繰り返し、繰り返し流れる夢。
幾度となく
一面に広がる赤い炎、嘆きとばかりに吹き出す黒煙、何もかもが荒廃しきった瓦礫の山々。
そこに伏すのは戦士か、はたまた罪のない市民か。
どちらなのか、どちらでもないのか、どちらでもあるのかそうでないのかは分からない。
何もかもが焼け爛れてしまったその有り様では、最早個々人が一体何者かだったのかすら不明だ。
ただ、はっきりしていることがある。
これは戦火だ。
また戦火で罪のない人々が焼かれたということだ。
そして、これは今まで見ていた光景と少し異なる。
此処はあの村ではなく、少し見慣れた街の風景。
何かを販売しつつ移動していた屋台らしきものが横転し、破壊されている。
武具を取り扱っていたと思わしき店が、軒並み荒らされている。
人々で賑わっていた商店街の代わりに、夥しい炎が居座っている。
そこは、いつか自分が流れ着いた街の姿。
師に導かれ、辿り着いた輝いていた場所。
かつて文明を築いていた名残。
変わらず繁栄を続けてきた今は亡き故人達。
その災禍の中心に立ち尽くしているのは、紛れもない自分自身だ。
変わり果てたその姿を、他人事のような顔をして、いつも通りの表情でその一様を眺めるのだ。
友好の意を示してくれた者も、心から愛してくれた者も、いつも傍にいると言ってくれた者も、等しく瓦礫に埋もれ炎に包まれた。
いつか辿り着く道だと言わんばかりに、光景は見返す度に鮮明になっていく。
あと何度見れば、それはより鮮明になるのか。
あと何度繰り返せば、それは現実になるのか。
未来への暗示なのか、ただの記憶の混濁かは分からない。
ただ再び、また記憶を焼かれていくだけだ。
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身体だけでなく、魂をも武器として振るえ。
かつて師に言われた言葉が頭を過った。
物理的にという意味では勿論なく、それくらいの気迫をもって敵を圧倒しろという訓え。
拳であれば更に強固に。
手刀であればより鋭く。
蹴りであればより柔軟に。
その極意され飲み込めれば、敵の大半など有象無象に過ぎない。
猛る炎がもまた語りかけてくる。
怒れ、憎め、嘆け、狂え、猛れ、燃やせ、殺せ、嗤え、叫べ、爆ぜろ、足掻け!!
心の思うまま奮うがいい。
後の事など考えるな。
眼前の敵を斬り伏せ、打ち砕き、焼き尽くすことに力を注ぎ続ければいい。
そのための積み重ねてきた力だ。
激情の流れに身を任せ、失意の底へ滑走していけばいい。
お前に残された選択肢など、それくらいしかないのだと。
風を切るように、刀が踊る。
特有の風切り音を立て、道すがら全てを切り裂いていく。
縦横無尽にして振るわれる刀はどんな業物よりも洗練され、相手を惑わし、その命を断ち切る。
だが、対する鋼は未だに切れそうにない。
轟音を響かせて、槌が落ちる。
大気を震わせ、避けようのない無慈悲な暴力という名の一撃を持って、障害物を薙ぎ払っていく。
振るわれるそれは鬼の棍棒が如く大きく、且つ強靭にして豪胆さを併せ持つ。
だが、その巨木は未だに倒せそうにない。
狂い舞うかのように、大鎌が唸る。
その様まさしく災害の如く。
風さえも刃へと変え、周囲の命という命を根こそぎ刈り取っていく。
死刑囚であれ、罪なき者も関係なくその首を落とすだろう。
だが、対する男の首は未だに落とせそうにない。
あらゆる武器、あらゆる手法、あらゆる技術をもって真摯に打ち合った。
それこそ、殺す気で何度もだ。
顔にこそ出ることはないが、内にて暴れ回る激情に突き動かされるまま、必殺の奥義を躊躇いなく放った。
しかし、その男を未だに傷らしい傷を負わせるまでに至れていない。
ここまで来ると、疑いの目を向けても仕方のないような気がしてくる。
剥き出しの刃を向けられても平然と対処し、容易く人体を貫く槍を振るっても小枝を払うかのごとくいなされる。
体へ打ち込めたとしてもまるで手応えがない。
大きな岩に打ち込んでいる、というよりももっと大きな規模のものに向かっていっている気がしてならない。
さながらこの星そのものに打ち込んでいるような。
───弔獣戯我
渾身の力を込めても尚貫けない。
───弔獣戯我
やはり、貫くことは叶わない。
───弔獣戯我
瞬きのうちに百近くの貫首を放とうとも、それは決して貫けない。
先にこちらの両腕が音を上げてしまう。
ならばその寸前にまで迫ろう。
細かいことを考えるのは後回しだ。
加減など微塵も考えるな。
今持てる全てをぶつけ、殺すことだけを考えていればそれでいい。
───共生・弔獣戯我
呉越同舟か............目的を達せられるのなら、誰とでも手を組もう。
例えそれが、己を蝕む黒きナニかであったとしても。
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【幾らあっても、薪は足りぬな】
赤黒い炎が呟く。
以前よりはっきりとした声音で、確固たる意思を表しながらそれは揺らめく。
それは嘆く。
幾ら薪を焚べ羅れようとも満足できない自らの欲深さを吐露する。
足りない、不足している、満たされる兆候が全く見えない。
【その上、オレたちの頭上にて見下ろすあの猪武者。
まったくもって忌々しい限りだ。
燃やし甲斐があるのは結構なことだが、この様ではやはり歯痒いな】
内にてそれは呟く。
少年が持ち得ない感情をもって、あらゆるモノに対し負の感情にて評価を下す。
【あぁ、力不足は承知の上。
オレたちは未だ燻る燃え滓に過ぎん。
この程度ではあの巨木を焼き尽くすことなど夢のまた夢だ。
だが】
────でも、まだ強くなれる。
【その通りだ、俺よ。
オレたちはまだまだ燃え上がれる雛という名の火種なのだ。
いずれ全てを灰へと還す加減になるその時まで、今はまだ溜め込め。
思うがままに拳を振り続け、刃をただ磨け。
そして、場合としてはオレを呼べ。
俺に成り代わり、オレが殺す。
必ず、俺の障害を完膚なきまでに焼き尽くしてくれる】
───まほーを使えばいいんだよね?
【そうだ、アレはオレが表に出る最後の条件。
俺が溜め込めし不浄を解き放つ門のようなものだ。
今はまだ、俺が自由に扱うには些か持て余すが、いずれは手足のように使いこなせる。
ただ、今はまだ待て】
───分かった。
【それでいい、我が復讐者よ。
右も左も分からなかった頃に比べ、今では自覚を深め、オレを自覚できるようになった。
力は着実に伸びつつある。
移り火の如く恐ろしいほどの速度でな】
赤黒い炎は、この上なく上機嫌だ。
愉快に嗤い、少年の伸び具合を讃える。
少年が魔法を解放し、自身の心に向き合ったことによりそれは意志をはっきりと形にさせた。
そして、少年が抱くはずの負の情念を代弁する。
───自分にほめられるのって、すごく変なきぶん。
【オレは、俺だ。
報復に燃えるその炎を唯一肯定し、許容し、代弁するのがオレの役目だ。
オレたちの心は誰にも理解されん。
誰一人としてはおろか、世界はオレたちを決して認めん。
何故だか分かるか?
オレたちが抱く復讐の業火は、常世の秩序を乱す異分子だからだ。
場合によっては、世界より抑止力が働きかねんな。
故に、この炎を手放さない限り真の理解者は永遠に得られることはない。
ならば、必然的にオレたちを認めることができるのはオレたちだけ。
オレが俺を許容出来ずに、一体誰が認めようか】
───うん、俺は必ず強くなるよ。
【そうだ、その在り方でいい。
表現は出来ずとも、伝えられずとしても、俺はそのままでいい。
内にて煌々と怒りを燃やすその在り方こそ俺だ。
復讐の代弁者たるオレは、それでこそ意味がある。
フハハハハハッ!!!】
自身の心に、また一つ誓いを新たにする。
世界を焼き尽くすという途方のない報復を実現させるまで、あらゆる負の情念を溜め込むと。
そしていつの日か、世界をも飲み込む災火となって全てに報復すると。
【目覚めの時だ、俺よ。
薪焚べに精を出し、存分に溜め込むがいい】
そうして、虚ろの空間から灯りが姿を消す。
─────あぁ、伝え忘れていたが、標を残してきた。
俺相手ではあの女も苦労しよう。
これより先は、案内人が必要だ。
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朝日が顔を見せ始める。
まるで条件反射のように、日の出とともに目が覚めてしまう。
食料を取りに行く必要も無いというのに、早起きが習慣となっている身体は否応なしに覚醒していく。
隣にはもちろんリューが眠っている。
彼女も基本的には早起きする部類だが、比較的にはラジエルの方が早い。
「......ぁ、......はん」
リューを起こさないようにゆっくり、ふらつく足取りで廊下を歩き、階段を降りる反動で眠気を払う。
未だ誰も起きる気配はなく、朝特有の肌寒さと遠くより聞こえる鳥の鳴き声だけが妙に際立つ。
キッチンへ赴き、スライスされた食パンを適当に取り、ミルクを注いで定位置である窓辺に腰掛ける。
朝は決まってそうする。
誰もいない朝は決まってこの位置に座り、起きていく街並みの風を感じながら朝食を取るのだ。
「顔あらおっと」
小休止は文字通りすぐに終わる。
面倒とは思いつつも、洗面台へ向かっていく。
目を覚ますだけなら冷水で顔を洗うだけで十分なのだが、リューは妥協を許さない。
寧気を引き締めるという意味合いを朝一番にすることが重要なのだと彼女は言っていた。
面倒だが、目を光らせている姉が見ているかもしれない。
素直に従っておけば雷は落ちない。
「............ぬぇ?」
別段寝起きの顔がひどいという訳では無い。
子どもらしい小さな顔に青い大きな瞳、健康的な肌色。
艶のある黒髪に、寝癖があちらこちらにあるだけ。
隈があるわけでもなく、顔には異常は見られない。
ただ、黒一色のはずの頭に、見慣れない赤黒く変色した髪が頭頂部にて生えている。
1本や2本なんて生易しい数ではなく、数百本の髪が毛束となって触覚のように跳ねていた。
「............え、これなに?」
とにかく自分の体に起こった異常を確認するため、その触覚に触れようとする。
「いたっ............え?」
叩かれてしまった。
勝手に生えていた触覚に、気安く触れてくれるなと言わんばかりの意思表明をされてしまった。
そもそもコレは一体なんだ。
勿論昨日まではこんなものなかった。
見るからに触覚なのだが、奇妙なことに意志のようなものを持っている。
でなければ、ラジエルの手を払い除けるものか。
「ぬぇ?
え、ちょっといたっ」
「......」
「まてー、いた」
「.......」
「むぅ、このこの」
「............!」
「まて......こら逃げるなー」
「ラジエル?
鏡の前で一体何を......」
「あ」
「.........」
全く身に覚えのないこの触覚に対し、自分の持てる限りのちからを振り絞ってリューに説明した。
説明になったかどうかは定かではない。
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「なんか......すごく疲れた」
「............!」
「え、次はこっち?
もうなんなんだよおまえー、朝からおまえのせいで大変だったんだぞー?」
触覚に導かれるまま通りを進んでいく、奇妙な少年の姿がそこにはあった。
忙しなく外へ出たがる謎の物体に急かされるまま飛び出しまではいいのだが、少年には一つ気掛かりな点があった。
『すみませんラジエル。
私今日は別件があって一緒に行けません。
遅くならないように帰ってきてくださいね』
いつもなら何も言わずに一緒に来てくれるはずの姉が、今日に限っては別件で手が離せないと告げてきた。
急務が入ったと言われればそれまでなのだが、どうも引っかかる。
数日前から妙によそよそしいというか、距離を開けられたような気がしてならないのだ。
時折声をかけられるまで気づかないほどに上の空になっていたりするし、最近のリューは少し様子がおかしい。
他人に対して特に関心が持てないラジエルだが、今回のような反応は特に気になってしまった。
【その直感、思い当たる節はないか俺よ?】
「え、やっぱり話せるの?」
【当たり前だ。
ホームで安易に話しかけられない故にあのような動きをする羽目になったのだ。
言っただろう”標を残してきた”と】
「あぁーそっか。
それで生えてたんだ」
【それは特に重要な案件ではない。
思い当たる節はないか?
俺が、こうも関心を示す人の反応の変化に】
突然そんなことを言われてもと困惑する少年。
だが、言われてみれば確かに似たような感覚は以前にも感じていた。
アレは確かリューと模擬戦をする前に、リーヴァより鍛錬用の武具を差し出された時。
ダンジョンに初めて潜った時。
オッタルと初めて対峙した時。
ティオナとなし崩し的に組み手を行った時。
【順当な回答だ。
やはり、ここへ来て感知力も相応に上がっている。
分からないか?
俺は、”他者より向けられる負の感情”に対し敏感になっているのだ】
「ふのかんじょー......」
【最初にあの女より向けられたモノは猜疑心。
人を疑うある種不信を表すモノだ。
それが始まりだ。
後はそれより底へと繋がっていくモノ。
より強く、恐ろしく、悍しく簡単に人を変貌させる七つの罪】
それは、師から聞いた事のあるものであった。
人が持つ自身を堕落させる七つの罪。
基本七つ全てを人は持ち得ており、その者が最も落ちやすい罪が一つ必ず表れるという。
【魔窟へ初めて赴いた時に感じたモノ、それは”強欲”。
己の欲望を満たすために集う魔窟がダンジョンだ。
金銀財宝、力の追求、弱者を痛ぶる格好の場。
冒険者とやらはそれらを求める者共なのだろう?
ならば、それが集約する箇所は一つだけ。
あそこには、多くの者の欲望が詰まっている】
【あの忌々しい猪武者と対面した時に感じたモノ、それは”憤怒”。
業腹だが共感はできる。
あの男はアレほどまでになろうと力を求めている。
力は鍛錬次第で伸ばすことができるが、武を追求する者というものは基本的に他者との邂逅を望む。
互いに命を削り合うことに対し喜びを感じるもの。
ところがあの男の周りは果たしてどうだ?
ひと睨みすれば即座に散る塵芥のようなゴミばかりではないか。
奴は憤っている、己を示す事のできない弱者に対して】
【あの好戦的な小娘と出会った時に感じたモノ、それは”嫉妬”。
この世界ではLvというものが強さの基準となっているのは分かっているな?
あの娘は俺よりも長くこの街に滞在し、力を示してきた。
対して俺はここへ流れ着いてひと月程度。
基準をもって計れば力の差は歴然、そうだな?
だが、かの組手の結末はどのようなものだった?
結果は物の見事に完勝。
感情を掻き回されていたとはいえ、膂力では向こうが勝っていた。
俺はそれを覆した。
故に、娘はその理解の範疇を越えた俺に嫉妬した】
知性ある者だからこそ陥る堕落の罪。
今まで出会ってきた者たちには総じて欲がある。
そして、その中でも突出したものがある。
自分が評価を下した相手には、正しく七つのうちのどれかを色濃く示していた。
【特に珍しい、ということでもない。
人は誰しもがその内に欲望を抱く。
どのような聖人であれ、行動理念の核は欲望なのだ。
人を人たらしめる象徴にして、決して消せない罪。
欲自体に罪はないが、それが周囲へ向けられれば罪となる。
当然だ、己が欲望のまま振る舞い、他者を傷つければ秩序の名のもとに罰せられる。
だが、果たして人が蔓延る世とはそんな単純な理由で縛れるものか?】
「それは、多分まちがってる」
【そうだ、無垢となった俺ですらその考えに行き当たる。
罪であると知っておきながら手を出し、罰せられると知って尚自らの欲望に従おうとする。
常に自らの行動を思案し、迷い、葛藤する生き物だ。
客観的に見れば面白くもあるが、惨劇に巻き込まれた当事者であるオレたちにとっては醜悪で悪趣味な世界だ。
欲を満たすために全てを傷つけるのか?
そして、それは正当化されるのか?
賛同する者が多いというだけで許されるのか?】
炎が怒る。
沸々と燃え滾るその強い憎しみと怒りが炎となって全身を駆け巡る。
世界の不条理こそ報復の対象。
数の暴力が罷り通る世界へ向けられたただ一つの憎悪。
【フン、脱線してしまったな。
俺は深く考え込む必要は無い。
ただこの世で蔓延っている憎しみの種類を覚えておけ。
それだけで、行き着く答えの真意が見えてくる。
そら、着いたぞ】
「............どこココ?」
【時の終わりまで消えることの無い熱であると自負はしているが、このままの歩みでは物足りん。
故に、一足先に必要なモノを頂戴する。
あぁ、俺は聞いていなかったか?
あの猪武者はオレたちを鍛えるついでに、無くした武具を見繕うと宣ったのだ。
奴程の男の言葉であるのなら完成にまでさほど時間は掛からん。
加えて俺はその手助けを間接的にした。
そういった契約を結んだはずだぞ?】
「そんなこと......言ったかなぁ」
【オレは俺だ。
聞き逃したことは全てオレの耳に入っている。
案ずるな、何もかもが順調だ。
来るぞ、例の取引相手がな】
「誰?
私の工房の前でぶつくさ独り言言ってる子は......って、あら?」
「あ、へファさまだ」
いつか交わした約束を果たすため、邂逅は成される。
善意と娯楽で持ちかけられた話を、
全ては、途方のない目的の完遂のため、あらゆるものを利用する。
その相手が、例え神でさえも。
でまえーいちにんまえー。
今更更新しちゃったんだぜ。
身も心もボロボロなんだぜ。
泣き言ばかりうるせぇんだぜ。
ここから先は、かなり面倒臭い構想になるよ。
根気で付き合ってください。
では、また次のページで会いましょう。