少年成長記   作:あずき屋

39 / 41

恐ろしき戯れに興じた者は、最早元には戻れない。
斯くも、火遊びとは恐ろしいものだ。




第36話 少年、一新する

 

今のいままで、あの日の出来事を忘れたことなどない。

和気藹々とした空気の中であろうと、過去の出来事だと世界がそれを塗り潰そうといくら時間を与えてこようと、消して忘れられない。

あの時と正反対の光景に身を窶していようと、瞬き一つで世界は一変する。

 

一面に広がる果てしない炎。

肌を焦がす無情の熱。

変わり果ててしまった居場所。

蹂躙された大切な時間。

略奪の限りを尽くされた現実。

 

もうあの日は戻ってこない。

魂にまで犯し尽くされたこの呪い(憎しみ)は、どれほどの幸福と癒しを与えられたとしても忘れられないだろう。

 

だからこそ、この(憎しみ)は生まれたのだ。

 

 

 

──────────────────

 

 

 

新調された篭手の性能を確かめるべく町外れの岩場で、簡単に動作を確認する。

指の稼働に支障なし。

圧迫感に違和感なし。

重量も問題なし。

吸い付くような触り心地に、あらゆる衝撃に耐えられる程よい安心感。

淡く輝く篭手が、所有者である少年を歓迎する。

そして、ラジエルは新しくも懐かしき領域に踏み込む。

猛る炎が囁く。

血湧き肉躍る血腥い修羅の道へ誘うように。

 

【そう、そこだ。

まずは掌に意識を集中させ、解き放つイメージを固めろ。

魔法の詠唱?必要ない。

本来アレはオレが表面化する為のものであり、力を行使するに必要なものではない。

力そのものはとうの昔に備わり、既に邪魔な枷も外れている。

続けるぞ、掌に力を集め解き放て】

 

掌より噴き出される炎。

放射されるというより爆破のイメージに近い。

ゴライアスの変異種に止めを差した黒い人格曰く、爆破の方が使い勝手がよく、尚且つ出が早いため隙も少ないとのこと。

勿論その気になれば放射や火の粉を撒き散らすことも出来る。

だが今は試運転故、応用を効かせるのはもう少し先になる。

 

【よし、一応ものにはなったな。

急造だが十分使えるだろう。

だが、意識の配分には注意しろ。

手網を離せば、辺りは一面焼け野原となる。

それも悪くはないが、力の暴走でしでかした事などに意味は無い。

意志を持ち、覚悟を持って目的を遂行する。

その事を常に忘れるな】

 

「うん、わかった」

 

【それでいい。

それにしても、いい具合のようだな】

 

「すごく動きやすい」

 

【最上ランクの炎耐性、並びに二度と壊れんよう不壊属性(デュランダル)まで織り込むか、鍛冶師の神とはよく言ったものだ。

俺にとって相応しいもののみが込められている】

 

未だ力の感覚が定まっていないため、全力解放は難しい。

しかし、それは時間の問題。

解放の仕方さえ覚えれば後はすぐにでも身につく。

そして、鍛冶神ヘファイストスより贈られた篭手。

オッタルより情報が行き届いていたためか、要求もしていないのに最高ランクの炎耐性と、決して壊れないレアスキル“不壊属性”まで付与されていた。

 

不崩剛拳(グレイプル)”。

ラジエルが師より送られた手紙の他に添えられていた謎の鉱石、不壊鉱石エルティニウムをベースに作製されたもの。

どんな方法を用いても壊れることはなく、触れた属性に対して順応し同調する性質から、あらゆる属性に対して擬似的な全耐性を有する。

暗色の紫色をしていて、どこまでも光を飲み込み続けるような印象。

砕けることなく、全てを己の手で薙ぎ払う意味合いを込められたオーダーメイドである。

 

 

【やはり感応率の飛躍的伸び具合が常人のそれではないな。

この短期間で解放が使えれば、すぐにでもあの奥義が使えるぞ。

どうだ?上層の雑魚どもで試し打ちするか?】

 

「え?でもリューがダメって」

 

【そんなものどうとでもなる。

危険さえ冒さなければ、あの女とてそう事を荒立ては済まい。

それに、力の確認は冒険者としての当然の責務でもある。

そろそろ覚えておくべきだ、我らの火悪戯(ひあそび)をな】

 

「じゃあ、ちょっと行ってみようか」

 

【それでこそだ】

 

そう黒い人格に唆されてダンジョンへ向かう。

悪魔のごとき囁きが少年の抑止力を融かしていく。

問題は無い、上層のゴブリン相手に力の確認をするだけだ。

冒険者として、自身の力は常に把握しいつでも使えるようになっておかなければならない。

慢心とも言える感覚を抱きながら、少年は久方ぶりに魔窟を目指す。

だが幸運か不運か、道中にて見知った顔が近づく。

 

「ラジエル」

 

「あ、アイズだ。やっほー」

 

「うん、やっほー。

何処かへ行くの?」

 

【ほう、これは僥倖かもしれんな。

同伴者がいれば言い訳の役にでも立つだろう。

誘ってみろ】

 

「ねぇアイズ、今からダンジョンに行くんだけど一緒に行く?

ちょっと試してみたいことあって」

 

「ん、いいよ。

今日はまだ体を慣らしてなかったし丁度いいかも」

 

道中雑談に交わしつつ、屋台の暖簾を潜るように上層1階へ赴く。

明るかった外の世界より一変。

薄気味悪い空間、湿った空気に充満した死の匂い。

今にも吐きそうになるほどの空気は、暫くダンジョンより離れていた肉体に喝を入れるには丁度いい塩梅だった。

久々の死の匂いを懐かしみつつ、足早に進んでいく。

適当なモンスターを見繕い、少々技の相手をしてもらおう。

 

「ねぇラジエル」

 

「ん?」

 

「前にゴライアスと戦った時に、貴方が使った魔法って何?」

 

これまた直球な質問。

アイズもラジエル程ではないが、他人の感情の機微に疎く、少々マイペースな性格をしている。

だが、内にて秘めた闘志はファミリア内でも随一。

決して現状に満足せず、どこまでも強さを求める彼女の姿勢は、ある種武人と似通ったものがある。

ロキが贔屓目で見ても仕方の無い程に、アイズの力量は目を見張るものがあるからだ。

そんな力に飢えている彼女が少年の伸び具合を見て、気にかけるのもまた必然の事柄であった。

 

「ごめん、あの時のこと全然覚えてないんだ」

 

「そうなの?」

 

アイズは露骨に表情を曇らせがっかりする。

むにっと口を歪め、眉は八の字を描いて落胆を表す。

そういった意味合いで彼女は非常に素直だ。

それでもと、ラジエルは付け足す。

 

「うん、でもアイズの見たいもの、多分見れると思うよ」

 

「うん?」

 

向き直るダンジョンの通路にて犇めくは無数の敵。

やはり現在のダンジョンは異常だ。

群れをなす個体自体は確かにいるが、今回に至ってはあらゆる個体が文字通り魑魅魍魎としている。

弱き個体は喰われ、蹂躙される。

そうして弱肉強食のサイクルを経て、残った個体たちが次の獲物を待ち構えている。

我先にと、猛る戦意を全面に出して、狂ったように冒険者たちや弱き個体を襲うのだ。

今ではギルドによる厳戒令が敷かれており、Lv2以上の冒険者以外は立ち入りを禁じられている。

前年とは比較にならないほどの被害が、後を絶たないからだ。

 

 

「ひさしぶりだなぁ、この空気」

 

【あぁ......実に久方ぶりの殺気だ】

 

 

見るがいい、ただ殺戮を求め続けたその姿を。

欲望の赴くがまま蹂躙を繰り返し、悪戯に力を溜め込み、傲慢を体現した存在こそ奴らだ。

とはいえ、本能はそう簡単に腐るものではない。

目の前に広がる有象無象は今すぐにでも飛びつきたい反面、己の力量を超えた獲物相手に尻込みをしているのだ。

欲と自制が葛藤し、危うい綱渡りをしている。

そうした連中相手には、時間という毒を塗り込む。

時を重ねるほど、それは次第に身体を侵食し、最終的に理性という箍を外してしまう。

気を伺っているのではない、欲が自制を上回る時を待っているのだ。

そして、緊張という綱が途切れた時、初めて生死の選択を迫られる。

 

 

「弔獣戯我─悪鬼燈籠(あっきとうろう)

 

「─────ッ!!!」

 

 

食い殺さんとばかり飛びついた。

だが目の前に広がるのは鏡に他ならなかった。

深く濁った瞳にでも分かるほど、眼前に飛び込む景色は、自分たちと同じように此方を食い殺さんと突貫してくる。

赤い何かが、獰猛な牙を突き立て襲い来る。

避けられぬ個体は尽くがその牙に貫かれ、身体を灰へと変えていく。

 

 

【まずまずといった具合だな。

さて、次はどうする】

 

「やっつけよう、てってー的に」

 

 

それでも勇あるものは獲物とする少年に飛びかかる。

数えるのも面倒になる程の数ではあるが、有象無象がどれほど集まろうと所詮は烏合の衆。

恩讐の炎を操る少年相手に、凶暴化しようと止められる相手ではない。

 

 

【ならば、軒並み焼き尽くせ】

 

「弔獣戯我─獣王爆現(じゅうおうばくげん)

 

 

大地を強く踏み鳴らすと共に、眼前の地が爆炎とともに爆ぜる。

震脚がより強く、恐ろしいほどの火力をもって敵を一掃する。

大地から吹き上がる爆炎は、光を目視した後では回避もままならない不意打ちとなる。

たかが炎とて侮れるものでは無い。

何しろ、少年が扱う炎はあらゆる手段をもってしてでも消すことの出来ない不浄の呪い。

対象を焼き尽くすまで、水を掛けようが転がろうが魔力を途絶えさせない限り決して消えない。

 

 

「弔獣戯我─蜥蜴咬炎(とかげこうえん)

 

「すごい、あの時と同じくらいに......」

 

 

腕を口に見立て、食むように振るう。

炎を爬虫類のように変化させて纏い、触れるものを平等に散らしていく。

その様まさしく爬虫類の如し。

しなやかに懐に入り込み、その無防備な脇腹を食らう。

燃え滓を目くらましに意表を突き、頭を丸呑み。

陽炎を味方につけ、自身の姿を誤認させ背部に牙を突き立てる。

掌で踊らされるとはこのこと。

血走った眼では、童子一人に手玉に取られる。

炎が加わることにより、これまでより美しく且つ大胆に舞う。

突き進む道を照らすように、手探りで障害を跳ね除ける。

 

 

【もっとだ、もっと存分に薪を焚べろ!】

 

「弔獣戯我─緋蜂尖鋭(ひばちせんえい)

 

 

貫手を全体重を乗せて振り抜くことで、自らを槍として突貫。

風圧をもって八つ裂きにし、炎をもって灰にする。

その熱風にすら触れてはならない。

ラジエルの振るう全てが一撃必殺と同義。

幼年にして一個小隊に匹敵するラジエルの様は、正しく一騎当千そのもの。

一息に振り抜いた貫手は、苦もなく狂暴化したモンスターの波を掻き分ける。

凶暴化したモンスターなどなんのその、立ちはだかるのなら軒並み沈めてご覧に入れよう。

燃え盛る大地にて平伏すものはおらず、ただ災害が過ぎ去ったことを表す燃え滓が漂うのみ。

そこに僅かな戸惑いを見せる。

自分でもどうかとラジエルは先程の手応えについて考えていた。

 

 

「ラジエル」

 

「ん、来たね」

 

【燃やし甲斐がありそうだ。

あの猪武者の知己か?】

 

「────────ォォォォ!!!」

 

 

少年はおろか、アイズをも悠々と越える体格を持ったモンスターが意気揚々と馳せ参じる。

黒々とした短い体毛に、全身を鎧のように覆う発達した筋肉。

太く短い一対の角を掲げ、冒険者へ挑戦状を叩きつけるように吼える。

普段以上に滾っているミノタウロスは荒々しい息遣いを漏らし、血走った目をラジエルたちへと向けた。

 

 

「上層まで登ってくるなんておかしい。

それに、前の遠征時にあらかた掃討したはず」

 

【生き残りがいた、ただそれだけのことだろう。

何ら珍しいことではない、現にここにも生き残りがいるのだからな】

 

「うん、生き残って強くなってたんだよ」

 

 

それはかつての再現。

名も知らぬ村に立ち寄り、名も知らぬ山にて名も知らぬ少女を背に、名も知らぬ怪物相手に立ち回ったあの日の再現。

死と隣合わせだったいつもの出来事。

ただ何となくそう思えた。

いつ死んでもおかしくない場所に身を置いていたのに、ふと懐かしいと。

思えば、アレがラジエル・クロヴィスという少年にとっての始まりだったのかもしれない。

誰かの為に戦う場所を設けられたのは、恐らくあれが最初だったのだろう。

それでも、いつかは擦り切れ燃え尽きてしまう記憶の残滓に過ぎない。

生きている限り、少年は人殺しの術以外は摩耗していくのだ。

だからこそ、かけがえのないものを書き留めるように、魂に刷り込むように戦いに死力を尽くす。

それだけが、数少ないラジエルにできる事のうちのひとつなのだから。

 

意識をミノタウロスに戻す。

かつての己を見るように、ラジエルはそのミノタウロスを眺めていた。

掃討から命からがら逃れ、力を蓄えて報復の時を待っていたのだろう。

同種と比較にならない体格に無数の傷。

さぞ多くの死地を潜ってきたのだろう。

同情もしよう、憐れみもしよう、自分も同じだと慰めもしよう。

だが、それでもこちらにも譲れない道がある。

境遇似たもの同士であったとしても、立ちはだかるのならその屍を乗り越えるまで。

 

「弔獣戯我─虎指爪葬(こしそうそう)

 

手刀を振りかぶり、斜めに半回転しつつ振り下ろす。

また同じ右腕で振り上げ、追撃に左腕も振り上げる。

獲物を弄ぶかのように転がし、悪戯に無邪気に殺すのだ。

だが、流石鍛え抜かれた鋼の肉体と讃えるべきだろう。

切傷にはなれども、深手には至っていない。

寧ろ意識すればするほど鎧は堅く、敵の攻撃を弾こうと躍起になる。

鋼の肉体の特権を思うままに、ミノタウロスはその剛腕を振るい追い詰める。

 

 

【戯れよ、燃ゆる我らが魂は怨嗟のごとく】

 

「弔獣戯我─炎戯(えんぎ)虎指爪葬(こしそうそう)

 

「─────────ッッ!!」

 

 

炎が灯るだけで手刀は激変する。

切傷と火傷が伴い、肉壁を強引に焼き焦がす。

筋肉繊維がみちみちと千切れ、ぶすぶすと悪戯に焼いていく。

骨にまで伝わる有り得ない炎熱が芯にまで届く。

苦痛を伴わない筈がない。

先程とは全く異なる獲物と対したミノタウロスは、漸く己の考えが通用しない相手であると悟った。

自分より小さくあろうと、目の前の人間は畏怖すべき対象。

表情を一切変えず、ましてや雄叫びを上げるでもない。

無機質な人間(機械)を相手取っているかのような、そんな気味の悪い感覚が纒わり付く。

不快感がこの身を揺さぶり、切傷が絶え間なく苦痛となって形になる。

最早ミノタウロスに残された時間などない。

この拭い切れぬ不快感を消すためには殺さねばなるまい。

それ以上に、早々にこの薄気味悪いモノを葬らねば、腹の虫が収まらない。

 

なればこそ、自身が持てる限りの全て。

全身全霊の一撃を使わなければこいつは落とせない。

出し惜しみなど考えるな。

今出せる力を最大限引き出し、眼前の敵を完膚無きまでに粉砕する。

本能の赴くがまま従う。

重心を落とし、前傾姿勢を維持。

右脚で地を二三度蹴り抉り、自身にとって程よい発射装置をすぐ様設ける。

射出する直前に息を大きく取り込み、全身の肉体を活性化させ、内にて秘めた闘志で最高の一撃を上塗りしていく。

先程より鋭くなった眼光を放ち、静かに唸る。

対峙する人間の表情はやはり変わらない。

忌々しいが好都合。

その澄ました顔が癇に障るが、ソレ(怒り)が自身の力を更に増大させる外的要因となり得る。

数多ある種族の中ではあるが、今のミノタウロスの力は紛れもなく種族の中で頂点に位置する。

薄気味悪い感覚も、目障りな佇まいをも見るのもこれで最後だ。

 

 

「────────────ォォォォ!!!」

 

 

立ちはだかる全てを粉砕する一撃が射出される。

堰き止められていた濁流が一気に流れ出すように、ミノタウロスは階層全体に響き渡る咆哮を轟かせながら猛進した。

火傷が痛みを滲ませるが気にする事はない。

灼熱の空気が肌を焦がすが怯む事などない。

未だ狼狽えない相手の顔など、見る必要などないのだ。

この滾る闘志が赴くがまま突き進め。

ミノタウロスが放つ渾身の突進攻撃が、冒険者を葬らんと迫る。

 

 

『すごいとは前々から思ってた。

でも、なんだろう......なんか見てて怖い気がする、かな?』

 

『あぁ、鬼気迫るという言葉と共にあの子の顔が浮かんでしまう。

子鬼(ニズヘグ)か......言い得て妙な二つ名だ。

アイズもそう感じたのは当然の反応だろう。

ラジエルは見ていてとても危なっかしい。

好奇心のままに火遊びに興じる子どものようだ。

私が最初にあの子と出会った話をしただろう?』

 

『うん、ラジエルの前で魔法使ったんでしょ?』

 

『私の中で最大級の炎属性の魔法を使ったんだ。

私が目を引いたのは倒したモンスターでなければ、インファント・ドラゴンでもない。

一番気になったのは、私の炎を見るあの子の眼だ』

 

『初めて見る魔法だったからじゃないの?』

 

『私も初めはそう呑気に考えていた。

そうであれば認識も変わってたんだが......安全階層(セーフティエリア)での一件からそうではないと思えるんだ』

 

『?』

 

『なんと言えばいいのかな......。

私の見解から言えば、あの時のラジエルは』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『炎を鏡に映る自分のように眺めていたよ』

 

─────「弔獣戯我──炎戯・龍墜崩拳(りゅうついほうけん)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全てをかき消して、その拳は爆ぜた。

アイズは言葉を忘れて見惚れる。

直撃した刹那にミノタウロスの全身に爆破が駆け巡り、骨も残さず消し炭に変えてしまった。

少年の放った一撃がミノタウロスの頭蓋を捉え、身の丈以上の敵を屠ったのだ。

後方で見ていた自分をも吹き飛ばし兼ねない風圧に耐え、ほんの少し身構えただけで、ミノタウロスであったものは跡形もなく焼失した。

突きを受けた瞬間に爆散したのだ。

 

「............子鬼(ニズヘグ)

 

咄嗟について出たソレは、誰の耳に届くことなく霧散した。

陽炎の奥にて佇む少年の姿は、最初にあった頃と変わらない顔をしていて、ひどく遠くに行ってしまったようなを感覚。

あの時聞いた悲痛な慟哭。

その言葉が真意であるのなら、いつか彼は同じような惨事を起こし、自身諸共炎と共に消えるだろう。

赤き炎と共に靡く黒い服が、あの時の記憶を思い起こさせる。

それ以上にアイズは、ラジエルの飛躍的成長を羨んでいた。

自分ももっと、強くなりたい。

ただそれだけを胸中に秘め、その強さの真意を確かめようと思った。

 

 

「知りたい、貴方の強さを───」

 

 

剣姫(けんき)は当てられ、子鬼(ニズヘグ)の強さに魅了される。

それがどれほど恐ろしい世界なのかも知らずに、アイズは知らず知らずのうちにその深淵を覗き込む。

これもまた、アイズにとっての始まりにも過ぎないのだ。

 

 

________________________________

 

 

「どう見えた?」

 

「どうって、いや変わった奴だなぐらいにしか感じなかったっすよ。

年変わんねぇのに妙にガキだなとかそんな感じすかね」

 

「そうよね。

普通はそう見えるわよね」

 

「どうしたんすか?

ヘファイストス様が他のファミリアの奴に興味持つなんて珍しいっすよ。

しかも手製の防具まで作るし、何つーか......入れ込んでるつーか」

 

「あら、妬いてくれるの?

いつも無愛想な顔をする割に可愛いところもあるのね」

 

「いや!そんなんじゃないっすよ!」

 

「なんじゃなんじゃ?

一丁前に主神様に色目なんぞ使いおってからに、アレか?

思春期特有のお盛りというやつか?」

 

「やめろ生々しい!

てか盗み聞きしてんじゃねぇよこのっ......やめろ引っ付くな......!

あぁ!ちょっと気晴らしになんか打ってきます!!

入ってくんじゃねぇぞ!」

 

「こら待たんかヴェル坊!」

 

「いいのよ椿、やりたいようにさせてあげましょう。

ただでさえあの子には退屈な思いをさせてるの、自分の(ホーム)の中でくらい自由にさせてあげなさい」

 

「まぁ、それもそうか。

それより主神様よ、手前は前から疑問が拭えぬ。

何故あのような童相手に、主神様自らが槌を振るう?

訳ありなのは百も承知だが、このオラリオではそのような者たちなぞそれこそ吐いて捨てるほどいる。

言い方の悪さを承知で申すぞ、少々他ファミリアの眷属に肩入れしすぎなのではないか?」

 

「............そうね、否定してもただの言い訳に過ぎないものね。

認めるわ、確かに私は少々......いえ、あのラジエルという子どもにだいぶ入れ込んでいる。

でも仕方ないじゃない、防具だけで完結する冒険者なんて珍しいもの。

私たちが興味を持たない筈がないわ。

口約束とはいえ約束してしまったんだもの。

気まぐれが変に働いちゃったのかもね、それでも一応神なんてやってるから反故にはできなかったの。

それに、前にうちの子たちを助けてもらった借りもあるしね」

 

「それはそうなのだが......」

 

「椿、貴女武具を大切にする人は好きでしょう?」

 

「は?そりゃ手前ら鍛治師の性みたいなもんだからな」

 

「単純に言えば、一目惚れよ。

あんなに大事にされた防具(もの)見せられて黙ってるなんて、私には到底出来ないわ」

 

「?」

 

「貴女も鍛治以外に目を向けないとダメね。

問題が山積みなのは重々承知してるけど、目下の課題はあの子をより強くすること。

もしかしたら私たちだけじゃなく、このオラリオ全体の窮地を切り抜けられる逸材になるわ」

 

「主神様がそこまで言うのか?」

 

「最も、それが皆の求める光とは異なるでしょうね」

 

 

 

 




どもだよ。
書いてて思い出した、火遊びで家のゴミ箱燃やしたんだった。
本当に怖いよね。
咄嗟に水ぶちまけてなかったら、私はここにはいなかったでしょう。

火遊びには御注意を。
また次のページで。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。