか?
理解できましたか?
説明が長くなって着いていけてない部分などありましたか?」
「んーん、おかげでよく分かったよ。
いろいろなスキルがあったり、色々なまほーとかがあって、それをほかの人に見せちゃいけないんだよね?」
「その理解で大丈夫ですよ。
偉いですね、口で説明しただけでこうも理解が早いとは恐れ入りました。
怪しい点や細かい点は、後でテストなりすればいいでしょう。
それに、情報は知れるだけ知っておいて損はありません。
まだまだ知るべきことが山積みですけれども、冒険者になる上には決して無視できないことばかりです。
私も一緒ですから、頑張りましょう?」
「うん、リューが教えてくれるからがんばれる。
もっと色々教えて?」
「ええ、お安いご用です」
まるで仲睦まじい姉弟の代表のようなやり取りを見せつけるラジエルとリュー。
不器用ながらも弟の身を案じ、甲斐甲斐しく世話を焼く姉。
物分りがよく、素直に姉に応える弟。
手を繋ぎながら明るいやり取りを行う2人は、周囲からの視点では、まさしく仲の良い姉弟の画であった。
しかし、楽しい会話とは裏腹に、ファミリアへの入団進行状況は芳しくなかった。
『すまん!
入れてやりたいのは山々なんだが、うちにはそこまで余裕がなくてな……』
『ああ、いいぞ。
入団試験は1ヶ月後にやるから日取りは……』
『え?オラリオに来たばかりの新参者?
おいおい勘弁してくれよ、流石にそこまで面倒は見きれないぜ……』
『うちは商業系よ?
その子には合わないんじゃないかしら……』
理由は様々であったが、皆遠回しに入団を断る姿勢でいた。
中でも、ダンジョンに潜る際、自分たちにも危険が及びかねないという理由が数多く見受けられた。
だからこそ、少しずつ親睦を深めて一致団結していくはずなのだが、一理あることは確かだった。
戦闘センスがないものや臆病な者、変に自己中心タイプを万が一にでも引き入れてしまった際は、後々手痛いしっぺ返しを被る可能性も否定はできない。
ラジエルが表情に変化を見せずに、めげないで健気に歩き回る横で、リューは僅かな怒りと焦燥感に駆られていた。
何故今にでも少年の力を確かめようとしないのか。
何故見た目で判断しようとするのか。
誰1人としてラジエルに歩み寄ろうとしない者たちに向けて、リューは軽蔑と失望感を帯びた眼で見ていた。
そんなリューの心情をいざ知らず、件の少年は極めてマイペースだった。
図太いと言うべきか、変に打たれ強いのだ。
「そっか、ありがと。
じゃあ次行こ?」
断られる度、ラジエルは決まってそう口にした。
悔しがっているのか残念がっているのかは顔を見る限り断言出来ないが、一つのファミリアに対してそれ以上踏み込むことはせず、食い下がろうという姿勢も見せなかった。
これまで入団希望をしてきたファミリアの数は軽く見積もっても二十余り。
それ以降、リューは数えることを放棄した。
いつの時代でも、独り身に対する風当たりは厳しい。
リューは自分が一緒に着いて行かなかったら、この子はどうなっていたのだろうと嫌な想像してしまい、ゾッとした。
路地裏で力尽きている少年の小さな姿の幻想を頭を軽く降って振り払い、これからどうするべきかについて考えを改めた。
沈んでいる時こそ、前向きになろうという気持ちが大切だ。
何とかなるという無責任な姿勢をリューは好きではないが、如何せんそうでもしないと気が滅入ってしまいそうになることは確かだった。ふと、空を見上げると夕焼けが爛々と輝いていた。
時期に夜の帳が落ちようとしているのだ。
これ以上の散策は効率が格段に落ちると判断したリューは、ラジエルに問いかける。
「あぁ、もうそろそろ夜になってしまう。
ラジエル、宿の宛はありますか?」
「んーん、まだ見つけてない。
でも、俺はどこでも寝られるから別にいっかなって」
リューのファミリアに厄介になるという選択肢は最初から持っていなかったのだろう。
そこまで世話になるつもりはないという彼なりの強がりなのかどうかは分からないが、放っておいたらどこへ行ってしまうのか未知数なため、リューはそれを恐れた。
旅好きの野良猫のように、辺りをフラフラと歩き回り、常に寝床を転々とする姿勢。
つまるところ、ラジエルは根無し草なのだ。
それを聞いた後に宿の確保もせずに入団できるファミリアを探しに連れ回してしまった手前、野宿させるのは心苦しい。
それほどまでに、リューはいつもの冷静沈着な姿勢を崩してしまっていた。
実に彼女らしくなかった。
リューの性分として、目を離した隙に厄介なトラブルを引き起こされるよりも、目の届く範囲に自分がいた方が良いと考えた。
「ラジエル、私にいい考えがあります」
「むー?」
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光指すところには闇が忍び寄る。
正義あるところに悪がある。
世界には必ず対となる概念、二項対立が存在するという。
遥か極東の異国にて発祥した陰陽というものがその代表的なものとして挙げられるだろう。
つまるところ、世界には二項対立が存在し、日々終わりのない対立を繰り返しているといった話があるのだという。
この迷宮都市オラリオにおいても、その対立が行われている。
この都市内にあるファミリアは性質的には善がその大部分を占めている。
進んで周囲に対して害を与えるような行動を起こすものはこのオラリオ内にはほとんどいない。
しかし、物事には例外が存在する。
この街にも闇が潜んでいるということを。
それは空気であり、意識であり、また全でもある。
多くの者は、その心の内に闇を宿す。
大半の者は、その闇と日々戦いながら、日常を送っている。
しかし、中にはその誘惑に乗ってしまった者、育った環境によりそれが善と思い込んでしまった者などがいる。
その心の大半を闇に支配されてしまった者達が集うファミリアが
邪神と呼ばれる神を中心に悪に取り憑かれた冒険者たちは、他の冒険者や一般人に対して非道な行いを繰り返す過激派として危険視されている。
ギルドの警告すらも跳ね除け、手当り次第に周囲を傷つけていく。
都市そのものに対して猛威を振るう彼らの所業は決して無視できるものではなく、彼らに対しての抑止力的存在が、傍若無人にして危険極まりない冒険者たちの行動を抑制することとなる。
その中の一つがアストレアファミリアだ。
神アストレアは正義と秩序を司る存在であるため、彼らの所業に対して異を唱え、闇派閥壊滅に対して日々尽力している。
リューもまたそのファミリアの中で、日夜活動し、今や新たな第一級冒険者候補とされ、期待を集めている。
身の丈程の木刀《アルヴス・ルミナ》を用いて、誰よりも速く駆け巡り、どんな強敵をも粉砕する風魔法を操る戦いぶりから、オラリオにおいて数人しかいない魔法戦士の役職を持つ。
そして、視認出来ないほどの速度で敵を翻弄する様から
それほどまでに有名な彼女は、あらぬ噂を立てられたとしても不思議ではない。
やれ恋愛に興味はない、やれ冷徹女など散々な物言いを陰から言われてしまっている。
有名になっていくにつれてそういった物言いは避けられないのが世の常である。
いまの今まで男性が絡む話は全く関わってこなかったリュー。
そんな彼女が子どもとはいえ、男の子を連れていけばどうなるかというと。
「リュー!その子誰!?」
「アストレア様ぁぁぁ!!リューが男の子連れてきた!!」
「うわぁ……ちっちゃくて可愛い……」
「…………ハァ」
「リュー、このひちゃちじゃれ?」
アストレアファミリアへラジエルを入れ、一分も経たないうち黄色い声が建物中に広がっていく。
何を隠そうアストレアファミリアの眷属の全てが女性なのだ。
恋愛の話に関して興味津々なのは、どれだけ年齢を重ねようとも変わることはない。
一瞬で質問攻めに遭うリュー、姿が見えなくなるくらいの数の眷属たちにもみくちゃにされるラジエル。
正義と秩序を掲げるアストレアファミリアのホームが、リューとラジエルの組み合わせを見た途端に混沌とした状況を作り出してしまった。
ある程度予想はしていたが、予想が的中したからといってなんの気休めにもならない。
精々多少の気構えが出来た程度だ。
「その話は後で聞きますし答えます。
リーヴァ、アストレア様に話があるのですが、今どちらに?」
「えへへー、キミはリューとどういうカンケーなのかなぁ……え?
あぁ、アストレア様はちょっと大事な話があるって応接間にいるよ。なんか最近現界してきた神様と話してるんだって」
「……前半部分は聞かなかったことにします。
ありがとう、では話は後にしましょうか。
今はこの子に夕飯をと思って連れてきたのですが」
「あぁ夕飯ね!
このリーヴァさんにまっかせなさい!
とびきり美味しいの作ってあげるから!
ヨルネ、アルフ手伝ってー」
「は、はい!がんばりまふ!」
「とりあえずジャーキーが食べたいなぁ……とりあえず山盛りで出そう」
リーヴァと呼ばれた女性はやる気を十分に漲らせて夕飯の支度に取り掛かる。
リーヴァ・フロイツはこのアストレアファミリアにおいて団長代理を任せられるヒューマンだ。
赤い長髪にエメラルド色の瞳を持ち、快活に振る舞うムードメーカー。
フワフワとした空気からは想像もできないほどにしっかり者。
団長不在の多いファミリアの統率を受け持ち、書類業務や攻略指揮などを息をするようにこなしてしまう。加えてホームを持ち前の明るさでいつでも賑やかにしてしまう強かな女性だ。
その他にもいつも喋る度に噛むハーフエルフのヨルネ、ジャーキーをこよなく愛する
そんな一緒にいて飽きない賑やかなホームが、リューの帰るべき場所なのだ。
「みんな紹介します。今日知り合ったラジエルです。
とある事情であまり感情が出せませんがとてもいい子です。
みんな仲良くしてあげて欲しい。
ほらラジエル、みんなに自己紹介して?」
「うん、ラジエル・クロヴィスです。
よろしくおねがいします」
「「「よろしくお願いします!!」」」
まるで託児所の光景の一部のように、ホームには元気な挨拶が響き渡った。
リューが何故少年を連れてきたのか、どういう関係なのか、そもそも親しい者以外肌の接触を嫌うリューが少年と手を繋いで来たのか等、皆口々に質問するが、リューは性格からそれを適当に返すことも出来ず一人ひとり丁寧且つやんわりと誤魔化した。
誤魔化した理由は、思い返すと単に恥ずかしいからだ。
「あらあら、随分と賑やかねぇ。
一体何があったのかしら?」
ふと誰かが呟いた言葉に、全員が振り返る。
「あら、可愛いらしい子ですね。
どこから来たのかしら?」
「ただいま帰りました、アストレア様」
その発言者こそ、このファミリアの主神、神アストレアだ。
穏やかな雰囲気に慈愛に満ち足りた表情、柔らかな印象を持ちえながらも決して揺らぐことのない芯を持つ
その佇まいからして、正しく女神と呼ぶに相応しい。
賑やかな声音に気づいて出てきたのだろう。
「おかえりなさいリュー。
その子は?」
「彼はラジエル・クロヴィス。
今日このオラリオに来て、行き場がなかったものでここに連れてきました。
実は、この子が入れるファミリアを探して歩き回ったのですが、結果が芳しくなく、宿もなかったため私が面倒を見ようと思って連れてきました」
「あらあらそうだったのね。
いいわよ、一晩だけなんて小さいこと言わないから好きなだけここにいなさいな」
「……!ありがとうございます。
良かったですねラジエル。
貴方もお礼と挨拶をしなさい?」
「うん、ラジエル・クロヴィスです。
あすとれあ様、ありがとうございます」
「はい、どういたしまして。
それよりリュー?
この子、ラジくんはファミリアが見つからなかったと言ったわね?」
「はい、それがどうかしましたか?」
「いいタイミングかもしれないわね。
ラジくんが入れるファミリア、紹介できるわよ」
「ほ、本当ですか!?
でも、どういう事なのですか?」
ラジエルとリューにとって、アストレアの一言はまさに朗報であった。
主神直々の紹介ともあれば信頼度は跳ね上がり、眷属であるリューにとっては最も信頼できる存在からの申し出だったのだ。
「最近現界してきた神友がファミリアを持ちたいって相談しに来ててね、主神をしている身として色々レクチャーしてあげてたの。
それで、もしよかったらラジくんをどうかなって」
「それは願ってもないお話です。
アストレア様の紹介なら、私からの心配もありません。
良かったですねラジエル、貴方のファミリアが見つかりそうですよ」
「ありがとうあすとれあ様。
その神様って?」
コツコツと靴音を鳴らし、悠然とこちらに歩みを運んでくる気配を感じた。
主神のものとは違う凛と張り詰めたような空気。
それは近づくにつれて辺り一帯を包み込んでしまうほど。
眷属たちも初めて感じる新しい感覚を覚えた。
「紹介するわ、私の大切な神友。
守護の女神アテナよ」
「紹介に預かった、アテナという。
よろしく頼む」
それは、守護の女神にしてオリュンポス十二神の一柱、知恵と戦略を司る神アテナであった。
いらっしゃい、あずき屋です
すんません、来るべきものが来たといいますか、説明が大部分を占めててすんません
こういうの書く上で避けられないんですよね
仕方ないよね
こういった流れで行くぜよ
アストレアファミリアにラジくんを入れなかったのは、オラリオでの経験が浅すぎたため、闇派閥との衝突を避けるため
それとラジくん本来の目的とは異なるからでした
故に、アストレア様の神友を天界よりお呼びしました
とりあえずアストレアファミリアのホームにて厄介になり、アテナファミリアのただ一人の団員として初めていきたいと考えてます
あと、アストレアファミリアの眷属たちやアストレア様の資料を探してはみたのですが、私が調べたあたり情報がほとんど見つかりませんでした
なので、オリキャラと私の想像上のアストレア様の性格を出していくことにします
よろしくどぞです
ではでは、また次のページでお会いしましょう
※修正加えました。