少年成長記   作:あずき屋

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「ねぇ、リー...ヴァ、1人で......洗えるん、だけどうぁっぷ」

「だーめだめ!
リューが言ってたよー、ラジくんちょっと目離すと水で済ませちゃうって。
なんとかの行水ってやつ?
しっかり洗わないとふえーせいっていうんだぞー。
だからリューがいつも洗ってくれてるんでしょう?
悪いものはー、泡と一緒に流しちゃおう!」

「そう、だけどぬぅあ......。
見えない」

「(ぬっふっふっふ♪
見えないのは百も承知!
それをいいことに普段できないあーんなことやこんーなことを!)」

バァン!

「ピィッ!」

「団長代理、代わります」

「ウ、ウン」

「ほらチビ助、流すよ」

「あ、セラの声。
リーヴァは?」

「泡と一緒に流れて行ったよ。
少し経てば戻るから」

「へー、リーヴァってふしぎだね」

「このファミリア1番の謎だからね」




第33話 少年、その2つ名は

 

 

ここは何処だ。

何も見えない。

見えるのは一滴の汚れさえない白一色。

音も匂いも風さえ感じない無感の空間。

活字が織り成す世界へと誘われた後、リューは身動き一つ取れないまま白紙の世界で棒立ちにさせられている。

 

ここは何処だ。

あれからどれ程の時間が経過したのだろうか。

一ヶ月、いや数年もの間こうしてただ立ち竦んでいたかのようだ。

時間の概念さえ朧気になる。

指一つ動かない。

瞼すらびくつかない。

白く閉ざされた奇妙な世界に、一体いつまで囚われればいい。

 

ここは何処だ。

随分と前に誰かに宛てた手紙を開いてから、私は長いことこの空間に取り残されたような気がする。

まるで小説の世界のようだ。

とんとん拍子に話が進み、登場人物の反応など鑑みない。

何もかもが否応無しにただ進んでいくだけ。

完成された絵画をなぞっていく模写作業のようなものだ。

 

ここは何処だ。

つくづく奇妙な世界だ。

心や感覚は置き去りに、体と動作がマッチしない。

過ごした時間、感覚はその場では感じず、長い時を経て忘れた頃にそれはやってくる。

ちぐはぐになる体と心を懸命に寄せ集めようとする。

そう、彼のように。

はて、彼とは一体誰のことだっただろうか。

 

 

ここは何処だ。

私はどうなった。

一体この世界はなんだ。

私は一体────

 

 

──────リュー?─────

 

 

聞き覚えのある幼い声。

それは、白く染まりかけていたリューの心にひとつの波紋を生み出す。

波打つ心が、忘れかけていた自我を呼び覚ます。

語りかけるように、揺さぶるように、縋り付くように彼女の心を持ち主の場所に引き戻す。

彼女は、その声をよく知っている。

短くも多くの時間を共にしたその人を。

反射的に、その声の主に向かって振り返る。

リューはようやく、体の自我を取り戻したのだ。

 

 

「自力で抜け出しましたか。

やはり、貴女は強い人だ」

 

「─────えっ?」

 

 

そこに白の世界は既になく、在るのは嗅ぎ馴れた草木の香り。

見慣れた青空、風に乗り流れていく白い雲。

耳に心地よい葉鳴りの中に混ざり込む息づく動物達の声。

先程とは真逆の、リューのよく知っている自然の姿だった。

そして目の前には、呼び声の主ではない初めて見る人物が。

 

「初めまして、そしてようこそ私の世界へ。

貴女が来るのをずっと待っていました」

 

「貴方は、一体......」

 

「立ち話もなんです、どうぞ此方へ。

案内しますよ、私たちの家に」

 

 

その者が一つ指を鳴らすと、景色は再びその有り様を変える。

山小屋なのだろうか。

見た限りその一言に尽きた。

周囲に聳え立つ竹林が休みなく葉を鳴らし、心地の良い音を立て続ける。

その景観は古めかしい外見ではあるものの、その姿に弱さは感じられなかった。

まるで歴戦を潜り抜けた翁のよう。

歳を取ろうとも、磨き抜いたものはそう簡単に腐ることはない。

そんな印象を受けた。

謎の人物に導かれるまま、リューは小屋へと足を運ぶ。

それはそうと、この者は一体何者なのだろうか。

一見しただけでは判断がつかない。

彼なのか彼女なのか。

声の低さからして男と取れるが、長い髪と柔和な顔立ちからは女性を思わせる。

 

「.........っ」

 

「私が誰か、何者なのか気になりますか?」

 

「......はっきり言えば、気になります」

 

「正直なお人だ。

有限とはいえ、語る時間は十分にあります。

焦らずゆっくりとお話致しましょう」

 

「ここは貴方の世界と言いましたね。

一体どういうことなのですか。

私は確かに、自分の家にいたはずなのですが」

 

「お話ししましょう。

こうでもしなければ私は表舞台には立てないので」

 

寂しげに、楽しげに目の前の人物は語っていく。

木々が甲高い軋む音を立てて、重苦しい扉は来訪者を歓迎する。

何もかもが古めかしい。

一言で表すならば、それが該当するだろう。

中央にて鎮座する囲炉裏。

敷き詰められた灰、数えきれないほどに積まれたと思われる薪の末路たち。

小屋の完成とともに永らく吊り下げられてきた自在鉤。

実に多くの熱を浴び続けてきた鋳物たち。

木製で造られた机や椅子、本棚等は磨り減り、虫食いの跡が目立つ。

そして鼻腔をくすぐるは慣れ親しんだ草木の薫り。

所狭しと敷き詰められた床材が、リューの心を落ち着ける。

常に安心感を漂わすは、イグサの深緑だからこそ成せる生命の神秘。

長い時間が経とうとも、輝きがくすもうともその在り方は消えることはない。

気の遠くなる時間が流れようとも、その恩恵が薄れることはなく、その空間に居る者に安堵をもたらす。

 

 

「改めて、歓迎致しましょう。

粗茶ではありますが、どうぞ」

 

「............ぁ」

 

何も喋っていないのに、朗らかな笑みを浮かべる。

草木の色をそのまま映したかのような深緑。

渋くはあるものの、そこには確かにリューの求める旨味がある。

これは、ある種の極地。

完成され、幅広く、極めて広範囲に認知され親しまれた物品としての極み。

リューは今まさに、それを正しく実感している。

 

「その反応が見れれば結構です。

今の貴女の反応は"目は口ほどに物を言う"とこの地では言い表します。

何も語らずとも、伝えたいことがその目に映るという意味合いです。

言い得て妙と本人の腑に落ちる言葉を”諺”と言い、これを永きに渡って親しまれることを”文化”と言います。

他国にも似たような風習はありますが、この国ではそれが顕著に表れ、多くの人々に伝わっています。

何故と言いたげな表情をしていますね。

元を辿れば信仰が広まった副産物、とでも言いましょうか。

この国では口にした言葉には力が宿ると古くから言い伝えられています。

力強く、且つはっきりとそれを口にすることにより、概念に確固とした意味を見出すこと。

それが”言霊”というものです」

 

「言霊......」

 

「そう、形には残らずともその概念には力が宿る。

他人に言われた言葉が胸に突き刺さるような感覚に陥った経験はありませんか?

鼓舞や叱咤激励、心に響かせる言葉には全てその力が宿っている。

当たり前のように感じているものは、元を辿れば風習によって広まり、日常の中での常識として居着いてしまっているものが大半です。

意識せずとも、その者の影響されたものは無意識的に周囲に振る舞う。

それに共感し、独りでに広まっていく。

まぁ、噂の一人歩きと大差ありませんね。

違いとしては、それが多くの人の胸に根付くかどうかの話です」

 

「は、はぁ......」

 

「そして、人の生活が移り変わり、変化していくと共に言葉もまた形を変える。

言葉というのは目に見えません。

時と場合によってその言葉の意味は無数になる。

概念に対して限定的な断言は誰にもできず、その意味を縫い止めることはできない。

固定されているように見えてその実、誰にも気づかれずひっそりとその意味を変化させているのですよ。

私の持論ですけどね」

 

紡がれるは教授のような弁舌の数々。

いや、おそらく正しく物を教える姿勢だったのだろう。

言葉の端々から他者へ諭す物言い。

何かの話術なのではないかと思えたのは、話を聴き終え、言葉を咀嚼し飲み込んだ後のことだった。

 

「いやこれは失礼を。

久方ぶりの客人を前についはしゃいでしまいました。

困った癖です、対面している相手に長々と話してしまう。

だいぶ本題からずれてしまいましたね」

 

「いえ、お気になさらず。

突然のこと故放心してしまいましたが、貴方の話はとても興味深かったです。

特に、他国の文化について触れることなどは。

私は知識でしか知り得ませんでしたから」

 

「そう言って頂けると幸いです。

無礼をはたらいた上に感謝されてしまえば私はもうお手上げです。

皮肉ではなく、私の素直な賛辞として受け取ってください」

 

掴み所がなく、物腰が低く、柔らかで丁寧な人物。

物をよく知り、それを広め伝えていく伝道師のような印象を受けた。

謎の人物の一面を知ることはできたものの、肝心の箇所が掴めていない。

 

 

「長々と余計なことを話してしまいましたね。

私から問うては貴女の納得には届かないかもしれません。

どうぞ、何なりと私へ問うて下さい。

答えられ、話せる範囲でお応えしましょう」

 

「でしたら」

 

 

────貴方は一体何者か

 

 

「私はただの旅人に他なりません。

多くの街々、数々の国々、数多の地へと旅を重ねてきたに過ぎません。

道中名前を変えて生きてきましたから、私は特定の名を持ち得ていないのです。

私のことはどうぞご自由にお呼びください。

名前に拘りは持っていませんので」

 

────貴方の世界とはどういう意味か

 

「あの手紙を覚えていますか?

あの手紙には読んだ者の精神を私の精神と同調させる術式が組み込んであります。

離れた者と対話する私の数少ない取り柄です。

え、他の誰かが読んでいたらどうしていたのかですって?

ははっ、それについては偶然であり必然なのでしょう。

彼に最も近い者であるならば、誰が定めずとも自然とそれはその者に渡る。

使い古された表現としては、運命とでもいうのでしょうね」

 

────少年を師事したのは貴方か

 

「えぇ、間違いありません。

あの肉体や技術、戦う者としての心得などは私が与えました。

時間の都合上限度がありましたが、可能な限り童の身体を徹底的に鍛えました。

そうする理由が私には、彼にはあったから」

 

────あの殺人拳を師事したのも貴方か

 

「結果的に見れば、ですがね。

ただ強さを求め続け、私の知り得る限りを伝え、自らの可能性を可能な限り昇華させた結果があの殺人拳です。

彼に残った闘争本能がそうさせたのでしょう。

私が教えたのは基礎や技術であって、技ではありませんでしたから」

 

 

かつてより疑問に思ったことをいくつか聞いた。

それは確かに私の中にある疑問をある程度解消してくれただろう。

この者が一体何者なのかもある程度は掴めただろう。

だが、それだけ。

本当に聞きたいことだけが、喉の奥から出てこない。

あの子の過去に一体何があったのか。

あのような痛々しい生き方をするようになったのか。

何故、命を奪うことに躊躇いを無くしたのか。

 

「......あの」

 

「やはり、貴女は優しい(・・・)方ですね」

 

「......は?」

 

それは、いつか彼が口にしたことと同じ言葉。

突拍子もなく、つい口から出たようなそんなもの。

あの子は間違いなくそう言ったが、目の前の人物は違う。

目に優しさを宿し、変わらず笑みを浮かべてそう言った。

まるで、こちらの心を見透かしているかのように。

 

「随分と当たり障りのない質問ばかりするので、どうしたものかと考えていました。

まだ私を疑っているのかとも思いましたが、どうやらそれは違う。

根本を見据えておきながら、本心ではそれを避けようとしている。

恐れているのですね、あの子の過去を知ることを」

 

「そ、それは」

 

「隠さなくても結構ですよ。

確かに人の過去を知らずのうちに話されるのは誰も快く思わない。

ですが貴女はそれ以前に、彼の凄惨な過去を、心の傷を暴くような真似はしたくない。

知りたいが、同時に知りたくない。

そんなジレンマが貴女の中で渦巻いている。

後の彼への対応が変わってしまうことを、関係性が変化してしまうことを貴女は一番に恐れている。

他人を第一とする心がなければ、決して抱かない感情です」

 

やはり、この者は人の心を見透かす。

遠目で観察するだけならまだしも、対面した者であればその全容を明らかにしてしまう卓越した観察眼。

言葉をもって解きほぐし、知識をもって明らかにし、経験をもって詳らかにする。

尋問すれば、どんな口の堅い者も口を割ってしまうだろう。

 

 

「ですが、あの子を本当に想うのなら、貴女は聞くべきでしょう。

幼くして世界の不条理に直面した残酷な少年の話を。

耳を疑う出来事の数々、顔を背けたくなるほどの痛ましさ、胸に深々と刺さり続けるであろう真実を、貴女は知らねばならない」

 

そうして、彼の師はゆっくりと語り始める。

残酷ではありつつも、世界にとっては日々起きていた出来事を。

ずっと気にかけていたラジエルの過去の詳細を、リューは知ることになる。

 

 

 

 

 

──────それは、意図せず誕生した鬼の物語

 

 

 

 

 

 

_____________________

 

 

「でね、子どもたちの成長を祝って、この神会(デナトゥス)でその証である2つ名をみんなで決めることになるのよ」

 

「............あぁ」

 

「Lv.2の子たちが多いからね、みんなハラハラドキドキで待ってるの」

 

「............あぁ」

 

「ちょっとどうかしらって名前になっちゃう子も居るには居るのよ?

でもそんなに多くはないわ。

だからそんな顔しないの。

ね、アテナ?」

 

「............あぁぁぁぁぁっ......どうすればなかったことに出来るのか。

ラジエルだけでも手一杯なのに、周囲の者達からの見世物のような視線を付け加えられてみろ。

天界に戻るレベルの血を吐いてしまうかもしれない!」

 

感情の振れ幅が著しい少年の主神、アテナは折角セットした髪を惜しげもなく振り乱す。

ここ神会(デナトゥス)では冒険者たち関する事柄、即ち大規模なイベントの企画や役割分担等の取り決めを行っている。

無論最終的な決定はギルドの答え次第なのだが、余りにも無茶な企画以外は基本的に認可される。

季節に応じたイベントの企画や改善等も勿論行ってはいるが、それ以外に神々が狂喜乱舞する企画が存在する。

 

「ぬえっと......アレ、カンペどこいったんかな。

まぁええか、どーせロクなこと書いてへんしな!

さぁ、そんじゃ一丁始めよか!

紳士淑女たちお待ちかねの企画、『2つ名決定戦』開幕や!!」

 

「「「「イェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェい!!!!」」」」

 

「あぁ......聞こえる、バカたちがはしゃぐ声が」

 

「落ち着いてアテナ。

ほらいつも通りやりましょう?

はい、しんこきゅー」

 

「とても祝う側の顔じゃないわね......」

 

「あらヘファイストス、貴女も一緒にどう?

アテナ、はいしんこきゅー」

 

「ハッハッハッハッ......」

 

「それ以前に過呼吸なんじゃないかしら?

にしても早いわね貴女のところの子、ラジエルもランクアップしたんでしょ?

やっぱり凄い子だったのね」

 

「ヘファイストス、あの子に会ったことあるの?」

 

「えぇ、前に貴女のところのリューと一緒に歩いてるのを見かけたの。

見れば見るほど掘りだ......いい子よね!」

 

「き、気に入ってくれたのならあの子にも喜ぶわ」

 

「さぁて、記念すべき第一号と行こか?

我こそはと思うやつ手ェ上げや!!」

 

「「「「はァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァい!!!!」」」」

 

 

娯楽に飢えた者ほど恐ろしいものはない。

力の大半を失って現界した神々は、人と変わらない生活を送っている。

変わらないが、こと娯楽に関しては誰よりも飢えている。

アテナが先程から危惧しているのは、これからラジエルに付けられるであろう2つ名のこと。

正直な話、余りにも周知されずにランクアップした冒険者は思いつきと出鱈目な名前を付けられることが大半。

痛々しいもの、顔から火が出るほど恥ずかしい名前などを付けられる。

勿論それが第一級冒険者に近づいてくれば2つ名も変わってはくるのだが、ランクアップは基本的に多くの年月を費やさなければ魂の器を昇華させるための経験値(エクセリア)を満たせられない。

即ち、長期間決められた2つ名で冒険者生活を送らなければならないのだ。

それが例え途轍もなく恥ずかしい名前だとしても。

 

「こんなんどうだ?

『✝︎聖騎士(セイント・ナイト)✝︎』」

 

「「「「それだ!!!!」」」」

 

「やめてくれェェェェェェ!!!」

 

「ハッハッハッハッ、心臓が痛い。

胃が痛い、息が出来ない、目が回る」

 

「ねぇアストレア、彼女もう限界じゃない?」

 

「あらあらまぁまぁ、どうしましょうか」

 

しかし、時は残酷である。

いくらアテナが遠ざけようとしても、その時は刻々と近づいてくる。

神といえど時の流れはどうしようもない。

それでも耐えなければならない。

2つ名に関して異議を唱えることはできる。

満場一致でそれだと判を押されてしまえばそれまでなのだが、付け入る隙は確かにある。

肯定の意を下される前に食い下がるべきだ。

例えその姿が無様であろうと、必ず恥じぬ名前を勝ち取ってみせる。

彼女はただ、健気であった。

しかし、加勢は思わぬところでやって来た。

 

「ほんじゃまぁ次行こか......っても最後かいな。

ん、アテナんとこのエルたんの番や。

ウチが今回イチオシの子やからええの考えたってやー」

 

「............なに?」

 

「あ、正気に戻った」

 

「丁度よかったわ、間に合ったのね」

 

「......なんや、珍しいな。

今回も欠席やと思うとったんやけど、来たんか」

 

「あら、随分な物言いね。

私だって好きで欠席してる訳じゃないのに」

 

「まぁ、ええけど。

そんで?ウチのイチオシの子の名前、考えてくれるんか?

フレイヤ」

 

「......フフっ。

アテナ、ちょっと耳を貸して貰えるかしら?」

 

「あ、あぁ」

 

彼女はいつでも自由奔放で、大概思いがけないタイミングでやって来る。

下界にのみ留まらず、天界においてもその美貌を知らぬ者はいない。愛を体現した神。

女神フレイヤは、必ず男性に歓迎される。

凡そ暴力のような、避けようのない天災の如く、その美貌に抗うことは出来ない。

それが、決して手の届かない高嶺の花だとしても。

彼らは嬉々として女神に全てを捧げるのだ。

 

「な、その名はいくらなんでも!」

 

「どうかしら、私としてはなかなか良いものを用意したつもりではあるのだけれど。

オッタルから話は聞いたわ。

あの子が目を掛けた珍しい子ですもの。

私もそれに応えるべく、見合ったものを考えてきたわ」

 

「それは嬉しい心遣いなのだが............」

 

「強大な力を秘めていても、彼はまだまだ子ども。

どうあっても燻り続けるのが定めよ。

でも、いつか近いうちその名以上になると思うわ。

それまで燃え尽きなければ、ね?」

 

「............っ」

 

「私は候補を出しただけ。

後は、貴女次第ではなくて?」

 

生真面目なアテナの脳内は、迷いつつもその先を指し示した。

名は体を表し、周知されればその名は定着する。

彼女もまた、中層での話は聞いている。

少年の暴走を、激怒を、表し難い激情の話を。

真実だからこそ、その名が定着することは余りにも悲しい。

あらぬ誤解や因縁を付けられてしまうかもしれない。

だが、それは2つ名に限った話ではない。

いずれそういった場面に直面する可能性は十分にある。

ならば、主神としてすべきことは守ることではない。

守ってばかりでは、真の冒険者になることは叶わない。

そればかりか、いつの日か守りきれなくなる日も来る。

ならば、明確な形として、名前という強さを与えてあげよう。

ゆくゆくはその意味を知るだろう。

それに耐えられるような心身の成長を願って。

いつの日か自分だけで、その身を守れるように。

 

「拝命しよう、女神フレイヤ。

貴殿の候補、我が眷属たるラジエル・クロヴィスの2つ名として、今日より名乗らせてもらう」

 

「............フフっ、気に入って貰えたようで何より。

じゃあ、その後の活躍を楽しみにしているわ」

 

そうして女神は、名前という贈り物を置いて去っていった。

後に聞いた神々は驚愕を露わにする。

きっと彼女も、こういった反応になることはわかり切っていただろう。

それを含めての楽しみと彼女はそう言った。

そして、神々はその名を祝福する。

奇しくもその名に相応しい少年を讃えて。

 

 

ラジエル・クロヴィス。

2つ名『子鬼(ニズヘグ)』と命名。

 





いらっしゃいませい。
心身ズタボロのあずき屋です。
またひとつ、難産でした。
これもまた避けられず、かつ描きたかったことのうちの一つではあるんですがこれがまたまぁー描きにくいこと描きにくいこと。
ちっちゃいことは見逃して下さい。
脳内補完ていう便利なものがあるでしょう?
頼って下さいそうして下さい。

お便りあれば答えますので、メッセージにてどぞ。
疑問解消のお手伝いを致します。
また期間空くと思われますが、何卒御容赦を。


では、縁があればまた次のページにてお会いしましょう。

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